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No.24249の一覧
[0] 異人ミナカタと風祝 【東方 オリ主 ダーク 恋愛(?) 『境界恋物語』スピンオフ】[宿木](2011/08/22 21:18)
[1] 異人ミナカタと風祝 序の一[宿木](2011/02/03 01:20)
[2] 異人ミナカタと風祝 序の二 弥生(夢見月)[宿木](2011/01/18 22:37)
[3] 異人ミナカタと風祝 序の三 卯月[宿木](2011/01/18 23:01)
[4] 異人ミナカタと風祝 第一話 卯月(植月)[宿木](2011/01/23 00:18)
[5] 異人ミナカタと風祝 第二話 卯月(苗植月)[宿木](2011/09/09 14:54)
[6] 異人ミナカタと風祝 第三話 卯月(夏初月)[宿木](2011/02/02 23:08)
[7] 異人ミナカタと風祝 番外編 ~八雲と橙と『御頭祭』~[宿木](2011/04/02 22:16)
[8] 異人ミナカタと風祝 第四話 皐月[宿木](2011/04/06 22:52)
[9] 異人ミナカタと風祝 第五話 皐月(早苗月)[宿木](2011/04/11 23:39)
[10] 異人ミナカタと風祝 第六話 水無月[宿木](2011/06/29 23:34)
[11] 異人ミナカタと風祝 第七話 水無月(建未月)[宿木](2011/07/03 22:49)
[12] 異人ミナカタと風祝 第八話 水無月(風待月)[宿木](2011/07/08 23:46)
[13] 異人ミナカタと風祝 第九話 文月[宿木](2011/07/15 23:08)
[14] 異人ミナカタと風祝 第十話 文月(親月)[宿木](2011/08/22 21:30)
[15] 異人ミナカタと風祝 第十一話 文月(愛逢月)[宿木](2011/08/28 21:23)
[16] 異人ミナカタと風祝 第十二話 文月(文披月)[宿木](2011/09/02 02:37)
[17] 異人ミナカタと風祝 第十三話 文月(蘭月)[宿木](2011/09/12 00:51)
[18] 異人ミナカタと風祝 番外編 ~『御船祭』と封印と~[宿木](2011/09/17 20:50)
[19] 異人ミナカタと風祝 第十四話 葉月[宿木](2013/02/17 12:30)
[20] 異人ミナカタと風祝 第十五話 葉月(紅染月)   ←NEW![宿木](2013/02/17 12:31)
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[24249] 異人ミナカタと風祝 第八話 水無月(風待月)
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/07/08 23:46




 「なんだ」

 『先日、御名方が動いた。どうやら本気で、東風谷と古出の二人を排除する考えらしい』

 「……そうか」

 『やれやれ、と言うか。やっと、と言うか。やはり、と言うべきか。……予想は出来ていた。あいつの事は、昔からよく知っている。生まれた時から、ずっとな。……蝕まれる前の姿も、狂気も、絶望も、そしてその後に到達してしまった絶対零度の心すらも、私は見ていた。毎度のことながら』

 「ああ」

 『私も随分と長生きをしている。そして長い時の中で、あいつが最後の機会になる』

 「それで、何が言いたい」

 『私は、何が有ろうとも絶対に、……四音の味方だ。建御名方神よ』

 「ああ、……それで良いさ」






 異人ミナカタと風祝 第八話 水無月(風待月)






 須賀長船さんが、亡くなった。

 六月の第二週末に行われた、長野県高校体育大会(要するに運動部の県大会)からの帰宅途中、疲労から運転していた自転車が転倒。車道に飛び出し、車に轢かれた。外傷こそ少なかったが、頭を強く打ちつけて意識不明の重体。直ちに救急車が呼ばれたが、搬送先の病院で三時間後、死亡が確認されたらしい。

 因みに、運転手の若い男は特に大きな怪我もなく、衝撃で軽い打撲を受けただけで済んだ。……が、何やら動きや車に不審な点が見られるという事で、現在は身元の確認を急いでいる状況である。

 中学校時代にお世話になった知り合いと、絵手紙さんからこっそり集めた情報によれば、そんな感じだった。

 「……それで、話って何?」

 その週末から一週間。六月も半ばを過ぎ去り、九州地方は早ければ来週にも梅雨明けとなる、そんな頃。
 私は早苗に呼び出されて東風谷家を訪れていた。

 「先輩の話?」

 「それも有りますが……少し、気になる事を確かめようと思いました」

 まあどうぞ、とクッションを進められる。座布団でないのは世代の差か。

 早苗の部屋にこうして入るのも、考えてみれば久しぶりだ。昔は良く遊びに来ていたのだが、中学・高校と、神社と学校に時間を割かれるにつれ、遊ぶ時間は減っている。それでも時間をやり繰りして交流は怠っていない。だが、どちらかの部屋でゆっくり話をするのは、久方ぶりだった。

 大社扱いされるだけあって、洩矢は結構、お金持ちだ。その一人娘である早苗の家も大きいし、部屋も広くて意外と金が懸かっている。和洋が折衷している、空調の利いた快適な部屋をぐるりと眺めた。

 「何か気に成りますか?」

 「ううん。昔とあんまり変わらない、と思って」

 机やベッドと言った大型家具は、小学校の頃から使っている物。本棚やラックの中身が変わり、鞄や服が大人びて、写真や思い出の品が増え、見えない場所に生理用品が隠されている位だ。
 自慢ではないが私なら、部屋を見れば、持ち主が早苗だと一発で分かる。

 「さて、積もる話は後にしましょう。レオ。……御名方さんは、四月・五月での事件が繋がっている。そう言った訳ですね?」

 「まあ、殆ど同じ意味だったとは思う。露骨すぎるけど、嘘を言っている雰囲気は無かったかな」

 回想して冷静に考えてみても、あの態度が嘘とは思えない。

 全く今思えば不思議なくらい、自分の体調が崩れて取り乱してしまった。いの一番に体育館に現れた水鳥先生が素早く対処をしてくれなかったら、実に情けない姿を全校に晒す羽目に成っていただろう。

 何せ佐倉さんが体育館前に陣取って情報を流した為に、校内で暇だった人間が野次馬の如く演奏を見に来ていたからだ。まあ、気持ちは分かる。人を寄せ付けない御名方四音の意外な才能を、皆、驚愕を持って迎えたのだ。

 「……そうですか」

 きらり、と瞳が光る。神職である早苗が、人離れした雰囲気を醸す前兆だった。最後に見たのは、中学校の時か。今はそんなに本気でも無いようだが、かなり“巫女として”真剣に成っている事は事実。
 ぶっちゃけ、早苗も十分、恐れられるくらい腹黒い。

 「……何か分かった?」

 「分かった、と言いますか、……気になる事はあります」

 「ホント?」

 「はい。両方の事件に、其れなりに関わっているからこそ、思い付いた仮説ですが……先日の一件で、ますます度合いが強まりました」

 そう言えば。武居大智さんの事件とも、猪去蝶子さんの事件とも、私達二人は辛うじて両方に関係している立場にある。学校の面々は猪去さんのニュースは気にも留めないし、逆に彼女の関係者で転落死した高校生の事を知っている者もいない。
 だから、気が付けたと早苗は言った。

 「何?」

 「レオ。……貴方も、思い付ける立場にいる筈です」

 分かりませんか? と可愛らしく首を傾けられて訊かれてしまった。そんな態度を取られれば、考えるしかない。頭脳労働は苦手なのだが。

 「……えっとお」

 私でも、気が付けるという事は……神社関係と言う事か?

 私は、武居先輩にも猪去さんにも、出会ってしかいない。接触と言う程の接触はないし、会話だって二分から五分だ。彼らの性格とか、仕事とか、巫女として見るべき立場にヒントが有るならば、私には分かり様がない。早苗とは違う。
 無論、己が巫女として未熟な事は承知の上だ。それでも早苗は気が付けると言った。という事は、知識から繋げる事が出来るという事か。私の神社に関する知識……甚だしく不安だった。
 うんうん、と唸りながら考える私に、早苗は、それじゃあ、とヒントを出す。

 「レオ。……名前に注目してください」

 「?」

 三人の名前に注目する。

 四月・武居大智。
 五月・猪去蝶子。
 六月・須賀長船。

 ……共通点が、有るのか?
 正直に言おう。さっぱり分からない。

 感想なら言える。誰も少しだけ変わった名前だ。……別にそれだけだ。五十歩百歩。そもそも古出玲央、という名前も結構に珍しい部類に入る。それがどうしたという感じだ。まさかこんな理由では有るまい。

 季節と名前の関係性はなさそうだし、名前に縛りが有る訳でも無し(共通の字が見えるとか)。そもそも普通に気が付けるレベルなら、警察官も分かるかもしれない。画数や、イニシャルや、音も違う。

 「それですよ、レオ」

 「え? 何? どれ?」

 「音、です。……漢字で書くから、意味が分からなくなるんです」

 「……はあ?」

 頭の回転が遅い己の頭が、こういう時は恨めしい。
 論理は苦手なのだ。筋道立てて考えるより、感覚的に答えに突き進むタイプだ。私は。

 「武居大智、猪去蝶子、須賀長船。……ええっと。漢字だと字面に引っ張られるの?」

 「はい。ですから漢字を止めて、その上で苗字だけにしてみてください」

 武居大智、猪去蝶子、須賀長船。
 たけいおおとも。いさりちょうこ。すがおさふね。
 タケイ。イサリ。スガ。

 分からん。これが、何の意味を持つのだろう。
 尻取りではないし、時数も違う。平仮名でも片仮名でも法則性は見つからない。特別な繋がりも……。

 …………ん?
 ……………………ん、ん?

 「……あれ」

 一瞬。
 頭に、何かが過った。

 「ちょっと、……あれ?」

 なんだっけ。これ、何処かで聞いた事のある“響き”だ。

 改めて、三人の名字のみをリフレインさせる。
 タケイ、イサリ、スガ。

 順番こそ違うかもしれないが、この名前の響きを、私は過去に聞いている、気がする。
 いや、気のせいではない。だが思い出せない。その名前の羅列に聞き覚えが有る事だけが分かる。
 聞いた事が有る。それは覚えているが、それが何時、何処で、何のために、どんな状況で、と殆どが記憶の底だ。それも泥沼の底である。5W1Hの全てが見えない。
 必死に頭を絞る。確か、何かの話か何かで……その中で……話し手も、身近な誰かで。

 ああ、もどかしいな!

 心の中で悪態を吐く私が面白いのか、早苗はくすりと笑った。

 「レオ。……天竜川の口伝、覚えていませんか?」

 「天竜川?」

 天竜川。長野県の四つの大河の中で、諏訪地方に流れ、諏訪湖から静岡まで流れて行く河川。
 勿論、諏訪との関係も深く、例えば沿岸には諏訪大社とも関係の深い――――。

 「天竜川、の……て、ああっ!」

 連鎖的に、思い出した。
 思わず、大声を上げてしまった。

 天竜川の口承。伝承として伝わる話!
 分かった。そうか、成るほど!
 確かに、両方の事件に精通して、しかも洩矢の知識がないと、とてもではないが思いつきはしない!

 膝を叩いて身を乗り出した私を見て、早苗は頷く。正解だったらしい。そのまま静かに立ち上がって、机の上のノートを持ってきた。

 「日文お爺様の資料を、尾形家から借りてきました。……上手に纏まっているので、これを使わせて頂きましょう。一部要約です」

 ペラリと付箋を付けた場所を開き、引用する。
 その内容は、まさに盲点。目から鱗が落ちる物だった。






 『稲作以前の諏訪には、洩矢の長者の他にも多くの人々が住んでいた。名を以下の通り。
 蟹河原(かにがわら)の長者、佐久良(さくら)の長者、須賀の長者、五十集(いさり)の長者、武居の長者、武居会美酒(えみし)、武居大友主(おおともぬし)、など。
 人々は洩矢神を祭り上げ、豊かな日々を享受していたと言う。
 しかしある時、出雲から神の一団がやって来た。それこそが建御名方神だった。
 洩矢神を筆頭とする人々は、天竜川の畔で御名方の軍勢に対抗した。しかし、御名方神の武器「藤の蔓」の前に、洩矢神の「鉄の輪」は脆くも崩れ去ってしまい、国を追われることとなった。
 この戦場は、今では天竜川沿岸の名所になっており、洩矢神陣営の跡地は「洩矢大明神」として、御名方神陣営と跡地は「藤島明神」として祀られている』






 洩矢を倒した御名方。
 同時に倒された、洩矢の周囲に居た人々――――武居、猪去(イサリ)、須賀。

 符合している。何で今迄気が付かなかった、と自分に言いたい位に。
 寒気が奔った。鳥肌だ。ここまで頭を殴られたかのようなショックを受けたのは、何時以来だ。

 「確証が有る訳ではありません。しかし、一連が繋がっていると聞いた時、私はこれを連想しました」

 いや、東京で起きた飛び込みや、学校から転落死した不真面目な学生や、交通事故の高校生。それらを一緒に結びつけるなど普通は出来ない。繋がっているとすれば、と仮定して初めて共通点を探しだせるレベルだ。

 正直、御名方さんの発言が無かったら、私だって思い浮かばない。疑問を持っただけでも早苗は凄いよ。

 例えば、「猪去」という名前は、全国的に見ても相当に珍しい部類に入るのではなかろうか。盛岡の地主には多いらしいが、中部地方長野県ではまずお目にかからない。そもそも、イサリの響きを聞いただけなら、敢えて連想するならば「漁火(いさりび)」を思い浮かぶのが常識だ。

 「五十集をイサリと読む、この事を知っている人間は少なくありません。しかし、猪去蝶子さんと繋げると言う発想が出来る人間は、神社でも数人。私と祖母と、朱鷺さん……貴方のお祖母さんくらいです。そして、更に言うのであれば――お婆様達お二人は、学校での話には疎かった。だから、猪去という名前に反応しても、武居と須賀、二つの情報には遠かった」

 そう言えば、祖母も新聞で名前を目にした時、何かを連想していた様子だった。もしかしたらあの時、祖母の頭の中では、何か刺激する物が有ったのかもしれない。
 しかし、世俗にはあまり興味を持たない祖母達だ。最近のニュースでは、学生の名前は出されない傾向が強い。私達から直接に情報を得ない限り、祖母達も学生二人の名前には出会えない。

 「あれ、でも」

 ふと、疑問を覚えた。

 「死んだ三人が、洩矢に関係あった訳じゃないよね?」

 伝承が何万年前の物かは知らないが、子孫とは考えにくい。確かにまあ、発音が似通っている以上、何処かで繋がっている可能性も無くはない。ないが、それが動機に成るとは少し考え難い。
 私の意見に、早苗は頷かなかった。

 「それは、分かりません。分からないとしか言いようがないです。子孫なのかもしれないし、偶然かもしれない。……ですが、その辺は後で話しましょう。それより伝承に戻りますが、――――もしも四月から六月までの事件の共通点とするなら、きっと今後も同じ可能性が有る、と言う事です」

 「……今後」

 「非常に都合の良い……いいえ、この場合は都合が悪い、ですが」

 ノートを開いて、小さなテーブルの上に置いた早苗は、名前の部分に指を当てる。

 「私達の身近に、サクラさんも、カニガワラさんも、います」

 ――――! そうだった!

 三人の名前から伝承を連想したのは良い物の、そこから先を考える事をすっかり忘れていた。

 サクラ、と言えば佐倉幕。同じ中学校から上がって来た同級生の新聞部。
 カニガワラ、と言えば蟹瓦浩輔。生活指導をしている、音楽好きの体育教師。

 お誂え向きにも、同じ響きの人間がいる。
 しかも、さっきの三人よりも随分と身近な場所に。

 「……この状況、出来すぎかな」

 「気味が悪いくらいに符号している事は、間違いありませんけど」

 そう言って、早苗は少し考える顔に成った。
 単純な私にしてみれば、此処まで色々と言われてしまうと、もう事件の全貌が見えた気になってしまうのだが、違うのか?

 「さっきも言いましたが、現段階では推測の域を出ません。私は可能性が高い、と思っていますが確証が有るとは言えませんし……そもそも証拠を先輩が残しておくはずもありません。発言、態度、家系等を考えると、こんなルールに基づいているんじゃないか、と」

 そう言えば、御名方家という立場にも謎が多いのだ。五官の中で妙に疎外されているし、色々と隠されている側面が多い。訊ねられないが。
 予想しているだけ。つまり飽く迄も確定事項とは言えない、との言葉に納得しながら、私は気になった部分を訊ねる。

 「ルール、って言うと?」

 はい、と私の疑問に、早苗は頷いて。

 「レオも把握していると思いますが、先輩は良くも悪くも公私混同はしませんし、どこか礼儀正しいんです。最も丁寧というよりも、余計な諍いを起こさない為に、慇懃無礼になっているとも言えますが。……言い換えると、卑劣じゃないんですよ。悪では有るけど外道ではない。人間として失格でも、生物的には随分、真っ当です。……頭脳限定で見ればかなり優秀ですしね。冷静で、残酷で、敵だと恐ろしい人ですが、愚昧とは対極にいる人です」

 四月から六月までの事件を、御名方さんが背後で仕組んでいたなら十分に外道だと思うが。
 だが、まあ……確かに、無関係な人間には外道に見えても、私や早苗に一定の規範を持っている、というのはなんとなく理解出来る。きっちり宣戦布告をしてくれたし。
 必要な事は何でも実行するが、必要でないならば決して余計な真似をしない。それが彼のあり方だろう。
 だから、と彼女は続けた。

 「そこには必ず、本人の特性が見えます。……と言うかですね。最初に出会ってから今迄で三ヶ月です。先輩の頭脳なら、その間、私を幾らでも謀殺出来ました。其れをしなかった。何故か? 何か、一定のルール、制限、もしくは決まりごとが有るからです」

 「……何で?」

 ゲーム感覚ではないだろう。そんな性格の人なら、私達はこれほど警戒をしない。
 もっと別の理由。何か、そうせざるを得ない理由が有る、と見ても良いのだろうか?

 「分かりません。ですが、『ルールの一つが口承だ』と思えます。先輩の名字は御名方。私の家は洩矢です。先輩が私を殺す、という事象を、御名方神が洩矢神に勝利したという争いに準(なぞら)えるとするならば、――――私(洩矢)の周囲にいる人々を始末した上で、危害を加える。そう考えれば、無理が有りません」

 「……なるほど」

 早苗の頭脳は、やっぱり根本的に私とは違うようだ。まるで探偵。中学校時代を少し思い出す。
 と言うか、それだけ分かっているなら、御名方四音に何か言ったらどうだ?
 私の突っ込みに、早苗は首を横に振る。

 「いえ。先輩の事ですから、気が付かれようが気が付かれまいが、気にせずに実行するでしょう。この場合、重要なのは対象ではなく法則なんですよ。私に到達するまでに一定の行動をする。条件に当てはまってさえいれば、個人が誰でも関係はないのではないか、と思っています」

 「……面倒な」

 つまり、最低でも三人以上の犠牲者(サクラ、カニガワラ、エミシ)を出そうと画策しているのではないか。だから早苗に限定すれば、最低三ヶ月の余裕はあるだろう、と言う事だ。
 しかし自分の命を狙っている人間がいると言うのに随分と胆力が有る。精神的にタフな事は十分に知っていたが、それにしても強い。御名方四音の殺意に対抗できるだけの理由を、持っているのかもしれない。

 「じゃあ、……これからは?」

 「簡単です。先輩の計画を挫く。それが第一の目的です。先輩の事ですから、多分、本気で心から負けを認めれば、それで行動は止めるでしょう。取りあえず七月までまだ十日以上あります。決して長くはありませんが、何か取れる行動は有る筈です」

 そうしなければ、無駄な犠牲を出す羽目になる。だから、取りあえずは御名方さんの狙っている対象に注意を払い、妨害工作をしながら過ごす、と。目下の対象は、佐倉さんと蟹瓦先生か。

 「この二ヶ月。先輩の大体の性格、行動パターンは、把握したと思っています。私達と先輩の読み合いになるでしょう。先輩は、どうやって私達まで到達するか。私達は、どうやって負けを認めさせるか。其れを考える必要が有ります」

 うん、と頷いた私に、早苗は言った。

 「だから、その為に――――ここ三つの事件を、考えてみましょう」




     ●




 「やあ、今日も今日とて辛気臭いな」

 「……先生。何か御用ですか?」

 「聞いたぞ、四音。二人に喧嘩を吹っ掛けたそうだな」

 「……。止めますか?」

 「いや、止めないさ。むしろ、良くやったと言いたい」

 「…………」

 「そう疑わしそうな眼をするな。安心しろ。確かに私は目的も、お前にも言えない秘密を抱えている。其れは認めよう。……だが、お前の味方でありたいし、負担に成るつもりもない」

 「……理由を訊いても?」

 「理由。理由か、そうだな。……言葉にするのは難しいが――――想いの可能性を、私は見てみたい。人の思いは、意志は、感情は、どこまで強いのか。私には理解出来ないからな」

 「……先生。貴方は」

 「四音。私が人だろうと人じゃなかろうと、結局は余り変わらんさ。昔っから世界も人も、歩んでは間違え、苦しんでは先に進む。裏切り信じ、愛して憎んで、生きて死ぬ。その繰り返しだ。まあ、それを出来なくなった天才も知っているがね」

 「……そう、ですか」

 「どうした? 何か言いたくなったか?」

 「いえ。……では、ご自由にどうぞ。僕も、好きにします」

 「そうか。そうする」

 「……もう一つ。何故、前掛けを?」

 「エプロンと言え。……少しばかり私なりに、お前の応援方法を考えた。――――夕食をご馳走してあげよう。美人の女教師の手料理だ」




     ●




 「前から気に成っていた事が有ります」

 「それは?」

 「四月の、屋上からの転落死。……警察は事故と判断した。御名方さんは、事故は事故でも偶然が招いた不幸な事故だと判断した。確かに、現場を見ればそうとしか思えません。科学的に不自然な点は、無かった。……ただ、です」

 早苗は、少し慎重な言葉使いで語る。




 「武居大智さんが落下した場所って――――生徒会室の真上なんです」




 えっと、ちょっと待て。私は学校の間取りを思い出す。
 生徒会室は三階にあった。直ぐ上は屋上だった。

 「思い出して下さい。私達があの日、昇降口から真っ直ぐ校門に歩いている時の事を。帰り際に背後を見上げると、三階の窓越しに、生徒会室の先輩を見ました。そして、互いの存在を確認して、再度歩き始めた時に――――上から武居さんが降って来た。そして、私達のすぐ後ろに落下しました」

 ……そうだ。それで、窓を叩き開けた水鳥先生が、救急車を! と叫んでいた。あの時、飛び散った血液が私達の背中にも付着した。ぬるりとした生温かさは記憶に残っている。
 今迄は気に留めていなかったが、確かに、非常に近い位置関係だ。

 「つまり……御名方さんが、屋上の床越しに、何かをした?」

 「はい」

 早苗の目は冗談を言っている様子はない。

 その早苗の言葉に、心で頷いている私が居た。
 確かに。冷静に考えてみれば、不幸な偶然よりも事件を起こしやすいとは思う。突風、床の罅割れ、気の緩み、繁殖期の烏、煙草を携えた不注意な青年。それらが重なって転落事故が発生する確率と、人が何らかの方法で突き落とす確率。統計を取れば、きっと後者の方が圧倒的に起し易い。だが。

 「……あのさ、早苗」

 「はい」

 「――――ぶっちゃけ、警察でも事故や自殺、って判断したわけでしょ? となると御名方さんが武居さんを殺す、あるいは殺す細工をするってのは難しいんじゃないかな」

 「ええ。それは承知の上です」

 日本の警察は超優秀だ。異常に安全な国と海外で有名なのも間違いではない。若い学生が、真夜中に外を出歩いてコンビニまで往復できる。これが普通なのだから、何だかんだ言いつつ日本は凄いのだ。

 御名方四音が天才である事は認める。そして、稀代の悪党にも成りえるだろう事も分かる。だが、それでも実際に殺人をしたとして(まだ確定ではない。繰り返すが)、その痕跡の一切を残さず、警察の追及を逃れる事は可能なのだろうか?

 正直、不可能だと思っている。事件は、起こしやすいが、事故と違って痕跡が残るのだ。

 「いえ、出来ます」

 真剣な顔で、真面目に早苗は言った。




 「要するに、相手に干渉して、自発的に飛び降りさせれば良いんです」




 さらっと鬼畜な発言だった。
 それが出来れば、この世界に殺人も死刑制度も出ないよ、早苗。
 私の無言の目線に、まあまあ、と手で制する。

 「想像してみれば納得しやすいですけども……先輩が、本気で殺意や憎悪を自分の周囲に広げると、多分、隣の部屋でも反応できます。そのくらい、あの人は危ない。理屈は不明でも、本能的にヤバイと悟るでしょう。だから、一般の生徒は滅多に彼と接触しようとしない」

 「……うん」

 それでも付き合う人間は、気にならないほど近しいか、理由が有るか物好きか、だ。水鳥先生は前者。私と早苗は後者。興味本位で接触した人間に、巡り巡って罰が当たるとは学校内で公然の秘密となっている。不吉と称されるのは伊達ではない。
 だったら、と彼女は言った。

 「先輩ならば、武居さんの行動くらい読めます。壁一枚で大丈夫なら、屋上と三階の間も壁一枚。ならば、十分に影響を与えられる。さっきも話しましたが、窓は近いし武居さんは屋上の縁にいました。二人の距離は5メートルもなかったでしょう。少し気分を悪くさせて、少し心に闇を覗かせ、少し衝動を後押しすれば、――――それで勝手に飛び降りてしまう」

 「……そう上手に行く?」

 ちょっと都合が良すぎやしないか。そんな状態、普通は慌てて落ちないように下がるのではないか?
 私の疑問に、いいえ、と早苗は見方を変える答えを告げた。

 「別に失敗しても良いんですよ。一ヶ月の内、毎日同じ行動をして、たった一回だけでも成功すれば良いんです。四月に失敗すれば次の月に回しても良い。期限は有りませんし」

 「あ、――――なるほど」

 合点した。先程、早苗も言っていたではないか。
 誰が、何時かは、恐らく余り重要ではない。決められた法則に従って、実行する事こそが重要なのだと。
 だとすれば、順番が入れ替わっても支障は無いのか。

 「……あ、じゃあ。他の月は?」

 四月は、成るほど。それで有る程度は頷ける。偶然なんかよりよっぽど信憑性が高い。
 だが、他の月はどうする。須賀先輩は道路。五月の猪去さんに至っては新宿駅だ。新幹線を利用したって二時間以上かかる距離にある女性に、どうやって……?

 「猪去さんが五月に亡くなったのは偶然だと思います。結果として亡くなった過程に、先輩が関わってはいたとは思いますが」

 どう言う意味だ。もう少し、私に理解出来るように話してくれ。

 「時期は偶然。でも、死は後押しされた結果、と言う意味です。幼少の頃。接触していた時から、少しずつ御名方さんの闇が猪去さんを蝕んでいた。それが偶然、故郷に戻って来た時に大きくなって――――直ぐ後に、彼女は線路に飛び込んだ」

 御名方四音は昔から危険と思われていた。好むと好まざると不幸を撒き散らしていた。
 ならば、もしも昔から、彼の頭脳が発揮されていたなら、当時から種を捲いていた可能性はある。

 彼女の存在が、都合が良かった。だから利用した。
 今頃に成って、その時限爆弾を発動させたと言う事か?

 「五月は、まだ分からない事が多いんです。先輩が直接、四月と繋がっていると宣言した以上、何かをした事は間違いないですが」

 私生活が謎に包まれている生徒会長の事だ。
 私達が知らない時に彼女に接触し、悪影響を与えて自殺に追い込んだ。そんな可能性もある。普通に想像できてしまう。被害妄想と言われても仕方がないレベルで、本気で。

 あの男に付いて語る時、何よりも重要な事。それは、御名方四音は、其れが出来るし、実行するし、洒落でも比喩でもなく、他者への悪影響が半端無いと言う事なのだ。
 しかも、自発的に動く癖に、他を懸念しないから性質が悪い。疑われても文句を言えない行動をとっている癖に、周囲からの誤解を解こうとしないから、連鎖的に評価が下がって行く。結果、真実かどうかは別として、彼への疑念は決して消えない。

 「六月の、須賀先輩への関与は簡単です。レオ、貴方も知ってるはずですよね、『お守り』」

 「うん。早苗がヤバイって言ってたアレね」

 そう言えば、早苗が何とか回収に成功したのだった。

 先週末の体育大会。会場に指定された運動公園は、施設が複数集まっていた。県大会の応援と言う事で、私達も友人の試合の見物に行って来たが、陸上部・須賀先輩の競技会場も近かった。
 御名方さんは虚弱で応援に行けない。そこで早苗が、生徒会長代理として各地を回っていた。学園の華の早苗だ。頑張ってと笑いかければ皆、奮闘する。立場を上手に利用して、須賀さんへの『お守り』を回収したと語ってくれた。

 「……結局、回収した所で手遅れだったと言う事なのでしょうか。須賀長船さんは交通事故で死亡。運転手さんも……どうやら後ろ暗いことをしていたらしく、芋蔓式に悪事がばれて拘置所だそうです」

 「それは。……ご愁傷様、かな」

 運転手に心ばかりの同情を差し上げよう。悪事をしたツケが回って来たのかもしれない。
 ところで、その回収したお守りは、今?

 「ありますよ。しっかりと保管してあります。――――まだ調査中ですが、どうやら元々、かなり質の良い品物だったようです。御名方さんのお父様が手に入れた物かもしれません」

 「そうなの?」

 直接、その品を目にした事はない。

 「ええ。時代を経て、異なる理を蓄えた『呪いのお守り』が、表現的に近いと思います。――――別に重々しい昔の教会使用の護符(タリスマン)ではありませんよ。アクセサリーにも見間違える品物で、巾着袋やお守りの袋にでも入れておけば、普通の小物です」

 ……呪い。呪いか。オカルトではポピュラーな題材だが、まだ存在を認めやすいか。
 昔、小学校の頃の夏休みの自由研究で、早苗との共同で呪いの勉強をした事が有った。小学生が理解できる範疇で有ったが、内容は大体だが覚えている。ファラオの呪いとか、呪いのダイヤとか、丑の刻参りとか。昔懐かしい都市伝説が中心だったが、クラスメイトにも先生にも好評だった。
 その類なら、まだ現実に近い。
 説明すると長くなるが、まだ人間に影響を与える根拠が、少しは説明出来るし。

 「その『呪いのアイテム』を、御名方さんが見つけて、送り付けたってこと?」

 「発見したのと利用したのが、同時期とは限りませんけどね。……ただ、須賀さんと先輩は話をしていました。今となっては内容が不明ですが、あの時から先輩の仕込みが有ったと考えて良いでしょう」

 「……そう」

 御名方さんから渡された『お守り』が、何処から来ているのかも調べたいそうだが、そちらは突き止めるのは難しいだろう。下手をすれば輸入物だ。これ以上の被害を出さないだけでも良しとするしかない。

 しかし、こうして整理をしてみると、御名方さんの暗躍具合が凄い。
 種明かしとして聞けば、そう難しくない内容だ。けれども早苗の様な、ある種の超常的な側面を持つ人間でなければ決して掴めない方法を取っている。

 「……御名方さん。やっぱり、人の範疇には括れない、か」

 「レオ。……どの時代、どの世代、どの土地にも、迎合出来ない異端者はいます。異端者とまでは行かずとも、人の範疇に入りきれない者も数多く。先輩もそうです。そのあり方が、違っているだけで」

 「早苗。まさか、自分がそうだって言いたい?」

 私の問いかけを。
 早苗は、敢えて無視をした。

 「……ささやかな異能、ってのは結構多い物です。尾形紗江ちゃんの『予知夢』も、絵手紙さんも、私の巫女パワーも、超能力って言ってしまえば超能力です。でも騒ぐほどの物ではありません。人間の常識では測れない物の名残として、今の世の中では殆ど役に立たないけれど、でも歴史の中に確かに存在していた、その証拠だと思っています。先輩もね。……レオ、貴方には分かっている筈です」

 「……うん」

 求めた答えとは微妙に食い違っていた。だが。

 『それ以上は彼を謗らないで欲しい』。

 彼女の目は、そう言っているように見えた。悲しい目、何かを苦悩する眼だ。

 私は、そう言うものかと自分を納得させる。早苗、紗江ちゃん、八島の絵手紙さん、と良く知る事例を出されれば、御名方さんも似た力が有る、と言われて納得するしかないのだから。
 複雑な内心を覚え、互いに気を使いながら、早苗は説明する。

 「『洩矢五官』は仕事が分かれていますが……その過程で、仕事に近い特性が発揮されるのも必然ですよね。縁の下の雑務処理が多かった『尾形家』の場合は、観察や情報処理に近い力になります」

 一番偉い東風谷家は、祀る神の力。他の四家は、神に仕える力とも言える。
 関係無い話になるが、尾形家の究極系とも言える異能『解を得る程度の能力』を、未来に縁という青年が発現する事を、彼女達が知る由もない。

 「御名方さんの場合は?」

 「御名方家は、他の四家から疎まれてきました。その影響が先輩に出た。あるいは、先輩自身が迫害される性質に成ってしまった、のだと思います。……先輩の周囲では不幸が起きるとか、災厄が訪れるとか、気分が悪くなるとか、まさにその影響じゃないですか?」

 言われてみれば、確かに。
 頷ける場面が、この三ヶ月で随分ある。

 「あの奇怪さは、異能の発露、ってこと、か」

 というか、その理屈は根拠もなく頷けた。あの人を選ぶ雰囲気“そのもの”が、御名方さんの持つ力と密接に関わっている。だから周囲に過剰なまでの影響を与えてしまう。
 過負荷、と表現を某漫画から借りて使わせて貰ったが、中身も力もそのまんまじゃないか。

 「勿論、先輩本人の資質もあると思いますけど。……気味悪さ、不気味さの理由の一つである事は間違いないと思います。先輩の行動を探る一方で、なんで性質を発現させたのかも、調べる必要が有りますね」

 「あ、そう言えば私が妙に影響を受ける理由は?」

 「それは……」

 あー、えーと。と言葉を濁した。
 何の気なしに。思いつき、期待半分で訊ねてみたのだが、どうやら答えを持っているらしい。
 言い淀むと言う事は、私に余り良い話ではなさそうだ。

 「早苗。大丈夫。……今は私より、御名方さんの事を知る様が大事だよ」

 じっと眼を見る。カラーコンタクトで誤魔化された瞳は、明らかに迷っている。だが、早苗が答えを知っているなら知っておきたい。この先、前みたいな事はなるべく避けたいのだ。
 私が繰り返し頷くと、渋々とではあるが口を開いた。

 「……こう言っては悪いと思いますが、レオは――――耐性がないんです」

 「……つまり?」

 「その。……レオは、『洩矢五官』として、普通の人より先輩に近い場所にいます。先輩が狙う私とも近い位置にいます。だから、先輩の異能の影響を受けやすい。――でも、レオは……ほら、私達と違って、その……普通ですから」

 …………。
 …………なる、ほど。

 「……ああ。うん」

 そうか。だからか。そりゃあ、早苗だって口ごもる訳だ。

 早苗が天才で、私には才能がない。これは前にも話したと思う。
 でも実は、巫女としての才能は――――早苗だけではない。実は他の親族の女性陣よりも劣っている。まだ修業中だから目立っていないだけで、祖母や母、親族に比較して、明らかに習熟度合いが遅いのだ。私一人だけ、スキルの成長率が異常に低い。
 実は本家では、紗江ちゃんに追い抜かされる懸念までされている。

 「先輩の異能は、同じ様に異能を――――《幻想》を多少なりとも“識って”いる人間なら、薄まります。私もそうですし、多分、水鳥先生もそうでしょう。怖くても対策が打てる。先輩が危ないと分かっていても、耐性が付くんです。……その、レオは私に近くて影響を受けやすいのに……」

 「耐性が無い、と」

 はっきりと言った私に、早苗は肩を落として、御免なさいと謝った。

 識っている。つまり御名方四音を理解すると、多少は影響が弱まって行く。だから四月に初めて出会って以後、徐々に彼の存在に慣れてきた。
 しかし、其れは御名方四音に慣れただけであって、彼の異能への耐性が付いた訳ではない。むしろ私と御名方四音との距離が近くなった分、今まで以上に、より強く影響が出てしまう。
 そう言う事なのだろう。

 そう言えば、GW中に御名方さんの家を訪れたが、その時の紗江ちゃんの怯え様は尋常では無かった。幾ら予知夢が見れても、彼女はまだ子供。きっと私が最初に出会った四月当初並みのインパクトを受け取っていたのかもしれない。

 「良いよ、別に。私が話して欲しいって言ったんだし」

 そう言って慰めつつ、私は言う。

 「早苗は、私をちゃんと見てくれてるしね」

 少しだけ、思い出す。






 『落ち零れ』。
 『巫女の仕事に向いていない』。

 昔から、そう言われていた真の理由が、早苗の先の発言だった。

 幼かった昔は随分、鬱屈していた物だ。

 巫女として優秀と評された人間は、両親を含め、須らく特殊な人材ばかりだった。神社を巡る大きな理由があって、早苗が見ているらしい世界があって、でも私は、そこに入り込めない才能の無い落第者だった。

 そんな私が救われたのは、早苗のお陰だ。だから私は彼女と親友に成った。苦しくても劣っていても、努力で彼女の隣にいようと決めた。

 収まらない感情も多い。今一、神社の仕事に乗りきれないのも、心の迷いが理由だ。

 自分に存在しない、御名方さんのような排斥された者。早苗の言葉を借りるなら――――《幻想》の世界に向き合うには、まだまだ時間が必要だろう。

 ……でも、良い機会なのかもしれない。

 私、古出玲央という存在が、この洩矢に付いて本気で考える為には。






 「……有難う。レオ」

 顔を上げた早苗は、口元で小さく微笑む。
 しんみりした空気を払うように、敢えて深呼吸をした早苗は、今度はしっかりとした目で私を見た。

 「レオ。貴方には口を滑らせてしまいましたが、先輩は結構、神社からも注目されています。此処だけの話、四月に接触したのは上からの命令でした。自由に動ける立場では、ありません」

 それは知っていた。
 洩矢神社の最高位・神長官『東風谷』家。私の祖母へならば兎も角、私には言えない事は多い。
 それを早苗が苦悩している事も、私は知っていた。ずっと昔から。
 構うものか。ならば私が早苗を信じるだけだ。

 「……時間は限られています。でも私は、その間に先輩を何とかしたい。心が凍りついているなら溶かしたいし、負の感情が有るなら取り除きたい。洩矢の巫女としても……実を言えば、私個人としても」

 それは、どんな意味だ。

 ……まさか、そう言う意味なのか?

 一体、どんな経緯が有って、何が切欠で、早苗の心に旗が立ったのだ?

 「古出玲央。手を貸して、くれますか?」

 疑問は尽きない。だが、早苗はその時、久しぶりに私の名前をレオではなく、玲央、と呼んだ。
 明るくて優しくて、でも神々しくも思える、まさに東風谷早苗の姿だった。

 「……分かった。私に出来る事なら何でも協力するよ」

 あの殺意。あの態度。アレを見てしまった以上、御名方四音が早苗に危害を加えるのは、ほぼ確定事項だ。裏工作では勝ち目がなくとも、直接の喧嘩なら負けるつもりはない。八坂二中の裏支配者。黒歴史を紐解くのも、友人の為ならやむなしだ。
 避けては通れない道。なら、自分から覚悟を決めて歩んでやろう。

 「有難うございます、レオ」

 本当に心から笑う早苗の笑顔を見て。
 私は、本当に彼女の親友で良かったと思った。




     ●




 「四音。お前、これから如何するんだ?」

 「……別に。今迄通りの事を、今迄通りに行うだけです。――――ごちそうさまでした」

 「お粗末さまでした。お口に合ったようでなによりだ。……そうか。次は、誰だ?」

 「さて、誰でしょうか。――――個人的には、佐倉さん辺りに注目しています」

 「佐倉、ね。……ああ、洗い物はしよう。心配するな。――――どっちの佐倉だ? 確か姉妹だっただろう」

 「姉。――――先代の、生徒会長です」

 「そうか。……あ、四音。薬、飲むのを忘れるなよ」

 「分かっています」






 神湖の畔で、舞台は回る。
 季節は、夏へと移り変わって行く。
















 今迄張って来た多量の伏線回収の回でした。まあ、火種や他の伏線もありますが、これで起承転結の起は終わり。全体の四分の一は終わりです。
 次回以降は、承の物語。主として御名方四音の物語になります。序章で伏線を張った、先代の生徒会や親世代の話も関わるでしょう。

 感想および読んで言いたくなった色々が有れば、一言でも頂けると嬉しいです。

 ではまた次回!

 (7月8日・投稿)


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