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No.25343の一覧
[0] 手には鈍ら-Namakura-(真剣で私に恋しなさい!)[かぷりこん](2013/08/25 17:16)
[1] [かぷりこん](2011/07/09 17:24)
[2] 第一話:解放[かぷりこん](2011/07/09 17:27)
[3] 第二話:確認[かぷりこん](2011/07/09 17:34)
[4] 第三話:才覚[かぷりこん](2011/07/09 17:52)
[5] 第四話:降雪[かぷりこん](2011/07/22 22:57)
[6] 第五話:仕合[かぷりこん](2012/01/30 14:33)
[7] 第六話:稽古[かぷりこん](2011/07/09 18:32)
[8] 第七話:切掛[かぷりこん](2011/07/09 18:59)
[9] 第八話:登校[かぷりこん](2011/07/10 00:05)
[10] 第九話:寄合[かぷりこん](2011/12/19 22:41)
[11] 第十話:懲悪[かぷりこん](2011/07/10 00:13)
[12] 第十一話:決闘[かぷりこん](2011/07/18 02:13)
[13] 第十二話:勧誘[かぷりこん](2011/07/10 00:22)
[14] 第十三話:箱根[かぷりこん](2011/07/10 00:26)
[15] 第十四話:富豪[かぷりこん](2012/02/05 02:31)
[16] 第十五話:天災[かぷりこん](2011/07/10 00:29)
[17] 第十六話:死力[かぷりこん](2012/08/29 16:05)
[18] 第十七話:秘愛[かぷりこん](2011/08/20 09:00)
[19] 第十八話:忠臣[かぷりこん](2011/07/10 00:48)
[20] 第十九話:渇望[かぷりこん](2011/07/10 00:51)
[21] 第二十話:仲裁[かぷりこん](2011/07/10 00:56)
[22] 第二十一話:失意[かぷりこん](2011/07/06 23:45)
[23] 第二十二話:決意[かぷりこん](2011/07/09 23:33)
[24] 第二十三話;占星[かぷりこん](2011/07/12 22:27)
[25] 第二十四話:羨望[かぷりこん](2011/07/22 01:13)
[26] 第二十五話:犬猿[かぷりこん](2011/07/29 20:14)
[27] 第二十六話:発端[かぷりこん](2011/08/11 00:36)
[28] 第二十七話:哭剣[かぷりこん](2011/08/14 14:12)
[29] 第二十八話:幻影[かぷりこん](2011/08/26 22:12)
[30] 第二十九話:決断[かぷりこん](2011/08/30 22:22)
[31] 第三十話:宣戦[かぷりこん](2011/09/17 11:05)
[32] 第三十一話:誠意[かぷりこん](2012/12/14 21:29)
[33] 第三十二話:落涙[かぷりこん](2012/04/29 16:49)
[34] 第三十三話:証明[かぷりこん](2011/11/14 00:25)
[35] 第三十四話:森羅[かぷりこん](2012/01/03 18:01)
[36] 第三十五話:対峙[かぷりこん](2012/01/25 23:34)
[37] 第三十六話:打明[かぷりこん](2013/11/02 15:34)
[38] 第三十七話:畏友[かぷりこん](2012/03/07 15:33)
[39] 第三十八話:燃滓[かぷりこん](2012/08/08 18:36)
[40] 第三十九話:下拵[かぷりこん](2012/06/09 15:41)
[41] 第四十話:銃爪[かぷりこん](2013/02/18 08:16)
[42] 第四十一話:価値[かぷりこん](2013/02/18 08:24)
[43] 平成二十一年度『川神大戦』実施要項[かぷりこん](2013/02/18 07:52)
[44] 第四十二話:見参[かぷりこん](2013/07/17 08:39)
[45] 第四十三話:戦端[かぷりこん](2013/03/31 11:28)
[46] 第四十四話:剣理[かぷりこん](2013/05/11 07:23)
[47] 第四十五話:手足[かぷりこん](2013/08/20 08:47)
[48] 第四十六話:膳立[かぷりこん](2013/08/25 17:18)
[49] 第四十七話:鞘鳴[かぷりこん](2014/02/05 18:46)
[50] 第四十八話:咆哮[かぷりこん](2015/01/11 10:57)
[51] 第四十九話:決斗[かぷりこん](2015/11/29 14:16)
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[25343] 第十五話:天災
Name: かぷりこん◆273cf015 ID:177153ba 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/10 00:29

『一つの命を救える人は、世界も救える。』

―――映画「シンドラーのリスト」より

















人の奔流の中。
誰もが、揉みくちゃにされながら。

つい先ほどまで、あそこにいたのが信じられないくらいの変貌ぶりで。
遠目に見た目的地は、さながら火山の噴火であった。

だが、決定的にそれとは違う点が、一つ。


山から逃げる人以上に、山へ向かう人がいる点である。







駆ける。


――ッハァ ッツ、ッハへ、ッハぁ、ッハ


駆ける。駆ける。


――ッカハッ、ゥオェ、ゥェ、ンッ、ぅグッ




迫る嘔吐感、断絶的な立ち眩みと耳鳴り、止まらない四肢の震え。
巻き上がる土煙の為だけではない。
この命よりも大事な物が、今にも今にも消えてしまうのではないかという、極限の焦燥から。

摩天楼の谷間は、悲鳴と怒号で満ち、道端には、無数の瓦礫と、血に塗れ叫びを上げる人々と、灰塗れの星条旗。

両頬を、何度も何度も平手で叩き、狂気と正気を行ったり来たり。

しかし、絶対に足を止めてはならない。

それだけは、はっきりしていて。

止めたら最後、二度と先に進めなくなる。

絶望と共に、俺は崩れ落ちるだろう。

あの、ビルのように。




「ァァアアア!! くそったれがぁぁぁあああ!!!」




誰かの叫びを聴くごとに、視界が、にじむ。

なんだってこんな、

こんな理不尽が、不条理が、この世にあってたまるか!!




頼む。

後生だ。

頼む。頼む。頼む。




どうか、生きててくれ。







「六花ァッ!!」




矢車真一は、咆哮する。




2001年9月11日、現地時間午前8時46分をもって、マンハッタン島は地獄絵図を体現した。










<手には鈍ら-Namakura- 第十五話:天災>











午前8時58分


やっと、ビルを見上げるところまで来た。

外へ、もう逃げたとは考えられない。
待合の場は九十四階、とてもじゃないが瞬時に地上へ降りられる高さじゃない。


まだ、ビル全体は崩れていない。
今から、死ぬ気で登れば、助け出せるかもしれない。

まずは、突入路を探さなければ。



「Hey,Asian!? leave here!! Now!!!」

呼びかけ、というより絶叫だった。

「(何やってんだ!? さっさと逃げろ!!!)」

幾人かの消防隊員Fire Fighterが、俺を押さえつける。

「ッツ!?、放せ!! まだ、ぜってぇ生きてんだよお!!」

言語なんざ、関係なかった。

力任せに振り払い、俺は見つけた進入路へ向かう。


ーー川神で鍛えた、心、技、体。ここで魅せずに何時魅せる!?


自分でも訳のわからない気合の咆哮。

何でも良かった。

絶望の塔に登る、勇気を奮い立たせるものならば。













午前8時37分

乗っているエレベーターは日本のそれとは比較にならないくらいの勢いで、ぐんぐんと上昇。

軽く、耳鳴り。
気圧が関係してることは明白だった。

唾を飲み込み、目的の階に着いた途端。

「はぁ」

溜息をつく。

まったく、あの人にも困ったものだわ、と彼女、矢車六花は心中で述懐する。

ここにきて、ホテルに忘れ物とか、ありえなすぎ。
この交渉は絶対に壊せないって事、わかってるんでしょうね? まったく。

ケータイなんか、後で新しいの買えばいいじゃない。


まあ彼の目的は携帯ではなく、それに付属したビーズストラップ(愛娘作)であることは、彼女は重々承知しているのだが。


エレベーターホールを抜け、少し開けたガラス張りの待合室へ向かう。

備え付けてある丸テーブルにハンドバックを置き、件の資料を出す。

今日、無事にこの交渉を終えれば、優に一万人の貧困、略奪、誘拐で喘ぐアフリカの小国、サンガラの孤児達に、人間らしい生活を送るための物資が届けられる。
そう、「サンガラという国へ」ではなく、「サンガラの孤児たちへ」である。
せっかくサンガラに物資を送っても、横流しする輩が政府内にいるのは確実で。軍閥政治が横行する国とあらば尚更。
だから、こちらで新しい物流ルートを開拓しなければならないのだ。

近いうちにユネスコと協力して、教育問題にも着手できる。

そして、この前例を足がかりに、より多くの子の、親の、命が救われるのは、決して希望的観測ではない
私たちのほかにも、動いている人たち、動こうとしている人たちがいる。
その人たちの希望となれば、どんなに良いことか。


最初はあばら家で、孤児を囲うNGOとして働き、功績を認められ国連入りし、各国の要人と粘り強く舌戦を繰り広げた成果の一つが、今ここに決するのだ。


そんなときに、まったくあの人は。

と、彼女はまた、胸のうちで何度ついたかわからない悪態をつきながら、朝から喧騒の激しいオフィスを、ガラス越しに眺めた。








午前8時41分


欠伸は伝染するというが、溜息もそうなのかもしれない。
九十六階で、三人の屈強なSPに囲まれた九鬼英雄もまた、軽く溜息をつく。

何故、我が、この場にいなければならないのか。

ああ、承知している。その理由は。

いくらスポーツで身を立てていくことを許可したとはいえ、父は保険をかける意味で、ここに我を使わしたのだ。
名目上は、見聞を広げるためとして、ここに足を運ばされたが、野球で大成しなければこの分野で名を残せとのメッセージであろう。
まあ確かに、軍事や政治よりも商業のほうに興味があると申し上げたが。


「ふん」


気にいらん。
何処も彼処も文字と数字の羅列。
おまけに案内の男はこちらに媚を売るばかり。


やはり、我には野球だな。

自らの人生と言い換えてもいい、右肩を、撫でた。










午前8時45分


「なにしてんだろうなぁ…。アタイは」

ビルの傍のホットドックカーゴの中で、頬杖をつきつき、母国語で忍足あずみは呟く。

戦場を駆け抜け早ウン何年。
その間に覚えたのは、ベレッタの扱いであったり、軍用CQBであったり、おおよそ軍事関係以外の就職に役立つものではない。

十は下の助けたガキから悪魔と罵られ、血に濡れて笑う部下をいつまでも眺めていれば、戦地から逃げ出す動機には困らなかった。
さりとて、武力より財力が物を言う社会に舞い戻っても、生きている心地がしない。

戦地でのほうが、よっぽど自分は生き生きしていたなと考えるたびに、やってられなくなる。
今が、正にそんな心境。

「(……おい、バイトッ! 客来てんじゃねぇか、応対応対)」

「(…すみません)」

奥で、勝手に売り物のブラックコーヒーを啜る、シケたオッサンが営むシケたホットドック屋で日銭稼ぐのが今のアタイ。
やろうと思えば、忍術使った大道芸で楽に稼げるとは思うが、風魔の秘伝を茶の間のつまみにするのは、未練たらしく無駄に残った矜持が許さない。


やっぱ、田尻の叔父貴の言ってた通り、娑婆のほうが、キツイな。兵士って奴はよ。

そう思いつつも、鬱屈した心情をおくびにも出さず、アタイは客に笑顔を振りまいてサラダドッグを手渡す。






瞬間、爆音。















午前8時50分


ーーー何が、起こったの?

二分前に体が投げ出されていた六花は、仰向けのまま意識を取り戻した。

ただひたすらに暑い。

とりあえず、五体満足であることに安堵。次いで自問する。

こういうところに備えつけてあるボンベのガス爆発にしては、規模が大きすぎる。
というより、こんな高層階に、爆発するような可燃物が置いてあるとは思えない。


周りを見渡して、すぐさま後悔。

死屍累々。

言葉に表せば、四文字に収まってしまう。

だがこの惨状を、寸分の狂いもなく伝えるためには、人間の言語では限界がある。


「…酷いわね」

意識が戻って初めて口にした言葉は、自分でも意外なほどに冷静さを帯びていた。
まだ状況がよく分かっていないからかもしれない。

だが、自分を客観視できる余裕が、まだあった。

――伊達に、修羅場は潜り抜けてないってことか。

そう呟いて、また状況把握に努める。

東の窓辺は、全壊。

そして、見上げれば、天井の半分は、優に五、六階はぶち抜きの吹き抜けになっていた。
無論、元々こうだったわけではない。

と、なると…。

「あれって、飛行機の…?」

円筒の中にスクリューの羽。
ジェットエンジンに違いないものが、奥の方に転がっていた。

「ッ!? さ、最悪、」

航空機が突っ込んできたのか。
恐らく、乗客もろとも。




「(誰か、誰か、生きてるぅ!?)」

靴のヒールを叩き折って、火焔の中を叫び、歩き回る。

私が生き残り、尚且つ五体満足なのは奇跡的だということが、一歩ごとに良く分かった。

誰もが声を上げない。
誰もが動かない。
誰もが、潰れ、焼け焦げている。

私の場合、待合室のガラスが炎の盾になったのだろう。

段々、息が荒くなる。
パニックに陥らないよう、自分に言い聞かせるが、こうも焦げた死臭があからさまだと…。

「キツい」

視界が潤む。

なんなのよ、もう。

そんな時。



「……何…故ぇ」



日本語が、聞こえた。

そちらへ眼を向けると。


「子供?」


日系人らしき肌の色をした少年が、肩を押さえて、うずくまっていた。












午前8時57分


何故、

何故こんな。


気がつけば、共の者は、我が盾となり火炎と共に消し飛び。

気がつけば、足元が崩れ、浮遊。

気がつけば、地に叩きつけられ。

気がつけば、我の存在証明たる豪腕が、ピクリとも動かなくなっていた。


なんだ、これは。


何故、王たる我が、このような地にへばりついた格好をしておる?
何故、王たる我が、このような幾多の死屍と共にある?
何故、王たる我が、このような激痛に襲われなければならぬ?

何故、

何故、

何故、


理由が知りたかった。

我の人生を断ち切るに値する、理由を。


「……何…故ぇ」











午前9時22分


倒れていた彼を抱えあげ、非常階段へと急ぐ。
他に生存者は、いなかった。

「……何てこと…」

進めた計画の全てが、おじゃん。

だが構ってはいられない。
今は一刻も早く、ここから脱出しなくては。
チロチロとそこかしこで燃える炎と、ビル全体に響く軋音が、首筋に汗を沸々と浮き上がらせる。

ここはアメリカ。
こういう高層ビルは、航空機が衝突してもある程度の強度を保って、崩壊をとどめられる設計がなされているはず。
世の交易を統べるところであるなら、尚更。

そう信じて、地上350メートル以上の高さを駆け下りるしかない。


茫然自失。
腕の中の彼は、そんな表情。
幸い、怪我の程度は命に別状のあるものではなさそう。


非常階段は、まだ無事だった。
大きく、深呼吸。

―――私達は、まだ生きている。

そう呟いて、一歩下れば。





「そうかいそうかい。流石は俺の嫁」





………まったく、この人は、本当に、どうしようもない。


手すりの陰から、言葉とは裏腹に余裕のない息づかいをしつつ、夫が姿を現す。


「…ッ涙目じゃ、格好つかないわよ」

「お前もな」

抱き合った。













午前9時29分




―――痛ッてえ。

忍足あずみは、ここでようやく意識を取り戻す。
乗っているカーゴの天井は不自然に大きくへこみ、着ているエプロンには鮮血のようなケチャップが一面に。

訳がわからない。

車内に上司の姿は無かった。
したたかに後頭部を床に打ったようで、眩暈と鈍痛はなかなか消えてくれそうもなかったが、まずは車から出るのが先決。

あの雷のような音は何だったのだろうか。
そしてこの、カーゴに断続的に響く、小石がトタンに撃ちつけられているような音の正体は。

ついぞ気に入ることのなかった、カチューシャ付きの制帽を叩きつけるように脱ぎ捨て、なんとか車外へと這い出る。

爆音のした方向を見上げる。
どうやら、お高くとまってた隣のビルの高層階で、火事か爆発らしきものがあったらしい。
もうもうと、未だに煙を吐き続けている。


舞い落ちてくる砂や灰が目に入り、目元を拭って、ふと、横に目を滑らせれば。



「……あぁ」

アタイは、こういう世界から、逃げられねぇのか。


辺り一面、灰と瓦礫が雹のように降り続けていて。

カーゴの上で、明らかな墜死体が、ボンネットをたわませていた。












午前9時34分


惨めだった。ただただ、惨めだった。
時折交代して二人の人間に背負われている英雄は、心底、自分に嫌気が差していた。

王たる我が何故、このような醜態を晒さねばならんのだ。

我を救ったこの夫婦に、感謝はしている。
こと、こういう惨劇の後、自らの危険も厭わず足手纏いの荷物以外の何者でもない我を、懸命に励まし続け、地上へと歩を進め続ける彼女らの横顔は、眩しくて仕方がなかった。

だが比べて、我は何なのであろうか。
与えられた救いの手を、ただ亡者の如く享受するのみ。
手傷を負い、まだ幼いのだからと、世の者どもは言うかもしれない。
だが、この九鬼の名を持つ我は、そんな言に救われることなど許されないのだ。
民を、世を統べる事を運命づけられし九鬼は、常に、人々の導き手でなければならないのだ。
このような体たらく、断じて父、九鬼帝は許さぬであろう。

否、誰が許そうとも、我自身が許せぬ。


そして、たとえ、この場を運よく切り抜けられたとしよう。

我に、何が残っている?

野球など、論外だ。
もう、右腕の感覚は、もう無い。
いかに九鬼の医療スタッフが優秀とはいえ、これを完全に治癒することはできんだろう。それは、この激痛から明らか。

「……フフ」

笑うしかなかった。
嗤うしかなかった。
哂うしかなかった。

「フハハハハ……」



後には、もう何も無いことに気づいてしまったから。









「オイ、どうした、ガキ。しっかりしろや」

首を後ろにひねり、我を背負いながら階下へと足を運ぶ彼の者は問うてきた。
粗忽な物言いとはアンバランスな、真実、心配そうな表情だった。

一番、見たくない表情だった。

「降ろせ」

こんな醜態、誰にも見せたくなどなかった。
せめて、最期くらいは、王らしくありたかった。

「何? てめえ満足に走れもしねえだろうが。黙って大人に頼っとけ」

「そうよ、この人、体力は馬鹿みたいにあるから。馬鹿みたいに」

大事なことだから二回言ったわ、と彼の妻は微笑む。
我を、不安にさせないようにするための軽口であるのは明白であった。


その、心遣いさえ、今は肩の傷に障る。


「ッ降ろせぇえ!!!」

「痛ッツ!?」

足蹴りをくらわせて、我は力任せに彼から飛び降り、重力に逆らいもせず、ごろごろと階段上を転がり落ちる。

「ちょ、ちょっと!!」

夫人の声を聴きながら、我の体躯は踊り場へとたどり着く。


「もう、我のことは…。捨て置いてくれ」

紛れもない本心を、呟いた。

言葉にした途端、どうしようもない激情の濁流が、胸から押し寄せてくるのを感じた。








午前9時39分



「もう、我のことは…。捨て置いてくれ」

仰向けになったガキは言う。

そして、堰を切ったように。

「こ、こからぁ! 生き残ったとしてぇえ! わ、れには、もう、生きるための、甲斐が、な、無いぃ!!」

しゃくりあげながらの、絶叫。
魂から伝った涙が、グシャグシャに顔を濡らしていた。

「腕も、もう上がらぬ! 野球もできぬ!! 野球の王となる、夢が、今、断たれたのだ!!! わかるか!?」

こいつ。

「もう、我には、何も残っていないのだぞ!? 誰が、今の我に、王への眼差しを一片たりともくれようか!?」

髪の色と、額の十字傷から何となく感づいてはいたが、九鬼の…。

「その上、足手まといとして、民の命を犠牲にするなど、言語道断も甚だしい!! 九鬼家、末代までの恥となる!!」

やはり、そうか。




そして、気が済んだのか、また急に、静かな声色で。

「我は、もういい。 ここで雄雄しく死を選んだと、九鬼家に伝えてくれ。 我を看取ったといえば、それなりの恩賞もあるだろう」






踊り場へと、俺達も降りる。

無論、素通りできるはずもなく。


「はい、じゃ、また背負うから」

いつものように、ハンカチ片手に愛妻は話しかける。

「肩、結構痛んでるようだから、とりあえずはこれ噛んで我慢してね?」

「ああ、舌噛んだら滅茶苦茶イテェぞ」

「あと、そうそう貴方、次からは私がビルを出るまで背負うから」

「何、言ってんだ。俺が背負う」

「うるさいわね、さっきみたいに取り落とすかもしれないから私が背負います。相変わらず不器用な人」

「おかげさまで体力は馬鹿みたいにあるので、心配無用だ。いくぞ、ガキ」

そういって手を、無事な方の肩へとやる。



「…話を聞いてなかったのか」

払いのけながら、ガキは言う。

「ああ、そういうの、聞き飽きてっから。もう聞き流すことにしてんのよ。俺達は」

腕を掴んで、強引に背負う。

「俺達の仕事は、お前みたいのを助ける仕事だからな」

「そうよ。あなたがどんなに死にたがったとしても、私達はあなたを助けます。英雄くん」

あ?

「てめぇ、名前知ってた、つーか気づいてたのかよ?」

「寄付金そこまでもらってないとはいえ、九鬼財閥はスポンサーの一つよ。 そこの長男の名前を覚えてなくてどうすんのよ?」

「教えてくれたっていいだろうに」

性格悪。
略して性悪。

「迂闊に名前をだせるもんですか。 彼に金目当てで助けてるんだとでも思わせたいの?」

「いや、そりゃ~」

正論っちゃ正論だった。

「相変わらず思慮が足りないわね。 だから馬鹿なのよ」

「……うるさい」







「ああ、でも九鬼くん? ここから出たら、出来れば、も~少し、心遣いをくれないかお父様に頼んでくれないかしら?」

「おい」

なんだこの理夫人、もとい理不尽は。






「わ、我は!」

「俺から言わせれば」

これだけは、伝えておこう。

「お前は贅沢者だ」

「……貴方、九鬼家だから当たりま」


リバウンド奥義、目で殺す。


「俺達はな、アフリカでたーくさん修羅場を見てきた。生きたくても生きらんない奴らがこの足元の裏側にはたーくさんいるんだ」

本当に、数え切れないほどに。

「そいつらの代わりに生きろなんて言わん。そいつらを見殺しにさせないのが俺達の使命だからだ」

だけど。

「いまだけ、それを心に留めておけ」







微かに、背後で頷く気配がした。

それだけで、満足だった。




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