Der Freischütz 第十四話 「変遷する明日」
「今回の議題である。オペレーション『ビフレスト』および『チェンベルス』の一環として、カールスラント軍が主体となって行った、ゼーロウ高地の残留カールラント陸軍部隊の大規模撤退支援作戦の報告は以上です。詳細に関しては、お手元に配られた資料の参照してください」
ブリタニアの某所にて、対ネウロイ連合国最高司令部の会議が行われていた。
会議の主な議題は既に完遂された残留カールラント陸軍部隊の大規模撤退支援作戦の報告とガリア防衛および避難民の支援をどう行っていくかという事だった。
本来ならば残留カールラント陸軍部隊に対する大規模撤退支援作戦に関してはこの連合国会議の中では議題にするものではなかった。
撤退支援作戦は、連合国ではなくカールスラントがほぼ独自に主導で行った作戦だ。
各国に報告を回してしまえば、本来それで事足りるモノなのだが、今回はいくつか事情が違った。
「―――80cm砲搭載型ディオミディアか、まったくもって厄介なモノが現れたモノだ」
遠方より撮影され、粗いながらも全体像が写っている資料の写真に目をやりながら、会議参加している者の一人が口を開いた。
続けて別の者たちも口を開いていく。
「推定最大射程は80cm列車砲の軽く見積もって約8倍。有効射程は報告から推測するに約3倍程度。底部装備で砲を上に向けられないのが救いですな」
「そもそもあんな口径の砲を飛行物体の上部に取り付けて撃てば、反動で真っ逆さまだよ。普通ならば底部に取り付けて撃ってもバランスを崩して、同じ事になる筈なのだが、それを連射できるとは……つくづくネウロイ共には我々の常識が通用しないことを思い知らされるよ」
「こちらの兵器を取りこんで、さらに強力な兵器として使用する……、別の方面から考えるなら、我々がネウロイ化した兵器のコントロールを可能にできれば、ウィッチに頼らずともネウロイに対抗できるという事ですな。各国共同で行っている対ネウロイ研究が進まぬ現状では、夢のまた夢ではありますが」
それは進まぬ対ネウロイ研究を皮肉り、冗談めかしに出た発言だった。
会議に主席した誰しもが、苦笑を浮かべる中……、ブリタニア軍の代表の一人として出席していた“とある空軍少将”だけは眉をヒクつかせて真剣にその言葉に反応したが、そのことに気付く者は誰も居なかった。
「しかしながら、このネウロイの出現はカールスラントの不手際では? 列車砲を投棄が今回のネウロイ登場に繋がった訳ですから。全く、無用の長物ならまだしも敵に利用されるなど……、今後、同型のネウロイが前線に出てきたら、どう責任を取るおつもりで?」
嫌味ったらしく、わざわざ相手を逆撫でするようになじる発言に出席していたカールスラントの軍人たちは苦虫を噛み潰したような顔をし、刺すような視線を発言相手に返す。
「よさないか! 今回の会議ではその事を話すものではない、 肝心なのはここからなのだ。君、もう一度、例の写真を映してくれ」
「はっ、了解しました」
指示を受けた士官の一人が、エピスコープ(反射式幻灯機)にて拡大投影した写真をスクリーンに映す。
そこには上空に展開している赤い魔法陣が映し出されていた。
「――先程の報告のあったように、この赤い魔法陣が展開収束が確認された後、件(くだん)のディオミディアは僅か、十数分で撃破されたそうだ。それも“たった一人のウィッチ”に」
「付け加えるならば、その後、そのウィッチは防衛線付近に居たネウロイの大半を撃滅しています。それ以降はネウロイの襲撃は収束し、ほぼ犠牲を出すことなく無事に海岸線への撤退を完遂。序盤の攻勢や80cm砲搭載ネウロイにより数千人の犠牲者が出たモノの、支援作戦内で出た損耗は撤退支援に参加した兵も合わせ、奇跡的に一割を超えなかったそうです」
「悪いですが、私はこの報告書を書いた者の正気を疑いますよ。もしくは三流脚本家が書いた内容が資料の中に混じったとでも? リベリアン共が好みそうな筋書きだ。ハリウッド辺りで映画化でもすればいい。きっと巨大なゴリラがニューヨークで暴れるあの映画の時と同じくバカ受けだ。スクリーン越しでも、大西洋越しでも、自分達に被害の及ばない対岸の火事に傍観を決め込むのが大好きな連中ですからな」
対ネウロイ連合国の中でも今回の会議に参加していないリベリオンに対して、一人が痛烈な皮肉を放つ。
リベリオンは欧州に対し、武器弾薬、燃料および食料などを支援しているが、支援艦隊の派遣は未だになかったのだ。
それについて、リベリオンは様々な弁明をしていたが、所詮は建て前に過ぎず、高度な政治的判断というのが本音であることは明白であった。
けれど、大規模な物資支援を受けている欧州各国は、それについて面と向かって文句を言うことはできない状態なのである。
「……今の発言は聞かなかったことにしておこう。今回の報告書は撤退戦に参加した多くの将兵から証言を纏めた物だ。そして彼等は口を揃えてこう言ったそうだ。『ゼーロウ高地にて新たな英雄が生まれた』とな」
「英雄ですか……、ますますキナ臭くなってきましたな」
「英雄というより、化物ですよ。報告書には一撃でディオミディアに円筒状の巨大な穴を開け、その後に真っ二つに両断したと書いてありますし。それに件の彼女は赤い魔法陣を展開する直前に、ラロス改の機銃の直撃を胸部に受けているという報告をある。着衣にも胸から背中にかけて無数の貫通痕とおびただしい血痕が残っていたというのに、どうして帰投した彼女は“無傷”だったですか? まるで、数百年前に欧州に居たという吸血鬼だ……」
「確かに、使い魔が蝙蝠であることいい。不気味なほど印象が重なる。吸血鬼“伯爵”に……」
「伯爵ですか……、それこそ中世の創話でしょう。文献には数多く残されていますが、実在した証拠は見つかってはいない。ただの偶然ですよ」
「そうは言うが、彼女は赤い魔法陣を展開したことに加え、瞳の色を赤く変化させていたという! それに複数の固有魔法の使用!! これらは多くの文献に記されている伯爵の特徴に合致―――」
「そこまでにして頂きたい! 何時からこの会合はオカルト好きの集まる討論会になったのですか? 我々は彼女、ツカサ・カリヤの戦果の報告を受けて、彼女をどう扱うか?というものを議論する為にここに集まったのです。 決して彼女の力の正体は何なのか?という議論をする為に集まった訳ではありません。それは専門家達に任せておけばいい」
議論を加熱しようとして出席者たちはその声に押し黙る。
そう、今回の会議での決めるべきは司の処遇だった。
司の所属が扶桑皇国海軍遣欧艦隊であったならば、この会議の検討すべき案件には上がらなかっただろう。
しかし、司の所属はスオムス義勇独立飛行中隊、連合国最高司令部の傘下にある部隊の所属なのだ。
いくらその部隊が連合各国が問題児ばかりを送り出し、『後はスオムスで何とかしてくれ』と指揮権をスオムスに押しつけた名ばかりの傘下部隊であろうとも、その処遇を決める権利は連合国最高司令部にある。
残留カールラント陸軍部隊の大規模撤退支援作戦に際し、カールスラントが連合国に協力を要請した所、義勇飛行中隊をゼーロウ高地に派遣を決定したのも最高司令部であった。
よって彼等は司の処遇を決める権利を持つ。
「当初あった予定を変更して、彼女には部隊ごと、ここブリタニアに向かってもらっている。問題は今度についてだが……」
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「やはり何事にも、判断する時間が必要ででしょう。ゼーロウ高地にて起こった事が奇跡が都合よく、二度続くとは限らない。過度な期待は禁物ですよ。まだ彼女はあまりに幼いのだ。彼女という存在の将来性を見る為にもここは一つ、――――ということで。反対の方はおられますかな?」
様々な意見が飛び交った後、一人の男が全体としての意見をまとめる。
そこにいる者達の意見はみな揃ってほぼ同じだった。
目の届くところでおいて、ゼーロウ高地での活躍の真偽と、彼女という存在が今後連合各国にどんな益をもたらすかということを見極めたい。
つまりは…………、
「反対意見がないようならば、取り敢えずの扱いはそういうことでよろしいですな」
出席者たちは頷いていく。
「一つよろしいでしょうか?」
カールスラントの代表としていた男が挙手をした。
「どうぞ」
「我々としては、彼女をカールスラント軍のプロパガンダに使いたいと思っています。その許可を頂きたい」
「ほう――、なるほど。しかしそれならば我々より先に、扶桑に伺いを立てるのが筋なのでは?」
「それならば心配はありません。既に扶桑との話はつけてありますので」
その言葉に、出席していた扶桑の代表達が頷く。
「それは失礼した。けれどまだ彼女の力の真偽は明らかになっていませんが、それでもよろしいので?」
「構いせん。我々は此度の大戦で多くを失いました。祖国の大地を、多くの同胞を。けれどまだ戦いは続いていく、そんな我々には新たな心の拠り所が必要なのです。祖国を失い、散り散りに分かたれた我らの心を纏める新しき御旗となる存在が……。そんな時に、彼女が現れた。聞けば彼女は祖父がカールスラント人とのこと。カールスラントの血を持つ扶桑のウィッチが、ゼーロウ高地にてカールスラント陸軍の危機をたった一人で救った。既にゼーロウ高地より生き残った者達の多くがそう語っています。この話を聞けば、我が国の多くの人間が勇気づけられるでしょう」
既にバルトランドに脱出したカールスラント軍の間で広がっている現代の英雄譚をカールスラント国民全員に伝え、広げることで疲弊した士気を鼓舞する事が目的であり、詳しい真相など二の次であると、暗にそう告げたのだ。
「分かりました。そういうことならば、反対する理由はありません。みなさんもいいですね」
反対意見は出なかった。
そうしてツカサ・カリヤに関する案件での議論は終息へと向かう。
「ところで件の彼女は、今どうしてるのですか?」
「力の使い過ぎかは分からないが、軽度の精神的な虚脱症状にあるらしい。片腕に蓄積した極度の疲労に合わせ、こちらに向かっている船の中、ベットの上で療養中とのことだが、中々面白い子ではあるようだ」
「というと?」
「ゼーロウ高地より帰還した後に、『功績を称え、褒賞を与えるが、何か欲しい物があるか?』と聞かれ、彼女は『卵が欲しい』と答えたそうだ。何でもオムライスなる卵料理を自分で作ってお腹いっぱい食べたかったらしい」
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「主よ、具合の方はどうだ?」
ベットに横たわる少女の傍らに、同じく幼い少女の姿があった。
赤い瞳を持つ少女はベットの横たわる少女を気遣う。
円形の金属枠に収まったガラスから差し込む光が、二人の姿を淡く照らし出していた。
「大丈夫……」
「せっかく智子が新鮮なリンゴを切って置いてくれたのだ。少しは口にしたらどうだ?」
「そうだね」
「しかし、凄まじい活躍だった。あの怪砲付きを両断した後も、残りのネウロイを……こう、『バーン! ネウロイ君、吹き飛ばされた!!』みたくバッタバッタと倒していって。おかげで魔力はスッカラカンだがな」
「そうだね」
「もしかして電磁抜刀の所為で、片手が酷い筋肉痛になって動かさせない事を拗ねているのか。確かに提案したのは我だったが、あの時は主もノリノリだったではないか。それに、もし我の肉体強化なしでアレを放っていたら、刀が腕ごと吹っ飛んでいたぞ、『ロケットパンチ~~!!』みたく。まぁ、我が提案しなければこんな事にはならなかった訳だが……、正直、剣術を甘く見ていた。これが世に言う『才なく心なく刀刃を弄んだ』報いというやつかも知れんな」
「そうだね」
凄まじく突っ込みの入れるべき台詞を、ベットの傍の椅子に座っている少女、の姿を伯爵は口に出す。
普通ならば『腕が吹き飛んだってどういうこと!?』、『才なく心なく刀刃を弄んだって……、刃鳴乙、もしくは村正』、『伯爵は報いを受けてないでしょ!!』などと多様な返答を返すべきはずの司は、心に波風一つ立ってはいない様子で、先程と同じ返答を返した。
「なぁ、主よ。そろそろ『何で、伯爵が人間の姿になってるの? 見つかったらマズイでしょ』とか『なんでいきなり、穴拭大尉を智子とか呼び捨てにしてるの』と我に突っ込んだり――」
「――そうだね」
「やはりまだ抜け殻状態か……。皆、主の事を心配していたぞ。まるで死人の様だと。」
そう、現在の司はまるで抜け殻の様だった。
全てを成し遂げた後の様に、
真っ白に燃え尽きだが如く、
その身をベットへと横たえていた。
「――大丈夫。ちゃんと私は生きてるよ。ただ……、あの時は、あの戦いの中では、私の中に確かに全てがあったんだ。みんなの命も、みんなの心も、みんなの願いも、だから私はあの力を戸惑うことなく、躊躇なく、振るうことができたんだと思う。けど、それがごっそり全部無くなって、空っぽになったから、多分今は抜け殻みたいなっているだろうね……私」
窓から差し込む光の方に顔を向けながら、どこか他人事のように司は呟く。
「――過大なる力は、人に全能を錯覚させる。魔力と共に自身の一部となっていた他者の残留思念が、主の精神に取りこまれ自我の極大化を引き起こし、その後に魔力消費をしたことにより膨らんでいた自我が核であった主の精神を残して消失。擬似的な自己の欠落から来る虚脱だ。ようするには膨らみ過ぎた風船《せいしん》が元に戻ったのを、心と体が萎んだと誤解して虚脱が起こっているだけで、2,3日もすれば元に戻る。安心しろ」
横たわる司の髪を撫でながら、労わるように伯爵は司を励ます。
その顔には聖母のような慈悲の心が顕われていた。
「自分の意志で力を振るっていたつもりが、結局を力に振り回されていたんだね。駄目だな私。それに比べて伯爵はあんな力をずっと振るっていたなんてすごいよ……」
「いや、正直我も今回は流れてくる感情に酔っていた。主と変わらぬよ」
「どうして……? 慣れてる筈じゃ――」
「あれほど多くの共感できる想いなど、我に流れ込んでくることはなかったよ。我が奪った命から流れ来る感情など、恐れや怒りなどとの害意ばかりだ。『死ね、呪われろ、害されろ、、化け物、お前のせいだ、消えされ、滅びろ』……並びたてれば、キリがない。城を一つを自分の物とし、伯爵と名乗るようになってから我の噂は瞬く間に広がった。それからというもの、何でも我の所為にされたのだ。疫病も、干ばつも、不作も、貧困も、果ては……どこぞの貴族に嫁いだ女が子供を一向に授からぬのは我の呪いの所為などと言われ、兵を差し向けられたこともあった。ゴルゴムも真っ青、いや奴等は実際に全て事を起していたから『これも全て乾巧って奴の所為なんだ』の方が近いか。なんにせよ、そんな奴等の想いをいくら取り込もうと精神の同化など起こらぬさ。ただただ、濁って腐ったヘドロのような悪意が胎に溜まっていくだけだ」
「それでも凄いよ。そんな悪意に晒されて生き残ってきたんだから、私より伯爵の方がよっぽど強い。私だったら『お前は化物だ、皆を不幸にする』って言われたら生きていけないもの」
その言葉に、伯爵は少しだけ辛そうに顔を歪めた。
「そういえば、見たのだったな…………互いの記憶の奥までも」
あの戦闘の最中、同調が深い所まできていた為に、垣間見たのだ。
深く沈みこんだ、果ての記憶を。
「蝙蝠じゃなくて、その人の姿が本当の姿だったんだね。気付かなかったよ、伯爵が本当にドラキュラ伯爵だったなんて」
まるで今日の天気でも語るように、ごく当たり前のことを語るように、司は伯爵に返答する。
その声からは驚きも、恐れも、怒りも感じられない、穏やかな口調だった。
「それで我との契約はどうするのだ? 解除するならば今にでも――」
「しないよ。だから伯爵、これまで通りに私といっしょに居てほしい、力を貸してほしい」
虚脱に陥っている筈の司だったが、その言葉には確かな熱が篭っていた。
伯爵はその熱を確かに感じ取る。
「何故だ、我の記憶を見たのだろう? 我は災厄しか呼ばぬ死神だ。我はあの戦場にて主に絶大な力を与えた、しかしそれは魔の契約、ザミエルに魂を売ったカスパールはどうなった? メフィストフェレスと契約したファウストはどんな末路をたどったのだ? 非業の死だ、悲惨な末路でしかない。だというのに何故、我との契約を続けようと思う?」
常人はそんなものは求めない、破滅する分かってもその力を手にしようとする者は愚者なのだ。
そして、力を手にした愚者が大義を成せば、それは英雄へと名を変える。
司は自身に英雄など求めない。
ならば、何を持って、司は愚者たらんとするのか?
「伯爵も見たでしょ? 私の前の人生を、本当に後悔ばっかりだった。やりもしないで諦めて、その癖、後ろばっかりチラチラと振り返って『○○しておけばよかった』と数え切れないくらい呟いてた。もうそんなのは嫌なんだ。だから私は……、後悔するなら、せめて自分のやりたい事をやって後悔したい。あの紅い剣を抜いた時に決めたように、私は自分自身の意志で伯爵との契約を続けるよ。伯爵が何者だろうと構わない。私はこれまで通り、伯爵と一緒に戦っていきたいんだ。だから、ここで別れるなんて私が許さない」
どうせ後悔するならば、自ら望んだことをやって後悔する愚か者でありたい。
その想いが、狩谷司という人間の根幹にあるが故に、答えは最初から決まっていた。
それが、どれほど愚かな選択であろうとも。
「……主も大概だな。その一念への執着、狂っているぞ、――だがそれがいい。良かろう、付き合ってやる。たとえ死が我らが別とうとしても、地獄の果てまで付いていこう。そして主が望むなら、何度でもそこから引っ張り上げてやる。だから安心して、その一念を貫けばいい」
「……ありがとう、伯爵。卵が貰えたら、伯爵の分のオムライスも用意するから」
「それは楽しみだな」
司を虚脱の為、弱々しい笑みを浮かべながらも伯爵の手を取る。
伯爵はその手を強く握り返す。
二人は手を取り合い、明日を進むことを選んだのだ。
たとえその明日が、――どんなに自分達が望んだモノから外れようとも。
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―――場所は再び、連合国最高司令部の会議へと戻る。
「まったくガリアの今後について話しているというのに、この場にガリアの代表が居ないとは……」
現在、会議の中ではガリア防衛および避難民の支援について話し合われていたが、そこにガリア代表の姿はなかった。
「防衛線の崩壊、その混乱でまさか無政府状態になるとは……、カールスラントのように、本土から撤退準備を十分に行っていればこんなことにはならなかったものを」
「今だにガリア全軍の指揮系統は麻痺している。南部に展開している連合軍の傘下に入ることで何とか機能をしてはいるが……。連絡によれば、南部に避難したガリア首脳部は何やら、内輪で責任の押し付け合いを行っているようで、このままいけば、ガリアは複数に割れますな」
「――全く何をやっているやら」
「そんなことを、いくら話そうと状況は良くならんよ。話すべきは今後の事だ。早急な防衛網の構築でガリア南部へのこれ以上のネウロイ流入は防ぐことはできた。次の問題は北部だ。南部に向かっていたネウロイ達が今度は北部へ向かおうと動きを変えている。北部のガリア避難民およびカールスラント避難民の避難状況はどうなっているかね?」
「オペレージョン『ダイナモ』により、カールスラント難民を先導してガリアに避難していたカールスラント軍や北部に展開していたガリヤ軍の部隊の活躍により、ブリタニアにへの避難は着々と行われています。ただ避難民の数が多いので完了にはいましばらく掛かるかと」
「北部のネウロイ侵攻を遅延させているのはやはりウィッチ達の活躍でしょう。特にカールスラントからの撤退で連戦を重ねているベテランウィッチ達の戦果は聞きしに勝るものがある、確かパ・ド・カレーに展開しているのでしたね」
「やはり、次世代の航空戦力はストライカーユニットとそれを運用するウィッチだな。戦闘機など、この第二次ネウロイ大戦の中では二級線兵器に過ぎん」
その言葉に、各国の空軍関係者達は複雑な思いを抱いた。
今まで自分達と共に歩んできた物が、その存在を否定される現実に。
そして、ブリタニアの“とある空軍少将”トレヴァー・マロニーはその言葉に本当に悔しそうに顔を歪めていたのだった。
だが、マロニー少将の眼は強い光を持っていた。
ネウロイからも、ウィッチからも、
いつか、いつの日にか、自分の空を、自分達の空を、必ず取り戻さんという野望に瞳を輝かせる。
その野望に気付く者は、今は誰も居なかった。
会議内の空気が若干重くなったが、変化に機敏に反応した出席者である一人が、雰囲気を変える為に新たな話題を振る。
「パ・ド・カレーと聞いて思い出しましたが、パ・ド・カレー領主は避難民のブリタニア渡航に尽力し、現地に残っているそうです。『領主である私が逃げては、領民に、皆に示しがつかない。最後まで貴族としての責任を全うする』と言ったそうで、まさにノブレス・オブリージュ、パ・ド・カレー領主の“クロステルマン”伯は貴族の鏡ですね」
その話題により、会議は重苦しい雰囲気から持ち直す。
けれど、クロステルマン伯の子女がウィッチの正規訓練を受けているという話になった辺りから、また雲雪が怪しくなる事となった。
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ガリア北部 パ・ド・カレー
「お父様、やはり私一人がブリタニアに逃げることなどできません! 私も最後まで!!」
金の長髪に眼鏡をかけた少女は、大きな声で父親に訴えかけていた。
けれど父親がその言葉に首を縦に振ることはなく、面と向かい娘の肩に手を置き、諭すように告げる。
「ピエレッテ、私は貴族としての務めを果たさなければならない。同じ様に、お前にもウィッチとしての務めがあるのだ。ガリアは北部はこのパ・ド・カレーも含め、間もなく陥落するだろう。その時、この地を、ガリアの大地を再び取り戻す為に必ずやウィッチの力が必要となる。お前はその役目を果たす為に必ずや生き残らなければならない。――だから先にブリタニアへと行くんだ、ピエレッテ」
「お父様……、わたし、わたし」
「泣かないでおくれ、……お前は母さんに似て、強い子なのだから」
涙を流す我が子を、父親はその両の手でしっかりと抱きしめた。
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「おつかれミーナ」
金の短髪をした男は、赤く長い髪をし、カールスラントの制服を着たウィッチに飲み物とタオルを渡す。
「ありがとう」
「状況はどうなっている?」
戦闘から戻ってきた恋人に男は聞いた。
「段々とネウロイの数が増えてきているわ。そろそろ、ここも危なくなってきたわね」
「民間人のブリタニアへの避難はもうすぐ完了する。今が踏ん張り時さ。だからもう少し頑張ってほしい」
「分かっているわ。必ず生き残りましょう」
「あぁ、約束するよ。君が歌手になる姿を見るまで僕は死なない」
恋人達はつかの間の逢瀬を楽しむ。
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少女は願う。
自分の望む明日を――、
少女は願う。
家族の無事を――、
少女は願う。
恋人との未来を――、
人の願いは尊く、儚い。
だからこそ、どれも等しく平等に、願いを叶える権利がある。
しかしそれは、どれも等しく平等に、踏みにじられる運命を孕んでいるということでもあるのだ。
故に少女達の祈りは何よりも尊く。
同時に何よりも儚いものであった。
あとがき
生存報告を兼ねて投稿。
補足
・巨大なゴリラがニューヨークで暴れるあの映画
特撮映画の先駆け的作品、キ○グコ○グの事。
ちなみにチョビ髭伍長もファンだったとのこと。
・トレヴァー・マロニー
原作一期の終盤に登場した人物。みんな大好きマロニーちゃん。
本SSでは野望に燃える男として書く予定。アニメでは大将だったが、過去ということで少将にした。
ウォーロックが量産の暁にはry
元ネタの人物はイギリス空軍大将トラッフォード・マロリー。
・ピエレッテ
ペリーヌのこと。(ペリーヌの本名はピエレッテ=H・クロステルマン。HはおそらくHenriette《アンリエット》の略)
ペリーヌ・クロステルマンでお馴染みの、アニメストライクウィッチーズの主要人物の一人。
元ネタの人物は自由フランス空軍のエース、ピエール・アンリ・クロステルマン。
・ミーナ
アニメストライクウィッチーズの主要人物の一人、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケのこと。
元ネタの人物はドイツ空軍エース、ヴォルフ=ディートリッヒ・ヴィルケ。
・ミーナの恋人
フルネームはクルト・フラッハフェルト。ミーナとは生き残ると約束したが……。