『人わぁ、平等ではない。 生まれつき足が速い者ぉ、美しい者、親が貧しい者、病弱な体を持つ者、生まれも育ちも才能も、人間は皆ぁっ、違っておるのだぁ。 そう、人は、差別されるためにある。 だからこそ人は争い競い合い、そこに進っ歩が生まれる。 不平等わぁっ、悪ではない。 平等こそが悪っなのだ。 権利を平等にしたE~U~はどうだ? 人気取りの衆愚政治に達しておる。 富を平等にした中華連邦わぁ、怠け者ばかり。 だがぁ、我がブリタニアはそうではない。 争い競い、常に進っ化っを続けておる。 ブリタニアだけが前へぇっ、未来へと進んでおるのだぁ。 我が息子クロヴィスの死も、ブリタニアが進化を続けているという証。 ……戦うのだぁっ! 競い奪い獲得し支配しぃ、その果てに、 み゛ら゛い゛がぅあるッ!! オォゥル・ハァイル・ブルィタァァニャヤア!!!』
―――シャルル・ジ・ブリタニア
BGM①:ラブ川神
井(ハーイ、エブリバディ? 昼休みを満喫中の生徒諸君、先日の七夕には何を願いましたか? 毎週水曜恒例の校内ラジオ、LOVE☆川神、はーじめーるよーっと! ……パーソナリティは、短冊に『どうしてもかなえたいひとは、このでんわばんごうにでんわして、やさしくおねがいをささやいてね(おんなのこだけ)』と書いて、川神院の笹の、幼子の背丈ぐらいの高さのところに、わりとガチで何枚も吊るしました井上準と)
百(『酒池女林』と書いて、これから照る照る坊主も兼ねた人間短冊を屋上から吊るす川神百代だ。 みんな喜べ、逆さまに吊るすから、明日は空から美少女が雨霰と降ってくるぞー、いえいっ!)
井(うぅ嘘嘘っ、じょじょ、冗談っすよ先輩、言ったじゃないっすか掴みの冗談って……。 話だいぶ盛ってます盛ってます。 俺は一枚しか吊るしてないんすから)
百(氏ねっ、というかほんと死ね)
井(うわ、安易な気持ちで死ねとか言うとかー、)
百(いや、安易な気持ちで死ねとか言うとかー、思うなよ?)
井(うぇぇぇぇぇぇえっ)
SE⑧:ドカッバキッ
井(……はいっ、リスナーの皆様お付き合いありがとうございました。 そんなやり取りが昨日の打ち合わせでありました。 後の顛末はご想像の通りです、はい)
百(いやぁー、なかなかおんにゃのこ降らなかったから、今日襲ってきた不良さん達にも橋の上から手伝ってもらったんだが、うん、効果、今のところないにゃ~)
井(はい、昨日も今日も我らが武神は平常運転とのことでした。 んじゃ尺もないんでサクっと行きまっしょい。 早速、お便りのコ~ナ~)
百(お~う)
SE③:ドンドンパフパフ
井(今回のお便りのコーナーは、先日たくさんのご応募により消化し切れなかった「百代姐さんに、どんとこいっ」の続きとなります。 まあまあ、このところはいろいろとありましたからねぇ。 ずいぶんとモモ先輩大丈夫?な内容が多くを占めていましたが、それについては先輩、なにかあります?)
百(うんうん、あの時は凄く落ち込んでな~、いやぁ私ほんと困っちゃって思い出しただけで泣きそうに……と、美少女的抱擁要員鹵獲作戦のダシにしようと思ったんだが、さすがにそれは人としてどうよってことで、自重~中~)
井(アンタ、人に散々心配されといて何考えてんですか)
百(ま、さっきこのハゲも言った通りだがな、私は至って絶賛平常運転中だ。 なによりほら、夏休み終了間際に例のイベントだろ? 思う存分戦えって、あの口煩いジジィから久しぶりに許しが出て。 まあ相手もそれなりに楽しめそうで、いやいやむしろ松風じゃなくてもオラワクワクスッゾ状態?)
井(いや~無駄にテンション高くて、今回ツッコミしにくいわ、この人。 んじゃあれ、別に平気なわけっすね?)
百(モーマンターイ。 なんて気取ってみたりして)
井(ほほう、中国広東語。 何か他に言葉知ってます?)
百(ああ、馬鹿にするなよSクラス。 知ってるさ他にも)
井(え、意外…)
百(ゴーハイニードー!! ネイカムサッ、チャウサッハラァアア!!!)
井(っつ―――痛てて……音割れてるっての。 俺、ヘッドホンで聴覚被害倍増です。 まぜっかえして悪うござんした、……ちなみに、意味は?)
百(私は此処だー、殺せるものなら殺してみろー)
井(ほんっと、平常運転っすねー)
百(ジジィの書いた本で読んだんだけど、中国でな、まだ襲名制で梁山泊って続いてるらしくてさ~。 卒業したら世界回るって前々からこのラジオで言ってたけど、手近な大陸から制覇してくとなると、一番に攻め込むのが、そこなんだよ)
井(どこの魔王だよっwwファーストコンタクトから敵意満々無礼千万じゃないっすかwww)
百(郷に入っては郷に従え、わざわざルー師範代に訳してもらったんだぞ。 無言で討ち入って殴りつけるより敬意払ってるだろ? なので今回の会話、地味に漢字熟語多め。 たゆまぬ努力をする美少女でーす)
井(ではもっとちなみに、もっと他の言葉、知ってます?)
百(ん~? 今ので中国は事足りるだろ? 次はインドだな。 ヒンディー語、誰か喋れる奴いる~?)
井(うわぁ本物だぁ…と……あーはいはい、すんません孤門先生、だいぶ脱線しましたね。 んじゃ気を取り直して最初のお便り~)
百(ほいほーい)
SE⑤:デデン♪
井(ペンネーム<戦乙女に恋する☆乙女>さんからです。 『モモ先輩は、気持ちを押し付ける恋愛ってどう思いますか。 私はマジでないと思います』)
百(おぉう。 なんかまた例の出来事が関係してそうな内容だな)
井(いや、こっちでもだいぶ絞ったんすよ?)
百(あ、リスナーのみんなー、別に迷惑がったわけじゃないからなー。 手紙は全部読んでる。 心配してくれるのはとてもありがたかったぞー)
井(これからも遠慮なくドシドシご応募ください。 まあ、あんまりおんなじ内容が続くとって話です。 さて先輩どうすか、これ?)
百(んーとなあ、まあ、私があまり言えることじゃない――)
井(そーですねっ)
百(うるさいな。 ……あれだ、相手とか周りとかに迷惑か迷惑じゃないかで線引きはすべきだろうなぁ、とは思う)
井(おお、無難なご意見)
百(無難っつーか、まあ当たり前の話? 気遣いとか遠慮とかとは別の次元で。 ちょっと本筋から外れるけど、この前キャップ……2‐Fの風間のことな。 そいつと喋ったんだけどさ、なんか同じクラスの女子にケーキバイキング誘われたんだって)
井(うわ、リア充ここで吊るし上げですね)
百(だいじょぶだいじょぶ。 くだんない外聞、気にするような奴じゃないから。 あれもそれなりの男だ……ってのは置いといて、んで、女子から奢るって言われて、そのまま奢られるってのはどうよ?)
井(ちょっと考えられないっすね。 たいていは男の沽券ってもんもあるし)
百(んで、ケーキ食ってハイさようなら)
井(あららー)
百(いやフォローしとくとだぞ? ほらキャップの性格で、まあ、そう、なることは予想できるだろ?)
井(ええ、ええ、世の中、いろんな人がいますしね。 ケーキ食うだけって言われたらほんとにそれだけって思う奴ですしね彼は。 多分、全校の方々わかってるんじゃないすかね?)
百(あいつはほら、笑えるくらい鈍感通り越して恋愛ってもんの本質を知らんから許されるけど、相手が自分に好意持ってること知ってて、こういうのやるのはダメダメ)
井(たまにモモ先輩、仲見世で餌付けされてるの見ますけど。 あれは)
百(失礼な事言うな。 たかってるって思われてもしょうがないが、私はきちんと、分け隔てなくカワユイ女の子みんな愛してる。 まずそれ前提。 それに加えて、ギブアンドテイクってわけじゃないけど、ま、誠意ってやつだな。 特別ギュッとしてやる)
井(すっげー詭弁に聞こえなくもないんですが、んーと、押しつける側にも、押しつけられる側にも、うまいよう考えられる対応はあるんじゃないかと、そういうことですか)
百(おお、そうそう、うまくまとめた。 ナイスハゲ。 キャップに置いてけくらった女の子もさ、そういう事、ある程度覚悟してたとは思うけどさー。 結論、男に絶望したら私の胸に飛び込んで来い。 以上)
井(という事です。 参考になったでしょうか? さて、ツッコめる回数にも限りがございますので、かつかつ行きましょう次のお手紙~)
百(よーし、どんとこーい)
SE⑤:デデン♪
井(……ペンネー…ん? なん――これ、ノイズ…先生これ、ひど―、ぉい―――)
ピーーーー、ガガガッ、キィィイン
―――すぅ
(きゃる~ん★ 昼食中の皆様ぁあ、ご清聴くださーい! これより、LOVE☆川神改め、記念すべき第一回、<LOYAL☆英雄様>の放送を始めまーす!!)
<手には鈍ら -Namakura- 第三十七話:畏友>
(フハハハッ、我、やはり華々しく降臨であるッ!!!)
とんとんと軽くマイクを叩き、正常に機器が作動しているか確かめてから、声を英雄は吹き込んだ。
校舎B棟、屋上に備えられた給水塔の上で仁王立ちのまま、周囲の景色全てを見下ろして、高らかに宣言を開始する。
さて本来、校内ラジオは校舎内、屋内のみに音声が発信されるという限定がかけられていたのであるが、程近い壁に外付けされた配電盤、キュービクルの配線を弄るあずみにより、図らずも屋外にも大々的に発信される事になったようだ。
屋上のスピーカー近くで慎ましく、輪になって食事をしていた数人が、突然の大音声に驚き肩を跳ね上げたのに愉快な気持ちになる。
なかなかに悪くない、嬉しい誤算であった。 グラウンドの拡声器も作動しているようで、この分では学園全体に隈なく知らしめるという目的は間違いなく達成されるだろう。
グラウンドで走り回る運動部の面々も動きを止めて、耳を傾ける様子がわかった。 その幾人かは、高きに佇立するこちらにも気づいたようだ。
目を伏せて、申し訳ございませんと詫びる従者を片手で制して続ける。
(まずは、故意に放送を占拠した事を詫びよう。 すまぬなハゲよ。 ああ、それから川神百代へ、つい五分前に学長の許可は取った。 よって我のメイドと戦う端緒とはなりえぬので、そのつもりで。 このような暴挙に及んだのは、単に、このほうが目立つと踏んだからである。 フハハ、許せ、愛すべき庶民の者どもよ)
どう思われるかは、二の次にして、なるたけ『直江大和に利するように』喋り続ける。
極力そんな思惟を抱きながらも、最初に思いついたままに口から流れた言葉は、英雄の想いそのものになっていた。
(まずは単純明快に結論から、……来たる川神大戦にて、我は、二年F組、矢車直斗の側に付くッ!!!)
迷いは、ない。
我の分は、もう直斗が、十分悩んでくれている。
(これは誰から頼まれたわけでもない、ましてや、直斗から助けを請われたわけでもない。 むしろ先日会った時には、きっぱりと固辞された。 が、その固辞も跳ね除けて、我個人の意志で、我は決意した)
(我は、あやつの友だという事を、我は勝手ながらも自負している。 友の危機を救う。 それのどこに恥じるところがあろう? 我は王道を往くものぞ!)
突風が一陣。
それによる雑音が入ったのを幸いに、風が止むまでの間、握り締めたマイクを胸に押し当てた英雄は目を閉じて、マイクを持つ手とは反対の手の指先を、額の十字傷に乗せて、思い描いた台詞を反芻する。
次いで、企みを伝えた昨日より、いまだそれを承服しかねている意志をありありと示す複雑な表情のあずみに、そっと目配せする。
慌てて顔を引き締め、どこまでも、彼岸までも御供いたしますと、いささか大仰にかしずいた従者に、後々には労わなければなと内心苦笑して頬を緩め、その感傷をすぐに脇によけた。
数秒で風が凪いだ。
放送機器越しの向こう側に、ざわめいているだろう様々な感情の波が、完全に静まるのを待ってから再びマイクを口元に近づけた。
誰もが持ちうる、そして誰もが慮りによりその言及を避ける心の澱を、いまこそ剥き出しにせん。
今日の我は、庶民風に言えば、「ばいきんまん」とやらだと、ひとり英雄はほくそ笑む。
*
BGM①:九鬼神楽
英(と、まあ我にとしては、先立つのはそんな心情なのだがな。 もうひとつ理由を挙げるとすれば……、聴こえておるか劣等生ども?)
英(……いま反応した者は、少なくともその自覚はある輩であろうな、重畳重畳。 さて、我としても説教めいた事を学び舎で、優秀な教師陣を差し置いて、わざわざ言うには非常に億劫ではあるが、哀れな民を導くのも九鬼が宿命。 フハハ、甘んじてその役目、受け入れようではないか?)
忍(なんと御寛大なお言葉。 放っておけば堀之外の看板持ちにもなりかねない者どもを相手に、なんという御慈悲。 しかして、そのご心中、お察しいたします英雄様~)
英(いやいや待て、あずみ。 そのような職につく彼らとて、きちんと生計を立てておるのだ、そう馬鹿にするでない。 そう考えればむしろ、比べようもなかろう? ……うむ。 して本題だが、最近、我はな、どうしても納得できんところがあるのだ)
忍(英雄様をして理解が及ばぬ事があるとは、それはどのような?)
英(なあ、あずみよ。 あまりに馬鹿馬鹿しい質問なのだが、果たして、直斗は、何か悪い事をしたか?)
忍(は? ……ははぁ、そのような噂があるのですかぁ☆)
英(うむ。 まっこと、まっこと不思議な事に。 学園内であやつへの罵詈雑言が陰に陽に飛び交っているようでな。 我には、あやつが責められるような謂れが、どうやっても見つけられなんだが、お前はどうだ?)
忍(はぁ。 いえいえ、私にもまったく覚えがありません)
英(で、あろう? 皆目見当がつかぬ。 反対に褒められるような事なら、星の数ほどとはいかずとも両の手に余るくらいに列挙できるのだがなぁ)
忍(ええ、ええ、ごもっともです。 最近で言えば、全校集めての大立ち回りでしょうか。 随分と、胸のすく思いをしたものです)
英(まさしくまさしく。 殴る必要があったから殴り、きちんとその理由も話した。 悪い事だと思ってもいないと釈明した。 そうであれば、あやつとしては謝る必要もなかろうな。 うむ、筋道立っているであろう?)
忍(はいっ。 あっ、よろしいでしょうか? 僭越ながら私、また一つ思い出しました)
英(ほう、何だ? よかろう、言ってみるがよい)
忍(彼自身が所属する二年F組に関しても、なかなか皮肉な苦言を呈していたと記憶しております)
英(おおっ、そうであったそうであった。 自らの非を省みず、不満不平を喚くなど……だったか。 本当に賢い人間というものは、誰にでもわかる言葉で、誰にでもわかるように話すものだが、動物を使った良いたとえであったな、あれは。 言われても仕方なかろうよ)
忍(二年F組に関しては私の耳にも情報が入ってきた事があります。 あれでございます、教師に金銭を握らせて、テスト問題を直前に……)
英(な、なんと、そんなことまでっ…………………ふむ。 と、まあ茶番は、これまでとしておくか?)
忍(はい☆ 私もいくらかすっきりいたしました)
英(……さぁて。 まあ単刀直入に言って、2-Fが気に入らんのだ、我は。 まあ、今からの話は2‐Fに限らず他の落ちこぼれ達にも)
忍(ははっ、それは、いかような理由にてでございましょう?)
英(フハハハ、知れた事よ。 我らS組に対する態度が、なっていないからに決まっておろうが。 まったく、あやつらの礼儀のわきまえのなさ具合とくれば、逆に親の顔を見たくもなくなるわっ。 あのような輩と共闘など、もともとできるはずがなかろう? 先の体育大会が好い例だ、足を引っ張りおって)
忍(それについては不肖ながら忍足あずみ、全面的に同意させていただきます!)
英(傲慢だと? 偉ぶるなだと? フハハ、笑止っ。 我らは、偉いッ! 偉い人間が偉ぶって何が悪いのか、全く理解に苦しむわ。 あまりの愚かしさも可愛げかと割り切ってきたが、ここらで上下定分をはっきりさせようとも思ったのよ。 ……ああ、あずみ。 真実の不肖者というのは直斗を謗るような輩の事だ。 愚かしさを示す表現の語彙が足りなくなるので、使わんで……)
*
いくら明るく振舞っていても、平気だ平気だと言っても、直斗の名前を一切出していないあたり、姉さんも無理してるっぽい。 それなりに思うところはまだあるんだろうな、とか。
このあいだ来た千里眼の人も瞬殺してしまい、鬱憤がたまっていることもあるんだろう。 七夕にプレゼントした金魚のタケルの効果もいまひとつかな、とか。
そんなことを思って校内放送を聞きながら、粛々と弁当をつつき始めようとした矢先の事であった。
スピーカーから太い声が発され、今までヘッドホンイヤホンで怏々の音楽に耽っていた面子すら音源を注視し始める。
(いま反応した者は、少なくともその自覚はある輩であろうな、重畳重じ…)
「んだと、ゴラァッ」と弁当から顔を上げた羽黒が飯粒を飛ばしながら叫び、それを皮切りに、やんややんやと反感の声があがる……。
・
・
・
・
・
だが、当の大和は突然の電波ジャックに浮き足立ったのも一瞬、
「ありがたい……」
助かった、と安堵の溜息をついた。
それが九鬼英雄の宣言が始まってからの、直江大和の第一声だった。
「え、ど、どうして?」
ワン子の疑問に「ん、いやこっちの話…」と煙に巻いて、ひそかに風間一家情報部門担当のモロと目配せし、続く「何よー、教えなさいよー」との抗議に苦笑する。
思いのほか、遅かったなというのが本音であった。
すると、「なあ、直江。 これメンドクセェ事になってんじゃねーのか?」と不機嫌そうに眉根を寄せた顔で、ゲンさんこと源忠勝が大和に水を向けた。
「……どうかな。 あ、ゲンさん心配してくれてるの?」とお約束の一言を付け加えてみる。
「ふざけんなボケ。 ……ただ、お前がどうしても俺に本隊の補佐やってほしいって言うもんだから、これ以上厄介事は御免だって話なだけだ」
そうすると、こちらもお約束で視線を外して口篭るのであった。
まあ三分の一はこの理由だろうが、あとの二つはワン子への助け舟と純粋な心配だろう。
対して「うーん。 まあ、これでやっとお膳立て完了ってところかな」と、大和は口端を上げてみる。
「ほう。 やけに余裕じゃねぇか?」
「もともと直斗はS組、とくに九鬼英雄とは親しかったからね。 まあ織り込み済みだよ」
「いいのか? 若干名だろうが、九鬼のカリスマだ。 数十人単位は…、」
「実質の戦力集めじゃ、もう初動でこっちが勝ってるさ。 財布とか便宜関係で転がりそうなのには手打ってるし、むしろこの演説じゃ、プライド高いSぐらいしか集まらないでしょ。 というか、そうならざるをえない。 自覚か無自覚かは知らないが、予想外に英雄が悪役やってくれてるおかげで、雰囲気的に俺の軍にSの受け皿はなくなったわけだし」
「ああ、なるほど」と得心がいったゲンさんに、「Sの静観決め込むつもりだった奴らにはご愁傷様だろうなー。 当日仮病でも使わん限り、全員ボコボコにされちまうの確定だろ、これ」と、いつの間にか傍らに居たキャップこと風間翔一が、トライバルの映える真紅のバンダナを巻き直しながら、軽い調子で引き継いだ。
「それにぶっちゃけると、インパクト足りなかったんだよな。 姉さんにいいところ見せようって連中はともかくとしてさ。 バーサス直斗よりかはバーサスS組のほうが、みんなモチベーション上がるだろ? 裏掲示板にも、そうなる事もありえるよーってぼかして、モロに広めてもらったりしたけど」
次いだ「……嘘からでた、誠ってやつか? ちょっとエグイ気もするが」との呆れたような言葉には、肩をすくめた。
「限りなく確度は高かったさ。 九鬼英雄の性格を考えればな。 それに嘘じゃないよ。 ありえるよーってレベルで書き込んでるし」
まあ、後の可能性としてはワン子補正が働いて、頼まなくてもこちらの味方になる事ぐらいだったが、ここまで彼の意思表明が遅れたのは、案外それが原因だったのかもしれない。
さて、こと此処に至りては、彼我の戦力差が当日まで不透明なように偽装を施し、S組討つべし、というこの気風を保つ事が先決だろう。
一度は決起集会をとも考えたが、この分では自分のネットワークや学内の掲示板、それか校内放送を利用したほうがよさそうだ。 全軍揃ってえいえいおー、は、当日だな。
キャップ率いる黒の団にはもう男衆で腕利きのスカウトに入ってもらっているし、乗り気がいまひとつだったクリスも、食堂でこの放送を聴いたなら、白の団の練成に力を入れざるをえないだろう。
唯一の懸案は目立った動きを見せない葵冬馬だ。 この放送が葵の後押しによるものならどういう意図があってのことか。
ただの深読みかもしれない。 まったくノータッチである可能性もゼロではないのだ。
……なんにしても今の段階じゃ考えても詮無いか。 情報が少なすぎる。
「そういうところがエグイってんだよ……ったく、どこまでも親父が気に入りそうな性格してやがるな、お前は」というゲンさんのセリフを背に、折りたたんでいた携帯を広げる。
そんなふうに黒い会話が一区切りつくと、
「あ、……そ、そういうこと、ね」とワン子が申し訳なさそうな顔で少しうな垂れていた。
「ああ……いや、一子悪い。 気分、悪くしちまったか?」と、携帯の画面に気を取られていた俺がフォローするより先にゲンさんが気遣いの言葉をかける。
「ん、う、ううんっ。 そういうの、勝つために必要だっていうのは、私、わかるから」
ゲンさんに限らず、周囲の案じるような目の色を察して、ふるふると頭をふって、複雑そうに、はにかむように、それでもワン子は微笑んだ。
「それに、あのねタッちゃん。 今回はアタシ、お姉様の妹ってことじゃなくて、直斗くんの姉弟子って感じで、戦おうと思うのっ」
*
(我は気に入らんのだ、この状況を。 何故だろうな。 苦境を打破するために必死で足掻き成功した者と、何も考えずただただ漫然と無為に時間を過ごす者が、平等に遇されねばならんというこの状況を……)
……これが裏目に出なけりゃいいがな。
ま、序盤の直斗が友達云々は別として、内容としては、ほぼ学年問わずS組の総意なんだろうが。
暴れないなら暴れないならでいっそう不気味な、豊満な胸の前で腕を組み依然憮然と沈黙を保ち続けている川神百代の隣という、ある意味一番の特等席にて皇帝の意思表明を拝聴しながら、井上準は内心でひとりごちた。
耳を澄ませば、S組が周囲に対してああも露骨に侮蔑的な態度を取るのも、周囲が侮蔑すべきもので溢れているからだ、という論理を随分な高姿勢で展開する英雄であった。 いつのまにやら、S組とその他周辺へと論点がずれているのであった。
一通りの事情を知り、かつS組に在籍しそれほど馬鹿でもないとも自負する男は、このように英雄が必要以上に挑発的かつ不遜な言葉を並べ立てる理由を既に思いついていた。
英雄は、戦う理由の補強をしているのだ。
矢車直斗ひとりきりであった矢車軍を、本質はどうあれS組の代理と仕立て上げる事で、大和がより戦力を整えやすいような大義名分を与えているのだった。
全ては、そう、やはり直斗の最終的な、完膚なきまでの勝利の為に。 彼の悲願の達成の為に。
……人には、相応の分、というものがある。 それが、井上準の持論である。
若は院長の息子。 自分は院長の腹心たる副院長の息子。
だからこそ、自分はたとえ違和感を絶えず覚えていても、友である葵冬馬の凶行に従い続けている。
おそらく英雄が言いたいのはそういう事だろう。 各々の分をわきまえろ、と。
しかし言及は、それだけに留まってはいない。
『S組の人間は、相応の努力をしたから相応の分や矜持があって当然だ。 どこに非難される理由があるのか』
これを言い換えれば、相応の分を得る為には努力すべきだと、そういうことである。
求めようとする結果には努力以外の要因。 運や才覚だって関係するだろう。 だが、S組入りなど、こと高校内容の勉学に限って言えば、努力値が結果に比例することは明らかだ。
馬鹿にされるのは理由があり、ならば馬鹿にされないような理由をつくれば良い。 そしてこれはS組の態度に対しても言える事だった。
単にその事を、極めて尊大に、横柄に、高飛車に、まさしく鼻持ちならない成金になりきって英雄は謳い上げているのだった。
いかにあの宣戦が衝撃的だったとはいえ、喉もと過ぎればなんとやらも相俟って、何の恨み辛みもない直斗相手に敵対しようする一般生徒の気炎は萎んでゆくばかりだ。 それを見越しての一手だろう。
そして、英雄自身が所属するS組も含めた周囲との関係を考えれば、大戦までの、否、もしかすると卒業までの茨の絨毯を引いたのだった。
先日の観覧車での一件もそうだが存外、いや、やはりというべきか、友情に篤い男だったことがこれで証明された事になる。
そういう男を利用した俺達は……、いや、それよりも以前から立場を利用し続けてきた、いまだ後ろめたさが心に引っかかっているだろう若の心中は、いかばかりか。
「俺達は、どうするよ……?」
ブレザーのポケットに手を入れながら、ぽつりと、再び呟いた。
むつくれた百代がここで初めて視線を送ってきた気配があったが、知った事ではなかった。 構うものでもなかった。
曲げていた足を前方に投げ出した。
このところ独り言が多いなと、ぼんやりと思って、パイプ椅子いっぱいに準は背中を預けた。
もうひとつ、悩んでいたこともあった。
友達だから、制止すら振り切って、直斗のために行動する英雄。 だけど恐らく、心は晴れやかだろう。
友達だから、友の意に沿い続けて、冬馬のために行動する自分。 だけど毛程も、憂いから脱せずにいる。
考えまい考えまいとしつつも、それでも対比してしまうのは、自分の中の何かの風向きが変わったからかもしれなかった。
仰向けになった顔に、自明として正対した天井の蛍光照明の灯が当たる。
「友達の分って……、もっと、デカイもんなのか?」
その光が、眩しかった。
*
英(……我は気に入らんのだ、この状況を。 何故だろうな。 苦境を打破するために必死で足掻き成功した者と、何も考えずただただ漫然と無為に時間を過ごす者が、平等に遇されねばならんというこの状況を。 税金やら何やら今の政治にも言える事だが……、まあそこはおいおい紋に任すとして。 ……おう……ふむ。 だいぶ寄り道してしまったような)
忍(いえいえ、英雄様の有難い御言葉の数々、皆感銘に打ち震えているに違いありませんっ)
英(おお、そうか。 フハハハ、お前が言うならそうに違いあるまい。 では、もう時間も時間なので、最後に一つ……)
英(これは善悪の問題ではない。 むしろ、それを決めるための川神大戦であって、今問題なのは、大戦に向かう姿勢だろう?)
忍(仰る通りかと存じます☆)
英(願わくば、流れに身を任せず、各人の意志でどう戦うかを決意してもらいたい。 ……口だけの輩と思われたくなければ、S組の精鋭達よ、十把一絡げと蔑んできた者ども相手なら造作もあるまい。 一騎当千の心持で、自らが誇る力を存分に振るうがよいッ!!)
忍(はいっ、ではこれにて。 皆様、次の時限まであと一分少々の間、ごゆるりとご昼食を堪能くださいませ☆)
これで、無気力だったS組も含め、全校が、直斗が望むように全力で、戦わざるをえなくなった。
英雄としては、今の演説……まあ、ほとんど挑発か、の中で、非難に非難で応じるなという事を暗に示したつもりだ。
どれほどの人間が気づくかは判らない。 むしろ非難に非難を返しているのは英雄自身だともわかりきっていた。
ほとんどは直江軍増大増長の為の刺激的なオブラートに気が入ってしまっていることだろう。 ……まあそれが主目的であるのだが。
冬馬あたりはわかってくれていると思うが、あと目ぼしいところで言えば三年の、名は何といったか、確か、京極…何某だったか。
一子殿には、多分、わかってはもらえんだろう。 それだけが少々、こころに影を落としていることは事実だった。
……されども、
「ヒーローたるもの、一度は甘んじてヒールに興じてみるのも悪くはない、か」
それに、恐らくはあやつは示す。 非難に対して非難という手段ではなく、あやつの信じる道を、あやつは、かの戦場で示すのだ。
人脈、策略、姦計、奇襲。
それらを振り切った先に、あやつが至った時。
その時、百聞は一見に如かずだろうと、そうやって触れ回り、あれが我が友なのだと胸を張ることができれば――。
「生き恥を晒した甲斐があったというもの」と英雄は獰猛に笑う。
さすれば、一子殿でも、あの天真爛漫な彼女でも、いや、そんな彼女であるからこそ、なにかを感じてくれるのではないか。
それに、友を思う想いを毒呼ばわりされたままでは、たまったものではないからな。
……さて、これからは従者でも付き合わせて、それとこの夏にはお忙しいだろうが、姉上に連絡でも入れて、今しばらく途切れていた護身や拳法の手解きでもしていただくとするか。 生半可ではない激務を縫っての話だが、まあクッキーの件も片付いたからな。 どうとでもなろう。
息いっぱいに空気を吸い込んで、右肩を回す。
不思議なもので、いつもなら痺れを伴う筈の古傷の存在感は、まるでなかった。
「英雄様、この後の予定ですが」
「おお、あずみ。 お前もご苦労だった。 ……はて、今日は確か最後の人間学まで受けられたはずだが」
拡声機器を受け渡しながら、手帳と万年筆とを器用に指に挟み込んだあずみに、英雄は疑問を呈する。
「……差し出がましいかと思いますが、その」
そして、口篭るメイドの姿に閃くものがあった。
「職務を都合よく融通せんでもよい。 今日も予定通りだ。 ……あと一年半しかないモラトリアムの期間。 その中の平穏や愉快、まとめてパァッと使うのも九鬼流よ」と鼻で笑ってみせる。
直斗が見る景色に近づいた。
そうなっただけでも、悪くはない手管だったと英雄は思う。
出会った頃には、こうなる事など想像だにしていなかった。
あの忌まわしき壊乱から始まった人の関係が、こんなにも情熱をわきだたせるものとなろうとは。
「で、ですが」
「くどいぞ、あずみ。 学園での立場がなくなったところで、我には愛すべき家族も親友もおる」
直斗と違ってなと、そんな自分に似合わぬしんみりした感傷を振り払うために、もう一言、英雄は加えてみた。
「まあ、例えばだ。 たとえそやつらが我から去っていってもだ」と従者へと視線を改めて向き合う。
「我にはどうやら、彼岸まで供にしてくれるという奴が、居るらしいからな」
初夏の陽に照らされし金色の衣は風にはためいて、そうして一段と男は、燦然と炯々と輝くのであった。
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解説。
冒頭の皇帝陛下の言葉はあんまり深い意味ないです。 雰囲気合うかなあと。
ニコ動で一文ずつ繰り返し聞いて書き起こしたので、かぁぅなり忠実な若本節です。 ほとんどギャグ要員。
このごろ暗いんで、前半は苦手なコメディ入れてみました。
そして、おちゃらけ回かと思えば実はまたしても英雄無双ェ。 王道なやりとりをだいぶぶちこみました。
毎回書き終わりそうなところで気づく、どこぞのバルフレアっぷりです。 Mrブシドー出てきてたり…。
もう主人公でいいかw まあこれでしばらく彼は出てきません。 だから目立たせた感じっす。
ではまた、次回の更新で。