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No.24249の一覧
[0] 異人ミナカタと風祝 【東方 オリ主 ダーク 恋愛(?) 『境界恋物語』スピンオフ】[宿木](2011/08/22 21:18)
[1] 異人ミナカタと風祝 序の一[宿木](2011/02/03 01:20)
[2] 異人ミナカタと風祝 序の二 弥生(夢見月)[宿木](2011/01/18 22:37)
[3] 異人ミナカタと風祝 序の三 卯月[宿木](2011/01/18 23:01)
[4] 異人ミナカタと風祝 第一話 卯月(植月)[宿木](2011/01/23 00:18)
[5] 異人ミナカタと風祝 第二話 卯月(苗植月)[宿木](2011/09/09 14:54)
[6] 異人ミナカタと風祝 第三話 卯月(夏初月)[宿木](2011/02/02 23:08)
[7] 異人ミナカタと風祝 番外編 ~八雲と橙と『御頭祭』~[宿木](2011/04/02 22:16)
[8] 異人ミナカタと風祝 第四話 皐月[宿木](2011/04/06 22:52)
[9] 異人ミナカタと風祝 第五話 皐月(早苗月)[宿木](2011/04/11 23:39)
[10] 異人ミナカタと風祝 第六話 水無月[宿木](2011/06/29 23:34)
[11] 異人ミナカタと風祝 第七話 水無月(建未月)[宿木](2011/07/03 22:49)
[12] 異人ミナカタと風祝 第八話 水無月(風待月)[宿木](2011/07/08 23:46)
[13] 異人ミナカタと風祝 第九話 文月[宿木](2011/07/15 23:08)
[14] 異人ミナカタと風祝 第十話 文月(親月)[宿木](2011/08/22 21:30)
[15] 異人ミナカタと風祝 第十一話 文月(愛逢月)[宿木](2011/08/28 21:23)
[16] 異人ミナカタと風祝 第十二話 文月(文披月)[宿木](2011/09/02 02:37)
[17] 異人ミナカタと風祝 第十三話 文月(蘭月)[宿木](2011/09/12 00:51)
[18] 異人ミナカタと風祝 番外編 ~『御船祭』と封印と~[宿木](2011/09/17 20:50)
[19] 異人ミナカタと風祝 第十四話 葉月[宿木](2013/02/17 12:30)
[20] 異人ミナカタと風祝 第十五話 葉月(紅染月)   ←NEW![宿木](2013/02/17 12:31)
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[24249] 異人ミナカタと風祝 第十一話 文月(愛逢月)
Name: 宿木◆e915b7b2 ID:21a4a538 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/28 21:23

 世代交代は何時の時代も必ず行われる。『洩矢五官』とて例外ではない。年老いた人間は、後進の若い世代に託して退く。それが普通の有り方。例え由緒正しい神社であっても普遍の法則からは逃れられない。

 この所――――洩矢本家における相談が、時折、行われている。

 東風谷家の総主・東風谷千種によれば、次世代の家督相続における候補は以下の通りだ。

 「神長官」東風谷家の跡取りは、東風谷早苗。
 「禰宜大夫」古出家の跡取りは、古出玲央。
 「権祝」八島家の跡取りは、八島絵手紙。
 「凝祝」尾形家の跡取りは、尾形紗江。

 「副祝」御名方の跡取りについては――――その名前を挙げる事は無い。無論、御名方四音の存在を知らない筈がない。知っている。知っていても、敢えてその存在を取り上げようとしていない。
 それまで大社を牽引してきた老婆は、まるで唐突に頑迷固陋に成ったかのように。長年の相棒である古出朱鷺の言葉にも、決して耳を貸さず、御名方四音の存在を口に出す事すらしなかった。

 彼は今、本家では殆ど存在を消すかのように、扱われている。
 まるで、総主の意向に従わず接触を続ける東風谷早苗こそが、間違っているとでも示すように。




 『洩矢』の裏で何が動いていたのか。
 それは、裏で動いている者にしか、分からない事だった。






 異人ミナカタと風祝 第十一話 文月(愛逢月)






 世の中、何が起きるか分からない。朝起きたら芋虫になっていたザムザ氏の驚きようも、きっとこんな感じだったのだろう。驚きの余り間抜けな事に、ポカンと口を空けて呆然と見ている事しか出来なかった。いや、芋虫ザムザが己の口を開けたかは別としても。
 私だけじゃない。学校内でその光景を見かけた人間は、老若男女問わず全員が呆けただろう。其れ位にインパクトが強すぎた。例外と言えば、微笑んでスルーした水鳥先生と、当の本人達だけである。

 「先輩、はい。口を空けて下さい。あーん、て」

 「…………この場所でか」

 「そうです」

 「……仕方がないな」

 御名方さんの口元に、スプーンを持った早苗の手が近付く。
 目の前に差し出されたそれに、彼は静かに、存外に素直に、あん、と開いた。
 百面の中に浮く舌も唇も血の様に紅い。その中にするり、と白い物が流し込まれた。静かに口は閉じられて、味わうように微かに口元が動く。その時に目を閉じるのは癖か。

 「美味しいですか?」

 「…………ああ。こういう味は、嫌いじゃない。――――それに」

 「それに?」

 「氷菓は好きだ。……温かみを感じなくて、済む」

 椅子に座り、向かい合い、三段重ねのアイスをスプーンで食べる二人組が居た。
 場所は諏訪清澄高校の中庭。メイン舞台からほど近い、休憩用の組み立て式のテーブルセット前。当然ながら周囲には学生も一般のお客さまもおり、眉目秀麗な二人組と言う事で注目の的である。
 時は、学園祭三日目の、最終日。最も盛り上がり、出店も割引をして品を捌く日時。
 そして二人組は、早苗と御名方さんだった。

 ――――お前ら一体、何をしてる。

 アイスは、三年生が開いた出店から買ってきたのだろう。近所にある有名な喫茶店の協賛だった。重ねても尚、固すぎず、柔らかすぎない、その絶妙な溶け具合は、私を含め女子高生だけでなく、暑い夏を過ごす多くの市民を魅了する、が……。そう言う話をしているのではない。
 上から下まで真っ黒な衣装の生徒会長と、清楚におしとやかに、それでいて青い色香を振りまく早苗。そんな二人が一緒にいる。いや、もっとはっきり言わせて貰おう。



 早苗が、御名方さんに、その三段重ねを、向かい合って食べさせている事なのだ。
 コーンを片手に、スプーンをもう片手に。先程早苗が言った通り“あーん”と食べさせる格好なのだ。



 大事な事なので二回言った。
 普段の空気とは打って変わって、どう見ても一緒に学園祭を楽しむ恋人同士だ。間の空気も悪くない。御名方さんの態度は普段通りだが、それでも口数は多いし、周囲に不吉さをばらまいてもいない。

 お前ら、殺すだの救うだの、そんな今迄の前ふりは何処に消えた。まさか私が昨日、絵手紙さんや紗江ちゃんと学園祭を巡っているその半日の間に、キングクリムゾン宜しく和睦までの過程が素っ跳んだとでも言うのか? そしてなんか知らないけどくっ付いた、と。まさか!

 ……いや、いけない、完全に混乱している。ここはフィボナッチ数列でも数えて落ち着こう。1、1、2、3,5,8,13、21。数字をカウントする私の前で、早苗と御名方さんは周りを気にも留めず。あるいは、恐らく確信犯的に無視しつつ『食べさせ合い』を続行する。……よし、落ち着いた。

 「先輩。交代しませんか? 私も味わいたいですから」

 「……スプーンはどうする。一緒に使う訳にもいかないだろう」

 「あ、そうですね、……じゃあコーンを渡しますから」

 「………………。こうか」

 「そうです」

 渡されたコーンを掴み、御名方さんは早苗の口元に二段に減ったアイスを運ぶ。
 その表情は相変わらず、仮面の様に微動だにしない。口元もへの字に引き締められたまま。だが、私よりも細くて白い指は、優雅に動いて、早苗の元へ氷菓を届けていた。
 それだけを見れば、外面は異常に良い生徒会長だ。妖的で絵画芸術のような絵になってしまう。最も、美は美でも退廃の美と言う感じだ。

 「はむ」

 最も、早苗がそれを気に留める筈もなく。
 一瞬、スプーンを使おうかと迷ったようだが、流石に間接キスの勇気はなかったのだろう。
 はむはむ、と早苗は差し出されたアイスを齧る。あれで甘い物も好きな早苗だ。程なく、二段のアイスは一段に減ってしまった。周囲の目は気にして欲しかったなあと思う。

 三段アイスは、上から抹茶・バニラ・オレンジ。本格的な夏の到来を思わせる太陽に焙られ、既に随分と弛み始めているが、固く焼かれた厚いコーンのお陰で崩れてはいない。早苗が一段を食べ終わったのを確認すると、そのコーンを、テーブルの上に置かれていたスタンドで支えて。

 「……東風谷」

 御名方さんが、動いた。

 「はい?」

 「動くなよ」

 余りにも自然な動きだった。
 手を使わず、スプーンも使わなかった早苗は、当然ながら口元にクリームが付いていた。最大限、顔を汚さないように注意はしていたらしいが、それでも頬に少し付着していたのだ。静かに立ち上がった御名方さんは、胸元から取り出した白いハンカチで。



 口元を、拭った。



 二人の距離は二十センチもない。近寄った御名方さんは、す、と早苗の頬を抑える様に拭き取って、直ぐに戻ってしまったが。それでも周囲で見ていた者(特に女子)は口元と鼻を押さえていた。美貌に感じ入って色々出しそうになったのだろう。
 まさか“あの”生徒会長が、そんな行動に出るなんて。

 「……どうも、有難うございます」

 「ああ」

 ――――ほっぺたに付いているクリームを拭ってやるなんて、其れなんてカップルな行動だ。おい。

 私の突っ込みが届くはずもない。
 早苗もまさか、そこまで御名方さんが行動するとは思っていなかったのだろう。優秀な分、不意打ちや予測できない攻撃には弱い。昔からそんな感じだったが、今もあんまり変わってはいないらしい。
 うわ、うわあ、と。早苗は、心の中で言葉に成らない声で悶えていた。良い意味で恥ずかしそうな顔をして、ほんのりと染まった頬に手を添えている。ポーカーフェイスを気取っているが、私にだけは分かる。

 だと言うのに、生徒会長の顔には――何も変化がなかった。座った彼は、長い脚を組み、背もたれに寄りかかり、黒く長く艶やかな烏髪を古の魔術師の如く流しながら淡々としている。……こいつもう、殴っても良いんじゃないか。

 「……残りは、東風谷が食べると良い」

 置かれていたコーヒーを静かに飲み、掠れた声で言う。

 「オレンジは苦手でね」

 「……そうなんですか?」

 数分後。何とか心を落ち着かせた早苗は、軽く咳払いをして尋ねた。

 「……ああ。昔、親がイタリアで買って来た、土産の中に香水があった。それを、玄関前で割ってしまった事がある。……翌日、匂いに惹かれたんだろうな。香水を零した部分に、凄まじい数の」

 「ストップ。言わなくて良いです」

 と言うか、言わないで下さい、と力説して、早苗は話題を変える。
 女子の前で、そんな不気味な会話を持ちだすあたり、この男はやはりデリカシーが無い。

 「そうか。……兎に角、そんな経緯があってね。オレンジは嫌いだ」

 「じゃあ、何で注文したんですか?」

 当然とも言えば当然の質問に、御名方さんは、にや、と不気味に微笑んで。
 恐ろしく妖艶な声色で、甘く囁いた。



 「君が、好きそうだったからだ」



 「……っ」

 そんな文句を言った。口元は隠され、表情は伺えない。だが、深い淀んだ瞳は、歪んでいるが故に人を惹き付ける。魅了、とは真逆の意味で相手を捉えて放さない。真っ直ぐと早苗を見る目は、何を写すか。
 だが、今の一言は多分、結構大きなダメージだったと思う。前から言っていたが、生徒会長は顔“は”非常に良い。真剣に見つめられて、耳元で気障なセリフを怪しく聞かされれば、一流のホスト並みに女を落とせるに違いない。いや、下手すれば男も堕ちる。

 早苗の反応を見て、生徒会長は態度を翻す。普段通りに不気味に笑い、椅子に座りなおした。

 「生徒会室で放課後、古出玲央と摘まんでいたから、そう思った。……違ったか?」

 「……違いません、けど。――――先輩、今の台詞は狙ってました?」

 「君がした攻撃に比較すれば、微々たるものだろうな」

 さらりと告げた御名方さんも、告げられた早苗も、態度は普段と色んな意味で違いすぎる。
 まあ、さっきの羞恥プレイへの意趣返しならば、納得できなくもないか。事実、やりますね、とでも言いたげな顔で、早苗は歯噛みしていた。そしてやっぱり、少し照れているのか顔が紅い。
 しかし彼女も負けてはいなかった。

 「そうですか。……じゃあ、聞きます。先輩はどんな味が好きなんですか? 先輩の好み、私全く知らないんですよ」

 「――――聞いてどうする?」

 「手作りのお弁当を作ります。具体的には、来月とか」

 「…………」

 今度は、御名方さんが黙った。RPG的に言えば、急所か痛恨か改心か。
 今更の話だが、そう言えば――――御名方さんが食事を取っている事を殆ど見ていない。ゼリー飲料やビタミン剤、サプリメントが生徒会室に常備されている事は知っていた。弁当でもなければ学食でもない。買い物で済ませている様子もない……となると、まさか普通に食事をする事も、無いのか。
 溶けてコーンに溜まったオレンジアイスを軽く飲んで、早苗は、にっこりと笑って告げる。

 「確か八月でしたよね?」

 「……誰から聞いた」

 「家です」

 「…………そうか」

 困った物だ、と言いたげに顔に蔭を生み、御名方さんは静かに口元を歪めた。多分、笑ったのだろう。
 内容から判断するに「誕生日」だろうか。本家では、御名方のみの字すら出ないらしいのに、パーソナルデータを聞きだしてくるあたり、流石は早苗。
 静かにコーヒーを飲み終えた御名方さんは、そうして静かに立ち上がる。

 「それで、どうする? これで終わりではないだろう?」

 「はい。勿論。……負けませんよ?」

 「…………良いだろう」

 かり、とコーンを食べ終えた早苗も、微妙に黒く笑っていた気がした。内心では随分と緊張しているようだったが。飽く迄も、顔だけは。

 「何処に行く?」

 「先輩と一緒なら、どこでも良いです」

 「…………」

 最後の一言に、明らかに忌々しげな態度を先輩は取る。だが、言葉を否定する事は無い。

 此処に至って、私はやっと大体の事情を理解した。

 要するに――――恋人っぽく振舞ってデートをして、先に負けを認めた方が負け。そんなルールの対決なのだろう。どうしてそんな話に成ったのかは知らないが、きっと早苗が吹っ掛けたに違いない。ラブコメでは良くあるシチュエーションだが、まさか現実で見るとは思わなかった。

 呆けていた生徒達も戻って来たのだろう。周囲でひそひそと噂をする声が聞こえる。やれあの二人は付き合っていたのか、とか。ああ見ると御名方さんは結構好みかも、とか。気楽な物だ。それぞれの本性を良く知っている私には、地雷……とまでは行かないが、火薬で遊んでいるように見えるのに。

 「レオ。と言う訳で、私は先輩とデートですので」

 「……うん。……健闘を祈るよ」

 私の笑いも、多分、半分くらいは乾いていたと思う。
 にこやかに私に告げて、早苗は先輩と連れ添って歩いて行く。周囲に居た学生は、まるでモーゼの十戒の如く、ざざあと列を割る。二人の邪魔を出来る者は、匆々いる訳ではないという再度の証明だった。

 私もまた、彼女達を止める事が出来る筈もない。
 頭に浮かんだ『なんでそんな勝負を二人がしているのだろう?』という疑問を尋ねる事も、出来なかったのである。




     ●




 屋上から、二人を見下ろす影が有った。

 武居大智が転落死した屋上。一般人が誤って侵入しないよう、春以上に厳重に施錠され、生徒は無論、教師と言えども無暗に入り込めない場所になっている。だが彼女達にすれば、それは大した問題では無い。
 鍵など使わずとも扉は開くし、そもそも学校に入らずとも屋上に出る事は出来る。

 「青春ねえ。私にもあんな時代が有ったと思い返せば、なんとなく懐かしいわ」

 「そうなのですか?」

 「そうなのよ」

 くすくす、と笑ったのは女性だ。流れる金髪に、黄金比の豊満な肉体。紫を基調とした高級そうな服を纏い、日傘を肩にかけ、扇で口元を覆っている。男ならば誰でも注目するだろう美女の、何よりも目を惹くのは、どこか見る者を不安にさせる怪しい笑みだ。
 八雲紫。最古の妖怪にして最強の妖怪。賢者とも呼ばれる怪物。

 「確かに私は長生きだけど。でも、若い時はあったわよ。何万年前かは覚えていないけど」

 彼女は、過去を思い出す様に語りかける。最も顔にも瞳にも、懐かしさは浮いていない。
 過去がある事を仄めかしても、過去を語る事は滅多にないのだ。

 「貴方は、どうなのかしら?」

 「……忘れました。そもそも、時代が違いすぎます」

 返すのは、古臭く老練とした声だった。長い時を生きていたと、声だけで他者に理解させる。
 八雲紫が話しかけている相手も人間ではなかった。いや、むしろ此方の方が――――明らかに人間と同じに姿形をしている八雲紫よりも――――遥かにはっきりと、人間ではないと認識できる。

 そこに居たのは、一匹の蛇だった。
 屋上に身を横たえ、チロチロと舌を出しながら八雲紫を見上げている大蛇が居た。

 「そう。神の眷属も大変ね」

 「……貴方の所の式と、似たようなものですから。僕は」

 もしも蛇が溜め息を付けたならば、きっとそうしていただろう。どことなく、中間管理職の悲哀を感じさせる雰囲気を持っていた。

 美女と蛇は会話をしている。その光景は常識ではありえない。眼下に集う人間が見れば、間違いなく騒ぎになるだろう。転落現場に見知らぬ女性がいる事も、噛まれたら大怪我は免れない大蛇が人語を介している事も。
 だが、今この瞬間は、誰一人として屋上に意識を向ける事は無い。
 そういう風に、してあった。

 「神奈子様からの言葉を、お伝えします。……『成り行きに任せる。今迄通りに』と」

 「良いのかしら?」

 「はい。神奈子様は神奈子様で、密かに尽力しておられます」

 「そう。なら、伝えて下さる? 『貴方がたが無事に来られるよう、祈っておりますわ』」

 「……確かに。お伝えします」

 持ち上げた鎌首を、ゆっくりと上下に動かして肯定する。
 そして、ずるりと蛇は動くと身体の向きを変えた。己が主人の元へと帰還するのだ。スキマを開いても良かったが、以前にも同じ事を聞いて丁重に辞退されたので、小さく手を振って見送る事にする。

 「では、紫さま。次に会うまで御達者でお過ごし下さい」

 挨拶として、手の代わりにひらひらと鎖模様の茶色い尾を振る。彼はそのまま、ずるりずるりと屋上の排水溝から、内部へと侵入し消えて行った。移動には学校の水道管や排水管を使うそうだ。
 あの蛇は泳げるし、土にも潜れるらしい。彼女が心配せずとも大丈夫だろう。

 「……さてと」

 どうしようかしら、と少し考えた後、八雲紫は、取りあえずスキマを開いた。
 『洩矢』に行く必要は無い。学校内をうろつくのも一人では味気ない。縁は、今日は「ボーダー商事」で仕事だ。秘書(という名目の)蒼と一緒にアメリカである。

 「……帰りましょうか。博麗神社に寄って、届けられた橙のお財布を回収して」

 その後は、のんびりしよう。そう言えば西瓜を碧が冷やしていた。
 大妖怪の割には、随分と庶民的な八雲紫だった。




     ●




 東風谷早苗は有名だ。学校内で名前を知らない者は、まずいない。
 この地に住む者ならば、毎年何回もお世話になる『洩矢』の娘。頭脳明晰で成績優秀。人格的にもとても好かれ易い。まあ家柄や立場が壁となって高根の花的な扱いもされているが、有名な事には違いない。

 そして、御名方四音も――――今更言うまでも無く有名。二人が連れ添って歩いているのだから、注目されない筈も無い。何処で何をしたのかは、噂に耳を傾ければ直ぐに分かった。

 ……ただ、其れでも友人の恋路(語弊がある)は気になる。
 私はこそこそと、多分、気が付かれている事を承知で二人を尾行していた。

 そして、呆れた。
 二人の行動が、余りにもアレだったからだ。






 「先輩。デートをする時は、連れ添って歩くだけじゃないんですよ?」

 「……一時的接触を要求していると言う事か」

 「そうです」

 「なら選べ。手を繋ぐ。腕を絡める。指を絡める。肩を抱く。腰を抱く。抱き締める。背負う。お姫様抱っこ。肩車をする。二人三脚。二人羽織り。どれか好きなのをだ」

 ここは公衆の面前。廊下である。どれも少し難易度が高すぎやしないか。
 そう思ったが、早苗は選んだ。ごく自然に。少しだけ虚勢を混ぜて。

 「……恋人繋ぎでお願いします」

 「良いだろう」

 御名方さんは、ぐい、と肩を抱くように早苗を引き寄せる。力は無いが、力の入れ方が上手い。
 一歩、両者の距離が近づいたところで、黒の長袖から伸びた手を、目前に掲げた。そのまま早苗の手を取って、ゆっくりと重ねる。早苗の指も御名方四音の指も、平均よりは細い。その指が、間間にしっかりと絡まって、握られた。
 四音の右手と、早苗の左手で、一つの拳が出来る。

 「……これで良いのか?」

 「はい」

 表情が無い生徒会長と対照的に――――早苗の声の中に、ほんの少しだけ嬉しい色が滲んでいた、気がする。
 大胆な行動に、近くを歩いていた中年のご婦人が、あらららまあまあ、とでも言いたげに口元に手を当てて通り過ぎて行った。生徒からの好機と嫉妬の入り混じった視線が、生温かく二人に注がれているが、やっぱりそんな事を気にも留めない。

 結局そのまま、どちらも、手を離そうとはしなかった。

 逃がさないと言う意志なのか。それとも、互いを拘束している意味合いの方が強いのか。きっと裏にあった思いは、愛情では無く、もっと別の理由による物だったのだろうけど。でも、流れる空気が悪いとは決して見えなかったのだ。




 学園祭の出し物と言えば、食品を売るか、展示をするか、小物を売るかである。クラスで一つ。部活で一つが基本であり、運動部ならば代々の伝統の出店を開き、吹奏楽部ならば体育館でも演奏会が開かれたりもする。手を繋いだままの二人は、ふと通りかかった廊下で足を止める。

 廊下の一角に開かれていたのは、学生の個人店だ。生徒会に来た報告書を読む限りでは――――個人的な伝手で、何でも付き合いのある業者から、安く質の良い品を幾つか入荷出来たらしい。中間決済によれば、学校内でも相当の売り上げを誇っていた。
 学生自身にも問題が無かった為、利益は学校にも還元する事、そして部活やクラスでの出店もこなす事、という条件付きで出店を認めたのである。

 「あ、可愛いですね、これ」

 店の説明では『メーカー卸売! 大好評!』と段ボールの看板に銘打たれている。

 「……そうか?」

 「そうですよ」

 「……君の趣味は、良く分からない」

 早苗が取り上げたのは、所謂“ゆる可愛い”感じのマスコットだった。
 少女の顔で出来た饅頭みたいな生物で『ゆっくり』とか言うシリーズだ。製造は「ボーダー商事」。あの会社も随分と節操無く、良く分からん仕事を行っていると思う。 出店の後ろに座っている担当の学生Aは、早苗と御名方さんのペアを興味深げに伺っていた。

 「先輩の趣味だって分からないですよ。……前に伺った時も、色々部屋に置かれていたじゃないですか」

 「アレは、片付けられないだけだ」

 「物理的な意味で、ですか?」

 「さあ」

 早苗と御名方さんの言葉は、公共の場と言う事で穏やかだ。生徒会室でも、その位に平穏に会話をしてくれれば私も心が休まるのだが。
 流石に二人とも、品を物色する間は手を離している。だが、距離は近いし、どう見ても“一緒に回っている”図そのものだった。

 「……欲しいのか」

 「先輩。私は、奢って貰う為に一緒にいる訳では有りません」

 尋ねた御名方さんに、良いです、と返答する。そして『お邪魔しました』と断りを入れて、そのまま二人は進んでいく。残念そうな顔を、店主の学生Aはしていたが、まあ、それが商売だ。
 実際――――早苗と一緒にデートが出来るならば、幾らでも金を出す様な男はいる、と思う。気を惹こうと一生懸命に成って、好いて貰おうと躍起になって。そんな男には、早苗は決して靡かなかった。



 私は御名方四音が嫌いだが。
 でもあの男は、今迄に見た事が無いタイプの人間である事は、否定出来ないのだ。



 「……スイマセン、ゆっくり一つ」

 因みに『ゆっくり』シリーズには一部にコアなファンがいる。私もその一人。慰めと言う訳ではないが、私は店から『ゆっくりマリサ』の携帯ストラップを購入してあげた。金髪の魔女娘がモチーフだ。

 品を懐に入れて、早苗達を伺うと――――再度、二人は肩も近くに、手を繋いでいた。
 どちらから促したのかは、私にも解らなかった。






 それから。

 「あ、先輩。写真を撮りませんか?」

 「写真部か。ツーショットで良いのか」

 「ツーショットが、良いんです」

 「……良いだろう」

 万事が万事、そんな形で進んでいった。
 もしかしたら、二人の頭の中からは、途中から『勝負』の文字は消えていたのかもしれない。そうだったら良いと真剣に思った。

 私が隣にいる時より、少しだけ女の子っぽい顔をした早苗は、当初の恥ずかしい顔も何処へやら。常に御名方さんを引っ張る様に行動していた。
 無愛想で不機嫌そう、殆ど表情を出さない御名方さんは、それでも無言に成る事は無く、素直に早苗に従っていた。

 勿論、手を繋いでいる事の方が多かった。

 「先輩。何処か行きたい場所、有りますか?」

 「図書館だ。――――古書の販売をしているから、少し覗いて行きたい」

 「…………」

 「……一緒に来るか」

 「はい」

 私は途中から、もう二人を目で追うのは適当に成って行った。私も疲れて来たのだ。肉体的には大事がなかったが、精神的に疲弊していった。
 本人達にその気がなくても、惚気を見せられているのと同じだ。

 中でも、家庭科室での一件は、特にごりごりと私の心を削った物だ。




 「……先輩。髪、綺麗ですよね」

 「そうでもない、と思うがな」

 家庭科室の隣に置かれた教室を借りて開かれていたその店は、手芸部が開いた店だ。裁縫道具や、手作りの化粧品や、布で作った日用品などが売られている。店に入って来た二人組に、店員(女子だけしかいなかった)の目は、槍衾の如く突き刺さっていた。

 教室の片隅に置かれた、試着の為の、大鏡。その前には何処からか持ってきた少し大きめの椅子が一つ。
 そこに、御名方四音が腰かけていた。

 「手入れとか、どうやっているんですか?」

 「別に。特に何も。……感覚が鈍い事もあるが、元々新陳代謝は低くてね。髪や爪の伸び方も遅い。汗もかかない。毎日シャワーだけは浴びて入るが、汚れ無いんだ」

 あるいは、外の汚れなど意味がない位に内が危ないのかもしれないけれど。
 そう言った先輩を、駄目ですよそんなこと言っちゃ、と早苗は窘める。

 「……羨ましいです。こんなに綺麗な髪、女子でも滅多に居ないですよ」

 御名方四音を椅子に座らせ、早苗はその背後に立っていた。
 片手で、その髪を撫で付けつつ、もう片手には、店で買ったと思しき少し値の張りそうな櫛が一つ。



 早苗は、御名方四音の長い黒髪を梳いていた。



 丁寧に櫛を通し、真っ黒な髪を梳かす。手つきは優しく、自分の髪よりも大切に扱っている様子さえ見受けられた。男女が逆ではないかと思うが、逆でもこのままでも、目に毒な光景である事は間違いない。
 早苗に弄られても、御名方さんは目を静かに閉じて微動だにしなかった。
 普段は、ただ地面に向かって垂れ下がる形の髪が、真っ直ぐに整理されて流れる。手入れをされずとも怪しい魅力があった御名方さんの顔は、ほんの少しだけ邪気が薄まった感じがした。

 「……東風谷。交代をしよう」

 「はい?」

 「君の髪を、梳いてあげようと――言っている。嫌なら良い」

 「……じゃあ、お願いしても良いですか?」

 「ああ」

 女の命でもある髪に触る承諾を、あっさりと御名方さんは取っていた。

 早苗の髪と瞳は、実際は黒ではない。黒く染めているだけだ。実際は、鮮やかな緑色の地毛を持っている。普通の人間では持てない髪の色なのだ。だから、早苗は決して髪を他者に触らせない。仲の良いクラスの女子にだって触らせない。私の知っている限りでは、故人である早苗の母と、本家の総督と、私達身内だけ。
 その早苗が、御名方さんに髪を梳く事を許す。それは特に、ショックだった。

 「……先輩。お願いしても良いですか?」

 「何をだ」

 「また明日から、髪を梳かすの」

 「………………」 

 流石に、黙った御名方さんだったが。
 最後に、小さく「考えておく」とだけ言った。




 そして学園祭が終わった次の日から、生徒会では度々、二人が長髪を梳き合う姿を見る事になった。




     ●




 その後、二人がどうしたのかは知らない。私も良い加減、嫌になってその場を離れたからだ。

 ……いや、もっと違う理由が、私の中にあった事は否定できない。
 なんとなく二人の間にある物を、理解してしまったからだ。

 私と早苗の間には、友情がある。自分で言うのも何だが、早苗の一番の親友はきっと私だろう。そんな自覚がある。けれども、あの二人の間にある物は違う。敵意か、殺気か、憎悪か。どれかは知らないが、きっと友情よりも太い結びつきを構成する物なのだ。私だから解る。誰よりも早苗に近い私だからこそ。

 今日のデートもそうだ。きっと早苗には理由があった。御名方さんも断りはしなかった。『勝負』の名目で、その裏で何があったかは解らない。でも感覚的に解るのだ。言葉で言う事は出来ない。だが、二人の間には私が見えない“何か”が有る。




 そう気が付いた時に、足元が大きく崩れた気がした。




 二人の今日の行動。ただ楽しみたかったのか。全てが演技だったのか。見えない真意があるのか。ぐるぐると疑問と不安がない交ぜに成った。その思いは、二人を見ていると特に強く成って行った。

 御名方さんの考えている事は解らない。
 でも、早苗の考えている事も――――同じ位、解らなくなってしまった。

 だから私は、目を背けてしまった。それ以上見ていると、何か、今迄の自分が変わってしまう。そう確信してしまった。理由なく、そうであると、ただ分かったのだ。




 きっと、“何か”は諸刃の剣だ。
 私達の関係を繋ぐか、壊すか、周囲に滅茶苦茶に被害を齎すかの。




 学園祭の最後、校庭にキャンプファイヤーが灯された後に成っても、御名方さんと早苗は、私の見える所には戻ってこなかった。本部棟には、私と水鳥先生がいたから運営に支障は無かった。呼び出すのも、探しに行くのも、何となく躊躇ってしまった。
 結局、二人が戻って来たのは、最後の「生徒会からの挨拶」に成った時だ。淡々と挨拶を終えた御名方さんに代わって早苗が皆を盛り上げ、文化祭の実行委員長と一緒に拍手で壇上を降りた。

 火が消えた。気が付けば太陽は沈みきっている。出店が解体や利益の分配、後片付け等は明日に回される。皆、一日中楽しんで疲労しているのだ。三々五々、皆が帰って行く。
 私も早苗と一緒に帰宅したが、正直、道中で何を話したのかを全く覚えていない。




 ただ漠然と。
 見えない所で、知ってはいけない事象が進行していた予感だけを感じ取っていた。






 翌日、一つの噂が流れた。
 最終日の最後。挨拶に来る前に。
 生徒会室で、早苗が御名方さんにキスをしていたと言う――――根も葉もない、噂だった。


 あの学園祭を、早苗と御名方さんは、本当に楽しんでいたのだろうか?















 今回の目標。それは『書いてるこっちが恥ずかしい位に熱い』。
 まあ四音も早苗も演技が入ってますが。でも何割かは素なので、つまり二人の関係は期待出来ると言う事です。……一応言っておきますと『境界恋物語』エンディング時の二人は、本気でこんな感じです。
 でも、やっぱり作者に普通の恋愛は書けないなあ……。
 
 作中でまだ触れてない名有りのオリキャラは、残るは親世代と数人だけです。
 御名方四音、『洩矢』の「五官」、水鳥楠穫、学校関係者、「蛇」。これでほぼ全員が出ました。人じゃないのもいますけど。

 因みに、終始平穏に見えて、トンデモナイ『爆弾』が裏で動いていますが……それが表に出るのは、きっと暫く先の事です。中身を見れば、本気で気持ち悪くなる可能性もありますから。今回のお話。……フフフフフ。

 では、また次回。
 以前に張った伏線を回収し、“あの”東方キャラが出る予定です。

 (8月28日)


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