ルウム戦役は史実とは違い、混戦模様の推移を示していた。
サイド5、各コロニーの港部分の破壊に始まる作戦は、予定通りレビル率いる第一連合艦隊の一部を、みなと部分の破壊によってコロニー内に取り残された民衆の救援に振り向けさせ、レビル艦隊を拘束する事に成功した。
ティアンム率いる第4艦隊はアレクサンドル・ビュコック中将の第二軌道艦隊の支援を受け、第一連合艦隊から振り分けられたワッケイン・カニンガムの部隊の指揮権がレビルからビュコックに委譲された事を受け、史実どおり二艦隊の間に行動の齟齬を生じさせる展開とはならなかった。
しかし、連邦艦隊が宇宙に保有するほとんどの戦力をこの会戦に集中させたため、艦艇の数が多くなりすぎ、合流した上で連携して迎撃する、という展開にまでは至らっていない。元々そこまでの艦隊運動を想定していないし、闘志に不足ないレビル艦隊の各部隊が砲撃を重視した横列陣を採っていたのに対し(これは、一週間戦争に実質未参加だったレビル指揮下の連邦艦隊の突き上げの結果だった)、ブリティッシュ作戦でジオン軍との抗戦経験のある第4艦隊は、シトレの示唆どおり、箱型陣形を作って迎撃の準備を整えていた。
史実どおりにいかなかったとは言え、三個艦隊を擁する連邦軍のうち、一個艦隊をサイド5に貼り付けた事は、連邦軍の戦力の三分の一を拘束する事に成功したわけで、戦力比1対4が、1対2.5となった点は評価されるべきであろう。また、史実ではサイド2の虐殺の影響で各コロニー港湾が親ジオン派の脱出であふれかえり、この際にアズナブル夫妻が巻き添えを食うなどの被害が生じていたが、サイド2の多数が生存しているこの歴史では、そのような事件は生じておらず、連邦派の暴徒に囲まれたマス家の中に、二人の姿が確認できる。
連邦の暴徒に囲まれる中、本来ならば心臓に持病をもつテアボロ・マス氏の病死となるはずであったが、先進的なナノマシン医療を秘密裏に受けていた氏は、心臓病の原因である、大動脈内の動脈硬化部分がナノマシンによって修復されており、同時に連邦派の暴徒がテーマパークの略奪に夢中になっている間に三合会の皆さんとシェンホア相手に反撃を受けたため、病床についてはいるものの、無事な姿を娘、セイラ・マスと共に見せている。
この後、戦局が落ち着き次第、先進医療を受けるためにNシスターズへの移動が予定されているため、彼の命はもう少しの間、永らえることだろう。
それはともかくとして始まった第一次軌道会戦において、落下するコロニーに張り付くジオン艦隊と連邦艦隊との交戦は、ジオン軍の勝利に終わった。迎撃を主任務とした第二艦隊、第4艦隊は、ジオン軍のMSの投入により、コロニー迎撃を優先させて満足な防空隊形を取ることが出来なかったため、大きな被害をこうむったのだ。
しかしジオン軍も、会戦後半の追撃段階において、第二艦隊と第4艦隊が、第一軌道艦隊に援護され始めると、第一軌道艦隊の採ったコンバットボックスによって形成された防空火網によってMSの追撃が封じられ、また予定と違ってキシリアの艦隊戦力がないために推進剤の不足も相俟って、満足な追撃を行うことが不可能になっていた。
このため、追撃によって本来生ずるはずだった被害が抑えられ、連邦軍はいまだ、宇宙に大きな艦隊戦力を擁していたのである。
第09話
(アルテイシア……)
シャア・アズナブル中尉―――キャスバル・レム・ダイクンは280mmザクバズーカの照準をコロニー・ミランダの港から外しつつ、テキサス・コロニー外壁からミラー越しにマス家のあった辺りに視線を向けていた。
「神の御加護があるというなら、お前はここにはいないはずだ。もしもいるのなら早く脱出しろ……今ならまだ方法がある。出来るはずだ、お前なら……」
「シャア中尉」
「ガラハウ大佐」
シャアは視線を背後にたった異様なザクに向けた。既に一部エリート部隊に配備が始まっている高機動型ザクに近い。しかし、ザクと言うにはあまりに異形な姿だ。おそらく最新の改造型であるR-3型という奴らしい。新型のMMP-80、90mmマシンガンと大型ヒートサーベルを標準武装とし、現在はそれに加えて試作品らしい360mmジャイアント・バズを持ち、自分と同じようにコロニー・ベイの攻撃を行っていたようだ。
「どうした。……そういえば、君はテキサス・コロニーの出身だったな」
「大佐ほどのお方に知っていてもらえるとは……光栄です」
トール・ガラハウ大佐。親衛隊でデラーズ少将とギレンの信頼を二分する若き軍人。大層なものだ。ザビ家に近づき地位を得るからには、どんなお追従を述べた奴かと思ってみれば、軽々と新型ザクを操り、こちらにも目を配ってくる。やりにくい……南米で出くわした奴らと何か関係があるのか?勘というわけではないが、気になって仕方がない。
「ギレン閣下もやりますな」
「御前会議の内容のリークかい?キシリア閣下にも仕事はしてもらわねばなくては。ブリテッシュ作戦のような事をされては適わん」
発言の解釈に困る。ギレン総帥肝いりの親衛隊士官としてのお言葉か……果たして。いや、ガラハウ大佐はキシリアとの不仲が噂されて久しい。何故其処までキシリアを危険視するのかがわからないが、今の言葉を聞く限り、個人的な反感も充分以上に持っているらしい。
「帰還しましょう、大佐。次の任務があります」
「うむ。中尉も部下をまとめて帰還してくれ」
「大佐!」
通信に新たな反応。大佐の部下、マユラ少尉のザクⅡだ。長距離移動用に推進剤タンクの増設を行っている。
「第12小行政区、各コロニー港湾部制圧完了です。被害無し。ただ、機材の不調を友軍に確認したので、アサギが支援に向かっています。予定に遅れはありません」
「ご苦労。不調機の所属は?」
「224小隊、デニム曹長です」
はっとなった。ミランダ・ベイの破壊と妹に気を取られて、部下の向かった行政区の制圧状況についての確認を忘れていたのだ。もっとも、デニム曹長ほどのベテランなら大丈夫だと言うこともあったが、大佐ほどの士官を前にこれは失態だ。
「大佐……申し訳ありません」
「いや、中尉。気にはするな。……帰還信号だな、戻るぞ、中尉、少尉」
「はっ」
「了解です!」
先行して大隊へ帰還するR-3型を尻目に、シャアはこの時点で接触して来た親衛隊の大物について考えていた。
私の正体について知り、ジオンの息子である事について何かをしようと考えるならばキシリア閣下のはずだが……あの映像。接触して来た勢力はキシリア特有の血生臭さがなかった。いや、あざとさと言うべきか?あの女性にキシリア以上の臭さを感じたのは事実。となると、ザビ家に近い位置にザビ家以上に厄介な勢力がいる可能性があると言うことか……
一番匂うのは前に立つこの男だ。年も私とそう変わらんのに、ガルマの坊ちゃんでも難しい大佐の地位にいる。しかもギレン直属の親衛隊で、だ。ジオン共和国保安隊出身の、後ろ暗い出自でもなさそうだし、かといって名家出身と言うわけでもない。月の大富豪らしいが、ガラハウなどという名を聞いたのはここ数年だ。
いずれにせよ、気には掛けておかねばなるまい……
何か、強烈なフラグが立ったような気がしてならないトール・ガラハウです。
正直言うと、シャアとの初顔合わせにはあせった。テキサス・コロニーの被害状況を確認するためにベイの破壊後に機体を向けてみたら、ちょうどミランダのベイを破壊したシャアのザクと出くわした。ええい、当たり所が悪いとこういうものか!ニュータイプと遭遇なんてあまりいいもんじゃない。こいつら、接触するだけで何感じ取るか知れたもんじゃないからな……。
しかし、敵側に回ってみると、連邦艦隊の強化が、装備面では最低限度に抑えたはずなのにかなりまずい事態になっていると実感した。やはり数は力か。少し、状況を整理してみる。
コロニーの各港湾部を攻撃し、コロニー間の連絡網を破壊する陽動作戦は、レーザー通信網で送られてくるリアルタイムの状況によると、連邦艦隊の3割をこちらにひきつける効果をもたらしたようだ。もっとも、向かってきているのは占領用の強襲揚陸艦と護衛の巡洋艦、空母で、コンバットボックス戦術の要である戦艦はこちらに向かってきていない。
コンバット・ボックスを形成するのは90mm機関砲を増設したサラミス、マゼラン両級の78年後期生産型(Block.5)で、ミノフスキー粒子散布下での実効性が薄れたミサイル用VLSの数を減らし、その浮いた重量を用いて増設を行っている。装備の変更であり、旧来の90mm機関砲が使えるため安価で1年ほどの間に改装がかなり進んでおり、連邦軍の光学防空網形成に大きな役割を担っている。
超硬スチール合金製のザクの場合、ザクⅡでも射程距離内での直撃を受けた場合は危険で、スラスター部、背面部などの装甲の薄い部分に直撃すれば大破、もしくは撃墜は免れない。
このため、ブリティッシュ作戦を戦ったMS隊を後方から観戦していた親衛隊は、連邦艦隊の採用したコンバット・ボックスに対し、外周よりの長距離実弾兵器の投入を行うことを提案し、今回、MS隊の武装は280mmザクバズーカが中心となっている。
私たち、親衛隊の部隊の中には、ドム用の武装テストとして、一部360mmジャイアント・バズを装備している機体が含まれているが、ほとんどは高機動型ザクだ。これは、ジャイアント・バズの反動をザクの推力では殺しきれないからだ。
機体を「マレーネ・ディートリッヒ」の後部ハッチに落ち着けると、ちょうど少し前に帰還したらしいガトー中尉が待っていた。私が後方から帰還するらしいので、着任の挨拶も含め、一言言いたかったらしい。
「大佐!大佐のような総帥の信任厚きお方と戦場を共に出来る事は、小官にとって無上の喜びであります」
ガトーは敬礼と共にそう言い。出迎えてくれた。目ん玉はまともなのに言っている内容がアレなような気がしてならないが、とりあえず返事を返す。
「うん。中尉の武勲に期待させてもらう。海兵隊は荒々しく、肌に合わないと思うこともあるだろうが、腕は確かだ。姉の自慢の部隊だよ」
「はっ!」
何とかして一年戦争中にガトーとシーマの間をどうにかしておかないと、4年後に痛い仕返しをもらいそうな気がしてならない。いや、ねぇ。核の炎で焼かれるのも嫌だし、ノイエさんに艦橋貫かれて宇宙に吸い出されるとか、はたまたソーラ・システムⅡで焼かれるとかマジ勘弁願いたい。
「しかし、今回初めて操縦させていただきましたが、流石大佐の部隊。良いMSです」
「ジオニックやツィマッドの新型を試験しているし、月面の工廠で独自に開発もしている。中尉が正式に配属となった暁には、私からも一機、贈らせてもらおう。デラーズ閣下は新型のドムに甚く御執心だったが、今度、見てみるか?発展形は宇宙でも運用可能になる予定だ」
「是非、御願いいたします!」
ガトーの返事に頷きを返し、ザクを降りた三人娘に開発計画や運用についての報告を受けながら、私は艦橋に戻るために床を蹴り、移動した。それを傍目にしたガトーは眉を顰めた。眉をしかめたガトーに、小隊所属のカリウス軍曹が話しかけた。
「中尉、どうされましたか?」
「大佐は優れた御方だが、少々軽く見えかねないのが気になる。これは御諌めせねばなるまい……いや、コードウェル少尉らは優れたエンジニアを兼務していると聞く。内容も運用の件だが、やはり部下に女性ばかり三人と言うのが少し、気になるのでな」
カリウスは笑った。
「考えすぎです、中尉。コードウェル少尉たちは、ザクの開発にも関わっていると聞いています。女性ではありますが、有能さは」
「うむ。私に見識がなかったようだな、カリウス。大佐が若すぎるので少々、勘違いをしてしまったらしい」
野太い笑い声が後ろから響いた。
「ムリもねえさ、ガトー中尉。若のあんな姿見りゃ、勘違いもしかたねぇ。この艦のあるお方なんざぁ、のんぞんで勘違いしていると疑いたくなってくるほどさね」
野卑な内容にガトーは眉をしかめた。
「貴官は?」
「デトローフ・コッセル。さっきまで直援のMS隊を率いてた。大尉だ」
自分より階級が高い事を聞いてガトーはすぐさま直立不動となり、敬礼した。コッセルは笑いながらやめろやめろと手を振る。ガトーは不満そうだ。コッセルが答礼を返さなかったのが気に食わないらしい。
「ま、若も自重してくださるとうれしいがね。シーマ様がお冠だ」
「シーマ中佐が?あ、申し訳ありません大尉。しかし「若」とは……?」
コッセルは頷いた。
「若はシーマ様の弟さんで出世頭、俺らのアタマだからな。シーマ様が中佐なのは、元々俺たちが傭兵出身だから、軍に入ったのが遅ぇのさ。若の口利きでこれだけのフネを任されちゃあいるが、ガッコウ出ほどお行儀は良くねぇ。腕はホンモンだがな。気ぃつけろ、若に何かあると飛んでくるぞ」
「大佐の姉君ですか」
コッセルとガトー、カリウスの会話は、その後、報告のないのに痺れを切らせたシーマが艦内放送で呼び出すまで続いた。士官学校出以外の士官たちに対するガトーの目が、少しばかり、啓かれたようではあった。
宇宙世紀0079年1月15日に始まるルウム戦役は、参加兵力こそ連邦、ジオン共に本来の歴史よりも多かったが、基本的な戦闘の推移そのものは歴史どおりに動いていた。ドズルの主力艦隊がティアンムの第4艦隊をひきつけている間に、キシリアの分遣艦隊がレビル率いる第2艦隊に対する突入を開始。ティアンムと砲撃戦を繰り広げる中で少しずつ戦力を抽出したドズル艦隊の一部がその後ろに続き、キシリア・ドズル艦隊と連邦第二艦隊が混戦状態となったところに特務大隊のMS部隊が突入を開始した。
「チィ、またか!」
私は強化型ザクの後方から迫るビーム光を避けつつ、舌打ちをもらした。レビル将軍率いる艦隊に向けて突入を開始してから、後方のキシリア艦隊からの砲撃に、一部、どうみても私の機体に照準を合わせたような砲撃が混じるようになっていたからだ。また、キシリア派と思しきMS隊からは、微妙に連邦艦隊から斜線をずらし、本来なら今回の攻撃隊主要装備に含まれていないはずのMMP-78を向けてくるザクまでいる始末。
ここまで嫌われているとはな。
射線を明らかにこちらに向けたザクについては容赦なくガンカメラに収め、帰還後、どうにかしてやろうと思うが、遣り難くてしょうがない。なんとか外周部のサラミス4隻を撃沈する事が出来たが、下手に中に踏み込むと、キシリア派の部隊と連邦艦とのクロスファイアという笑うに笑えない事態になる。
それでも、バズーカの弾薬が残っている段階で退けば、戦役の後に難癖をつけてくる可能性もある。そちらの場合も遣りにくい事この上ないため、適当に射耗した後、三人娘あてに後退命令を出すと、R-3型に取り付けてあったミラージュコロイドを、サラミスの影に隠れて展開させた。
ちょうど死角になっていたようで、こちらにMMPを向けていたザクが周囲を確認している間に後退し、今度は「マレーネ」の艦の影でミラージュコロイドを解いた。着艦し、弾薬の補給を行わせる。
「面倒な事になったねぇ、トール」
水分補給のため、整備兵からもらったパックからトニック飲料を吸っていたところに声がかかった。シーマ姉さんだった。汗にぬれた頭をがしがしとかき回してくる。かなり痛いが、本人はこれで頭をなでているつもりなのだ。それに、他人の目があるし、ソフィー姉さんやロベルタ嬢がいないからからまだおとなしい方。……あまり考えたくない。
「姉さんの方は問題なし?紫ババア、結構見境ないから」
「流石にアンタ一機に抑えとかないとばれるだろ。補給や何かで面倒かけてくるだろうが、コッセルの隊の方も問題なさそうだよ?」
「マレーネ・ディートリッヒ」搭載のMSは9機(最大12機)。本来ならシーマ姉さんとコッセルのR-1B型が1機ずつに、F型が6機で予備が1機、姉さんとコッセルとで2個小隊編成を取るところだが、今回は私たち第4大隊―――三人娘とガトー小隊―――が間借りをさせてもらっているので、シーマ姉さんは艦橋での指揮に専念してもらっている。
「悪目立ちするR-3に乗ってて良かったよ。下手にR-2や1B、果てはF型なんかに乗ってた日には、ジュリたちが巻き添えを食っていた可能性もある」
「だねぇ。まったく紫ババアは碌な事を考えでないよ。で、どうだい?もう一回行くかい?」
「戦況は?」
「さっき「アナンケ」が沈んだ。カニンガム准将の「ネレイド」は、ビュコックの爺さんの援護を受けて後退中。流石にボックス固められると、F型程度の装甲じゃどうにもならないね。外周のサラミス削るだけで精一杯さ」
「戦果はどれ位になります?」
「確認された撃沈は戦艦で25、巡洋艦で100程度。小型艇は掃討出来たそうだけど、補助艦―――特に空母を結構逃しているね。今回、奴ら戦闘機を1500ほど持ち込んだらしい」
私はため息を吐いた。史実の連邦軍の被害が三分の二に抑えられている。やっぱり、ヤン大佐に言った通り、航空機の数が勝敗を決めたらしい。ただ、今回、被害を三分の一抑えるだけでも、史実より1200機多い航空機が必要だった。やはり、MSの優位性は硬いか。いや、対戦闘機戦がメインのセイバーフィッシュだからだ。もし対MS戦を考慮に入れた新型機でも出てくればどうなるか知れたもんじゃない。
「こっちの被害は?」
「戦艦グワシュ、グワバンが撃沈、巡洋艦は96隻のうち、71隻が大破、残りも中破がほとんどさ。あたしの「マレーネ」も左舷エンジンに被弾して、砲塔がいくつか吹っ飛んでる。ギリギリ大破だね」
ため息を吐いた。やっぱり被害が多い。こりゃ、終わった後で絶対来るな。
「被害艦の所属はわかる?キシリア派の奴」
そこまで言えば、シーマもわかったようだ。
「……なるほどねぇ、終わったあたりで戦力を要求してくるかい」
「多分。姉さん、「マレーネ」は譲らないけど、ムサイとザクは覚悟しておいて」
「あいよ」
厄介な。本当に地球攻撃軍が編成されて、キシリアが地上に行く方がいいのかもしれない。多分その場合、オデッサにキシリアが入り、キャリフォルニアにはガルマが行く事になるんだろう。笑えねぇ。アフリカ方面軍は何処の勢力だったか。私がジオンを離れても、戦力を引き抜かれない、タフ・ネゴシエーターがほしいところだな、本当に。
R-3のコクピットに戻ると、通信用のコンソールにシーマ姉さんが映った。
「ソフィーから連絡だよ。急ぎらしい。量通使っている」
「つないで」
私は言った。量通とはSEED由来の技術、量子通信システムのことで、あの作品ではドラグーンシステムのコントロールに使われていたそれを、ミノフスキー粒子の影響を受けないところから、通信用として用いている。勿論、こんな技術など連邦、ジオン双方には流せない。
「当たりだよ、トーニェィ。お前さんが言う、フラナガン機関とやらの場所がわかりそうだ。目をつけてた候補者が、サイド6に移送されていることがわかった。ご丁寧にサイド4、月、サイド3、サイド6と色々と通過していてくれてねぇ。割り出しに時間かかっちまったけど、とりあえず、サイド6にある事は間違いない。既にいくつか候補を絞りにかかってるよ」
やはり、か。今現在、フラナガン機関にいると思われるのはマリオン・ウェルチとクスコ・アル。木星船団の帰還が2月の中旬だから、そのあたりでシャリア・ブルが参加するのだろう。そして恐らく、ガルマが暗殺されたあたりでララァが加わり、私が手を加えていなければ、去年中にハマーンも其処に送られていたはずだ。
どうする、潰すか……?
「トーニェィ、どうするのさ」
うん、決めた。
「姉さん、まず研究所の所在と、誰が其処にいるかを調べてください。突入するかしないかの判断は後でしますが、恐らく、機会を定めて襲う事になると思います。被験者になっている人には申し訳ないんですが、平和的に接触できないか、とも考えています」
「つまんなーい」
……姉さん、年を考えて。自由に外見年齢を変えられるっからって、口調まで変化させなくても良いのに。任務ならともかく、これ、連絡ですよね?
「なに考えてんのさ」
「今はまとまっていませんので、後で。姉さん、忘れているかもしれませんが、今は会戦中です」
そういうと、思い出したようににっこり笑い、こういった。
「まぁ、アフガンほど気張る必要ないでしょ。月で待ってるわ。ロベルタが夜泣きしてるよ?覚悟しとき」
「……了解しました。あんまり変な事を言わないでおいてくださいね」
通信をきる。前線から送られてくる通信を確認すると、連邦艦隊は大きな被害を出しながらもルナツー方面への撤退を成功させたらしい。撤退する連邦軍からはぐれた部隊に対する掃討戦が始められているが、もっとも強気に参加しているのはやはりキシリアの部隊。逆に、私の部隊宛には負傷兵の救助命令が来ている。
まぁ、そのあたりの判断はシーマ姉さんに任せるとして、実際、やっと所在が判明したフラナガン機関をどうするかだよな。
フラナガン機関を潰すのはたやすい。けれども、下手に潰すとフラナガン機関の研究結果を下地にする、連邦のNT研究機関の目もなくなる。となれば、Zでのフォウ・ムラサメ、ロザミア・バダム。ギレンの野望のNT-001、レイラ・レイモンドやゼロ・ムラサメといったキーパーソンの登場の目をなくす事になる。
人体実験にデザイン・ベイビーという生命倫理に真っ向から挑戦したような所業をしてくれているので私的には早速研究員ごと殲滅戦を仕掛けたいところだが、ストーリーに影響が出すぎるのだ。今の段階で潰せば、シャア・アズナブルの動向にどんな影響が出るか知れたもんじゃない。
「潰せんよなぁ、正直」
かといって下手に残せば、それはそれで困った事になる。NT-Dやサイコミュは反則に近い兵器だ。ファンネル、ビットはドラグーンシステムで代替可能ではあるが、単純に兵器開発だけで済ませられる問題ではない。
「カトル君がどこまで押さえたか、だな」
地球連邦に潜入し、ヘッジ・ファンドの巨頭として活躍してもらっているカトルには、この時点で地球に住んでいるはずの強化人間候補者について、写真付で捜索を御願いしている。開戦前、最後にもらった連絡では、名前がはっきりしているロザミア・バダムの所在が判明し、監視がつけられているそうだが、コロニー落としの落着点の変化がどのような影響を与えているのかがわからない。
しかし、完全にナンバー制で管理されているムラサメ研究所所属の強化人間についての報告はまだなかった。以前に読んだガンダム小説で、フォウ・ムラサメの実名に関する名前と思しき「キョウ」の事は伝えてあるが、「キョウ」と写真だけで所在が判明すれば苦労はない。もっと悲惨なのがゼロ。こちらは、手がかりすらないのだ。
とりあえず、フォウ・ムラサメが日本人らしきこと、強化人間候補者にはコロニー落としの影響が強い事がわかっているので、史実のコロニー落着地点近くの状況を確認するよう伝えたが、どうなっているのだろう。とかく、人手が足らないことが一番の問題だと再認識させられた。人間相手に行動できる人員が少なすぎる。
こりゃ、本格的に、人海戦術取れるようにもしておくべきかもしれない。今回のポイントの使い道はその方向で行こう。