Der Freischütz 第十一話 「大空のサムライ」
私は甲板から海を見つめながら、現状について考え始めていた。
私達、義勇独立飛行中隊の面々は軍船に乗り、スオムスからオラーシャの端、カールスラントの北西国境近くに存在するリバウの軍港を目指していた。
この船に乗る際、カールスラントから避難してきた人々の避難は完了した。これにより南部からロマーニャへの避難に続き、バルトランド、スオムス、オラーシャへの北部および西部のカールスラント人の避難は完了したことになる。
問題は東部からガリアへと避難した人々だ。
防衛線の崩壊により、東部からのカールスラント避難民はさらに東のブリタニアを目指し、避難を行っている。
ガリアの緊急撤退作戦は大きく三つに分かれ、カールスラント東部よりガリヤへの撤退作戦から継続してブリタニアへの撤退作戦となったオペレーション『ダイナモ』、ヒスパニアへの撤退作戦であるオペレーション『ロンスヴォー』、カールスラント人のヴェネツィア及びロマーニャへの避難に続き、ガリアの避難民支援として続行されているオペレーション『ハンニバル』とそれぞれ呼称されている。
ちなみにカールスラント避難民の北西部(バルトランド、スオムス、オラーシャ)への撤退作戦はオペレーション『チェンベルス』だ。
現在の統合軍総司令部の指令により、ヒスパニア軍とヴェネツィア、ロマーニャ連合軍は撤退支援作戦と同時にガリア南部に防衛線を敷き、ヒスパニア、ヴェネツィアおよびロマーニャにネウロイが流入しない様に作戦を展開している。
扶桑国軍の多くは現在欧州ではなく、オラーシャの防衛線でオラーシャ陸軍や海軍と共同で作戦を行っているがどうやら徐々に圧され始め、ヴァイクセル川とカルパティア山脈に敷いた防衛網も厳しい状況になっているらしい……。
いま向かっているリバウもその防衛線が崩れれば危うい状況になるだろう。
もしこれでストライカーユニットとそれを扱うウィッチがいなかったらと思うと……ぞっとする。
でなければ、人類はマブラヴオルタ並に詰みな状況になっていた筈だ。
人類がネウロイに抗えるのも、私がネウロイと戦えるも、全てストライカーユニットを開発した宮藤博士のおかげなのだ。
変態紳士とか言っていた自分が恥ずかしい……。
今でもスク水着て飛ぶのは恥ずかしいが、……パンツ丸出しよりはマシである。
扶桑海軍のウィッチで良かった……。
一通り考えを纏めた後に、甲板から景色に意識を戻すと、向こう側に陸地、いや港が見え始めていた。
「あれがリバウ軍港……、扶桑皇国海軍遣欧艦隊の本拠地」
私のその呟きは、搭乗している船の汽笛により掻き消された。
船が停泊すると、私達は穴拭大尉を先頭にして船から降りた。
私達はリバウで一日、待機した後、カールスラント航空母艦に乗り換え、バルト海のカールスラントの対岸付近まで移動した所で母艦から飛び立ち、ゼーロウ高地で展開されている支援作戦に参加するスケジュールになっている。
スオムスからリバウまで乗ってきた船は補給を終えた後に、リバウに避難してきた人々を乗せてスオムスに戻る予定だ。
停泊した船を眺めると、様々な国の船が確認できる。
別に私自身は前世を含め、軍艦の知識については明るくないが、船に付けられた旗や船自体に塗装されたマークで判別するぐらいは簡単な事だった。
目に付いたものだけでも、扶桑、ブリタニア、カールスラントと多様な船の停泊していることからいろんな人種の人間が集まっているのだろう。
私達、義勇独立飛行中隊もそうではあるが。
車に乗り、扶桑の下士官の案内で、基地の方に向かうと――そこには三人の扶桑海軍のウィッチが居た。
「お久しぶりです、穴拭大尉。リバウまでは詳しい情報は回って来ていませんが、扶桑海の時と変わらず、スオムスでも活躍していると聞いています」
三人の内、片目に眼帯を付けたウィッチが穴拭大尉に声を掛ける。
髪はポニーで纏められており、背中の扶桑刀(日本刀)が扶桑のウィッチであることを、より明確に特徴づけている。
「そっちこそ活躍は聞いているわよ。リバウの三羽烏の一人、坂本美緒(さかもと みお)少尉。初めて会った時、戦闘脚を穿いてたった十時間のあなたが燕返し(陸軍での“捻り込み”の別称)を使ったのには本当に驚いたわ。三人一緒に居ることをみると他の二人もそうなのかしら?」
穴拭大尉の言葉に坂本曹長と呼ばれているウィッチは頷き、仲間の二人に自己紹介を促した。
「竹井醇子(たけい じゅんこ)少尉です。噂に聞く、スオムス義勇独立飛行中隊の面々や、それを率いる穴拭智子大尉に会うことができて本当に光栄です」
迫水少尉や坂本少尉と同じくセーラーではなく白い扶桑海軍の士官服を着たウィッチであった。
物腰はどこか優雅で、頼りになりそうな印象を受ける。
左右から伸びた髪は肩に掛かっており、坂本曹長ともう一人のセーラー服のウィッチを含めた三人の中では大人びた女性らしい雰囲気を一番漂わせていた。
三羽烏の中にはリバウの貴婦人と呼ばれているウィッチが居ると聞いていたが、おそらくこの人のことだと私は確信した。
噂に聞く、などと言うフレーズを耳にした時には一瞬、いらん子中隊の件を皮肉られたのかと思ったが、本人が浮かべている柔和な表情から考えて単にご活躍は耳にしていますといったニュアンスで言ったのだろう。
しかし、リバウの三羽烏と呼ばれ活躍は私も聞いているのだが、階級が高くて少尉とは……。
だが、扶桑のウィッチの昇進はあまり早くないし、むしろ遅い。
そう考えると迫水少尉の昇進の異様さが目立つ。
現在の扶桑海軍ウィッチの階級は一等飛曹もしくは軍曹から始まるのだが、迫水少尉はそこから飛曹長(曹長とも呼ぶ)を飛ばして少尉になっているので実は二階級特進なのだ。
士官教育を受けていない迫水少尉が士官まで上がれることに、着任したての頃は違和感を感じたが、どうやらなにかカラクリがあるらしい。
緘口令が敷かれているのか、詳しいことは分からないけれど、カウハバ基地で確認された『人型ネウロイ』との接触および戦闘が迫水少尉の昇進に関連していることは確かだ。
何か迫水少尉に口止めしなければならないことがあって、口止めの代わりに昇進したと私は予想しているのだが……。
義勇独立飛行中隊の他の面々と竹井少尉との会話から次のウィッチの自己紹介に移り、私は考えを中断した。
「あたしは西沢義子(にしざわ よしこ)。階級は飛曹長。よろしく!」
ショートの髪に、私と同じタイプのセーラー服を着た少女であった。
明るいというか、どこか野性児じみた活発な印象を私は受ける。
「西沢、もっと言うことは……まぁ、階級を言っただけマシか」
坂本少尉や竹井少尉はやや呆れた様子であるが、それが西沢曹長のいつもの調子らしい。
「私の紹介がまだだったな。私は坂本美緒だ。階級は竹井と同じ少尉。スオムス義勇独立飛行中隊の活躍は聞いている。よろしく頼む」
何というか、サバサバとした体育会系タイプの印象を坂本少尉に私は持った。
まるで背負った刀といい、本当に侍みたい。
そこまで考えて、私の思考は刺激を受けた。
(リバウ、ラバウル、西沢、西澤、竹井、笹井、坂本、侍……坂井!)
連想の羅列が、私の中で荒唐無稽な仮説として結び付く。
微妙に名字は変わっているが、この一致は!! 眼帯をしていて片目だし……まさか。
前世の第二次世界大戦のエースがこの世界では微妙に名前を変えてウィッチになっていることには前から気付いていたが……こんなことがあるのか。
「大空のサムライ……」
思わず考えていたことが口に出てしまう。
はっ、と口に手を当てるが、既に時遅く、その場に居た他のメンバーの視線が坂本少尉から口を開いた私に移った。
坂本少尉は私をしばらく真顔で見つめた後、唐突にわっはっはと笑い始めて……。
「仲間だけではなく他の国のウィッチからもサムライサカモトなどと呼ばれていたが、大空の侍か……。いい渾名だ。次から自分でそう名乗るのもいいかもしれん」
独特の豪胆な笑い声を上げてそう語る坂本少尉を見た私は半ば出鱈目な考えを抱いていた。
もしかしたら、この人こそがこの世界での坂井三郎なのかもしれないと……。
「で、ゼーロウ高地の状況はどうなっているの?」
義勇中隊全員が自己紹介を終えた後、話題はすぐに撤退支援作戦の状況についてになった。
作戦自体は既に開始しており、何度かネウロイとの戦闘が起こっているようだが、私達にはまだ詳細は届いていなかった。
穴拭大尉の一言で坂本少尉と、竹井少尉の顔が引き締まる。
「状況は……お世辞にも良いとはいえません。カールスラント軍を主力として、撤退支援の為に援軍を送っていますが、敵の数が膨大で苦戦を強いられているのが現状で。作戦が成功しても……かなり犠牲はついてまわると思います」
「我々、扶桑海軍航空隊は既に、ここリバウから直線、バルト海経由での撤退を目指し、船の待つ北の海岸線へと向かうカールスラント陸軍を反復支援しているが、じゅん……竹井少尉の言う通り、敵の数が多すぎる。倒しても倒してもキリがないからな、迂闊に敵の中に切り込み過ぎないよう気を付けてくれ」
「ちょっと待ってください! ここから直接、現地に向かってるんですか!? 片道だけでも500kmはありますよね」
驚いた様子で口を開いたのは、義勇中隊のエルマ中尉だった。
通常の戦闘脚では増槽を付けてもそれほど飛べないからだ。
しかし扶桑海軍のウィッチの標準装備である零式艦上戦闘脚は違う。
零式艦上戦闘脚が絶賛される理由の一つに、他の追随を許さない航続距離がある。
エルマ中尉が驚いたのはそこだろう。
義勇飛行中隊では試作である十二試艦上戦闘脚を迫水少尉が穿いているが、他のメンバーの戦闘脚が重戦闘脚でそれに合わせている為、気付かれていなかった。
例えば、私のキ60は和製Bf109といった具合の模範的な重戦闘脚だが、片道200kmで往復の事を考えて戦闘すると約15分の戦闘がやっとである。
しかし、零式艦上戦闘脚の場合は……。
「扶桑海軍のウィッチが使用する零式艦上戦闘脚は、増槽を付ければ片道1200kmの往復でも30分の全力戦闘が可能だと聞いている。それくらいは朝飯前なのだろう」
答えたのは意外なことに、ビューリング少尉だった。
「そうだったんですか……、知らなかった」
「詳しいですね、確か……」
「エリザベス・F・ビューリング少尉だ、サカモトミオ少尉。スオムスじゃ、様々な国のストライカーが混在しているし、自分の戦闘脚の整備をしている時、手伝ってくれる整備兵のウンチクを聞いていたから自然と覚えただけさ」
いつも同じ気だるい雰囲気を若干、醸し出しているビューリング少尉は何てことないといった様子で坂本少尉に答えた。
確かに、自分の戦闘脚の整備をしている時に、隣にいる整備兵の人達がいろいろ戦闘脚について教えてくれるのでもっともな意見である。
「……話を戻していいかしら。とにかく状況は切迫しているのね。後、聞きたいのは……」
穴拭大尉やビューリング少尉と坂本少尉、竹井少尉の会話を主にして現地の状況や出てくる敵の種類などと詳しく話し合った。
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「とりあえず、聞きたいことは全部、聞けたわ。ありがとう。ブリーフィングでも話を聞くけど。やっぱり現地に飛んだウィッチの話を聞くのが一番分かりやすいから。――さて、これからどうしようかしら?」
「では、久しぶりに一戦お願いしてよろしいですか?」
智子大尉にそう切り出したのは坂本少尉だった。
一戦というのは、模擬戦の事をいっているのだろう。
「いいの? 貴女達は反復支援で帰ってきて、今は休息中なんじゃない? それに私達の戦闘脚は今、あっちの倉庫で全面点検中で……」
「戦闘脚は練習機仕様の零式艦上戦闘脚があります。休息中でも少しぐらいは体を動かしていないと落ち着かないモノで、お願いできますか?」
「許可は下りるの?」
「扶桑海の巴御前の飛ぶ姿が見れると聞けば、すぐにでも許可は下ります。なぁ、竹井」
やる気に満ちた坂本少尉が竹井少尉に同意を求めると、『また悪い癖が始まった』といった感じで竹井少尉は呆れている様子だったが、しぶしぶ同意していた。
「じゃあ、あたしもやる」
話し合いの最中、退屈な様子であった西沢曹長も手と声を上げる。
「一対一での模擬戦をしたいからな。もう一人居ればちょうどいいんだが……」
坂本少尉は困った様子で呟いた。
「なら、――司、あなたも参加しなさい」
突然、穴拭大尉に名前を呼ばれて私は驚く。
「私ですか!?」
「せっかく偉大な大先輩達が居るんだから、胸を借りなきゃ損でしょ。やるわよ、司」
穴拭大尉はそんな事をいうが、相手はリバウの三羽烏の一人なのだ。
とても私では相手をできる自信はない。
「いえ、私よりも迫水少尉の方が……、その一二試艦上戦闘脚も穿きなれていますし」
顔を引き攣らせながら、流し目で迫水少尉の方を見る。
こういうのは肝の太い人間に任すのが一番だと、代わってくださいの合図を送るが……。
「私は穴拭大尉の活躍をしっかり焼き付けたいので、遠慮します。頑張ってください」
あっさりこちらの期待は裏切られる。
「じゃ、ビューリング少尉は……」
「大人しく諦めろ、トモコのご指名だ。それにいつもとは違う相手と訓練を行って学ぶこともある。特にお前のような新人はな」
ビューリング少尉から有り難い言葉を頂いた私は観念して、リバウの魔王と呼ばれる西沢義子曹長と一対一での模擬戦をすることなった。
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ビュウ、ビュウと風が鳴る大空で、金属の打突音が混じっていた。
二陣の風は重なり合う度に、鋼を打ち合い、鋼を鳴らす。
その音は徐々に、徐々に加速していく。
風となって空を駆け抜ける二人を、穴拭智子と坂本美緒といった――。
二人の腰にはベルトがはめられており、ベルトの後ろで固定された金具から伸びるロープには、風速や風向を目視する為につかわれる吹き流しが繋がれていた。
二人の定めた模擬戦のルールは至極簡単である。
飛び道具はなし、得物は己の扶桑刀のみで、相手の吹き流しか、繋げているロープを切断した方が勝利。
二人の格闘戦は背中を取りあうドックファイトではなく正面からぶつかり合う決闘じみたモノであった。
数度打ち合い、相手の力を確かめる。
十数度の打ち合いで相手の技量を推し量る。
さらに数度の剣戟で、相手自身を感じ取る。
そこで初めて、互いに頭ではなく体で理解する、相手に取って不足はないと――。
「さすがです。扶桑海の巴御前の名は伊達ではありませんね」
「あなたこそ、正直ここまでやるとは思っていなかったわ。このままいけば、黒江を越えるかも。そういえば扶桑海戦では同じ第一戦隊だったっけ?」
「はい、同じ飛行第一戦隊の一員として肩を並べて戦っていましたが、追いつくにはまだまだ修練が足りないと自覚しています。ですが同じ扶桑海戦のエースにお墨付きが頂けるとは、訓練の甲斐があったと、――いうものです!!」
上昇した美緒は、智子との高度の落差を力へと転化し、扶桑刀を振り上げる。
空中での近接格闘戦では、上昇する方よりも下降する方が勢いがつく。
美緒は地の利ならぬ、空の利を活かし、智子に斬りかかった。
――しかし、
「甘いわよ!!」
智子はわざと、片方の戦闘脚の出力を落とし、急制動をかけるとそのまま横に移動する。
「“燕返し”か!!」
美緒の一撃は、智子の燕返しにより、紙一重で回避される。
急いで体勢を整える為に、美緒は旋回するが、なまじ勢いがある分、余分な旋回半径が必要となり大きな隙が生じた。
「これで――!」
智子は背中を見せた美緒に対し追撃を仕掛け、後ろの吹き流しを自分の間合いに捉える。
無双神殿流、空の太刀。
居会の構えから、すれ違いざまに刀を抜き打ち両断する一撃が、美緒の吹き流しを捉えようとするが……
「まだです!!」
智子と同じく、美緒は片方のストライカーに積まれた魔道エンジンのトルクを制限し、急制動をかけて左に旋回する。
それにより智子は捉えていた美緒の吹き流しを見失った。
そんな智子に対し、死角から吹き流しへの攻撃が迫るが、研ぎ澄まされた五感はその動きを捉え、美緒の一撃を切り払う。
「驚きました。左捻り込みから繋いだ攻撃を防がれるとは――、あの燕返しの動きのキレといい。あなたの相手ができて本当に良かった、穴拭大尉」
驚きと喜びが入り混じったような表情で美緒は智子を称賛する。
「こっちも同じよ――、正直、今のは肝が冷えたわ。あなたの捻り込みも大したものよ」
智子も同じく、美緒を褒め称えた。
互いに刀を構え直す。
左右逆方向に旋回し、距離を保ったまま視線を交わし、
「「けど!/ですが!」
同時に相手に向かって突進する。
「「勝つのは、――私よ!!/私です!!」
互いの全力を込めた一刀が、天空にてぶつかりあった。
「智子達は、まだ続いているようだな。表情まではよく見えないが、笑っているのか?」
双眼鏡を片手にビューリングは二人の模擬戦を見物していた。
いや、ビューリングだけではない。
周りには、既に人だかりが出来ていた。
穴拭智子と坂本美緒の模擬戦を聞きつけ、リバウ基地の兵士が集まってきたのだ。
興奮した様子で言葉を交わすもの、賭けを始めるもの、何とか二人の姿をカメラに収めようというもの、など様々である。
中には双眼鏡を食い入るように覗き込みながら「吹き流しが邪魔で、お尻がよく見えない、智子大尉のお尻~」などと不審な台詞を吐いている者もいたが、例外中の例外であった。
「穴拭大尉は分かりませんが、たぶん、美緒は笑っていると思います。彼女は自分と同じか、それ以上の人と戦えることをすごく喜ぶから……」
「詳しいな、タケイ少尉」
「彼女とは付き合いが長いんです。ちょうど同じ時期にウィッチになりましたし、同じ場所で剣も習っていましたから。その頃からずっと親友でライバルなんです」
「ライバル、か……」
その言葉に、ビューリングはふと亡き戦友のことが過ぎったが、すぐに振り払った。
感傷が過ぎたと、心の中で反省すると、今度は智子の方ではなく、もう一つの模擬戦の様子を双眼鏡で覗き込む。
そこには西沢曹長に翻弄される狩谷軍曹の様子が映し出されていた。
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(こっちは全然照準に収められないのに――、あっちはこちらを最低でも十数回は標準に収めてきてる。……これがリバウの魔王の実力)
全く手も足もでない。
照準器で動きを捉えたと思った時は、既に視界から消えており、いつの間に逆に私が、照準に収められている。
豪快な性格に思えた西沢曹長であるが、零式艦上戦闘脚の扱いは凄まじく繊細かつ正確で、こちらの死角に寸分違わず、滑り込んでくるのだ。
こちらが動きを変えても、すぐにあちらも動きを合わせてくる。
キ60という重戦闘脚に慣れている私が、零式艦上戦闘脚を扱えきれていないことを差し引いても、どうにもおかしい。
まるで……
「動きを読まれているみたい」
《みたいではなく、読まれているのだ。主》
(起きてたんだ。伯爵)
《先程からな、相手にしている魔女が誰か知らぬが、相手はお主の動きのパターンを記憶して、そこから主の動きを推測しているのだ。顔を見る限り、賢しいようには見えぬし、無意識にやっているのだろう》
意識してそんな事をやるのと、意識しないでそんな事をやるの、どっちが難しいと尋ねられればどっちもどっちだが、レベルで考えれば無意識の方が凄いことだと思う。
失礼ではあるが私の頭に天才と馬鹿は紙一重という言葉が過ぎった。
(何とか一回ぐらいは照準に収めたけど……、どうすればいい?)
《決まっている。動きが読まれるなら、読まれぬ動きをすればいいだけのこと。すこし力を貸そう、我が主》
一瞬の不快感の後、私の意識は徐々に変革される。
気持ちが大きく、尊大になり、何でも出来るような気さえしてくる。
代わりに、自制心やら羞恥心といった感情が薄れていく。
天秤は徐々に傾き、私とは違う、私に変わっていった。
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西沢が違和感を感じたのはすぐの事だった。
模擬戦をしている相手の感じが変わったのだ。
西沢はその違和感を上手く、言語化する術を持たなかったが、顕現している猫の尻尾が逆立ち、何か嫌な
感じがすることだけは確かであった。
目の前の相手の動きが変わる。
西沢は数秒の間、相手を注視した後、再び相手を照準に収めようと相手の動きに合わせ、機動を変える。
けれど……、
(動きが捉えられない!!)
今までは自然と動きを合わせられていたのが、まるで噛み合わない。
まるで別人になったかのような機動に、戸惑いながらも西沢は司を追いかける。
違和感はさらに強まる。
追いかけているのは西沢で、逃げているのは司。
だというのに、西沢には自分が優勢であるという実感はなかった。
(追い込んでるのに、逆に追い込まれてるみたい)
そんな考えが浮かんだ直後、西沢の前方に司がくる。
西沢は頭を切り替え、チャンスとばかりにツカサを真正面に捉えた瞬間……、
「拡散しろ――」
西沢の視界から突如として司の姿が消える。
魔道エンジンとプロペラの音を頼りに、西沢は司の居場所を探すが、聞こえてくるプロペラとエンジン音は己の戦闘脚からのみだった。
まるで本当にその場から消えてしまったような……。
相手を確認できないという事態が西沢につけいる隙を生じさせる。
「Jackpot!!」
突然、後ろから響いた声に、西沢は後退しながら、旋回し、振り向く。
模擬銃を構えた司の姿があった。
西沢は完全に照準に収められていたのだ。
西沢は分からなかったが、司は、推力を拡散させて失速し、急激に下降して西沢の視界から消えた後、推力を収束して西沢の後ろに上昇したのである。――自分から発生する音の波に方向性を与え、西沢から遮断した状態で。
西沢がその時、司の顔をチラリと視界に入れると、目が赤く光ったように見えたが、次に視界に入れた時は元の瞳の色に戻っていた。
それから程なくして、二人の演習は幕を閉じたのだった。
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演習を終えた後、私はその汗を洗い流すため、坂本少尉と西沢曹長に誘われ、お風呂に入りに来ていた。
穴拭大尉は他の扶桑のウィッチに囲まれ、動きが取れない状態で、迫水少尉はそれに付き従っており、竹井少尉はその場を取りなしている。
結果としては、穴拭大尉と坂本少尉の模擬戦は、穴拭大尉が勝利した。
やはり空中格闘戦では穴拭大尉は一日の長があるようだ。
なので……この三人での入浴となったのだが……、
連れられて来たのは、基地から離れた海岸沿いの崖下で、その場にはドラム缶と貯水用のタンクが置かれている。
水の入った容器を、一輪車で大量に運んで来た時から、薄々感づいてはいたけど。
「ドラム缶風呂ですか」
「ああ、私達がここに来てからずっとこれのお世話になっていてな。三人だから、二つ湧かせば充分か……」
私は、坂本少尉と西沢曹長の指示に従い、風呂を沸かす作業を手伝った。
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「――じゃあ、坂本少尉は扶桑海事変の後に渡欧して、宮藤博士のストライカーユニット開発に協力していたんですか?」
「海軍同士なんだ、階級をつけなくてもいい。私のことは坂本と呼んでくれ。あの頃は本当に宮藤博士の世話になった」
「あたしのことも、西沢か義子でいいよ。あたしはね、陸軍のセントーショウゾクがかっこいいから、陸軍に入ろうと思ったんだけど、海軍の人がストライカーを穿かせたりしてくれて、海軍に入隊した方がいっぱいいい事があるって聞いたから海軍に入隊したんだ」
ドラム缶の下に敷かれたレンガの間から覗く火の具合を見つめながら、私達三人は会話をしていた。
「宮藤博士に会っていたなんて凄いです! 坂本さん、宮藤博士はどんな人だったですか?」
私は坂本さんの言葉に驚きながら、聞いてみたかった事を尋ねる。
宮藤博士とは一体どんな人物であったのかと……?
「本当に凄い人さ。博士が居なければストライカーユニット開発はなかった言っていい。不思議な人だったが、同時に優しい人でもあった。私の恩師だよ。……だからいつかは博士の家族に会わなければと思っている。博士には私より下の歳の娘が居るんだ。どうやら祖母や母に続き魔女の素質があるらしい。いつになるか分からないがウィッチになるか誘ってみるつもりだ」
具体的な話は聞けなかったが、どうやら宮藤博士はいい人だったことは確かだと私は感じた。
でなければ、坂本さんもそんなふうには言わないだろうし。
「そうですか……」
「そろそろ、風呂湧いたし。さっさと入ろうよ」
「では、着替えるとするか」
すると坂本さんと西沢さんはすごい速さで服を脱いでいき、あっという間に裸になった。
「どうした狩谷? はやく着替えたらどうだ」
西沢さんが風呂に入る中、坂本は私に声を掛ける。
なんで何も付けていないのにそんなに堂々としてられるんだと私は頬を赤く染めてしまう。
「あの、坂本さん。前隠してください! 前!!」
「何だ、顔を赤くして? もしかして恥ずかしがっているのか? 大丈夫。ここには私達しか居ないんだ。女同士、何を恥ずかしがる必要がある」
腰に手を付き、わっはっはと笑う坂本さんは素晴らしく漢前だった。
もしも私が前世も女だったら惚れてしまうぐらいに。
いくらなんでも堂々としすぎでしょ。
しょうがなく私は背を向けていそいそと服を脱ぎ始めた。
「あの、水着を着たまま入っても……」
「だめだ狩谷、風呂では裸の付き合いが基本なのだぞ。脱がないなら私が脱がす」
振り向いて、顔を合わせた坂本さんの顔はいたって真面目である。
きっと脱がなければ、本気で脱がしてくると感じた私は、しょうがなく最後の砦であったスクール水着をしぶしぶ脱ぎ去ったのだった。
「あたし模擬戦で驚いちゃったよ。だって最初はビューって飛んでたのに、最後の方でバーって飛ぶようになって。パッと消えていつの間にか、背中にヒュッて現われるんだがら。えっと名前は……」
「狩谷司だ、西沢。お前は人の顔や名前を覚えるのが本当に苦手だな。下原なんかはなかなか名前を覚えてもらえなくて落ち込んでいたぞ」
私はドラム缶風呂に西沢さんと二人で入っている。
坂本さんは堂々とし過ぎているので、一緒に入ると絶対恥ずかしくなると思った私は、そもそも羞恥心がなさそうな西沢さんの方が気は楽だと思ったからだ。
「それは美緒のしごきのせいだとあたしは思うけど。とにかく狩谷、最後のあんたは別人みたいに凄かった。でも、次に勝負したら負けないよ。なんたって、あたしってば最強なんだがら!」
「えっ、……チルノ?」
『あたしってば最強なんだがら』の言葉に、思わず前世の⑨妖精のことを思い出す。
伯爵はまだそこ等辺の知識は得ていおらず、⑨というとアーマード・コアの事を思い浮かべると言っていた。
最近はロボット物に嵌まっており、コンバトラーやボルテス、果ては電磁抜刀がどうのこうのと呟いていたが今はどうなのだろう?
現在はまた眠りについているようなので後で聞いてみるとするか……。
「ん? チルノ? なにそれ?」
「い、いえ、気にしないでください! それにしても綺麗ですね……景色」
一面に広がる大海原を見渡す事ができ、潮風に吹かれて寄せては返す、波の音や鳥の鳴き声が風情を出していた。
「そうだろう。海を眺めながら風呂に入るというのは乙な物だ。一日に疲れも溶けるように消えていくしな」
「ありがとうございます、坂本さん。こんな景色の見えるお風呂に誘って頂いて」
「そういってもらえると私も嬉しいよ。狩谷、作戦が終わったらまた一緒に入ろう」
「あっ、はい!!」
私が頷くと、坂本さんは再び、わっはっはと笑い始めた。
あとがき
次回 Der Freischütz 第十二話 「もう何も恐くない、怖くはない」
??<司、僕と契約して魔法少女になってよ
劇場版機動戦士ガンダム00挿入歌「もう何も怖くない、怖くはない」を聞いて、次回をお持ちください。
補足
・坂本美緒
アニメ・ストライクウィッチーズの主要キャラの一人。リバウの三羽烏に名を連ねる。
モデルとなったのは言わずと知れたパイロット、坂井三郎。
・竹井醇子
リバウの三羽烏の一人、リバウの貴婦人とも呼ばれている。後の第504統合戦闘航空団、アルダーウィッチーズの戦闘隊長。
モデルなった人物はラバウルの貴公子と呼ばれた笹井醇一。
・西沢義子
リバウの三羽烏の一人、リバウの魔王と呼ばれ、射撃の位置どりの機動は三人の中でも一番優れている。
モデルはラバウルの魔王、西澤広義。
・黒江
扶桑陸軍四天王の一人、黒江綾香のこと。魔のクロエとも呼ばれる。
扶桑刀による近接戦闘能力は歴代ウィッチの中でもトップクラスで、十指に入ると言われる。
趣味は釣り。
元ネタは魔のクロエと呼ばれた陸軍パイロット、黒江保彦。
・無双神殿流、空の太刀。
いらん子中隊第一巻の序盤で穴拭智子のライバルである扶桑陸軍四天王の加藤武子に模擬戦で使った空中抜刀術。
本SSでは智子も使えるというねつ造設定。
本SSで出した理由は……
・下原
下原定子、リバウへの遣欧部隊に選抜された扶桑海軍のウィッチ。
後の第502統合戦闘航空団のメンバーで、彼女が正座を502JFWに持ちこんだ。
精神修養や礼儀作法の為に教えたものが懲罰に使われるとは思っていなかったが……。
モデルは坂井三郎の僚機だった上原定夫。