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No.25343の一覧
[0] 手には鈍ら-Namakura-(真剣で私に恋しなさい!)[かぷりこん](2013/08/25 17:16)
[1] [かぷりこん](2011/07/09 17:24)
[2] 第一話:解放[かぷりこん](2011/07/09 17:27)
[3] 第二話:確認[かぷりこん](2011/07/09 17:34)
[4] 第三話:才覚[かぷりこん](2011/07/09 17:52)
[5] 第四話:降雪[かぷりこん](2011/07/22 22:57)
[6] 第五話:仕合[かぷりこん](2012/01/30 14:33)
[7] 第六話:稽古[かぷりこん](2011/07/09 18:32)
[8] 第七話:切掛[かぷりこん](2011/07/09 18:59)
[9] 第八話:登校[かぷりこん](2011/07/10 00:05)
[10] 第九話:寄合[かぷりこん](2011/12/19 22:41)
[11] 第十話:懲悪[かぷりこん](2011/07/10 00:13)
[12] 第十一話:決闘[かぷりこん](2011/07/18 02:13)
[13] 第十二話:勧誘[かぷりこん](2011/07/10 00:22)
[14] 第十三話:箱根[かぷりこん](2011/07/10 00:26)
[15] 第十四話:富豪[かぷりこん](2012/02/05 02:31)
[16] 第十五話:天災[かぷりこん](2011/07/10 00:29)
[17] 第十六話:死力[かぷりこん](2012/08/29 16:05)
[18] 第十七話:秘愛[かぷりこん](2011/08/20 09:00)
[19] 第十八話:忠臣[かぷりこん](2011/07/10 00:48)
[20] 第十九話:渇望[かぷりこん](2011/07/10 00:51)
[21] 第二十話:仲裁[かぷりこん](2011/07/10 00:56)
[22] 第二十一話:失意[かぷりこん](2011/07/06 23:45)
[23] 第二十二話:決意[かぷりこん](2011/07/09 23:33)
[24] 第二十三話;占星[かぷりこん](2011/07/12 22:27)
[25] 第二十四話:羨望[かぷりこん](2011/07/22 01:13)
[26] 第二十五話:犬猿[かぷりこん](2011/07/29 20:14)
[27] 第二十六話:発端[かぷりこん](2011/08/11 00:36)
[28] 第二十七話:哭剣[かぷりこん](2011/08/14 14:12)
[29] 第二十八話:幻影[かぷりこん](2011/08/26 22:12)
[30] 第二十九話:決断[かぷりこん](2011/08/30 22:22)
[31] 第三十話:宣戦[かぷりこん](2011/09/17 11:05)
[32] 第三十一話:誠意[かぷりこん](2012/12/14 21:29)
[33] 第三十二話:落涙[かぷりこん](2012/04/29 16:49)
[34] 第三十三話:証明[かぷりこん](2011/11/14 00:25)
[35] 第三十四話:森羅[かぷりこん](2012/01/03 18:01)
[36] 第三十五話:対峙[かぷりこん](2012/01/25 23:34)
[37] 第三十六話:打明[かぷりこん](2013/11/02 15:34)
[38] 第三十七話:畏友[かぷりこん](2012/03/07 15:33)
[39] 第三十八話:燃滓[かぷりこん](2012/08/08 18:36)
[40] 第三十九話:下拵[かぷりこん](2012/06/09 15:41)
[41] 第四十話:銃爪[かぷりこん](2013/02/18 08:16)
[42] 第四十一話:価値[かぷりこん](2013/02/18 08:24)
[43] 平成二十一年度『川神大戦』実施要項[かぷりこん](2013/02/18 07:52)
[44] 第四十二話:見参[かぷりこん](2013/07/17 08:39)
[45] 第四十三話:戦端[かぷりこん](2013/03/31 11:28)
[46] 第四十四話:剣理[かぷりこん](2013/05/11 07:23)
[47] 第四十五話:手足[かぷりこん](2013/08/20 08:47)
[48] 第四十六話:膳立[かぷりこん](2013/08/25 17:18)
[49] 第四十七話:鞘鳴[かぷりこん](2014/02/05 18:46)
[50] 第四十八話:咆哮[かぷりこん](2015/01/11 10:57)
[51] 第四十九話:決斗[かぷりこん](2015/11/29 14:16)
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[25343] 第四十五話:手足
Name: かぷりこん◆f1242fd1 ID:208cdd63 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/20 08:47





『ったくよー、自由の代償は高いぜ。 …………夢を、抱きしめろ。 そして、どんな時でも、ソルジャーの誇りは、手放すなッ―――』

―――ザックス・フェア






















「―――――ッ? ……ほうッ!? フフ……ッハハハハハハ、いや、まさかここまでとは。 ……まゆまゆが、やられたようだな?」







「…………うむ。 我もにわかには信じられん。 まぁ、しかし、奴は伸び盛りとはいえ最年少。 積み重ねた経験は我らには劣るであろうし、油断もしよう」

「クク、四天王の中でも最弱。 あの程度の輩に敗北するなど笑止。 四天王の面よご 「おい、それは私に当て付けて言っているのか松永?」 ……あはははは、嫌だなー、違いますよ橘さん。 なんていうか、ほら、様式美はきちんと守らないといけない気がして。 ……だからその、自衛官らしからぬ割りとガチな殺意の波動めいたモノを早いところ引っ込めてくださーい。 向けるなら、あっちにどうぞ?」

「相性というものもあるからな。 由紀江と天衣なら、ふむ、“剛剣”と“最速”――元々速攻を信条とする者同士、攻撃圏の広い由紀江がやや有利でもあるし、加えて、黛といえば、乾坤一擲の居合い抜きもある。 その返し技カウンターも、我はなかなかのものと聞いている。 一手違えれば、忽ち不覚も獲られよう。 …………とはいっても、天衣。 今、由紀江を下した男には、」

「無論、負けたこともないし、負ける予定もない。 あれに私の知らぬ、理を超える格別の牙が備わっていればまた別だろうが、それは断言する」

「……とまぁ、こんな按配だ、燕。 これが、闘いというものの醍醐味だな」

「そりゃ、重々承知してますよ、揚羽さん。 でも、んーと? 橘さんの言い方だと、話題の彼とは手合わせしたことがあるような雰囲気なんですが?」

「縁あって、この夏に少し揉んでやった。 ……一言で言えば、とんでもない馬鹿だな。 どうしようもない阿呆だよ。 加えて、よくもあんななりで、百代を打倒するとか言えたものだ。 黛が敗れた理由も、大方、予想はつくがな。 山篭りの中で少し底を見たが、どうやら私寄りの人間のようだ。 もともとそういう気質なのか、この数年でそうなった●●●●●のかは知らんが、相手の好む動き一つ一つに応じ手を各々用意して丁寧に封じようというのは、まさに軍人型の思考だ。 だから丁々発止、幾らか渡り合えはしても、本職わたし相手に勝ちは拾えまいということさ。 当人はそれでいて、“正々堂々こそ至高”云々とか言い続けるものだから、まったく始末に終えん」

「はあ。 ……ま、馬鹿って点で言えば大抵は、二人の孫の首より大事な茶釜に火薬仕込んで自爆したウチのご先祖よりマシですけどね」

「何かのために、その何か以上の多くのものを失う者。 これを愚かと呼ばずして何とする、という話だな」

「めでたしめでたし」

「……さて、揚羽?」

「応。 我もようやく、勘が戻り始めた頃よ」

「んじゃ、また、そろそろ頑張り始めますかネバギバッ、納ッ豆ォッ♪」



三人仲良く地に這い蹲る格好から、示し合わせたかのようにぴたりと同時に、各々の物腰により脱却する。 









反転して仰向けになると、秘めたる腹筋のみで、しかし必要以上の僅かな力みもなく跳ね起きたのは九鬼揚羽だった。

彼女の参戦理由は、少々調子に乗り始めたらしい後輩を諌め、また近頃、九鬼の男子として逞しくなりつつある弟の雄姿を見んがためである。 

「武人としてお前の相手ができるのは、最後だろう」――――そう宣言し、その通りの意気込みで最後の仕合に臨んだのが、昨年三月末のこと。 かのヒューム・ヘルシング卿に師事しながら、世界最高峰の修練場たる川神院境内にて、いずれは世界最強、人類最大となる目前の女を相手取り、武の修めとする。 何においても一流を以って善しとする九鬼家の例に漏れず、豪快にして豪胆なる人物。 それが彼女だった。 そして、未だ学生生活を謳歌する身分である英雄の比ではないほどの激務に、日々間断なく当たる揚羽である。 こんな所で油を売る暇があれば、たとえば火入れ間近の近場の高炉の様子を見に行くべき、責任ある立場、九鬼財団の軍需鉄鋼部門を一手に率いる立場に揚羽は居る。 こういう寄り道が、商売敵あるいは商売相手に嘗められ、足元を見られる端緒となり得ることも自覚している。 揚羽の胸の高さほどにも届かぬ矮躯で、禿頭も手足も枯れ木のように萎びていながら、それでいて窪みに窪んだ眼窩の奥に湛えた風狂な光だけは、炯々爛々と精気を湛える。 そのような容姿から風格から尋常ならざる怪人怪女の集まりが、彼女の同僚であり競合相手である。 先祖代々、時には狡猾に戦況を演出してまで、嬉々として人殺しの道具を売り飛ばしてきた人間たち。 気を抜けば忽ち裏をかかれることもしばしばだし、業界の古株は、それはもう最初の印象からして、揚羽への好感度は、余裕で零地点を突破している。 そも、九鬼家は経済界において重鎮として知られるが、一方では、主に、奇想天外が服を着て歩いているような今代当主の野心的すぎる性質から、世の道理を知らぬ、運ばかりが気味悪いほどに良い、小癪な成り上がりの一門だと、バッシングを受けることも多い。 安土桃山時代、織田や豊臣に長く重宝された九鬼水軍。 その将の末裔としての血を有す事実だけでは、どうにも説明がつかぬほど、家業だった海運業のみならず、様々な分野で、類稀なる才覚と剛運を発揮し続ける九鬼帝-クキ ミカド-。 一代にして世界の三分の一を牛耳るだけの財力、権力、そして名声を手にした益荒男の、娘である、……その娘でしかない、未だ何を成し遂げたわけでもない彼女は、十年二十年来と続く妬み、そねみ、ひがみの類を当てつけるには格好の鴨なのかもしれなかった。 明後日にはドバイショックでお買い得になっ…………苦しむ企業を併呑するための会合が京都で開かれる。 精神的にも身体的にも、恒常的に余裕は無い中で、それでもこの場に立っている理由は、狂気という一線を越えようとする可愛い後輩をとどめんとするため、という人情味極まるものだった。 ――――距離を隔てながら、時を同じくして、“核爆弾女”と直斗が百代を評したが、百代の現状を鑑みれば、それはまこと正しい形容である。 たとえば原発というものは、「大きければ大きいほど発電効率が良くなる」とされる施設の代表ではあるが、その分、一端停止した時の停電率は高くなり、内燃機関の調整が困難になる事故が起き易くなるのだという。 常時全力空転、アイドリング状態であれば、まだ救われた●●●●●●。 猛り狂う本能が静まるまで、遮二無二拳を振るい続ける。 ……だが、それは獣の行いである。 こと釈迦堂の教えを締め出した川神院内で、許されるものではなかった。 祖父や兄弟子に散々言い聞かされた通りに、信号毎にエンジンブレーキを掛ける都市バスのように、百代は日常生活を送る上で、不器用ながら彼女なりの抑制を効かせていたのである。 その不器用さ、その不調法さが彼女のあだとなっている。 人体における丹田を、暖炉のようなものと仮定しよう。 積み重なる百代の不満足という名のおりは、煙突に溜まるすすである。 限界に達すれば、煙道火災――煤に含まれるタールが引火し爆発が起きるように、体内を暴走する氣の濁流に経絡が焼かれ引き裂かれ、その破壊が脳に達し、連鎖的に発狂する可能性すらある。 ……煙道火災の予防策は、いくつかあるが、その中の一つに、“薪を常に高温度で燃やす”というものがある。 低温燃焼はタールを余分に出しやすい。 それは真剣味を出せない立合いばかり断続的に繰り返す百代の状態に、そのまま当て嵌める事ができる。 無理矢理の自我抑制、その拙劣さを補うべく、というのが、百代の現状を知る誰もが口を酸っぱくしてその必要性を説く“精神修行”の主目的であるわけだが、一向に百代は、その鍛錬に進んで価値を見出し、行おうと考えもしないらしい。 ……相応の心得を欠いたまま、自らの経絡を抑圧することは、常人が自ら不整脈を患わんとすることと同義の苦行の筈だった。 気分は荒涼する一方で、そのままで良いことなど一つもありはしない。 いずれ本能にり殺されるのは明らかだ。 何故、内面を鍛えることを厭うのか。 それは価値を見出せないから。 それは自らを越えうる強者からの助言ではなかったから。 他ならぬ川神百代わたしが、それをするだけの価値があると証明されていないから。 そんなところだろうと、揚羽は推察する。 ゆえに、格下あるいは同輩に足元を掬われる、という経験をしない限り、自分に足りないものを自覚する百代の端緒は解かれまい。 以上が結論であり、それが揚羽が戦地に立つ理由だった。 何を恥じることもない、真実の友情にのっとった、教育的指導である。 二月ほど前から、このために連れの小十郎を叱咤しスケジュールを切り詰め、週に一度は紋白からヒュームを借り受け手合わせを挑み、肉体の衰えを消し去るべく精進してきた。 奇妙だったのは、同輩同年代との切磋琢磨を常に推奨する師が、この件ばかりは嫌に消極的だった点だ。 表立って反対こそしないものの、幼少からの付き合いである。 話を持ち掛けた際の表情はまるで、それはお前の役割ではないと言わんばかりだった。 ――――百代が危険な状態にあるということはさて置いて、この川神大戦が、様々な思惑の下で開かれているのは、直江に参戦の旨を伝えた頃からわかっていたことだ。 十中八九、百代に片恋慕しているという英雄の友人、英雄の命の恩人の息子だという、九鬼家と縁浅からぬ者の事情が関わったりしているのだろうなと見当をつけながらも、あえてそのあたりをヒュームにも、ましてや実弟にも突っ込んで訊きはしなかった。 そういう時間的余裕が取れなかったこともあるが、なにより、たまに実家で擦れ違う英雄の顔貌が、このところ、より精悍なものに変わってきていて、尋ねるのも野暮なことなのだろうと、考えを改めたのである。 


――――だがいずれにせよ、師よ。 悪いが、この戦いに懸けて、我は誰に遅れを取るわけにもゆかぬ。 恐らく、先に百代の手綱を握っていたのは、我であるゆえ。









地に両掌を引っ付けると、折り曲げた肘をバネにして、最小限の勁力で手早く直立状態に戻ったのは橘天衣だった。

彼女の参戦理由は、過剰に取ってしまった有給休暇の消化を兼ねた暇潰しであり、つまりは物見遊山と言って差し支えないものだ。 

かの橘平蔵の血縁に当たり、最速のスピードクィーンとして、かつて武林でその名を馳せた彼女は、特に西においては最強の呼び声高く、四天の玉座を賜るにも誰もが頷くことができた、生粋のインファイターであった。 ……彼女にとって不幸だったのは、悲劇的なまでの“間の悪さ”、その一点に尽きると言える。 百年に一人と言われた才能も、同時代に千年に一人の逸材が現れれば、いずれ手合わせの機会が転がってくるのも当然であり、噂に違わないその九百年分の実力差が、白日の下に晒されることも、また順当と言えた。 彼女の勇名の凋落は、ここから始まる。 百代に敗北した事実が人口に膾炙され続ける状況を、天衣がいつまでも甘受できる筈はなかった。 天衣とて一角の武人、一角の境地に立つべくして生まれた闘士である。 相応の誇りがあり、沽券もあった。 敗北から一夜明けて、いつの日かの捲土重来を誓い、日本各地の霊峰を駆けずり回り、内気を高めに高める日々が幕を開けた。 肉体のスペックは、そうは変わらない。 気功派拳士としての技量の差が勝敗を分けた。 そう分析し内省した彼女は、兎にも角にも五体に巡る氣の充足を狙い、また、掌勢に練氣を孕ませる術を磨きに磨く。 考えてみれば、当然の理だった。 そも、人の筋骨は虎とも象とも違う。 いかに鍛錬を重ねても、肉体にはおのずと限界がある。 “壁”を越え、その中でも上澄みの者同士の戦闘においては、いっそう滑らかな吐氣吸氣にこそ活路があったのだ。 そんななか、武者修行の最中、何の因果か北陸の剣士に行き当たったのである。 自らの弱点を自覚し、補いながらにして……また、負ける。 二歳も年下に。 それはもう、完膚なきまでに。 ……余談になるが、“氣を裂く”ことは黛一派の専売特許である。 そのところ不得意な練氣に執心する日々を送り、由紀江との一騎撃ちの中でも、つい先日会得したばかりの、些か拙い内功による“遠当て”をよすがにした点は否めず、相手は、それを斬り伏せることにかけては一家言を持つ者だった。 先の会話で九鬼揚羽が言及した通り、相性という点もあるが、それも経験の差で埋まる程度のもので、皮肉なことに、“百代に当たる前の天衣”ならば、発勁の質の善し悪しよりも単純な速力に重きを置いていた時代の彼女ならば もしかしたら白星を掴み得たかもしれなかった。 あるいは、決闘が一年先、ある程度の鍛錬を修め終えた後であったならば、“迅”と“勁”の真の合一を果たした後であったならば、その結果は現実と違ったことだろう。 ただひたすらに、間が悪かったのである。 敗因は、またしてもそういう所だった。 ――――が、そういう冷静な分析も立ち行かなくなるほどに、橘天衣の心神は、この敗北でひどく傷ついた。 何がいけなかったのか、何が足りないのか、速さ即ちエネルギー、その信念を揺るがしてしまったからか、しかし、それでも勝てなかったから、なりふり構わずこうして。 でも。 何故。 でも。 なんで。 絶対勝てると思ったのに。 …………さてにも、立会人を務めた黛大成は、物言いは控えめながら、きっちりと愛娘の勝利を喧伝したようで、ほどなく川神院から四天王称号剥奪の触れが彼女の元に届く。 そうして、雨に濡れそぼる老いたロバのような心地で、それに似つかわしいみすぼらしい風体のまま、恐る恐ると地元に帰ってみれば、自分の無様など、哂われるどころかちまたの話題に昇る事すらなく、もっぱら市井を賑わせていたのは、松永燕という一人の娘だった。 何のことはない。 納豆小町などという、わけのわからぬ色物が、これまた新たな四天王として、ちゃっかり自分に取って代わって台頭していた始末だった。 ついに自分の朝餉にまで進出してきた松永納豆のパッケージを見るや否や、もはや耐え切れなくなった彼女は、現実から逃げるようにして、おかみの誘致を受け、国防の任に就くことを承諾した。 一も二もなく、半ば捨て鉢に選択した職場は、幸か不幸か、そんな彼女ひとりのコンプレックスに頓着することなどない、修羅場だった。 ……色々と辛いこともあるけれども、色々と“汚れる”こともあるけれども、階級相応に給料も良いし、面倒見の良い部下にも恵まれて、今の麻王政権もそれなりに心を配ってくれるし、以前よりは格段に充実した日々を送っている。 なにが武道だ、なにが気功波だ、そんなものは私とサキの銃剣術を破ってからほざけ、と喝破できるようになるくらいには内心を持ち直し、新たな矜持を見出した頃。 男が独り、訪ねて来た。 釈迦堂刑部、もとは川神流に籍を置き、百代の指南役に抜擢されながらも、育成方針の相違から、同じ位にいた者との決闘で敗れ、破門を申し付けられた男。 腐っても鯛、そのキャリアはキャリアである。 その後は内閣情報調査室に配属し、短期間、外事部の間諜として腕を鳴らしたらしい。 国家の暗部秘部を背後に回して見えざる外敵と戦う、同じ宮仕えの身だった。 その武勇伝紛いの噂は、天衣の耳にも入っていた。 類稀なる隠形術を駆使して、常時厳戒態勢にある隊内の食堂に潜り込み、何食わぬ顔で十勝豚焼肉丼大盛りに舌鼓を打っていた者を、異物として“初めて認識できた”天衣に、釈迦堂は酷薄に歪んだ笑みを張り付かせて、矢車直斗という男の存在、過去、目的を、爪楊枝を歯間に引っ掛けながら小一時間喋くり倒し、癪な話ではあるが、その口車にまんまと乗せられて、今に至る次第だった。 …………猿山の猿を見に行くような気分で会合を果たし、稽古をつけ終わった今も、矢車直斗に対する天衣の認識は変わらない。 目的のためならば、自分は進んで捻くれようとしながら、直情こそ至高と言って憚らず、その都度の矛盾と不整合に、その都度にうんうん唸って、牛の反芻のように繰り返し悩んで、自縄自縛に陥る。 どうにもこうにも開き直れぬ半端者。 常に両価感情アンビバレンスを抱えながら、独り善がりに苦しもうと被虐する、愚かな偽善者だ。 ――――だが、そういう者こそ、この時代に必要である事も、天衣は軍人として直感しているし、それだけの経験を彼女は積んできた。 たとえ、自身の行いに正義が無いと知っていても、たとえ自身の大切な人に恨まれようとも、あらゆる思想と感情を度外視し、冷徹に自らの役割を果たす事が出来ないならば、軍人を名乗る資格はない。 そういう職に就いているからこそ、世の中には、あの男のような馬鹿が必要なのだということを、天衣は知っていた。 ……そして、どんな馬鹿にも共通する恐ろしいところは、多くのものを失うくせに、その大事な一握りだけは、決して取り零さないことである。 その一握りのなかに、今、天衣たちが対峙している女が入っている。 この女の打倒をあの、未だ“壁”の内側にいる白髪頭は祈願している。 そんなことが起きれば、なんと痛快なことだろうか。 …………限りなく実現性の低い想像を苦笑いで頭の隅に追いやりながら、彼女は、武神の眼前に佇立する。 直江大和なるものに自分を売り込んだ理由は、今夏、手ずからしごき上げた男の集大成を、最後に間近で見物する目的もあったが、どんな過程であれ、初めて百代が地に伏す瞬間を見たいから、という内なる願望もあったからに他ならない。 四天王中唯一、朱雀軍の中でただ一人、矢車直斗の因縁を余すところなく全て了解している天衣は、それゆえに複雑な心境に在りながら、自らの闘争心を敢えて抑えはせず、昂ぶらせる一方だった。 こちらとて、負けは許されない。 三人懸かりである。 大将の命とはいえ、単純も過ぎる卑劣な戦法を仕掛けておいて、勝利以外の結果を迎えてなるものか。 

――――どうあれ。 自身が思い描いたそれ以外の結末が、どうしても許せないのなら。 さっさと雑魚を蹴散らし片付けて、死に物狂いで馳せて来い、馬鹿者なおと









両膝を懐に招き寄せると、すかさずの後方回転で距離を稼ぎながら、受け万全の姿勢を立て直したのは松永燕だった。

彼女の参戦理由は、川神百代という女の実力を見究みきわめることにあった。 

依頼主たる九鬼紋白の、“おねえちゃんのかたきうち”的な、年齢相応の稚気めく恣意も含まれこそすれ、その勝利によって名を挙げ、世に松永の家名を再び知らしめるために、いずれは然るべき時、然るべき所にて“依頼”を遂行しなければならない。 学園に転入し、首尾よく任務を遂行した後、一層重点的に継続して受けられるという九鬼のバックアップも勘案すれば、それは絶対に成し遂げねばならない悲願だった。 そんな状況にある彼女にとって、直江大和からの申し出は渡りに船。 松永燕は、京都以西では無敗を誇っている。 しかし、その事実には絶えず“公式には”という、なんともキナ臭い文言が付く。 彼女は“壁”の向こう側に居ながら、生粋のカウンター型である。 事前の情報収集を前提として、徹底的に“理”詰めで戦う、力技で理を捻じ曲げる超越者達の中にあっては異端とされるだろう闘士だった。 少し会話したくらいの直江大和とは、かなり気が合うのでは、と自認するくらいには狡猾であり、卑怯を用いながらそれを恥とするらしい矢車直斗は、きっと自分の物凄く苦手な、面倒くさいタイプの煮え切らない人物だ、と想像するくらいには、犯した卑怯を開き直る大らかさと図々しさも兼ね揃えている。 自前のブランドの納豆を売る傍ら、相手の竜の逆鱗、月桂樹の痣形の類を執拗に突き続けることで、戦国時代から連綿と続く松永家、その御家再興を、延いては速やかなる母親の帰還(=父親の面倒見からの解放)を目論む彼女にとって、倒すべき敵を“知る”ということは、何においても優先しなければならないことだ。 確実に勝てるまで戦わない、という信条が、百代の戦力を分析する機会を欲し、こうして大和との相利共闘が成ったのである。 秘中の秘たる“平蜘蛛”の使用を制限しながら、数ヵ月後の来たるべき百代との一騎撃ちのために、戦局の流れに身を任せる。 それが後にも先にも変わらぬ燕の現況であり、観客席で野球観戦よろしく発泡酒を呷りつつ、持ち込んだ機材によって武神のモニタリングを終始継続することが、彼女の父たる松永久信の役割だった。 別段、このタッグマッチで勝利を志向しているわけではない、ということが、肩を並べて拳を繰り出す二人の先達せんだつとの、最も大きな違いだった。 実際、ここで九鬼揚羽が百代を下し、自分の役目が御免になる可能性も無きにしも非ずだが、その時はその時で、九鬼のバックアップは継続されるよう約定に明記されている。 一方的な契約破棄は九鬼の面子も関わるらしく、アフターケアは万全。 抜かりなくクライアント側に念を押して確認もしてある。 とすればその場合、依頼の期限に拘ることなく、じっくりと勝算を積み、戦略を練ってから百代に挑めるわけである。 いや、別に百代に執着せずとも、その時々の世間が注目する“旬”の武道家を、九鬼の支援を受けながら“狩る”ことが可能となるのだ。 であればこの戦い、偵察目的を第一に、手を抜きこそすれ、九鬼揚羽と橘天衣の両名への援護を厭う理由は、全く無い。 打刀、太刀、小太刀、刺刀さすが、朴刀、柳葉刀、胡蝶刀、大薙刀、手裏剣、苦無、打根、突剣レイピア、短槍、長柄、管槍、大身槍、小弓、大弓、石弓、連弩、十手、六尺棒、旋棍トンファー、二節棍、三節棍、多節鞭、鎖分銅、戦鎚ウォーハンマー戦斧バトルアックス投斧フランキスカ戦棍メイス、鉄扇、方天戟、狼牙棒、鶏爪鉞けいそうえつ護手鉤ごしゅこうetc……無理を言って学園の生徒達に頼み、事前に戦地に散らせたこれら得物の数々を、ただのお飾りで終わらせるつもりは毛頭無いのである。 この国が未だ大和と号されていた、太古の時代より伝わる武芸十八般。 その格式に縛られず留まらず、和洋折衷プラス中華な換骨奪胎の奇襲戦法、多彩な武器で以って翻弄する立ち回りは、平蜘蛛の完成以前に最も得意としていたもので、つまり燕は今、全力ならずも真剣マジだった。

――――さてさて。 私としては、このままイイ感じに調子乗せといて、油断させときたいんだけど。 ……全く無策のガチンコで、どこまでやれるか、試してみるのも一興かな?









「……ふふ、そうか、そうか。 ……ハハハハハッ、笑いが止まらん♪」



束ねられた、沸き立つ荒海の如き覇気。

それに、たった一人で対峙する川神百代は、だが微塵も狼狽を見せることなく、ただ泰然と、ただ堂々と立ちはだかる。

人呼んで、武神。 齢、僅か二十にも満たずして、その破格の称号を賜るに何の疑念の余地すら残さぬ佇まいであった。

ただの一身にして、その屹立は、天険たる孤峰を連想させる圧倒的存在感を醸す。

一部の隙のない中で、しかし挙措はあくまでしなやかで緩い。

享楽の余韻を隠すこともなく、夢見心地で彷徨わせる視線は、獅子の舌舐め擦りや、とぐろを巻く蛇のような、油断ならないものを窺わす。

赤く濁り始めた鳶色の眼に映された風景は、既に人外魔境の色にあった。



「この、大和からのサプライズプレゼントも乙なものだが。 いやはや、ようやく、院の同輩から、喰うに値する者が現れたと、そういうことだな?」



…………たとえば、矢車直斗という男が存在しない時空がある。

其処に並列するのは、直江大和が、各々特定の女性と交わり結ばれる世界の数々。

全くの対等となった川神百代と、永久とわに並び立つ世界がある。 負の想念を晴らし終えた椎名京と、いっそう親密に睦言を交わし続ける世界がある。 夢破れた川神一子と、苦悩の末に新たに見出したしるべを、共に目指そうとする世界がある。 狭窄した視野を広げたクリスティアーネ=フリードリヒと、互いの欠点を互いで補い合ってゆく世界がある。 松風と別れを告げた黛由紀江と、大切な場所で大切な仲間と大切な時間を過ごしてゆく世界がある。 あるいは、松永燕と。 九鬼紋白と。 マルギッテ=エーベルバッハと。 板垣辰子と。 不死川心と。 はたまた――――――と。

それら結末の善し悪しを、此処で語るつもりはない。 

そのどれもが美しく、若さというものが存分に煌く物語だが、論点は其処ではない。

大和の選択した道程。 そのどの派生においてでも、大方共通していることは、大抵は同じ時期に、川神百代が何かしらの形で、抑えつけられていた全能総力を解放し、調整を施され、心神の成長というべきものが図られることにある。 

今このときと同じように、丹沢の山中での取っ組み合いで全力を出し切り、しかし夢中になる余り勝敗条件を履き違えて足を掬われ、舎弟に諌められたこともあれば、傷心から家を飛び出した妹を探すために日本中を奔走し、果てに自制と自省を学び知ったこともある。 軍の司令部に殴り込みを掛け、戦車の正面装甲に大穴を穿ったこともあれば、辛抱堪らず抑えかねた欲望のまま舎弟に襲い掛かり、因果応報とばかりにすんでの所で返り討ちにあったこともあり、秘境・崑崙の丘における修験で、理性と本能の均衡を取り戻したこともあり、橘天衣との死闘の末、国会議事堂の天辺から、渾身の飯綱落としを仕掛けたこともあり、……つまり彼女の人生のターニングポイントは、大和の選択如何に関わらず、2009年の中頃に、必ず起こるのである。 

この、直江大和が矢車直斗と戦う運命にある世界でもまた、その極点にさしかかろうとしていた。

……先に、なんとも破天荒な例を挙げたが。 言い換えれば、矢車直斗が存在しなかった場合、その程度で●●●●●、済んだわけである。

現川神院総代が過去、直斗に用いた“龍封穴”なる八卦の拘束術。

それに端を発する隠居同然の七年の間、川神鉄心は川神百代と武を競うことはなかった。

その不完全燃焼の分だけ、些かならず、この局面での彼女の危険度は、格段に跳ね上がっていた。

奇門遁甲、それも真伝の流れを汲むくだんの呪術は、流派随一の頑強さを保証するゆえに、術者自身にも深々とその爪痕を遺した。 無間地獄の如き狂奔の渦中から、矢車直斗を正気に引き上げ、雁字搦めに縛り上げるべくして誂えた“見えざる鎖”に対して、鉄心が支払った代価は、三陰三陽十二経、全身六百五十七箇所中、五百二十余もの経穴の麻痺。 術後、五体を巡る内勁は、以前の一割にも満たず届かず。 申し訳程度に残ったそんな体躯で、己が孫ながら才気煥発はなはだしい女の、更なる爛熟を導くことなど、どうしてできようものか。 

力及ばずとも、要領よく孫をあしらえる釈迦堂は、間もなくして出奔。 ルーでは、控えめに言っても力不足。 自然、百代の練磨は外部の道場破りの類に任せることになる。

コテンパンに伸されるという経験は積めずとも、井の中の蛙なんとやら、という意識がはぐくめるなら御の字であったが、

「この三人を相手にした後とあっては、少し薄味かもしれんが、そのほうが食後の甘味としては丁度いいか。 ……久しぶりの御馳走とみたッ!」

……そんな言葉が平然と吐かれる現在である。

対峙する三人の背負うべきリスクは、矢車直斗が始末をつける上で受け入れなければならないリスクは、あまりに荷が勝ちすぎていて。

故に、直斗の抱く希望は、あまりに儚かった。









「……――――京、そろそろ仕掛ける。 このまま持久戦も良いけど、やっぱり向こう側の“三時間”って奴が気になる。 疲れるだろうけど、ここで畳み掛けたい。 本当は初手の一斉射で少しでも楽にしたかったんだけど。 頼めるか?」

(承知。 気力は十分。 今まで休んでたから、頑張らないとね)

「――合図したら頼む。 モロ、隊長格にはメールしたけど、一応、伝令に壁の外を一周させて」

「オッケー。 ……クリスたちには、何か言わなくていいの?」

「あっちの戦況は?」

「変わらず。 過半数は脱落したみたいだけど、残りをなかなか捕捉できないみたい。 目算じゃ四十人くらい。 流石の白の隊も、アンブッシュを警戒して二の足踏んでるし」

「うん。 釣り野伏せができる人数も残ってないだろうから、そんなに慎重にいかなくてもいいとは思うけど。 九鬼のメイドの遣り口を心得てるらしいマルさんは、また違う判断なんだろうな。 ……キャップとガクト――黒の隊は?」

「審判側に、縄を打った人たちの引渡し中。 最後に連絡受けて十分は経ってるから、もう戦線に復帰できるんじゃないかな」

「そうか。 ……じゃあ、一旦敵陣中部に黒と白集めて、黒はその場で待機。 白はもう一度、隊形を組み直して、一列横隊で北方を徹底検索。 部隊損害とか、もう考えないで。 多少無茶してもらって構わないから、一気に残党を燻り出そう」

「こっちに戻さないの? そろそろ勝負決めるんでしょ?」

「確かに、後詰めの役はいくらあってもいい。 本当は欲しいし、そうしたいのは山々だけど。 ……こっちの現場見たら、クリスが色々とうるさく言いそうだ。 情にほだされて、面倒なことを口に出して、状況を掻き回しそうで。 あいつを九鬼陣営に回したのは、そういう理由もある」

「それは薄々は感じてたよ。 そっか……合流したら確かに、なにか嫌なイレギュラーが起きる展開にしちゃいそうだ」

「それに白のクリアリングだって、牽制役として必要不可欠だ。 敵に動きがなければ、それもそれで善しだが、まあ九鬼の性格から考えて、いつまでも雌伏の時を過ごせるほど、暢気でもないだろ。 ……白の隊列を突破されたら、休ませた黒で対応。 ゲリラがどこから沸いて出て来ても、中央に基点を置いてれば、黒の隊の機動力でカバーできる。 敵さんの“策”ってのは、あいつの言葉を鵜呑みにすれば、S組のメンツがいなきゃどうにもできないものらしいし。 こっちの構えはこれで十分だろう」

「向こうの四十人も、獲りにいくつもり?」

「当然。 初めから完勝狙いだよ、俺は」















<手には鈍ら-Nmakura- 第四十五話:手足>













まさしく一億一心、火の玉の如くだった。

用兵術においては、まず指示を確実に、一糸の乱れなく完全に履行できることが、その効果を上げるための最低条件である。

直江大和が考案した、この奇怪な組演舞のような戦術が、ぶっつけ本番で機能する筈がない。 数をかさに攻めかかるという戦法を一つ取ってみても、見た目は単純と思われて、その実、非常に難しいものだ。 一方向への突撃であれば、それほどの難は無いのだが、包み囲んだ後からの攻勢というものには、同士討ちの危険がある。 集団戦では、阿吽の呼吸というものを培わなくてはならない部分が、必ず出てくる。

そういうことを大和は理解していた。 対策を立てない訳が無かった。

つまり今、矢車直斗と得物を交わす者たちは、同じ状況下で、幾度も幾度も黛由紀江●●●●と対する、という経験を積んだ者たちであり、現局面の予行演習は既に済んでいた。

必定、由紀江の並外れた技量と、あえてひけらかさずにいた武道四天王の称号は、戦前に誰もが知るところとなり、特別プレミアムで在り続けることに矜持を抱き、それが驕慢に成りかけていた、とある一人の女子生徒が、それまでの身の程知らずな言動や態度を省みて、強烈な自己嫌悪の灸を据えられる事態となったわけだが……、ともかく。

総勢五百人に上る、主に多馬川近郊の武家の毛並みとして腕に覚えのある者たちが、その演習で由紀江を打倒できた試しは、ついぞ無かったのだが、一部の生徒達は確かに、ここで予感し始めたのである。

“今、この相手ならば――。”……と。




「―――――――――――――――――ッ!!!!」




荒波に翻弄される小舟の如く。

歯を食いしばったまま、音無き気合いの喚声を上げながら、曇天の粘つく大気の中をたった一人で藻掻き続ける男は、確かに尋常ならざる剣の遣い手ではあった。

脱落者によって包囲の輪の綻びが表れたのも、一度や二度では済まなかった。 しかし順次に、壁外から補充要員が際限なく投入され、間髪を入れずに彼らが落伍者に取って代わってゆく。 のみならず、自らの動きが精彩を欠き始めた自覚が沸いたなら、磨耗した機械の歯車が、独りでに交換されるように、おのずから楚々として輪から抜け出し、速やかに体力の回復を図る要領の良さが、朱雀兵の全員に備わっていた。

由紀江との一騎打ち以降、直斗が仕留めて退場せしめた人数はようやく、五十に乗るか乗るまいか、というところ。 そして、直斗の動きに慣れ始めたせいか、ここ十数分間の朱雀側の損害は皆無だった。

事実、竜巻の如くだった腿力と、振りかざされる刃速に、若干以上の衰えが見え始めていて、――――何より明らかに、体の捌き方は、由紀江より数段、劣っている。





「―――――かッ!?」





機は、唐突に訪れた。

後の展開を先回りして考えれば、矢車直斗個人の勝負の趨勢は、ここで定まったといってよい。

果たして、どの剣がどの槍が、ついに“渦潮”を穿ち抜き、確たる手応えを仕手に伝えただろうか。

十を超える追撃が先を争うように続き、ぐらつく足元の均衡を必死に保ちながら、それに応戦する構えを何とか間に合わせたところで、



――――――襲い来る、魔弾。



曇天の下、ただでさえ視野が暗く狭窄する包囲網の中では、何人であれ視認できなかったろう。 射手の自負にかけて、そう言えるだけ神速の、のみならず周到な連続狙撃である。

東の山中高部から滑空し、窮屈きわまる味方の合間を当たり前のように縫いに縫い、限りなく鋭角に来襲してきた八本の矢箭は、直斗の現在位置のみならず、予想しうる回避先の未来位置まで余さず標的に捉えていた。 

弓篭手の中に奔った、会心の一撃を放った際にのみ感じられる、右手甲の軽度の痺れに、仕損じることはまず無かろうと椎名京は確信し、事実それは正しかった。 

視認は不可能でも、直斗に察知は可能だった。 飛び道具を主武装とし、胸にダイヤのレンジャー徽章を輝かす二人の自衛隊員。 そのうちの片方は、かつて四天王の一角として名を馳せた猛者。 ……彼女らを相手に直近の一ヶ月を過ごし、そこで培われた無意無想の防禦本能は伊達ではない。 

しかし、山の獣並みのそれを総動員させても、対する反応はまるで間に合わなかった。 脇腹に通った迅疾なる刺突の痛みに耐えながら、生じた無防備を逃すまいと、むしゃぶりつくように次手三手が打ちかかってくる中では、即時の終戦を告げんと側頭部を狙った弾道のみを、鞘で遮るくらいしか、残された方策は無かった。



「ぐぁっ……!?」



奔る苦悶。

当然、鞘が本来受け、滑らせる筈だった四つの衝撃はそのまま背と左腕に直撃し、加え、両肩合わせて三箇所に合成樹脂の矢尻を受ける。 被弾の残機は、一気に二つに減った。

つんのめって地面に投げ出されかけ、すんでのところで持ち堪えた直斗を、更なる弾幕の応酬が待ち受ける。 全速力で壁の内縁部へと撤収し始めた朱雀軍の白兵要員たちは、椎名京という女の仮借なさを、元より心得ていたのだろう。

際限なく連鎖する暴力衝動の波濤を浴びて、戦場に昂ぶる人間の本能。 その動物的な熱気が渦巻く中で、安易な追い討ちを留まらせるほどの強力な主従関係の構築、“群体”としての優位を保ち続ける朱雀軍自体の精強さ、それを己の手足と同様に自在に指揮する軍師の手腕に対し、舌を打つ暇も巻く暇も、今の直斗には許されない。

弾道を阻む遮蔽物が粗方排除されつつあるこのとき、ただ一人、水田の案山子よろしく平原に棒立ちする直斗は、彼女にとって俎板まないたの鯉にも等しかった。 決して短くはない距離を隔てて、味方側の高地に陣取る彼女に、なにかしらの危機が及ぶべくも無い。 獲物は一匹。 下草も身を隠すには低すぎる。 そこへ、“弓の椎名”という流派の二つ名に違わぬ実力を発揮するに、些かの障害も無かった。

初速と射角をそれぞれ四段階に変えながら十六本、黒色カーボンの近的矢を瞬く間も無く射出し、その弾道の合間にアルミシャフトの遠的矢を一本差し挟む。

椎名流弓術が一芸、『迷い鳩』――――遠的矢が描く、稲妻形に屈曲し続ける軌道は、ひとえに矢羽に施した先祖伝来の切り細工の賜物だ。

互いを追い抜き、くねり交錯し、あるいは反発して跳弾を生みながら、全弾が揺れに揺れ、絡み合うようにして襲い掛かる矢の瀑布。

真贋虚実が入り乱れたその弾道は、見切ろうと注視すればするほどに、逆に幻惑されて対処を誤らす。

矢避けの盾代わりだった大番傘は、いくぶん前に用を為さなくなり、直斗はそれを破棄した後だった。

痺れが抜け切らない左上腕部。 この瞬間は使えない。 握られた黒鞘は矢の足に追いつかない。

既に直斗の動きはまつられていた。 

進退、ここに窮まれり、、、なれど――。

風を巻いて接近する殺気の礫、その照準点を瞬間で精査し、くたびれ始めた我が身を叱咤して、直斗は半身の態勢をとる。

もはや矢払いの心得の有無になど、頓着してはいられない。 今、出来ねば終わる、やらねば殺られる、ただそれだけだ。

恃みとするは片腕一本。 水面から若鮎が跳ね上がるように、右下段から振り上げた刃の白が、猛然と迫る矢先の吸盤を迎え撃つ。 

七度響いた剣戟音。 九度地を鳴らした着弾音。 そうして、またしても対処が追いつかなかった大本命の一矢が、男の脚部に直撃する。

鞭で撃たれるのと大差ない激痛が、背骨まで一気に這い上がる。

しかし、人並み外れた訓練を積んだ動体視力で軌道を見極めた時点で、それは予測できた結果だった。 一旦そうと決まれば、それ以上何の未練も残さず、直斗は予定調和とばかりに従容と膝を折り、被弾の勢いを上乗せして、真横に全身を転がし続ける。

これだけ精妙な射撃の後となれば、という仮定。 過大な集中力を要した反動で、直後の照準の意識は散漫に陥るだろう、という予測。

迎撃を開始する以前、弾道の見切りが完了したと同時に諸情報を統合し、反射的に適切な予断ができた精神が、直斗の首の皮一枚を繋いでいた。

同様の修羅場に慣れた者ならではの、思い切りの良さが功を奏した格好で、続く二の矢、三の矢から逃れ、ようやく天下五弓の執拗な捕捉から脱したかとみられたが。



「……ッぁ……!?」



その瞠目もむべなるかな。

予断も過ぎれば油断となる。

いいように追い立てられた先には、“十字火線クロスファイア”――――矢場弓子率いる弓道部の面々が待ち構えるキルゾーンが敷かれていた。

緩く孤を描いて、射手は予め組まれた足場に整列し、壁上からつがえられる矢の、圧倒的物量を誇示されて。

脳内麻薬が切れ始め、青黒く鬱血し始めた背中の負傷部位が、過呼吸寸前の息継ぎによって酷使を重ねられた横隔膜が、過去最高の痛みを訴えて。

悪い方へ悪い方へ、目まぐるしく変遷する苦境に、それでも狼狽はごく僅か。 直斗は迎撃の手に迷わず、立ち上がる挙動を遅めはしなかった。

背に腹は代えられない。 もはやそんな瀬戸際の言葉さえ胸中に吐き出しながら、右頬の内を噛み切って、更なるアドレナリンの噴出を促した。

あらゆる不測の事態が勝負の趨勢を乱しても、そこで惑わされれば即ち出遅れる。 

不動であれ。 不惑であれ。 

他ならぬ自分自身が見出した、戦いの鉄則の一つである。 それは皮肉にも、清く正しい武士道の、ごく一般的な在り方でもあった。

数こそ先ほどの生徒全員による一斉射に及ばないものの、仕手全員が国体選手並みの玄人である。 矢の威力はもちろん、追尾性も折り紙つきだ。

落雷直前の帯電のように辺りに張り詰めた猛気が、巧妙にも僅かな時間差をつけて放たれるのを前に、しかし直斗の奮迅はここで魔性の冴えを魅せた。

矢は五撃被れば即退場。 それがこの戦いの規約である。 急速に接近する牙無き鋒矢の群れ。 もう一発の被弾も許されない。 

左腕の痺れは、取れている。



――――凌ぎ切れッ



叱責半分懇願半分。 滲む不安の心地に歯噛みしながら、超高速の土竜叩きを開始する。

吸盤型の矢尻は大きく、見た目ほど迎撃に苦労は無いが、如何せん数が数。 

弾着によって二つの得物に伝播する、暴れ馬のように荒れ狂う反動。 その制御も、極限の集中力を直斗に課していた。

総勢二十六名の弓道部部員。 

前回の掃射後に回収された矢箭のうち、直斗の足踏みによる破壊を免れ、且つ再利用できたものは百五十本余り。

勿論、一人一射限りで終わる筈はない。

足踏み、胴作り、弓構え、打起こし、引分け、会、離れ、残心――――個々の裁量で次々と重ね掛けられる、鮮やかなる射法八節。

その制圧射撃を、



「――――しゃぁッ!!」



躱し、欺き、往なし、打ち落とし。 躱し、欺き、往なし、打ち落とし。

臆病剣松風もかくやの防ぎ様。 最後に仕込まれた怒涛の八連射を、乗り切って。 

利き方でないほうの握力は耐え切れず、黒鞘は掌から滑り落ちたが、どうにか最大の死地を脱して。














――――川神流・薙刀奥義 



アギトォオオオッ!!!!!」



仔虎の牙が、背後から、その不覚をがぶりと喰い千切る。

















「難しいことは知らねーが、こんな大勢の赤の他人を巻き込んだ戦争なんざ、絶対間違ってるに決まってんだろ!? 俺は大和を信じる! 考えるのは大和の仕事だし、ダチだからな。 だから俺は、迷わねえッ、諦めねえッ! 後悔もしねえッ!!」



風間翔一という男の本質は、まさしくこの啖呵の中に全て詰まっている。 自他共に、誰もがそう断言できるほど、真っ直ぐな、ただただ真っ直ぐな心根である。 純心、無垢、透明、無邪気。 それらが凝縮されて出来たような人間だった。

しかし、虚心や謙虚という言葉は似合わない。 目立ちたがり屋の性分は生来のものだし、だからこそ、恋愛に関する感性は別として、自己意識は常に高い。 一般から観た自分の特異性に酔う節があった。

そういう意味では、恐れ気も無く風間ファミリーに挑戦状を叩きつけてきた矢車直斗の大胆さを羨ましく思う部分が翔一にはあった。 

一を以って十を制す。 小勢で多勢に挑む浪漫。 最弱から最強に至る過程。 小さく弱き剣を抱き、大きく強き壁を破る。 ……誰もがそういう夢を見て、ほとんどが夢のままで終えてしまう、そういう迫力満点の冒険に魅力を感じるのは、彼が内面の一角に、誰もが何処かで失くしてしまう童心を保ち続けているからだ。

しかし、暢気に翔一がそう思えるのは、直斗によって大和が負わされた怪我が大したものでなかったせいもあった。 いくら気分屋であっても、ファミリーこそが彼の優先順位の至上に位置し、そのファミリーの危機には何を差し置いても動かずにはいられない。 なぜなら彼は“キャップ”だから。 其処にあるのは、彼の●●、風間ファミリーだから。 誰にも、百代に片腕を折られても、頑として決して明け渡すことを善しとしなかった、統べる者の座。 風間翔一の世界の中心。 

リーダーとしてのアイデンティティーが集約する場。 そこを脅かす者に、なにがどうあれ、容赦の二文字が翔一の頭を過ぎることはない。

加えて――、



「前々から、お前とは合わないと思ってたが、やっぱ俺の勘は外れねーなッ!」

「フハハハ、そうでもない。 ……“お前とは合わない”という部分だけは、我も意を同じくするからなッ!」



共通する不退転の決意。 

それを確認した後、なんのけれんもなく翔一は押し迫る敵正面に踊りかかった。



「サシで勝負だバッキャロー!!」



大和の予測通り、白の隊の包囲網を、一箇所への戦力集中で、厚紙の一点を錐で穿つようにして突破してきた玄武軍の残党である。 誰もが湿った腐葉土に塗れながら、薄暗い山中を駆け回り、疲労も困憊だろう彼らに、黒の隊は側面から最後の突撃を仕掛け始めたところだった。



「我から離れるなッ、冬馬! ハゲ、ユキ、周囲を警戒せよ! 援護は任せた! ――こやつは、我、手ずからッ」

「……言われずとも」

「アイアイサー♪」



他ならぬ親友を守り抜けと、玄武軍大将から拝された英雄である。

額に小皺を寄せながら、直斗の言う“秘密兵器”とやらに全く心当たりが無いとする冬馬が、だんまりを決め込んでいるのは、直斗の狙いが判ったからか、判らずにいて不安であるからか、それとも、この長い全力疾走に消耗していて、単に口を動かす余裕が無いだけか。

いずれにせよ英雄にとって、直斗の意図が判らずとも、指示に従わない道理は無かった。 玄武軍の活路はそこにしかなかった。

あらゆる方位から打ちかかってくる敵手も、朧げながらそれを理解しているのだろう。 純粋な戦力として際立っている骨法部・南条虎子、従者・忍足あずみらをまともに相手にする者は少なく、対照的に、九鬼英雄、葵冬馬両名へ放たれる刺客の数はその比でなかった。

常時の警戒態勢に挙動が束縛されるのも致し方なく、他ならぬ風間翔一達の速攻を前に、受け後手に回ることを余儀なくされる英雄だった。



「いけません、英雄様ッ、早くお逃げを…………さッ、せねーよッ!!」



鍔迫り合ったところで、こちらは何ら得るものは無い。 ここは何より逃げの一手に尽くすべき。 充溢する戦気に酔い、それに身を流すべき局面ではない。 進軍の目的は“大将との合流”以外に無い。 足止め役に頓着すべきではない。

肉薄する幾多の攻めを煙に巻き続け、残党の誰よりも働きながら、誰よりも努めて冷静怜悧な軍人的思考を保っていた忍足あずみは、殿しんがりを引き受けるべく、主の御前に退き戻る。



「目鼻をッ」

「――ッ、うむ!」



阿吽の呼吸で主従の意思疎通が図られると、油紙で包装された芍薬類が地に叩きつけられ、半径八メートルに渡って爆風と共に煙幕が張られる。

瞬刹、その煙霧に紛れ、あずみの脇から抜かれ袖から奔った輝線は幾筋か。 

目晦ましと同時に。 両手の指間に主武装たる小太刀を挟みながら。

それら器用な芸当が二つ、難なくこなされながら、累計八本の暗器投擲が、翔一の脱落と周囲への牽制を同時に期す。




「しッ! ――――――――ふんッ」




もとより、切り拓いた脱出のきざはしは、あずみのためのものではない。

悪態を孕ませて鼻を鳴らし、その場に留まるクノイチひとり。

翔一に向かった苦無クナイの繚乱は、だがしかし、鮮やかな旋棍の舞に阻まれていた。 

断じて言える。 あずみの投じた苦無の中に、ひとつとして尋常なものはなかった。 生半可な動体視力では見切ることも叶わない、風魔流の秘蹟である。 

それを“面”でなく“線”の防御で受け止めたとなれば、その力量も知れようというものだ。



「一騎打ちに、水を差すものではありません」

「ケッ。 そりゃ、軍人が言う台詞じゃねぇな。 ……フットワークの軽さも、猟犬の由縁だったか。 いい感じに邪魔だぜテメェ」



つい先ほどまでは、どう見積もっても五十メートルは背後に彼女は居た筈だ。 直斗の座標に最短距離ではなく最短時間で向かうべく、最難関の敵手であるマルギッテの索敵範囲を大きく迂回しての行軍だったが、やはり避けては通れない難敵であった。



「サンキュー、マルギッテ!!」

「任しとけってッ! 俺様がパワフルに、纏めて伸して仕留めてくるからよぉ!!」



両脇を擦り抜ける翔一とその腹心たる島津岳人を、あずみは妨害する素振りを見せなかった。 そんな見え見えの隙を、目の前の相手に晒すほど、あずみは愚かではなかった。 煙玉に紛らせ、一時的に風間隊の戦列を突破させたとはいえ、稼げたのはほんの僅か、数十歩分のアドバンテージにすぎない。 明らかな足手纏いにして勝機の鍵ともくされる葵冬馬を抱えたまま、何事も無く、英雄達が人海の檻に封じ込められた直斗のもとに辿りつけるなどという未来は無いだろう。 遠からず追いつかれ、目に見えて更なる窮地に陥る筈だ。 それを自分はどうすることもできないだろう。 猟犬に嗅ぎつけられた時点で、あずみの進退もまた窮まっていた。

幸運だったのは、白の隊なる集団の統率者たるクリスが、いまだに陽動、囮役となってくれた骨法部部長とその手勢に、かかずらってくれていることくらいか。

事此処に至っては、戦地を離れ、腕の切れが鈍りに鈍った女忍に現時点でできることは、瞬きの中で背後の主の武運長久を祈り、そうして瞼を開いた目の前にいる――野郎共をブチ――て盾にしながら、できるだけ多くを道連れにして、できるだけ長くマルギッテをこの場に釘付けにしておくこと、それに尽きていた。



「いいのか? お嬢様のおりをしなくてもよ?」

「……強がりは、そのあたりで止めた方がいい。 我々にとって、こんな戦いは無益だという事ぐらい、貴女なら考えられる筈だ、女王蜂。 私個人に敵意は無く、直江大和や風間ファミリーへの義憤で動いているわけでもない。 矢車直斗の、真意を、私は探りたいだけだ。 今、降伏すれば、……お前が口添えすれば、英雄の方も」

「なぁ。 好奇心は猫をも殺すってんなら、御犬様も少なからず痛い目を見そうだよな?」

「女王蜂、お前は」

「手遅れだ。 もう、その我々●●ってのに、英雄様は入ってない。 業腹ながら、アタイもだ。 ……ネタは挙がってたさ、テメェがコソコソ嗅ぎ回ってんのは。 んで、お前が知りたくて知らない事実を、アタイは知ってる。 任務なんだろ、命令なんだろ? なら、軍人らしく、実力でアタイの口を割らせてみろ。 できるもんならな。 それにな……オイ、嘗めんなよ。 テメェが毎日ケツを拭いてる、頭がスイーツ&スイーツな温室育ちとはな、英雄様は鍛え方が違えんだ、」

「貴様――」

「よぉッ!!」



ついに肩の凝る敬語を完全に放棄して、小太刀二刀を引っさげ、間合いの制圧に入る。

その傍若無人な物言いとは裏腹に、ずいぶん昔に、“女王蜂”は“女王蜂”であることをやめていた。

もう、誰かにかしずかれる必要は無い。 もう、何かの息の根を止めるために、何かを率いる必要は無い。 その責は自分には重すぎた。 生まれながらの適格を持つ者こそが、その者だけが、それを担う権利があるのだと、既にあずみは悟った後だった。

幸運ながら、彼女はその人物を見つけられた。 もとよりその者の手足となるべく生まれたのだと、天啓を受けた後だった。

ひどく迂遠で、掛け値なしに血生臭い半生ではあったが、その代償に見合う、尽くすべき男を、もう彼女は見つけていた。 



昔の自分はそれを“束縛”と呼んで蔑んだだろうが。 今はそれを、何よりの“自由”だと、叫びたい気持ちでいっぱいだった。



















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お待たせしました。 次話もあらかた出来てます。
本当は七月くらいに出来てたんですが、全然状況進んでなくて、次話と時間を空けずにお読みになっていただいたほうが面白いと思いましてこのような遅筆ぶりとなりました次第ですっ……
次話は文章寝かして、最後の見直し済ませて、三日後くらいに上げようと思います。

この間、次話をお読みになる前に、まじこい無印百代ルートの川神大戦とリュウゼツランルートを復習していただければ、よりお楽しみになれるかと申し上げます。

なお、これからは感想板でのレス返しは積極的に行おうと思います。
筆者のモチベアップも兼ねますが、広告の荒らしがヤバイのでさっさと流してしまいたい。 ご協力願います。

ご意見、ご感想、ご批評、ご指南、どれもお待ちしております。 では、次回の更新で。





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