『最も賢い処世術は社会的因襲を軽蔑しながら、 しかも社会的因襲と矛盾せぬ生活をすることである。』
―――芥川龍之介
―――なあ、目を、開けてくれないか。
そう祈った瞬間に、奇跡は起きたのだ。
生まれて初めて、神とやらを信じてもいいと思えた人生唯一の場面である。
緩慢な動きで睫毛が揺れ、焦点が定まっていない気配はあったが、それでも、一対の鳶色の宝石が俺に煌めき始める。
ゆっくりと表情が、象られていく。
笑顔だった。
無邪気な、見るだけで心が洗われる笑顔だった。
失くしていた大切な宝物をやっとみつけたかような、晴れ晴れとした笑顔だった。
そうして、口元が動いた。
―――――やまとくんっ
散大間際の瞳孔が潤み、一滴分の涙が目の端に留まると、妹の喉の奥から人の名前が紡ぎ出された。
いっそ爽やかなまでの、その歌うような呼びかけが、希望を全て吹き飛ばした。
それが最期に残された矢車真守の心の残滓であり、そこに俺は、いなかったのである。
胸を一度、小さく上下させたのを最後に、真守の体から命の力が消えた。
朗らかな表情のまま、口は窄められたままで、瞳は変わらず「俺以外の誰か」の人影を俺に重ね続けているようだったが、瞳孔が開ききったそれは、なんの光も見出せない闇の凝縮にも見えた。
瞼を、撫でるように閉じてやった。
このときの俺はどんな表情だったろうか。
やはり悲しさに口惜しさに泣いていたのだろうか、それともあまりの馬鹿馬鹿しさに笑っていただろうか。
……馬鹿馬鹿しい?
そうだ。 全く持ってそうだ。
こいつが何をした。 矢車真守が一体、何をしたと言うのだ?
人を信じ、人を愛し、世界に対してまこと真摯であり続けた妹が、どうして?
どう報われることもなく、何でこんな、こんなおぞましく取り返しのつかない事態に派生した?
何もわからなかった。
真守も答えてくれなかった。
ただ一つ、確かなことは。
―――あいつは、来なかったのだな。
また体を川に浸して、妹だったものを清めていく。
生暖かい水に触覚が慣れ始めた頃、ぎゅうっと握り締められた拳を指一本ずつ解くと、中から色彩の粒が溢れ出してきた。
テグスが千切れるほどに握られていた手芸は、もはや原形を留めていなかった。
それほどまでに辛かったのか悔しかったのかと、水面に浮いては下流に流れていく、ミリ単位の浮き輪の数々をぼんやりと眺めた。
不意に背後で慌ただしく芝が踏まれる気配がした。
ゆっくり首だけで振り返ると、十間ほど離れたところから、和服姿の小柄な老爺が、こちらにぎょろりと目を剥いていた。
目を合わせた瞬間、状況の悲惨さへの混乱からか警戒からか、慄きの気配が薄く飛んできた。
思い出したように吹き始めた風が、耳障りなサイレンの音を運んできた。
突然襲った鳥肌に、全身の細胞という細胞が徐々に乖離するような感覚を覚えながら、陸に上げられた海草の如く、ごわごわに固まった髪の感触を右手に確かめて、妹の体を岸辺に寝かせた。
いまだ少しの温もりを残していた肌の感触が、急速に薄れていく。
それが、結果的に肉親との最後の触れ合いとなった。
ざばり、ざばり。
水飛沫の音を鳴らして水草を掻き分け、再び岸に上がって地を踏んだ。
周囲はどこを向いても闇だったが、何をしなければならないのかは、明らかだった。
妹から最後に吐かれた呟きは、しかし、俺にとって一種の救済でもあったのだ。
もはや果たすべきを果たし、為すべきを為した後の俺の虚無を埋める、確固たる目的意識を根づかせるものだったからである。
捧げねばなるまい、と。
妹の望んだ男を、送り届けねばなるまい、と。
そうして全部済んだら、今度は、俺の名を呼んでくれるだろうか、と。
―――――だが、その使命達成の途上において障害がある事は明らかであった。
立ちはだかる老爺は、俺を逃す事をよしとするような風情ではなかった。 老爺もまた戦士であった。
それから一刻に渡った対峙の中で、再び俺は鬼気を纏い、自身の血肉に備えられた全能総力を解き放つ事になる。
鋼の刃は物言わぬ。
しとどと赤く濡れそぼる枯原に、陽炎が揺らめく。
その立ち尽くす姿はまさしく、無明暗黒剣の体現であったと、老爺は後に語った。
<手には鈍ら-Namakura- 第三十五話:対峙>
久遠寺家を訪れてから三日後。
七浜みなとみらいホール前の正面ロータリーに臨むスペースで、俺は忍足あずみに先導されて、かの王と対面を果たした。
ステージが開演してもう三十分は経過したところであり、周囲にはモギリの係ぐらいしか見当たらない。
「……いいのか?」
久方ぶりに再会した硬い表情の九鬼英雄から、とりあえずといったように投げかけられた言葉がこれである。
呼び出したのはお前だろうと苦笑し、俺は初めて素で、彼に話しかける。
「森羅お嬢様には申し訳ないが、元々、クラシックやらオペラやらは苦手なんだ。 それよりは単純明快な浪花節の方が好みでさ」
あっけらかん然と言い放った本来の俺の姿に、英雄は何を見ただろうか。
渋みを増した顔からは、何をも察する事はできなかった。
早速感じ始めた居心地の悪さに「すこし、歩くぞ。 人力車は目立つからパスな」とだけ一方的に通告し、俺は向かって右手にある国際橋へと、応答を待たずに足を運び始めた。
*
修行場の一時借受については何とか寛大な処置を戴いたが、さすがに何の対価もなしというわけにはいかない。
直近の、さる演奏会における一日限りの護衛も、その中の一つであった。
チャリティーと銘打てば聞こえはいいのだが、チケットが格安となる見返りに普段の演奏会よりも来場する客層は広くなり、いわゆる良識が些か欠如した聴衆がくる事もままある事らしい。
――数ヶ月前には演奏中に武装した暴漢が出没してな。 その時は南斗星と、あと客席にいた赤いバンダナの青年が取り押さえてくれたが。
これは田尻氏の言である。
もっとも、そうした事態にも動じず、その立ち回りの最中にBGM代わりとそのまま指揮棒を振るい続けたという森羅の方に辟易としてしまう。
……さて、そのような経緯から一応は川神院拳法家である俺もボディガード的な役割を担わされ借り出されるという運びになったわけだが、果たしてそれは態の良い建前だったのだろうと今は思わずにはいられない。
もとよりホール側からの警護自体が通常より強化されており、現役の使用人達のチームワークには隙がない。
車から降りて赤絨毯が敷かれたホール内までの道、数十メートルが俺が警護らしい警護をした唯一の場面であり、それは確かに濁流をさかのぼるが如き入場となった。
黄色い声のみならず様々な、それこそ七色の声が空気を満たし、その中を何閃ものフラッシュが迸る。
ファンとの交流を大事にする森羅の意向で、一般と分かつ柵は両脇にある事にはあるのだが、道は並行する人三人がやっと通過できるほどの細さで、柵が本来の役割を果たす事はありえないのであった。
両側から伸びる手の重なりは、細長い触腕を揺らめかせる刺胞動物を想起させる。
その合間を堂々と歩く彼女の盾となるのが、田尻さんや上杉錬と共に俺に与えられた仕事だった。
ハイタッチくらいはご愛嬌とのことだが、流石に下から怪しからぬアングルで差し込まれる撮影機能付き携帯の類には容赦を挟まず、土竜叩きの要領で撃ち落としていった。
そのような趣きで確かに労働したが、それきりといえばそれきりである。
楽屋内に入ってしまえば、後は田尻さん一人で事足りるらしく、主の帰りの時間まで待機せよとのことで、拍子が抜けるとはこの事だった。
おそらくは俺に気を遣い、気分転換に「私の曲を聴けぇー!」といったところだったのかもしれないと、舞台裏への入場許可証の役割も兼ねる首にぶら下げたプラカードを改めて見て、思い至ったのがその数秒後である。
結局、その心遣いは何故か来ていた顔見知りのメイドとの遭遇、ひいてはその主によって水泡に帰してしまうわけであるのだが。
*
がらがらと喧しい音が頭上を行きすぎ、大蛇のうねりの如き高架をジェットコースターが正しく二次関数的猛加速で滑り落ちてくる。
プールへと真っ逆さまに着水すると思いきや、ぽかりと開いた穴倉からそのまま地下に潜り、また天高く上っていく。
その向こうにそびえる世界最大級の観覧車、コスモクロック21には、その名の通り、巨大な車輪構造の中央に電光の時計盤が掲げられ、煌びやかなネオンの針は六時半を示し、じわじわと回転している。
エントランスゲートに掲げられた「コスモワールド七浜」の文字を視界に入れた俺は、気後れするほど明るい園内に向かい、三人きりの大名行列の先導となって尚も歩く。
エスカレーターを上り、ワンダーアミューズゾーンへ。
お化け屋敷やら宝探しやらのアトラクションを横切り、親子連れ、カップル、近在の高校生でごった返すゲームフロアに達した。
クレーンゲームの前で母親にぐずる子供の声が響いたと思えば、
「ヒャッハー、またウチの勝ちだ!! ほら、さっさと賭金寄こせよっ、と……へへ、やっぱ遠出した甲斐があったぜ。 音ゲー関連は記録塗り替え放題だしなぁ~♪」
見知った、否、聞き知ったご機嫌な声が耳朶を打ったが、すぐにそれはけたたましいメダルゲームの電子音に掻き消える。
頭がチカチカするような周囲の喧騒に加え、これ以上にうるさい奴に構うのは状況が許さないと思い、気づかれないよう退散した。 もとより目的地はこの奥だ。
自動券売機で三人分の単発チケットを買うと、目で行く先を示す。
「高いとこ、大丈夫かよ?」
相手が以前遭遇した、現在もトラウマとなっているであろう事件の現場を思い出して放った疑問だったが「あ、ああ……」と恐らくは肯定の意の生返事が返ってきた。
横を見れば、怪訝半分、我が主を見くびるなとの憤り半分の顔をした従者がいた。 彼女には気遣い無用だろう。
休日の筈だが想像よりも観覧車の行列は混みが緩かった。 夜景の映える、もう少し日が暮れてからが盛況する頃なのだろう。
鉄網の階段に足を掛け始めてすぐに、順番が回ってきた。
淡々とした流れ作業に徹する係員でも、さすがに一瞬は目を惹かれざるをえない客だったようだ。
金ぴかのフォーマルにメイド服、俺にしたって今日は久遠寺家使用人仕様の襟付きを着ている。
しかしその注目も一瞬の事で、「いってらっしゃいませ」との機械的な声に送り出され、俺達は十五分の空中遊覧の旅に出発したのだった。
鈴なりのゴンドラの中には二つ、全面ガラス張りという誰が喜ぶのか知れぬスリリングな揺り篭が存在したようだったが、幸運にもそれを引き当てる事はなく、乗ったのは夕焼け色のゴンドラだった。
羞恥プレイ仕様ほどではないにしろ、ガラス面が広く、空調も行き届いている。 向かい合って三人ずつ、合計六人が優に収容できる広さだ。
子供の頃、山を上り下りするロープウェイという似たようなものには乗った記憶がおぼろげにあるが、こんなものだったろうか?
ふと考えてから、引き連れた二人と向かい合うような形で腰を下ろした。
「悪ぃな、手間かけて。 あんまし他人に聴かれていい話、しにきたわけじゃねぇだろ?」
「……」
開口、出し抜けに謝った俺に、英雄はどうにかといった感じで頷いて応える。 瞬きが多い。
「何をそうびくついてんだか……って言いたいとこだが無理もない、よな?」と、静池に小石を投げ入れるようにまた続ける。
だが、臆しているように見えても、彼はあくまで迂遠な表現を弄す人となりではなかった。
「……何が、あった」
そう。
その単刀直入の問いかけの答えが、全ての根幹を成しているのだろうと推理しているからこそ、彼は躊躇っている。
そうして躊躇いながらも、訊かずにはいられなかったのだろう。
そこには、目の前の人間を真摯に理解しようとする意志が根底にあり、たとえ、それが到底受け止めきれないものであっても、それでもなお受け止めようとする、進んで辛苦を分かち合おうとする、他の何ものでもない人間だけが持ちうる尊さがある。
不意に顔を上げた英雄と目を合わせられたのは二秒にも満たない間だった。
覚悟を決めた、そう言わんばかりの瞳中の光に、親父達が残した偉大な何かが垣間見え、今の俺はなんなのだろうと、後ろめたくなったからだ。
――――お前のせいじゃないからな。
一つ嘆息を挟んで、親がどうの、という英雄が持ちうる懸案を真っ先に否定して。
俺は、あらましをとうとうと語った。
こいつには語らざるをえなくなると、もとよりわかってもいた。
*
同時刻。
とある廃ビルの、屋上に繋がる階段に、直江大和は座り込んでいた。
「……で、どうだった、キャップ?」
打ち合わせた時間に着信が入ると、開口一番、大和は訊いた。
(おう、バッチリだッ。 クリス風に言えば『悪漢退治』の依頼。 上食券二百枚で落としてきた)
現場を聞けば、予想通りの場所である。
「一人あたま二十二枚か。 今回随分と高値でいけたな……。 競る相手、少なかったのか?」
(ああ。 骨法部のほうは部長が生徒会で忙しくて、あとハゲが一瞬来たんだが、なーんか仲良し組で七浜のコンサート聴いてくるっつってフケちまった。 ……あれだ、九鬼の慰めとか気晴らしに、らしいぞ?)
「……ふうん。 いや、それでも流石だキャップ。 河川敷の治安維持なんて、珍しいもんじゃねえのに」
(だろ? 期待には応えるぜ。 ま、もともとの条件が破格っちゃ破格だったんだが)
ガキの時分、件の場所は不審者変質者の出没がよく言われていたところだった。
高校入学前までは久しく訊いていなかったが、このところはまたぶり返して「住所不定無職狩り」やらが流行ってきたのだ。
ヒゲの情報では、なんでも堀之外の輩が扇動してるらしい。
(でもいいのか大和。 本当に)
「ん?」
(いやほら、このところまゆっちとかクリスとか微妙っつーかよ……。 ワン子だって、ありゃ空元気だってくらい俺にもわかる。 大戦のことで忙しくもなるし、このタイミングで依頼遂行ってのは)
リーダーの懸念はもっともだったが、こちらにも相応の理由はある。
「だから、だよ。 ……同じ敵、同じ目標に向けて、一致団結しましょうってやつだ。 早いところ手ぇ打っとかないと、喧嘩の芽になりかねないしさ。 このところ、ほんと妙なことばっかだったし」
どうやら想像以上の好意を風間ファミリーの、比較的純真なメンツから直斗は勝ち得ていたようであり、その信頼の高さが、そのまま失意による心の落下高度に上乗せされたようである。
一応、直斗と徹底抗戦で対決するという自分の姿勢にファミリー全員の賛同を取り付けられたとはいえ、はいどうぞと割り切れないのは確かだった。
ワン子やまゆっちも結局はキャップの「友達が道を踏み外しそうになったら、止めてやるのが正しいだろうが」という実に熱い言葉で頷いてはくれたが、クリスの反応は本来の彼女らしくなく微妙に薄く。
それが尾を引いて、当日に思い通りの用兵ができなくなったりすることもあるだろう。
ここはやはり、ファミリーの心を何か他の事の為に、一度、結集すべきなのだ。
直斗とは違って名も知らぬ、しかし明らかな外道に対して危機感正義感を鼓舞し共有する事が一番効果的で、更なる結束への早道だと大和は計算していた。
そして、そのタイミングは今しかない。
あと一週間もすれば大戦の準備は本格化するし、夏休みは夏休みで沖縄旅行を筆頭とするファミリーの行事や外様の助っ人の調整も入る。
ウチの女性陣は人を殴るのが一番のストレス解消だしな、と付け加えて笑うと、確かにおっかないよなぁと電話口の向こう側でも腹が揺すられたようだった。
(そっか、ちゃんとそこんとこは考えてんだな。 安心した)
「伊達に頭脳派、名乗ってないさ。 じゃ秘密基地に人集めとくから、詳しい話はそこで、な?」
(ああ、いや、あと一つ)とキャップが今思いついたように言ったのは、携帯から耳を離す寸前だった。
(本当に、このまんまでいいんだよな、お前。 俺としても、闘う事には異論は全く無いわけだが……もっかい、直斗と話合う気は)
「俺は、俺のままを貫く。 それは変わりない。 あと昨日、寮で男連中には話したけど、姉さんを譲る気も無い。 俺の生き方は、俺の誇りそのものだ」
怒んなよ、と半分慌てて半分苦笑いで返された回答に、別に怒ってないと答えると、「お前がムキになるかキレるかすると、昔のニヒルが顔出すからな」と言われ、閉口したのをまたからかわれるのは本意ではないので、大和は即座に携帯を折りたたんだ。
ひとつ、またひとつと深呼吸。
梅雨の湿気に、コンクリの煤の入った匂いが鼻腔を通る。
電気の通らないビルの中は、この季節は特に薄暗さが際立つ。 対象の判らない漠然とした不安をときたま感じさせる。
だが、今、直江大和がいる場所は、ひとりで考え事をするのには落ち着ける唯一の場所でもあるのだ。
俺は、悪くない。
直斗に反発する理由の根底にあるのは、この想いだ。
人付き合いの秘訣は、付き合うそいつを信用しないことだと大和は本気で思っている。
例えば、人と話すときはその話が漏洩する事が大前提で、漏れる範囲とその範囲に対する相手の影響力を考慮反映して開示する情報を厳選する。
そして情報、秘密を漏らされた場合の対抗打の用意を怠らない。 大抵はそのカウンター材料が十分な効力を発揮して、結果、秘密は護られる。
これを脅迫と呼ぶ奴はどうかしていると思う。 密告への対抗手段としてやむをえない措置とは考えられないのだろうか。
必要悪という言葉を、勉強し直すべきだろう。
だいたい、自分の知っていることを洗いざらい話して、心情も何もかも全部吐露して。
そんな事をしたら、自分も相手も不利益をこうむるに決まっているのだ。
―――ずっと自分が相手の腹の中で良くも悪くも計算されていたことがバレたら、そいつに好感情を持ちうる者などいない。
父さんの教えは、いつだって正しかったし、これだってそうだ。
そして、嫌悪を抱かれた者から張られたレッテルというものは、張られた当の本人が優秀であればあるほど、開けっ広げであるほど、こそげ落とすには相当の時間と手間がかかるのだという事も。
よく人を観察しなさいとの忠言に従い、大和は小学生の頃から周囲の様相を一歩引いた目線で傍観する事が多々あったが、そこで得る物のほとんどは父の意見を補強するものばかりだった。
良い方向で目立つということは、受け止める嫉妬というものが増えることを意味する。 恋愛なんかが絡めば、それは悪意のバロメーターの最大の増幅装置となる。
口が軽く、才弾けて見える人間ほど無残な末路を辿る事が多いといえば言いすぎだが、少なくとも敵を作りやすい。
そういう事を踏まえて、しかし自分という人間が必要以上に黙ってはいられない種類の人間であるという自己理解もあり、大和は自然に今の生き方を選択した。
中学入学からは地盤を固める事に専念し、ファミリー以外にも味方と呼べるだけの人脈を作り上げ始めた。
あえて言おう。 自分は道具として、人脈を広げてきた
人懐こく立ち回り、キャラとしてはたまにウィットをまぶしたタイムリーな忠言や毒舌でウケをとり、取り巻く人間関係には目敏く耳聡く。
ファミリーにも親しい女性陣がいる事もあり、男子は勿論のこと女子側にも安定したアンテナを立てられ、他人様の恋愛模様もお手の物、とまではいかないが同年代の平均よりは得意な方ではあったと思う。 ……あくまで他人様の恋愛については、だが。
そうやって「いろんなツテのある悪くない奴」として、着実に自分の付加価値を上げる日々を送ってきた。
その評判を聞いて、また人の輪も大きくなる。
情報屋として便利がられる属性は、クラスや学年は勿論、生徒と教職の垣根を越えても作用するのだった。
川神学園に入学してからの立ち回りのバランス感覚は、さながらベーゴマの猛回転からジャイロの永回転へ、という具合に更に磨きがかかったと思う。
中学の頃はそれなりに多かった敵も作らずに済んでいる。
それに加えてファミリー以外に心を許さない姿勢が、『友達』と『知り合い』の線引きを明確に刻んできた事が、今日の直江大和の、そこそこの成功を確立してきたのだ。
一体何が悪い。
使える奴を使って、使えない奴を弾いて、疑わしい奴を疑って、何が悪い。
他人に対する誠が無いだと?
俺は姉さんが本当に好きだっ
誰に命じられたわけでもない。 ファミリーや京にさえ踏み込ませなかった心の奥底から、俺は川神百代を愛しているっ
姉さんに向けるこの気持ちが、誠意でなくて何なのだ!?
他人に向き合えだと!?
万人に誠を尽くせだと!?
お笑いだ。 なら逆に、お前にそれが出来るとでも?
この数日で誰の信頼をも裏切り、傷つけたお前に出来るとでも!?
全員がそうやって生きていけるなら!
それが絶対の倫理として摂理として、社会全部が誠意で回っていたとしたら!
真っ当に好きなものを好きだと言えて、縁故も袖の下も無い、狡さも偽る事も必要無い、働いたら働いた分だけ幸せになれる世界だったなら!
「地球はとっくにパラダイスになってるッ」
それができないこの国に嫌気が差して、父さんは日本を捨てた。
「綺麗事だけ呟いて、それだけで生きていけるほど、上等な世の中じゃないだよッ」
止めてやるよ、矢車直斗。
出血大サービスだ。
なんせ、間違ってたら止めてやるのが、『友達』なんだもんな。 キャップ。
階下から、ガクトの野太い声とモロの苦笑いがしたのを聴いて立ち上がり、腰元の埃を払う。
「絶対に負けねぇ……」
姉さんも、渡すもんか――――。
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お久しぶりです。
いよいよ明後日ですね、S。
個人的には小雪のフォローがどう出るか非常に興味があるのですが……。
やっぱり過去改変が無難なのかな。 某掲示板では壊れたままでいて欲しいとの意見が多数でしたが。
さて、てになまについてですが。
すみません、大戦までだいぶかかりそうです。
やっぱりファミリーの心理掘り下げとか修行風景とか色々な方の暗躍とか入れたりもしたいので。
キャラ多くて大変ではあるのですががが……。
それと「君ある」既プレイの方は少ないようですので、これからは久遠寺の方々はほどほどの露出で行こうと思います。
……言い訳になりますが、森羅様からの修行場借受云々の話ですが、荒唐無稽ではないかなーと。
川神大戦の主戦場の背景って、「君ある」の森羅様の保養地の背景の使い回しだったりするんですよね。 両作品持ってる人は比べてみるといいかもです。
今年中にとりあえず大戦編完結できたらなと願いつつ、皆様の快適なまじこいSゲームプレイを祈っております。
では、また次回の更新で。