氷女と2人でグボロ・グボロを美味しく頂いた後、私達は全員、クジラの胃袋に浮かぶ小島に上陸した。
「このクジラは“アイランドクジラ”。ウェストブルーにのみ生息する、世界一デカイ種のクジラだ。名前は“ラブーン”」
花の様な老人―――クロッカスは、イスに座りながら、私達を呑みこんだクジラについて、説明する。
「そして、こいつらは近くの町のゴロツキだ」
縛りあげられ2組の男女を顎で指す。
男の方は頭に冠を乗せているのが目を引く。…あまり美味くなさそうだ。
女の方は水色の髪をポニーテイルにした、人間からすれば中々の美女だ。…こちらはそこそこ美味そうだ。
2人とも、縛り上げる際に抵抗したので、ルフィと私で気絶させた。
私が殴った男の方は、頭蓋からちょっとヤバい音がしたので、後遺症が残るかもしれない。
「ラブーンの肉を狙っている。そりゃ、こいつを捕えれば、町の2、3年分の食料にはなるからな」
人間の町の2、3年か…
「人間と言うのはやはり小食だな。私なら、3日と持たん」
「お前の様な、常識外れの生き物にとってはそうだろうな」
「…貴様、私達アラガミの事について、何か知っているのか?」
私の問いに、クロッカスは目を逸らす。
「それについては後にしよう。今はラブーンのことを話そう」
クロッカスから聞いた話をまとめる。
このクジラ―――ラブーンがレッドラインにぶつかり続けるのは、ある海賊団との約束のためであるという。
ある日、クロッカスが出会った、リヴァース・マウンテンを下ってきた気の良い海賊達、そいつらについてきたのが、まだ子供だったラブーン。
ウェストブルーでは一緒に航海をしていたらしいが、グランドラインでの航海は危険きわまると置いてきたはずであったが、どうしても離れず、グランドラインの入り口まで、ついてきてしまった。
アイランドクジラは本来、群れを作る生物であるため、海賊達を仲間だと思い、離れなかったのではないか、というのがクロッカスの推察だ。
その海賊団の船は故障していたため、数ヶ月間、岬に停泊することとなった。その間に、クロッカスは彼らと随分親しくなったらしい。
そして、船の修復が終わり、海賊達が出発する日、クロッカスは船長からラブーンを2、3年預かって欲しいと頼まれた。
―――『必ず世界を一周し、ここへ戻る』と約束して。
ラブーンもそれを理解し、この場所でクロッカスと共に彼らを待っているとのことだ。
「だから、吠え続けるの…身体をぶつけて、壁の向こうに…」
話を聞いたナミが、クロッカス問いかける。
「そうだ…もう、50年も昔になる」
「「「「「―――!」」」」」
「………」
クロッカスは、遠い目をしながら、ポロリとこぼす。
「ラブーンは未だ、仲間の生還を信じている」
―――ブオオォォォォッ!
ラブーンの声が、やけに悲しく聞こえた。
ラブーンの話を終えると、私達は再びメリー号に乗り込み、クロッカスの指示で、水路に入った。
クロッカスは島―――否、島型の船に乗って、ついてきている。
「…ここは本当に生物の中か?この水路は貴様が作ったものか」
私はラブーンの中に走る水路の壁を見つめながら、クロッカスに問いかける。
「そうだ。私は医者でもあるからな。ラブーンが死なんように、身体に穴をあける事が出来る」
「医者?」
「昔は岬で診療所もやっていた。数年だが、船医の経験もある」
クロッカスの言葉に、ルフィが反応した。
「船医!?本当かよ!じゃ、うちの船医になってくれ」
「馬鹿言え。私にはもうお前らのように無茶をやる気力は無い」
クロッカスは水路の終わりにある開閉用のバルブを開けながら、誘いを断る。
「医者か…それで、クジラの中に」
「そういうことだ。これだけでかくなってしまうと、外からの治療は不可能なのだ」
ナミはクロッカスがクジラの中にいる理由を悟ったようだ。
私の発生した時代でいえば、ナノマシンによる治療に近いな。
「開けるぞ」
クロッカスがバルブを開け終えると、目の前にあった鉄の扉が開いた。
「フー!出たァ!本物の空!」
ルフィが折れた船首の前で、伸びをする。
上空には、胃袋内の偽りの空ではなく、どこまでも澄み渡る青空が広がっていた。
「こいつらどうしよう?」
キャプテンが未だ気絶している二人組の処遇を聞く。
「そいつらは敵なのだろう?ならば、答えは一つだ」
私は2人に近づくと、右腕を捕喰形態へと移行する。
「そこまでだ。そいつらを食らうと言うなら、アラガミについての話はせん」
クロッカスが私の捕喰に待ったを掛けた。
「何故だ。貴様にとっても、こいつらは敵だろう」
「確かにな。だが、命まで取ろうとは思わん。人間は化物とは違うのだ」
「………」
業腹だが、アラガミの情報は欲しい。
まあ、こいつらは能力者ではなさそうだし、情報を取るとしよう。
「…了解した。その代わり、情報はしっかりと貰うぞ」
私は右腕を人間型に戻すと、二人組の縄を掴んで、そのまま海に放り投げた。
「これで満足か」
「上々だ」
おどけて見せる私に、クロッカスは小さく笑った。
「うばっぷ!な、何だ!?」
「胃酸の海!?」
海に落ちた衝撃で、2人が目を覚ましたようだ。
「違う!本物の海だ。ミス・ウェンズデー」
「どうやら、あの海賊達にノされていたようね。Mr.9」
「で、お前ら何だったんだ?」
「うっさいわよ!あんたらには関係ないわ!」
ルフィが2人の素性を尋ねるが、ミス・ウェンズデーとやらががなり返す。
「いや待て、ミス・ウェンズデー。関係ならあるぜ?こいつらが海賊である限りな!」
「それもそうね、Mr.9。“我が社”には大ありね。覚悟なさい!」
馬鹿2人が勝手に盛り上がっている。
「…どうやら、拾った命が要らないらしいな?」
「「ヒィッ!」」
私が右腕を捕喰形態へと変形させると、2人は抱き合ってガタガタ震え始めた。
「ミ、Mr.9!ここは一時撤退よ!」
「そ、そうだな!それではまた会おうじゃないか、海賊ども!」
「ただし、ミス・クリーチャーは除く!そしてクロッカス!このクジラはいつか我々が頂くわよ!」
捨て台詞を残して、2人組は沖へと泳いで去って行った。
「ミス・ウェンズデーか…なんて謎めいた女なんだ♡」
女好きのサンジは、ミス・ウェンズデーが気になるらしい。
謎めくと言うか、アホめいてはいたな
「いいの?放っておいて。また来るわよ?」
「あいつらを捕えたところで、また別のゴロツキが来るだけだ」
ナミの疑問は最もであったが、下をいくら潰したところで、効果は無いらしい。
◆
その後、クロッカスの住む灯台近くの岸に上陸すると、クロッカスがラブーンを預けた海賊達の消息について、話し始めた。
その海賊達は、もうすでにグランドラインから逃げ去ったらしいが、あろうことか、あのカームベルトを横切ろうとしたため、その消息すら知れないらしい。
クロッカスはラブーンにそのことを包み隠さず伝えたが、ラブーンは一向に聞く耳を持たず、今もリヴァース・マウンテンに向かって吠え続け、レッドラインに激突し続けているという。
なぜならば、ラブーンは待つ意味を失う怖いからだと言う。もはや自分の故郷にすら帰れないラブーンの仲間はその海賊達のみ。彼らを失えば、ラブーンはただ孤独に生きていくこととなる。
…孤独か。
元々私は他者を排除し続けるモノ。孤独とは私の在り方そのものでもあったが、通常の生物、ましてや、群れを作る生物にとって、これ程耐えがたいものもあるまい。
そんな時、ルフィがメリー号のマストをへし折り、ラブーンの身体を駆けあがっていく。
ルフィは頭頂に辿り着くと、折れたマストを、ラブーンがレッドラインに頭をぶつけた際に出来た傷に、突き刺した。
当然、ラブーンは怒り、ルフィと喧嘩を始めた。
ラブーンはその巨体でルフィを押しつぶし、ルフィは鍛え耐え上げた身体とゴムゴムの実の能力で、ラブーンと殴り合う。
一通り殴り合った後で、ルフィが大声で叫んだ。
「引き分けだ!」と。
自分たちの喧嘩の決着はまだ付いていない。だから、もう一度戦わなくてはならない。自分はグランドラインを一周して戻ってくる。そうしたら決着をつけようと、ラブーンと“約束”した。
ラブーンはもはや果たされないであろう約束に換わって、新しい約束を手に入れた。
その時、ラブーンが流した涙と一際大きな咆哮は、きっと喜びから来るものだったであろう。
「んん!よいよ!これがおれとお前の“戦いの約束”だ!」
「………」
約束の証として、ラブーンの額にはいつぞや見た落書き髑髏が。
それを見た私はゆっくりと立ち上がる。
「…さて、書き直そうか」
「や、やめろー!何をするカリギュラー!」
結局、ルフィの必死の抵抗と、ラブーンもこれが気に入ったらしいということで、マークはそのままになった。
◆
「…殿…きろ。…主殿」
「………ん?」
何者かに声を掛けられ、ゾロは瞼を開ける。
「やっと起きたか。主殿」
目の前にいたのは小柄な少女だった。
白いワンピースを着た肢体はすらりと細く、幼さを感じさせるが、同時に言いようのない妖艶さも感じる。
髪は美しい青色で、床についてなお、さらに長く伸びている。
顔立ちは恐ろしいほど整っており、どこか人工的な感じさえする。
髪と同じ美しい青い瞳がゾロを優しく見詰めている。目つきはキツめだが、今は柔らかくほほ笑んでいるため、彼女の可愛らしさをさらに引き立てていた。
普通の男が見れば、思わず息をのむ、そんな美しい少女だ
「誰だ、お前?」
だが、この朴念仁には関係無いらしい。
「ひどいな、主殿。もはや一心同体も同然だと言うのに、私が誰だか解らないのか?」
ゾロの反応に、少女はムスっとした表情を浮かべる。
「………!」
ゾロは少女の声が、自分の良く知るものと同じことに気が付いた。
「その声…まさか、氷女か…?」
「せーかいでーす!」
少女―――氷女は満面の笑みを浮かべ、両手を広げて嬉しさを表現した。
「なんでお前女の姿に…って、ここはどこだ?おれは確か、修理中のメリー号で寝てたはずなんだが」
ゾロは辺りを見回すが、広がっているの真っ黒な闇ばかり。
間違いなく、心地よい日差しが差していたメリー号の甲板ではない。
「ここは主殿の夢の中。主殿と深いつながりがある私だけが入れる世界。そう、二人だけの世界だ」
氷女が笑う。先ほどとは全く違う笑みで。
だが、ゾロはそれを特に気に止めない。
「へー、お前、カリギュラみたいに人型にもなれんのか?」
「………」
カリギュラの名前を出され、顔を歪めて不機嫌になる氷女。
しかし、この朴念仁は気付かない。
「良く見りゃ、やっぱりカリギュラに似てるな。青い髪と目に、つり目、ホントに何から何までそっくり―――」
ゾロの視線がある一部で止まる。
「………」
カリギュラ→タユンタユン
氷女→スットーン
「フン!」
「オゴァッ!?」
氷女の目じりがつり上がった瞬間、ゾロのわき腹に強烈なボディブローが叩きこまれた。
「い、いきなり…何を…!」
「黙れッ!」
息も絶え絶えなゾロに向かって、氷女は怒気を発する。
先ほどまでの柔らかな表情はどこへやら。今は阿修羅のごとく、鋭い眼光を放っている。だが、これはこれで、先ほどの可憐なものとは違った野性的な魅力がある。
「いいか、主殿。次に私の胸について変なことを考えたら…喰うぞ」
「い、いや、おれは何も―――」
「次は鳩尾だ」
「わかりました」
氷女の米神に青筋が浮かんだのを見て、ゾロは素直に返答した。
彼の判断は至極正しい。
「で、何か用か。態々夢の中に出てきたんだ。重要な要件でもあんのか?」
わき腹を摩りながら、ゾロが氷女に問いかける。
「あ、いや、そのな…」
しかし、氷女は目を逸らして黙ってしまう。
頬は赤く染まっており、明らかに照れ隠しなのだが―――
「―――?どうした」
―――この朴念仁に乙女心など解るはずがない。
「…主殿と話がしたいだけで夢に出てきてはいけないのか?」
「あ?おれと話がしたいだけ?」
コクリと小さく氷女が頷く。
「…いいぜ。おれなんかで良かったら、話し相手になってやるよ。どうせここはおれの夢ん中だ。目が覚めるまで、付き合ってやるよ」
その言葉を聞いて、氷女の表情がぱっと明るくなる。
「本当か!?本当に本当か!?嘘じゃないよな!?嘘だったらここで強制的に捕喰するぞ!?」
氷女がゾロに四つん這いで詰め寄る。
「あ、ああ…」
ゾロは氷女の剣幕に少々気圧された。
「じゃあじゃあ、主殿の故郷の話が聞きたい!」
その隙をついて、氷女は胡坐をかいていたゾロの足の上に座り込む。
甘い花の香りが、ゾロの鼻を擽った。
「おれの故郷か…いいぜ。おれの故郷はイーストブルーのシモツキ村ってとこでな―――」
ゾロの話を聞く氷女は、年相応の少女のようであった。
この姿を見て、彼女が凶暴なアラガミであることを見抜けるものは、恐らくいないであろう。
◆
「あの野郎!船をバキバキにしやがって。おれは船大工じゃ無ぇんだぞ!?」
ウソップはルフィにへし折られたメリー号のマストを、鉄板で補強しながら直している。ただし、お世辞にも上手とは言えない。
「おいゾロ!てめぇも手伝え!」
「ぐー」
しかし、船の縁に寄りかかって寝ているゾロが起きる気配は無い。
「だー!どいつもこいつも…!待ってろよメリー、おれが何としても直してやるからな」
メリー号はウソップの大切な友達から貰ったものだ。彼には他の仲間たち以上に思い入れがあるのだろう。
「ふー、マストの修理はこんなところか。次は船首だな」
マストの修理を終えると、次にラブーンにぶつかって折れてしまった船首を直す作業に移ろうと、後ろを振り向く。
ムシャムシャ…
「………」
其処には奇怪な生物がいた。
卵型の身体に、大きな一つ目。
その下には人間の女性を模したような部分があり、その上半身と下半身を分かつように、裂けた口が付いている。
そして、その生物は、ウソップが修理しようとしていた、メリー号の船首を美味そうにバリバリと貪っている。
「て、てめぇ!何してやがる!」
ウソップの頭に、一瞬だけ、カリギュラの言っていたアラガミと言う生物の事が思い浮かんだが、大事なメリー号の船首を喰われているのを見て、そのことは頭から消し飛んだ。
その生物を船首から引きはがすために、愛用のパチンコを取り出し、構えた。
「―――!―――!―――!」
しかし、その卵型の生物は、ウソップに襲いかかるどころか、声に驚いてあたふたとしている。そして、最終的には逃げ出そうとしたのか、空中に浮かびあがろうとした。
「あ…」
しかし、1m程度浮き上がったところで、ボトリと甲板に落ちてしまった。
卵型の生物は、苦しそうにもがいている。
「な、何だ…?」
ウソップは慎重に卵型の生物に近づく。
いつ襲ってくるかとビクビクしながらの接近であったが、結局なにもされないまま、近くまで行くことが出来た。
その生物を良く観察すると、そこかしこが抉れ、深い切り傷があった。
「………ほっとけねぇよな。おい、しっかりしろ」
一味の中でも特に情の深いウソップは、この傷ついた生物を放っておくことが出来ず、手当てをしようと、いつも持ち歩いている包帯を巻きつけようとした。
「―――!包帯が…!やっぱり、こいつもアラガミか」
包帯は生物に触れると、溶けるように消えてしまった。
先ほどの鰐型のアラガミと同じ特徴である。
「これじゃ傷の手当ても出来ねぇな。何か他に方法は…」
例え、目の前の生物がアラガミだとしても、このまま放っておいて、死なれるのは目覚めが悪い。
本格的な治療方法はカリギュラに訊くとして、何か応急処置的なものが出来ないか、ウソップは頭をひねって考える。
(…そういや、最初はメリー号の船首を食ってたんだよな、こいつ。確か、カリギュラもものを食うことによって、身体を修復してるとか言ってたな)
メリー号の船首に目を向けると、角辺りが齧られて無くなっていたものの、まだ十分に使える。
大切なメリー号の一部と凶暴な死にかけのアラガミの命、そのどちらをとるか。
ウソップの決断は早かった。
「考えるまでもねぇな」
ウソップは船首をなんとか持ち上げると、卵型のアラガミの元へ運んで行った。
「ほれ、これを喰え。喰えば元気になるんだろ?」
「―――!?」
アラガミが一瞬驚いたように見えたが、気のせいかもしれない。
アラガミは差し出された船首を、勢い良く貪り始める。
「ケプ…」
「あっという間に無くなっちまった…」
ものの十数秒で船首は完全にアラガミの腹の中へ収まった。
体積を思いっきり無視している気もするが、気にしない。
船首を喰べたアラガミは、先ほどよりも元気を取り戻し、フヨフヨと空に浮かんでいる。
良く見れば、傷も大分癒えている。
「元気になったみてぇじゃねぇか。おっと、これ以上船は食うなよ?勿論おれもだ。あ、そこで寝てるマリモはちょっとだったら齧っていいギャー!」
不穏当な発言をしたウソップの目の前に、氷女が突き刺さった。
「すいません!冗談です!」
ウソップが氷女に向かって土下座しようとしたその時
「クキャーーーッ!」
先ほどのアラガミがウソップを庇うように、氷女を威嚇し始めた。
「お、お前…」
しかし、拙いことにそれが氷女を本気にさせたのか、氷女から殺気が漏れ出す。
「ピキャーーーーッ!」
「弱ッ!」
それに怖気づいたアラガミがウソップに飛びつく。
一瞬、食われるかと思ったウソップだったが、アラガミに触れても食われたりはしていない。どうやら、このアラガミは任意に捕喰を行えるようだ。
「ま、待て待て!落ちつけ氷女!」
卵型のアラガミと抱き合いながら、氷女をなんとか宥めようとするが、氷女からの殺気は一向に収まらない。
そして、氷女が甲板からひとりでに抜け、ウソップに先端を向ける。
「い、いやーーーーーッ!」
「ピ、ピギャーーーーッ!」
氷女が2人を串刺しにするため、飛来しようとしたその時
「そこまでだ」
いつの間にか起きていたゾロが、氷女の柄を掴んで、鞘に押し込んだ。
氷女はしばらく鞘の中で暴れていたが、ゾロが柄を軽く叩くと、しぶしぶといった様子で、大人しくなった。
「た、助かった…」
「ク、クキャー…」
ウソップと卵型のアラガミは揃って胸を撫で下ろした。
「ったく、気の短けぇ奴だ」
ゾロは腰の氷女を見ながらため息をつく。
「短いとかそういう問題じゃねぇよ!ちょろっと冗談を言ったくらいで殺されかけたんだぞ!?」
「クキャー!ククキャー!」
ウソップの叱責と共に、卵型のアラガミも同感だと言うように甲高い声で鳴く。
「氷女が言うには、そこの卵みてぇな奴に、おれを食わそうとしたから攻撃したって事らしいが?」
「だーかーらー!それが冗談だっつってんだよ!」
「クキャ…?」
「ちょっと待て、なんだその「冗談だったの?」的な反応は!」
卵型のアラガミは結構本気だったらしい。
「あーーーーーーーーーーーーーッ!!」
その時、上にある灯台の方からナミの叫び声が聞こえてきた。
「なんだ?」
「なんかあったのかもな。おれも少し疲れたし、休憩がてら様子を見に行くか」
「おれも行く。すっかり目が冴えちまったしな」
ウソップとゾロはメリー号から降りると、灯台に続く縄梯子に向かう。
「クキャー!」
さらに、それに続く卵型のアラガミ。どうやら、ついてくるつもりらしい。
「おい、そいつも連れてくのか?アラガミだろ?」
ゾロは、ついてくるアラガミが仲間に危害を加えないか心配しているようだ。
「今んとこは大人しいから大丈夫だろ。それに、元々こいつをカリギュラに見せるつもりだったんだ。カリギュラなら、もう少し詳しいことも知ってそうだしな」
「ま、暴れ出したらおれかカリギュラで斬っちまえばいいしな」
「ピキャ!?」
ゾロの不穏な言葉に、卵型のアラガミはウソップの背後に隠れてしまった。
「ハハハ、こんな奴が襲いかかってくるわけねぇって」
ウソップは自分の後ろに隠れてブルブル震えている卵型のアラガミを撫でる。
そして、何か思いついたように、にやりと笑った。
「よーし!お前は今日からウソップ海賊団の一員だ。キャプテンは勿論おれだ。と言うわけで、おれの命令は絶対に守ること」
「クキャ?」
卵型のアラガミは一瞬疑問を呈するような声で鳴いたが、
「クキャ!」
すぐに肯定を示すであろう声で鳴いた。
「フ、また新たにウソップ海賊団の仲間が増えたぜ」
「まだ3人目だろ。しかも、お前以外全員アラガミじゃねぇか」
「馬鹿め、だからこそすごいんじゃねぇか。凶暴な怪物たちを統べる誇り高き海の戦士…うん、良い…」
ウソップは腕を組み、静かに空を見上げる。
恐らく、カリギュラ達を指揮しながら戦う自分の姿に、思いを馳せているのだろう。
「海の戦士って言うより、魔物使いだな」
「うっせぇ!テメェも似たようなもんじゃねぇか!」
「クキャクキャ!」
ゾロのツッコミに、ウソップが反論し、卵型のアラガミもそれに続く。
「んだとこの野郎!」
「やるかエセ剣士の魔物使い!」
「クキャキャー!」
「………!」
ウソップの挑発に切れかけたゾロが氷女に手を掛けると
「すいませんでしたー!」
「クキャキャキャーー!」
2人揃って0.2秒で土下座を決めた。
「…とりあえず、お前らの息がぴったりだってのは良くわかった」
あまりにも綺麗すぎるウソップ達の土下座を眺めながら、ゾロは脱力と共に、深いため息を吐いた。
【コメント】
氷女の人間形態は、今まで読んできた作品の中で、最も純愛的なヒロイン『沙耶』がモデルです。