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No.24249の一覧
[0] 異人ミナカタと風祝 【東方 オリ主 ダーク 恋愛(?) 『境界恋物語』スピンオフ】[宿木](2011/08/22 21:18)
[1] 異人ミナカタと風祝 序の一[宿木](2011/02/03 01:20)
[2] 異人ミナカタと風祝 序の二 弥生(夢見月)[宿木](2011/01/18 22:37)
[3] 異人ミナカタと風祝 序の三 卯月[宿木](2011/01/18 23:01)
[4] 異人ミナカタと風祝 第一話 卯月(植月)[宿木](2011/01/23 00:18)
[5] 異人ミナカタと風祝 第二話 卯月(苗植月)[宿木](2011/09/09 14:54)
[6] 異人ミナカタと風祝 第三話 卯月(夏初月)[宿木](2011/02/02 23:08)
[7] 異人ミナカタと風祝 番外編 ~八雲と橙と『御頭祭』~[宿木](2011/04/02 22:16)
[8] 異人ミナカタと風祝 第四話 皐月[宿木](2011/04/06 22:52)
[9] 異人ミナカタと風祝 第五話 皐月(早苗月)[宿木](2011/04/11 23:39)
[10] 異人ミナカタと風祝 第六話 水無月[宿木](2011/06/29 23:34)
[11] 異人ミナカタと風祝 第七話 水無月(建未月)[宿木](2011/07/03 22:49)
[12] 異人ミナカタと風祝 第八話 水無月(風待月)[宿木](2011/07/08 23:46)
[13] 異人ミナカタと風祝 第九話 文月[宿木](2011/07/15 23:08)
[14] 異人ミナカタと風祝 第十話 文月(親月)[宿木](2011/08/22 21:30)
[15] 異人ミナカタと風祝 第十一話 文月(愛逢月)[宿木](2011/08/28 21:23)
[16] 異人ミナカタと風祝 第十二話 文月(文披月)[宿木](2011/09/02 02:37)
[17] 異人ミナカタと風祝 第十三話 文月(蘭月)[宿木](2011/09/12 00:51)
[18] 異人ミナカタと風祝 番外編 ~『御船祭』と封印と~[宿木](2011/09/17 20:50)
[19] 異人ミナカタと風祝 第十四話 葉月[宿木](2013/02/17 12:30)
[20] 異人ミナカタと風祝 第十五話 葉月(紅染月)   ←NEW![宿木](2013/02/17 12:31)
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[24249] 異人ミナカタと風祝 番外編 ~八雲と橙と『御頭祭』~
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/02 22:16
 「さて、そんな訳でやってきました『御頭祭』。――橙、人が多いから迷子になっちゃ駄目だよ?」

 「はい! 気をつけます!」






 異人ミナカタと風祝 番外編 ~八雲と橙と『御頭祭』~






 洩矢大社の上社・本宮は、JR上諏訪駅から東南へ六キロ。茅野駅から西へ約二キロの所にある。
 原生林に抱かれた静謐な土地だ。社殿の四隅に御柱が、境内には幣拝殿・片拝殿が隣り合って並び、それでいて本殿が無い、という何とも妙な形をしている。この独特すぎて、諏訪造りと呼ばれている位だ。

 見所としては、徳川家康が寄進したという四脚門――――別名を勅使門。
 あるいは境内の中心に置かれている、東御宝殿・西御宝殿だろう。因みに、この御宝殿から、どんな日でも必ず落ちると言われているのが、所謂『宝殿の天滴』だ。

 「十時か。……丁度、例大祭の時間だね」

 平凡に見える背格好の青年は、時間を確認して小さく告げた。
 その言葉に、傍らの少女が反応する。

 「例大祭、ですか? 博麗神社でも毎年一回、開いていますよね」

 少女の言葉に、そうだよ、と言葉が返った。そして、そのまま口を開いて、語り出す。

 「じゃあ、話はそれからにしよう。――――例大祭、これは正確には『大祭式例祭』という。大祭という単語に、例祭という単語が繋がって出来た言葉だ。成立は明治期以降だから、結構最近だね。さて、橙。大祭、の意味は分かるかな?」

 「えっと。……読んで字の如く。大きなお祭り、ですか?」

 「そう。例祭、という言葉が生まれる以前は、大祭として呼ばれていた。だから、少し昔の――――そうだね、江戸時代前くらいかな。……その頃は、例祭も大祭も、殆ど同じ意味だった。それが別個の意味を持つようになったんだな。ただ、大事な部分がある。当時の大祭の読みは“たいさい”じゃなくて、“おおまつり”だったし、“大祭”の字も“御祭”と書くこともあった。それが変化したのは、近世だ」

 「近世、ですか」

 織豊政権を近世の範疇に入れるかどうかで議論が分かれるが、大体、四百年前になる。
 青年は、そう付け加えた。

 「名所図解という江戸時代発行の書籍がある。案内本の事だ。ここには、日本各地の祭りも紹介されているんだけれど、神社の部分に『×月×日に例祭を行う』みたいな記述が既にされているんだ。だから、例祭という言葉が当時、使用されていたのは間違いない」

 因みに、これが発行された時期は、寛政年間と天保年間がピークになっている。意外な事に、文化・文政年間では数が少ないのだ。幕府が出版制限を強めた事。過去に出された名所図解の再発行が中心だった事が主な理由である。
 ふんふん、と頷く少女に、青年は更に話す。

 「例祭、というのは、一年に一回行われる、その神社にとって最も大切な祭りの総称だね。大体は、その神社に由緒がある日に執り行われる事が多いかな。……大切な祭りだから、大きな神社ほど規模が大きくなった。余りにも有名になってしまって、由緒正しい大社だと、下に祭りを付けるだけで例祭を表せた位だ。例として挙げるならば『春日祭』とかね」

 つまり、春日大社で行われる例祭。だから春日祭となる。非常に単純で分かりやすい。
 毎年その時期になると、やはり影響があるのだろう。新鹿の性格と態度が変わる事は身内では有名だ。

 「つまり、大きな神社での行事・大祭(おおまつり)は、近世以降に、例祭として呼ばれるようになった、んですね?」

 「そうだよ。この時点では例祭も大祭も『その神社で行われるとても大きな神事である』という認識でしかなかった。けれども、ある時、それが変わったんだ」

 「ある時。……何時ですか?」

 可愛らしく首を傾げて尋ねる少女に、青年は静かに、少し冷たい笑顔を口元に浮かべて言った。
 この日本と言う国家が、大きく形を変え始めた頃の、時代。

 「明治期。紫が、博麗大結界にもう一つ、幻想と常識を分断する結界を展開した頃だ。この時、大祭(おおまつり)が、大祭(たいさい)という言葉に、変わったんだね」

 完全に外界の覇権を奪われた、そんな頃だった。
 僅かに、取り繕った表の顔が、揺らぐ。




     ◇




 「――――っ!」

 「ん? どうしたの、早苗」

 「……いえ。……今の、は」

 「早苗?」

 「あ、いえ。何でも有りません、レオ。――――気にしないで下さい」




     ◇




 家族連れ、というのが、その二人を見た時の第一印象だろう。

 穏やかな色合いの私服に身を包んだ父親と、動きやすそうな格好の娘。眼鏡をかけた理知的な、けれども優しそうな雰囲気を持つ青年と、活発そうな猫目の少女。
 互いの顔立ちが特別に似ている訳ではない。しかし流れる空気は穏やかで、抱える雰囲気は近いものがある。誰が何処からどう見ても、観光に来た親子にしか、見えなかった。

 無論、彼らは普通の存在ではない。実を言えば人間ですらない。少女は既に二十を越えているし、青年に至っては万単位で年を重ねた、れっきとした人外。所謂“妖怪”と呼称される存在だった。
 種族名に反し、その行動も身形も、普通の人間と比較してなんら遜色はない。無個性とは違う、平凡な姿形をした、普通の人。言葉から態度まで、世間の中に完全に溶け込んでいる。よほど勘が鋭い人間でも、微細な違和感を持てれば御の字だ。

 (……まあ、今は神域内だ)

 才能豊かな、あの少女ならば――――今ので、ひょっとしたら気がついたかもしれない。微かに嗤う。
 視界の遠くに見えていた、並んで仕事をしている二人の巫女から視線を反らす。自分は勿論、相手だって、こんな人混みの中で余計な行動は起こせない。普通にしていれば、何か手出しをされる心配はない。

 そもそも己ら八雲は、彼女達に気がつかれても、何も問題はないのだし。
 青年は静かに結論を出して、再度、口を開いた。




     ●




 可愛い娘に言い聞かせる口調で、彼は語る。

 「明治期。天皇の権威を復興させ、政治の中心に据える動きが発生するとともに、日本の国家の形が大きく変わって行った。外国からの技術・文化が流入し、人間は幻想よりも科学を。見えぬ物よりも見える物を。夢よりも現実を求めて、去って行ってしまった。――――その対象になったのは、寺社も同じだ」

 少し座ろうか、と青年は少女を促して、境内に置かれた石椅子に腰を下ろした。幸い、まだ例大祭で本番前だ。マニアックな人間しか見物に来ない。優先して座らせる相手はいない。
 腰を下ろした青年の隣に、少女もちょこんと座る。

 「明治期の教育に習っていうのならば、天皇家は現人神の家系と呼ばれる。それは決して間違いじゃなくてね、初代天皇である神武天皇にも両親はいるけれど……。父親は、日向鵜葺――――つまりウガヤフキアエズ。そして母親は、綿月依姫だ」

 その日向鵜葺は、綿月豊姫と八意永琳の甥っ子の間に生まれた子供だ。外見が若い、あの月の姉妹。姉も妹も、実は人妻で子持ちなのだから、本当、神は外見で判断してはいけないと思う。

 「天皇の権威を高める為に、その血縁者である日本の神々を丁重に祀る事にした。……もっと正確にいえば、管理したわけだ」

 静かに、真面目に聞く妖獣の少女に、教えるような口調で彼は続ける。

 「勿論、神社という物は昔からしっかりと管理されていた。江戸時代にも寺社奉行があったしね。……けれど、近代以降の神社は、それまでと違って国家管理の対象になった。その証拠として――――近代以降、神社は必ず「神社」の二文字を、公的に被せなくてはいけなくなった」

 「え? それまでは違ったんですか?」

 意外そうな顔だ。丸い大きな目を、ぱちくりと瞬かせて、青年を見る。

 「そうだよ、橙。例えば、「神社」の二文字が無くて『~八幡』『~稲荷』のように略されていたり、『~権現』『~明神』のように名乗っていたり。近代以後、こういう例外を無くして、全て一括で「神社」と纏めてしまった。天皇の権威を補強する為にも、厳重に管理する必要が出たんだ。だから、国家の礎に相応しくない神社は――――例えば、財産や設備に不備があったら――――それを「神社」と、国家が認めなかった。相応しくない、と言う理由でね」

 そこまで語り、彼はさて、と一拍を置いて、先程の話に戻って行く。

 「例祭が、大祭(たいさい)の括りに入ったのも、この時だ。神社を管理するのが国家なのだから、神社で行われる行事にも、国家が口を挟んだ。そして、例祭を含む『その神社で重要な祭り』を大祭と認めたんだ。……因みに、同じ様に大祭として認められた祭りには、新嘗祭や、秋季神殿祭、神武天皇祭なんかがある」

 「えっと。……質問です。縁様、良いですか?」

 はい、と丁寧にも手を挙げて、橙と呼ばれた少女は、縁と呼ばれた青年に訊く。
 ゆかりさま、が、ゆかりしゃま、と少し舌足らずになっているのは、御愛嬌だ。

 「神社が国の管理に入った、って事は、当時は反発もあった筈ですよね」

 「だろうね。あったと思うよ?」

 「でも、それが抑えられたって事は、きっと悪い面だけじゃなかったんですよね。その、良い点は、何ですか?」

 「うん、良い質問だね。――――例えば、維持費や管理費、祭儀の実行費として、神饌幣帛料(しんせんへいはくりょう)が支給された。神饌というのは神への供物の事。幣帛というのは、要するにお金だ。布帛、神酒、武具などの現物での支給もあったけれどもね。これは結構な額で、大社クラスになれば、一年に一回、例祭の為に60円も支給された。今の金額に換算して、約1000倍。つまり60万円になる。その他の大祭や小祭でも別途、支給されたから……財源は、助かっていたと思う」

 ただし、幣帛を得られるのは、当然だが国家から承認を受けた神社だけだ。

 「それに、大きな大社になれば、官国弊社、府県社、郷社として扱われた。日本古来の神達にしてみれば、信仰心には困らなかった。……多少、有り方が、歪んではいたけれどね」

 思えば、この国の信仰心とは、常に何処にでも神がいる、そういう考え方の上に存在していた。万物に宿る神。八百万の名に相応しい、無名の神。彼らが圧倒的多数を占めていた。その中で、名前を持っていた極一部のみが――――残って行く。
 自然淘汰、ではない。不自然極まりない、区別や差別と言っても良い分類のされかただ。

 (……まるで)



 これではまるで、人間が神を選んでいるかのようではないか。



 神と人間は対等ではない。人間が存在せず、信仰心が失われても、神は死なない。信仰心は妖怪からも集められる。仮に失っても神霊となるだけだ。
 人間の存在を必要としてはいるが、不可欠とは思っていない。そもそも、人間がいない遥か彼方の時代から、神々は存在していた。八意永琳が良い例だろう。
 けれど、国家が管理をするという事は、同時に信仰心を管理する事にも繋がってしまう。まるで、神の存在が、人間があってこその物だとでも言うかのようだった。

 そして事実。後に彼らは、劣勢に陥った時。――――神風や奇蹟を、そう遠くない内に望む事となったのだ。『これだけ信仰したのだから、其れ位は当然だ』とでも、言うかのように。

 「……元寇とは状況が違うんだ。八坂神奈子が、懊悩を得るのも無理はない、さ」

 「?? どなたですか? 八坂?」

 「“ここ”の神様だ。蒼の顔馴染み。恩人でもある」

 メリットとデメリット。それを計ったのは当時の人間なのだから仕方がない。けれども、そう“せざるを得ない”情勢が存在した事を考えれば……やはり、あの時代が外界での、幻想の限界だったのだろう。そう思う。

 「話を続けようか。……幣帛それ自体は昔からあった。菅原天魔――――《妖怪の山》のね? ――――が人間時代に読んだ唄が『古今和歌集』に記載されているし、終戦後の今でも、宗教法人・神社本庁から支給されている。ただ、政教分離が有るからね……。明治期とは、良くも悪くも時代が違う」

 同じように語る事は出来ないだろう、と青年は告げた。

 「僕は別に、昔の事を軽んじたり、貶めるつもりはないけれど。……でも、あの時代は、色々な意味で未完成だったとは思う。今ほど文明が進んでいる訳でも無し、過去ほど幻想を抱いている訳でも無し。――――紫が隔離したのも、仕方がない事だったんだろう」

 そう纏めて、さて、と彼は話題を変える。時刻は昼前。そろそろ執行前の例大祭も終わる。これからが御頭祭の本番だ。橙にも、色々と説明をするつもりだが……その前に。

 「橙。この後は凄く混むから、今の内にお昼御飯を食べよう」

 「え、あ、はい! ――――あの、実は、少しお腹が空いてました」

 恥ずかしそうに笑う少女に、彼は微笑み返す。

 「うん、朝御飯早かったし、少し歩いたからね」

 そう頷き、携えていた肩掛けのサイドバックから、大きめの包みを取り出し。

 「藍に頼んでお弁当を作って貰った。御握りが中心だけど、味は色々ある。何が良い?」

 「えっと……鮭です!」

 そう言いながら、中身を渡したのだった。




     ◇




 「早苗、さっきから何を見てるの? なんか面白い人でもいた?」

 「いえ。……あの、レオ。あの親子連れ、見えますか?」

 「えっと。――――ああ、石椅子に座ってる二人組? 眼鏡の男の人と、かわいい女の子の」

 「ええ」

 「見えるけど、あの人達がどうかした?」

 「いえ。……その。……何でもないんです。少し、気になって。……私の気のせい、なのでしょうか」

 「……んん? 変な早苗。……御頭祭の本番だよ? 前宮まで急がないと」

 「ええ……」




     ◇




 八雲藍特性の御握り(天ぷら味。てんむす、という奴だ)を食べながら、八雲縁は静かに二人の巫女を見る。一応、性別は男であるので、彼女達の魅力は分かるつもりだ。若くて健康的な、清純な色香を持っている。無論、彼は八雲紫に一筋だから、それ以上には何も思わない。

 洩矢大社の『五官の祝』。既に途絶えた『大祝』を引き継ぎ、神職に就く、五家の――――跡取り達だ。

 『神長官』。大社の全ての監督を務める、東風谷の家の娘。早苗。
 『禰宜大夫』。儀式や祭事に関わる仕事を行う、古出の家の娘。玲央。

 かつて『凝祝』尾形の家系に生を受けた青年とすれば――――懐かしさを抱かずにはいられない。最も、洩矢が大社としての仕事をしていたのは、彼の祖母が子供の頃が最後なのだが。
 それでも、感慨深いものがあった。

 「縁様?」

 「ああ。……食べ終わったかな?」

 指に残ったご飯粒を残さずに食べて、縁は猫の少女を見る。九尾特性の御握りは大層、お気に召したようだ。食欲を見せて、一つ残さず食べられている。同梱されていた小皿も空っぽだ。

 「はい! 美味しかったです」

 「そうか。それは良かった。……口の周りのご飯粒だけ、取っておきなさい」

 「にゃう」

 指摘すると、慌てて口元を隠す。顔が赤くなっていた。気取っていたり、利巧になろうと頑張っていたりしても、やはり子供だ。隠している耳が出たら、へたれていただろう。
 妖怪も神も、精神は外見に左右される。八雲の中で、年齢的な意味でも、そして精神的な意味でも、橙はまだまだだ。……まあ、だからこそ皆、成長を楽しみにしているのだが。

 「さて、それじゃあ『十間廊』まで歩きながら、『御頭祭』についての話をしよう」

 空箱を風呂敷に包み直して、再度、鞄へ詰める。椅子から立ち上がった。
 ここから、1.5キロほど東南に歩けば、其処が『御頭祭』の会場だ。

 「丁度、神輿行列も出立するからね。……一緒に歩きながら行こうか」

 例大祭が終わると、神輿を準備していた人々が、再度、周りへと集っている。その動きは整然としており、誰もが声を話さずとも役目を把握しているようだった。
 彼らの衣裳は皆一様に黄色い。黄丁と呼ばれる服装だ。彼らは、神がいない神輿を此処まで運び、神が宿った神輿を前宮まで運ぶ仕事をこなす。その前後には先導者や、交通規制を行う警官もいる。

 そして、そんな彼らとは違い、両方に顔を出す必要がある者達は、静かに、忙しく動き回っていた。具体的に言えば、件の巫女たちだ。何を任されたのかは知らないが、東風谷早苗と古出玲央は、素早く上着(千早と言う)を羽織り、足袋に草履という履物のまま、本宮を出発して行った。

 「あの、縁様」

 「ん?」

 「手を繋いでっても、良いですか?」

 「うん」

 可愛い娘の言葉に、青年は普通に手を差し出した。




     ◇




 「あ、そうだ。早苗」

 「なんです? レオ、小走りとはいえ、走りながらの、会話は少し、辛いんですが」

 「水鳥先生も、観に来るって、言ってた。……御名方さんも、引っ張って来れたら、引っ張って来る、って――――はあはあ」

 「――――そう、ですか。はあ、それにしても、結構、遠いですよね」

 「幾ら、雑用仕事があるって言っても。車くらい、出して、欲しいよね」




     ◇




 「『御頭祭』は、別名を『酉の祭り』『大御立座神事(おおみたてまししんじ)』、とも言われている。何回も言うように、この神社で一、二を争う程に重要な祭儀だ」

 「現在は、神輿を十間廊に運んで、一定の手順で、神前に三体の鹿の頭――――勿論、剥製だけど――――を祭るだけになっている。時間もそれほど長くない。けれども昔は違った。菅江真澄さんという、江戸時代後期の博物学者が残した記録よれば、随分と血生臭い行事だったようだね」

 ようだね、と言ってはいるが、そこは八雲縁。実は三百年ほど前に、その菅江真澄とは直接対面しているし、一緒に『御頭祭』『御柱祭』を見物に行ってもいる。
 その時の記憶を、さも史料で得た知識の様に、読み上げた。

 「分かっているだけで……。例えば、『耳から足先まで突っ張らせた状態の串刺しにされた兎』『海草と共に串に刺さっている鹿か猪の皮』『生鹿』『切兎』『生兎』などなど。過激な所に行けば、茹でた鹿肉を脳と和えた『脳和え』。――――中世時代はもっと過激で、体全体を潰した『禽獣の高盛』も出たらしい。一回の儀式で犠牲になった鹿の数は、なんと七十五体だそうだ」

 「…………」

 想像したのだろう。さあ、と青い顔になってしまった猫娘に、青年は御免、と謝った。
 鹿とか兎とか、この少女の知り合いには普通にいる。しかも、どちらも神一歩手前の存在だ。人の形をしているし、言葉も話せる。彼女達のそんな姿は……確かに、縁も想像したくはない。
 というか、年端もいかない女の子に語る内容ではなかった。

 蒼白な橙を慰めるように、彼は話題を変える。

 「まあ、そんな歴史はさておくとしてもだ。例祭として最も重要視されるこの行事は……実は、古来より延々と続いてきた訳ではない、と言われている」

 道路を歩き、神輿行列の後ろを歩く。同じ様に追いかける観光客もいて、二人の姿は目立たない。

 「……そうなんですか?」

 反応を返した橙に、よしよし、と思いながら、彼は続けた。

 「そうなんだ。遥か昔から続いてきた行事ではなく、下社造営の後に、“敢えて”上社で執り行う様になった」

 洩矢大社は、二組四種の建物からなっている。縁と橙がいるのが、諏訪湖の南東に位置する上社。下社とは、湖を挟んで反対側に位置する、春宮・秋宮の総称だ。

 「どこかで語ったかもしれないけれど、祭というのは、基本的に神を慰める為の儀式だ。怒らせてはいけない神様を、丁重に祀って、ご機嫌をとって、庇護を得る。だから中途半端に手を出してはいけないんだ。『触らぬ神に祟り無し』の言葉の通りね。……さて、其れを踏まえるとだ。湖を挟んだ反対側に造営して、その上で祭りを行う。これは――――」

 「これは?」

 好奇心が勝ったのか、大分回復した橙に、教える。



 「つまり、下社造営という行動そのものが、上社の神を怒らせるような行動だった……と言う事だね」



 「あ……」

 なるほど、と橙は頷いた。
 下社の造営が、純粋に諏訪の神を祭る為ならば、何も問題はない。しかし、事実『御頭祭』が行われている。ならばつまり――――そこで何か、神の逆鱗に触れる理由があったから、『御頭祭』を行い始めたという事に、他ならない。

 「上社・下社には、昔から『大祝』がいた。今ではどちらの家系も断絶しているけれどね。仕事の内容も、行事こそ違うだけで、大差はないだろう。しかし、決定的に違った部分がある」

 「それは?」

 「呼び方だよ。上社の『大祝』は神別で、下社の『大祝』は皇別だった。言い換えれば、上社は『祭神の子孫』。下社は『皇族の子孫』だと言っていたんだ。これは、……とても、大きい」

 意味深に微笑む青年だが、少女にはよく分からない。

 下社の『大祝』という役職に、皇族が付いてはいけないのだろうか?
 縁の話では、天皇家は神と繋がっているらしい。そして、その一族が、神を祭る―――― 一見すれば、不思議ではない、気がする。けれども、隣を歩く義父の性格を考えれば、きっと裏があるのだろう。

 「縁様、いじわる、しないでください」

 「うん。じゃあ、一番、教えるべき内容を教えてあげよう」

 そう言って、苦笑いをしながら彼は言った。



 「橙。思い出してごらん。洩矢が祀る神は国津神。――――過去に天津神に敗北を喫した神達なんだよ」



 分かるかな? と考えさせるような言葉に、橙は、頭の中を整理する。
 上社に祀られているのは、国津神。そして、その国津神を倒したのが、天津神。

 (確か……)

 主である藍や寺子屋の慧音先生、友人の因幡てゐ。彼女達から聞いた、歴史の話を思い出す。

 天津神が、神の大勢力。高天原という土地に存在していた。けれども、ある時に葦原中国を欲して、遠縁の国津神の一派に、戦争を仕掛けたのだ。結果は、天津神の勝利だった。
 葦原中国を治めていた一番偉い神様、大国主が出雲大社に封じられた。そして、その子供である建御名方神が、この諏訪の地に封じられた。けれども、封じられたとはいえ偉い神様だ。必ず毎年、お祭りをして、その機嫌を取らなくてはいけない。

 (えっと……、じゃあ)

 お祭りをしていない時は、どうするだろう?
 自分達が倒した、自分達を怨んでいる相手は、怒りを抑える以外に――――。



 「あ。……負けた神様の所を、勝った神様の子孫が、見張っているんですか」



 「正解」

 偉い偉い、と頭を撫でて、褒めてあげる。少し擽ったそうな顔だ。親の贔屓目を除いても可愛い。
 頭から手を退かして、説明する。

 「記録に残っている訳ではないけれど、僕はそう解釈をしている。――――つまり、時の朝廷は、上社と諏訪の土地に建御名方を封じるだけでは満足しなかったんだ。何せ、相手は建御名方。日本最強の軍神だからね。念には念を入れる。僕や縁が『永遠亭』をどれくらい警戒しているか、橙は知っているだろう? 同じ事だ」

 「……分かる気がします」

 信頼をする、しない、とは全く別の部分で。
 強大な相手と自分の間には、少しでも緊急時の防壁を準備しておくべきなのだ。
 その感覚は、有る程度の存在ならば承知しているだろう。例え、妖怪としては幼い橙であってもだ。

 「下社を建造して見張る。これ自体は、まだ良い。けれど、その前がその前だ。何せ天津神の一派はその前に散々酷い事をしている。父親を封印し、兄を流刑させ、盛大な裏工作をして喧嘩に勝った。その上で脅して、諏訪という辺境に閉じ込めた。それも空き地じゃない。当時、この土地に居たミシャグジを追い出させてね。その上で、下社という見張りを付けるんだ。……幾らなんでも、非道に過ぎる。流石の天津神達も、やり過ぎか、と思うくらいに」

 そこで一拍置いて、彼は告げた。



 「だから、下社の造営後に――――この『御頭祭』が、行われるようになったんだ」



 「なるほど、です」

 感心した声で納得した橙。その手を引いたまま、視界を上に向ける。これでも意外と、周囲には注意をしているのだ。気が付けば、もう上社・前宮はすぐ近くにあった。

 “前宮前”と書かれた交差点を右に曲がる。これは名前の通り、目前の道路が、諏訪大社の上社・前宮の前にあるから前宮前だ。漢字で書くと、前の字が二つで少し面白い。
 その先にある石段を登る。其れほど長い階段ではないし、急勾配でもない。ほんの数分で、登りきる。そして上った先に広がるのが、前宮の境内だ。既に、観光客と大社職員とで、かなり混雑している。向こうでお昼を食べてきて正解だった。

 「じゃあ、『御頭祭』を見ながら、最後に祭儀の“意味”を話そうか」




     ◇




 「ふう、やっと一息付けました。準備も形になりましたし。……あ、沿道に居ましたね、お二人とも」

 「うん。先生、本当に引っ張ってきちゃったんだね……。私、絶対に御名方さん来ないと思ってたけど。……色々言っても、あの人も『五官の祝』の末席、なのかな」

 「……レオ。以前より、先輩への態度が丸くないですか?」

 「まあね。四月も中旬。転落事故の解決から早一週間。……短い間だけど、早苗の態度を見てれば、嫌でも丸くなるよ、ほんとに」

 「あの人、元からそんなに悪い人じゃないですよ。私はそれを皆に教えているだけです」

 「うん。……ねえ。前から訊きたかったけど、早苗って御名方さんの事」

 「あ、もう御神輿が来ますね。――――さ、仕事ですよ、レオ」

 「…………逃げたね、早苗」




     ◇




 『十間廊』。神原廊とも言われる建物が、『御頭祭』の祭儀場だ。境内の広場を郷原と呼ぶが、その郷原の中心に置かれた『内御玉殿(うちみたまでん)』の一部として建てられている。

 建てられている、といっても、正直、外見は質素な物だ。壁が無い吹き抜けの、長方形の古びた木造建築。普段なら、天井の低い道場か、舞台にしか見えない。
 ただ、今日は『御頭祭』と言う事もあって中の様相も違っていた。まず人数が段違いだ。個人のスペースは非常に狭いし、吹き抜けが覆われているから視界も悪い。縁一人ならば兎も角、橙もいる今は、近くでの見物も難しいだろう。

 しょうがないので十間廊に程近い、様子は見えるが会話が邪魔にならない、という場所に上手に陣取った。妖怪の二人ならば、多少遠くても視力に問題はない。
 大声にならないように気を使って、縁は橙に話す。

 「『御頭祭』は、昔からあった行事じゃない。そして、間違っても、世間でよく言われる自然崇拝の儀式でもない」

 「はい」

 始まったのは、下社の造営後。自然崇拝と言うには、捧げる生贄の数が段違いだ。血生臭すぎる。

 「そもそもだ。遥か昔……。洩矢大社は、元々ミシャグチを祭る神社だった。神社、という概念すら怪しい時代だけれどね。自然崇拝の祭儀場として存在していただろう。それが、建御名方の侵攻によって土地を追われ、建御名方の神社になった」

 自然崇拝による多大な生贄も、ミシャグチ神を祀るのならば分かる。ミシャグヂは土着神であると同時に、日本最大の『祟り神』だからだ。だがその事実は、建御名方神に同じ法則は当て嵌まらないことを意味している。建御名方は軍神なのだから。
 しかし、“それを踏まえても尚、重要な祭り”である事も、また事実なのだ。

 「つまり、ご機嫌取りの意味が違うんだな。……橙、僕はさっきヒントを出したね。国津神は天津神に敗北したんだ、って。――――では、建御名方を倒した天津神の名前は、知っているかな?」

 「えっと……」

 再度の質問に、彼女は顎に指を当てて考える。耳が視認出来ていたら、きっと忙しなく動いていただろう。すぐに態度に出てしまうのが、若い証だ。
 意外と直ぐに思い出せたのか、橙は元気な声で言う。

 「確か、建雷神(タケミカヅチ)、です! ――――あれ」

 「何か思いついたかな?」

 「あの、……その名前、前にも何処かで、聞きましたよ、ね?」

 「うん」

 大国主の国譲り、で調べれば分かる事だが、軽く概略を話すと、こうなる。

 葦原中国を平定しようとした天照の一派だったが、大国主も簡単には、国を渡さなかった。向こうから遣わされたアメノオシホミミ、アメノホヒなどを、逆に懐柔して味方にしてしまったのだ。そうして何回かの失敗の後、送られたのが、軍神・建雷神と、その副官に任命された天鳥船(アメノトリフネ)だ。
 彼らは出雲に降り立つと、大国主に国を譲る様に迫った。大国主は、答える前に、息子二人から解を得るように要求し――――その兄弟こそが、兄・事代主と弟・建御名方神だった。
 事代主は国を譲ることを認めた後に、藪の中に隠れてしまった。建御名方は、建雷と戦って敗北。大国主は、出雲大社に……と、この辺は語ったか。そんな感じで、葦原中国は高天原の神達に支配された訳だ。

 「つまりだ。建御名方神が“最も恨みを抱いている”のは、自分を倒した、建雷神。そして」

 彼は一拍、わざと強調するように、告げる。

 「建雷神は、鹿島神宮と春日大社の神。そして、その部下は鹿だ」

 「あ、そうです。蒼様の所で、聞いたんです」

 思い出しました、と声を上げる橙に、微笑む。その認識はとても正しい。

 彼の大事な従者、八雲蒼は、その鹿島神宮と春日大社の遷社で功績を残した過去を持っている。詳しい事情を知らない橙でも、少しは耳に挟んでいる筈だ。



 「生贄に捧げられる鹿、とは取りも直さず、建雷神を示す。建御名方神を宥める為に、建御名方を倒した一門からの生贄を捧げている。――――これが『御頭祭』の意味だよ」



 因みに、と彼は続けた。蛇足であり、『御頭祭』から脱線してしまうので、短く纏めるだけにする。

 「諏訪七不思議の中に『高野の耳裂鹿』という伝説がある。これは、『御頭祭』の生贄の鹿、七十五体の中に、必ず耳の裂けた鹿がいる、という物だ。実は、この耳裂鹿。呼び方は色々とあるけれど、ミミサケジカ――――ミシャグチ、と同じ存在らしい」

 「……つまり?」

 「鹿を生贄に捧げるだけでなく、捧げる鹿それ自体にも、しっかりとした意味を持たせてあるという事だ。……この辺は長くなるから、また今度にしよう」

 大きく語り終え、八雲縁は息を吐く。気分を変えながら、さて、と会場に目を戻すと、神事は二人の会話を余所に着々と進行していた。

 笙や篳篥(ひちりき、と読む)などの雅楽の楽器を、東風谷早苗や古出玲央が奏でる中、祝詞が奏上され、玉串が奉奠(ほうてん)され、撤饌に移る。
 そして警蹕(けいひつ。掛け声の事だ)と共に神輿の御簾が下ろされ、宮司が一拝して終了だ。実に簡単に、滞りなく行われた。例祭と言っても、やはり、時代の違いだろう。

 「さっき名前を出した菅江真澄さんは――――同じ様に『御頭祭』の儀式を、非常に詳しく書いている。原稿用紙数枚分も長くなってしまうので、ここでは語らないけれどね。……当時と比較すると、非常に簡略化されているね。詳細は『菅江真澄の信濃の旅』という書籍に載っているから、興味があると読んでみると良い。……家の書斎にも有った筈だ」

 「はい、分かりました」

 神事が終わって、空気が緩む。観光客たちも、個人個人の行動に戻り始めていた。

 最も、終わった後も、大社の関係者の仕事は終わらない。緊張感も途切れていない。今度は内御玉殿での祭事があるからだ。素早く移動している巫女娘達に頑張れとエールを送りながら、縁は時計を見た。
 午後二時。帰るには早いが、何かをするには心許ない、中途半端な時間だった。

 「もう少しいても良いけど……橙。如何する? 丁度すぐ近くに、桜が見頃の場所が有るけど」



 「あら、良いわね」



 唐突に、声が挟まった。

 「――!、ああ」

 余りにも突然すぎる声に少し驚くが――――発した相手は、十分に分かる。
 彼が、彼女の声を間違える筈がないのだ。

 「早かったね。紫」

 青年が顔を向けた先、周囲に完璧に溶け込みながら、八雲紫が橙の隣を歩いていた。




     ◇




 「はあ……。あー、何とか、今年も終わったねえ」

 「そうですね。ふふ、私も少し、疲れました。明日は日曜日です、ゆっくりしましょう」

 「うん。あ、そうだ早苗。……宿題教えて」

 「ええ、良いですよ」

 「二人ともお疲れ様。ほら、労いの言葉を届けに来てあげたぞ」

 「あ、水鳥先生。こんにちは」




     ◇




 結局、最後まで祭儀を見るのは止めにして、桜見物をして帰ることにした。大社の近くには、高遠という名所がある。今は花見シーズンと言う事もあって、中々賑わっていた。
 橙を間に挟んで、三人で並んで歩く。これでますます家族連れだ。胡散臭い雰囲気も、随分と軽減されただろう。例え紫と一緒だったとしても、この人混みだ。しかも、誰もが花か団子か身内に集中している状態。自分達に注目する人間はいない。存分に紫の話を聞く事が出来る。

 そろそろ人間の仮面も、終わりだ。



 「それで、どうだった? 八坂神奈子との会談の方は?」

 「完遂出来たわ。縁、貴方が――皆の目を引きつけてくれた御蔭でね」

 「それは良かった」



 さて、種明かしだ。
 僕が、態々『御頭祭』へと顔を出したのは、ただ祭り見物が好きだったからではない。確かに祭り見物や歴史、民俗学は大好きだが、今回は二の次。本当の目的ではないのだ。

 真の目的は、『八雲紫が八坂神奈子と対談する場をこしらえる』という、部分に尽きる。

 祭りのような日。要するに、人間と神とが近付く日は、その感覚は鋭敏になる。神の影響なのだろう。普段は見えない物を感じ、感じられない物を察知出来るようになる。勿論、一時的な物だ。日常に戻れば三日も持たずに霧散してしまう。

 勿論、今の洩矢大社関係者の中にも優秀な者はいる。東風谷早苗がそうだ。今の『神長官』を務める、彼女の祖母もそうだ。その傍らの『禰宜大夫』――――つまり古出玲央の祖母辺りも、まあ合格ラインだろう。

 そして、恐らく。
 恐らく彼女達に限って言えば、神域内に“人間以外の何か”が入り込んだ事だけは、多分、気が付ける。

 一応言っておくならば、紫は妖怪最強だ。だから、例え神域内とはいえ、彼女達では紫に危害を加える事は不可能だし、捕縛は愚か、視認も難しい。
 だが、八雲紫に問題が無くても、八坂神奈子にはある。神社の人間達は、見ず知らずの妖怪は感じ取れない。しかし、非常に近い――――“己が遣えている神”の存在ならば、感じ取れる。

 この会談は何よりも、彼女達に気が付かれてはいけなかった。



 「……八坂神奈子は、《幻想郷》へ来ることについて、何と?」

 「来ることは決定事項ね。でも、時期はまだ、だって」



 なぜなら、神が消える事を、この神社の関係者に、微塵も感づかれてはいけなかったからだ。

 八坂神奈子、及び洩矢神社の神達が《幻想郷》への来訪を考え始めたのは、つい最近の事。ここ二十年位の事だ。前々から親交があった僕たちは、其れから少しずつ、人目を盗んで秘密裏に会談をしてきた。
 けれど、妖怪や神の二十年は、人間にとっては長すぎる。初めて神達が考え始めた時から、既に世代は変わってしまった。
 世代が変われば、価値観や情報も変わる。神への態度すらも変わる。故に、会談は秘密裏に進めなくてはならない。

 八坂神奈子が、僕達に、そう頼んできたのだ。
 そして、僕と紫は了承していた。今までも色々と世話になっているし、貸し借りの清算の意味もあったからだ。



 「――――保留は、先延ばしにしかならない、とは?」

 「ええ、伝えたわ。……でも、向こうも、あと一つだけ、解決していきたい問題があるって」

 「具体的には?」

 「……なんでも、洩矢諏訪子が、この所、一人の人間に御執着らしいわ」



 だから態々、この『御頭祭』に僕は姿を見せたのだ。

 行事の最中の、密度が濃い空間で、僕がわざと妖怪としての本性を一瞬示すだけで、鋭い人間達は否応なしに此方に目を向ける。だから、東風谷早苗も、見事に引っかかってくれた。
 目を向けると言っても、怪しむだけ。小さな違和感を抱えるだけ。人間かどうか分からない、と少し疑う程度で良い。けれど、その疑いと行事に専念するという思考の二つが揃えば。まして、態々、行列に同行する様に歩き、歴史を紐解きながら説明をすれば、――――彼らは必ず自分達に気を向ける。



 そして、僕より遥かに隠密行動が得意な、万能ともいえる八雲紫の存在には、絶対に気が付かない。



 それにだ。『御頭祭』という行事の性質上、八坂神奈子がいる上社・本宮はどうしても手薄になる。警備の人間はいても、それは人間への警備。勘の鋭い、そして八坂神奈子の存在を感じ取れる人間は、皆、前宮に行ってしまう。
 例え東風谷早苗といえども、彼女達と自在に交信できる訳でもない。ここは《幻想》が生きるには困難な人間の世界だ。故に、あの一時間が、彼女達の会談の絶好の機会となったという訳だ。



 「へえ。――――そりゃまた、憑かれた方も大変だ」

 「ええ。本当に大変みたいね。彼女の問題が片付いた後で来る、と言っていたわ」

 「そうか。……それじゃ、後の詳しい話は帰ってからにしよう」

 「そうしましょうか」



 これまでの成果は、まあ及第点だろう。彼女達が《幻想郷》に来ることが決定しただけでも大収穫。神社としての問題は、神社として片付けて貰えば良い。此方の仕事は受け入れ態勢を作ることなのだ。

 仲良く並んで、桜を見物しながら、秘密の会話をする。
 実は、これも中々、僕と彼女の関係を表しているようで、楽しいのだけれど……忘れてはいけない。今は二人ではないのだ。僕と彼女の間に、一番幼い猫の少女がいる。彼女を放って置いたまま、ずっと念話をするのも、少し悪い。

 気分を変えて、気を使って黙っていてくれた彼女に、声をかける事にする。

 「橙。――――何か食べたい物はあるかな?」

 「え。……良いんですか!?」

 途端に、目が輝いた。物に釣られるのも、若い証拠だ。

 「藍が夕御飯を作ってるから、少しだけよ? 今日は一日、私達に付き合わせちゃったわね」

 「有難うございます、紫さま、縁さま!」

 でも、それも良い事だと思う。今しか出来ない、今しか見る事が出来ない光景だ。
 紫円とは、二度とこういう事は出来ない。それに、彼女はもう十分に大人だ。同じ事をしようとしても、多分、向こうが断るだろう。

 僕と橙、紫と橙は、年齢的や立場的には、親子というか、祖父母と孫なのだが、どっちにしても同じだ。橙が、可愛い家族である事は間違いがない。それも、かなり甘い祖父祖母の立ち位置だ。紫が若くない、とは一生、思わないけれど。

 「えっと、えっと。……じゃあ、りんご飴下さい!」

 でも、こうしてきらきらしている橙や、日々を過ごす博麗霊夢や、《幻想郷》の若人を見るたびに、なんか優しい顔をする彼女を見ていると、随分と遠くまで来たんだなあ、と思う。
 彼女が人間だった頃に、こんな顔を見た事なんて、本当に少なかったのだから。
 今日も一日、有るべき八雲の姿だったと思い。

 「はいよ。……あ、蒼や藍にも、御土産として買っていこうか」

 財布からお金を出したのだった。




     ◇




 「御名方は家まで送っておいた。月曜日にはしっかり来るだろう。……東風谷、古出。お前達も遅刻しないようにな」

 「はい。……そう言えば先生。なんか、気分が良さそうですね」

 「そうか? いや、実は昔の友人と会えてね」

 「え、道端で、ですか?」

 「いや、本宮の方に顔を出した時だ。懐かしくてね、ついつい――――」



 水鳥楠穫は、笑顔を浮かべて。



 「一時間ほど話しこんでしまったよ」



 そう語った。






 神湖の畔は、春である。















 まず、今回の物語に当たって、以下の資料を使用させて頂きました事を、報告します。

 『QED 諏訪の神霊』 著・高田崇史・講談社から。
 『菅江真澄の信濃の旅』 信州大学から発行。
 『神長官守谷資料館のしおり』 神長官守谷資料館。
 インターネットサイト『諏訪神社』のHP様。
 インターネットサイト『諏訪大明神画詩紀行 諏訪大社と諏訪神社』様。
 ウィキペディア、です。

 と言う訳で、『境界恋物語』主人公の暗躍な御話でした。
 今回、中身は趣味に走らせて頂きましたが、こういう東方があっても良いですよね、きっと。
 東方世界観に合わせる為に固有名詞を、若干変えて有りますが(守谷 → 東風谷など)、大体は現実に即しています。
 今年も四月十五日に、諏訪大社では『御頭祭』が行われる筈なので、興味がある方は是非、どうぞ。詳しくは自分で御調べ下さい。

 学年も上がり、昨年ほど暇が取れるか怪しいのですが、どの話も完結させるので気長に待っていてくれると嬉しいです。
 短くても厳しくても構わないので、感想を下さい。

 ではまた次回!

 (2011年4月2日・投稿)


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