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No.25296の一覧
[0] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】[てんむす](2011/01/06 21:30)
[1] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第一話 気がつけば[てんむす](2011/01/07 16:16)
[2] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第二話 鋼の馬人[てんむす](2011/01/07 16:27)
[3] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第三話 守りたいモノ[てんむす](2011/01/08 23:20)
[4] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第四話 奮闘 (1)[てんむす](2012/10/30 11:29)
[5] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第四話 奮闘 (2)[てんむす](2012/10/30 11:29)
[6] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (1)[てんむす](2012/10/30 11:30)
[8] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (2)[てんむす](2012/10/30 11:30)
[11] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (3)[てんむす](2012/10/30 11:31)
[13] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (4)[てんむす](2012/10/30 14:27)
[14] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (5)[てんむす](2012/10/30 14:27)
[15] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第六話 始まるベルト争奪戦(1)[てんむす](2013/06/02 19:40)
[16] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第六話 始まるベルト争奪戦(2)[てんむす](2013/08/25 22:23)
[17] ベルト争奪戦(2)バジンくんボツ戦闘[てんむす](2013/08/25 22:38)
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[25296] 今日から始まるバイク生活【仮面ライダー555】 第五話 夢の守り人 ~とあるスーパーロボットの回想~ (5)
Name: てんむす◆e4ae1c7c ID:409c4e42 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/10/30 14:27
『――――――』

空に浮かんだ太陽が眩しい。

だけどきっとこれを見るのは今日で最後だ。

きっとこの太陽が沈む頃には、俺は誰にも見つからない所に沈んでいると思うから。

俺は馬鹿だった。

ちょっと強い体があったからって、自分の手で誰かを救えたからって、調子に乗るんじゃなかった。

覚悟も無しに、戦ったりするんじゃなかった。

結局の所、俺はただヒーローに憧れてただけのガキに過ぎなかったんだ。

ああ空が綺麗だ…。

これがもうすぐ見れなくなるなんて嫌だな。だけど、そんなことを思う権利なんて、もう俺には無いんだ。

戦って殺した人達は、こんなことをしても生き返る訳じゃない。

でも、俺にはこうして償うことしかできないから…。

ごめんなさい巧さん、もう貴方と一緒に戦うことはできません。

ごめんなさい啓太郎、もう店は手伝えません。

ごめんなさい真理さん、もう貴女を守ることはできません。

ごめんなさい、俺が殺してしまった人達。

貴方達を殺したクソガキは、もうすぐ罪を償います。

でも、もう少しだけこの世界に、今いる世界に居させてください。

今日でこの町並みを、そこにいる人達を見るのは最後になるから。

この一日だけは、ここに居させてください。


 * * *


海堂 直也は天才だった。

素行も、人格も決して褒められた物ではない彼も、ただ一つギターの演奏にかけてだけは。

彼の演奏を聴いた者は誰もが、その腕前を賞賛した。

しかし、そんな彼の才能はある日、いともたやすく奪われた。

緩いカーブを伴ったキツめの坂道。

通りなれた通学路で、彼を乗せたバイクはコントロールを失って転倒し、直也をアスファルトの上に投げ出した。

だが、直也を襲った悲劇はそれで終わりではなかった。

投げ出され全身を打ち付けたことで起き上がることも出来ずに呻いていた直也の利き腕は、後ろから走ってきた車によって踏み潰された。

幸い、その手が原型を失うような事態にはならなかった。

しかし、それと引き換えに直也はその才を失った。

大きなダメージを受けた左手は、ギター演奏のように複雑な動きに耐えられなくなっていたのだ。

必死のリハビリで、演奏すれば以前のような美しい音色を奏でられるようにはなった。

だが、その指は一曲を奏でるだけの力を亡くしていたのだった。

そして、直也は学校を辞めた。

一つの曲を弾き切ることもできなくなった直也には、もうそこに居場所はなかったのだ。

ヤケクソになった直也はそれからの日々を胸の中の虚無感を誤魔化すように、派手な生活をするようになった。

その日の生活費を稼いでは、道行く人が眉を顰めるようなハイテンションで街中を歩き回り、気の向くままに遊びまわった。

そして直也は死んだ。

たまたま立ち寄った喫茶店で、突然席をたった隣の席の男の手によって、彼の人としての命はあっけなく燃え尽きた。

そんな彼が再び目覚めた時、既にその体は人間の物ではなくなっていた。

オルフェノク、死した人間がその身に眠っていた力に目覚め蘇った存在。

その超常の力を手にした直也の中で、ずっと眠っていた感情がふと蘇った。

それは『怒り』

自分から才能を奪った物と、それを失った自分を嘲笑った旧友達への憎悪の感情は、そこにあった虚無感を押しのけて噴出した。

直也は自分が才能を失ったのがただの事故ではないと知っていた。

事故に合った後、自分のバイクに細工がされていたことを突き止めていたのだ。

しかし、直也の復讐劇は最初の一歩から躓くことになる。

自分を拾ったのが、オルフェノクとしての力を拒む二人組みだったのは運が悪かったとしか言いようが無いだろう。

その二人による度々の説得と監視。

旧友に囲まれ、いざ事に及ぼうとすればかつての恩師の登場。

一人になった旧友を見つけ襲い掛かろうとしてみれば、その男は既に他のオルフェノクの手に掛かっている始末。

そんな立て続けに起こった数々のイベントは、直也の中の怒りの炎を少しずつ萎えさせ、それに押しのけられていた虚無感を僅かに呼び起こした。

それでも、復讐を果たそうとした直也の前にソレは現れた。

そこにあったのは原石だった。

誰もいない教室の中で楽しそうに一人ギターを演奏するその青年は、まだまだ荒削りながらも大きな才能を感じさせる、磨けばまだまだ輝ける余地を残した原石だった。

その姿は、正しくかつての直也そのものだった。

まだ一つの賞も取っていない、ただ気の向くままに音楽を奏でていた、原石だった自分の姿。

自分を先輩と呼び、尊敬のまなざしを向ける青年の練習にほんの気まぐれで付き合った直也の心は数ヶ月かぶりに満たされたのだった。

そして、今もまた直哉は少年の演奏に聞き入っていた。

淀みなく奏でられる美しい音色に、目を閉じて聞き入る。

あれから、練習を積んだのだろう、青年の演奏は昨日と比べ物にならない程に上達していた。

その音色は正しく。

(俺の…曲だ…)

自分と同じ指を持った青年の演奏は、その音色もまた直哉と同じ物だった。

数ヶ月ぶりに訪れたこの学校で、この場所でかつて多くの人間を唸らせた音色がここに蘇っていた。

やがて曲が止まっても、直也はその余韻に浸るように暫し目を閉じたままだった。

「先輩?」

演奏を終えた青年の声が掛かる。

そっと目を開けると、評価を待つ青年の顔が見えた。

僅かに緊張した面持ちでジッと直也を見つめるその青年に、直也は穏やかな笑み浮かべた。

「お前…指、大事にしろよ?お前の指は黄金の指だ」

そう言うと、青年ははにかんだ笑みを見せた。

何を馬鹿な、自分なんてまだまだだ。そう思っているのがよく分かる。

だがそれは間違いだと直也は思う。

この青年は新しい自分だ。これからも音楽の道を進んでいけばきっと自分以上にその腕前を多くの人の前で披露し、賞賛されるだろう。

だから、直也は本心からその言葉を言った。

自分には歩みきれなかったこの道を、このままずっと歩んで言って欲しいと思った。

隣で微笑むおせっかい女の存在も、この時ばかりは鬱陶しいとは思わなかった。

「先生!」

その時、教室に拍手の音が響いた。

その顔に満足気な笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、直也を止めた恩師だった。

「すばらしい!元々君には才能があると思っていたが…どうやら開花したようですね、昔の海堂くんに勝るとも劣らない!」

そう言われて、自分に嬉しそうな笑顔を向ける青年に、直也もまた満足気な笑みで返した。

かつて自分を教えてくれた恩師がこの青年を評価してくれたことは直也にも嬉しいことだった。

「君に足りないのはあと一つだけだ。それを達成すれば今の海堂くんと同じになれるでしょう」

そう言って微笑んだ恩師の言葉に、青年は嬉しくてたまらないといった様に輝かんばかりの笑顔を浮かべた。

その言葉に僅かに引っかかる物を感じながらも、直也はこの人ならばきっとこの青年を導いてくれると安心して頷く。

(今の海堂さんと…同じ?)

そんな中、ただ一人結花だけが訝しげな表情で微笑む初老の男を見ていた。


 * * *


乾 巧はかつて死を体感したことがある。

それはまだ幼かった頃、不慮の交通事故にあった時だった。

病院へと運ばれる救急車のストレッチャーの上で、朦朧とする意識が少しずつ闇に飲まれていく感覚。

その体から少しずつ感覚が消えていく中、巧の中で何かが一つ燃え尽きた。

シュウっという何かが焼け落ちる音が聞こえた気がした。

そして、巧の意識を闇が完全に覆い隠した。

自己の存在を認識できなくなったその時、巧の体は死を迎えた。

しかし、巧は目を覚ました。

意識を失って僅か数秒のことだった。

死んだはずの巧の蘇生は、救急隊員の懸命の蘇生措置によるものではない。

意識を取り戻した巧は、自分の体がそれまでと違う物になったことを理解した。

何故、と問われても巧ははっきりとした答えを返すことはできないだろう。

だが、目を覚ました巧は、気づいたのだ。

かつての自分という存在が極めて希薄なものとなっていた事に。

その身にあったのは、自分であって自分でなくなった体と、その中心にポッカリと穴が開いたように存在する虚無感だった。

そして、その日を境に巧は物事に強い感情を抱けなくなった。

人の形をしていながら、人とは違う曖昧な存在となった自分に自身が持てなくなったのもそれがきっかけだった。

乾 巧には夢が無い。

可能性に溢れた少年時代、その初めから18歳の今まで巧は何かに強く憧れることも、熱中することもなく毎日を過ごしてきた。

中学、高校とやりたいこともないまま過ごした巧は、希望に溢れた顔で自分の目標を語る同級生達とのズレを自覚していた。

しかし、自覚していても巧の心は何かに強く動かされること無く、波の無い水面の如く静まり続けた。

そんな巧は二人の人間と出会う。

菊池 啓太郎と園田 真理である。

その二人は自分に無い物を持っていた。

それは『夢』

若い二人は、情熱に満ちた目をして言った。

曰く、ずっと憧れていた美容師になるのだと。

曰く、世界中の悩みや不幸を全部洗い流すようなクリーニング屋なりたいのだと。

そんな二人に挟まれて、巧みが感じたのは強い劣等感だった。

夢とは将来への希望である。

学生時代、何気なしに開いた辞書に載っていた言葉だ。

その希望が、夢が無いことは、やがて巧の悩みになった。

誰もがもつ将来への希望、目標。それが無い自分はそんな人間よりも遥かに劣っている気がして、そう思うと一層不安が増した。

ゆえに、そんな夢を持った二人を巧は羨ましいと思った。

同時に妬みも覚えた巧は、何度か二人にキツく当たることもあった。

だが、そんな夢を持つ彼らは、それぞれ夢を持っているがための悩みを抱えていた。

ある青年は自分の夢を親に理解してもらえないことに。

自分と共に住む少女は、現場が求めるソレよりも遥かに劣った自分の実力に。

しかしそれでも尚努力し続ける彼らのことが、巧は理解できなかった。

そんな風に悩んでまで、苦しい思いをしてまでどうして一生懸命に夢を追いかけられるのか。

そう尋ねた巧に、少女はこう返した。

「夢を持つとね、時々すっごく切なくて、時々すっごく熱くなるんだ」

それに対する自分の返答の通り、言葉の意味は良く分からなかった。

しかし、そう言って微笑んだ少女を見て巧は思った。

夢を持っているからこそ、この少女はこうして笑っていられるのだと。

「………」

小さな美容室の中で、真剣な表情を浮かべて真理がマネキンの首にロッドを巻いている。

店の前の植木の陰からその様子を伺いながら、巧は僅かに微笑みを浮かべていた。

腰に巻かれた重さを確かめるように、上着の下に潜めたソレに触れながら。


 * * *



『―――――――』

そろそろ…死ぬか。

そう思って、俺は砂浜に座り込んでいた体を起こした。

目の前に見えるのは、少しずつ沈んでいく夕日を反射してオレンジ色にそまった海。

精密機械の塊なオートバジンの体を持った俺がここに飛び込めば、きっとすぐに死がやってくると思う。

木場さんと別れてから、長い間考えた。

戦って人を殺した自分は本当に正しかったのか。

答えはすぐに出た。正しい訳が無い。

だって、どんな理由があったとしても人を殺していい理由になるはずが無いんだから。

仮面ライダーの世界という戦うことが当たり前になったこの世界で戦う力を持ってるなら戦って当然だ。

俺の中にはこんな考えがあったんじゃないだろうか。

だから初めてこの世界に来た時も、当たり前のようにオルフェノクに殴りかかれたんだ。

戦うってことが、相手の命を奪う行為だって知ってた筈なのに。

オルフェノクという生き物がどういう存在なのか知ってた筈だったのに、俺は彼らを手にかけてしまった。

命を奪う覚悟も持たないで、だ。

だから、罪を償おう。自分の命でもって。

このまま海の底に沈んで、何もかも忘れるんだ。

そうすれば楽になる…もうこれ以上悩む必要なくなる。

異世界に転生し、別の物に憑依した主人公がこんな形で死んだらどうなるんだろう。

…まぁ考える必要は無いか、きっと何のイベントも無く地獄行きだ。

人を殺した俺には地獄に落ちるのがお似合いさ。

今から空を飛んで海の真ん中にでも落ちれば、誰かに引き上げられることも無いだろう。

背中の車輪が稼動して地面と平行になる。

そのまま最大出力で回転させようと思った時だった。

「こんなとこ居ると錆びるぞ」

どこかで聞いた声が掛かった。

背中の車輪を一時戻して振り返る。

「よう」

数日前に巧さんと一緒に会った時と同じ顔でタバコを吹かしながら笑ったその人は、俺が考えも無しに助けた喫茶店のマスターだった。

原作ではほんの少しの出番で殺されてしまった人。

俺は巧さんに連れられて、偶然この人と知り合った。

そして俺は真剣に巧さんを心配してくれたこの人を本来の運命から助けた。助けてしまった。

オルフェノクという変身能力を持った一人の人間の命と引き換えに。

「店がまだ開けないもんでな、暇つぶしに散歩してたんだ」

俺はそう言って笑うマスターの顔を見てられなかった。

この人は俺が犯した罪の結果だ。

「しかしお前、なんでまた海なんぞに居んだ?潮風は機械に良くねーんだぞ?」

この人という一つの命を助けるために、もう一つの命を奪ったことは間違いだったんだ。

……だけど、分かっていた犠牲を亡くそうとしたことは間違いなのか?

「なんだよ無視か?ちょっとぐらい反応しねーとおっさん泣くぞこの野郎め」

人を殺すことが正しい筈なんてない。

だけど、それはあの時店を襲っていたオルフェノクにも言えることだ。

だからって俺がアイツを殺したことが正当化されるわけじゃないのは分かってる。

「おい、お前俺の声聞こえてるか?」

なら…俺はあの時どうすればよかったんだ!?

それはやっちゃいけないことだと納得してマスターを見殺しにすればよかったのか!?

「おいロボッ!!お前さっきから本当にどうしたんだ!」

でも助けられる命を助けないことは、分かっていた犠牲を見て見ぬふりするのは罪じゃないのか!?

人を殺そうとしてる人間を止めずに放置するのが正しいっていうのか!?

分からない…もう全然わかんねぇよ畜生!!

「ロボッ!!」

『――――――ッ!!』

もう何度考えたか分からないその考えが頭の中でまたループしそうになった時、マスターの声が俺の意識を現実に呼び戻した。

振り返ると、イラついた様子のマスターが俺の肩を掴んでいた。

「さっきから変だぞお前、どうしたんだよ一体」

表情なんて無い俺の顔を覗き込んでくるマスター。

答えない俺を見るその顔は、怒ったようなそれから少しずつ怪訝な表情に変わっていく。

「何か…あったのか?」

『――――――』

「…あったんだな?」

俺はいつの間にかスケッチブックを取り出していた。


* * *


「何をなさっているんですか?」

駐輪所に止められたバイクと必死に格闘するその背中を冷ややかな目で見据えながら、結花は尋ねた。

慌てて振り返った男は、ぎこちない笑みを浮かべる。

「い、いやぁ…バイクの調子が悪くてね…」

「先生がバイクに乗るようには見えませんけど」

「…誰だ君は、うちの生徒じゃないようだが?」

振り返った男はほんの数分前に海堂とともに顔を合わせた初老の男性教諭だった。

海堂 直哉の恩師にして…彼から『黄金の指』を奪った男。

結花は、勇治と共に直哉から彼がその才能を無くした事故について聞かされていた。

そして、そんな彼に結花は同情した。

多くの人に賞賛される才能、自分には無いソレを持った直哉が一日にしてその才能を奪われた。

それまで自分を評価していた人間達が、その全てが離れていくその悔しさと悲しみは、ずっと生き地獄のような日々を生きてきた自分のソレよりもずっと酷い物だと思った。

物心ついた時から愛情ではなく悪意ばかりを向け続けられた結花とは違い、それまで多くの人に囲まれていた直哉がそれを失った時に感じた喪失感はどれほどの物だっただろうか。

そんな直哉から才能を奪った人間を結花は憎いと思った。

その憎むべき相手が、今目の前にいる。

「また教え子の才能を潰すつもりですか?先生なんでしょう?海堂さんのバイクに細工したのも」

問い掛けられた教諭が言葉に詰まった。

『君に足りないのはあと一つだけだ。それを達成すれば今の海堂くんと同じになれるでしょう』

教諭の発したその言葉がずっと結花の中で引っかかっていた。

今の海堂はもう以前のようにギターを奏でることはできない。そんな海堂と同じになれると発した教諭に湧いた僅かな疑念。

この男は、海堂が才能を無くしたあの事件に関わっているのではないか。

証拠は何も無い。

だからこそ、その後をつけ確かめようと思った。

そして。

「……っ!馬鹿な女だ!!」

犯人の正体は明かされた。

振りかぶられた灰色の腕を見据えた瞳が白く光る。

細く白いその足に力が篭もり、結花の体が舞い上がり一瞬にしてその体は屋上へと跳躍した。

目標を外れた拳が空を切り、忌々しげに結花を見上げる教諭が変貌したオルフェノクを睨みながら、結花は静かに踵を返す。

振り返ったその先で、怒りの表情を浮かべた木場 勇治に向かって結花はそっと頷いた。


 * * *


「罪を償う…か」

『――――――』

全てを話し終えるのには時間が掛かった。

俺がこの手で殺した男のことを。

それからずっと考えてきたこと、これから何をするかを。

巧さんから貰ったスケッチブックもかなり使ってしまった。

【ふざけた話ですよね、その時はなんの躊躇いもなく殺したくせに今になって後悔してるなんて】

「………」

マスターに話してる間もずっと考えてた。

自分のした事が正しいのか間違っているのか。

そしたら何時の間にかこんな考えに行き着いた。

こんなこと考えても、もう意味が無いんだって。

どんなに悩んで立って俺が人を殺したという事実は変わらないし、変えられないんだ。

だからもう、考えるのはやめよう。マスターと話し終えたらすぐにでも海に飛び込んでしまおう。

「俺はふざけてるとは思わないぞ」

一度、大きく煙を吐いたマスターは長い沈黙の後、そう呟いた。

「まともな頭した奴なら罪を犯せば悔やんで当然だし、そんな自分を恥じて当然だろ。逆に自分のしたことに反省も後悔もしない奴は人間のクズだ。そんな奴はきっと誰からも慕われも愛されもしない」

『――――――』

「罪を犯したなら自分がしたことと向き合い、悔やみ反省する、それのどこがふざけてるっていうんだ?」

マスターはそう言い終えると、短くなったタバコを海に投げ込んで消す。

まだ火のついたそれはシュッと軽い音を立てて、引いていく波に攫われていった。

「だが死ぬのは違うぞロボット、そんなもんは償いじゃない」

(え?)

俺と並んで砂の上に腰を下ろしたマスターは新しく取り出したタバコに火をつけながら言った。

そう言って俺を見るマスターは、始めてみる真剣な表情を浮かべている。

死ぬのが…償いじゃない?

なんでだ?俺も人も同じ命なのに…その命を奪った俺がそれ以外で罪を償えるっていうんですか?

「確かに犯した罪は償わなけりゃいけない。だがその為に死を選ぶのは卑怯な行為だ」

卑怯?

「償う為に死ぬ、聞こえはいいがそんな物は償いじゃない。それはただの逃げなんだよロボット。自分が背負った罪の重さから逃げることだ」

【そんなの綺麗ごとですよ、殺した罪は死んで償って当然です!人の人生を潰した奴が生きていて良いと思うんですか!?】

俺は反射的にスケッチブックにそう書き込んでいた。

俺だって進んで死にたい訳じゃない。自分なりに考えて悩んで、それでこの方法に行き着いたのにそれを逃げなんて言うだなんて…。それなら他にどうしろっていうんだ!?

他に償う方法があるならそれを選びたいさ…だけど、消えた命は帰ってこないんだ!

「だったらお前、死のうと考えた時こんな事思って無かったって自信持って言えるか?全部忘れたい、楽になりたいってよ」

『―――ッ!!』

俺はその言葉を覚えてた。

それは確かに俺が考えてた事だ。

だけど…違う、俺は自分が楽になりたくてこの方法を選んだんじゃない…俺は、罪を償いたくて!!

「思ってたみたいだな」

【違います!】

「なら何ですぐに言い返せなかった?」

『―――――ッ』

俺はマスターのその言葉に何も言い返すことは出来なかった。

罪を償いたい。それは俺の本心の筈なのに、俺はマスターに言われるまでその言葉を否定できなかった。

固まった俺をそのままに、マスターは言葉を続ける。

「お前は確かに罪を償おうと思ってるんだろうさ、だがそれ以上に罪の重さに苦しみたくないと思ってる。そして頭の奥じゃそれが分かってるからすぐに俺の言葉を否定できなかったんだよ」

その言葉を聞いた瞬間、俺は耳を塞ぎたくなった。

この先を聞いちゃいけない、聞きたくない。聞いたら俺は分かってしまう。自分の本心を、ここに来た本当の理由を…!!

「お前がしようとしたのは償いでも何でもない、ただ自分が背負った罪の重さから逃げようとしただけだ」

『―――――ッ!!!』

何かが音を立てて崩れた気がした。

いや、何かがじゃない…。これは俺が作り上げた、自分の本心を隠すための建前だ。

罪を償う。その為に死ぬ。そう思ってここに来た、だけどそれは、それだけが…俺の本心じゃない…。

俺は解放されたかったんだ、自分を苦しませる罪悪感から。

【でも、ならどうすればいいんですか!?死ぬのが逃げだっていうのなら、俺はどうやって償えばいいんです!?】

そうだ、それだけじゃない…俺は本当に償おうと思っていたんだ!

俺は確かに楽になりたいとは思ってた。だけど、この罪を償いたいって気持ちだってあるんだ。

だけど、死んじゃいけない…それは逃げだから。卑怯な行ないだから。ならどうやって償えばいい?どうすれば償える!?

俺は、そんな思いをぶつけるように、乱暴に書きなぐったスケッチブックを突き出した。

それを見て、マスターは二本目のタバコを捨てながら言った。

「その質問に答える前に聞きたいことがある」

『―――?』

「お前は何故戦った?あの時、ドアを突き破って俺を助けてくれたお前は、どんな結果を求めて戦ったんだ?」

(え?)

一瞬、思考がフリーズした。その質問の意図が理解できなかったからだ。

だけど、そう問い掛けるマスターは真剣な表情で俺の返答を待っているようだった。

俺が戦った理由…そんな物無い…俺はただ、自分が手に入れたオートバジンの力に浮かれてただけで…っ!?

いや、違う!俺はあの時そんなことを考えて戦いに行ったんじゃない!!

俺があの日戦ったのは…!!

【あなたを助けたかったからです!勝手な理屈であなたが殺されるのを止めたかった!!】

そうだ。俺はあの前日、この人がどんな人間かを知った。

きっかけは俺が考えなしに鳴らした音を聞いてマスターが店から出てくるという原作と外れた事態を起こしてしまった時だった。

そして話して、巧さんを心配するこの人を、こんな良い人を死なせたくないと思った。

だから戦った。こんな人が理不尽に命を奪われるなんておかしい、そう思ったから。

「……そう思って、俺を助けた事を後悔してるか?」

【そんな筈ありません!だって、あの時俺が動かなかったらマスターが殺されていたんですから!】

反射的にそう答えると、マスターは一度だけ大きく頷いた。

「ならもう一つ質問だ、お前の戦う理由はなんだった?今日この日まで何を願って戦ってきた?」

『――――ッ!!』

俺の戦う理由、この質問は…木場さんに聞かれたのと同じ…!!

あの時、木場さんのマンションでそれを聞かれた時、俺は答えを返した。

ろくに考えないで言ったあの答え。だけど、それは本当に適当に考えた答えだったのか?いや違う!

トンネルの中で目が覚めて戦ったあの時も。

マスターを助けるために戦ったあの時も、そして…俺が初めて敵を殺したあの時も。

俺が戦ったのはいつだってそうだった!

俺が戦う理由、それは…。

『そこに守りたい人がいるからです!目の前で命を奪われそうになっている人を守りたかった!!』

「ならそれが答えだ」

(え?)

「その願いを…お前の正義を貫き通せ、それがお前がやるべき贖罪だ」

(正義を…貫き通す?)

「お前は願った、目の前で奪われようとする命を守りたいってな。そしてその為に戦い、守った。敵の命を代償にしてだ」

呆然とする俺を見て、マスターは俺の肩を掴んで向き合い吼えた。

「だから戦えロボット!殺した人間の…あの化け物の命を背負って戦え!!お前の願いを、お前の正義を貫く為に!お前が戦うその場所に、そうしなけりゃ守れない命があるなら!!」

命を背負う…俺が戦うオルフェノクの命を。

そして守る、俺が守りたいと思った人達を。

それが…俺の償いなのか?

ああ…そうか、結局どっちかしかないんだ。

自分の願いの為に戦って敵を殺すのは罪だ。

だけど、戦わなけりゃ多くの人がオルフェノクの手で殺される。それが分かっていながら戦わないのも同じだ。

そして俺は、誰かが死ぬのが嫌だから、敵と戦う方を選んだ。

例えその本質を知ってるオルフェノクを殺してでも、脅かされる誰かを助けたい。そう思ったから戦ったんだ。

そうしなけりゃ、守れない命があるから。

「行くのか?」

立ち上がった俺を見上げて、マスターが言った。

俺は頷いて、最後の一言を書き込む。

【ありがとうございました】

その一言を見せ終わると、俺はマスターから離れる。

背中の車輪を駆動させ、踵のブースターの点火を準備する。

その時だった、マスターがもう一度口を開いたのは。

「ロボット!これから先戦い続けることはより多くの罪を背負うことになるだろう!もし、その重さに潰されそうになったらその度に思い出せ!!ここに一人!お前に感謝する人間がいるってことを!!」

そう言って、マスターは拳を握った右手で自分の胸を叩いた。

『――――――!!』

その言葉を聞き終えて、俺は空に向かって飛び立つ。

向かう場所は山手音楽病院。

俺が戦い、逃がしてしまったオルフェノクが巣食う場所。

多くの人が集まるその場所に脅威を残してしまった責任を取りに行く。

そして戦う、俺の願いを…正義を貫く為に!!

誰かを守ることが…戦うことが罪なら俺が背負ってやる!

俺はもう…自分の罪から逃げない!!


 * * *


長田 結花は、その手に使い古されたクラシックギターを持って部屋の階段を上っていた。

そのギターは直哉の部屋にあった物だ。

鍵のかかっていなかったその部屋から結花はそれを、持ち主の元へと連れて行く。

「あの…海堂さん、一つお願いしてもいいですか?」

「何を…?」

遠く、虚空を見つめる直哉は気だるげに答えた。

「ほんの少しでいいから、海堂さんのギターを聞いてみたい」

そう言って差し出したギターを直哉は見つめる。

その色を形を、記憶に刻み込むように隅から隅へと目を走らせると、おもむろにそれを掴んだ。

手近にあった本を積み、小さな台を作り左足を乗せ、左手を包むグローブを剥ぎ取り捨てる。

結花はそっと階段に腰掛けた。

今の直哉がどこまで演奏できるのかは分からない。

それでも、結花は聞いてみたかった。

かつて多くの人々から賞賛を浴びた天才の音色を。

やがて、始まるであろう演奏を、結花は目を閉じて待った。

視覚は必要ない、今この時は耳だけに意識を向けていようと思った。


 * * *


「………」

乾 巧は待っていた。

自分が元来た道を、軽い足取りで歩いてくる少女が通り過ぎるのを。

昨日の夜、巧は真理と一緒に家に帰る中、自分達をつける気配を感じ取っていた。

それは常人には感じ取ることのできない微かな感覚。

だがしかし、巧はそれを敏感に感じ取っていたのだ。

そして、それは少女をつけるもう一つの足音も例外ではない。

その前を歩く少女の足音が自分が身を隠す街路樹の影を通りすぎるのを見計らって、巧は静かにそれをつける足音の前に立ちはだかった。

「何者だお前!」

足音の主は、その灰色の体を揺らしながら言う。

その問いには答えず、巧は僅かに上着をずらして見せる。

緋色に輝く夕日の下、銀色のベルトが光を反射して輝いた。 

「!?」

それを見て灰色の怪人が、身構える。

殴りかかってきたその体に蹴りを打ち込みながら、巧はすばやく別の街路樹の陰に隠れた。

標的を見失った怪人が周囲に視線を走らせる中、巧は口を開いた。

「………」

放課後の学校。

小さな教室の真ん中の椅子に腰掛けながら、木場 勇治は待ち受けていた。

この学校に巣食う、真のモンスターを狩る為に。

この学校で起きる生徒の灰化事件、そして海堂 直哉の才能を奪った犯人にしてその恩師である男を倒す為に。

これ以上、悲劇を繰り返させない為に、勇治はここへやってきたのだ。

その胸中に渦巻くのは激しい怒り。

されど、その端整な顔には一切の感情は浮かんでいない。

勇治はその沸きあがる怒りを表に出すことなく、静かに心の奥底で滾らせる。

それを出すのは憎き相手と相対した後で良い。

勇治はその時が来るのをそっと目を閉じて待ち続けた。

そして、さしたる時間も経てずその時はやってきた。

「なんだ君は!?」

ドアを開けた初老の教諭は、椅子に座る勇治に声を掛けた。

その問いに答えず、勇治は問い掛けた。

「話は全部聞いている…何故海堂 直哉の夢を潰したんだ」

それを聞いた教諭の気配が急激に濃くなっていくのを、勇治は背中で感じる。

自分が犯した行為を知っている目の前の青年をいつでも仕留められるよう、僅かにその力を発現させているようだった。

「私より才能のある人間は最も重い罰を受けなければならない、分かるかね?そういう人間はただ手にかけるだけではつまらない。才能を潰して惨めに生きてもらわなければ」

教諭はさもそれが当然であるかのように冷淡に語った。

その態度からは僅かな罪の意識も感じる事はできなかった。

(こんな男に…彼は夢を奪われたのか…)

勇治の中でまだ僅かに残っていた、この男を殺すことへの躊躇いが消えた瞬間だった。

そして、二人の青年は言葉を紡ぐ。

「お前知ってるか?夢を持つとな…時々すっごく切なくなるが…時々すっごく熱くなる。らしいぜ」

「知っているかな?夢っていうのは呪いと同じなんだ。途中で挫折した者はずっと呪われたまま…らしい」

「俺には夢は無い…けどな、夢を守ることはできる」

『555――Standing By』

「変身っ!!」

『Complete』

「あなたの…罪は重い!!」

緋色に染まった光を浴びながら、二人の青年が姿を変えた。

一人は赤い光を放つ超金属の騎士へ。

一人は重鎧を纏った灰色の騎士へ。

二人の騎士は互いの敵へと向き直り構える。

そして…正史は僅かに形を変える。

怒る灰色の騎士の下へ、訪れるものがまた一人。

「!?」

その耳に届いたのはズシンという重い音。

巨躯を揺らし、ゆっくりと近づいてくる足音は、やがてドアを開け部屋の中へと足を踏み入れる。

夕日を反射して輝く銀色のボディ。

それを彩る赤いライン。

頭部に下りた黒いバイザーに光を灯した巨体の名を、勇治は知っている。

SB555Vオートバジンはゆっくりとその巨体を勇治に向ける。

その手に握られたスケッチブックに書かれた文字に、勇治は表情のない灰色の顔のかわりに心の中で微笑んだ。

【戦ってください、俺と一緒に!これ以上悲劇を繰り返させない為に!!】

その一文は勇治の願いが叶ったことを示していた。

罪悪感に打ちひしがれ、膝をついた無敵のヒーローは一夜を経てここに復活を果たしたのである。

そして同時に気づく、彼は知っているのだ。この姿の自分が…馬のオルフェノクが誰であるのかを。

それを分かっていて当然のように、自分との共闘を持ちかけているのだ彼は。

人とオルフェノク、種族の違いなど関係無い。善と悪を見極め悪を討とうとしているのだ。

そんな彼に勇治が返す答えは決まっていた。

「ああ…一緒に戦ってくれ!!」

「何っ!?」

勇治の声に、教諭が変貌したオウルオルフェノクが焦った声を上げる。

それを無視し、二つの巨体の目がオウルオルフェノクの灰色の体を捕らえた。

「クソッ!!」

銀に輝く鋼の騎馬と大鎧纏う灰色の騎士が並び立ち構える、それを見た瞬間オウルオルフェノクが部屋の窓を突き破り階下へと逃げ出していく。

それを追い、二人もまた飛び出す。

勇治が変じたホースオルフェノクはその頑強な体を生かして、硬い地面に降り立と同時に逃げ去る灰色の後姿を追って走る。

『Beecle Mode』

その隣を、バイクへと変形したオートバジンが並走し、ピロロロっと快音を鳴らす。

「乗せてくれるか!?」

『ピロッ!』

返事に鳴らされた快音を了承と受け取りホースオルフェノクは並走した状態から、オートバジンへ飛び乗る。

馬を得た騎士は、オウルオルフェノクが逃げ込んだ体育館に辿り着く。

渡り廊下で校舎と繋がったそこは、逃げ込んだ際ドアを開ける余裕も無かったのか一枚の窓ガラスが外側から割られていた。

『Battle Mode』

ホースオルフェノクを下ろし、元の姿へと戻ったオートバジンはぴったりと閉められた入り口へと向かっていく。

(一つ、俺はろくに覚悟も決めずに戦っていた)

重い足音を響かせながら、銀色の巨体が灰色の騎士を伴って歩く。

(二つ、そしてそれを自分が敵を殺すまで気づくことができなかった)

銀色のボディに宿る少年は、己の罪を数える。

罪を背負い、己の正義を貫く為に。自らが犯したその罪を、その心に刻み込む為に。

(三つ、俺は償いと偽って自分の罪から逃げようとした)

ゆえに少年は戦場に上る。

犯した罪を償う為に、一つの命を奪ったとしても守りたい者を守る為に。

(俺は俺の罪を数えたぞ…次はお前の番だクソジジイ!!)

銀と灰、二つの巨体が並び立ち目の前のドアに手を掛け開く。

「ウァアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

ドアを開け放つのと同時に、オウルオルフェノクが鉤爪を振り上げ飛び掛ってくる。

それに反応したのはオートバジンだった。

ホースオルフェノクが迎え撃とうと構えるより先に、体育館へと踏み込んだ銀色のボディがオウルオルフェノクに立ちはだかり。

(さぁ!!お前の罪を数えろっ!!)

灰色の顔面を銀色の拳が打ち抜いた。

「グガッ!!」

突き出されたレイピアが届くより早く、蹴り込んだ右足が怪人の腹を打ち抜く。

後ずさった異形を逃がすまいと距離を詰め、ファイズは連続でその顔面を殴打した。

うめき声を上げよろめく怪人を見据えながら、スナップした手首がカシャリと音を鳴らす。

武器を持たない左手で抑えた頭を振り、回復した怪人がレイピアを振り上げると同時に再びファイズが飛び掛る。

「ぐっ!」

三度目の接近は怪人の突き出したレイピアが、ファイズの胸甲『フルメタルラング』を打つのが先だった。

空中で攻撃を受ければ当然ふんばることも出来ず、ファイズはアスファルトの上を転がった。

回転する勢いを利用してしゃがんだ状態に立て直すと同時に、ファイズはバックルに収まったファイズフォンを抜き、画面に表示されるコードを入力する。

『106――Burst Mode』

ファイズドライバーの起動キー『ファイズフォン』は三桁のコードを入力することで各機能を発揮する。

555ならばファイズドライバーの起動。そして入力した106によって一度に散発の光弾を発射できる連発銃『フォンブラスター』となる。

「ぐあっ!!」

しかし、それを向けるより早くしゃがんだままのファイズの複眼をレイピアが打つ。

(しまった…!!)

体制を崩しながらも、追撃を加えようとする怪人の腹に三連射を撃ち込み退かせ立ち上がる。

「クソッ!そういやあの馬鹿どっか行ったんだったな…!!」

直撃を受けた頭を抑えながらファイズが唸る。

完全に油断、いや、安心していた。

東京に来て今日までずっと、ファイズは常に一人と一機で戦ってきた。

銀色のボディを持つ、意思をもった変形バイク。

初めて共に戦った時から、ロボットは絶妙なタイミングでファイズを援護してきた。

ファイズの攻撃で敵との距離が開けば追い討ちを掛け。

攻撃を受ければその間に割って入り身をもってファイズを守る。

そのロボットの不在が、ファイズに隙を生んだのだ。

当然ながらコードを入力する際には大きな隙が出来る。

ゆえに使う時は、敵が動きを止めているか誰かが敵の注意を引いている必要がある。

その役目を率先して引き受けてきたロボットの不在という状態で、ファイズはそれまでと同じように敵の前で入力を行おうとし、結果攻撃を受ける事になった。

「一体何処ほっつき歩いてんだアイツはァ!!」

フォンブラスターを連射しながらファイズが叫んだ。

『―――――!?』

「ガアアアッ!!」

何故か背中に薄ら寒いものを感じながら、ガスマスクのような顔面に掌打を打ち込む。

魔剣を手にし、よろめいたオウルオルフェノクに切りつけるホースオルフェノクを視界に収めながら。

オートバジンはモニターの隅に表示された地図に点る赤い信号を確認する。

ファイズが、自分の主が戦っている。

しかし、オートバジンは操作パネルを呼び出し地図を消した。

すぐにでも助けに行きたい。だがそれでは駄目なのだ。

自分のミスで残してしまったこの学校の脅威を倒し、責任を果たさねばならない。

何よりも、いまここで守りたい人が戦っているのだ。

ゆえにオートバジンは迷わずそれを消した。

「うおおおおおッ!!」

ホースオルフェノクに変じた勇治はこの姿で戦って初めて自分の心が高揚しているのを感じていた。

オートバジンが、自分に目標をくれたあのロボットが自分と肩を並べて戦っている。

ありえなかったはずの展開に勇治の中でずっと沈んでいた心が、オルフェノクとなって初めて喜びを感じている。

その感情に押された体は、まるで油を注されたかのように軽やかに動く。

跳躍し両手で魔剣を握り締め、大上段から斬りかかる。

「な、舐めるなっ!!」

オウルオルフェノクは両手に備えた鉤爪でそれを受けると、渾身の力を込めて跳ね飛ばす。

剣を握ったホースオルフェノクの体が再び宙を待った。

「くっ!!」

跳ね飛ばされたホースオルフェノクは、体制を整え着地に備える。

しかし、僅かに間をおいて足に伝わったのは、木で出来た体育館の床ではなく硬い小さな感触。

見下ろすと一対の銀色の手がレシーブの形を取り、ホースオルフェノクの両足を受け止めていた。

「オートバジンッ!」

『ピロロロロロッ!!』

ホースオルフェノクの声に答えるように、ホースオルフェノクを見上げる黒いバイザーに光が点った。

そしてホースオルフェノクは三度、空中へと駆け上がった。

オートバジンの銀色の腕がホースオルフェノクの体を打ち上げる。

その足がオートバジンの手を離れる瞬間、ホースオルフェノクはその抜群の脚力でもって天井高く跳躍したのである。

「オオオオオオオオオオオオオッ!!」

灰色の馬頭が吼えた。

天井に触れんばかりに飛び上がったホースオルフェノクは、眼下で自身を見上げるオウルオルフェノクへとその剣を振り下ろした。

「ギ…アァアアアアアアアアアアッ!!!」

防ごうと突き出された鉤爪を絶ち割り、灰色の魔剣がオウルオルフェノクを頭から股にかけてを一直線に斬り裂く。

その威力に成すすべも無く吹き飛びながら、灰色の外皮が盛大に火花を上げオウルオルフェノクが絶叫する。

着地したホースオルフェノクにオートバジンが歩み寄った。

「ガ…ガハッ…!!」

(か…勝てない…こんな化け物達に…勝てるわけがない!!)

倒れ付したオウルオルフェノクは荒い息を吐きながら、力の篭らない足を必死にふんばり立ち上がる。

戦う前にあった余裕はとうの昔に消えている。

剣を持つ馬のオルフェノクだけならばどうにかなったかもしれない。

だがしかし、銀色に輝く強固な体を持ったそのロボットの存在が、オウルオルフェノクに希望を失わせる。

殴りつけても、鉤爪で斬りかかっても応えないそのボディを貫く手段が無い。

進化した存在であるはずの自分から一瞬意識を奪う程のパワーを防ぐ術が無い。

勝てない。どうしても目の前の脅威を退けることができない。

(し、死なん…!死んでなるものか!!)

「ハァアアアアアアアアアアアッ!!!」

ゆえにオウルオルフェノクが取った行動は、逃亡だった。

ガスマスクを模したその顔から、黒煙を噴出し辺り一面を黒く染めていく。

全力を持って吹き出した煙は体育館全体を覆いつくし、あらゆるものの視界を奪う。

その空間の中で自分だけが、その影響を受けずに動く事ができる。

(ハハハハッ!そうだ、最初からこうしていれば良かったんだ!!この闇の中に溶け込んでしまえば、誰も私を捉えられん!!)

オウルオルフェノクは自らが破った窓へと走り出そうとする。

「ッ!!?」

だがその時、オウルオルフェノクを刺すような視線が捉えた。

馬鹿な…という言葉が漏れる。

捉えられている、この闇の中で。それを作り出した筈の自分が。

(ま、待て!なにをやっているんだ私は!!早く逃げなければ…あそこの窓から早く!!)

その意思とは無関係に、体がそれの方を向いていく。

背後から発せられる押しつぶされんばかりの殺気の元へ振り向き、そして。

「言った筈だ、あなたの罪は重いと」

闇の中に輝く、灰色の瞳と目が合った。

瞬間、風が吹き荒れた。

それは全てを吹き飛ばす大嵐のような圧倒的な力を含んだ風。

その力の前に、辺りを覆っていた闇が力なく吹き散らされ、体育館に張られた全ての窓が砕け散る。

「ば、馬鹿な…!!」

それを放つのは一振りの魔剣だった。

その身に秘められたオルフェノクエネルギーを注ぎ込まれた灰色の魔剣が青白い光を纏い輝き、強大な風を巻き起こしていた。

「海堂 直哉の才能と…多くの人達の命を奪った罪を!!今ここで…償えッ!!」

呆然と立ち尽くすオウルオルフェノクを見据え、ホースオルフェノクがそれを振り上げる。

オウルオルフェノクが現実に回帰するのと同時にそれは振り下ろされた。

刃から放たれた巨大な光の刃。

それは床に巨大な傷跡を残しながら疾走し。

「あ…う、うわぁあああああああああああああああッ!!!!」

オウルオルフェノクを飲み込んだ。

『Exceed Charge』

「うぉおおおおおおおおッ!!」

「アァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

拳に装着したファイズショットに、光り輝くエネルギーが収束する。

互いに咆哮し、怪人とファイズが激突する。

頭を狙って突き出されたレイピアを首に掠らせながら、ファイズのグランインパクトが怪人を吹き飛ばす。

だが、それだけで終わりではない。

10メートル近い距離を飛び、地面へと叩きつけられた怪人がもがくのを見ながら、ファイズはミッションメモリーをポインターへと取替えエンターキーを入力する。

『Ready』

『Exceed Charge』

しゃがみこむ様な体制から一気に走り出し、その足にフォトンブラッドが収束すると同時にファイズが飛ぶ。

空中でその身を一回させ、伸ばした両足から放たれたポインターが立ち上がった怪人の胸を捉えた。

「ヤァアアアアアアアアッ!!」

その瞬間、ファイズは真紅の槍と化して怪人を貫いた。

絶叫が上がり、その体を突き抜けたファイズが着地する。

甲高い音を立てて、φのマークを刻まれた怪人が、その後ろで灰となって崩れ落ちた。


 * * *


「……ここまでだ」

終わりは唐突に訪れた。

軽やかに動いていた指は、限界を向かえ細かに震えだす。

それに向かって僅かに微笑みながら、直哉は階段に座った結花に告げた。

「………」

振り返った結花は何も言わない。

直哉は、静かに立ち上がると、それを持ってベランダへと歩き出す。

その後ろに、静かに結花が寄り添った。

「俺、ようやくギターを捨てることができる。俺の変わりに弾いてくれる奴ができたから…」

そう行った直哉の表情は、とても晴れやかだった。

結局、自分は一曲を弾き終えることができなかった。

だがそれで良い、最後に演奏ができて良かった。

これでもう、自分は『コレ』に思い残す事は無い。

この女にも、少しは感謝してやっても良いかもな…。自然とそんな考えが頭に浮かんでいた。

母校で出会った、黄金の指をもった少年はきっとこれからも音楽の道を歩んでいく。

自分と同じ音楽を奏でながら。

そう考えると自然と、笑みが浮かんでいた。

それは、ベランダから投げ捨てたギターが砕け散るのを見ても、消える事はなかった。


 * * *


『――――――』

す、すげぇ威力だ…。

木場さんが放った一撃は、灰も残さずオウルオルフェノクを消し去った。

いやいや待て待て、なんだこれ。木場さんこんな必殺技持ってなかっただろ!原作の戦いって結構あっさり終わらなかったっけ!?

「………」

ぎゃああ、木場さんこっち向いた!まさか次は俺ですか!?

パニくる俺の予想とは正反対に、木場さんは変身を解いた。

「ありがとう、一緒に戦えて嬉しかったよ」

そう言って木場さんは、俺の前に立った。

「君はとっくに分かってたろうけど、見ての通り俺は化け物…オルフェノクだ。だけど人を襲うつもりはない」

俺は木場さんの言葉に頷いて返す。

分かってますよ木場さん、俺はあなたがそんなことする人じゃないってことは。

……少なくとも、今は。

「そしてそれは俺だけじゃない。この世界には人の心を持ったオルフェノクだっている。だから…オルフェノク全てを敵視しないで欲しい」

木場さんは真剣な顔で、そう言うと頭を下げた。

【俺はただオルフェノクだからって理由で戦ってるんじゃありません、理不尽に人の命を奪おうとする化け物から守りたい人を守るために戦ってるんです】

俺は、そう描いたスケッチブックを見せた。

木場さんは暫く、それを見てからこう言った。

「やっぱり君は…俺が知る正義のロボットだったんだね」

【そんな高尚な物じゃないです、俺はただ自分がしたいことをしてるだけですから】

「そうか…けど、人から見た君はきっと正義の味方に見えると思うよ」

そう言って木場さんは、笑顔を浮かべた。

やっぱりこの人は良い人だ。

だけど、こんなに優しい人も最後には人間の敵になってしまった。

守ろうとした人間に攻撃されて、そして仲間だった長田 結花さんを人間に殺されたと誤解してこの人は親友になった巧さんの敵になった。

この運命は一体どうなっていれば変わったんだろう。

長田 結花が死んでいなければ?いや、あの時点で人間を嫌いかけてた木場さんは、たとえ結花さんが死ななかったとしてもいづれは敵になってしまったんじゃないのか?

なら、どうする?何をすれば人間を嫌いにならないでいてくれるんだろうか。

【一つお願いがあります】

今の時期からこんなことを考えていても、何も出来ない。

でもせめて、何かしたい。そう思った時、俺の頭にある言葉が浮かんだ。

それは、俺が生まれるよりずっと前に、世界を守った戦士が残していった言葉だ。

これが果たして伝わるかどうかは分からないけど、きっと何もしないよりはいい筈だ。

俺は、それを書いた一枚をスケッチブックから切り取って木場さんに渡した。


 * * *



「………」

飛び立っていくオートバジンの噴射音が少しづつ遠のいていく。

勇治はそこに書かれた一文を何度も読み返していた。

それはロボットからの願いであり、忠告だった。

オートバジンは自分に可能性を見出してくれたのだ。

今の自分と、どこかにいるであろう自分と同じ考えを持ったオルフェノクに。

だからこそ、ここで自分を倒さなかったばかりか、共闘まで持ちかけてくれたのだろう。

だが、それは勇治に釘を刺す意味も含んでいた。

勇治が人の心を失えば、彼は自分とも戦うと宣言していったのだ。

だが、その考えは決して間違ってはいない。

彼がまもるべきはあくまでも人間なのだから。

ゆえに勇治は心に決めた。

自分を信じてくれた彼を裏切るような行為を絶対にしないと。

【優しさを失わないでください。たとえその気持ちが何百回裏切られても】

渡された紙にはそう記してあった。


 * * *


「………」

着陸して最初に見たのは、菊池邸の前で不機嫌な顔で俺を睨む巧さんの姿だった。

ひぃいい!!めちゃくちゃ怒ってらっしゃる!!

オウルオルフェノク一人に集中して助けに行けなかったからだ…!!

「おい」

ひぃっ。

「お前がいない間に、また戦ったぞ」

は、はい…。

「めちゃくちゃ疲れたぞ、一人で戦ったら」

うう……すみません巧さん援護できなくて。

で、でも俺にはオルフェノクを逃がした責任があったんです。

倒せた敵をあそこに残した責任を取りたかったんです…!

「だからもう勝手にどっか行くな」

(へ?)

それだけ言って、巧さんは家の中に入っていこうとして…止まった。

「おい」

『――――――?』

「名前教えろ、なんかあるんだろ?お前」

巧さんの言ってる事がわからなくて、一瞬フリーズする俺。

な、なんでこの流れで名前なんだ?

そう思ったけど、とりあえずスケッチブックにそれを書く。

【SB555V オートバジンです】

「なげぇよ、呼びづれぇだろこれ」

そんなこと仰られましても…。

「………バジン」

(はい?)

「オートバジンだと呼びにくいんだよ、略したっていいだろ」

(はぁ…)

バジン、ファンの間でずっと呼ばれてるオートバジンの呼び名だ。

だけど、なんでまた急に名前なんて呼ぼうと思ったんだ?

「お前がどこで何してたかは聞かねぇよ、けどな…」

ん?あれ?巧さんなんで急に手を振り上げてるんです?

ちょっと、なんかこれ叩かれるんじゃね?

「お前がいないと俺が食らう手数が増えるんだよ!!」

(アッーー!!)

振り下ろされた手が俺の頭をぶっ叩く。

衝撃でモニターがちょっと揺れた。ひいいいっ!!やっぱり怒ってらっしゃるうううっ!!

「いつもは呼んでもいないのに来る癖に、勝手にサボるなこの馬鹿!いいか、今度は名前呼んだらすぐに来い!!わかったな!?」

怒った巧さんはそう怒鳴って家の中に入っていく。

うう…俺の扱いは何時になったら良くなるんだ?

「バジン!何やってんだ早く来い!!」

はいはい、今行きますよ~。

長い長い一日は、巧さんの怒鳴り声で終わるのね…。

ああ…たまにぐらい優しくされたい。誰か俺に優しさをくれ!

たまにでいいから洗車とかしてくれる持ち主が欲しいよチクショー!!



~あとがき~

PVが40000超えた…だと!?(挨拶)

こんばんわ皆さん、てんむすです。

たくさんのアクセス本当にありがとうございます。

今回は久しぶりに、一月に二回更新できて嬉しいです。ようやくこの章を終わらすことができました。

中盤での主人公の覚醒シーンを書くのに4日近くかかりました。

人の言葉で、少しづつ心が動いていく様子をしっかり描けているかが非常に不安ですが…。

原作を見て、オルフェノクという種の実態を知っているがゆえに悩む主人公をどう復帰させるかが非常に難しかったです。

そして今回のバトル、100%突っ込まれると思うので先にこちらで言っておきます。

原作の木場さんはあんな技使いません。

作者が必殺技持たせたいが為に、作り出しました。ごめんなさい。

元ネタは原作でファイズを吹っ飛ばしたクロコダイルオルフェノクのチャージ斬りと某有名ゲームの真名開放。


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