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No.25343の一覧
[0] 手には鈍ら-Namakura-(真剣で私に恋しなさい!)[かぷりこん](2013/08/25 17:16)
[1] [かぷりこん](2011/07/09 17:24)
[2] 第一話:解放[かぷりこん](2011/07/09 17:27)
[3] 第二話:確認[かぷりこん](2011/07/09 17:34)
[4] 第三話:才覚[かぷりこん](2011/07/09 17:52)
[5] 第四話:降雪[かぷりこん](2011/07/22 22:57)
[6] 第五話:仕合[かぷりこん](2012/01/30 14:33)
[7] 第六話:稽古[かぷりこん](2011/07/09 18:32)
[8] 第七話:切掛[かぷりこん](2011/07/09 18:59)
[9] 第八話:登校[かぷりこん](2011/07/10 00:05)
[10] 第九話:寄合[かぷりこん](2011/12/19 22:41)
[11] 第十話:懲悪[かぷりこん](2011/07/10 00:13)
[12] 第十一話:決闘[かぷりこん](2011/07/18 02:13)
[13] 第十二話:勧誘[かぷりこん](2011/07/10 00:22)
[14] 第十三話:箱根[かぷりこん](2011/07/10 00:26)
[15] 第十四話:富豪[かぷりこん](2012/02/05 02:31)
[16] 第十五話:天災[かぷりこん](2011/07/10 00:29)
[17] 第十六話:死力[かぷりこん](2012/08/29 16:05)
[18] 第十七話:秘愛[かぷりこん](2011/08/20 09:00)
[19] 第十八話:忠臣[かぷりこん](2011/07/10 00:48)
[20] 第十九話:渇望[かぷりこん](2011/07/10 00:51)
[21] 第二十話:仲裁[かぷりこん](2011/07/10 00:56)
[22] 第二十一話:失意[かぷりこん](2011/07/06 23:45)
[23] 第二十二話:決意[かぷりこん](2011/07/09 23:33)
[24] 第二十三話;占星[かぷりこん](2011/07/12 22:27)
[25] 第二十四話:羨望[かぷりこん](2011/07/22 01:13)
[26] 第二十五話:犬猿[かぷりこん](2011/07/29 20:14)
[27] 第二十六話:発端[かぷりこん](2011/08/11 00:36)
[28] 第二十七話:哭剣[かぷりこん](2011/08/14 14:12)
[29] 第二十八話:幻影[かぷりこん](2011/08/26 22:12)
[30] 第二十九話:決断[かぷりこん](2011/08/30 22:22)
[31] 第三十話:宣戦[かぷりこん](2011/09/17 11:05)
[32] 第三十一話:誠意[かぷりこん](2012/12/14 21:29)
[33] 第三十二話:落涙[かぷりこん](2012/04/29 16:49)
[34] 第三十三話:証明[かぷりこん](2011/11/14 00:25)
[35] 第三十四話:森羅[かぷりこん](2012/01/03 18:01)
[36] 第三十五話:対峙[かぷりこん](2012/01/25 23:34)
[37] 第三十六話:打明[かぷりこん](2013/11/02 15:34)
[38] 第三十七話:畏友[かぷりこん](2012/03/07 15:33)
[39] 第三十八話:燃滓[かぷりこん](2012/08/08 18:36)
[40] 第三十九話:下拵[かぷりこん](2012/06/09 15:41)
[41] 第四十話:銃爪[かぷりこん](2013/02/18 08:16)
[42] 第四十一話:価値[かぷりこん](2013/02/18 08:24)
[43] 平成二十一年度『川神大戦』実施要項[かぷりこん](2013/02/18 07:52)
[44] 第四十二話:見参[かぷりこん](2013/07/17 08:39)
[45] 第四十三話:戦端[かぷりこん](2013/03/31 11:28)
[46] 第四十四話:剣理[かぷりこん](2013/05/11 07:23)
[47] 第四十五話:手足[かぷりこん](2013/08/20 08:47)
[48] 第四十六話:膳立[かぷりこん](2013/08/25 17:18)
[49] 第四十七話:鞘鳴[かぷりこん](2014/02/05 18:46)
[50] 第四十八話:咆哮[かぷりこん](2015/01/11 10:57)
[51] 第四十九話:決斗[かぷりこん](2015/11/29 14:16)
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[25343] 第四十二話:見参
Name: かぷりこん◆f1242fd1 ID:97a7675a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/17 08:39
『誰だって、これからこっぴどい目に遭う者には、優しいものだ』

―――ヒューム・ヘルシング(「真剣で私に恋しなさい!S」 小雪ルートより)


























「私のは天然モノだが、人工的にも大きく出来るぞー。 古典的だが王道。 揉んで大きくするというやつだ」

「それは……効くのだろうか?」

「私に任せておくといい」

「は? ひゃ……ちょっ、モモ先輩!? や、やめっ……んぅっ……」

「あった~ら・し・い・よ~るが来た♪ 希望を、捨て~るな♪ かいか~んに胸よじ~らせ♪ ほしぞ~ら、あ~お~げ~♪ わたし~の~声に~♪ 健や~かな、胸を~♪ この湯気~のなか~で開~けよ♪ そ~れ、一、二、三♪」





――おっぱい体操、第一ッ! まずは胸を思い切り掴んで、乳房の体操ぉ~!





……『揉めば大きくなる』という通説は、各血管幅の伸長によって血流が良くなり、一時的に全体が大きく見えるだけ、というのがその真相である。 ゆえに、将来的に言えばモモ先輩の施術は全くの逆効果であることに間違いはない。 

胸がゆさゆさと揺れる→胸の中の筋肉が細かく断裂→肌の張りがなくなり将来垂れる。 

この摂理とも言うべき絶対の三段論法が厳然と女性に作用し続ける中、歳を取っても張りのある胸を保つ秘訣は、ちゃんとサイズのあった下着を着用し、胸の震動を最小限に抑えることが最良の手段であるらしい。 胸を大きくするためには、ただひたすら胸筋を鍛えるべし。 自慢ではないが、弓術を嗜む自分の胸囲が、その好例と言える感じではなかろうか。

つらつらと、そういった考察を冷静にしながら、京は半身を湯に浸からせて、すぐ隣で繰り広げられる落花狼藉を垣間見た。

後輩の、首の下(腹部の上)の物体究極許せぬっ、というオーラが滲み出ていたクリスは、それを指摘されると途端にモモ先輩のセクハラの餌食になった。

……しょうもない。 真に鍛えるべきは尻なのに。 将来の伴侶(と固く信じている男)は、その嗜好が強いことを京は既に心得ていた。




少し、状況を解説しよう。

今、京は川神姉妹の提案のもと、ファミリー全員と沖縄旅行にきている。 

県内屈指の名勝地“はての浜”近くに川神院ゆかりの温泉宿があり、そこで数日厄介になりながら、海水浴、植物園、水族館と、一通りの観光を済ませ、明日にはもう帰宅という流れである。

旅行最後の夜とだけあって夕食後、男部屋に集合して川神水を解禁、呑めや歌えやの宴会を座敷で繰り広げて四、五時間。 頃合を見計らって、女性陣はまとまって湯船に浸かりに来たわけである。

旅館に到着当初、接近していた台風による悪天候に露天は閉鎖されていたが、上陸直前でユーラシア方面に逸れてくれたおかげで、今はこうして入浴できている。 

上空を見れば、朧月が浮かぶ。 風情を大事にするためか、外灯の光量を最小限まで落としているらしいのも相まって、ひと心地ついた気分になった。

両掌りょうてをそっと水面に差し入れ、湯を掬って顔近くまで上げてみる。

京の手のなかで、小さな月が、まるで齧りかけの白玉のように柔らかく滲んでいた。

明後日にはまた学園で……と、物思いに耽っていると、無意識に小さな溜息が出て、水面の月をわずかに揺らす。

外界の仄暗さに、わりかし水が重く感じられて、体を動かすたびに反響する水音も、心なしか大きく聞こえるような気がした――。






「――――――――――」





――あれ?


そうこうして感傷に浸っている間に、さっきまで響いていた嬌声がまったく聞こえなくなっていた。

「クリは、ワン子とまゆまゆが連れてってたぞ。 なんか湯当たりしそうだったから。 呑み過ぎもあったと思うがな」

「そう……」

我に帰った、という京の気配を察してか、モモ先輩が話しかけてきた。 どうやら、また随分長く自分の世界に閉じ篭っていたみたいだ。

――……嘘。

京にとって、こういうことはままあること●●●●●●。 日常茶飯事ではあるのだけれども、周りにファミリーしかいない時分に、こんな前後不覚に陥ることはほとんどない。 

大和への好意は一旦脇に置くとして、なによりもファミリー、身内の和気藹々の雰囲気を“自分の居場所”と京は位置づけてきた筈で、そこで小説本の類を読んでいたとしても、周囲に絶えず五感は開かれていて、皆が笑うときには同じ事に笑い、皆が考えるときには同じ事を考える。 

この沖縄旅行はまさにそういう、自分の幼かった頃を思えば夢のような、憧れの時間である筈なのに。 なぜこういう、“もったいない”事を。

そしてこのシチュエーション。

ふたりきり。 

大和へのアプローチを日々研鑽する中、唯一その趣味を同じくしていた百代に対し、今の京の、想い人の真意を知った後の心境は推して知るべしというものだった。

一方の百代は何のけれんもないように、その背を壁に預けて鼻歌を吹かしながら、顔を仰向けにして、両目をタオルで覆っている。

それを見て、なんとなく居心地の悪さを感じて、そう感じたことにも決まりが悪くなった京も、湯船の内部にある段差を一段降りて、手探りで腰を落ち着け、膝を抱え、いわゆる体育座りのまま目を瞑った。

もし。

もし、先に控える大戦が終着したとき、自分はどんな顔でいるだろうか。

きっと、大和があの男を征したとき、そのときこそ、学園内に己の沽券を示した大和は、百代に思いの丈をぶつけるに違いない。

その情景を脳裏に描いて、飲み下しがたいナニカを胸によぎらせて、京は鼻のうえまで湯に浸かり続けていた。

だんだん、息苦しくなってくる。 

それでも京は空気を求めず、自分の心音を数えた。 そのうち、位置がはっきりわかるほど心臓が激しく鼓動し始める。 

聴いている筈の他の雑音はまるで聴こえず、動悸はうるさいほど体中に響く。 

京はとうとう、湯から顔を出して空気を吸い込んだ。 同時に、瞑っていた目も開ける。

それでも、こんなふうに気を紛らわして抗ってみても、まるで肺が充血し切って、喉元まで血の味がこみあげてくるような苦しさ、……そんな悔しさが、京の中から消えることはなく。

そう、消える筈がない。

どうあったとしても“私”の中で“彼”が消えることはない。 

何をどうしようが、椎名京にとって直江大和は直江大和以外の何者でもないからだ。

好きになって、どんなに意地悪をされても、苦しめられても、そんなこととは無関係に好きでいられる、という京にとって唯一の人間。 それが彼だ。

一度魅惑されたら、どうしたって逃れることはできない。 

好悪も損得も超えて、ただ引き寄せられる。 行き先もわからぬまま、真っ黒な闇に呑まれてゆく、この湯気の向こうの、夜空に散りばめられた星々のように。

辛くても、苦しくても、何も得るものがなくても、慕い続けられる……。 








    
――ああ、よくよく考えれば“あの男”もそうなのかもしれない。



一瞬、そう思いかけた京だったが、慌ててぶんぶんとかぶりを振った。 

アレのせいで、大和はあんな非道い目にあって、ファミリーの和が乱されたのだ。 

自身のアイデンティティが集約する場を、一時でも不調和に陥れたアレに、どんなものであれ共感を抱こうとするなんて、と自己嫌悪さえ覚えるのだった。




私は、アレとは違う。 

たとえ自分の思い通りにならなくったって、私は黙して愛し続ける。

愛する手段に、立場に、固執などするものか。

そりゃあ大和が私だけを見てくれれば、これほど望むことはないけれど。

それでも、大和が、どんな“大和”になったって、私は絶対に、彼を愛しとおすと決めたからだ。

七年前、孤独のまま、味方の居ない世界に耐えていた京を、懸命に救い出してくれた、ナイト・オン・ア・ホワイトホース。

彼との出逢いが無ければ、なんて、想像もしたくない。 

風間ファミリーに加わる事も出来ず、執拗で陰湿なイジメから逃れられる事もなく、今となっては唯一の肉親である父との関係さえも破綻していたことだろう。 

彼の居ない道筋を辿っていたなら、自分は今頃、あらゆる意味で“死んで”いたかもしれない。




そうならなかったのは、京自身が助けを求めたからではなく、ひとえに、大和が“大和の好きに行動したから●●●●●●●●●●●●”だ。


「……ねえ、モモ先輩」





だから、私は、どんなかたちでも、彼に尽くすのだ。













 

<手には鈍ら-Namakura- 第四十二話:見参>



















川神駅から始発のアクティー熱海行に乗車し、七浜駅で一旦降車、相鉄本線急行に乗り込む。

海老名駅から更に小田急小笠原線急行に乗り継ぎ、計一時間半の移動時間で丹沢の玄関口たる新松田に到着、直行バスで目的地周辺へ。

今日に限っては部外の登山者が山に上がることはなく、全校の集合場所となる西丹沢自然教室ビジターセンター周辺は学園側で貸しきられ、朝から大勢の生徒達で溢れかえることになった。

出がけに携帯で確認した天気予報は、曇り、気温二十八度、湿度八十パーセント。 

少々蒸すだろうが、ジリジリと陽が照りつける中で戦うということは、開戦からしばらくは無さそうで安堵したものだ。

今の気候はそれくらいだが、山の空は変わりやすいというのは重々承知だ。 注意をまた一度喚起するべきだろう。

タイムテーブルからして、戦地に入ってから戦術や戦略の最終調整、確認をとる暇はない。 

広大なバトルフィールドに“雁行の陣”――雁の群れが列を成して飛ぶさまにたとえた散開型の斜方陣、それをムラなく敷くことに手一杯となる筈で、とてもじゃないが陣形以外の細かな指示に割く余裕はない。

ゆえに大将として檄を飛ばし、自らの気合を見せ伝える総員への式辞も兼ね、この集合場所で朱雀軍の打ち合わせは行われることになっている。

トレッキングマップが描かれた立て看板に背を預けて、各隊の長が集合するのを待つ間、大和は真後ろの様子に、なんとなしにと聞き耳を立てた。








――スタジオの皆さ~ん♪ おはようございます、川神支局の雪広です! 今日はここ、丹沢で、数百年前と全く同様の“合戦”が学生達によって再現されようとしています。 ご覧くださいっ、この見渡す限りの人、人、人。 都合、千五百人の生徒達の目は、心なしかギラギラと、やる気に満ち溢れております。 ……早速、川神学園高等学校学長、川神鉄心先生にお話を伺いたいと思います。

――ふぉふぉ、よろしくお願いするぞい?

――では早速遠慮なく、キワどいところから。 “闘争によって因縁の決着をつける”――この手段について、学園の内外から多くの抗議が寄せられたと聞き及んでおりますが?

――ふむ。 この大戦を組むにあたり、確かに多様な意見が出たが、なに、闘争ではなくスポーツだと思えばよろしい。 全国でこのような、大戦を模した歴史系の祭りは、年がら年中行われておる。 これは本当じゃぞ? なにも川神学園が初めではないんじゃよ?

――そうなのですか?

――うん。 北陸のほうの中学では、生徒会長同士を大将に担いで毎年合戦を繰り広げるところもある。 よりリアル志向で儂らはこの行事を企画したがの。 ……安全面を言えばな、今回使用する武器もほとんどが模造品。 使用される矢の類も、ほれ、こういう風に先端に吸盤がついておる。 これには結構苦労したところでの、人体にはまったく無害じゃが、特殊な薬液で濯がねば身から取れない粘土を細工しておるのじゃ。 これで誤魔化しようもなかろう? 

――しかし、怪我人は確実に出ると思われますが……。

――子供が外で遊べば擦り傷くらいはなんぼでも作るわい、と、これは儂の自論じゃが、ただ、そのへんはキッチリしとる。 我ら教師陣はもちろんのこと、儂が率いる川神流門下が責任を持って見張っておる。 行き過ぎた暴行やリンチは起こさせん。 だいたい生徒達にとっては成績も懸かっておるでな。 むしろ品行方正とはかけ離れた生徒ほど、規則は守りに守ろうとするじゃろ。 特にE~F組には、この大戦が進級に影響する者が大勢居る。

――微笑ましいことですが、それは必死にならざるをえませんねぇ♪ ……では続いて、内容について少々。 この合戦の勝利条件は?

――敵方の総大将が戦闘不能に陥れば、そこで終了。 それ以外に決着はない。 ああ、禁止武装は騎馬ぐらいじゃったかの。 生き物は流石に待ったをかけねば。 

――そして、飛び道具は矢箭に限定、と。 ははぁ、これは本格的ですね?

――美人にそう言っていただけると、準備に奔走した甲斐があるもんじゃ。 南方朱雀軍と北方玄武軍、どちらにつくかは個人の自由。 人材の奪い合いから、戦いは始まっておるのよ……。









夏休み終盤の日曜という事もあり、体操着の生徒達に紛れ、早くも行楽を兼ねて大戦を見に来た人々も集まり始めていた。 ピクニックシートを持った家族連れが目に眩しい。

戦場は起伏に富んでいて、参加者、関係者以外は立ち入り厳禁。 お世辞にも観戦に適している地形とはいえなかったが、そこはそれ、山地の各所に設置されたカメラから、何十畳はありそうな屋外用の大画面を通して、ここ、ビジターセンター前に中継することで、父兄の希望に応えている。 ローカル局であれ、テレビの取材が来ていることは、それと無関係ではなかろう。 なにかしらの助力を取り付けたに違いない。

また、今現在集合場所となっているこの場所は、そのまま救護院、つまり、リタイア組が収容される地帯も兼ねている。 否応にも全校の生徒達は、大戦の様相をリアルタイムで見聞きすると言うわけだ。

なるほど、自身の手腕を見せ付けるには絶好のシチュエーションだと、武者震いしながら大和は目を細めた。



「直江、最後の合議の前にすまんが、先に出席のほうを取りたいのだが」

「え? ……ああ、はい。 じゃあ取り敢えず、クラスごとに集まったほうがいいですよね?」

「うん、そうだな。 号をかけてくれるか?」

応じたジャージ姿の梅先生に慇懃に頷く。

この日のためにアドレスメモリを複製、整理、分割して、ノートパソコンにあらゆる連絡回線を束ね、それら全てに同時並行で指示を飛ばせるよう設定した、モロ特製の通信ネットワーク。 

それを駆使して、本日二度目の指示を送る、そんなときである――。








「二年F組、出席番号四十二番、矢車直斗。 只今参着」








……音もなく、風も揺らさず。

何時の間にやら、仇敵は忍び入ってきていたらしい。

唐突に過ぎて、半ば幻聴かと思いながらも、声のしたほうを振り向けば、――そこには“誠”の一文字いちもんじ

真っ青な浅葱色の中に、白抜きで縁取られた行書体。 

それを背負った後ろ姿に、大和は一瞬目を見張り、口をぽかんと開けたままの担任教師を尻目に振り向かれて、その全身の奇異な出で立ちと対することとなった。

山形の、いわゆるダンダラ模様を袖の縁に白く染め抜いた蒼の羽織。 それを無理矢理束ねた帯の上、はだけた胸元にはサラシが覗き、下半身は恐らく馬乗袴と呼ばれる二股の袴、足元には足袋に重ねて草鞋が巻きつき、真白の前髪がかかる額には鉢金が巻かれている。 防具の類は、それ以外に見受けられない。

腰の陰に何やらポーチらしき膨らみがちらと見えたが、武器らしいものと言えば黒塗りの日本刀のみが唯一そこに下げられ、まさに捨て身、攻め一辺倒の完全武装。

壬生浪みぶろと揶揄され、しかしそれ以上に恐れられた、幕末の狼。



――――俺が許せないのは、お前の中に他人に対する“誠”がない事。

――――他人と全力で向き合わないお前に、万人に誠を尽くそうとしないお前に、百代の隣にいる資格はないッ!



……なるほど、あくまでこちらの神経を逆撫でするつもりらしい。



「士道は、棄てたんじゃなかったのか?」


「それを見てくれで判断するなら、お前の取り巻きには、一人も武道家が居ないことになるな?」



売り言葉には買い言葉だった。

だが、その後は小憎たらしい口元から憫笑の吐息が吐き出されるのみで、梅先生に定めた視線は動かされず、腹立たしいことに、顔を合わそうともしてこない――。





















努めて冷笑的な態度を保っていれば、毅然超然とした風体を崩さないでいられる気がした。

其処彼処から漏れいでる驚きの気配、嘲りの囁き。 それらに鼓膜をなぶられながら、周囲を見渡す。

散っていた朱雀の主要メンバーが、ちょうど集まってくるところだったらしい。 なんとも好都合だった。

今更、何を言うものでもない。

その様子を語ろうと思えば、一子の俯き加減やクリスの瞠目、椎名のしかめ面など、追究できるところは多々あるが、あえて割愛させてもらおう。

何にしても、即座に朱雀軍大将の周りを固めた風間の一党は、数ヶ月前と変わらず、誰もが対立対決の意思を明確に放っていた。

強いて変化を挙げれば、すぐそばに源忠勝やマルギッテ・エーベルバッハが控えていることくらいか。

(こ、こいつぁカブいた格好だぁ。 なあ、師岡TAKUYA∞?)

「……そ、そうだね。 でもどさくさに紛れて後ろにヴィジュアルバンドのボーカルみたいな記号つけないでよね」

(こんな中でも手早いツッコミだ。 こいつぁ名前負け、ボクにはUVERだってかい?)

こんな中でも間の抜けた、脱力漫才を披露する姿は、随分と久しく感じられる。 

「調子が戻ったようで何よりだな」

「……矢車さん」

何かひどく痛ましいものでも見るような由紀江の視線をかわして、

「今日は、よろしくな?」

ナマクラの鯉口を切る。 それで威嚇は十分だったろうが、




                    ――――ふしゅッ




同時に、気息を巡らせて振り撒いた殺気にて、周囲の腰を退かせ、口を噤ませ、誰の耳目もこの身に誘導する。 

一拍置いて、長鞭の柄に手を掛けた担任教師に声をかける。



「武装を改めていただきたい。 即刻、この場で●●●●



凝固した空気が、またざわめき始める。

応答される前に鞘込めの鈍らを腰から引き抜く。

「別段、こいつらに隠すことで生じるメリットは無いので。 お早く」

具足改めは、規約にのっとるのであれば、北方と南方の両端から各員が自陣に入る直前で行われる手筈であった。 

開戦まで相手方に武装を知られないための措置ではあるが、それは、俺の目的を阻むデメリットを孕むものでしかない●●●●●

この戦いに勝つために、俺は、この一年“川神”という超一級の武道の薫陶を受けながら、戦法として幾分卑劣なものを取ることになる。 
つまり、俺がこの戦いで示すモノを鑑みれば、その卑劣の行使がどのようなものか、概要を事前に開示する必要があることは瞭然だった。



その卑劣を卑劣で無くすには●●●●●●●●●●●●●、ここでありのままを曝け出す以外に方策はない。 



恐らく了解の意を示すのだろう生返事が呻かれ、目をしばたかせながら近寄ってきた小島を顎で急かして、ナマクラを同様に後ろ腰に装着していた医療ポーチともども押し付ける。

「尖ったもの、いくつか入ってますけど、中のものは自分にしか使いませんから」

次いで軽く片方ずつ足を蹴りだして、具合を確かめてから裾をまくり、マジックテープのベルトを外して、両脚にマウントしていたアンクルホルスターを手に取った。

受け取ったナマクラのほうに気が行っている小島女史の様子を見、また憎々しげにこちらの一挙手一投足を睨みつけてくる視線に応じるように、

「通電量、最大電圧は規定内。 ――ほらよ」

無造作に、大和のほうへ、それを投げ渡す。






……電気を用いた実際的攻撃理論の発祥は、第二次世界大戦までに遡る。 

旧ドイツの電気的な拷問がそれとして記録されており、以来、その理論は大戦終結後に当時の同盟国を経由して世界的に拡散していった。

感電によって人が死ねば拷問は成功せず、感電によって人が死なねば処刑は完結しない。

電気による人体への影響について、その知識を蓄積する事は、ひとえに通電量と人体の生命維持能力の限界との境目を理解する事と同意である。

電気は人体に必要な必須元素であり、人は電気信号を使って体の各部をコントロールし、触感や痛みなど様々な情報を脳に伝達する。 その真偽はさて置き、古代エジプトでは電気ウナギを頭に巻いて頭痛の治療をしたという記録が存在する。 こういった少量の電気による人体への魅力的な適用は、古くから世の津々浦々で利用されてきた。

そしてこの電気を多量に適用する、いわゆる純粋な「攻撃」のための用途――人体への過度の電化としての多量電化実験は、1880年代にアメリカで始まった。 ゲシュタポの拷問録が、それを昇華させる形となり、人を殺さずにダメージを与えられる、最も効果的な電流の強さの限界点の見極めがそこで成されたのである。

さらに20世紀後半から21世紀にかけての数々の技術革新を経て、十分にコンパクトでパワフルな動力源(アルカリ乾電池)、柔軟な操作性(機構の簡易化)、安定した電圧と電流(変圧器のコンパクト化と高性能化)、発信回路(電気パルス発生のクロック)などのそれぞれの実用化が伴い、


そこで初めて、この“ハンディバトン型スタンガン”が登場する。


市販品を改造し、バッテリーを大容量のものに取替え、その他諸々の調整を施した未有お嬢様によれば、クマも一撃百万ボルト。 

それを聞いたサブカルチャー狂の夢お嬢様によれば、リアル結崎ひよ○モデルだー、とのことらしいが、はて、何のことやら。





「……ははッ、んーだよこりゃ? ご大層なこと言っときながら、お前も大和のこと言えたクチじゃねぇな、おい? なんだかんだでS組全員味方につけてるしよ」

口を開きかけた大和を押し退けるように一歩前に進み出て、拳を手の平に打ちつけながら、褐色の巨漢は小馬鹿にした表情を隠しもしなかった。 

その顔面には、侮蔑の色以外に幾らかの喜色も同居している。 

気分の昂揚が嫌でも伝わってきて、その単純一途な気性が甚だしく見て取れる。

さて、先日与えてしまった屈辱からか、大戦の戦端を開いたこちらの意図や言い分すら丸々忘れてしまったような彼ではあるが、言及されたところはこちらが最も頭を痛めているところ、その核心であることに変わりはなかった。

「援軍の件に関しちゃ、俺は拒否した筈なんだが。 ――人徳って奴らしい。 そういうことなら言い逃れもできねぇよ。 まぁ、安心しろ。 大和はもちろん、お前程度にその装備を使う予定もない。 この前みたいに勝手にこけて●●●、自滅しててくれて結構だ」

膝を強張らせ、固めた拳を一気に肩まで引き付けた島津の手首を、脇に居た源忠勝が無表情のまま捉えて制止する。

一触即発の状況下、なお嘯くだけの余裕を見せて、

「ただ何にしても、予想外にこっちの戦力が増えちまったからな。 ハンデ代わりに色々サービスしようとは思うさ。 とりあえず、ためになる情報をいくつか進呈しようか。 ――外様の助っ人は頼んでいない。 武道四天王級に対して弄しうる俺の奥の手は三つ。 そのうち、攻の手は全て剣技の騙し討ち。 そのスタンガンこざいくは川神百代にのみ使用する予定。 ……気をつけとけよ? 喰らったら三日は経絡系が御釈迦になるからな」



――“瞬間回復”と自称される細胞活性とて、その例外ではない。



それを、さも仕方ない風、遣るかたない風を装いながら、肩を竦ませ視線を下方に這わせ――、しかし、“はっきりと聴こえるように”、けろりと放言した。 

こうして、この対峙の主目的は達成される。

……余談になるが、この百代の細胞活性の弱点を提示した釈迦堂によれば、あのヒューム・ヘルシング卿の祖先は電磁発勁なる“功”を併用した蹴技によって、百代と類似した体質の“不死者”を滅したらしい。

むろん、当代のヘルシングも当然のように、その工夫を身に宿しているようだが、生憎と今の俺にはそのスキルを会得するための余裕マージン天稟ギフトもまるで足りないため、治癒封じとして、前述の手段を取る判断に至った。 

もっとも、これを遣うのは、“最後の最後”と決めてはいる。 一旦は、彼女の特質を含めた“全力”を打倒しなければ、意味が無い。


「流石にそちらの大将も、千五百対一が千二百対いくらになったくらいでガタガタ言うほど狭量じゃあないだろうが、他に質問があれば受け付けよう」

「……随分気前が良いもんだ。 えげつねぇ裏があるとしか思えないほど、胡散臭い話だが、一つだけ聞いておく。 ――――勝てると本気で思ってんのか?」

「そりゃ勝てるだろう? 当たり前だ。 いつか誰かが言ってたろ。 正義は必ず勝つ●●●●●●●ってな。 ……心配してくれてるのか? 源くんは本当に、誰彼構わずにお優しいな」

これで、もう少し社交的なら、テラ源君物語でじょーじウハウハ、イケイケドンドン、ドドンドドンドン忠勝キングダム建設も夢ではなかったろうに。 

……なんだこの人を喰ったようなテンション。 緊張でおかしくなっているのかもしれない。 Be Coolだ俺。 内心で深呼吸だスーハースーハー。 頭のネジをかギュ~っと巻き直せ。

「だんまり決め込んで、どうやって情報を引き出そうかって頭グルグルグルグル回転させてるだけの、そこな軍師様とは大違いだ」

「気持ち悪ぃキャラチェンしやがって。 喋るたんびに、いちいち他人をこき下ろすんじゃねぇよボケ。 いい加減にして質問に答えろ。 俺達朱雀軍はざっと千二百、お前ら玄武はどう見積もっても三百人ちょいだ。 この差をどう埋める?」

……はて。 

忌々しげに会話を続けながらも、いつもの気だるげな様子は微塵も感じられず、ただただ神妙に向けられた忠勝の精悍な顔つきに、少し胸を打たれる気分を味わったが、

「いや~、ゲンさん。 残念ながら、その計算は違うなぁ?」

獰猛な猫撫で声が、そんな感傷を彼方へとはらった。

「どうやら本来の実力を、この私相手に●●●●●●秘めていた、隠せていたらしいのは、まったくもって驚きだが、なぁ、直斗? なぁ、不肖の弟弟子よ、お前ならわかるだろう? これまで私に見せていた姿が伊達モノだったとしても、この一年、院に籍を置いてたお前なら。 ……そうさな、私一人で●●●●百万。 しめて百万とんで千二百ってところだろうよ」

自ら百万と号す其の女こそ、誰あろう川神百代である。

背後から覆い被さるように、目を伏したまま沈黙を決め込む妹分の体に抱きつき、その頭の上に片頬を乗せている。 

それはさながらプライドロックの頂きで寝そべる獅子王の如く。 ごろごろと喉を鳴らす音さえ聴こえてきそうだった。

「どうみても圧殺だろう?」

「……そうだな。 お前の言うとおりなら百万千二百対、三百」

双方の不遜、ここに窮まれり。

久方ぶりの彼女との会話は、愛を告白し告白された関係にしては、些かの遠慮もない調子で、ただただ殺伐としたものとなってゆく。

「とはいえスリーハンドレッドとは悪くない、縁起の良い数字だ。 どうだ? スパルタンな奇跡の一つでも、起こしてみるつもりか?」

「馬鹿言え。 結局、俺が負けるじゃねぇか」

にべもなく答えて思考する。

確かに百代に言わせれば、ちょうど、かの映画のシチュエーションそのままである。

ちなみに、伝承で言えば百万対三百とされるテルモピュライの戦いであるが、実際には六万対七千が妥当なところと推定されている。

それで数日持ち堪えたというのも凄まじいところではあるが、なんだかんだで全滅エンドは避けられなかった筈だ。

「あくまで、お前の言うとおりなら、だろ? その圧殺ってやつは」

「ほっほ~? 随分な勝算があるらしい。 こんなちゃちなオモチャで私がどうにかなるとは思えんが、是非とも愉しませてもらいたいものだ」

値踏みするような視線を真正面から受け止め、俺は、からからの喉から、とっておきの強がりを搾り出す。





「小難しいことじゃない。 今言った、単純な戦力差の話だよ。 “百万千二百”に対して“百万●●三百”。 十分に勝ちの目もあると思わないか?」





少なくとも、意地の張り合いだけは、誰にも負けるつもりはなかった。

そして、ついには大和に一瞥も送らず、宣戦布告の対峙を終える。 

貴様なんぞ歯牙にも掛けない。

そんな態度こそ、この徹底した無視こそが、大和に対して最も覿面であるからと、判っていたからだった。

























「ヒーローである我が問おう。 ……主、いずれか有道なる?」

明示された事情を鑑みれば●●●●●●●●●●●●、間違いなく朱雀軍でしょうね」

その問いに、葵冬馬は涼やかに答えながら、眼下に広がる敵の大群を漫然と見下ろしていた。 



「将、孰れか有能なる?」

「朱雀軍だよ~♪ こっちのは頭悪そうだしー」

その問いに、榊原小雪はそう唄いながら、指に止まらせた蜻蛉を眺め続ける。



「天地、孰れか得たる?」

「こっちが上、ってことはないだろうなぁ……」

その問いに、井上準はそうぼやきながら、両腕を交差し入念に関節と筋肉をほぐして柔軟運動に励む。



「法令、孰れか行わる?」

「朱雀軍だね。 私たちは訓練も何も、してきていないわけだから」

その問いに、京極彦一はそう断じると、備えられた茶席に静かに座して、再び霊峰の色彩を愛で始める。



「兵衆、孰れか強き?」

「朱雀軍じゃ! 見るまでもないし見たくもないわッ、数が違いすぎる。 ……雑魚共が群れおってぇ。 なんで此方がブツブツブツ」

その問いに、不死川心はそう吐き棄てて、膨れっつらのまま、朱に染まった巨大な番傘の下、その奥まった席でせかせかと手元の茶筅を掻き回す。




「士卒、孰れかならいたる?」

「HAHAHA、SPECテキニ、ソレダケハ、コッチガMORE THANナキガスルネー! カズノVIOLENCEニハ、カナワナイキモスルケドネー!」

その問いに、南條・M・虎子はそう忌憚無く受け答え、まるで動いていないと死んでしまう病でも患っているかのように、繰り返し何度も中空に飛び蹴りを繰り出している。




「賞罰、孰れか明らかなると?」

「こちらが圧倒、と申し上げたいところですが、大将を比べてしまいますと、むむぅ、という感じですねハイ☆」

その問いに、忍足あずみは無邪気を取り繕い、盆の茶菓子を取り分ける作業にまた取り掛かる。





「フハハハハッ、だがしかして、勝たんとするは――」











俺だ●●



温まった茶番へ、出し抜けに現実の冷気を吹き込むように、ただただ透徹に、峻厳に宣言する。 










「直斗」

英雄の肩越しに、未だ正体を隠す“マロード”を盗み見て、真横をすれ違いざま、そこで一旦足を止め、彼だけに聴こえるように声を潜めて、かく語る。

「今一度言うぞ、英雄。 ……つい今しがた、俺はまた喧嘩を売ってきた。 これから数時間も過ぎれば、無傷で立っていられる奴は、俺を含め、ここに一人もいないだろう。 戦力差、引いては予想される損害比キルレシオ。 他諸々を計算するのも馬鹿らしい。 そして、勝てるかどうか、それ以前に、この戦いに勝ち負けという概念があるかすら、疑わしいことこの上ない。 勝利の道は数少なく、果たして、何を以って勝利と呼べるのか。 情けないことに俺はいまだに答えを持ててないし、もしかしたら、このまま、ただひたすら状況を引っ掻き回しただけで、後のお前らへの恨み辛みを残すだけの暴挙になるだけかもしれない」

問う。

――――それでも、退く気は無いか?





「お前を取り巻く数多の問題と辛苦への的確な対処など、我は一切教えることは出来ん。 我はお前の不幸を知ってはいるが、我は幸福な家に生まれ、幾らかの波乱に揉まれはしたものの、おおむね幸福のうちに育ってきた人間だ。 だから何も言えん。 まして武術については甚だ門外漢であることに違いはない」 

返ってきたのは、そんな、言葉。

それは、決められた祝詞のりとを唱えあげるような。

予定調和だと言わんばかりに、さばさばした表情を乗せる横顔が、ひたすらに“前”を向いていた。

「……だがな、どんな魔物が行く手に立ち塞がろうとも、ただ共に、ただ共に逃げずに怯まずに誤魔化さずに、その道を愚直なまでに突き進み、一緒に悩み、一緒に迷い、一緒に涙する――、それだけで救われるものだって、あるだろう? そのときのパートナーが誰だとか、秘めたる目論見がどうだとか、そういうものは二の次の話として、だ。 お前が示したいのは、そういうことなのではないのか●●●●●●●●●●●●●●?」



……ああ、くそ、勝てない●●●●

やはり父母は偉大だ。 絶対的に敵いようがない。

“この男を世に遺した”という事実は、きっと一生涯、俺の為す事より価値は有る――。



「我が巻き込んだこの背に控えるS組と、その他三百人には、今更だが、辛い役回りを負わせてしまうな。 後々の慰労は惜しまないつもりだが、ただ、それだけ以上の価値が、この戦いにあると、我は確信している。 ゆえに、――――――――――ふむ、もう延々管を巻くのも面倒だ●●●





――――お前がどう思おうと、これは王たる我の決定だ。 すまんが、諦めろ?














笑うだけ、笑え。 嘲るだけ、俺を嘲ろ。

英雄の翻意は甚だ期待できないと、もとより高をくくってはいたが、このときだけは、そう開き直らざるをえなかった。



手を組むという方策は、大和の変革への阻害要因でしかない、という理屈は前提としてあった。

だが、“どちらかの責任で、どちらかが不幸になる”ことほど、寝覚めの悪いことはない。 そう思えたことも、また事実だった。

だから、お前は来るなと、そう伝えたはずだった。

巻き添えになる奴も、英雄が絡めばきっと多く出てくると。 

実際、今だって、この状況を恨めしく思っている人間が、この玄武軍にどれだけいることか。



……なのに、何故だ。

幸せな夢を見ている途中で、急に肩を掴まれて起こされたみたいに。

まだ夢のつづきにいるような浮遊感と、現実に還ってきたことを残念に思う気持ちと、一度は拒絶したその真摯な顔が開けた目に映っているのだという、安堵と。

おのれの身勝手で他人を振り回し、あまつさえ周囲から嫌悪を抱かせる罪悪とは別の、それぞれ趣きのまったく異なる様々な感情が湧き上がってきて、どう受け止めればいいのか、判らずにたじろいだ。










「さて、勝算はどれくらいあるのかな? それなりの工夫は、ついているんだろう?」

笑えばいいのか、泣けばいいのか、それとも止めてくれと怒り叫べばいいのか。

猛烈に襲ってきた、どうにもならない居心地の悪さ、むず痒さの中で、助け舟のように背後から響いてきたその澄まし声を、思考の逃げ道にして、

「……その場の機転が一、体力が四、残りの五は――、運とか、火事場の何とやら」

また不覚にも、先ほどの見栄っ張りとは好対照の、正直な本音を零してしまう。 

「フフ、大真面目に言い切るものだ。 面白い。 やはりこちらに身を置いたのは正解だったようだ」

一瞬惚けた後、流石に嘆息が漏れたらしいが、その言葉通り、振り返ったところにあった言霊部部長の苦笑に、失望の色は見受けられなかった。

「何度か顔を見かけたことはあるのだが、初対面、だね。 私は君とも、まして直江君とも縁こそ無いが、君と彼の縁には興味がある。 言ってしまえば、これは野次馬根性以外の何物でも無いんだが、見届けても構わないかな?」

「お好きなように。 別段、許可が要ることじゃない」

それを、全校に、否応にも見届けさせるための、川神大戦だった。 

迫力こそ無いものの、何かを探るというより何かを確認するような真っ直ぐな目に、気を取り直してその返答を送った。



「HAHAHA、アンガイ、ハナシ、ツウジルミタイデ、アンシンシタヨ。 TO BE FRIEND IS TO BE PEACE!!」



寸暇なく、続いて相まみえるは、骨法部主将にして生徒会長、南条・M・虎子その人だった。

学園に編入し、生徒総会で初めて姿を確認したときには、生徒会を率いる立場にして、その校則違反全開のウォーボネット――頭部の羽飾りは何なんだろうかと印象に残ったぐらい。 

確か風間翔一は、内申の大幅な減点と引き換えにして、トレードマークたる赤バンダナを学内で着用しているはずで、…………いや、完璧な風紀など、このカオティック窮まる学園には望むべくもないものなのだろうが。 きっと母なるグレートスピリッツの意思に従っている、宗教的なアレなのだろうと、無理矢理納得した覚えはある。

……とりあえず、彼女に関して矢車直斗が言える事は、それだけだ。 

名前は知っているし顔も判別できるが、学年も違えば言葉を交わしたこともない。 

だから、これまでの学園生活中、特に気にするでもなかった頭文字がMのミドルネームの詳細も皆目わからない。 

彼女とは、それぐらいの、非常に希薄な仲である筈だ。

いや、親しげな満面の笑みで、忙しなく両手をぶんぶんと振られれば、応えてあげるが世の情けというものだろうが、果たしてどう応対してよいものやら。

先ほどの英雄の言葉から、危うく陥落しかかった仏頂面を崩さぬよう苦心しながら、彼女の扱いに困っていたところ、

「……つーか、おい、いいのかよ、生徒会長? こっちはどんだけラブリーチャーミーだったとしても、敵役に違いはねぇ。 アンタはS組でもねぇし、部長のアンタ以外の骨法部だって、みんなあっち側だっつーのに」

前述の調子で井上が、俺の心中をそのまま代弁してくれた。 

あのとき●●●●には、直接顔を合わせてはいないが、やはり葵冬馬の往く所、陰に陽にという具合で付き従っていたらしく、メイド相手に痛い目に遭ったらしいが、そんな過去は微塵も感じさせない、いつも通りの、脱力的な呆れ声だった。

……こいつらの“答え”は、こいつらが出すしかない。 

そう思ってはいても、やはり他人に言わせればお節介というか、何か手掛かりになるようなものを落としこもうというのもまた、俺の為したいことだった。 

そのための御誂え向きの“処方”も、準備だけは出来ていた。

なし崩し的に、井上に虎子の相手を任せ、少し頭を冷やすために川のほうへと、俺は足を向ける。

「ワタシイガイノ、コッポウノオンナノコ、ミンナ、カザマファンダッタカラ、ショウガナイ♪ デモ、ソノミンナモビックリシテルカモ。 BY TODAY、コッチニクルノハ、ONLY MY SECRET!」

独特な言い回しというか、方言というか、彼女のカタコト訛りの日本語は未だ耳に馴染まないが、どうにも憎めないのは、滲み出る純粋な、生徒の大多数から支持されうるにたる“人柄”というやつなのだろう……。














「ふむ。 では虎子先輩には、こちらの玄武軍に気になるヒトがいるということでしょうか?」

「おお、流石。 こういう話題にはバリバリ食いついてくるな、若。 しかもいきなりさらっと名前呼び」

「ゲンブ、キニナルヒト……? AH、ソレハモチロン、アノSAMURAI BOYニ、キマッテルJAMAICA!」

「あらら、これはまたストレートっちゃストレートだ。 ……でも先輩、この大戦が始まったのって、ウチの大将の、実り難い片恋慕からだからな? 本当に言いにくいことなんだが、付け入る隙は、今のところミクロン単位で有るか無いかってところだなー。 残念ながら」

「OH? NONO、ベツニLOVEッテワケジャナイ。 イマSPEAKINGシタカンジ、NOT BADダッタケド」

「……ふむ。 では、何故こちらに?」

「ワタシ、ヨワイモノイジメ、キライ♪」

「はい?」

「フロンティア・スピリッツニ、KILL THEM ALLサレタ、ソセンノ“チ”ガ、ソウサセルノカモシレナイケド。 ワタシ、ヨワイモノイジメ、ダイキライ。 ダカラ、セイトカイチョーニモナッタシ、ダカラ、セイトカイチョートシテ、MORE、ヨワソーナホー、SAVEキメタ。 OUR STUDENT、ALL、MY FAMILY。 ソシテ、モモヨハ、STRONGEST WOMAN!」

「いやいや、会長、でもね? スジが通ってないのは、俺たち。 矢車直斗のほうに、違いはないんだぜ?」

「ダカラッテ、コテンパンニサレルホー、MOREコテンパンニスルノハ、ワタシカナシー。 ソレニ、REALLY BAD MANナラ、VSアンナオオゼイ、フツーニゲル。 ダケド、ニゲテナイ。 JUST FEELINGダケド、ミスターキョーゴクモ、オナジコト、ALSO FEELINGオモウ。 AND…………UMM、ココダケノハナシ、OK?」 

「……構いませんが?」

「俺も、別に?」

「……ONE WEEK AGO、ヤマト、トツゼン、ハナシシタ。 ヤマト、MY POST、メザスッテ●●●●●。 ドウスレバ、GOODナセンキョニナルノカ、MANYキイテキタ。 ヤルキモ、MANYアッタミタイダケド。 ……ワタシ、ヤマトヲ、ミタイ。 タダノ、ヨワイモノイジメスルノハ、NOTカイチョー」 

「…………」

「…………」

「ワタシ、ミタイ。 AFTER WAR、ヤマト、ナオトヲ、ドウスルノカ。 ジブント、チガウニンゲン、キライナニンゲン、Sクラス、FAMILYニデキルノカ。 NEXT、カイチョーCHOOSE、ワタシデキナイケド、ソレデモ、I WANT TO LOOK AT YAMATO CUP。 ……HAHAHA、ジツハ、カイチョー、VERY FUNダケド、VERY HARD♪」


























――……なんていうか、うん。 私が、異性として男を見るポイントは、自分の言った事には責任を持つってところにまずあるな。 たとえば、夢や志を語ったなら、それを叶えるために気合を入れてるのかどうか、とか。 結構、シビアな目で見てるぞ、私は。


――だからな、京。 ……いや、そう不機嫌になってくれるな。 あくまで“男として、どちらが上?”っていう観点から言えばだ。 

            


          ――私としては、軍配を直斗に上げざるをえん。
  



――もう一度、断っておくぞ?、それだけが私の好意を決めるわけじゃない。 あれがやらかした事は、私の許容を超えている。 京、お前の気持ちも、ファミリーみんなの総意も、よーくわかってる。 だから、そうだな。 終生、とまではいかないまでも、戦いが終われば、しばらく絶縁だろう。 その、なんだ、人間として純粋に好きだとか愛してるとか、もう、そういう感情は抱けないだろうよ。 マルギッテとの立合いにいきなり割り込んで、説教を垂れてきた癖に、お前は一体どういう了見なんだ、とか。 これでも結構、根に持ってるんだ。


――……ただ、なんというか、お前たちと違って、私とワン子は、一年ほど多く直斗と付き合いがあった。 武道の腕前はともかくとして、その間での印象を言えば、真面目も真面目。 やれと言われたことはやる。 やるなと言われたことはやらない。 そして、やると言ったことはやる。 やらないと言ったことはやらない。 一本気というやつだな。 そりゃ、我らこそ武林の頂点、と自負する天下の川神院だ。 今のところ堅物のルー師範代が全体の引き締め役で、そういう芯の通った奴らに集まってもらわなきゃ困るわけだが、逆を言えば、他の僧とも見劣りしない、直斗のそういう姿を、季節が一回りするくらいには見てきた。


――加えてだ。 こうして日を置いて、冷静に考えてみれば、私、プラス千人以上を相手取るわけだろ? 異様にして急激な成長を遂げたらしいというのはさて置いても、いや、その心意気ばかりは、褒めてやらんわけにもいくまいさ。 ただ、其処に至るまでの筋道やら道理やら動機やらが、私に、私たちに、到底許されないというだけだ。
 
――だから、男気があるかないかで、大和をあれと比べるのは、酷な話だ。 土俵が違う。 

――人間誰しも、大なり小なり、目的のためにプライドを切り売りするものだが、少なくとも、譲れない一線は直斗のほうが前にある●●●●

――でも、その分、大和は融通が利くし、何より一緒に居て、私はとても楽しい。




          ――そういうふうに見れば、全く良い“弟分”だよ。 あいつは。













「俺はね、姉さん。 川神百代に、この戦いから、男として認めてもらいたいんだ」



京から突然、その内容が書かれたメールを受信した直後は目を疑った。

どういう心算があって京が聞き出したのかは、推して知るべしというものだったが、なんにせよ、姉さんのそれは早急に拭われるべき俺への固定観念だった。

舎弟という立場に、胡坐をかいていた事実は否定しようもなく、また、俺の“やり方”に理解を示していても、“正攻法”が好ましく思えるのは当然のことである。

知ったもん勝ち、騙したもん勝ち――、それを善しとする俺と、正攻法で同じものを得ることのできる人物。

ああ、そうさ。 

確かに、それには勝てないだろうよ。





けれど、



「姉さんは、忘れたと思うけど。 思い出したことがあるんだ」








――舎弟というのは、いいものだな。 フフン、お前が凄く気に入ったぞ、大和。 私にどこまでもついてこい!

 ――やだね

――む?

 ――どこまでもついていくんだったら、ずっと姉さんの後ろにいるのはごめんだ。 並んで歩きたいんだ。 俺は。

――……並ぶ、とはな。 しかし、お前、武術で私に歯が立つわけでもないだろ?

 ――でも、頭には自信があるよ。 顔の広さも、人付き合いもね。 だから、チカラで姉さんに勝てないなら、アタマで姉さんと並ぶ男になってやるさ。

――ははっ、そうか、私に並ぶか? だが、生半可ではな。

 ――うん。 でも、それでもやるさ。 そうだね、まずは手堅く総理大臣とか?

――そーり? 何を言いたいだ?

 ――ああ、それは、例えとして。 うん。 どんな形でもいい。 この国を動かして、変える立場を目指すってこと。






――……なるほど。 それぐらい、おおきな、おおきな男になるってことだな? 





 
遥か昔、おぼろげな記憶のなか、確かに聴いた覚えの有る言葉があった。 

その掠れかけた約束、確かに結んだ誓いと、土壇場で俺は対面を果たしていた。



「直斗は俺が倒す。 だからね、姉さんには、あいつと拳を交えないで欲しい」



ただひとつ、自分の立ち位置が明確に示されたのは大きかった。

要するに、俺の策が人脈が、正攻法でくる奴よりも遥かに大きな冥利を獲得できればいいって話だ。 



「勘違いしないでよ、姉さん。 別に、戦うなって言ってるわけじゃない」



上空を仰ぎ見れば、百メートルほどの高度を維持して旋回するヘリコプター。 

腹に響くローター音。 陸上自衛隊仕様の大型輸送機、CH-47Jのシルエット。





大戦開始、そして、四天王揃い踏み●●●●●●●まで、残り十秒――。






                  ――――姉さんも、俺が倒す。





一息に言って、耳元に当てた携帯にゴーの合図を送り、姉さんの凝視をついに笑顔で受け止める。







悪いけどな、直斗。 

たったひとりのお前に、姉さんを満足させるなんて、できるわけないだろ。

言葉を交わす、その暇さえ与えてやるもんかよ。


 








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