閃光に包まれたバーミンガムのブリッジではグリーン・ワイアット大将が光に目をくらませながら叫んだ。艦隊左翼前方に位置を占めていた、第53任務群の旗艦、戦艦「ハノーファー」近くで生じた閃光だ。それが何かを把握する程度には時間があったようで、ワイアットは感想をそのままに口から出した。
「これが……これが星の屑か!?」
次の瞬間、バーミンガムの艦橋は崩壊し、蒸発した。
巨大な熱量は周囲の艦艇を次々に蒸発させ、遠くの艦艇に向けて艦隊の破片を飛ばし、破片の激突を受けた艦艇が損傷する。戦術核とされてはいるが、戦略核に匹敵する威力のMK.82核砲弾はその破壊力を遺憾なく発揮し、観艦式が行われるはずだった、コンペイトウ鎮守府Wフィールドを、Sフィールドとの境界線を含めて焼き払っていく。
位置としてはWフィールドに列を並べていたのが第5艦隊、Nフィールドに同様の列を展開していたのが第7艦隊で、核砲弾の閃光は第5艦隊のほぼ半数を包んだ。そして次々と連鎖的に起こる爆発。MK.82核砲弾の熱量は、次々とサラミス、マゼラン、コロンブスといった連邦軍の主力艦艇の反応炉をも食い、その爆発を広げていく。
ガトーのGP02はシールドでその閃光と衝撃波をこらえるが、下からマスタークロスで邪魔をしたクーロンガンダムはそうはいかない。熱量に表面装甲の融解が始まり、また同時に衝撃波に弾き飛ばされ、隕石に激突しそうになるが身を翻して着地すると、そのまま隕石の背後に回って閃光と熱と衝撃波をやり過ごす。
メインカメラはガンダム顔を隠すためのゴーグルアイで無事であったが、それ以外のセンサー・カメラ類は熱量と閃光に耐えられずほとんどが潰されてしまった。表面装甲が融解するほどの熱量を浴びたのだから仕方が無いが、これでは満足な戦闘は無理だ。また、ガトーのように保護するためのシールドを持たないことが機体に重大な損傷を与えていた。核爆発にともなうEMP効果が、核爆発のあまりに大きさのために機体能力で相殺しきれず、各種電子機器が悲鳴を上げている。特に左腕と右足の反応が悪い。
ふと見ると、機体の表面がうっすらと溶けかかった――背面部のスラスター類はこれでよく爆発しなかったと言えるくらいに溶けていたが――アクセルのアースゲインが同じように近くの隕石を盾にして機体を保護している。両機共にこれ以上の戦闘は不可能のようだ。あまりにも近くで核の閃光を浴びすぎたため、身体に異常が発生していないとも限らない。すぐさま帰還するべきと判断した二人は閃光が収まるのを待つと、トロイホースへの帰還を開始した。
遠くにビームライフルの閃光を、核による衝撃波で損害を受けたGP02が回避するのが見える。通信回線を開き、会話を拾う。
「ガトー!聞こえているか、返事をしろ!」
数発のビーム光がGP02の周囲にきらめく。一発が隕石に命中するが、その他はむなしく避けられた。
「聞こえているだろう、ガトー!、お前が忘れても、俺は忘れはしない!俺は決着をつけるまで、お前を追い続ける!」
「……いつぞやの男か。ふ、しかし、私の勝ち戦に花を添えるだけだ。そして!貴様に話す舌など持たぬといったはずだ!」
暗礁宙域に二機が移動し、戦闘が始まったのを確認すると東方不敗はため息を吐き、機体を自動操縦に切り替えた。神業に近い―――というかマスタークロスは完全に神業だが―――技術を持つ東方不敗といえども、先ほどの核攻撃で機体が受けた損傷を考え、機体のコントロール措置の方に力を注いだ。
「どうやら、連邦艦隊の損害は抑えられたらしいが、歴史はその通りに進むらしいの」
第53話
コンペイトウ鎮守府がGP02の核砲弾の攻撃を受けたのとほぼ同時刻。トール・ミューゼル少将率いる月第一艦隊第一任務群はL1ポイント暗礁宙域に存在するデラーズ・フリートの本拠、茨の園を攻撃圏内に捉えていた。既に幾度も行われた偵察飛行で、茨の園の位置と施設の配置、防衛砲台の位置はほとんど判明している。
砲台の射程距離からは充分離れた―――それでいてミサイルなどの誘導兵器の射程圏内ではある空域に展開したトロイホースはMS隊の出撃準備を完了していた。
「両舷1番2番カタパルト開け!MS隊発進準備!」
ナタルの命令が艦橋に響く。トールに代わって司令官席に腰を落ち着けたシーマは複雑な表情ではあるが、自身の仕事―――艦隊司令官としての役割を果たしていた。つまるところ、各艦の位置確認とMS隊の出撃状況のチェックである。当然、そのチェック内容に応じてミサイル攻撃を始めるわけだから、重要な任務である。
「シャクルズ発進準備完了!」
「ヴァルケン隊は二個小隊6機ずつ、シャクルズに搭乗し発艦の順番を待て!」
ASS-117S、ヴァルケン宙間型。往年の名作STG、『重装機兵ヴァルケン』の主人公機である。世界を真っ二つに分けた欧州アジア連邦と環太平洋合衆国との第四次世界大戦の推移を決定付けた機体である。装備の変更によって多彩な戦闘環境に対応でき、運用も場所を選ばない。装備は54.5mmマシンガン、ポンプアクション式グレネードランチャー、接近戦用のハードナックルが基本である。
現在、ソフィー・ミューゼル大佐率いる"遊撃隊"に合計36機配備されたそれは、全高6m弱とMSに比べ三分の一しかない。しかし、小型の機体にふさわしく動力鉱石エンジンを搭載しており、出力及び運用面に問題はない。推進剤も、外部接続式のブースターを装備することで補えるからだ。また、そのジェネレーター出力を利用したシールドシステムは、機体前面に直径3mのビーム・実弾兼用のフィールドバリアーを発生させる。
この技術は即座にMSへの援用が考えられたが、MSの全長である18mサイズに拡大することが出来ず、どうしてもピンポイントバリアしか実用できなかった。このため、更なる技術発展が待たれている状態だ。今回は、距離があること、制圧任務であり敵拠点内部に潜入しての破壊工作が必要となる可能性があり、そのためにはプチ・モビルスーツ程とは行かなくとも、通常型のMSのような高い全高では無理であるために採用された。
「少将、先行して出撃。基地前衛のMS隊の排除を御願いします。敵戦力の低下と共にシャクルズを射出。ソフィー大佐の部隊を基地内に送り込みます」
「潜入工作は無理か」
艦橋上部のモニターに映るトールにナタルは頷いた。防衛網は水を洩らさぬほどで、ダミーの隕石であろうとも基地への衝突コースを取ったものは撃墜の対象となる。それでは送り込めない。ご丁寧なことに実弾系装備での軌道変更をかけるタイプ。これが今まで存在が把握されなかった最大の理由だ。
「近づけば撃墜されます。少将たちは先行して敵の砲台の排除を」
「了解した。後方の新造艦、使えそうか?」
後方に控えるコロンブス級に似た設計思想の―――とはいっても前部が左右に分かれ、双方に2基のコンテナが扇子状に配置されているタイプで外観はかなり異なるバージニア級輸送艦を振り返ったナタルは、少し疑問気な表情を浮かべるとトールに振り返った。
「コロンブスでも良かったような気がします」
「まぁ、テストベッドだ。運用結果を報告するように搭乗士官に確認してくれ」
「了解しました」
ナタルが頷くと同時にオペレーターから報告が入る。
「発進準備よし!バトル01、02それぞれいけます!」
バトル01はステッペンウルフの呼称コード、02はハマーンのヒュッケバインのそれだ。モニターの右隅に小さくノーマルスーツ姿のハマーンが映り、頷く。準備は出来たようだ。トールはステッペンウルフをカタパルトの上に進ませる。
「よし、敵部隊の戦力低下と共にトロイホースは前進、揚陸部隊の準備を。バトル01、PTX-005Sステッペンウルフ、出るぞ!」
その言葉と共に右舷側のカタパルトが勢い良く射出される。暗礁宙域であるためか、加速は程ほどに押さえてすぐさま手近な隕石や残骸などの足場を見つけると、トールはそれを足場に跳ね回るように茨の園への接近を開始する。まるでバッタか小猿のような動きだと思うようにはしているのだが……
……メイド時代に台所で時たま見たアレに似ている……
ナタルはおぞましい想像を振り払った。
「バトル02、PTX-009ヒュッケバイン、出ます!」
続いて左舷側のカタパルトから同じようにハマーンが射出された。こちらは暗礁宙域のデプリ群をかいくぐるような軌道を取っている。流れるような動きはまるで舞を見ているかのようだ。トールの先ほどの、直角を多用した動きよりはよほど美しい。
閣下のアレは、普通無駄にGをかけているとしか思われないだろうな、などと考えながら、ナタルは2機とのデータ連動を命令する。支援砲撃、ミサイルが必要な場合に対処するためだ。同時に対空迎撃準備を命令。僚艦からのゲシュペンスト隊の発進を横目に確認し、艦隊とMS隊との距離を保つ。
「艦隊司令官と砲術士官にMS隊の隊長と副官、そして私と整備班長以外が全てバイオロイド、か。機密保持のためには必要とはいえ、なかなか慣れんな」
必要以外の会話を行わないバイオロイド兵に嘆息を洩らしながら、2機の新型を追うコッセル大尉指揮下のゲシュペンスト中隊を目で追い、ナタルは嘆息した。ここにいる人間はナタルを除けばシーマだけである。トロイホースは主砲管制室のラインハルト、格納庫のセニアを含め、人間が6名だけ。残りは全て、バイオロイド兵であった。
トールの乗るステッペンウルフは、ビルトシュバインの武装強化・改造型だ。キットを搭載できるように内部スペースを拡張した分、機体背面部のランドセル部分の配置が変更されている。ジェネレーターをオルゴン・エクストラクターに変更した分出力が向上し、その分の出力がサークル・ザンバーとビームセイバーにまわされている。
サークル・ザンバーはテューディの改修を受けて支持型のビームシールドとしても運用可能な様にした上、どれか一つのビーム発振口にエネルギーを集中させることで、ビームセイバーの二刀流を実現している。但し、流石に腕に円形の盾にそっくりな発振装置をつけているため、左腕の取りまわしに難があることは確かだ。
しかし、その点はパイロットが如何にかしろと東方先生に言われてしまった。それはその通りで、その言葉の後に待っていたのはクーロンガンダムを用いたステッペンウルフ運用の実戦講座。何回か壊されてしまったため、ポイントをまたぞろ消費したのが辛い。しかも、この頃は後方支援要員や伏兵の配置にキャラクターをかなり呼び出し、ポイントが減少して危ないですよと東方先生に言ったところ、
「貴様がこの3年間、RPを火星と木星、それに月で貯めに貯めていたことは承知しておる。使い時を間違って何のポイントぞ!」
などとお叱りまで受けてしまった。いや、本当に人の事をよく見ていらっしゃる。などと考えつつ、新たな足場を見つけると其処を足がかりに跳ね回る。別に単に跳ね回ること好きだとか、ガンダムUC第2巻のフル・フロンタルのシナンジュを意識しているわけではない。MSパイロットとして一人立ちは出来るようになった私なのだが、訓練中に思わぬ事態が発覚したのだ。
僕、足場が無いところでは極端に操縦の腕が落ちるみたいです。
月面でのノブッシを用いた東方不敗との訓練は、確かにトールの腕前を一年戦争のときとは比べものにならないほどにあげていたし、重力下や月面での戦闘や暗礁宙域での戦闘をシミュレーターで行ったときには、マスター・アジアとの訓練もあってかかなり良い成績を残している。特に、暗礁宙域や重力下局地戦でのシミュレーターではハマーンもかなり苦戦している。
しかし、それが完全無重力の、足場が全く無い戦場での戦いになるととたんに"溺れる"のである。振り返ってみれば、この男が完全に無重力で戦ったのはルウム戦役ただ一回。ルナツーでもア・バオア・クーでの戦いでも暗礁宙域や要塞での戦闘で、その際にもデプリ群や要塞そのもの、敵艦を足場に用いているし、デプリを用いない戦闘では必ずサイトロンやキットの補助を受けていた。その場合も、足場と足場の間を移動する短時間か、もしくは敵に激突するために使っているに過ぎない。
それが、両者の補助をまったく受けずの宙間戦闘となるととたんに溺れ出す。AMBACの使い方が悪いわけではないし、スラスターを使っての通常移動の方には全く問題が無い。しかし、一旦戦闘に入ると水に放り込まれた猫よろしく、手足をばたばたさせるだけでこっけい極まりない惨状となるのである。
その腕前の低さは、大爆笑と共に「私にも私にも」と参加したセニアのゲシュペンストにも一撃で撃墜される程度の低さだ。それが足場が出来た途端に、訓練どおりのベテランパイロット並の腕前を見せるのだから解らない。もっとも、厳密に言えば"足場"と言うわけではなく、何か他のベクトルで動いているものとの接触があれば良いらしい。格闘戦ではノブッシで逆立ち開脚キック――本人はスピンニング・バード・キックという意味不明の名称で呼んでいたが――まで行えるようになっているから、どこかが触れていれば良いようである。
さて。かくして、トール・ミューゼルは放り込まれる戦場を選ぶしかなくなったわけとなり、宇宙空間での戦闘が中心となるだろうソロモンや、この後に予定されているソーラ・システムでの戦闘は考えていない。戦場で誰もが回避機動を取って敵への攻撃のチャンスを狙う中に、クロール泳ぎどころかバタ足の不恰好さをガンダムタイプが見せるのであれば、それは何かのカートゥーンの一こまだ。
当然、東方不敗は激怒し、先ほどの何回かステッペンウルフを壊す訓練と相成ったのである。この茨の園への攻撃に参加する理由も、攻撃目標のある場所が暗礁宙域で足場が豊富というのが最大の理由だ。なんとも情けない話である。
「煩いな、俺は元々、完全なオールドタイプなんだよ!足場がないと不安なのは当然だろ!」
というのは当の本人の言葉であるが、足場が出来るやいなや、NTにも対抗できるパイロットに変貌するのでは一見すると単にふざけているようにしか見えない。実際、重力下や暗礁宙域であれば、アクセルともいい勝負をするのである、この男。
「トール、調子に乗らないで。下手に浮かばないでよ、もう」
背後から流れるような軌道で追ってきたハマーンから通信が入る。そういう事を言わないでくれ、自分でもかなり気にしているんだから。というか、足場がない状態で戦闘をするとこれだけ不安になるなんて、俺は今まで経験が無かったんだよ!
「知らないよもう!こういう戦場でないとチート実感できないとか、どれだけ人に制限かければ気が済むんだあのシステム!」
自分の動きが往年の名作、「おれは直角」とか、リアル「G」もしくは「バッタ」なことはやはりダメージだ。ああ、後ろで流れるように宇宙を飛ぶハマーンがうらやましい。肉体的なダメージにはトンと無縁なのに、どうしてこう、人の精神をゴリゴリ削るようなことばっかり起こるんだろう、と考えざるを得ない。
そうしていると、前方から推進剤の光が見える。接近する機影を感知し、迎撃隊が出撃したようだ。数もそれなりにある。量子レーダーに捉えられているのは現在10機ほど。しかし、いくつか光点がふえているから、発進はまだ続いているのだろう。!?
自動砲台からの砲撃が始まった。
「前方、こちらに7基を確認。私がやりますね」
キットの声。反論する間もなく自動操縦で手に持ったフォトン・ライフルが次々に放たれる。一年戦争時にゲルググで使っていたものとは異なり、ライフルモードだけではなく、エネルギーを絞ってアサルトライフルのように連射が効く様になっている点が変更点だ。そもそもの運搬熱量が高いため、エネルギーを中途で切っても充分な効果を見込めると判断したためでもある。
「おまえなぁ!ここでは格好よく、そこか!とかいいたいじゃ……」
「……自分の乗る機体をあなたが乗るたびに毎度毎度ボコボコにされていますので、私もストレスがたまっているのです」
ストレスを感じる人工知能って一体なんなんだよ、という内心の突っ込みはさておき、接近する機影の確認を行う。インターセプターの役割を担うだけあって、高推力のリック・ドムが中心。武装を確認するためにカメラを合わせると、ほとんどの機体がMMP-80マシンガンのようだ。ジャイアント・バズを装備した機体は2機のみ。
小隊の構成としては普通だが、ヒュッケバインとステッペンウルフの装甲はマシンガンでは貫けない。万一溺れても、スラスターに直撃でも喰らわない限りは大丈夫か、と判断。後続の部隊をごまかすため、少々派手気味にフォトン・ライフルを撃ち、こちらの位置を相手に示す。新型と判断したようで、早速マシンガンをこちらに向けてきた。
移動しながらフォトン・ライフルを格納し、サークル・ザンバーをオンに。まだビームセイバーは抜かず、足場を確保しながら進む。勿論、小惑星の下に出た場合は右手を使って機体を保持するため、ビームセイバーを抜かなかったのだ。コッセルの中隊が半包囲を仕掛けるために二個小隊ずつ左右に分かれるのを確認すると、後ろをハマーンに任せてドムの小隊と接触した。
こちらをガンダムタイプと認識した敵機の動きに隙が出来る。ドムの下に隕石を確認したトールは飛び石伝いに隕石を目指し、ドム向けてジャンプ。ザンバーで切り裂き、一機を撃墜する。僚機が援護に入るが、ドムの上方にあったコロニーの残骸に手をつき、スラスターを吹かして右腕を支点に一回転し、銃弾を避ける。
うん、サイトロンとキットの補助は無い。鉱山基地攻撃の際には、流石に全力でスラスターを吹かしながらの突撃をかましたり、ターンエーガンダムもかくやという格闘戦を行うのにサイトロンとキットの補助を受けていたのだ。でなければ、足場がある場所での戦いが上手いとはいえ、あれだけの戦果は挙げられない。
涙が出そうになった。やっと、自らの実力で一機撃破出来たのである。
……長かった。本当に、長かった。