ルフィの必死の抵抗により、ラブーンの落書きを消すことをあきらめた私は、ラブーンを優しく見詰めているクロッカスに近づいて、声を掛ける。
「さて、約束通り、アラガミについて、貴様が何を知っているか、話して貰おうか」
「…よかろう」
ラブーンの落書きを見つめていたクロッカスが私に振り返る。
その表情は、非常に険しいものだった。
「私もお前に見てもらいたいものがある。小屋まで一緒に来てくれ」
クロッカスは灯台のすぐ傍にある小屋へと歩き出した。
私以外の皆は、メリー号の修理や航海の計画の立案などで忙しそうなので、私1人でクロッカスの後について行く。
「私が船医をしていたことは話したな。アラガミに出会ったのはその期間だ。私のいた海賊団は、ある時、激しい戦闘の末、奇怪な島に漂着した。不思議な島だった。陸地のほとんどが金属で構成され、内部には無数の機械が存在し、そのどれもが考えられないくらい高度な技術で作られていた。私も多少機械の知識があったが…起動すら出来無かった」
歩きながら、クロッカスが話を始める。
私はそれを黙って聞きながらついて行く。
「船は修理が必要だったので、その島にしばらく滞在するより他無かった。だが、それは私に…いや、その海賊団にとって、過酷なものとなった」
クロッカスの表情が、更に険しさを増す。
「島に滞在してすぐに、奇怪な生物達に襲われた。鬼を模した仮面のようなものを付けた獣、卵に巨大な一つ目と人間の女の身体を張り付けたような不気味な浮遊物…そんな奴らに一斉にな。正直、あの時ほど死を身近に感じたことは無い」
クロッカスが目を瞑る。
当時の恐怖を思い出したのか、手がブルブルと震えている。
「本来なら、死んでいるはずだがな」
特徴を聞くに、最下級のアラガミのようだが、抵抗する術を持たぬ者にとっては関係ない。なすすべもなく喰われるのが普通だ。
「まあ、海賊団の船長や幹部がそれ以上の化物だっただけの事だ。瞬く間に全ての敵を斬り伏せてしまったよ」
…は?
「馬鹿な。先ほど貴様も見たように、アラガミに通常の武器など、意味を為さん」
「ああ。実際、普通の戦闘員の攻撃は、全く意味をなさなかった。私は彼らから聞いただけなのだが、“覇気”と呼ばれるものを纏わせた攻撃で、アラガミに有効打を負わせたらしい」
「覇気?」
「この世界の誰もが持っている力らしいが、詳しくは解らん。当時の私はあまり興味を持たなかったからな。深くは訊かなかった」
アラガミを構成するオラクル細胞は、強固な結合力と捕喰能力を併せ持つ。
同じオラクル細胞以外でこれを破壊するとなると、純粋な破壊力を非常に高いレベルで与えなければならない。
古代の兵器ですら為しえなかったことを、個人が出来るとは考えられないが…
「お前は物事を理解してから行動に移す性分のようだが、この世界には頭でいくら考えても理解の出来ない現実があると憶えておけ」
考え込んでいた私に、クロッカスが自身の経験をもって、アドバイスをくれた。
「…憶えておこう」
「特に、このグランドラインでは疑うべきは自分の常識。お前の性分も大切だが、時には直感で行動した方が良いこともある。…さて、中に入ってくれ」
話している内に小屋についた。クロッカスはドアを開けると、中に消える。
私もそれに従い、ドアを潜った。
中は小ざっぱりとしていて、あまり生活臭を感じない。常日頃から、ラブーンの体内の小島で過ごしていたのだろう。それだけ、ラブーンがレッドラインに頭をぶつける頻度は多かったことがうかがえる。
無駄な物の無い部屋の中で、異彩を放つ物があった。
平たい形をした両刃の刀身と、チェーンソーの動力部分が融合したような奇妙な形の剣。何十回と傷を負わされたこれを、忘れようはずもない。
「これは………“神機”」
小屋の壁に掛けられているのは、間違いなくゴッドイーター達が使う武器、神機だ。
「見せたいものがどれか指し示す必要も無かったか。これは先ほど話した島で見つけたものだ。船長達以外で、唯一アラガミに傷を付けた船員が持っていた」
「…その船員、無事ではなかろう」
「ああ。アラガミに傷を付けた直後、この剣から黒い触手が伸びて、剣を持っていた右腕に巻き付き、侵食を始めた。船長が咄嗟に斬り落としていなければ、命は無かっただろう」
神機はオラクル細胞が組み込まれた、対アラガミ兵器。ゴッドイーター達でさえ、自分用に調整された神機以外を使えば、オラクル細胞に侵喰され、喰われる。
「こんなもの、本当はすぐに捨ててしまいたかったが、当時は伝染病の類か何かと思っていてな。治療法を見つけるためのサンプルとして、持ち帰ってきた」
「その船員に起こったことは伝染病の類ではない。安心しろ」
「そうか。…最後になるが、その島で船の修理を終えるまでの間、船長達は島の内部を何度か探索したようだ。船で怪我人を見ている私に、良く土産話をしてくれたよ。アラガミという呼称と形状を知ったのはその話からだ。先ほど出会った怪物も話で聞いた通りの姿をしていた」
グボロ・グボロクラスのアラガミも屠り去るか。
クロッカスの話が本当ならば、この世界の強者と言うのは、ゴッドイーターか、それ以上の力を持つようだ。
あの鷹の目も、人間細胞が混じっていたとはいえ、私に大きな損傷を与えることが出来たしな。
クロッカスの話が終わると、私は神機に歩み寄る。
「クロッカス。この神機を頂きたい」
「かまわん。元々伝染病の研究用として保存しておいたものだ。もう私には必要無い」
クロッカスはあっさりと許可を出した。
まあ、こんなものをいつまでも手元に置いておきたいとは思わんだろう。
私は神機の柄を握る。すぐに黒い触手が私の腕に絡みつくが、自身の触手で、侵喰し返し、そのまま腕を捕喰形態に変化させて神機を喰らった。
「…一つ訊いても良いか?」
「なんだ?」
「何故、アラガミの私に敵愾心を抱いていない」
クロッカスにとって、アラガミは仲間を襲った敵である。
同族である私にも、負の感情を向けてくるのが普通ではないかと思うのだが…
「同じアラガミでも、お前と奴らは違う。こうしてしっかりと話をし、意思を交わし合うことが出来る時点で、私はお前と奴らを同じだとは思っていない。それに、これは船長の為し得なかった夢でもあるのだ」
「夢?」
「船長はアラガミと友達になりたいと言っていた。あのでっかい獣が強い、サソリみたいな奴は堅かった、デカイ腕を持つ奴はまるで人間の武闘家みたいだった、と目を輝かせていた。何度も仲間にならないかと誘ったらしいが、駄目だったようだな。島を出るとき、寂しそうにしていたよ」
まるでうちの船長のようだな。
「…とりあえず、その船長が大物であることは理解できた」
「ハハハ、確かに大物だな。だが、その大物が出来なかった事をやり遂げた男がここにいる。いずれ、船長を越える超大物になるかもしれんな」
「フフフ、そうだな」
クロッカスがあまりに上機嫌に笑うので、私も思わず、つられて笑ってしまった
「あーーーーーーーーーーーーーーッ!」
不意に、外からナミの叫び声が聞こえた。
何かあったようだ。
「お前に話したいことは全て話した。行こう」
私はクロッカスと共に、ナミの元へと向かった。
「何だようっせぇな」
「何事っすかナミさん!お食事の用意なら出来ました!」
「ふー、船の修理ちょっと休憩。お、メシか」
「クキャ!」
「中々美味そうな匂いじゃねぇか」
ナミの声を聞きつけ、皆も集まってきた。
おお、今日の食事は私の大好物の魚料理か。………って、ちょっと待て。
「キャプテン、後ろにいる生物は何だ?」
私は努めて冷静に、キャプテンの隣で浮遊する卵型の生物を指差す。
「応!ウソップ海賊団の新人だ!ほれ、お前も先輩のカリギュラに挨拶しろ」
「クキャ!」
卵型の生物―――アラガミがキャプテンに従い、身体を45°に傾けて、私に会釈する。
「…キャプテン、どういうことか説明してくれ」
「ああ。最初からそのつもりだった」
キャプテンはアラガミと出会った経緯を説明した。途中、メリー号の船首を喰わせたことを知ったルフィがキャプテンに掴みかかったが、卵型のアラガミに襲われ、喰われかけた。どうやら、本当にこのアラガミはキャプテンになついているらしい。
「このアラガミの名は“ザイゴート”。最下級のアラガミで、非常に優れた視覚を持っており、敵を見つけるとすぐさま他のアラガミを呼び寄せる性質を持つ。攻撃方法は主に溶解液や毒だ」
私が卵型のアラガミ、ザイゴートについて説明する
「こ、こいつもアラガミ?だ、大丈夫なんでしょうね?」
ナミがザイゴートから距離を取る。
「本来は大丈夫なはずがない。アラガミはただ捕喰することを目的とする生命体。人間と共にあること自体、イレギュラーだ。ましてや、命令をきかせるなど、不可能と言って良い」
「でも、こいつは言うこと聞いてくれてるぜ。な!」
「クキャー!」
キャプテンがザイゴートの頭を撫で、ザイゴートは嬉しそうに大きな目を細める。
信じがたいが、ザイゴートにキャプテンが触れても、捕食されていない以上、その事実を認めるより他ない。
…まさか、こんなにも早くクロッカスの言葉を実感することになろうとはな。まあ、我がキャプテンと言うことで納得しておくか。
「キャプテン。そいつを連れていくというのなら、目を離すな。キャプテンの命令には従っても、他の皆の命令に従うとは限らん。キャプテンのいないところで仲間が捕食されました等ということになったら、シャレにならん」
「応!任せろ!」
「ちょ、ちょっと!そいつ連れてく気!?」
ナミはまだ不安なようだ。
無理もない。先ほどグボロ・グボロの凶暴性を目の当たりにしたばかりだしな。
他の皆は―――
「氷女やカリギュラと同族か…あんまり似てねぇな。ま、よろしく頼むわ」
「ちくしょう、お前おれの特等席食いやがって!代わりにお前の頭の上を特等席にするからな!」
「うーむ…この子をレディとして扱うべきかどうかが最大の問題点だ」
―――まあ、こういう奴らだったな。
「あんたらには危機感ってもんが無いのかァァァッ!」
「ナミ、あきらめろ。既に仲間に入ること前提で話が進んでしまっている。まあ、万が一の時は私が居る。お前に危害は加えさせんさ」
「うう…カリギュラの頼もしさに涙が出るわ」
ナミが私の胸に顔を埋めてシクシクと泣く。
「カ、カリギュラちゃんの豊満な胸に顔を埋めるナミさん…!いかん、なんか目覚めそオ゛ッ!?」
それを見ていたサンジから悪寒を感じたので、地獄突きを喰らわせた。
「さて、新たに仲間に加わった“サリー”の歓迎会も含めて、メシにしようぜ」
上機嫌のキャプテンがイスに座る。ザイゴートもキャプテンのすぐ傍に高度を合わせて静止した。
「サリー?」
「ああ、こいつの名前だ。メリー号の船首を喰ったザイゴートってことで名づけた」
「…そうすると“ザリー”にならないか?」
「濁点を抜いて、語呂を良くしたんだ。女の身体も付いてるし、名前も女っぽい方が良いかと思ってな」
名付けられたザイゴート本人は―――
「クキャキャキャーーー♡」
―――とても気に入ったらしい。
「よろしくなサリー!」
「やれやれ、また変なのが増えたな」
「さあ、サリーちゃん、腹いっぱい食ってくれ」
「…うーん、こうして見ると結構可愛いかも」
皆はサンジがテーブルに置いた魚料理を囲んで席に着いた。
今更ながら、この一味の柔軟さには改めて感心させられるな。
「ところでナミ、お前さっきの叫び声はなんだったんだ?」
私もイスの一つに腰かけ、サリーの登場で有耶無耶になっていたナミの叫びについて、本人に尋ねた。
「あ、忘れてた!」
ナミは海図の傍に置いてあったコンパスを私に見えるように差し出した。
コンパスを見ると、針がグルグルと回転しっぱなしで、本来の役割をなしていない。
「コンパスが壊れちゃったの!これじゃあ、方角が分からない」
確かに一大事だ。この広い海で、方角が解らないまま航海するなど、自殺行為に等しい。
「お前達は、何も知らずにここへ来たようだな。呆れたものだ。命を捨てに来たのか?」
事の成り行きを見守っていたクロッカスが、呆れた声を上げた。
「どういうことだ?」
「この海では一切の常識が通用しない。そのコンパスが壊れているわけではないのだ」
「…じゃあ、まさか磁場が!?」
「そう、グランドラインにある島々が鉱物を多く含むため、航路全域に磁気異常をきたしている。さらに、この海の海流や風には恒常性がない。お前も航海士なら、この恐ろしさが解るはずだ。何も知らずに海に出れば、確実に死ぬ」
クロッカスがナミに重々しく告げる。
方角が解らないだけでなく、どこに流されるかもわからない。この海の航海法を知らなければ、出航して1時間で遭難、そのまま天国という名の楽園へ直行と言うことか。
「し、知らなかった」
「おい、そりゃ拙いだろ!」
「うっさい!黙れッ!」
グランドラインの航海に、最も重要な事を知らなかったナミをキャプテンが攻めるが、ナミに逆切れされていた。
「グランドラインを航海するには、“記録指針(ログポース)”が必要だ」
「ログポース?聞いたこと無いわ」
「磁気を記録できる特殊なコンパスの事だ」
「磁気を記録…ということは、ログポースは方角ではなく、磁気の流れを指すということか?」
私の言葉に、クロッカスが頷く。
「そうだ。それゆえ、普通のコンパスとは異質な形をしている」
「こんなのか?」
ルフィがクロッカスにガラス球の中にコンパスの針だけが浮かんでいる、奇妙な道具を見せる。
「そう、それだ」
………
「ログポースが無ければグランドラインの航海は不可能だ。まあ、グランドラインの外での入手はかなり困難だがな」
「話は解った。で、何故ルフィがそれを持っているんだ?」
「んグ?」
私の疑問に、エレファント・ホンマグロを口いっぱいに頬張ったルフィが顔を上げる。
…おい、エレファント・ホンマグロ残しておけよ?
「これはお前、さっきの変な二人組が落して行ったんだよ」
あのアホめいた二人組か。
「ルフィ、ちょっと貸してくれ」
「ん」
「ナミ」
「うん、ありがと」
私はルフィからログポースを受け取ると、ナミに渡す。
我が海賊団の航海士に、ログポースの見方を心得て貰わねばな。
「…これがログポース。何の字盤もない」
「グランドラインに点在する島々は、ある法則に従って磁気を帯びていることが分かっている。先ほどアラガミ娘が行っていたように、島と島が引きあう磁気をログポースに記録させ、次の島への進路とするのだ」
腕にはめたログポースを物珍しげに眺めるナミに、クロッカスが説明を行う。
…アラガミ娘とは私の事か?一応、私に性別は無いのだがな。
「まともに己の位置すらつかめないこの海では、ログポースの示す磁気の記録のみが頼りとなる。始めはこの山から出る7本の磁気より1本を選べるが、その磁気は例えどの島からスタートしようとも、やがて引き合い、1本の航路に結び付くのだ。そして、最後にたどり着く島の名は………『ラフテル』。グランドラインの最終地点であり、その姿を確認したのは海賊王の一団のみ。伝説の島なのだ」
クロッカスの説明が終わると、キャプテンが興奮したように声を上げた。
「じゃ…そこにあんのか!?ひとつなぎの大秘宝は!」
「さァな。その説が有力だが、誰もたどり着けずにいる」
キャプテンの言を切って捨てるクロッカスに、ルフィがにやりと笑う。
「そんなもん、行ってみりゃわかるさ!」
何ともルフィらしい言葉だ。
さて…
「ルフィ、最後に言い残すことは無いか?」
「え?」
豆鉄砲をくらったような表情を浮かべるルフィに、私は無言でテーブルの上を指す。
「うおッ!いつの間にか料理が全部無くなっとる!骨まで無ェし!」
「クキャ!?」
「テメェ、全部1人で食ったのか!?」
キャプテンとサンジ、サリーが目を丸くしている。
サリーは恐らく初めての御馳走で楽しみにしていたのにな。
ジャキン
「―――!」
ブレードを展開した私を見て、ルフィが後ずさる。
「安心しろ、命までは取らん。右腕1本で許してやる」
その言葉を聞いた瞬間、ルフィが逃げ出そうとし―――
「グキャァァァァァァッ!!」
「痛でェェェーーーーーーーッ!」
―――サリーに頭から齧り付かれた。
どうやら、私が思っていた以上に怒っていたらしい。
「サリー、喰うなら頭蓋骨までにしておけ。脳味噌まで行くとさすがに死ぬ」
「いや止めろよ!」
うむ、やはりキャプテンのツッコミは最高だ。ゾロには是非ともこの域に達してもらいたいものである。
「よし、サリーちゃん、そのまま抑えといてくれ!」
サリーに頭を齧られているルフィに向かって、サンジが駆け寄る。
「おのれクソゴム!おれはナミさんにもっと!カリギュラちゃんにもっと!サリーちゃんにもっと!―――」
サンジは腰をひねり、加速と強靭な足腰から生まれる力を全て右足に凝縮させる。
「―――食ってほしかったんたぞコラァ!」
「うおッ!」
サンジの強烈な後ろ蹴りが胴体を穿ち、ルフィはサリーを頭に付けたまま、水平に吹き飛ぶ。
パリン
「あ」
あろうことか、吹き飛んだルフィがナミのログポースを掠め、大破させてしまった。
ガラス球も指針も完全に壊れ、素人目にも修復は不可能だと解る。
「………」
それを茫然と見ていたナミがゆらりと立ち上がる。
そのままツカツカとサンジとルフィに近づき―――
「お前ら2人とも頭冷やして来ォーい!」
サンジ顔負けの蹴りで2人…と1匹を海に叩きこんだ。
おいおい、サンジともかくルフィは拙いんじゃないか?…まあ、こんなところでくたばるほど、可愛げがある奴らでも無いか。
「おい!そいつはすっげぇ大事なもんだったんじゃねぇのか!?」
「どうしようクロッカスさん!大事なログポースが!」
キャプテンとナミは慌てふためき、クロッカスに縋りつく。
「慌てるな。私のをやろう。ラブーンの件の礼もある」
クロッカス、中々に出来る男だ。
―――ドゴォン!
ん?何か音がしたような…気のせいか?
◆
その後、ルフィ達が戻ってきたわけだが、何故か先ほど逃げた男女2人組も一緒にやってきた。
2人が言うには、拠点へと帰るためのログポースを無くしてしまったので、一緒にそこまで言ってほしいとのこと。
私は素性を訊いても「我が社の社訓は謎なんです。だから言えません」と抜かす怪しげな連中を船に乗せるなど以ての外だと進言した。しかし、ルフィの「いいぞ、乗っても」の一言で奴らの拠点、“ウイスキーピーク”に進路をとることとなった。
「ナミ、ログは溜まったのか?」
ナミはクロッカスから貰ったログポースと海図を見比べる。
「うーん…まだね」
「ここのログはすぐに溜まる。長くてもあと1時間程度だろう」
ふむ、丁度いい。
「ルフィ、サンジ、ナミ、キャプテン、お前達に渡したいものがある」
私はつい先ほどまで体内で生成していたモノを渡すべく、皆を集める。
「肉か?」
「なに?」
「カリギュラちゃんからおれへのプレゼント!?」
「何だ、カリギュラ」
「皆に対アラガミ用の武器を渡したい」
ルフィにはグローブとサンダル、サンジには靴、ナミには棍を模した武器を体内から取り出し、各々に渡す。
「おいおい、まさか氷女みたいに…!」
今まで傍観していたゾロが慌ててこちらにやってきた。
「いや、これは氷女のような自我を持つほど高度なものではない。先ほどクロッカスから貰った古代の対アラガミ兵器“神機”を元にして作りだしたものだ。装備者へのオラクル細胞の侵喰を極限まで低くし、なおかつ私が持つ偏食因子を出来る限り埋め込んである。原理には色々と小難しい理屈があるのだが…お前達に言っても理解できまい」
「「「うん!」」」
いや、胸を張られても困るんだが。
「簡単にいえば、この武器を使えばアラガミが殴れる。そう思ってもらえれば良い」
私の説明が終わると、各々が武器を触ったり、装備したりし出した。
「へー、あの化けモンへの対抗手段をもう用意しちまうとは…さすがだ、カリギュラちゃん。色とか形もいつもの靴と同じで、なんだか何年も使ってるように馴染むぜ」
「うわ、見た目金属っぽいからもっと重いかと思ったけど、木製の棍より軽いかも」
「んー、おれはゴム人間だから、手袋とかはめても………スゲー!この手袋伸びるぞ!あとサンダルも!」
「お前達の長所を殺さぬように作ったつもりだ。ただ、私もそういう武器を作るのは初めてのことで色々と荒がある。また、その武器達は本当に簡易的なものだ。殴る蹴るは出来ても、アラガミを殺しきることは難しいと憶えておけ」
はーい!というルフィ達の返事を聞き終えると、私は最後にキャプテンの元へと向かう。
「さて、キャプテンはこれだ」
私は体内から細長い銃身を持つ、鋼色の銃を取り出す。
「お、おお…なんか凄そうな銃だな」
「………」
キャプテンが恐る恐る私の持つ銃に触れる。
それをサリーがじっと見つめている。心なしか、不機嫌そうにも見える。
「これはスナイパーライフルと呼ばれる古代の狙撃銃だ。狙撃において、今この世界に存在するあらゆる銃を凌駕する。狙撃手たるキャプテンにはうってつけだろう」
キャプテンは銃を受け取ると、しげしげと銃を確かめる。
「弾は?」
「私のアラガミバレットを装填出来るようになっている。私が傍に居れば、補充は効く。さすがに、無限とはいかんがな」
キャプテンに渡した銃は、私のオヴェリスクの劣化コピーのようなものなので、アラガミバレットも装填出来る。4人の中では、一番攻撃性能が高く、強力な武器だ。
「どうだサリー、かっこいいだろ!」
「………」
キャプテンがスコープを覗きながら、サリーに銃口を向ける。
それに対し、サリーは大きな目を藪睨みにし、明らかに不愉快と言った感じだ。
「クキャ!」
「あ!」
しばらくキャプテンがサリーに銃を自慢していると、突然サリーが銃に喰い付いた。
私が止める暇もなく、サリーは物凄い速さで銃を貪り、あっという間に喰い尽してしまった。
「おいサリー、どういうつもりだ」
「…クキャ」
私が睨みつけると、サリーはぷいっとそっぽを向いた。
………
「…いいだろう。その喧嘩、買ってやる」
「ピキャ!?」
私がブレードを展開すると、サリーは急いでキャプテンの後ろに隠れた。
「ま、待て待て!落ちつけよカリギュラ、サリーもたまたま虫の居所が悪かっただけだって。ごめんなサリー、お前の気持ちも知らずに見せびらかしちまって」
「クキャ~♡」
キャプテンが私を宥めながら、サリーをよしよしと撫でる。
サリーは嬉しそうに目を細めるが、キャプテンが見えない位置で私に勝ち誇った笑みを見せつけてきた。
…本気で殺したい。
「だけど、おれだけ武器無しか…ま、新兵器を開発してなんとかするしかねぇな」
「クキャクキャ!」
武器を喰われて落ち込むキャプテンに向かって、サリーが「自分に任せろ」とでも言うように鳴く。
「ん?「自分に任せろ」とでも言いたいのか?まあ、気持ちだけ受け取って―――」
キャプテンが言葉を言い終わる前に、サリーに変化が起きる。
サリーの身体が縮まり、卵の部分が圧縮され、ずっしりとした銃座へと代わり、女性体の部分は、先端のスカートの部分を銃口とする銃身へと変貌する。
数秒も立たない内に、サリーは銃へと変形してしまった。サリーが変形した銃は、ふわりとキャプテンの手の中に収まる。
「な…な、なんじゃこりゃーーーー!ルフィ!ルフィ!サリーが銃に変形したァーーーッ!」
「マジか!」
キャプテンはサリーが変形した銃を持って、グローブがどこまで伸びるか実験していたルフィの元へと駆けて行った。
「………馬鹿な」
ザイゴートに変形機能など無い。まさか、私の銃を喰って、その情報を元に自身を再構成したというのか?
…いや、私が作りだしたのはスナイパー系統の銃だ。サリーが変形したのはゴッドイーター達が扱う神機の中で、ブラスト系統に分類される銃に近い。過去にその系統の神機を捕喰したのか、それとも…
「お、おい!あれは何だッ!?」
今まで存在をすっかり忘れていた2人組の男が海の方向を指差す。
ルフィ達も含め、全員がそちらを向くと―――
「「「「「「「「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」」」」」」」」
「グボロ・グボロだな。しかも、大量の」
沖の方から20匹近いグボロ・グボロがこちらへ猛スピードで向かってくるのが見えた。
軍事運用が目的の研究施設に、グボロ・グボロが1匹しかいないというのは始めからおかしいと思っていたが…
あの研究エリアの他に、保管庫のようなものが別の場所にあったと考えるべきだな。
「冷静に言っとる場合か!どうすんだよ!」
「そ、そうよ!あんなにたくさん!」
キャプテンとナミは腰が引けているようだ。まあ、これが普通の反応だな。
「うし!食われたサンダルの仕返ししてやる!」
「…よーし、あいつらをオロしたらカリギュラちゃんのためのアラガミ料理の実験台にしてやる」
(今日は腹いっぱい喰べられそうだな)
「食い過ぎて腹壊すんじゃねぇぞ」
こっちが異常なだけで。
「どちらにしろ、倒さねばならん。ログが溜まるまでまだ時間があるしな。キャプテン、ナミ、腹を括れ。クロッカス、お前は小屋の中に避難していろ」
「分かった。お前が後れを取るとは到底思えんが、気をつけろよ」
クロッカスは小屋へと足早に非難する。
「…やるしかないか」
ナミが前を向き、棍を構える。なんだかんだ言っても、芯の強さは他の皆に引けを取らない。
「えーい、こうなったらとことんやってやる!サリーが変形したこの“ウソップ砲”で!」
「「「「「「「「うわダサッ!」」」」」」」」
私も含めて全員から突っ込まれるキャプテン。
「失礼だぞテメェら!」
「………クキャ」
キャプテンの持つ銃から小さな鳴き声が聞こえた。
「サリーも嫌みたいだぞ」
「すいませんでした」
などとアホなやり取りをやっている内に、グボロ・グボロが次々に海から飛び上がってきた。
「ここは崖の上だぞ?なんて跳躍力だ」
サンジが驚愕の声をあげる。
ラブーンを狙わずに真っ直ぐこちらに向かってきたところを見ると、こいつらの偏食傾向は人間に傾いているらしいな。
「アラガミとはそういう生物だ。先ほども言ったように、皆に渡した武器はアラガミに対する殺傷性は低い。無理せず、弱らせたら私かゾロに―――」
「ゴムゴムの銃!」
戦いの手順を伝えている最中に、ルフィが飛び出し、グボロ・グボロの一匹に一撃を見舞った。
「GU!?」
グボロ・グボロは大きく吹き飛び、地面を転がる。すぐに立ち上がったが、牙が損傷し、明確にダメージを与えたのがわかる。
「おお!スッゲー!あいつぶっ飛ばせた!」
「んじゃ、おれも」
次いでサンジが手近にいたグボロ・グボロの懐に飛び込み、胴体を蹴りあげる。
「GUGO!?」
サンジの5倍はあろうかという巨体が宙に浮く。さらにサンジは飛び上がり、オーバーヘッドキックの要領で、空中に居るグボロ・グボロの顔面を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたグボロ・グボロの胴体には、はっきりとサンジの靴の跡が残っている。
「…クロッカスの言葉が、本当に身に沁みるな」
人間に懐くアラガミ、そのアラガミが変形した銃、アラガミに触れられる程度の簡易武器でアラガミに有効打を与える人間。…理解が追いつかん。
「まあ、だからこそ面白い…!」
私は向かってきたグボロ・グボロを切り払いつつ、直感で、心で感じるしかない出来ごとに胸を躍らせ、混成体へと変ずる。
右ヒレを切り裂き、動きが鈍ったグボロ・グボロにブレードを突き刺し、そのまま捕喰形態に移行して、強引に内部のコアを喰い砕く。さらに、オヴェリスクからコキュートスピルムを放ち、射線上にいたグボロ・グボロをまとめて撃ち抜く。ラブーン体内でのグボロ・グボロ捕喰によって、また一段と修復が進んだようだ。やはり、同族は馴染むな。
多数との戦いにおいて、最も重要なのは数を減らすこと。ゆえに、迅速に敵を処理していく。
「食らえ!新兵器ウソップキャノーン!…って、弾が出ねぇ!」
「GUAAA!」
「ギャアァァァァァッ!」
少し離れたところで、キャプテンがサリーの銃を抱えながら、逃げ惑っていた。
あ、キャプテンに弾を渡すのを忘れていた。
「キャプテン、これを」
私は自らのエネルギーを結晶化させたビー玉大の物質を数十個キャプテンに投げ渡す。
本来、神機の銃はオラクル細胞から作りだされるエネルギーを銃弾とするが、当然キャプテンにオラクル細胞は無いので、代用品が必要となる。
それが、私が渡したアラガミバレットの銃弾。これを使えば、キャプテンでも強力な攻撃が出来る。
「これが弾か!」
キャプテンは素早く銃弾を装填すると、追いかけてきていたグボロ・グボロ目掛けて引き金を引いた。
構造については一切説明していないのに、あれだけスムーズに装填出来るとは…キャプテンもまた、非凡な人間だな。
轟音と共に二連轟氷弾が発射され、グボロ・グボロに炸裂する。砂と氷粒の煙が晴れると、顔面がボロボロになったグボロ・グボロが現れた。
まだ戦闘は続行可能だろうが、あと2、3発撃ち込めば倒せるはずだ。
「こ、後頭部打った…!」
だが、キャプテンは発射の衝撃で吹き飛ばされた際に、地面にあった石に頭をぶつけたのか、蹲って呻いている。…何故こうもこの人は落ちが付くんだ?
「ちょっとゾロ、ちゃんと守んなさいよね」
「テメェの身くらいテメェで守れよ!」
「か弱い乙女になんてこと言うのよ!野蛮人!」
一方のナミは上手くゾロの後ろに隠れている。だが、隙を見つけては棍でグボロ・グボロを殴りつけ、ゾロが斬り刻む隙を作っている。口では罵り合っているが、しっかりと連携が取れていた。
(…早く死なないかな、この女)
…?氷女が何か言ったような気がしたが、直後にグボロ・グボロが襲いかかってきたので、良く聞こえなかった。
「GUOOOOOO!」
「「ギャァァァァッ!」」
グボロ・グボロを尻尾で締め殺していると、あの2人組が別のグボロ・グボロに襲われているのが視界に入った。
「く…ミス・ウェンズデー!下がっていろ!おれが何とか時間を稼ぐから、その隙に安全なところへ逃げろ!」
「Mr.9…!いいえ、私も戦うわ!私達はパートナーでしょ!?」
………
「くらえ!根性―――!」
「孔雀―――!」
2人組が果敢にもグボロ・グボロと戦おうとしているが、普通の武器など無意味。このままではすぐに腹の中だ。
「………はあ」
私はため息をつくと、片手に氷炎を作り出し、地面に叩きつける。
氷炎は地面を伝って、2人組を襲おうとしていたグボロ・グボロの足元から噴き出し、一瞬で砕き散らす。
「な、何だ、化物が急にいなくなったぞ…?」
「ま、まさか、ミス・クリーチャーが?」
この行動もまた、頭では理解できないものなのだろうな。
私はグボロ・グボロの最後の1匹を喰らいながら、天を仰いだ。
◆
「そろそろ良かろう。ログが溜まったはずだ。海図通りの場所を指したか?」
「うん大丈夫!ウイスキーピークを指してる」
グボロ・グボロを一掃して少し休んだ後、改めて出航の準備に取り掛かった。
ナミがログが溜まったことを確認したので、2人組を含めた全員が乗船し、いよいよ出航となる。
「いいのか小僧。こんな奴らのためにウイスキーピークを選んで。航路を選べるのは始めのこの場所だけなんだぞ?」
クロッカスが再度ルフィに後悔が無いが確認する。
「気に入らねぇ時はもう一周するからいいよ」
「………そうか」
何ともルフィらしい答えだ。
「アラガミ娘。お前も達者でな」
「ああ。お前もな」
「フ…」
クロッカスが私を見つめながら、小さく笑む。
「どうかしたか?」
「いや、この場に船長が居たら絶対に「ずるい!おれも仲良くなりたい!」と言うと思ってな。思わず笑ってしまった」
「なんだそれは」
訳がわからん。
「じゃあな、花のおっさん!」
「ログポースありがとう!」
ルフィとナミがそれぞれクロッカスに礼を言う。
「行って来い」
クロッカスの言葉と共に、船が岬を離れていく。
そして、ある程度沖へ出ると、ルフィがラブーンに向けて叫んだ。
「行ってくるぞクジラァッ!」
「ブォォォォォォォォォォッ!」
ラブーンの勇ましい咆哮に後押しされ、私達はグランドライン最初の航海に出発した。
【コメント】
ちなみに、メリー号の船首は折れたままです。
でもウソップなら…!ウソップなら次回までに何とかしてくれる!