トロイホースがバージニアに遅れること1時間で月面に到着したところ、月面はフォン・ブラウンへの突入コースに入ったコロニー迎撃のための準備でかなりあわただしい状態になっていた。特に、迎撃に効果があると思われている、大容量通信用レーザー及び、隕石迎撃用ミサイルを搭載した車両などは、優先的にフォン・ブラウンへの射撃及び移動コースを採っている。
コロニー落しがブラフだという事はわかっているが、他にもこのコロニー落しには裏があるように思えてならなかった。勿論、コロニー落しを脅しの材料としてイグニッション・レーザーを推進剤の点火に用いることもそうだし、コンペイトウからの追撃部隊に推進剤の消費を促して拘束するという意味あいもある。そして勿論、コロニー落としを追撃した艦隊を遊兵化させた後に、水天の涙を実行することもそうだろうが、決してそれだけではないだろう。
ジャミトフやデラーズのことだ。宇宙に展開する三独立国の現時点での戦力の把握も中に入れていると見るべきだろう。Nシスターズは三独立国の中ではかなり財政的に余裕のある国だ。月面にコロニーを落すという行為は、月面の防衛体制の現状を見るのにこれ以上ないくらいのいいデモンストレーションでもある。
コロニーの落下コースを考えれば、余波が生じる可能性を考慮して月面は防衛体制を整えるだろう。それに乗じて、どのように戦力を動かしたかで防衛の内実を知るのには最も適している。これから治安維持で介入を考えている以上、そうした戦力の把握は絶対に必要な事柄だ。
「下の戦力を見れば、地球連邦にNシスターズの底力について誤解を与えかねないのかもしれない」
「それはあるかも、ね。表に出している戦力は制限しているのでしょうけれど」
脇からセニアが応えた。ヴァイサーガの整備が一段落したのだろう。ポイントで急遽得た能力をうまく使って対処してくれたことには感謝しないといけない。テューディがかなり調整を進めていてくれたが、彼女自身が最終調整を行うわけではないし、調整には個人の癖もあるだろう。そこを押してしてくれたことは本当に感謝だ。
「ヴァイサーガの整備は?」
「オオミヤ博士とラドム博士たちが一応はね。テューディがかなり調整して改造もしてくれていたから、一年戦争のときとは違う機体と思った方が良いわよ。オルゴン系の装備を問題なく使えるようにしてくれてあるから、もう、完全にこちらの戦力とばれたらおしまいだわ」
技術的な加速がジオン、連邦で顕著なのは正直言って困る。グリプス戦役の推移もわからなくなるし、グリプス戦役が史実以上に加熱して、一年戦争に近い被害をもたらすことになることは避けたい。地球連邦の体力を消費することは、スペースノイドの自尊心は満足させるだろうが、地球圏そのものにとっては害悪となる側面が強い。
「単機運用で出自を誤魔化す他は無いな。……ハマーンあたりにまた怒られかねない」
「それは自分で解決してね。……でも、正直変よ、トール」
セニアは言った。
「システムのいうとおり、介入にトールが直接関わる方が有利なら、もっとチャンスはあったように思うんだけど。茨の園の攻撃にしても、それこそそちらにアクセル大尉をまわせばよかったんじゃないの?アリバイ作りのためでしょ?私の調整したサイトロンがあれば、ソロモンでの迎撃に出ても、充分戦えたと思うんだけど」
トールはその言葉に黙った。それは解っている。地形適応はキットやサイトロンの補助を受ければ問題ないくらいには軽減できる。しかし、それではだめなのだ。私自身が考えていることにとっては。
「まだ答えが出ていないことと関わってくる。セニア、月までは待ってほしい。……俺も、腹を括らなきゃいけない時期だと思う」
「まだそんな事を……」
うじうじと考えているのか、と続けようと思ったが、トールの表情に押し黙った。何かを考えていることは確かだが、かなり根深そうだ。ソフィー姉さんやシーマ姉さんは何か知っていそうだけど、何も言わなかったし、こちらには黙れといってくる。正直、想像が付かない。
「トール……」
気遣うような言葉しか出なかった。
第57話
0081年に独立したザーン、Nシスターズ両共和国の軍備に関しては、連邦との安全保障条約により、制限が加えられている。中でももっとも顕著なのは、艦艇の保有トン数と隻数に加えられた制限だ。
これまで、コロニー自治政府に与えられてきた防衛権限はコロニー内部に限定されており、その防衛も、プチ・モビルスーツやスポーツ用の小型モビルスーツといった、核融合炉ではなく電池式、もしくは動力鉱石エンジンによって駆動する、モビルスーツには対抗できない戦力が限界だった。それ以外は、基本エレカなどの軍用車両だ。
0081年、Nシスターズ、ザーン独立と共に結ばれた安全保障条約は、両独立国との軍備を以下のように制限している。まず、保有する艦船の数とトン数に関しては連邦側と協議の上で決定し、基本的には連邦軍の艦艇を購入して運用すること。第二に、モビルスーツの開発に関しては連邦軍の指定する企業にしかそれを許さず、その企業からの購入か、もしくは連邦軍からの退役機の導入によってそれを行うこと、だ。
一年戦争によってモビルスーツが宇宙での戦争の主力となったが、モビルスーツの基本的な意義は旧来の艦載機と同じく航空機の発展形として捉えられている。となれば、コロニーの防衛用にモビルスーツの数をそろえても、そのモビルスーツの性能によって、連邦軍の対抗馬となりうる要素を潰せばよい、と連邦軍は判断した。
具体的に言えば、モビルスーツが艦載機としての運用が基本である以上、戦争を仕掛けるためには艦艇の補給に頼らざるを得ない。であるならば、艦艇の保有数を制限すればモビルスーツを保有して戦争を行う上で重要な、侵攻能力の制限をかけられるのだ。実際、こうした形でコロニーごとに自衛軍を持たせるシステムは、UC150年代に採用されている。
また、その採用モビルスーツも、新規採用による新型開発という巨額の資金を要する手段を選べるのが連邦軍だけである以上、新型の取得はともかくとして開発にまで金を割ける余裕は、連邦に対して債務を抱えたままのザーン共和国には出来ない相談であるし、コロニー国家であれば様々な形での経済封鎖も可能であるという判断もあった。
例外なのがNシスターズという月面の巨大勢力だが、こちらについては連邦との切っても切れない関係が既にある。重力圏を持つが故に工業という発展手段を採用した月面では、まず食料の取得の為に各サイドとの連絡線を維持する必要がある。各サイドとの連絡線を維持するためには艦艇による護衛部隊が必要で、艦隊規模を護衛部隊のみが可能な状態に低めておくことが出来るのであれば、独立させても問題はないという判断になった。
勿論、独立に際して戦争の可能性を示唆しなかった議員がいないわけではない。しかし、既に大企業として連邦のMS行政に深く食い込んでいるGP社のお膝元であれば、独立に対していなやを唱える議員に対する反ロビー活動を行うことも可能だし、また、連邦議会内で巨大派閥を構成しつつあるグリーンヒル派の大票田ともなれば、連邦内部の構成国家としての独立を認める点もやぶさかではない。特にGP社は地球連邦内の日本、アメリカという二大強国とのつながりが深く、AE社ともつながりをもつアメリカの支持が存在する以上、独立を認めないわけにもいかなかった。
そうした判断が、連邦にとって利益であるか不利益となるかはこれからの歴史次第であろうが、少なくとも連邦はこれからも残るだろう。力を失おうがかまわずに。だから、連邦が力を失った段階のことも視野に入れておかねばならない。一年戦争の被害を人口面で縮小させても、経済面まで被害の縮小は不可能だった。システムの要求を優先させた結果がこれだが、そこはこれからの課題でもある。
独立した三個のスペースノイド共和国、ザーン、ジオン、Nシスターズはそのそれぞれの政府のおかれた状況に基づいて軍備を行っている。
ザーン共和国はコロニー内部に配備されていたエレカや小型モビルスーツ――0081年、GP社が小型量産用の、域内機動兵器としてAS、アサルト・スーツを発表して以来、小型MSはASと呼称されはじめている――を連邦への債務と引き換えに供与され、ザーン自治共和国軍が発足した。各コロニー内部での暴動に対処できるぐらいの戦力しかなく、コロニー政府や国民はMSの配備を求めているが、連邦との安全保障条約が発効し、適当なMSの選定作業が終わらないため、現状は一年戦争で不要となった先行量産型GMの配備を受けている。これも、債務との引き換えによる退役機の受領となった。現在は、アナハイム・エレクトロニクス社との契約により新型機――ジム・クゥエル――の開発取得を目指しているらしい。
これに対しサイド3ジオン共和国では、一年戦争、ア・バオア・クー戦より撤退してきたジオン軍のうち、本国に帰還した部隊の使用MSを運用している。しかし、ジオニック社のMS関連装備の開発凍結措置が0083年現在まだ続いており、代替MSの開発はおろか、補修部品の生産もままならない状態であり、ここ1年は使えなくなった機体を用いての共食い整備を続けているのが現状だ。
艦船についてもそれは同じで、主力であるムサイ級巡洋艦を共食いに回して、艦隊の旗艦であるチベ級などの補修に回しているのが現状だ。ジオニック社に製造が許されているのはパプワ級、パゾク級といった補給艦艇だけで、戦闘用の艦艇の建造はザーン、Nシスターズとの安全保障条約の内容もあって許されていない。
連邦との交渉によって、何とか代替艦を入手しようと試みたが、相場から考えてかなり不当な値段で旧式のサラミスを押し付けられる始末となった。当然ジオン共和国軍は反発するが、そもそもアンマン休戦条約で賠償金の支払いを免除されているのだから文句は言えないでしょう、と連邦の外交官に言われると黙るしかない。
地球上に与えた全損害をサイド3だけで工面することなど不可能だからだ。現状にしても、一部の金銭についてはグラナダの援助を受けている始末。ジオニック社の経営再開についても、グラナダへの本社移転が第一条件として挙げられ続け、ジオン共和国側としても国策会社を生き残らせて収益を上げるためには致し方ないと認めかけたが、続いてアナハイム及びGP社からの経営陣の導入が条件としてつけられ、それを断念した。
このように、サイドを基本単位として構成される二共和国が連邦との軍備制限条約の下での苦しい軍備拡張を強いられ続けている中、月面で独立し、一年戦争中は連邦・ジオン双方に兵器を売ることで財の拡大を成し遂げたGP社を抱えるNシスターズは、その高い技術力と資本力に物を言わせて拡大を続けている。
まず、ASについてはGP社生産の"ASS-117ヴァルケン"を導入し、恒久都市内部の治安活動以外にも、作業用、簡易宇宙警備用などに運用を開始して技術力の高さを見せ付けた。現在も、フォン・ブラウン向けの物資輸送作業や、その輸送作業の警備用として運用されている。おそらく、高い評価を得て各コロニーに採用される運びとなるだろう。
そしてMSについては高い能力を持ちながら、高コストゆえに採用を見送られたRPT-007量産型ゲシュペンストの運用を開始している。これについては連邦政府も難色を示したが、そこはロビー活動で乗り切ってしまった。高性能だが、高コストで数をそろえることが難しく、数がそろえられないのであればジムの数で潰せる、と連邦政府に見せたことも採用の一因である。
それに、火星のテラフォーミングを連邦政府を続いて第二位の出資額を出しているNシスターズの無理は聞く必要がある、とグリーンヒル派に言われてしまえば文句は言えない。軍備増強の面は艦艇で仕掛ければよいという判断もあり、認められている。そうした現状は、連邦軍の再軍備が進んでいくにつれて解消していくだろう。
ため息を吐くと私室の壁一面に投影されている現状をトールは確認した。
フォン・ブラウン市を標的にしたコロニー落着まで残り230分。阻止限界点まではおよそ80分。月面に存在するほとんどの連邦軍が迎撃に向かっているが、コロニーほどの大質量物質の迎撃は不可能。このまま行けば、コロニーは静かの海の表面に広がるフォン・ブラウン市市外に落着し、恒久都市の構造を崩壊させて、そこに住む3億の人口を犠牲にするだろう。
トールは、自分が三億程度ならかまわないのではないかと考えている事を自覚して愕然となった。確かに、コロニーが地球に落着して北米の穀倉地帯が全滅すれば、食糧危機によって生じる被害は三億の比ではない。むしろそれよりも多くなることは間違いないため、三億程度、という考え方が出てくるのは当然だろう、という考えが出てきたのだろうと推測したが、如何考えても気分がよいわけは無かった。
システムの影響が無くとも、こういった地位にあってこういった活動をしている以上、人間としての自分が、これまでずっと当然と思ってきた倫理観と乖離し始めているという事実を改めて感じ、もう一度愕然とする。言い知れない孤独感と絶望感を感じたトールは、立ち上がるとシステムが安置されている領域へ歩みを進めた。
「これがGP03、ガンダム試作三号機よ」
ルセット・オデビーの紹介で目の前に現れたMS―――いや、MAにコウ・ウラキを初めとしたアルビオンのクルーは絶句した。ヴォルガ艦長のパナマ大尉以下は、現在、トール・ミューゼル少将の命令書を盾にラビアンローズに派遣されている連邦将兵の武装解除を進めている。どうやら、ジオン残党に協力して三号機の接収を企てていた―――そんな容疑がかかっているらしい。
「拠点攻撃用のMAに対抗するために建造されたガンダム。ガンダム自体は高推力のスラスターを装備して、機動力ではGP01に匹敵するように作られているけど、装備自体はGP01と大差はないわ。むしろ、この武装コンテナ―――アームドベース・オーキスと合体したときこそ、GP03はその真価を発揮するの」
オデビーは解説を続ける。コウの方は渡されたマニュアルを手に取り、装備と機体性能の確認を始めている。そんな友人の恋人に微笑んだオデビーは、整備員たちにGP03のアルビオンへの積み込みを指示する。積み込みと言ってもこんな巨大な機体を格納できるはずも無く、アルビオンの艦体下面に接続するのが関の山だ。
それ以外にもすることがある。アームドベース・オーキスは巨大な武器庫といえる存在で、当然その中にはほとんど火薬庫に等しい量の武器弾薬を積載することになる。それらの予備弾薬をアルビオンに積まねばならない。かなりのスペースを消費することが確実で、アルビオンに現在詰まれているジム・カスタム4機とジム・キャノンⅡ2機のスペースを食いつぶすことは明らかだ。そのうちの何機かを、ヴォルガ級に移動させなければならないだろう。
オデビーは解説を始めたニナとそれを聞くコウを尻目に格納庫を出ると、港湾ブロックへ向かった。補給作業を受けているアルビオンと補給作業の終了を待つヴォルガ級の姿が見える。
GP社設計の新型宇宙巡洋艦、そういうふれこみだが、あの設計は異常だ、とオデビーには思えてならない。アルビオンは改ペガサス級戦闘空母で、設計に関しては一年戦争のペガサス級を元にしている。連邦軍の主力であるマゼラン、サラミス級はそれこそ戦争以前の設計だ。しかし、彼女の目の前にある巡洋艦は、明らかにマゼランやサラミス級の設計思想を受け継いでいない。
彼女はフォン・ブラウンの工廠で建造が進められている、ティターンズとかいう治安部隊用の新型巡洋艦、アレクサンドリア級の設計図面を見たことがあるが、それにしたって一年戦争時のムサイの設計思想が色濃く見える艦形だ。実際、ムサイの設計思想を参考にしているのだから間違いない。
しかし、彼女の目の前にあるヴォルガ級はそんな設計思想の変遷を感じさせない、それこそいきなり登場した新型艦だった。
そういえば、あのゲシュペンストとか言う機体もそうね、と彼女は思う。見るべきエンジニアが見れば、あの機体の設計思想が現在の気体に先行して存在したことは明らかだ。ガンダム以前に計画されていた機体に、明らかにガンダム開発時に構想されたビームサーベルを標準搭載するなど考えられない。あの兵器の設計はアナハイムでも極秘に類するものだ。しかし、GP社はそれを装備させ、こちらが実用化に手間取っているのを忘れたかのように実戦配備し、機体に装備させた。まだジムが先行量産の段階で、だ。
技術者としては興味を惹かれる機体なんだけど、とヴォルガ級に補給を行う際に提示されたゲシュペンストの機体データを見てそうおもう。これだけの先進的な機体を量産して配備するだけの実力を、アナハイム以外に持っている会社があって、しかも地上用の新型空戦MSでは我が社を追い抜かして連邦軍の制式を勝ち取った。
考えられないわ。正直、あの会社は異常。そう考えざるを得ない。ルセット・オデビーの感じた違和感は、この後、彼女のGP社への電撃的な移籍で確信に変わる。
そしてそれは、静かに技術の拡散と発展が加速した事を示す、一事例にしか過ぎなかった。