未だ嵐が続く中、私はゴーイング・メリー号の船室で、氷女に触手型の器官を接続して、リミッターを掛けていた。
「………よし、終わったぞ」
触手を引っ込めると、氷女を壁に背を預けていたゾロに投げる。
「応、ありがとな」
「リミッターについて説明しておく。氷女に施したのはお前への侵喰を阻害するものだ。これにより、氷女とお前の同調率に影響が生じ、刀身の切れ味や強度が低下する。氷女は折れても“捕喰”を行うことによって、再生するが、無茶はするな。氷女にだって、意思はあるんだからな」
「“捕喰”?」
「文字通り、私が行っている喰らうという行為の事だ。氷女の場合は、その刀身を獲物に触れさせれば、勝手に捕食してくれる」
「なるほど、ローグタウンで海兵が骨になったのはそういうわけか」
(うむ。私は人間の肉が好みだ)
「…言っとくが、無暗やたらに斬るつもりは無ぇからな」
(特に問題は無い。通常時であれば、主殿の肉を少しずつ喰らっていれば事足りる。ああ、一応言っておくが、それで主殿に害は無いぞ?)
「つくづく化物刀だな」
(主殿も同類さ)
うむ、仲が良さそうで、結構だ。
「リミッターの解除は、ゾロ、お前が出来るようにしておいた。お前自身が氷女の侵喰に耐えられると思ったら、いつでも外せる。やり方は簡単だ。ただ、『解放』と思えばいい」
「氷女を解放したとき、氷女を食うか、それとも氷女に喰われるか…全部おれ次第って訳か。上等…!」
ゾロは氷女を握り締めると、ニヤリと笑った。
「全員キッチンに集合して!」
部屋の外から、今まで航路を見ていたナミの声が聞こえた。
「行こう」
「ああ」
私とゾロはキッチンへと向かった。
「グランドラインの入り口は、山よ」
「山!?」
キャプテンが首をかしげる。
「そう。海図を見てまさかとは思ったんだけど…これ見て」
ナミがテーブルの上に海図を広げる。
「“導きの灯”が差してたのは間違いなく、ここの“赤い土の大陸(レッドライン)”にあるリヴァース・マウンテン」
「何だ、山にぶつかれってのか?」
「違うわよ。ここに運河があるでしょ?」
ナミが指示した場所には、確かに運河が描かれていた。
「運河!?馬鹿言え。運河があろうが無かろうが、船が山を登れるわきゃねぇだろ!?」
「いや待て、キャプテン。確かリヴァース・マウンテンの運河は…」
金ぴか鎧とアーロンから手に入れた記憶を探る。
………クソ、中々出てこないな。
捕喰で得た知識は、辞書の様なものなので、すぐに出てこないのが難点だな。
「―――?」
「…すまん。思い出すのに時間が掛かっている」
「まあ、ともかく、ナミさんの言うことに間違いはねぇよ」
「エロコックの寝言は置いとくとして、そりゃバギーから奪った海図だろ?当てになんのかよ?」
「バギー?」
初めて聞く名前だな。
「んあ?…そういや、カリギュラはあんとき居なかったか。お前と会う前に、おれとゾロとナミの3人でぶっ飛ばした奴だ。ほら、さっきの町でおれを死刑にしようとして、カリギュラが真っ二つにした奴」
「ああ、あの道化姿の男か。まあ、死人の事などどうでもいいな」
「いや、あいつはバラバラの実っていう悪魔の実の能力者で、切っても切れないバラバラ人間なんだ。多分、まだ生きてると思うぞ?」
「ほう…」
次に会ったら確実に喰い殺すとしよう。
「でも山登んのかー!船で!おもろー!不思議山だな!」
ワクワクしているルフィに対し、ゾロが冷静に意見を述べる。
「大体、何で態々“入口”へ向かう必要があるんだ?南へ下れば、どこからでも入れるんじゃねぇか?」
「それは違うぞお前!」
「そう、ちゃんと訳があんのよ」
ルフィとナミはそれに反論する。
「入口から入った方が気持ちいいだろうが!」
「違う!」
まあ、ルフィはそんなことだろうとは思った。
「おい!あれっ!?嵐が突然止んだぞ!?」
「馬鹿な。さっきまで大嵐だったんだぞ?」
半信半疑でキャプテンの後ろから、扉の窓をのぞくと、其処には雲ひとつない青空と、静かな海が広がっていた。
「―――!ナミ!船が“凪の帯(カームベルト)”に入った!」
「ウソッ!?」
ナミは慌てて外へと飛び出す。
私達もそれに続いた。
外には雲ひとつない晴天が広がっている。
「お、向こうはまだ嵐だ。こっちは風も無ぇのにな」
(おお、何と不可思議な)
珍しいものを見たと言った感じのゾロと氷女。
「…あまり暢気な事を言ってる場合ではないぞ」
「カリギュラの言うとおり!速く帆を畳んで船を漕いで、嵐の軌道に戻すの!」
「ハイ!ナミさん!」
「なに慌ててんだよ。漕ぐって、これ帆船だぞ?」
「なんで態々嵐の中に?」
サンジは素直に言うことを聞いたが、ルフィとキャプテンは反論する。
まあ、普通はそうだがな。
「いいから言うこと聞け!」
「折角晴れてんだ。もう少しゆっくりしてこうぜ」
「…ゾロ、この海の名前はカームベルト。グランドラインを挟みこむ海域だ。先ほどお前は南へ下ってグランドラインへ入れば良いと言ったな?この海域こそが、入口からしかグランドラインに入れない理由だ」
「―――?」
「一つ目の理由。この海域には、名前の通り風が無い。よって、帆船は役立たずだ。そして、最大の理由が―――」
その時、船に大きな揺れが走った。
「な、なんだ!?地震か!?」
「バカ!ここは海だぞ!?」
次の瞬間、船が上空へと押し上げられた。
眼下には船と比べるのも馬鹿らしくなるくらい大きな海王類。
簡潔に言うと、ゴーイング・メリー号は、現在、大型の海王類の鼻の上に乗っている。
「大型の海王類の住処なんだ。ここは」
「「「「………!」」」」
「ああ…私死んだかも…」
(おお、喰いでがありそうだぞ、主殿!早速斬ろう!)
「アホ!あんなん相手出来るか!」
氷女にゾロがツッコミを入れた。
…あいつ、私の話を聞いていなかったのか?
(大丈夫!ちゃんと残さず喰べるから!)
「問題はそこじゃ無ぇッ!」
「お、おい…ゾロの奴、一人で何かブツブツ言ってるぞ…」
「ゾロでもやっぱりこの状況じゃおかしくなるわよね…」
「あのマリモ頭、ついにおかしくなったか?」
「ゾロ、変なもんでも拾い食いしたか?」
言いたい放題だな、お前ら。
私はゾロに近づき、そっと耳打ちする。
(ゾロ、氷女の声は私とお前以外は聞こえない。あまり人前で氷女と会話すると、今みたいに生温かい目で見られることになる。気をつけろ)
(―――!そうだった。つい声が出ちまった…)
うむ、やはりゾロもツッコミの業を背負っているな。
(安心しろ。ここは私がフォローする)
(すまねぇ)
私はみんなに向き直り、ゾロをフォローする。
こういうときは、手短に、解りやすく言うのが良いと本に書いてあったな。
「安心しろみんな。ゾロのさっきの行為は、私(の造ったアラガミ刀)と一つになったことが原因だ」
「「「「「―――!!!」」」」」
え、何その反応。
「くたばれクソマリモォォォォォォッ!」
そして、次の瞬間には、サンジがゾロに襲いかかっていた。
…あれ?
「説明ハショリ過ぎだバカ野郎ォォォッ!」
サンジの蹴りをゾロが刀で捌きつつ、私に罵声を浴びせる。
「…まあ、それについては後で詳しく聞くとして、カリギュラ、まずはサンジ君を黙らせて」
「了解した」
ガン!
「………」
「何かこの流れ最近もあったよな」
「このまま様式美として定着したりしてな」
「黙らせたぞ。しかしナミ、先ほどまではかなり取り乱していたのに、今は随分と冷静だな」
「その混乱を上回る衝撃を受けたからね。冷静にもなるわよ。みんな、私達が乗ってる海王類が海に帰ったら、全力でオールを漕いで、嵐に戻るわよ!」
「「「応!」」」
「了解した」
全員がオールを手に持ち、海王類が海に帰る瞬間を待つが…
「イキシッ!」
海王類がくしゃみをした。
その衝撃により、船は宙へと投げ出され、自由落下を開始した。
「「「「「何ィィィィィィッ!?」」」」」
さらに、キャプテンが船から投げ出され、それに巨大なカエル型の海王類が食らい付こうと迫る。
「キャプテン!」
「ウソップ!」
ルフィが手を伸ばしてキャプテンを掴むが、引き戻しより、カエルが食らいつく方が速い。
私が飛んで助けに行きたいが、気絶しているサンジもこのまま放っておけば同じことになるので、回収しなければならない。
「ゾロ!氷女をカエルに向かって投げろ!」
「おい、そんなことしたら―――!」
(大丈夫だ。既に主殿と私は一心同体。海の中だろうが、空の彼方だろうが、必ず主殿の元へ戻って来る!)
「…わかった!よし、行け!氷女!」
(承知した!)
ゾロはカエルに向かって氷女を全力で投擲した。
「ゲゴッ!?」
氷女は見事にカエルの眉間に突き刺さり、更に肉を喰らう。
カエルは見る見るやせ細っていき、1秒も経たない内に骨だけになった。
「「「何ィィィィィィッ!?」」」
本日2回目の「何ィィィィィィッ!?」頂きました。
キャプテンを無事救出した直後、船は海面に着水した。
身体を打つ豪雨に稲光の音。どうやら、元の海域に戻ってきたようだ。
更に、海面から何かが飛び出て、ゾロの真正面の甲板に突き刺さる。
「うおッ!」
(ただいま。主殿)
「氷女、よくやってくれた。」
(…ああ)
「頼りになる相棒だぜ。全く」
(だろう!さあ、もっと褒めろ!主殿!)
…なんだ、この差は。
と言うより、私は氷女をこんな性格設定で造った憶えが無いんだが…
うーむ…やはり新たなアラガミの個体を造ると言う行為にはまだまだ謎が多いな。
「…よかった。ただの大嵐に戻った。これでわかった?グランドラインに入口から入る理由」
「ああ…」
その理由を身を持って知ったゾロが短く答える。
「う…痛てて…ん?嵐の中に戻ったのか…?あ!クソマリモ!テメェカリギュラちゃんとナニしてやがったんだコルァッ!」
意識を取り戻したサンジがゾロにまたしても襲いかかろうとしたので、サンジの頭を鷲掴みにして止める。
「アダダダダッ!カ、カリギュラちゃん!つ、潰れる!頭がトマトみたいに潰れる!」
「良い機会だ。みんな、先ほどのゾロの奇行の理由について、説明しておく」
「無視しないで!カリギュラちゃん!ほ、本当に中身が出ちゃう!」
サンジの悲鳴はとりあえず無視し、皆に私が造ったアラガミ刀、氷女について説明をした。
なお、氷女の説明が終わるまで、サンジの頭から手を離さなかった事を、ここに記しておく。
「ズりぃぞ、ゾロ!おれもカリギュラにカッコイイ武器造ってもらいたい!ビームが出るのとか!」
「バカ野郎!カリギュラの造った武器は持ち主を支配するとかとんでもねぇことするんだぞ!?ただでさえお前は暗示系統のもんに弱いんだ。我慢しろ!」
「そうだぞルフィ。氷女を使いこなすには強靭な精神力が必要なんだよ。ま、おれならゾロみたいに乗っ取られることなんて無かったと思うがな」
次の瞬間、氷女が鞘から勝手に抜けると、凄まじい速度で、キャプテン目掛けて飛んできた。
そのままだと頭に直撃して脳漿をブチまけてしまうので、ブレードで叩き落とす。
「………!」
目の前の甲板に突き刺さった氷女を見て、キャプテンは声にならない悲鳴を上げた
(嘗めた口を利くな。腰ぬけ)
「と、氷女はご立腹だ」
「すいませんでした!ホント調子乗ってすいませんでした!」
刀に向かって土下座するキャプテン。
…シュールだな。
「ちょ、勝手に動いたわよ、あの刀!?」
「スゲーーーッ!やっぱ欲しーーーッ!」
「そりゃ動くだろ。氷女には意思があるんだ。ただ、ここまで動けるとは思って無かったけどな」
「危なすぎるでしょ!?カリギュラ、ちゃんと言い聞かせてよ!」
「ふむ、確かに仲間を傷つけるのは問題だな。氷女、今後は一味の仲間達に手を出すな」
(断る)
「駄目だった」
「「何とかしろ!」」
ナミとキャプテンが必死の形相で詰め寄ってきた。
だが、氷女は頑固だ。私からこれ以上何か言っても無駄だろう。
………ふむ。
「氷女、お前、ゾロの仲間を殺す気か?」
(………)
お、反応が変わったな。もう一押し。
「ゾロ、お前からも言ってくれ」
「ん、おれが?…氷女、こいつらはおれの仲間なんだ。多少、お前の癇に障る事を言っても、我慢してやってくれ」
(………………主殿がそこまで言うなら)
やはり、氷女は私よりも、ゾロを上位者として見ているようだな。
まあ、氷女はゾロの武器でもあるし、好ましい事ではある。
「みんな、氷女が多少の失言なら許すと言ってくれたぞ」
「よ、よかった…うっかり口を滑らせたら首が飛ぶなんて生活は送らなくてよさそうね」
「怖い…氷女怖い…」
「う~ん…それはそれでスリルがあって楽しかったかもな」
「「楽しいわけねぇだろ!」」
キャプテンとナミのダブルツッコミによって、ルフィは甲板に沈んだ。
ツッコミの瞬間、二人が手に何かを纏っているように見えたが…気のせいか。
「………」
何気なく視線を移すと、一人で何やら考え事をしているサンジを見つけた。
そういえば、さっきから会話に加わっていないな。
「どうしたサンジ、さっきから静かじゃないか」
サンジに近づくが、まるで気付かない。
さらに近付くと、何やらブツブツ言っているのが聞こえてきた。
「氷女って名前からするとレディ…いや、でも刀だしな。しかし、おれのセンサーは最高レベルの美少女を検知している。ここは今後のためにも、紳士的な対応を…」
「はあ…」
相変わらずなサンジに、思わずため息をついた。
◆
「…わかった!」
不意に、ナミが声を上げた。
「?何がだ?」
「やっぱり山を登るんだわ」
「お前まだそんなこと言ってんのか?」
ゾロが呆れた表情を浮かべる。
「ちゃんと根拠もあるわ。海流よ。四つの海の大きな海流が全てあの山に向かっているとしたら、四つの海流は山を駆け登って頂上でぶつかり、グランドラインへ流れ出る。この船はもう海流に乗っちゃってるから、後は舵次第」
「おい、ちょっと待て。山を駆け登る程の海流と言ったな。運河の周りはレッドラインの壁だ。もし、舵を誤ったら…」
「ええ、木っ端みじん。しかも、リヴァース・マウンテンは冬島だから、海流は表層から深層へと潜る。ぶつかったら、そのまま海底に引きずり込まれるわ」
「…面白い」
「応!不思議山面白いな!」
「カリギュラはともかく、ルフィは全く解ってないでしょ」
「ナミさんすげーぜ!」
ナミを称賛するサンジに、ゾロが話しかける。
「聞いたことねぇよ。船で山越えなんて」
「おれは少しあるぞ」
「不思議山のことか?」
「いや、グランドラインってのぁ…入る前に半分死ぬと聞いた。簡単には入れねェってこったな」
「不思議山が見えたぞ!」
ゾロとサンジの会話を遮るように、ルフィが叫んだ。
「待て、その後ろの影は何だ!?バカデケェ!」
「…“赤い土の大陸”」
目の前に聳え立つは雲を越える程の大絶壁。
これが、世界を四つに分ける壁か。
「吸い込まれるぞ!舵しっかり取れ!」
「了解した」
私は操舵室へ向かうと、舵をしっかりと握る。
「すごい…」
「嘘みてぇだ…」
(おお!凄い凄い!)
扉を開け放った操舵室からも良く見える。
海が山を登っている光景が。
金ぴか鎧の記憶にも確かにこの光景がある。
やれやれ、今になって思い出すとは…使えないな、金ぴか。
「運河の入り口だぁ!カリギュラ、船がちょっとズレてる!右だ右!」
「了解した」
私は力を込めて面舵をき―――
バキ!
「「(「「「―――!!!」」」)」」
…力入れ過ぎた。
(くたばれアホ創造主!)
氷女のツッコミが心に痛い。
「ぶつかるーーーーッ!!」
舵をきれなかったため、船はリヴァース・マウンテンの海路の端にある柱に直撃するコースになってしまった。
「ゴムゴムの…風船!」
ルフィが麦わら帽子をゾロへ投げ渡すと、一目散に船の外へ飛び出し、柱と船の間で風船のように膨らむ。
だが、それでも船を海路に戻すにはまだ少し足りない。
「今度は折れてくれるなよ?」
私は残った舵を掴むと、細心の注意を払って、面舵をきる。
すると、船の進路が徐々にズレ、ゴーイング・メリー号は傷一つつくこと無く、リヴァース・マウンテンの海路に乗ることが出来た。
「掴まれ!ルフィ!」
「ぬ!」
最後に、海上に取り残されたルフィが手を伸ばし、それをゾロがしっかりと握って、船へと引き戻した。
(………)
何故か氷女が不機嫌になった。
まあ、それはともかくとして―――
「「「「「「入ったーーーーッ!」」」」」」
メリー号は凄まじい速度で、山を駆け登る。
そして、ナミの予測通り、頂上で他の海流とぶつかり、グランドラインへと流れ出る。
「あとは下るだけだ!」
ルフィが自分の特等席である船首へとよじ登る。
「海路の終わりが見えたぞ。あれが…」
「グランドラインだーーーーッ!」
ついに、私達は世界で最も偉大な航路へと入ったのだった。
【コメント】
次回、『捕鯨編』へと入ります。