『陰口をきくのはたのしいものだ。 人の噂が出ると、話ははずむものである。 みんな知らず知らずに鬼になる。 よほど、批評はしたいものらしい。』
―――小林秀雄
【速報】俺達の夏休みが早くもスタート!
―――夏休み突入したわけだがおまいら
―――甘いな、俺なんか生まれた時からsammar vacasionなのだ
―――お、おう…
―――>>2 ちょsammarとかw 早速今日の踏み絵ktkr
―――さすがに釣りと思われjk いい歳してつっかかんなよ
―――俺達の風間さんが夏は沖縄って騒いでたわ滅亡しろ 誰かあの腐的なチート主人公補正どうにかしてください
―――はたから見てても羨ましいよな むしろ清々しいよ、アレ含めたFの九人組
―――新加入の面子に栗とか尻とか、なんなんだよorz……
―――筋肉そこ俺と代われ、マジで
―――あれ九人? 八人でなくて?
―――>>10 裏板は初めてか? まずは風間ファミリー(笑)スレのテンプレ読んで来い なんか居たじゃん、チビじゃなかったらエロゲの主人公になりそうなのが
―――なるほど、ギャルゲエロゲその他ADV御用達の無個性プレイヤーキャラ的な奴がいるのか
―――つまりは俺たちの分身、ここに巣食う魑魅魍魎の妄想が結晶具現化し(ry
―――ナ、ナンダッテー!?
―――>>10 師岡な、俺普通に喋るけど一度聞いた感じだと幼馴染ェ……だが安心しろ、あれに女押し倒す度胸ねぇよ
―――むしろ押し倒されそう……
男に。
―――アッー
―――ウホッ
―――どっちかっつーと、エロゲはエロゲでもntrゲー主人公
―――なんだろう。 あるあ……ねーよ、とも言えないこの悲しさ……
―――メインヒロインは京タソとか名前を言ってはいけない例のあの人とかですねわかります
―――これ以上ないほど特定余裕ですた
―――ヴォルデモモーヨさんオッスオッス
―――おい、そっちに修行僧いったぞ
―――あの二人と直江の絡み間近で見て何とも思わないのかね>師岡含め他男性陣
―――とりあえず風間はテンツ疑った方がいい
―――そう思ったほうがこちらの精神衛生上よろしいなw
―――直江君のあの絶妙なポジショニングには脱帽です爆発しろ
―――憎めない憎い奴だけど、なんだかんだで旨い汁吸ってそう
―――……し、汁、だと? はい先生それってどんな味ですかどこから出てr
―――嫉妬厨乙、ピンキー池馬鹿野郎ども 夏休みスレだっつーの
…………もうやめてください、本当にもうやめて、お願いっ、なにも、もう何も聞きたくないんだっ
―――マジレスか……いやすまんかった
―――気持ちはわかる、涙拭けよ。 そのべったべたの鼻汁もな
―――あ~あ、リア充見てると胸が苦しくなるわ 俺の人生どこで狂ったんだろうな
―――いいじゃん、今年は。 なんか知らんが基地外が沸いて、おかげで毎朝スパッツ視姦しながら山登りできんだからよ
―――兎跳びは反則だおハァハァ
―――だな。 最初は拷問だったが、速く走れば走るぶんだけ、先頭で跳ねるリトルピーチがビッグになってく事に気づいた俺に死角はなかった
―――そこに気づくとはやはり天才かっ……。 というか、もしかしてお前、毎回俺とデッドヒート繰り広げてる?
―――>>29 晒さないで/// というかアンタも天才だったことを自白したわけで
―――>>30 おkおk把握 やれやれ、お互い大変だよな どう足掻いても、涼しい顔の下で必死こきまくってるっぽいタッちゃん副隊長の前には決して出れない訳で、ここにも幼馴染補正が(ry
―――まあなんだかんだで青春してる感はあるよな
―――実際午前中は大概暇だし、体起こすには良い感じだ。 直江の受け売りだけど
―――そして健康系微乳妹どストライクな俺は昼からメシウマだ ……あ、色々垂れ気味っぽいお姉様は結構d
―――そしてその後、>>31の行方を知る者は誰もいない
―――犠牲者は増える一方だな
―――皆さん訓練されてますなー
―――ワン子ちゃんペロペロ
―――クリ吉ペロペロ
―――S組ザマァww
―――>>26 基地外っつーか、うん。 真性DQNだよなあれ
―――マジレスすると、モモ先輩ファンとしても直江に味方するのも已む無しって思えるくらいひどい
―――モモ先輩は諦めろ 直江大和に先んじて先輩の舎弟になれなかったのが運の尽き 正直あのカップリングは公認みたいなもんじゃん 双方満更でもなさそうだし 付き合うつもりないのに耳たぶアマガミってどんなエロゲだっていう話だ氏ね
―――うるさいカプ厨失せろうるさい。 夢見たって、いいじゃねえかっー
―――じゃ京さんは僕がもらっていきますね
―――しかしあのシリアスな場面で島津がズッコケたのに一瞬笑っちまった
―――クリ吉の柔肌に手を触れた。 即ちあやつは万死に値する
―――っていうかお父様が戦車で乗り込んでこないのが不思議でたまらんのだが
―――キッスぎりぎり 番犬○さんが居なくなったのを見計らったような暴挙であった
―――学長が揉み消してんでね? 一応あれでも川神の弟子wらしいし
―――持つべきものはコネですかああそうですか
―――コネと言えば、結局S組参戦の件
―――予想されてたけど、冗談抜きにして燃える
―――戦力差も実際わかんないらしいし
―――矢車フルボッコタイムでないの? ソースどこ
―――ん、大和と今メールしてた。 長々言ってたけど要は外様の助っ人が不明ってことと、ルール鑑みて大戦中に大規模な裏切りもありえること。 今のところどちらの手の内も不確定だから戦況は五分五分と見るべきらしい。 先にネタ掴んだ方が勝つって張り切ってた。 親しく友達やってるつもりだからな、素直に応援しようと思った。
―――自分語り乙
―――Sといえば九鬼もそうだが葵もいるしなー。 こりゃわかんねぇぞ
―――直江軍に生徒ほとんどが参加してるように見えて、そん中のそれなりの人数はspyってこともありえるわけ
―――いやでもさー、こっちにはビーム撃てる先輩がいるわけで、結局は殲滅戦で終わりそう
―――そのへんは軍師さんがどーにかこーにかおもろくするんでね?
―――榊原さんに蹴られたい。 それが直江に与する俺のジャスティス
―――全誠力ニモオヨバナイモンダトナー
―――全精力だろ言わせんな恥ずかしい
―――もうそのへんのくだりは許してやれよ お前らだってあったろ、そんな時代が
―――いや絶許
―――にしてもあのDQN、ど~んな夏休み送るんだか
*
無月の、夜だった。
辺りの森林と、大地を各々仲良くわかちあっているような、環境と見事な調和を醸すログハウスを発った板垣天使が沿って行く方の川岸は、傍らから立ち昇る水気を吸い鬱蒼と生い茂る緑を左手にして、ずっと上流のほうに灯りが燈っているだけで後は闇だった。
見慣れたコンビニエンスストアの冷え冷えとした電光も、古ぼけた自動販売機が投げかける白茶けた色彩もそこにはなく、少し赤みがかった、見るだけでこちらに暖を投げかけてくるような橙の光芒を向こう唯一の目印として、天使はLED電灯を片手に歩みを続ける。
夜気は生温く、足元の闇の底のほうに白いものが漂うように見えるのは、川霧が湧いて地上に這い出ているからだ。
その広範囲が同じような色の濃厚な化学スモッグに覆われる川神南部の重工業地帯の一角に板垣家は居を構えているが、それでも舗装された路上を行き来する生活を送ってきた身。 拳大の小石というより小岩が敷き詰められた河原には、日中でさえ足を取られやすいもので、今現在のコンディションではどうだと問われれば、返答するのも何を況やである。
「ああ、うざってぇなっ」と頬の血を吸いに来た蚊の気配に平手を食らわせた。
一刻も早く中に戻りたい天使は、立ち止まって大声で呼びつけようとも考えたが、それが先日徒労に終わった事を思い出して、うがーと奇妙な唸り声を上げて砂利を蹴る。
周りの音も聞こえなくなるほどの集中は結構だが、いくらなんでも、こんな夜まで寝床から二百メートルはゆうに離れた水流に身を浸しながらの鍛錬など、馬鹿馬鹿しいにも程がある。 いちいち呼びに行く身にもなりやがれ。 師匠も師匠で、むしろ日中に、夜の孤練の余裕すら奪い去るくらい徹底的に痛めつければいいのだ。
食器洗いに勤しむ使用人に呼びに行かせるのは忍びない、という遠慮はこれっぽっちも持ち合わせない天使であったが、これは釈迦堂の命である。 決して断じて全く以って、駄賃代わりの食後の甘味なるものに釣られた訳では、ない。
発光分の気体燃料を絶えず供給し続けるガスランプ特有の、蛇の啼き声のようにも聴こえるLPガスの注入音が耳に入る。
しな垂れかかるコメツガの枝を掻き分け、やっとのことで件の男の姿形が視認できるところまで至り、「おい、コラ」と皮肉文句の一つや二つ、言い聞かせてやってもよかろうと呼びかけた瞬間のことだった。
注視していた水面に浮かぶ人影の半身が、漆黒の中ぶるりと震え歪み、ずるりと、そのまま溶け落ちたように思えた。
在りえない、起こりえない怪異である。
脊髄に水雫一滴を直接垂らされたような感覚に鳥肌が立ち、
―――あ、こ、これってアレか、狐につままれるってやつ……あれ、つつまれるんだっけ? ていうかアイツどこ!?
と脳が働きだして自分の眼を疑うやいなや、
「……ぬ、ぬぁあああっ!?」
瞬間、銀の飛沫が燦然と輝き、霧の瀑布が黒い水面からこちらに吹き抜けてくる――――――
これ何十インチ?な大画面の薄型テレビ、CMで見たうるるでさららなクーラー、でかくて柔らかいソファとベッド、旨くて美味い朝飯昼飯晩飯。 食器洗いどころか掃除の必要すらなく、脱ぎ散らかした衣服はいつの間にやら洗濯され、たっぷり糊が効いて就寝前の寝台の上にショップたたみで置かれている始末だ。
修行という名目でこの辺鄙な山奥に来ているとはいえ、実際に天使が外で体を動かすのは一日にせいぜい五~六時間といったところ。 釈迦堂が教義が一つ、「好きなもんを好きなだけ」は、間違いなく実践されていた。
空いた時間は、ほんの少しだけ真面目っぽい師匠や、時折“起きた”状態の二番目の姉――板垣辰子相手に、逃げに徹すれば小一時間善戦できる程度の実力が発揮されるさまをバルコニーから眺めたり、たまに来る頭がお花畑っぽいピンク色のゲーマーと格ゲー三昧。
板垣家に限らず人の欲が大きく曝け出される季節にあって、書き入れ時に職場を長く離れられない一番上の姉――板垣亜巳は、それでも三日に一度の頻度で様子を見に来ては、ちゃっかりその日の昼と夜の食卓に並んでいたりする。 交通費は馬鹿にならないが、それを差っ引いても余りあるもてなしだ。 稽古相手――曰く、其処此処においそれと転がっていない心身ともに頑丈そうな被虐者を、それなりに気に入ってもいるらしい。
どことなく、自分というか、板垣三姉妹全員に共通する性分のようなところで“しんぱしー”とかいうヤツを感じられずにはいられない釣り目のメイドが、野球中継の時分にやたら騒がしくなる事以外に不満らしい不満も無く、生涯で随一なくらいの居心地の良さに、逆にこれはどういう詐欺なのかと本気で件の男と師匠を問い詰める事さえした。
ボロアパートで荷造りに勤しむ三姉妹を前にして、暑苦しい山奥なんぞで更に修行と聞いては、小馬鹿にして誘いにも乗らなかった兄の竜兵はいい面の皮である。 此処に乗り込まれると恐らく色々と面倒になるのは解り切っているので、たまに来るメールにとりあえずは「暑い。足痛い。虫キモい。はよ帰りたい(泣」と適当に返信して、うっちゃっておく。
さて、朝から晩まで肉体を痛めつける目の前の真性のマゾヒストが現在天使が享受する奢侈を都合した事には、まあ感謝してやってもいい。
しかし、その度々の刹那的欲求を第一に考える天使の口を以って言わせれば、「“それ”と“これ”とは話が違う」のである。
そう。 ――――たとえば檜の香が薫る大浴場で気持ちよく汗を流し、世界が嫉妬するらしい髪になった後に、生臭い冷水を頭から爪先まで全身に余すところ無くぶち撒けられた日には、特に。
……必定、板垣家が三女――板垣天使はもはや、咳き込みながら沢蟹を岩場に戻す矢車直斗の顔面に狙いを定め、そこに足元でぴちぴちと痙攣し続ける鮎おぼしき物体を叩きつけるより他の処方など、何一つ思いつかなかった。
*
冷たい淡水が全身を包む。
チリチリ……と鼓膜を圧迫する水圧の音が聞こえ、すぐに高血圧気味の頭が痛み始める。 つい連鎖的に肺の中の酸素を音にもならぬ呻きと共にほとんど吐き出してしまった。
直前に放った“奥の手”の一つのために、両耳の半規管、前庭が共に一時不調に陥っているようで、前後上下左右の感覚は消失し、とかく流動する水の中では、腰丈ほどの深度といえど、この体調では人が溺れる事もさもありなんというものだった。
加えてこの闇夜だった。 どうやら唯一の光源だったランタンの灯は今の拍子に転げるかして切れてしまったらしく、自明として視界は黒色で塗りたくられていた。
視覚が封じられ、平衡覚さらに回転覚をも狂わされ、酸素の供給も断たれた刹那の恐慌の中、無我夢中、出鱈目に振り回した両手足によって取っ掛かりを探り当てる。 それが何かを確かめる余裕は無かった。 とにかく本能的に、握ったまま離さずにいた鈍らを片手にもう一方の手で手がかりをつかみ、渾身の力で引き寄せる。 苔か藻が張り付いた岩に手を滑らせ足を滑らせ、なんとか水面から顔を出すことに成功する。
貪るように空気を吸い、五感が一挙に鮮明になった直後に盛大に咳き込んだ。 肺や胃の中まで達した水が涎や鼻水と一緒に吐き出され、ひとしきりむせ続ける。 ああ今のは本当に不味かった。 やはり夜の河川というものは、油断ならない。
……どういうわけか孤練をするなら、と釈迦堂は俺に川の内での鍛錬を断行させる。 この丹沢に来てから一日も欠かしたことは無い。 単純なフィジカル、体幹感覚の強化が主目的ではない、ような気がする。 果たして如何なるカラクリがあるものかと、不器用者なりに察する努力を惜しんではいないつもりだが、未だ報われていなかった。 それどころか気管に入った水に肺を灼熱させられて、理想を抱いて溺死するところだったのだ。
まあ、しかし今のは全面的に俺の過失であった。 今日一日の疲労が積み重なった極致にあって、真下の水面に向かってアレを振るう暴挙に出たのは、気まぐれとしか言いようがない。
下半身が水に浸かりっぱなしでは低体温症になる危険があるので、時折岸へ上がって小休止を取ってきたが、そのような用心を働かせる冷静さも、この疲労の前には霞んでしまったようだった。 結果の予測を怠ることは、兵法に照らしても下の下だ。 反省しよう。
院を出奔時に有難く頂戴した小笠原印の和菓子で消費血糖を補填、いらぬ脂肪摂取を避けつつ血圧を上昇させる漬物蒲鉾を挟んだ食パン一斤分という最強コンボを岸辺に置きつつ臨んだ本日夜の個人修練は、ここで仕舞いと相成った。
今の転倒で柄部分に引っついた親指大の沢蟹を岩場に落としこむと、目端に過ぎった飛来物にシュタと手を掲げた。
キャッチ、アンド、リリース。
三拍子を踏まれた要領で、あらぬ方向から飛んできた稚魚は川に復す。
同じ按配で「テメー、このマゾマゾ野郎っ」と、同方向から飛んできた罵声は夜空に還る。
「……」
――居たのか。
見れば、濡れ鼠の様相で両肩を抱いてぶるりと身震いしながら睨む天使だった。
どうやら溺れかけた不覚は気取られなかったようだ。 気取られたからといってどうという事もないが、口さがない事この上ないこの年下に、間抜けなところはやはり見せたくはない。
「何か用か?」
夕飯の分け前が減るような真似を彼女が進んでする筈がなく、もはや夕飯時という時刻でもない。 食卓へ俺を相伴させる為に来たわけではあるまい。
酒の酔いにほだされた釈迦堂曰く『ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられんっ』を地でいく彼女らの食事風景は記憶に新しい。
高級カルビが、牛タンが、ハツが、モツが、ホットプレートの直上で竜巻のようなカットバックドロップターンを鋭く決めながら踊り狂い滞空し、それを巡って何対もの箸々が激突を繰り広げ、火花を散らす……。
初日のこのバトルに、時間と労力の明らかな空費を感じ取った賢しい俺は、ベニさん(久遠寺のメイドの一人、朱子)へ以降の俺の食事は別口にして貰いたい旨を即刻具申した次第だ。
衣食住の全てにおいて、もたらされる厚意の数々に、ますます久遠寺家には足を向けて寝られなくなってしまった。
「何か用か、じゃねーよっ、ウチのぷりちーな寝巻きが台無しだろうがこの野郎!」
「それはお前のじゃない。 未有お嬢様からお借りしているものだ。 ……ああ、そう考えれば本当に済まない事をしたな」
「てめぇ……それ、真剣で言ってんじゃねぇだろうな? あ?」
ああ、良かった。 ゴルフクラブの類は持ってきていない。
あのチャーシューメンアタック、人体頭部への撃ち抜きフルスイング護身術(笑)は、今の鉛の体で避け切れるか微妙なところだ。
舌を出して苦笑いでやり過ごしながら岸辺に上がり、「悪かったな」とボストンバックにあった七浜ベイ背番号2のロゴが入ったタオルを投げ渡す。 あいにくフェイスタオルだが、無いよりマシだろう。
憎まれ口に天邪鬼で返したやりとりは、これで何度目だろうか。
気兼ねのしない、こいつとの喧嘩にならん程度の“ジャブ”の撃ち合いは、ひどく懐かしいようで、それでいて新鮮で、その心地よさがこそばゆくて、そのこそばゆさが心地よくて。
「へへ、ありがと♪…よぉおおっとぁッ――!! ヒャッハーッ、ざまぁww!!!」
だから、まあ、その、なんだ?
だから、彼女の溜飲を下げるために、一発くらいあの『天使のような悪魔の蹴り』を叩き込まれても構わないくらいの余裕はあった。
だから、その過剰な勢いから再度水流に身を投げ出された自分の無様にも、綽々と笑みを浮かべていられるくらいの度量を持ち合わせてもいた。
だから、この一年、風間ファミリー向けに造り慣れたその『天使のような悪魔の仮面』のまま油断を誘い、電光石火の早業で踝近くの裾を掴み、河童の如く彼女を水中に引きずりこめたわけである。
*
岸に上がろうとする手や足や袖や裾の引っ張り合い。 その戯れが一段落して、帰りの途につく。
なるたけ絞ったとはいえ、やはりたっぷり水気を吸ってピタリと体に纏わりつくようになったスウェットをものともせず、絶えず数歩先を往く天使の背中を、俺は見つめていた。
両手を腰の後ろで組み、膝をほとんど曲げずに、すらりとした足を交互に投げ出すように、のんびりとハナ唄を吹かしながら砂利を踏みしめてゆく挙措は、歳相応の女子のそれで、先ほどののいがみ合いなど、もはや忘却の彼方。 無意識に頬が緩んだ。
度々の恨み辛みを、今のアトラクションのようなものであっさり代謝できる。
いわば“心を洗濯する”という作業において、彼女の素質は群を抜いているだろう。 こういう才覚が百代にもう少しあればなと、切実に思う。
大和への教導、証明と並列して、百代のそれを補うための川神大戦でもあるのだが、さて、どうなることやら。
規則的に揺れていた蜜柑色のツインテールが一際大きく弧を描き、透明の雫が振り撒かれた。
チロと剥かれた八重歯の白がきらめき、振り返られて、前触れなく合わされた屈託のない視線にどきりとさせられる。
「なんか、さっき変なメイドが来てよ?」
少し仰け反ってしまった体勢と気を取り直して、ほう、と内心で唸る。
さて、メイドというからには男装バトラーの南斗星さんではなかろう。 加えて勿論、天使はベニさんとも既に顔合わせは済んでいる。
「もしかして上杉、……美鳩さんが?」
久遠寺森羅の婚約者、上杉錬の姉にして、久遠寺家の次女、久遠寺未有の世話役筆頭の彼女以外に、俺には心当たりはなかった。
「……あー、ネーミング的に多分それ。 なんか軽くガンつけたら、くるっぽくるっぽ言い始めた」
一瞬引き攣った口端を見て取って、「んで、鳩デコピンでも喰らってきたか?」と、そ知らぬ顔で呟いてみる。
「いっ、」と反射的に額を押さえ、眉をへの字に天使は固まった。
図星のようだ。 またもニヤつきが自重できなくなってくる。
「ふふん。 あの人の北都鳩拳は俺でも見切れん。 なに、気にすることはない」
「オ、オメーが偉ぶれることじゃねーよっ」
ロリコニア、ショタコニア、さらにシスコニアと同次元に在るといわれる国、ブラコニアの国技たる北都鳩拳の奥理は、ひとえに弟への慈愛である。 なるほど、愛ある拳に防ぐ術はなし。 相手は死ぬ。
どうやら天使は、手荒い挨拶に手痛い愛殺法を以って返されたらしい。
一人っきりの弟がもうすぐ婿に行ってしまうという悲喜こもごもの感情のうねりも加わった指突の威は想像を絶する。 川神流・指弾弐式にも匹敵しうるのではなかろうか。
「な、なんかあいつ、師匠の声聞いたら急に不機嫌になって、そんで……ブツブツブツブツ」
「んで、結局なんなんだ?」
シュンと音が聴こえてきそうな、いじらしくアヒル口でうな垂れる姿に、先を促す言葉をかける。
「んあ……っと、そうそう。 んで、なんかそのメイドが、採寸がどうたらって……。 師匠に聞いたけど、お前、マトイ造んだろ? 夜露死苦とか愛羅武勇とか天下無双魔阿斗戦覇者とか震天裂空斬光旋風滅砕神罰割殺撃とか背負いながら暴れるってのは、昭和なロマンだな~、オイ?」
いつもの調子を取り戻した後半の冷やかしの口調に胸をくすぐられたが、マトイ――俗に言う特攻服のことで、まあ広義的に解釈すれば、俺が準備するのもそれで間違いはない。 ご指摘の通り、デコレーションも入るしな。
「呼び出しは、それか。 いや特攻服というか、実用的なコスプレ、みたいなもんだ」
「んだよそれ?」
「見てのお楽しみ。 一週間もすれば仕上がるらしいし、お披露目はそのうちな」
「はっ、メイドインメイド。 いいフレーズだぜぇ♪」
痛いところを衝かれて、思わず顔をしかめる。 だがこの負い目は、笑って誤魔化してはいけないものだ。
食費光熱費等々の金銭面の埋め合わせはした気ではいるが、使用人の派遣に関しては別である。
「都合良く世話をかけてるのは承知してる」
「言っとくけどウチらは遠慮なんかしねーからな。 セレブセブンティーン舐めんなよ……けけ」
「構わんよ、お前らが我儘言う分にはな。 久遠寺のほうも納得ずくだ。 むしろお前らには、申し訳ないと思ってる」
それを合図に、いつの間にか止めていた歩みを再開する。
「申し訳ないって、何をだよ?」
「師匠取っちまって、あと、こんな山ん中まで引っ張ってきちまった、とかな?」
「なんだその疑問系。 つーかウチら、迷惑かけてもかけられてる覚えはねぇよ」
「それでも、俺の都合でお前らを振り回してる事は変わらない。 ……お前らが困らないからとか、得してるからとか、そういうのは別として、それでもスジってもんがある」
一昔前の任侠映画のようなセリフに、我が事ながら“痛い奴”だなと思う一方で、いま言った言葉を信じ続けているからこそ、それは待ち受ける闘争の原動力たりうる。
続く天使の返答には意識を向けず、待ちぼうけを食っているだろう美鳩の下に一路、足を速めた。
そうして装束を拵えた後には、戦うべき理由を、より深める事になるだろう邂逅が謀略が、間近に迫っている筈だった。
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アニメ:ギルティクラウン、シュタインズゲート、Fate/Zero
ゲーム:シュタインズゲート、シュタインズゲート~比翼恋理のだーりん~、Fate/stay night -Realta nua-
小説:シュタインズゲート円環連鎖のウロボロス①②、Fate/Zero①②③④⑤⑥
その他:シュタインズゲートドラマCD α「哀心迷図のバベル」及び同名β「無限遠点のアークライト」
この二ヶ月で購入し、視聴及び読破した作品の名を以って、遅筆の理由とさせていただきます…
虚淵テキストのおかげで厨二描写に強くなった、気がする。
そしてエクシリア2発売確定!
ヒロインは八歳児♪
キャッチコピーは「少女のために、世界を滅ぼす覚悟は在るか?」
……どう考えてもテイルズオブロリコニアだよ爆発しろっ