Der Freischütz 第十五話 「落日」
カールスラント陸軍への支援作戦後、バルトランドの軍港を経由し、ブリタニアに向かっていた義勇独立飛行中隊の面々は、航路の変更と、新たな作戦への参加要請の通達を受けた。
作戦区域はブリタニア南東部、海岸線の眼の鼻の先に存在するガリヤア領地、パ・ド・カレー。
そこでの撤退支援作戦参加の為に、当初の航路でブリタニアに向かう船と既にネウロイに占拠させているネーデルラントとベルギガ沿いの海、ネウロイ出現領域のギリギリ外側を進んでパ・ド・カレー近海に向かう艦隊の2つの編成に分かれた。
もちろん、後者の艦隊に義勇独立飛行中隊は組み込まれている。
「いきなり、ここから緊急支援作戦発動とは相当パ・ド・カレーの状況もやばいってことでしょうね。全く、スオムス防衛の為の部隊だったはずなのに、ブリタニアくんだりまで来るとは分からないものね」
甲板の滑走路にて義勇独立中隊は、戦闘脚を装備し待機していた。
既に日は傾き、沈み始めているため、全体の作戦時間は短く設定されている。
パ・ド・カレーで戦い、そのままブリタニア本土に向かう手筈になっているカールスラントウィッチからの継戦および、最後までパ・ド・カレーに残存していた部隊の撤退支援が主目的なのだ。
「で、本当に大丈夫なの? 司」
「はい、大丈夫です。穴拭大尉」
心配そうに智子が声をかけると、司は元気そうに返事をする。
しかしその声を聞いても、智子の顔からは不安の色は消えていない。
司が現在装備している戦闘脚はキ60ではなく、カールスラント軍から回されたDB601魔導エンジンを搭載したメッサーシャルフ・エーミール(Bf109E型)だった。
司はあの撤退戦から帰還した後、司の使用した装備の殆どが凄まじい消耗していた。。
PzB39は部品の6割を取りかえる必要があったが、カールスラントウィッチが攻撃力不足を解消する為に採用していた為、修理をすることができた。
だが、キ60に関しては、そうでもない。
一度完全にオーバーホールした筈が、またもやスクラップに逆戻りしたのだ。
キ60の専属整備員達は、カールスラントの技術士官と協力し、何やら図面を引いておりブリタニアに着き次第、キ60の改修作業を始めるとのことである。
しかし、智子が抱えている不安は司の装備や体調のことではなく、司自身の事についてであった。
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数日前
カールスラント陸軍支援作戦完遂直後、航空母艦内部の一室で智子とビューリングが餞別代りにもらったシュナップス(カールスラントの蒸留酒)で一杯やっていた時のことだった。
「トモコ、お前はどう思っているんだ? ツカサのことを……」
黙って酒を煽っていたビューリングが唐突に口を開く。
「それは今回の戦闘のことを言ってるの?」
「今回の戦闘以外のことを含めて、カリヤツカサに関して何か違和感を抱いていないかと、私は聞いているんだ」
「それって、もしかして司がネウロイに操られているかもしれないって疑っているってこと?」
智子は間近で見たあの戦闘を思い出す。
司がラロス改の機銃を受けて、落下しかけ展開した赤い魔法陣。
その後の司は活躍は鬼神の如き、いやあの時の司はまさしく鬼神だった。
周りに居たラロス改達を一瞬にして撃破し、あの大型砲塔を搭載したディオミディアに一撃で大穴を開けたあの力に、智子は驚愕させられた。
そして、何処からか取りだした扶桑刀でディオミディアを両断したあの技、あの構えには智子は見覚えがあったのだ。
自身の抜刀術である無双神殿流・空の太刀、司の構えはソレに似ていたように思える。
技の摸倣と、戦闘時の豹変。
智子の中で、ジュゼッピーナ准尉の着任を伴ったあの騒動のことが思い出される。
今でこそ、明るく情熱的なロマーニャ娘といった感じのジュゼッピーナ准尉であるが、着任当時は違った。
無口で無表情で全く覇気のなかった当初の彼女はロボットのようであり、現在の彼女とはまるで対極だったのだ。
その裏には恐るべきネウロイの陰謀が存在した。
カールスラント防衛線に居たジュゼッピーナ准尉はネウロイに撃墜され、一週間行方不明となったのだが、その後、徒歩で基地に帰還し、記憶喪失となる。
その後、最前線でまともに戦えなくなった彼女は、体よくいらん子中隊へと流された。
だが、実は-――彼女は行方不明だった一週間の間にネウロイによって洗脳されていたのだった。
自己の意思をネウロイにより改竄された彼女は、ネウロイの天敵たるウィッチの空戦機動をコピーする目的を与えられて仲間の下へと戻り、スオムスへと飛ばされるたのだ。
そこでの顛末の全て語ることはできないが、ビューリングの機転、ハルカの智子への愛? 智子の活躍などにより空戦機動をコピーしたウィッチ型ネウロイを全て撃破し、ジュゼッピーナ准尉の洗脳を見事に解くことに成功したのは確かな事実である。
それ以来人型ネウロイが出現する事はなく、この事件は各国の中でも上位の機密となり、智子達にも緘口令がひかれていた。
智子はあの時と同じ様なことが司の身の上に起こっているのではないかと内心疑っていた。
「いや、それはないだろう」
しかし、その考えはビューリングによってすぐさま否定された。
「どうしてそう言い切れるの?」
「お前が、ジュゼッピーナやハルカの時のことをツカサに被せているなら、それは違うだろう。ツカサの初戦はカウハバ基地に来る直前だ。それ以降にネウロイに捕まって洗脳される程の空白があるわけではない」
ビューリングの意見はもっともであった。
恐らくウィッチを洗脳するには一度、ネウロイの巣の中に収容する必要があると考えられる。
司には、そんな事をされた形跡は全くないのだ。
「でも、あの子と一緒だった夜間哨戒の時に、ネウロイの攻撃を受けて私、あの子と分断されて……その後なの。あの子が赤い魔力を使って一瞬でネウロイを倒したのは。今、思うとあそこからおかしくなったと私は思う。分断されていた間に、追いかけていたネウロイに何かされて……」
「分断されていたのはごく短時間なのだろ? それだけの時間でウィッチを洗脳出来るなら、ネウロイ共もとっくの昔にやっているさ」
「でも……」
智子は、ゼーロウ高地の戦いで司がディオミディアを叩き斬った一撃を放った構えが、ライバルである武子が得意とし、自身も使う抜刀術に似通っていたことをビューリングに説明した。
「成程……、だがやはりネウロイによる洗脳の線はないだろう。仮に洗脳されているなら、あれほどの力が出せる時点で、ツカサをすぐにでもコチラにぶつけてくる筈だ。それに洗脳の前提に考えるとあの巨大砲塔搭載のディオミディアの撃破したのは、損得計算が狂っている。まぁ、ジュゼッピーナの時も言ったが、私達の考えがネウロイにどこまで通用するかは分からないが」
「確かに……そう考えると辻褄が合わない」
「お前は夜間戦闘の時から司がおかしくなったと言ってるが、それについても私とお前では見解が違う」
「それってどういうこと?」
「今思うと、――カリヤ軍曹には最初から違和感があったんだ」
ビューリングは智子にそう切り出した。
「違和感って、ちょっとビューリング!! あなた、今さっき司はネウロイに洗脳されるわけじゃないって……」
「洗脳はされていない。それは間違いないだろう。けれど、ツカサは何かを秘密を隠している。智子、お前もツカサの料理作りをたまに手伝っているだろ、どう思った?」
「どう?って……」
司のことを料理の上手い子だと智子は思う。
和食は勿論のことだが、洋食屋で働いていた為、か洋食についても知識が豊かで様々なおいしい料理を作ってくれている。
中でもチューカ料理なる智子の全く知らない料理を作ることもあり、まったく知らないような調理法を取る事もあった。
そう思うと、智子が知り合ったウィッチの中では司が一番料理について詳しいように思えてきた。
「料理が詳しくて、上手い子だと私は思うわ」
「私もそう思うよ。――で、その料理をツカサはいつ覚えたんだ?」
「『いつ』って、あの子もいつも言ってるじゃない。洋食屋で働いてたって……」
「一年と八カ月だ」
ビューリングは唐突に口にする。
「えっ?」
「ツカサが、その洋食店で働いていた期間だ。カウハバ基地着任前に送られてきた書類に記載されていた。ツカサは料理が上手く、料理に対する造詣も深い。レシピを書いたノートを複数所持してるほどにな、おそらく作れる料理のレパートリーは軽く百は超えている。だが、たかだか“一年と八カ月”でそこまで料理について覚えられると思うか?」
「それはそうだけど……、それなら、その前から料理について勉強してたんじゃ」
「ありえないさ、ツカサの家族は母親と祖母だけで、家もそれほど裕福ではない。むしろ貧しい分類に入るだろう。これについても書類上のウィッチ志願の動機の一つとして記載されていた。『家族への経済的負担を軽くする為に志願した』とな。そんな経済状態の人間が単独で料理の勉強が出来ると思うか?」
「じゃ、そのノートは働いていた洋食店の店主か何かのノートを書き写した物なんじゃない? それなら話に筋も通るでしょ?」
レシピは書き写しただけで、それを元に料理を作っているだけならそれでもできる筈だと智子は思った。
「話の筋は通るよ。しかし納得はできない。料理を作るときにいつもツカサはレシピの書かれたノートをさらっと見るだけだ。だというのに手際が良すぎる。素人目で見ても分かる、あれは2年足らずで覚えた手際じゃない」
「そう言われると……確かに。ビューリング、他の違和感っていうのは?」
手際は良すぎるという言葉に、智子は思い当たる節があった。
ツカサの料理の腕もだが、調理に関する指示についても的確でまるで迷いはない。
しかしそれは、わずか11歳の少女に見合ったものであったのだろうか?
そんな疑念を新たに抱きつつ、智子は質問を続ける。
「ツカサの料理を手伝うときに、私はよく料理の話をするんだが、よくそこからそのまま欧州の歴史の話になるだが、よく間違えるんだよ」
「なにをよ?」
「人名、国名、それに会社名。とにかく固有名詞なら何でもだ。最近だとメッサーシャルフ社のことをメッサ―シュミット社と間違えていていたな。人名に関してはさらに面白い間違え方をする。別の人物と取り違える訳ではないんだ。女性の名前を良く似たような名前の男の名前にしてしまうんだよ。ライト“兄弟”などといったときは味見をしていたスープを吹き出してしまうところだった。だが、今に考えると引っ掛かる、間違いにしてはなんというか……巧妙すぎる」
「…………」
無言ではあったが、智子にも思い当たるフシがあった。
司は自身の祖国である扶桑を日本と呼ぶときがあるのだ。
扶桑が極東である為に、まだ国の名前が定まらない頃に『日出ずる処』と呼ばれていたことがあり、そこから日本と名前が出てきた。
701年の大宝律令の際に大和、扶桑と並んで日本という名前も国名の候補にあがったらしいのだが、文献が不足している為に現代でも正確なことは分かっていない。
何故、司はそんな名前で扶桑を呼ぶのか智子には皆目見当がつかなかったが、今にそれは疑念へと変わる。
「その顔、思い当たるフシがお前にもあるようだな。実を言うと私は、ツカサの力に関して心当りがあるんだ」
「本当なの?」
「ただし、遥か昔の与太話だがな。話半分に聞いてくれ」
ビューリングは酒を煽りながら、欧州に伝わる最上級の与太話、吸血鬼“伯爵”について語った。
「吸血鬼……」
「ツカサの戦いを見て、ふと思い出したんが、やはり突拍子もない……どうした智子?」
智子の表情はみるみる驚愕の顔へと変わっていく。
『吸血鬼は他人の血を吸うことで他者の持つ力を得ることができた』
ビューリングの語った一節が何度も智子の頭の中でリフレインする。
思い出されるのは、司に指を吸われたあの時のこと。
(まさか、そんな……)
偶然の一致だと、理性は叫ぶが、
反対に本能は智子に囁く、
―――偶然などではなく魔性の証であると。
「本当にどうしたトモコ?」
「な、なんでもないわ」
推測の域の出ないことを話すべきではないと智子は口を噤んだ。
「まぁ、いい。私が言いたかったのは私達はまだ、ツカサのことを良く知らないということだ。我々が待つカリヤツカサという人間のピースを組み立てても、全体像は見えてこない。まるで性質の悪いトリックアート眺めているようにも思える。――司自身は赤い魔力を放出した戦闘を“覚えていない”というし。それについて私や智子を含め、皆がそれを納得してしまった。いや、納得させられたのか? ……どちらでもいいか、そんなことは」
ビューリングは酒の入った杯を再び傾ける。
不思議なことにビューリングは司の覚えていないという言葉に疑念を抱かなかった。
より正確にいえば、司の説明を聞いたものは皆、そのことに疑念を抱こうとすれば途端にそのことについてどうでもよくなってしまうのだあった。
そこに何者の介在があるのか誰も分からない。
誰も知らないのだ。
狩谷司という複雑怪奇なパズルに欠けた“不死者”と“転生者”という二つの重要なピースを。
ゆえに誰も真相に辿り着くことなどできなかった。
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(ねぇ、伯爵?)
仮の戦闘脚であるBf109E型を履きながら出撃を待つ、私は伯爵に心の中で問いかけた。
《何だ、主よ?》
(穴拭大尉がさっきからこっちを睨んでるんだけれど、ビューリング小尉のチラチラこちらを見てくるし。やっぱり……)
《あぁ、抱いておるな、――何らかの疑念を》
そうか……と私は心の中で溜息をついた。
《やはり、戦闘時のことを覚えてないという方便を信じる込ませるだけだけではなく、主と我に対する疑念自体も抱かぬようにすれば良かったな。我も力を使えば造作もないことだ》
(いいよ、既に伯爵の力を使ってみんなを無理やり納得させた私が言えることでじゃないけど、これ以上はやったら線引きが出来なくなると思うから。それに私達が吸血鬼伯爵の再来だって言ってる人は多いんだ。いちいち力を使ってもキリがないよ)
私は虚脱から完全に回復した時に、義勇中隊の仲間であるみんなに戦闘時のことを問い詰められた。
本当のことを全て打ち明けることも考えたが、その先にあるであろう結果を伯爵も私も望まない。
なので嘘をついた。
――戦闘時の記憶はないと。
いくら私が幼いからといってあんな派手な戦闘をしておいて、記憶がないと言ったところで完全に信じてはくれない為、私は使った、使ってしまったのだ伯爵の力を。
言葉にのせた魔力は私のつたない説明に偽りに説得力を与えた。
これにより、私に説明を聞いた人々は一応の納得をしてくれたのだ。
しかし、それ以上の力を振るうことを私はしなかった。
伯爵が言うには、力の使い方次第では完全に私達に疑念を抱かなくなるといったが、私はできなかったのだ。
これ以上に力の行使は、狩谷司として守ってきた大切な何かを自分で踏みつける行為だと分かっていたから。
その甘さ、中途半端さが現在の事態を招いたわけだから。
私は穴拭大尉とビューリング少尉を甘んじて受けとめる義務が私にはある。
しばらくの間、何とも言えない雰囲気を時間を過ごした後、出撃命令を受けてパ・ド・カレーへ向け、茜色に染まりかけた空へと飛び立った。
「これは……」
視界に映った景色は燃える大地だった。
救援の為に、カールスラント軍が使っていたというパ・ド・カレー軍港に駆けつけたが、既にそこは――火の海だった。
既にネウロイの爆撃や光線の飽和攻撃を受けたのか、そこは更地に成りかけていた。
「生存者の捜索を!!」
途中から同行したブリタニア空軍のウィッチ小隊に智子は指示を下した。
「り、了解です!!」
唖然としていた彼女ら4名は指示を受け、我を取り戻す。
4人の内の一人が、頭部から展開している魔導針により、生存者の所在を探った。
作戦前にきた報告によれば、未だにカールスラント軍人の一部が基地に取り残されている筈だ。
しかし……、
《主、残念だが……生者はここには居ない》
魔導針を持つウィッチが結果を報告する前には伯爵が私にそう告げた。
「――っ!! 基地周辺に反応なし、生存者は……確認できません」
伯爵の言葉の少し後、同じ内容が魔導針を持つウィッチの方から告げられた。
私を含め、その場に居たウィッチ達は悔しそうに表情を歪める。
「引き続き、捜索をお願い。加えてパ・ド・カレー伯の屋敷周辺に向かった別動隊への連絡も。もしかしたら、残存していたカールスラント軍の部隊もそっちに集結したのかもしれないから」
その言葉に私達の中に一抹の希望は再び灯る。
索敵していた彼女は並行して別動隊への通信を行ったのだが、
「……………駄目です。返答によれば、別動隊が向かった屋敷の周辺一帯も大規模炎上中、生存者は確認できずとのことです」
灯りかけた希望はすぐに風前の灯へと変わった。
それでも何とか生存者を捜そうと、穴拭大尉が指示を下そうとした矢先。
索敵をしていた魔道針の色に変化が起こる。
「これは――、大尉、敵ネウロイがこちらに接近しています。数は一!!」
「優先目的を生存者の捜索から、ネウロイの撃滅に変更。小隊は我々の後ろに下がっていてください」
「了解です」
穴拭大尉の指示通り、小隊は私達義勇中隊の後方へと下がった。
ブリタニアからの派遣部隊は救助用装備を背中に背負っている為に、積載量軽減の必要があり、火器装備が貧弱になっている。
小隊を下がらせたのは当然の判断だった。
「敵、正面より数十秒後にこちらに接触します」
その言葉に皆が武器を構える。
「―――来た」
灼熱の炎とむせるように立ち上る煙の柱を越えて、ネウロイは姿を現した。
「見たことないタイプ、爆撃機?」
飛行している大型ネウロイの姿は、前世のアメリカのマーチン社が第二次世界大戦直前に試作した大型爆撃機XB-16に似ていた。
当然の如く、大型のネウロイはこちらに攻撃を仕掛けくる。
黒い巨体に点在する無数の赤い六角形の斑点から光線が放たれる。
まるで弾幕を貼るような苛烈な攻撃に、私達はネウロイに近づくことができない。
私は距離をとるために高度を上げ、直上より対装甲ライフルを発射する。
「曲がれ――」
6基存在するプロペラを模した推進機の一つに、弾は吸い込まれるように着弾した。
だが……、
「表面装甲を少し抉っただけ?」
敵の装甲は厚く、表面に少しの傷を作るだけであった。
その傷もみるみる修復されていく。
連続で弾丸を発射するが、大した効果は上げられなかった。
同様に距離を空けているせいか、他の義勇中隊のみんなの攻撃もネウロイに大きい損傷を与えることができずにいた。
近づけば、無数の極光によって魔導シールドが貫通する可能性が出てくる。
かといってこのままではネウロイを倒すこともできない。
そのジレンマに苛まれ、私は自身の半身となっている伯爵に助け船を求めた。
(伯爵、何かいい手はない?)
《既に辺りの生命力は霧散した後だ。この戦場ではあまり魔力の補給は期待できだろう。自前の魔力で何とかするしかないな。うむ、私にいい考えがある》
最後の言葉だけはやけに芝居掛っており、私に某機械生命体の元祖司令官の台詞を彷彿とさせた。
つまりは嫌な予感しかしなかったということだ。
《最大出力で魔導障壁を張り、敵に突撃し懐に入り込んだ後、全魔力を放出、電撃へと変換して敵に叩きつける。名付けて『フッ、いくら装甲が厚いと言えど、この至近距離からの電撃ではひとたまりも……なにっ!?』作戦……》
(却下、いろいろ突っ込みたいけど、第一に現状で近づけなくて困ってるんだからそれは絶対無理)
伯爵の助力を受けて、赤い魔力を使えば可能かも知れないが、疑いの眼が掛かっている現状ではあまり使いたくはない。
現状の状態でも遠距離からなら無数の極光を浴びても、まだ持つだろうけど、それではまるで意味がないのだ。
だいたい作戦名からいって死亡フラグである。
どこのテッカマンランスだよ。
私もブレードのブラスターボルテッカが放てるなら、遠距離からでも相対している敵を倒せることであろう。
ゼーロウ高地の戦いでは全魔力の電撃変換放出で似た技ができたかもしれないが、今は絶対に無理だ。
もしくはエビルのPSY……、待てよ。
飛行と固有魔法に使う魔力以外を魔導障壁に回せば、遠距離からならば無数の極光にも耐えられる。
私の能力はやろうと思えば、電気の流れも操れた。
なら、できるじゃないか?
(伯爵はこういうのはどうかな? ………………………)
《ほう、主も突拍子もないことを考える。――だが、やってみる価値はあるだろう》
「穴拭大尉、実は…………」
喉頭式無線機にて、私の意向を大尉に伝える。
「司、それ本当にできるの?」
「はい、多分ですが」
「分かったわ、でも……」
穴拭大尉は私に接近すると、私の手を握った。
「私も一緒に障壁を張るわ、万が一でも破られたりしたら大事なんだから。――各機に通達、今から司と一緒に少し無理をするから、フォローよろしく」
通信を終えると、私と穴拭大尉は手をつないだまま、敵の真正面へと飛んだ。
「こっちよ、ネウロイ」
穴拭大尉の機関砲と私の対戦車ライフルが火を噴き、次々とネウロイに直撃する。
相変わらず大した損傷は与えられえないが、注意を引くことはできた。
ネウロイから発せられた無数の極光がこちらに迫る。
私と穴拭大尉は握り合った手に力を込め、同時に魔導障壁を展開し、無数の極光を防ぐ。
「今よ、司!!」
「了解です!!」
私は自身の固有魔法を発動する。
ネウロイからこちらに放たれている“光線”をその対象とした。
収束、収束、収束。
展開した魔導障壁の中心を基点として、無数の極光を球状に纏める。。
流動する水を凍らせ、雪玉に纏めるようなイメージで本来無形である赤い光に固有魔法にて新たな流れを与え、凝縮していく。
こちらの意図に気付いたのか、ネウロイは光線の発射を止めた。
だが、もう遅い。後はこいつを解放するのみだ。
(もう一つおまけだ!!)
魔導障壁に使っていた魔力を放出に回し、電撃に変換すると、凝縮した赤い光と共に敵ネウロイに向けて一気に放出する。
《PSYボルテッカァァァァ――――》
伯爵のノリノリな声が頭に響く。
元ネタはそれに間違いないのだが、そうやって他人が叫んでいるのを聞くと何だが恥ずかしくなってくる。
けれど、気を取り直し固有魔法の制御に意識を集中する。
放出された極太の光の方向を制御し、敵ネウロイに叩きつけた。
直撃した光はネウロイの黒い装甲を焼き、溶かし、そして貫通する。
そうしてネウロイは自身の放った光により、その身を焼かれ、大きな横穴を造ったのだ。
コアを貫いたのか、浮遊していた巨体はガラス細工の砕けるように飛散し、海の藻屑と消えさった。
「やりましたね。穴拭大尉」
私は笑顔で穴拭大尉の方へ振り向いた。
しかし……、
「貴女、その電撃放出の固有魔法……あの時の!」
疑いの眼差しを私に向ける穴拭大尉の顔に私の笑顔が凍りつく。
しまった!と思った時はもう既に後祭りであった。
「え~とですね、何となく、自然に出来ちゃいました」
強張った笑顔のまま、私は穴拭大尉に告げる。
当然ながらそんな言い訳は通じることはなく、作戦終了後に、船ではなくそのままブリタニア本土の基地へと帰還した後、私は穴拭大尉にこってりと追求を受けた。
無論、本当のことを言えるわけもなく、ごく自然に使うことができたの一点張りで何とか追求を押しのけたが、これからも疑いは続くこととなった。
『PSYボルテッカの真似なら相手の攻撃に自分の攻撃も加えて倍返しが基本』などと考えて行動に移した自分をベッドの中で恨みつつ、ブリタニアでの最初の夜は更けていった。
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狩谷司がベッドの中で眠りについたのとほぼ同時刻。
月明かりの下、むせび泣く少女が居た。
数時間にわたり、泣いていた少女の金色の髪は乱れ、目元は赤く腫れていた。
「―――――――っ」
枯れた喉から洩れる声はあまりにか細く、本当に声を発したかと思うほどだった。
「―――――――っ」
嗚咽を漏らしながら少女が思い出すのは、わずか数時間前のこと。
パ・ド・カレーを船にて脱出した直後の光景。
突然現れたネウロイ、燃え盛る大地、燃え盛る町、燃え盛る――――少女の屋敷。
全て奪われた、故郷も、家も。家族も。
まだ屋敷には家族が居たというのに、屋敷が燃え盛る光景を少女は船から眺めることしかできなかったのだ。
「い、いやぁ――っ」
枯れた声より発せられた少女の慟哭はあまりに儚いものだった。
自分だけ生き残ってしまった。
その辛さが幼い少女の心を激しく苛む。
「お婆様、お母様―――っ」
祖母からお守りがわりに貰った、花の種が入った袋を握り締めながら止めどない涙を流す。
結局、ウィッチの訓練ばかりに力を入れ、代々家業として続いていた魔法医としての勉強を疎かにしてしまった。
もう永久に祖母や母から教えてもらう機会は失われた。
その事実が少女の心に深い悔恨を生む。
「お父様―――っ」
少女は自身の父に想いを馳せる。
パ・ド・カレー伯であり、ガリア貴族の鏡であった父。
ネウロイの侵攻に対しても、動じることなく最後まで領地に残り、皆の避難に尽力していた父。
そして……、
少女の中で屋敷が燃え盛る光景が思い出される。
自然と涙があふれ出し、さらなる悲しみが少女の心に広がった。
だが、同時に少女の中で父との約束が思い出されたのであった。
『ピエレッテ、私は貴族としての務めを果たさなければならない。同じ様に、お前にもウィッチとしての務めがあるのだ。ガリアは北部はこのパ・ド・カレーも含め、間もなく陥落するだろう。その時、この地を、ガリアの大地を再び取り戻す為に必ずやウィッチの力が必要となる。お前はその役目を果たす為に必ずや生き残らなければならない。――だから先にブリタニアへと行くんだ、ピエレッテ』
少女は何もかも失っていたが、その約束はだけはまだ残っていたことを思い出したのだ。
『お前はその役目を果たす為に必ずや生き残らなければならない』
(……なら、生き残った私は役目を果たさなければいけない。もうそれしか、私には残されていないのだがら)
泣き腫らし、涙で濡れたベッドのシーツを強い力で握りしめた。
少女の眼に徐々に強い意志が宿っていく。
―――ただし、その少女の眼は、悲痛な運命に晒された人間がその運命を受け入れたときにする哀しい眼をしていたのだった。
さらに時を同じくして、赤い髪の少女が泣いていた。
仲間へ余計な心配をかけまいと、喉から洩れる泣き声を噛み殺しながら、涙をゆっくりと零していく。
(クルト……)
つい数時間前に届いたパ・ド・カレー基地に残存していたカールスラント兵士全滅の報せ
その報告は少女の心を深く抉った。
音楽家を目指していた彼が軍への志願を打ち明けたときのことを少女は思い出す。
『君だけを戦わせたくはない』
彼は確かそう言っていたと。
(私のせいだ。私がクルトに恋をしなければ……、こんなことにはならなかった)
少女は彼と恋人になったことを後悔した。
自分と恋人にならければ、音楽家を目指していた彼が志願することをなかった筈だと。
悲しい出来事は起こらなかったのだと。
「こんなに悲しくて、苦しいことになるなら、恋なんてするんじゃなかった! そうだったらきっと彼だって……」
その思いが、楔となって少女の心の中に深く深く打ち込まれたのだった。
少女達の祈りは踏みにじられ、少女達は涙を流した。
ならば、今なお明日への希望という祈りを持った少女はどうなるのだろう?
役者達は徐々にその姿を現していき、舞台は整いつつあった。
開幕する演目は喜劇か、悲劇か? 英雄劇《サーガ》か、恐怖劇《グランギニョル》か?
劇の主人公さえも、自らの演じる演目の名を未だに知らない。
あとがき
取り敢えず第一幕終了みたいな感じです、……まだまだ原作一期まで道のりは遠いですが。
後はアナウンスですが、晴れて四月より作者は名実ともにやっと社会人となるので、四月以降の更新は鈍足化すると思います。
どのくらいのペースになるかはまだ分かりませんが、更新は続けるつもりなので、引き続きよろしくお願いします。