『人間関係で悩んでいる人は、他人との折り合いの悪さで悩んでいるのではありません。 自分との折り合いの悪さで悩んでいるのです。』
―――ジョセフ・マーフィー
4月24日、金曜日の夕方。
いつものように、俺たち風間ファミリーは廃ビルの秘密基地に集合する。
「金曜集会」
何時からか、そう呼ばれ、最初は京を励まそうと集まる会だった。
家のいざこざで、京が川神から離れていた時期、彼女は毎週金曜日に遥々静岡から、遊びに来ていた。
母親の男癖が災いし、両親が離婚。 父が元妻の記憶を消し去りたいと、弓の椎名家先祖代々住んできた川神を去ろうとしたのは無理からぬ事で。
しかし父のほうは、良識のある大人であったことが幸いし、調停で忙殺され、薄々感づいていた娘の虐めを蔑ろにしていた償いか、彼女は毎週末、泊りがけで、川神の友達と遊ぶ事を許されたのだった。
泊まる場所が、あの川神院だったことも、後押ししたのだろう。
そういう背景から、この金曜集会は始まった。
現在はもっぱら、次の日の休みに何をして遊ぶかを考え、学校で受けた依頼を吟味する場となっている。
まあ、あとはリーダーがバイト先から仕入れてくる食べ物を晩御飯代わりに頂くとか。 ワン子はこれが最大の目的であったりする。
良くも悪くも学生らしくコンビニ飯かと思いきや、寿司やピザだったりするから侮れない。 キャップの面目躍如といったところ。
「さーて、今日の議題だ」
いつも通り、俺たちのリーダー、キャップこと風間翔一が口火を切る。
「明日、どこで遊ぶか?」
イの一番に、京は発言する。 やはり彼女の拠り所はこの場所なのだと、痛感させられる場面。
「それも重要だが……。 転入生のクリスの事だ」
おっと。
「んー? クリがどうかしたの?」
鉄火巻きを茶で流し込みつつ、ワン子は訊く。 今日の晩御飯は寿司とざるそば。
ちなみにあの決闘の後、やっぱり気が収まらなかったワン子は再度クリスに突っ掛かり、なんやかんやで始まった腕相撲対決で負けた。
まあ、そこから歓迎ムードがクラスに広がったので叱りはしなかったが。
そのときに、あだ名をクリとしてしまったせいで、姉さんも影響を受ける始末。
「俺たちのグループに入れようかって議題でてたろ?」
「今聞いたよっ!?」
お家芸であるツッコミを、寸分の狂いも無く、モロは入れる。
「で、俺はイイと思うんだけど?」
我が道を行くキャップは、それを一向に気にせずに皆の意見を訊こうとする。
「というか何故その考えに到達するわけさ?」
たまらず俺も発言。 それほど、これは大きな問題だ。
「だって梅先生にも頼まれたじゃん、我らが軍師」
「……面倒を見ろとは言われたな。確かに」
自分の中で考えをまとめるため、俺はいったん口を噤む。
「クラスメートとして仲良くするのは当然だけど、それと金曜集会にまで案内するって事は、レベルが違うよ」
モロは言う。 保守的な彼なら、当然の言い分だろう。
「そんな事はわかってるさ、でもクリスは逸材だぜ? ここの女子連中に負けず気が強いし面白いし、俺気に入ったもん。 一緒に遊びてぇって思った」
キャップはなかなか退かない。 まあ、目的を前に退くことなど彼は絶対しないことはわかっているが。
「ねぇ…。 もしかして、それって恋? ラヴなんだ?」
―――モロ、その理由は一般男子で一番ありえそうで、キャップで一番ありえなさそうな理由だ。
「いや、それとは全然違うな」
案の定、澄ました顔でキャップは答える。
どんな風に違うのか、恋愛感情に疎い彼にわかるのかと疑問に思うが。
まあ純粋な好奇心、次いで親切心からクリスをグループに入れたいというのは本当だろう。
「で、久しぶりの新メンバー加入。 どう思うよ?」
俺の提案で、一人ずつ意見を訊いていったところ。
「賛成3反対2、んで様子見2か」
「なかなかにバラけたねぇ」
モロは苦笑。
ちなみに俺は様子見派。 いくら日本好きとはいえ、外国で一人は寂しいだろう。 つい先ほど、キャップ胴元の賭けの件で口論になったが、悪い奴ではない事は確かだし。
それでも、だからといって諸手を挙げて大賛成とまでは言えない。 あの、融通の利かなさそうな彼女が、このグループに馴染むか否かには、疑問符がダース単位で付く。
京なんかは、もはや「異物」扱いだし。
その後も議論は続き、ついに結論。
「じゃ、まとめると。 みんな、声を掛ける事には問題はないみたいだから、声は掛ける。 んで、ここの居心地が悪くなったら、クリスは遠慮なく切るって事で、いいか?」
話し合った後なので、異議を挟む者は皆無。
「……ちょっと待て」
かに思われたのだが。
「姉さん?」
「かわゆいクリを誘う事に、異議は無いんだがな~」
そう前置きして、続ける。
「キャップ、もう一人くらい、どうだ?」
「へ?」
「私からも推薦したいのがいるんだが。 勿論、お前たちも知っている奴で」
この言葉から、俺は感づく。
「あー、もしかして直斗?」
そう言って、キャップも察したようだった。
<手には鈍ら-Namakura- 第十二話:勧誘>
「ああ、あいつ、悪くないと思うぞ?」
姉さんがファミリー以外の男にこういう賛辞を送るのは珍しい。
「モモ先輩、この俺様で風間ファミリーのイケメン男子要員は満員だぜ?」
冗談交じりにガクトは言う。それでも本人は本気で言っているから面白い。
「じゃ、お前下車しろ。 イケメンなガクトはいらん」
即座に切り捨てる。 心なし、斬音が聴こえた。
「お前たちも、人当たりのいいアイツなら仲良くやっていけそうだし」
「モモ先輩、キャップと同じ質問するけど、それってラヴ?」
モロが問うた。
「んー、どうかなー。 まあキャップと同じく男として認めてはいるがな。 ……自分ではわからん」
なんとも、煮え切らない答え。
「……ちょっと、モモ先輩自重」
「京」
「キャップもそうだけど、そんな興味心レベルで他人をファミリーに誘うとか、正直ありえない。 そんなに軽い場所じゃないよ、ここは」
つまらなさそうに視線を斜め下に向けながら、彼女は言う。 ジメジメ。
「ま、まあまあ京、落ち着いてよ」
ワン子が慌ててなだめる。
「ワン子だって、今何も言わなかったって事は、少なくとも反対ではないって事でしょ?」
「い、いや、それはほら、アレよ、アレ」
「アレって何?」
軽く眼を剥いて威圧。
口調からも、大分ムッとしているようだ。
「あわわ、大和ぉ、京怒ってるよぉ」
いつもの如く涙目で訴えてくる。
少なくともワン子が、付き合いの長さもあるだろうが、クリスより直斗のほうを好ましく思っているのは事実のようだ。
そんなことを思っている時。
「悪いが、モモ先輩、俺は反対だ」
我らがリーダーが静かに宣言。
「キャップ?」
姉さんが聞き返す。
「俺あんま、それには乗り気になれない」
「へえ、キャップがそんなこと言うの、珍しいな」
いつの間に回復していたガクトが、手を頭の後ろで組み、ソファにもたれながら言う。
それに応えて、キャップは理由を語る。
「いつも敬語だから、ってこともあるが、入ったらクリスよか気ぃ使っちゃいそうだし」
「まあ、それは癖だって言うんだから、ある程度は許容できなくない?」
俺は言う。 ぶっちゃけ、クリスを入れるよりも…。と言う気持ちが内心、あったりはする。
「いや、後は俺の勘がこう、なんていうか、アレだよ、アレ。 なんて言やいいかな~」
二、三秒、間をおいて。
「んー、気持ち的に。 九鬼と相容れられないようなそういう感じの」
目を細めて彼は言った。
「何だそれ?」
姉さんが肩透かしをくらったような顔で返す。
「なんとなくダメって事?」
ほんと、キャップにしては珍しい。
「全然タイプ違うじゃん。 あの究極の俺様キャラと直斗じゃ」
とガクト。
「そ、そうよ。 いい人だよ直斗くんは。 ……まあ九鬼くんも悪い人じゃないけど」
毎週、彼の熱烈なアタックをかわし続ける彼女も言う。
「ああ、だから言ったろ? 勘だって」
それでも、ここ一番での彼の勘がなかなか冴える事は周知の事実だから、結構な説得力はある
「…リーダーがそう言うんじゃしょうがないよ。 いいんじゃない? 無理に誘わなくたって」
真実、これ以上ファミリーに他人を混ぜたくない京は、早く話題を打ち切りたいようだった。
「キャップがそう言うなら、まあ、いいか」
少し不満げに姉さんは顔を窓に向ける。
まあ、
「この燻った気持ちは弟弄りに向けようっ!!」
などと幾秒か後にそう言って、俺に跨ってきたのだが。
「まあ、川神院でいつでも会えるしね。 アタシも一向に構わないわ」
最後の卵にパクついて、ワン子は言った。
かくして俺達風間ファミリーは、転校生、クリスティアーネ・フリードリヒを受け入れる事になったのである。
4月26日(日)
川神院。 関東三山が一山、武術の総本山にして厄除けの寺院としても名高いこの場所で、矢車直斗はいつも通り朝の鍛錬を終える。
今は朝食の時間。
「はい、これ。直斗くんの分」
運動部のマネージャーにもってこいの笑顔を振りまきながら、一子は俺に朝食を持ってくる。
今日の配膳は彼女の仕事だった。
「アタシは作ってないけど頑張って運んだわ!」
と、俺の隣のルー師範代にも配る。
それにしてもテンションが高い。 この娘もこの男も。
黙々と俺は食う。
夕方は七浜へ出かける。 修練の時間を無駄にはしたくなかった。
食堂を兼ねた広間から、少し離れた縁側で、川神家二大巨頭は相対していた。
「うむ。 一子は感心感心。 ……それに比べお前は何じゃ、モモ。 朝から自堕落に漫画なんぞ読みおって」
縁側で片方の足を立てつつ、座り込んでつまらなさそうな視線で漫画を眺めている孫に声をかけた。
「うるせーぞ、ジジイ。 朝の鍛錬はこなした」
けだるそうに孫は答える。
「そんなもん当たり前じゃ。 まったく、風呂壊すだけじゃなく台所から肉盗んでったじゃろ?」
昨日、島津寮で焼肉をした挙句に、温泉を吹っ飛ばした事は、寮母から聞き及んでいた。
「友に振舞ったんだ。 いいだろ? それくらい」
「……まあの。 にしてもお主、本当に退屈そうじゃのぉ」
「ん、大和達と遊ぶのはいいが、それ以外の時は何しても気が晴れん。 ああ、まあ女の子弄くるのは楽しいがな」
「我が孫ながら、しょーもないの」
「戦いに飢えてるんだ、しょーがない」
臆面もなくそう言う孫に、どうしたものかと石庭を見つつ思案する。 今日も春爛漫であった。
「私に挑戦者はいないのか? 仕合がしたくてたまらん」
「……今はおらんのぉ」
「この際、ジジイでもいい」
殺気を軽く放つ。
到底、祖父に向ける眼差しではなく。
「この老いぼれにお前と戦えと言うか?」
「何言ってるんだ、ここ三十年以上老いぼれやってて、尚且つ川神院総代だろ?」
「ほっほ、もうお主には敵わんかものう」
「どうだか」
柳に風、であった。
百代は諦めたように闘気を収める。
「四天王の橘天衣を破った奴は、まだ見つからないのか?」
「北にいる何者か、しか分かっておらん」
―――孫に嘘をつくのはやはり辛い。 戦い漬けの日々を続けてほしくはない祖父心があるとはいえ。
そんな葛藤を、おくびにも出さず、孫の相手をする川神鉄心だった。
「天衣が負けたって事は、あいつ、四天王剥奪だろ?」
「じゃの。 今ワシ達が探しておる者こそ、その後継じゃ」
「あー、楽しめるといいなあ、そいつとは」
「……戦い、か」
「川神院跡取りとして、当然の姿勢だろ?」
そう言って、孫は勢いよく立ち上がると、妹と外へ走りに行ってしまった。
「……漫画くらい、片付けてから行け。 まったく」
床に放られた本を拾い上げてから、弟子から声を掛けられる。
「よくない兆候ですネ」
「ルーか」
話を聞いていたようだ。
「武に対して、妹や友を思う気持ちと同様のものを、持てればいいのですガ」
師範代を任せている者の表情は暗い。
「ワシの責任でもあるかの?」
こちらも負けず劣らず暗い声で返す。
「まさか。 アレは個人でしかどうにもならない類の問題かト」
慌ててルーは答える。
「……色々と、考えなければな」
「はイ」
「弟子達の指導を頼む」
そう言って、川神本家は私室に篭ってしまった。
「……私は、私に出来ることを精一杯やろウ」
ひとりごつ。
今までも、そうだったのだから、と。
夜、十時。
用事を終え、徒歩にて家路を急ぐ。 夕飯をご馳走になったのが決め手。
大分遅くなってしまった。 門限は特に決められてないが、明日から学校だし早めに寝たいところ。
―――ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ、
仲見世通りに入ったところで、携帯の着信音がなる。
画面を見れば、黛由紀江。
ほう。珍しい。
彼女がこちらに来てから、何回か連絡は取った。が、この頃はそれも少なくなり。
会話も、調子はどうかとか、いいお日柄ですねとか、まあ他愛もない話。
友達作りの協力は、固辞された。 出来るだけ自分の力で頑張りたいらしい。 その意気や良し。
通話ボタンを押す。
「……もしもし」
瞬間、言葉の羅列が携帯から溢れてくる。
(あ、あああ、お、お、お久しぶりです矢車さんあのお知らせしたいことが、ああでもこんな時間にすみませんまた掛け直した方がいいですか!?ああでもでもこれは私にとっては大ニュースでありまして)
(お、落ち着けまゆっち、深呼吸だー。 クールにいこうぜ)
俺からリードせんとな。
「お久しぶりです、由紀江さん。 今は暇していますので大丈夫ですが、何かあったので?」
(おうおう、訊いてくれよ直斗~、まゆっちさ、ついに俺ら以外のダチができたんだぜ)
お前は黙れ。
「本当ですか? 由紀江さん?」
(は、はいッ! 奇跡です!! ドーハの奇跡です!!!)
テンション高ぇ。 しかも若干涙声なのね。
(しかも一気に八人も!)
「ああ、それは」
よかった。 心配、結構してたから。
(同じ寮の方々で、皆さん年上なんですが仲間に入れてもらいました!)
………。
「……由紀江さん、寮の名前って確か」
(…え、あ、はい。 島津、寮ですけど)
まさか。
でも。
―――そうか。
「なるほど、風間ファミリーの方々ですね?」
動揺は、声には出さない。
少し、手は汗ばむ。
(え、えぇ。 そうですが、よくご存知で?)
「一応、俺も川神院に住んでいますし」
メンバー二人とは、毎朝、顔を合わせている。
(あ、そういえばそうでしたね。 すみません舞い上がってしまって考えが至らず…)
「ちなみに他の方々とも、クラスは同じなので」
(そうなんですか?)
そうなんです。 そうしたんです。
「……でも、本当に何よりです。 友達が出来たのは」
(はい、次は、ついに同学年に食指を伸ばそうかと!!)
普通、最初がそこだと思うのだが。
「……すみません、急いでいるのでこれにて失礼します」
(こ、こんな時間ッ!? すみません明日は学校なのに)
先の言葉と矛盾するが、どうやら違和感は感じなかったようだ。
高校生にとって、この時間帯は普通に起きている時間なのだろうが、黛家での早寝早起は継続中らしい。
「いえ、本当におめでとうございます。 それでは、おやすみなさい」
(は、はいっ、おやすm)
―――ブッ、
通話を切り、ケータイをパタリと折りたたむ。
そうか、風間グループに入れたのか。
巨門へと走り出す。
あいつらの評価を、いい加減、改めてもいいかもしれない。
少し、ほんの少しだけ、体が軽くなった気がした。
でも、まだ、俺は完全には、信じられない。
あいつが、変わった事を。
だから、もう少しだけ、様子を見よう。
もう、少しだけ。