Der Freischütz 第六話 「夢と欲望と日常と」
…………ここは?
周りを見渡すとそこは見覚えのない一室だった。
床にはカーペットがひかれており、蓄音機やピアノに加え奥には高級そうな机がある。
それに机の後ろに一面のガラス張りが続いておりそこからは高層ビルが立ち並ぶ何とも近代的な風景が見えていた。
――っ!! なんだ今の違和感は? まぁ、とにかく自分は今どこかのビルの一室に居るようだ。来客用とおぼしきソファとテーブルもあることから何となくドラマやアニメに出てくる社長室を連想させる部屋である。
何かの引っ掛かりを感じつつもしばらく部屋の中を観察した後、出口のドアに向かったのだが……。
Happy birthday to you~ Happy birthday to you~
ドアノブに手を掛けていた私は突然流れてきた曲に驚き振りかえる。すると先程までレコードすら入っていなかった蓄音機が稼働していた。円盤を確かに回して。
それだけではなく先程まで誰も居なかった筈の高級そうな机の上で男がなにやら作業をしている。
男性は赤い派手なスーツの上に黒いエプロンをしており年は若くはなかった。――しかもなぜこんなビルの一室でケーキを作っているのか?
蓄音機から流れる独特のこもりのある音楽、ハッピーバーステーの曲に合わせて口ずさみながら男は赤い苺の載った白いホールケーキにチョコレートクリームで文字を書いている様子だ。
「あの、一体ここはどこで、アナタは……」
しかし男は意を介さず、ハッピーバーステーの歌をを口ずさみ作業を続ける。
そんな男に私は抗議をしようともう一度口を開こうとするが……。
「ハッピーバーステートゥーユー~、ハッピーバーステートゥーユー~、ハッピーバーステーディア『狩谷司』、ハッピーバーステートゥーユー~。――――――オメデェトウゥゥ狩谷司君!! 君の誕生日を心から祝福させてもらうよ!!」
「え、なんで…………!?」
声が甲高かったりやたらとハイテンションであったがそれはどうでもいい!
まさかと思いすぐさま机に駆け寄るとケーキの上には『Happy birthday 狩谷司』と文字と誕生日が書かれていた。ただこの誕生日は今の私のものではない。これは……、
「なんで!? これは前の私のっ……」
私の言葉を無視し男は話を続ける。
「見たまえ司君!! 家も、ビルも、道路も、橋も、車も!! ここから見える景色全ては人が欲しいという思いから生みださせた“欲望”の産物! 同じ様に空を飛びたいという人の欲望が飛行機を作りだし、ネウロイに勝ちたいという人の欲望が新たなる魔女の箒『ストライカーユニット』を生みだした。素晴らしいィィ! 実に素晴らしいッッ!!」
男の会話に何やら違和感を覚えるのと同時に、私は何故だかこの男を知っている様に感じた。前世でも現世でもこの男に会ったことなどない筈なのに……。
「時に司君、君の中に欲望はあるかい。何かになりたい、何かを手に入れたい、とにかく何でもいい。君の『欲しい』というモノは一体なんだね?」
そんな質問よりこちらが聞きたい事が多々あった筈なのに、そう尋ねられ私は何故だか答えなければという思いに駆られた。
「私は自分の店を持ちたいと思っています。小さくてもいいからとにかく洋食店の店主に……」
「他にはないのかね?」
「えっ、他にはですか、そう言われると……う~ん。夢を叶えるにはネウロイとの戦いに生き残らなければいけないので『生きたい』っていうのも欲望でしょうか?」
ネウロイとの戦いに生き残ることができなければ夢を叶えるもへったくれもない。ウィッチは魔道シールドを持っている分、戦場での生還率は他の兵士より高いが死ぬ時は死ぬのが現実。
仮に生き残っても五体満足でなければ夢を叶えられなくなるだろう。なら五体満足で生き残ると言った方が良かったのか?
「『生きたい』か、なるほど――生きるというのは常に何かを欲するということだが、『生きる』こともまた欲望の一つとなる。素晴らしいィィ! 実に素晴らしいッッ!! それに気付くことができたとは――新しい司君の誕生だよ!!」
やはりのこの異様なテンションの男をどこかで見た覚えがある。あれは確か―――、
「ヒトはその人生を全うするまで何者でもありません。一度終わりを迎え、再び始めた生も例にもれず終焉をもって完結するでしょう。あなたにも良き終わりが訪れんことを――」
いつのまにか赤い服の男が消え、左肩に人形を乗せた男がかわりに立ってた。人形に語りかけるかのように話しているがこの台詞、私に向かって言っているのか?
だが考える暇もなく私の意識は次第に薄れていった。
「……………あれっ? ここは――カウハバ基地のベット」
……ということは今まで見ていたのは夢という訳か、しかし脈略はなかったが妙にリアリティがあった気がする。
特にあのホールケーキ、夢じゃなければどんなに良かったことか。
……ただケーキの上にそのままチョコレートで名前を書いていたのはいただけない。あれだと切った後の見栄えが悪くなるから白い板チョコをプレートにして文字を書いておくべきだった。
あぁ、ケーキのこと考えるとますます食べたくなる。
二度目の人生でケーキを食べたのは門屋店長の店でクリスマス等のイベント用に何度か作ったのを味見で食べたくらいだ。
本気でケーキを食べたくなったけどカウハバ基地じゃ材料揃えられないだろうな。
やはり最大の障害は甘味料か。
砂糖は食料品の物品表の中で見たが、数が少量で紅茶などの飲み物へ入れるの使っているからそれほど大量に手に入れれないだろう。
いや待てよ、ファラウェイランド(前世でいうところのカナダ)からメイプルシロップの補給がそれなりに……。
なら次の問題は卵…………、
ケーキのことを際限なく考え始めた私はいつのまにか夢の事など、どうでもよくなってしまっていた。
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(どうやら主とのリンクは盤石となりつつあるようだ)
司の中にあるもう一つの意志は確かに思考していた。
(接続がどれほど深くなっているか試す為に主の取り込みきれていない記憶の残滓を利用して夢に介入してみたが思った以上の成功だな。しかし夢の介入のさわりの部分は『ここはあなたの夢の中、そして私はあなたの使っている銃(ガン)、パンツァービュクセ39の精です』の方が良かったか? まぁいい、それにしても本当に主と我は奇妙な取り合わせだ)
死したと思った我が身は人間達がネウロイと呼ぶ異形の軍団に叩き起こされ、弱りきっていた我は残っていた力を振り絞り転移をし、気付けば東の最果ての島国。
そこで力を使い果たした我は力の消費を最小限に抑える為、本能的にコウモリの姿を取り我自身の自我も曖昧になっていた。
そんな状態の我を拾ってくれたのが主である。
我は怪我を癒し、主の使い魔となり少しずつ少しずつ自分の意思を取り戻していった。
そして垣間見たのだ主の記憶を……。
主の主観が正しいなら主の現在の生は二度目であり、一度目の世界に似た世界を生きる転生者となる。
不死者と転生者。本当に奇妙な組み合わせだ。
それに使い魔である我に付けた名前が『伯爵』とは本当に傑作である。
コウモリ→吸血鬼→ドラキュラ伯爵という主の前世の知識の連想から出た名前だがこれほど的を射た名前が他にあるだろうか。
主の前世では魔女と同じく空想の産物であった我もこの世界では主の使い魔として未だに存在し続けているのも実に皮肉だ。
(しかし主の『生きたい』という願いは何とも生者らしい。既に死人同然の我には到底思いつかなかいモノだ。――やはり死者は死者らしく大人しく眠っておこう。生きるという事はすべからく生者の特権なのだから)
本気になれば司に憑依している『伯爵』は現段階で司の元から去る事も司を乗っ取る事もできたのだが伯爵にそんな気はさらさらなかった。
主である司に全てを委ねるように憑依した伯爵はまどろみにつく。
ただただ主である司を見守る様に……。
「嬢ちゃん――じゃなかった軍曹、悪いが今度は連続で撃ってみてくれ」
カウハバ基地内にある射撃訓練場にて、私はPzB39を構えていた。
既に朝食を取りおえた私は格納庫で自分の武器の調整をしていたところPzB39に若干の違和感を覚え、整備兵の一人に相談したのだが私のPzB39の状態を見た整備兵の男性に『実際に撃ってるところを見せてくれ』と言われ現在に至る。
反動を魔力で増強した力で抑えつけボルトを引き、次々弾を撃っていく。
それを見ていた整備兵は『そういう事か』と納得した様子で口を開いた。
「軍曹、アンタの居た訓練学校に同じ様な得物(銃)を使うウィッチは居たか?」
「いえ、居ませんでした」
質問の意図の掴めぬまま私は整備兵の質問に答える。
海軍の訓練学校で使用した実砲は機銃や機関砲であり、対戦車ライフルなど扱ったことはない。
いや、正確には扶桑唯一の対戦車ライフル、『97式自動砲』を使った事があるがアレは重量が60kg近くあり作動方式もガス圧作動方式で今のPzB39とはいろいろと勝手が違いすぎるので除外していいだろう。
なのでPzB39の様なライフルを使ってるウィッチとはカウハバ基地に会う前まで会ったことがなかった。
「やっぱりか、軍曹……普通ウィッチが対装甲ライフルみてーな一発一発の反動が馬鹿にでかい得物を使う時は魔法力を使って反動を軽減するんだ。つまりアンタの様に魔力で強化した腕力で反動を無理やり抑えるってのは普通じゃねぇのさ。多分その所為でボルト部の金属が少し歪んでんだろう。まぁ、すぐに銃は直せるから問題はアンタの方だな」
「えっ……!!」
知らなかった……反動って力で抑えつけるモノじゃなかったのか。
「隣でオラーシャから貸与された試作対装甲ライフル、『PTRS』を撃とうとしている彼女なら遠距離狙撃の経験をかなり積んでる。聞きゃ反動の軽減の仕方も教えてくれるだろう。それにアンタの固有魔法は魔力を込めた物体の動きの向きを変えるっていったが、それなら持ってる得物に魔力を込めて反動の向きを拡散させたらいいんじゃねぇか?」
横で準備をしているウィッチを指すとそう教えてくれた整備兵の男性。
固有魔法で反動を拡散させるとは考えもしなかった。
それに拡散させるじゃなくてむしろ反動を固有魔法で転化して加速や方向転換に利用するって手も……。
そう考えると戦い方の幅が広がってくる。
思考の海に沈もうとしていた私であったが目の前に整備兵の人が居ることを思い出しハッとなった。
「ありがとうございました。すいませんがPzB39の修理を任せても……」
一応をPzB39の分解・組み立ては覚えたが曲がった金具の修正は門外漢なのでプロに任せようとお伺いをたてる。
「了解した、元々それが仕事だからな。PzB39をそこに置いといてくれ。二時間位したら格納庫に取りに来てくれればいい。――いやしかしウィッチと話したのは久しぶりだ。第一中隊はアホネン大尉傘下だし義勇中隊とは接点もない。アンタみたいに自分から話しかけてくるウィッチは本当に珍しい」
「そうなんですか?」
「ああ、まぁウィッチに粉かけて戦えなくなったら大事だ。そんなことしたら良くて刑務所、悪くて最前線の懲罰部隊って所か。それでも果敢にアタックをやめないロマ公共はある意味で尊敬したくなる。その調子でネウロイに向かっていけばロマーニャも安泰だろう。逆にアンタの国、扶桑の整備兵なんかは完璧に裏方に徹して極力ウィッチの目に入らない様にしている奴が多い。あういうのをNINJAっていうのか。……話が逸れたな。とにかく俺達はお上の連中に耳が痛くなるまでウィッチとの距離の取り方について聞いてるから色々と心得ているつもりだ。そうじゃないのが居るなら報告すればいい。そうすりゃ、次の日には最前線でネウロイと戦う『簡単なお仕事』がソイツに回ってくるはずだ」
皮肉めいた口調で出る言葉に私はゴクリと喉を鳴らす。
整備兵の話を聞くにウィッチに手が出ないように裏では様々な対策がされている様だ。
良かった男に生まれなくて。男だったら絶対、本能的に女の子の下半身や胸に目線がいく。
そんなんで前線出てたら整備兵の言う『簡単なお仕事』にすぐ回されたことだろう。
「本当になにからなにまでありがとうございます。――では」
ぺこりと条件反射でお辞儀をした私は隣でPTSRを撃とうとしているウィッチに話を聞こうと向きを変えた。
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扶桑らしからぬ扶桑のウィッチを見送った後、整備兵である男は聴覚保護用のイヤープロテクターを付け、目の前のPzB39に手を掛けた。
(……重いな)
11kgほどの重量を持っているのだから当たり前と言えば当たり前だが、それをあの少女は目の前で軽々と扱っていた。
(ウィッチか……、あんな子供が戦場に出るとはな)
確かに魔女は昔から戦場で活躍していた例は多いが、現代戦においてはその優位性は脆く崩れ去ったと誰もが思っていた。
けれどそれはネウロイとそれに対抗するストライカーユニットにより一気に一変する。
機械化航空歩兵の登場。彼女達を皆は昔からの名に則り『ウィッチ』と呼ぶ。
ストライカーユニットに積まれた魔道エンジンによりウィッチは自身の魔力を増幅し、一部の修練を積んだ魔女にしかできなかった飛行能力、身体強化及び防御魔法を訓練なしで使用する事ができるようになった。
常人では持つ事のできない銃火器を携帯し、空を駆け、大地を走破し、魔導シールドにてネウロイの攻撃を防ぎ、ネウロイに攻撃を叩きこむ。
なによりネウロイの瘴気に対してウィッチが耐性を持っている所もおあつらえむきだった。
歩兵から戦車、戦車から戦闘機へ戦力の中核が移り変わってきたようにウィッチは登場して間もなく対ネウロイ戦の花形となった。
だが本当にそれで良かったのだろうか?
確かにストライカーユニットが、ウィッチが居なければ人類はネウロイの侵略になす術がなかった。
だからといって子供しかも女性を戦場へと駆り立てるのは大人として誰もが複雑な思いを抱いていたが、たった3,4年で彼女達が、ウィッチ達が戦場に居るという異常が異常でなくなったことに誰もが慣れてしまっている。
唯一の救いはこれが人間同士の血生臭い争いではなくネウロイという化物との戦いであったことだろう。
「なあ、戦友。お前が居なくなってから戦争も戦場もすっかり様変わりしちまったよ」
懐に仕舞った写真に写る戦友の顔を思い出しながら男が呟いた言葉はPTRSの銃声に完全に掻き消された。
飛び立つ、飛翔する、飛行する、天駆ける、舞い上がる。言葉では何通りでも表せるが実際に空を飛んでいる今の自分の気持ちを言い表せと言われるなら上手く口にする自信はない。
人が空へと上がってからこれほどまでに自由に空を飛べることがあっただろうか、少なくとも元の世界では不可能だったモノはこの世界の魔法という奇跡により可能となっている。
鳥のように空を飛ぶ、鳥ではないモノ……それが今の私だった。
「連携訓練はここまでにして一対一の戦闘訓練に移るわ。ビューリングとジュゼッピーナ、キャサリンとエルマのペアに分かれて。ハルカと司は私に付いてきなさい」
喉頭式無線機の通信を受け「扶桑三番了解しました」と返答し、迫水少尉の後に付き穴拭大尉についていく。
「私が見ててあげるから二人で戦ってみせて。ルールは相手の背中に触るか装備している模擬戦用銃の照準に相手を数秒間収めること。判定は私がやります」
喉頭式無線機を二度叩き、穴拭大尉に肯定の意を示すと私はいったん迫水少尉から距離を取る。
いつものPzB39ではなく模擬戦用銃を構えた私はグリップとダミーの引き金に掛けてある片手を開いて握り直し、模擬銃の感触を確かめる。
(訓練学校でやったようにすればいい。まずは相手の動きを見る為に様子見で……)
距離を保ちつつ私は動き出した。
(やはり迫水少尉は動きが軽い。試作といってもさすがは零式艦上戦闘脚か、でも――)
私は意を決して近づく、重戦闘脚で軽戦闘脚に近接格闘戦を挑むのは普通ならば愚の骨頂だが私にはそれを覆す戦い方がある。
一定の距離まで詰めると私はキ60の加速性能の活かし、迫水少尉へと直進した。
迫水少尉は驚いた様子だったが直進してきた私に照準を合わせようとする。
(かかった、曲がれ――)
進行する向きを真横にずらすことで私は真っ直ぐ迫水少尉の方を向いたまま迫水少尉の視界から横にフェードアウトした。
「あ、えっ!!」
そのままCの字にターンし私を見失って硬直する迫水少尉の真後ろを取ると背中に軽くタッチする。
よし! 上手くやれた。
――そうして戦闘訓練を続け、三回ほど迫水少尉の背中に触れると穴拭大尉の激が飛んだ。
「ハルカ撃墜。なにしてるの先輩の意地を見せなさい!!」
するとその場で迫水少尉がふるふる震えだし……。
「智子大尉の前で新人に負けて、醜態を晒すなんて。本当はアレだけはしたくなかったのに……ホントウに。うふふふ」
怪しげな笑みを浮かべた迫水少尉の動きが変わった。
さきほどまで訓練で培ってきたであろう教本に沿った動きではなく蛇の様というか軟体動物を思わせるような不規則で緩急のある動きに私はみるみる距離を詰められる。
いったん間を空けようとするが既に遅く、いつの間にやら迫水少尉に後ろを取られ手で触られた――――背中ではなくお尻を。
「えっ! え!」
さわ~と臀部を撫でられる感触が一瞬で脳へと伝わり、体中に怖気が奔る。
たかだかソフトに撫でられただけの筈なのにまるで舐められているかのように錯覚した。
私はこの時知らなかった。
現在、迫水少尉が使っている動きは穴拭大尉との戦闘訓練でお尻を触りたい一念で迫水少尉が生みだした異端の飛行機動だという事を……。
私は知らなかったのだ。
現在の迫水少尉の機動を可能にしている尋常ならざる集中力はただ私のお尻を触りたいという純粋な邪念に支えられている事を……。
何も知らなかった私に出来たことは戦闘訓練を続け、迫水少尉のタッチを避けながら迫水少尉の背中を狙う事だけだった。
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戦闘訓練というより空中鬼ごっこみたくなりつつある二人の様子を智子は静かに見守っていた。
普段ならばハルカが破廉恥に司のお尻を触り始めた時点で智子は止めに入っただろうが……、自身でも手を焼くあの状態のハルカに対してどこまで司が付いてこれるか知りたかった。
つまり司の力量を見極めたかったのだ。
(今の所、7-7で同点。新人であの動きに対応できるなんて……。私でも苦戦するハルカのあの変態機動はここ数カ月の経験の蓄積に裏打ちされている。その差を埋めているのはやっぱり司軍曹の固有魔法ね)
機体性能でも才能の差でもなく固有魔法の有無が二人の差を縮めていた。
司の動きは重戦闘脚とは思えないとても軽快なものでむしろ対極に位置する軽戦闘脚を智子に連想させる。
(固有魔法を利用してキ60を馬力のある軽戦闘脚の様に扱う。数ヶ月前の私だったらさぞ羨ましく思ったでしょうけど)
「ハルカ、交代よ!! 私と代わりなさい」
「え、でも智子大尉。まだ充分にお尻を……じゃなくて、まだ撃墜数は同じです。後一度決着を付けるまで……」
「訓練時間は無限じゃないのよ。決着は今度付けさせてあげるからいいから代わりなさい!!」
喉頭式無線機越しのやや横暴な命令ではあったが智子の命令とあってハルカは大人しく従った。
ハルカが離れると入れ替わりで今度は智子が司に近づいていく。
「ルールは同じよ。準備はいいわね――では始め」
智子と司は同時に動き始める。いつもなら刀の鞘を得物にして一体一の戦闘訓練をする智子だったが今回は刀は背中に背負ったままで使う気はなく装備に関しては両者とも対等であった。
智子を警戒しているのか司は距離を取ったままだったが、その小まめな旋回軌道はやはり軽戦闘脚を思わせる。
(その動き、軽戦闘脚なら教本に乗っ取った正しい動きよ。……ただ貴女が扱ってるのは重戦闘脚だって忘れてるのはいただけないわね)
智子は意を決すると上昇しそれに追随するように司が迫る。
そのまま水平機動に移行するが加速性能では智子のキ44より司のキ60の方が上回っているので両者の差は次第に埋まっていく。
だが二人の間がウィッチ一人分になった時、智子はいきなり降下した。
司も続こうとするが固有魔法で推力の一部を方向転換に使っている為、思ったほど速度が出ない。
対する智子は重戦闘脚であるキ44の優れた降下及び上昇性能を十二分に発揮し、降下して視界から消え司の後ろに付いてすぐに元の高度に戻る。
一瞬で追うモノと追われるモノの立場は入れ替わった。
「はい、撃墜」
一連の流れる様な智子の動きに司は為すすべはなく、その後も何度も撃墜判定をもらい智子に触れることすらできなかった。
「いい、司――あなたの機動は軽戦闘脚なら私も文句なし、問題ない動きよ。けれどあなたの使っている戦闘脚はキ60で重戦闘脚なんでしょ。重戦闘脚で軽戦闘脚の動きができるのは確かにあなたの長所だけれど、それは同時にキ60の重戦闘脚としての長所を潰してるって事にもなってるの。どうせなら重戦闘脚の特性を活かした動きも出来るようにしておきなさい。軽戦闘脚と重戦闘脚、両方の動きを使い分けていく事であなたの戦闘中に取れる動きの選択肢はさらに増える筈よ」
一体一の戦闘訓練を終えた後に智子が司に助言すると司は目から鱗と言った様子で智子の助言に感謝する。
(まだ数日しか一緒に訓練していないけど、少なくとも真面目で向上心の強い子なのは確かな様ね。――ネウロイがいつ本腰を入れてスオムスを攻めてくるか分からないし、教えられることは早め早めに教えておくべきだわ)
智子は自分の中で考えを纏めると言葉を続ける。
「それと――、夜間飛行訓練をする為に夜間飛行の許可を申請しておくから覚えておいて。できれば基地に居るナイトウィッチに同行してもらうけど後は私とあなただけだから一体一でしっかり教えてあげるわ」
智子は送られてきた司に関する書類に一通り目を通していたが訓練内容短縮で夜間飛行の適性があるのにも関わらず訓練学校で一度しか夜間飛行訓練をしていなかった。
そこで智子は司に充分な夜間飛行訓練をさせて夜間飛行も出来る様にさせようと思った訳だ。
もしもの時の為に司以外の義勇飛行中隊のメンバーは既に夜間飛行訓練は済ましているし、智子自身も扶桑陸軍で夜間飛行のイロハを一通りは叩きこまれたので後はそれを司に教えればいい。
魔導針が使えない為、単機での夜間飛行には向かないかも知れないがそれでも魔導針を持つナイトウィッチの随伴機として最適である。
しかし、そうこう考えての智子の発言にいつの間に近づいてきたハルカが抗議の声を上げた。
「ずるいですよ智子大尉。二人だけで夜間訓練なんて!!」
「何が羨ましいのよ?」
はっきり言って夜間飛行訓練はつらい訓練だ。夜間に行うから訓練前に仮眠を取っても昼型人間はいくらか眠くなってしまうし。真っ暗で視界が悪いのに加え、スオムスの夜空は夏といっても昼間よりはかなり寒い。魔導シールドのおかげでかなり軽減できるといっても全く影響がない訳ではないのだ。
そんな極寒の夜間飛行訓練を羨ましいとのたまうハルカに智子は『お前は何を言ってるんだ?』という様子で問いかける。
「だって二人だけ夜の空に出て、手とり足とり教えるんですよね。つまり――――って―――――する訳なんでしょ? だったら私も智子大尉と一緒に司軍曹を―――って―――してさらに―――――したいです」
「な、な、な、何考えているのよアンタは~~~!!」
ハルカの口から出た破廉恥な単語の羅列に智子は顔を真っ赤にした。
幸い智子の耳にハルカが直接囁いた為、司に聞こえなかった様だが智子はとても聞かせられないと思った。
何故に夜間飛行訓練とか一体一の個人指導という単語だけそういう想像に持ってこれるか? 思考がアホネン大尉と同レベルというかむしろハルカの方が発想がオヤジ臭くて酷い。
「私の目の黒い内は新人の司軍曹に手を出すのは絶対許さないから!! 飛行訓練は私とあの子の二人で行うから付いてこようとするなら縛りつけてベットに放り込むわよ」
智子は脅しのつもりで縛りつけると言ったのだがハルカはむしろ恍惚した表情で「智子大尉の緊縛、それはそれでいいかも……」と呟き、体をクネクネさせていた。
(最初はまともな子だったけど、数か月でどうしてこうなったのかしら?)
いくつも要因を頭に浮かべつつ、智子は新人の司がこの様な手遅れな状態にならないようしっかり指導していくことを心の中で新たに決意した。
後書き
話は全然進まなかった……ORZ というか主人公の影が薄い。
補足
・97式自動砲
史実では大日本帝国陸軍が制式化した唯一の対戦車ライフル。
ガス圧作動式で装弾数は7発。使用弾頭は20mm、銃口初速750m/s。
全長2m、重量は59.10kgもあり、かなり巨大だった。
・PTRS
正式名称・シモノフPTRS1941。
史実ではソ連が1941年に採用した五連発・ガス圧作動のセミオートマチック方式の対戦車ライフル。
全長214cm、重量20.8kg。使用弾頭14.5mmで銃口初速は1012m/s
カリオストロで次元が最終決戦に使っていたアレ。
当SSではオラーシャから貸与された試作銃ということで登場させた。
同時期に投入されたデグチャレフPTRD1941という対戦車ライフルもある。(こっちはDTB2で蘇芳が使ってたヤツ)