考えろ。奴らの狙いは何だ。
ヴァイサーガに回避機動を取らせながら、そして事態に気づいたと悟らせないように動く。コロニーから剥離してきたデブリの海を泳ぎまわりながら、勿論その間にもGT-FourやGP03からの攻撃を回避しつつ。
奴らの狙いはコロニーの前部、もしくは一部落下による地球人口の減少のはずだ。コロニーの落下を邪魔するものと言えば残りはソーラ・システムとプラズマ・レーザー。どちらかに邪魔をする用意は整っているのだろう。
今回のコロニー落下に焦点を合わせると、コロニー落下の完全阻止をこちらが狙い、それに対する整合として部分落下を持ち出してきたのだろう。こちらの取った手段を対抗しつつ、しかも大筋で流れを変えない。まさにシステムが語ったルールどおりだ。ハマーンの一件が無ければ、当然こちらは気に食わないから、もう一度……
そうか、俺をこの場に拘束するのは俺が再度改変を起こすことを阻止するためか!待てよ?何故それをする必要がある?こちらが再度改変を起こしたのであれば、あちらだって再度整合を起こせば良いはず……。ん?よく思い出せ……システムはなんと言った?
『整合性に対し介入を行い、再整合を起こしてください。状況が変化しますが、多用はオススメしません』
そうだ、やはり再整合が起こる。ならば、何故再整合を嫌う?こちらの改変に対して整合が起こるという点では再整合だって変わらない筈。しかし、奴らは再整合を起こさせないように動いている。俺の命がどうのこうのという発言はやはりブラフ、この場に縛り付けておくための。
「キット、操縦を一時代わってくれ。システムに確認がある」
「こんなときに?」
私は力強く頷いた。この問題の確証さえ取れれば、動きが決まる。キットは了承すると操縦を引き継いだ。システムにアクセスして現在の管理者権限で情報を引き出す。関係がありそうな項目は……あった。"介入に対して整合が生ずる関係上、整合は介入に制限される"。自分で気づいた項目じゃないか。……そういうことか。
こちらの動きに整合が制限される以上、整合側も、こちらの介入で自分に都合が良い整合が生じた場合には、こちらに再介入を起こさせては困るということか。出目が気に食わないから振り直しが出来るこちらと違って、あちらは出目には従わなくてはならないと。
「キット、ありがとう。確認が取れた」
「……決まりましたか?」
私は力強く頷いた。
「ああ。もう一度介入を行う。東方先生はこちらに向かっているんだよな?」
キットから了承の返事と共に移動に関するデータがこちらに来る。ホルバインのゼーゴックを持ち出して、高速移動用のフライトサポートユニットでこちらに向かっている。あと10分ほど。ウィザード隊の動きの変化はこれを知ったからに違いない。ソーサラー隊をバージニアに投入して俺がバージニア援護に戻るように仕組んでいたはずだ。となれば、あいつらが避けたいと思っているのはソーラ・システムかプラズマ・レーザーに対する整合か。どちらかを攻撃不能にするつもり。
「投入されたのがAceのZeroということは、……ジャミトフに降伏したジオン残党にゴルト隊が混ざっているな。"円卓の鬼神"の再現か。確かに、俺の動き方からすれば、バージニアを優先して守ろうとする。……東方先生の動きを読めなかった?いや、そうか!」
まさか、システムに呼び出された人格による改変か!?システムは、候補者が呼び出した人格による改変は、候補者に準ずる確率で行われるといっていたはずだ。となれば、東方先生の行った行為はそれに当る。そして私の行為じゃないから整合が生じ得ない。そういうことか!起こせる変化は小さいが、整合が起こらない……そうか、だからウラキの精神状態も大筋は変化がなかった。こっちが意識してそういう形に誘導していかなかったから、バニング大尉の生存と言う形でしか関わらなかったからか!
だからガトーもこちらの説得を受け入れてくれた。私がガトーがそうなるように意識して誘導していった結果だ。それに対する整合としてデラーズ指揮下の部隊に命令違反が生じた、そしてこちらが介入し、それに対する整合だから介入に制限され、介入よりも小規模な事態しか起こせない。介入で"地球に対する被害を抑え"た結果、"抑えた"こと自体に変化がかけられないから、"抑えた"規模に整合をかけた、コロニーの落着による被害を大きく設定したのは、こちらが再度介入して被害を抑えるだろうことも前提にしている!そういう流れだ、そういう仕組みか!
「そうと解れば、まだやり様はあるな。キット、リアルタイムでデータは月にアップロードしているよな?」
「勿論ですが……。ああ、あなたが考えていることの予測の付く自分が嫌になりそうです」
第76話
「動きが良くなった!?隊長、こいつ!?」
ウィザード7、ケヴィン・ショア少尉の言葉がブリストーに焦りを生んだ。先ほど少し生じた、コンピューターじみた動きで何らかの変化が起こったと思ったらこれだ。一体"候補者"はどうしたというのだ?探るような動きが正確さだけの動きになり、そして現在は。動きの変化と思考の間の関連性を読み解きたいところだが、そうも行かなくなってきた。
「勘付いたか!?全機、奴を縛り付けるぞ。絶対にソーラ・システムへ行かせるな!」
叫ぶと共に連携してのビームキャノン。しかし避けられる。それだけではなくビームにまとわり付くように移動して手に持ったライフルを撃った。前衛に展開していたウィザード8に近接弾。脚部に命中したらしく、損傷した部位をパージしている。
「ポーター!ダメージリポート!」
「左足をやられました!AMBACが……」
ウィザード8、ジェイ・ポーター機が損傷。推力の三分の一を生む脚部が損傷し、機体が回転する。ヴァイサーガは……ポーター機の後ろか、損傷した機体を盾にしてやがる。あれでは狙えない。まず退かさないと。
「ヨシフ、アシスト!エヴァン、右から行け!ウラキは援護!」
ブリストーは叫ぶと自分も機体を前進させる。ヨシフ機がビームキャノンを撃つが、急に動きの良くなったヴァイサーガはそれを難なく避けるとガンダムに向かう。まだガンダムを狙っている!?後ろから!こいつ、気づいたのかまだガンダムに恨みを晴らそうとしているのか、どちらだ!?よし、射線が通った!
「エヴァン、撃て!」
叫ぶと同時にブリストーは変形、MS形態になると両肩のビームキャノンを斉射する。ウィザード5、エヴァン中尉機もそれに合わせて砲撃。都合4線。どれかを避けてもどれかに当る、もらった!
「待っていた!」
エヴァンのGT-Fourが変形し二門のビームキャノンを向けた瞬間、オルゴン・クラウドが発動しヴァイサーガが転移する。発射されたビームキャノンはそのままの弾道を描いてガンダム三号機に向かい、Iフィールドによって消された。その場の全機がヴァイサーガの転移先を探す。そして衝撃。ブリストーはシートに叩きつけられた。
「俺の機体に取り付いた!?狙いは俺か!」
ブリストー機の直上に現れたヴァイサーガはライフルを格納すると両手でブリストー機に取り付いた。そのままジェネレーター出力が生む怪力でブリストー機に圧力をかける。ムーバブル・フレーム採用機ではないGT-Fourはモノコック構造の変形機であるため、関節部の構造が柔だ。かけられた圧力で変形機構が軋みを上げる。
「貴様、既に!?」
「よくもハマーンを狙ってくれた!」
圧力が強まる。機体を構成するモノコック構造は無事だが、関節にかかる圧力が並ではない。可変翼を構成する部分が軋みを上げる。カナード部分が外れ、それと共に左手が離れたがすぐまた掴みかかる。今度は腕ごと持っていくつもりだ。クソ、やはりこの機体、変形機構など搭載するから柔で仕方がない!
「このまま潰す!」
「エヴァン、かまわん!俺ごと撃て!」
何とかヴァイサーガから脱出しようと機体を動かしながらブリストーは叫んだ。当然、味方機は混乱し、躊躇する。狙撃体勢をとったウィザード5、エヴァン機がガンダムのコンテナを足場に再度狙撃を仕掛けようと試みるが、後方から高笑う声が響く。何事かとその場の全機が注目した。
宇宙を進む一筋の光弾が其処にはあった。
「東方先生!?」
「マスターガンダム!?東方不敗か!……バカな、早すぎる!」
「ふはははははっ!流派東方不敗に死角なし!誰がバカ正直に進むものか!だ~から貴様らは、アホなのだあああああああああ!!」
ゼーゴックから発射されたらしい大型対艦ミサイルの先端に腕を組んで立つマスターガンダムは身を翻すと両腕からのマスタークロスでウィザード隊GT-Fourを捉えると鉱山基地戦時のゲシュペンストS型宜しく、2機のGT-Fourを激突させて破壊する。どうやら、全速力を出したゼーゴックから対艦ミサイルを射出させ、それに乗ってきたらしい。フルスピードで進むゼーゴックから全力推進の大型ミサイルに乗ってくれば早くつこうものだが、その際に絶対にネックとなるGの問題は如何にかしてしまったようだ。
「キット、俺、マスターガンダムに慣性制御つけたっけ?」
「……セニアがつけたんでしょう。……出撃前には付いていなかったことは確認しています」
混線した通信が呆然としているらしい"候補者の"言葉を流すが、そんなことは如何でも良かった。しかしこの速さは予想外だ。練った迎撃計画が完全に狂ってしまったブリストーは苦々しげにうめき声を洩らす。
「この……化物め!」
「否定する言葉が……」
混線した通信が再度"候補者"のどこかずれた感想を混ぜる。それを誰も否定し得ないところがこの場の状況を何よりも説明していた。それはそうだろう。今の今まで宇宙世紀にふさわしい戦闘を行っていたところに、忽然と現れた人物がその舞台を未来世紀にまで無理矢理引き摺り込んでしまったからだ。
それが証拠に先ほどまで周囲を飛び交っていたビーム光のやり取りは全く無くなり、状況が全く理解できていないであろうウラキ中尉でさえ、呆然と……
「あれが新しいガンダム!?両肩の赤い部分はシールドと共に偏向バインダーになっているのか?それに、あの巨大な頭部はレドームも兼ねている?それなのに、射撃武装が一つも……」
……いや、MSオタクの本性を現してつぶさに機体を観察しているだけだった。とにかく、戦闘は完全にストップしてしまっている。油断無く周囲を見渡すマスターガンダム。今の攻撃でウィザード隊の数が減ったため、天秤が傾いた事を確認しているようだ。機体の正面をヴァイサーガに向けると高らかに言い放った。
「師に対する暴言を否定せんとは、弟子の風上にもおけぬ馬鹿者め!」
「こっちですか!?」
「何をしている、さっさと撃墜しろ!」
呆然とした隙にヴァイサーガの羽交い絞めから逃れたブリストー。彼の言葉と共に戦闘が再開されるが、先ほどまでヴァイサーガを追い込んでいた状況は既にひっくり返されてしまっている。それだけではない。マスターガンダムの参入でむしろ状況は不利に変わっている。それを確認したらしい東方不敗からトールに通信が入った。
「早く行かんか、行く場所があろう!」
「……スイマセン!」
言葉と共に身を翻すヴァイサーガ。ようやくのことで戦場に入りつつあったゼーゴック及びリファイン・ドルメルと合流すると進路をソーラ・システムへ向ける。予定していた行動をひっくり返され、プラズマ・レーザーの発射妨害阻止に向かうと読んだブリストーが進路を塞ごうとするが、マスターガンダムがそれを遮った。
「よく練られた作戦であったが、詰めが甘かったな。婦女子を狙うなど外道の所業!その曲がった根性、わしの拳で叩きなおしてくれる!」
「煩い!貴様の存在自体が大規模改変そのものだ!」
ブリストーはビームサーベルを引き抜くとマスターガンダムに切りかかる。しかし東方不敗はそれを何かを纏わせた左手で掴んだ。この機体も先ほどのヴァイサーガと同じで出力が並ではない。圧力が増し、マニピュレーターごとビームサーベルを握りつぶす。それだけではない。更に圧力をかけて関節ごと腕部全体にダメージを与えてくる。
「やはり接近戦は不利か!」
ブリストーは叫ぶと脚部をマスターガンダムの胴体にあて脚部スラスターの出力を全開にする。それでもマスターガンダムは掴んだ手を離さないが、スラスターからの推進剤の炎が装甲を焦がし始めた段階で機体を翻すと掴んだ手を中心に回転し、GT-Fourの胸部に蹴りを放った。勿論掴んだ手をそのままに、潰されたビームサーベルを握っている右腕をもぎ取ることも忘れない。
蹴り飛ばされた慣性をそのままにマスターガンダムからの距離をとるブリストー機。隊長機を巻き込む恐れが無くなったことでウィザード隊からの攻撃が再開される。マスターガンダムは両腕にマスタークロスを発生させるとそれを回転させ、即席のビームシールドとして使い始めた。集中させた射線が回転するクロスに弾かれる。
「みんな、どいて!」
ウラキのガンダム三号機からメガビーム砲が放たれた。コースは直撃。ブリストーは一瞬、勝利を確信した。
だが―――
「甘い、ダークネス・フィンガー!」
黒い何かを纏わせた左腕が放たれたメガビーム砲に当てられるとメガ粒子砲を構成していた粒子が周囲に避け始め、宇宙にミノフスキー粒子の光る粉を撒き散らす。粉が舞い散りきった瞬間、そこには無傷のマスターガンダムが立っていた。
「まさか!?モビルスーツのマニピュレーターからIフィールドを出すなんて!?」
「……直撃だぞ!?」
「この程度、ぬるいわ!」
ウラキのどこか勘違いした感想が流れるが、勿論マスターガンダムの掌からはIフィールドなど発生していない。戦艦すら一撃で轟沈させるメガビーム砲ですらこの化物には効き目が無いと言うのか。ブリストーは予想以上の戦力差に愕然とするが、すぐに気を取り直す。メガビームを避けられたのは掌で発生させたダークネス・フィンガーのおかげ。となれば、掌以外の場所に直撃を浴びせれば良い。
「全機、散弾ミサイル攻撃開始!あの化物を焼き払え!エヴァン、ゴルトに連絡!"騎士"が抜けた!」
「了解!」
それまでヴァイサーガの進路妨害のために発射を控えていた散弾ミサイルが次々に発射される。弾子で薙ぎ払うタイプではなく、多弾頭ミサイルがそれぞれ10mほどの範囲に熱量を放射して焼き払うタイプだ。しかし、東方不敗は相変わらず避ける事無くその場にたたずむと、左手を前に出し、右手を腰だめに構える。
「流派・東方不敗が最終奥義……」
「やらせるな、撃て!」
東方不敗の動きが何を意味しているかを悟ったらしいブリストーが叫ぶが、散弾ミサイルの爆発半径に巻き込まれないための安全装置が働いているため散弾ミサイルは発射した機体から一定以上距離をとらない限り散弾を発射しない。そして散弾が発射される直前、東方不敗は腰だめに構えた右手を前に出し、掌を突き出し、叫んだ。
「石破、天驚けぇぇぇぇぇん!」
マスターガンダムの掌から生まれた衝撃波が巨大な手を描いて飛ぶと、衝撃波にさらされた散弾ミサイルは弾子をばら撒く事無く次々と爆発した。爆発に巻き込まれる形でウィザード隊の機体にも影響が及び、衝撃波に揺さぶられる形で柔な変形機構が崩壊。GT-Fourは次々に四肢を、翼を虚空に散らばせながら吹き飛ばされる。
ただの一発でウィザード隊は全滅した。
いや、まだ一機残っている。左側面をえぐられただけで済んだらしいブリストー機が機体のそこかしこから火花を散らしながら浮かんでいる。しかし、戦闘を継続する意志はない様子で、損傷部分を無理やりパージすると変形、コア・ブースター形態になって飛び去った。
「ふ、あそこまでしておけば悪さは出来まいが……ふむ。さて」
東方不敗は機体を唯一無事な―――それでも散弾ミサイルの影響を受けて機体の其処彼処が焼けていたが―――GP03に向けた。流石に機体の観察をしている場合ではないと気づいたらしいウラキが大型ビームサーベルを抜き、両手にビームライフル、フォールディングバズーカを装備してマスターガンダムに対する。
「ソロモンでは不完全であったが、ようやくここで出来そうよな」
「……落ち着け。あの攻撃はためが必要。ということは動き回れば遠距離攻撃は出来ないはずだ」
必死に心を落ち着かせようとするウラキの言葉に微笑みを浮かべたマスターアジアは叫んだ。
「ガンダムファイトぉ!レディ・ゴー!」
「うわああああっ!」