「閣下!コロニーが!」
タイラー少佐の悲痛な声が艦橋内にこだまする。先ほどまで順調すぎるほどに順調に言っていたコロニーの侵攻が、二度の推進剤噴射によって止められた形になったからだ。ブリティッシュ作戦に比すべき作戦を、比較にもならない戦力で行えていたことは確かにデラーズの作戦指揮を褒めるべきだが、投入戦力が少ないと言うことは作戦に何らかの障害が発生した場合、その取り返しがきかないということでもある。
そして、コロニー落しは一年戦争序盤、優勢なジオン軍の総力を結集しても尚、達成できなかった作戦だ。巨大に過ぎるコロニーの質量は、一旦コントロールを失うと制御が不可能になる。そして、制御が不可能と言う事実はデラーズ・フリートの面々の脳裏にある一語を思い起こさせた。
作戦失敗。
「コロニーの状況はどうか」
思い至った作戦の結果に沈黙の帳が下りていたグワデンに声が響いた。デラーズだった。その声に正気を取り戻したらしいオペレーターの一人が報告を再開した。
「コロニー、減速を開始!現在、阻止限界点まで80分、地球落着まで元速度で380分の位置ですが、減速率を計算すると……地球落着までおよそ560分!阻止限界点が後退していますから……阻止限界点まで250分!」
デラーズは重いため息を吐いた。落着までの時間が延びすぎた。先ほど地球静止軌道の偵察に出た部隊が報告して来たソーラ・システムの展開と、その脇に控えるレーザー砲艦の存在からしてガトーのノイエ・ジールによる強行突破しかコロニー落着の目は無いが、最終軌道調整用の推進剤を消費されてしまっては作戦の所定目標、北米の穀倉地帯にコロニーを落着させることは出来なくなる。
「報告!連邦軍航空機部隊、後5分ほどで接触!MSサイズです!……MAの可能性大!」
「連邦軍のMAだと!?」
「落ち着け。ガンダムをMAにしようと考えるくらいだ。それぐらいの開発は連邦軍でも行っているはずだ。……考えておくべきことだったのかも知れなんだが」
デラーズは力なく司令官席に座った。
「ガトー少佐より報告!コロニー内部にて連邦軍の陸戦隊の潜入を確認!補修・陸戦要員に多大な被害が発生!連邦軍のコロニー破砕工作を阻止できず!前部、及び後部航行管制ブロックを占拠され、コントロールを奪取されたとのことです!……え?あ、閣下!ガトー少佐より伝言!"鯨はヨナを見つけた"であります!」
デラーズはその言葉を聞くと笑い出した。ガトーが何を言いたいのかを察したためだ。鯨、つまりバルフィッシュはガトーのコードネームで、キリスト教圏では鯨は旧約聖書において、善人ヨナと邂逅する。童話"ピノッキオ"の元となった話として有名だ。そしてデラーズはガトーがヨナと評した人物が誰かがすぐにわかった。聖書の一説から引いているのであれば、何事かを願う文言としてごまかすことも可能である。デラーズは自分の疑念が正しかった事を知ったわけである。
「あやつにはあやつの望むものがあった、か……業腹よの。ジオンの理想は一年戦争にて潰えておったか。ふふ、ふふふ……いまさらどうしようもない、か」
デラーズはそうつぶやくと痩身に力を入れて立ち上がった。
「星の屑作戦は所定の目標を達せず!現時点で作戦の第一目標が達成不可となった!総員に告ぐ、かくなる上は作戦第二目標であるアクシズへの脱出を最優先とする!作戦の規定に従い、戦隊ごとに戦線を離脱してアクシズ先遣艦隊の回収ポイントまで移動せよ!グワデン以下の司令戦隊はこれを援護する!」
第72話
「コロニー、第二次推進剤噴射を確認!アルビオン隊の工作は成功した模様!……ベーダー大将、ルナツーの宇宙艦隊総司令部からです!」
「つなげ……いや、待たせろ。先に艦隊への命令を下す」
第一軌道艦隊司令のベーダーはそういうとジャミトフを一瞥した。ことの推移に一瞬、驚きの表情を見せたがそれをすぐさま押し隠したのが見える。ジオンとて一枚岩ではないと言うことは確認していたものの、ここまで連邦側に有利な展開になるとまでは推測が付かなかったらしい。いや、既にアルビオンを通してコロニー内部で不明勢力と接触したという報告が届けられている。ジオン以外にもこの戦いに参加していた勢力が存在する、か。こいつにとっては良い報告なのだろうな。
「閣下、ジオン残党艦隊が撤退行動に入っています。追撃の許可を第9艦隊が求めていますが」
表情を押し隠してから即座に入った通信からこちらに向けて顔を上げたジャミトフが言う。どうやら、バスクの艦隊から追撃許可を求める通信が入っていたようだ。第9艦隊の担当区域ではまだソーラ・システムの展開が終了していない。それなのに追撃を求めてくるとはよほど戦いたいらしい。ジャミトフも複雑な表情だ。
「バカを言えと伝えろ。残党部隊が撤退に入っていても、まだコロニーは地球に向けて移動を続けておる。さっさとソーラ・システムの展開を終えろと伝えろ。自身の仕事もせずに花形だけもらおうなどと虫が良すぎるわ。左翼の第11任務部隊に通達。コロニー左翼方向からの敵艦隊追撃に入れと伝えろ。ソーラ・システムコントロール艦の護衛は……よし、月第二任務群を呼び出せ」
ベーダーは矢継ぎ早に命令を下す。コロニーの地球落着までの時間が延びた今。最優先課題がコロニーの地球落着を阻止することに違いはないが、むざむざ撤退するジオン残党を逃すこともない。
「月第二任務群、群司令ブライト・ノア中佐です」
「ホワイトベースの艦長からたいした出世だ、ノア中佐。戦力に不足は無いか?」
ブライトは少し考えた後で首を横に振った。現在ブライトの部隊が割り当てられているのはレーザー砲艦の護衛任務。それをトロッター一隻で行っているため、戦力的には不足も良いところだ。臨時に第一軌道艦隊からサラミス4隻の増援を受け取っているが、ジオン残党にMAが確認されている以上、突破を狙われた際に手数が足らなくなる可能性がある。
「なるほど、やはりな。独立したばかりで戦力の配備を連邦が遅らせた結果でもある。更にサラミスを数隻まわす。レーザー砲艦の位置を修正、コロニーの爆薬による破砕が始まった段階で砲撃可能な位置に砲艦を移動させろ。前進はするな。ソーラ・システム前面で動け。少しばかり照射の邪魔になってもかまわん」
「了解しました。しかし、我々はコントロール艦の護衛を行っているトレーズ中佐との共同行動中です」
ベーダーは頷いた。それは知っている。しかし追撃まで行うとなれば、一年戦争以来の精鋭で固められている敵部隊が前に存在する以上、追撃も精鋭で行わなければ被害が大きい。だからこそベーダーはあえて陣を動かす決断を下した。
「トレーズの部隊は追撃に回す。中佐は増援のサラミスと共にコントロール艦の近くで、しかも砲艦による攻撃が可能な位置に移動せよ。座標はこちらで既に算出してある」
ブライトは少し悩んだ後で頷いた。
「トレーズ、聞いていたな。コスプレ部隊を率いて前面に押し出せ。新型MSの性能とやらを確認させてもらう。我が艦隊はコロニーが阻止限界点に達した段階で第一次照射を行う。それを考慮した追撃を行え」
「了解しました、閣下」
既に開いていた通信からトレーズの声が響いた。ベーダーは鼻を鳴らすとルナツーからの通信回線を開いた。
「ベーダー、作戦は順調かね?」
ベーダーは映し出された人間に対して敬礼を返した。映し出されたのはレビルだったからだ。現在、連邦軍終身名誉元帥の地位に進んだかつての同期に対し、ベーダーは軍人としてあるべき態度を示したが、レビルはそんな友人の行動に苦笑しつつ、らしいな、と答礼に応じた。
「レビル元帥、いかが致しました?」
「コロニー内で、変な部隊と接触したか?」
ベーダーは確かにその報告を受けていた事を思い出す。白色の硬性宇宙服を着た集団との戦闘は、アルビオンから連絡を受けている。戦闘が終了次第、調査をさせようと思ってもいた。
「はい、それが?」
「連絡の不備だ。宇宙艦隊総司令部が月艦隊を通じて編成した宙間特務部隊がこの作戦には投入されておる。ルナツーの司令部を通して君のところに報告を入れておくはずが、どうしてか送信されていないようなのでな。急ぎ連絡をせねば友軍同士で交戦しあう可能性もある」
ベーダーは頷いた。確かに作戦が始まってから下手に通信を受けても、その内容がこちらにあがってくるまでにはかなりのタイムラグがある。その間に友軍同士で交戦が始まらないとも限らない。だからこそわざわざレビルが、通信を行えば必ずベーダーを出さざるを得ないという判断が下る事を知って通信を送ってきた、ということだ。
しかし、ベーダーは首をかしげた。連絡が何故ルナツーからこちらに送信されなかったのだ?作戦に参加する戦力を司令部が把握しておくことは戦争の絶対条件の一つだ。となれば、作戦に戦力が参加するという報告は最優先で上げられるはず。また、ベーダーにしても第一軌道艦隊とその母港である軌道ステーション・ペンタ、及び寄港先であるルナツーの司令部には顔が利く。それなのに報告が入らないとはおかしいにも程がある。
まさか。
ベーダーは脇のジャミトフをちらりと横目で見た。ベーダーの視線の先に誰がいるか推察が付いたらしいレビルは首を振った。ん?違うのか。ジャミトフではないとするならば誰だ?レビル派、コリニー派などといって派閥抗争をしているバカどもの始末にはほとほと辟易していたから、今回のこの一件もそいつらの仕業かと思っていたが、そうではないのか?
「察しのとおりだ。あの若者。また面倒な相手を敵に回したらしい」
ベーダーはなるほど、とため息を吐いた。一年戦争の際、連邦軍の戦力を立て直すきっかけとなったMS開発計画。それを主導した若者の姿を思い出したのだ。情報部の報告によれば、ジャミトフとも接触を持って何かを考えているらしいが、ベーダーからすれば軍人が政治的な動きに関わりすぎているとしか見えず、あまり良い気持ちはしない。しかし、現状の連邦軍のありようからして、政治的な動きにも対応可能な体勢をとっておかねばならないことは不満ではあるが理解してもいる。
「ジオン以外にも敵を抱えることになると」
「問題はその敵が戦場で倒せばよい種類の敵ではないということだな。アステロイドベルトに逃げた残党も問題だが、差し迫ってはそちらの方が問題だ。そして、そいつらはあの若者を次の標的と考えているらしい。もっとも、わしらにとってはあの若者が標的になってくれる分、動きやすくはなる」
ベーダーは苦笑した。この男も善人面してよくもまぁ。しかし、そうでなければ連邦軍の中でのし上がれはしない。彼が元帥となり、自分がポストが空いた結果の大将となった原因は其処にある。そのことはベーダーも良く知っている。
「となると、我々はあの男に借りがあるということではないか、ヨハン」
苦笑しつつレビルは応じた。
「そういうことになるな、ダグ」
揚陸艇を収納したステルス艦が目の前でステルスモードに入り視界から消える。続いてアクセルのソウルゲインが迷彩マントを身にまとって視界から消えた。ガトーがその技術に驚いているのを横目に、油断無く周囲を見回す。連邦、ジオン共に敵の姿はない。
「将軍、これより移動を開始します。治療設備を動かしているため戦闘は不可能です。バージニアもしくは危なければ後方に向けて移送を開始しますが、将軍は戻られますか?」
ステルス艦からレックスの声。心を落ち着かせて周囲の状況を考える。感情そのままに行動するのであれば、コロニーの地球落着の可能性が僅少化した今、必要以上にコロニー近辺に残る必要は無いからこのままステルス艦と共に移動してバージニアでハマーンの容態に集中していたい。
しかし、心を落ち着けて考えてみると、気になることが二つある。誰がドロイド・コマンドを送り込んだのか、そして誰がコロニー落着コースの設定を変更したか、だ。ドロイドの方は想像が付くが、落着コースの変更までそうだろうか?この戦いに参加している勢力が多すぎて、誰がやったかの判断に苦しむ。デラーズか、ジオン残党の中の誰かか、"整合性"か、そして連邦軍か?
落着角度22度。北米大陸の表面を削り取り、大量の土砂を塵として北米、ヨーロッパ方面に展開させるコロニー落下作戦は、同じコロニー落下といっても原作とはぜんぜん違う内容だ。それは、落着コースを見れば更に明らかになる。本来の歴史ではフロリダ州側から北米大陸に突入するコースをたどり、土砂の大半は寒帯ジェット気流に乗ったものの、大半はアフリカ側に拡散した。アフリカ側ならば大半は砂漠であり、塵の大半は海や地表の温度を下げ、アフリカには雨をもたらすから北米の穀倉地帯に被害が限定される結果だったはず。いやむしろ、北米の大半の都市がコロニー落着による汚染を受けたことのほうが問題視されたはずだ。勿論、海面温度の低下で異常気象の発生確率が高くなるが、農産物の産地を直撃しないため、直接的被害は北米だけで済んだ形になる。
しかし、今回の落着コースはカナダ側から北米に突入するコースをたどっているため、同じく寒帯ジェット気流に乗るとはいえ、吹き上げられ汚染された塵の大半はヨーロッパ、ロシア方面の穀倉地帯を直撃する。塵の行く先が30度違うだけでこれとは。22度と言う効果角度は黒歴史からわかった本来の落着角度よりよほど浅い。浅いと言うことはそれだけ長い時間地表を削り取ると言うわけで、吹き上げられる土砂の量は本来のコースの比ではない。落着角度38度の史実でさえ、フロリダ州東部に落下したコロニーはそのまま南部を突っ切り、テキサス・オクラホマ州境まで地表を削り取った。
そして今。キットが算出した落着角度22度の予想被害は暗澹たる結果だった。カナダ・ケベック州東部に落下したコロニーはそのままオンタリオ州を突っ切り、五大湖に突入。ヒューロン湖、ミシガン州、ミシガン湖、ウィスコンシン州と五大湖工業地帯のど真ん中を突き進み、コロラド州リオ・グランデでようやく止まる。被害についてはこの世の終わりそのものだ。
「ガトー、コロニーのコース設定は誰がした?」
「自分は奪取に関わっておりませんが、作戦ではフロリダ州からサンベルトに突入するコースで、被害を北米に限定する―――地球でも富裕層が多い、アメリカに、と言う計画だったはずです。まさか、ロシアやヨーロッパにまで被害が拡散するコースが選ばれているとは……デラーズ閣下も知らなかったはずです」
「……デラーズに確認は取れるか?出来れば設定した人間の割り出しも頼む。これでは地球に宇宙に対する食料依存の体勢を作るどころか、宇宙への食料搾取をもたらすしかなくなる。ジオンに友好的な世論の情勢などと言う話ではない。地球と宇宙の殺し合いに発展しかねない」
ガトーも変更されたコースのもたらす被害に驚きを隠しきれない。この作戦の最初の目的、つまり地球の宇宙に対する食糧依存は、地球に住む人々の目を宇宙に向けさせること、宇宙に住む人間の状態に嫌でも目が行くようにすることにあったが、これではやりすぎである。地球の食糧供給体制を崩壊させれば、食料をめぐっての地球・宇宙間の抗争にまで発展する。其処までいけば、原因を作り出したジオンには憎しみだけが向けられることになる。この作戦は、被害を出しすぎてもまずいのだ。
「出次第、必ず」
ガトーはそういうとノイエ・ジールに戻る。ここに来るまではガトーを如何にかしようと考えていたが、ハマーンが負傷し、コロニーの突入コースが被害を拡大させる方向に設定されていたことは重大な事実だった。ガトー一人にこだわっている余裕はもう、ない。
「レックス、回線を中継しろ。目標、コロニー後方2万8000の地点にステルス伏在中のゼルグートⅡ世級"ドメラーズⅢ世"エルク・ドメル提督宛、だ」
だ」
「了解しました」
通信回線が開かれ、後方2万8000にミラージュコロイドを用いて伏せているゼルグートⅡ世級"ドメラーズⅢ世"との通信が開始される。回線はガミラス帝国のシステムそのままだ。現在の地球圏の科学では捉えることが出来ない電波形態であり、更にミノフスキー粒子の影響を量子通信システムと違って全く受け付けない点は素晴しい。もっとも、現状は通信以外に運用が出来ないのが困るところだが。
モニターに現れた精悍な男がこちらに向かってガミラス式の敬礼を行う。地球式でそれに答えたトールに男――エルク・ドメルは言った。
「閣下、こちら"ドメラーズⅢ世"通信状況良好です。現在ガイデロール級2隻と艦隊を組んでおります。援護の必要が?」
「まだ必要ない。トラクター・ビームの準備はどうか?予定より早まるかもしれない」
「勿論既に準備させております。但し我が艦隊は急な出撃でしたので護衛用の機体がほとんどありません。モビル・スーツ、でしたか?あの機体をもう少し融通させていただきたく。第一閣下、星系攻略作戦も惑星強襲降下作戦もないこの原始的な世界で我々の戦力の投入は過剰戦力だと思いますが」
私は首を振った。
「今の課題は直径6km、全長30kmの構造物の惑星落下を食い止めることにある。レーザー砲艦、反射レーザーシステムの運用で破砕は可能だろうが、それでも大気圏で燃え尽きない程度の大きさの塊が発生する可能性がある。それを軌道上に固定しておくためには、主力戦艦級の出力を持った重力波コントロール、トラクター・ビームが必要になる、そういう判断だ」
ドメルは少し考えてから頷いた。彼の住んでいた宇宙では惑星からの迎撃でどうにかなるが、この彼からすれば原始的な世界でそれが可能と言うわけもない、と思いなおしたようだ。それに、コロニーのコース設定が作戦の内容と異なることは既に彼のところにも報告が言っている。
「了解しました。準備を進めます」
「艦隊他の各艦は?」
ドメルは苦笑しながら話し始めた。
「ハイデルンは後方で援護の準備、ゲットー、バーガー、クロイツは格納庫でMSと格闘中です。あのゲイオス・グルードとかいう機体を早くモノにする、と。航宙機からの機種転換でごたつくと思いましたが、中々早く片付きそうです。航宙機がMSとやらに代わり、搭載スペースを危惧しましたが、いやはや、大きくなりましたな、この船も」
今回呼び出した宇宙戦艦ヤマト関連の船舶はMSの搭載容量と恒星間の輸送任務を鑑みてサイズを1.5倍から最大で2倍近くまで大きくさせている。戦闘艦艇は軒並みMSの搭載スペースでそれらが使い潰されているが、それにだけに使うのももったいないような気がしたためだ。
今回の船舶選択にはいくつか候補があり、積載力を考えるなら既に選択している銀河英雄伝説も候補に上がったが、砲塔のない戦術的自由度の低さから採用はしなかった。最も、それは戦闘艦艇だけで非戦闘艦艇は使い勝手の良さから外宇宙での運用や、デチューンしての地球圏での運用も視野にいれている。
「ある程度の数と積載量は必要なのでね。それではよろしく頼む。貴官らにはこの紛争後、その能力を十二分に発揮できる舞台を考えている。しかし、そのためにはまず、あのコロニーの地球落下を食い止める必要がある」
「了解しました」
通信を切ったところでステルス艦が発進を開始したのが見える。護衛を行える位置にガトーと共に付くと、先行して航路を確保しているアクセルがバージニア近くまで行き着く間は私がステルス艦の護衛だ。ガトーは途中までは同行するが、その後グワデンに合流して撤退をはじめたデラーズ・フリートの支援に移る予定だ。
しかし―――――
それはある意味予想していたことであり、航行管制室の出来事から当然予測してよいことであり、そして今、ハマーンの容態が一番気がかりとなっている私にとってはおこって欲しくない出来事だったものだった。
「待っていたのか!?私を!?」
ガトーの驚きを含んだ声が聞こえる。ガトーを、そして背後に見えないものの航行するステルス艦を狙った―――結果論だろうが―――メガビーム砲の射撃を迷彩マントでかき消した私は、その機体に向き直った。コロニー外壁近くにその巨体を置いてこちらに砲を向けているその機体、GP03に。この男、二度も狙ったな。
「……貴様が何者だが知らない!何故こんな事をする!貴様は連邦か、それともジオンか!?」
通信回線でこちらの所属を問う声が入っているが聞こえないし理解したくも無かった。「トール?」、と気遣うようなキットの声が聞こえるがそれも気にはならなかった。どうしても、どうしても我慢が出来ない。目の前にいるのはハマーンを傷つけた敵。見境も無く命令に違反してコロニー管制室に侵入し、余計な事をしてくれた敵。ガトーを追うことばかりを考えてこちらの動きを台無しにしてくれただけでなく、取り返しの付かないことまでしでかした、敵。
ハマーンを撃った、敵。
試作ガンダム三号機、パイロットはコウ・ウラキ中尉。
「トランザム起動。外装をパージ。最初から全力で行くぞ。さっさと墜とす」
「……了解しました」
ヴァイサーガの機体が赤く、続いて金色に光るとそれまで擬装用と迷彩用を兼ねていた装甲が次々と剥離して元の機体の姿を現す。光につられて集まってきたらしいカリウス軍曹の小隊、そしてウラキをおってきたバニング小隊はその光景を目にした。そしてオープンとなった通信回線に、つぶやくようなガトーのため息が漏れた。
一年戦争以来、誰もが追い求めてきた機体。ある者には仇であり、ある者には謎であった存在。
「"ア・バオア・クーの騎士"……っ!」
皮肉にも、ガトーとウラキの声が唱和していた。