「良くぞ戻った、ガトー」
デラーズの言葉に敬礼を返すガトー。見慣れぬ男たちを前に、少々訝しげな表情を浮かべるが、懐かしい顔を見てすぐにそれを戻す。星の屑作戦の第一段階は完了した。これから、第二段階に入らねばならない。デラーズ閣下の決断には間違いないと信ずるだけだ。
「はっ、光栄であります閣下。して、そちらの方々は?」
デラーズは頷き、紹介を始める。サイド6近海で身を隠しながら三年間、抗戦を続けてきたヘルシング艦隊の司令官、フォン・ヘルシング大佐。ヘルシング艦隊に所属し、一年戦争後半を特殊任務で戦い続けた特務部隊サイクロプス。隊長のシュタイナー大尉率いる猛者たちだ。
続いて敬礼を向けてきたのはア・バオア・クー戦後、秘密裏に地球降下を成し遂げて欧州戦線の残党軍を率い、各地で転戦を続けてきた精鋭部隊インビジブル・ナイツ。更には荒野の迅雷、ヴィッシュ・ドナヒュー大尉率いる"ヒープ大隊"の勇士たちもいる。そして何より、我が最高の戦友ケリィ・レズナーの姿も。
「この作戦は、地上残党軍との協力体制の構築、秘密基地アンブロシア、サイド3の有志の協力による一大作戦となった。まさに、ジオン軍の復活を地球圏に訴えるにふさわしい戦いとなるであろう。インビジブル・ナイツ及びヒープ大隊には水天の涙作戦を実施してもらい、残りの人員は星の屑作戦に参加する。ガトー、星の屑のMS隊を纏めるのはお前だ。よろしく頼む」
デラーズの声に頷く。
「まさに、閣下。これだけの戦力が、ア・バオア・クーに集結していれば、何の連邦ごとき……。返す返すも、この場にいて欲しい方々がおります。……閣下、シーマ大佐の援助は!?ガラハウ艦隊は今回、参加されるのですか!?シーマ大佐のゲルググ部隊の援助があれば、何の連邦の新型ごとき!」
ガトーは一縷の望みを掛けて言った。このような一大作戦ともなれば、ぜひとも、ガラハウ閣下の敵討ちのためにも、シーマ大佐やハマーン嬢には参加して欲しい。あの、私を無知蒙昧の境地から救ってくださった閣下の仇、地球連邦のあの機体!動けぬ閣下に切りかかった蒼い機体は許せぬ!
「いいや、今回はシーマの艦隊は参加せぬ」
その言葉に目をむいて尋ねる。あれだけ閣下を溺愛なされていたシーマ大佐が出ないとは一体どういうことかと訝しく思ったからだ。弟の仇を討つ絶好の機会ではないのか。
「何故です、閣下!?連絡は……」
デラーズはゆっくりと首を振った。
「作戦開始前に連絡はしたが、反応が無い。もっとも、アンブロシアを通じて幾分かの支援は受け取ったがな。シーマの艦隊は月に深く潜行したままのようだ。恐らく、トールの遺命によりドズル閣下が動くまでは動くまい。アクシズと連絡を取る予定であるから、アクシズ先遣艦隊をハスラーが率い現在こちらに向かっておるので、その際にハスラーに訪ねるが良かろう。ハスラーならば何かを知っているやも知れぬ。……わしとしても、無念でならぬ。お前のような素晴しい部下、無二のパイロットを預けてくれた信頼と最後まで己が任を果たし続けた男気には応えねばならぬと思うておったからな」
「ガトー少佐」
脇から声がかかる。サイクロプス隊のシュタイナー大尉だ。
「少佐の部隊に同行し、ソロモン攻撃作戦への参加を命じられました。我が隊の力、存分にお使いください」
ガトーは頷くとシュタイナー大尉の両手を取った。
第50話
月面、フォン・ブラウン市からハイウェイで移動し、連絡ポートから近郊の住宅都市ニューアントワープへ移動する。この地域は旧アメリカ合衆国からの移民が多く、それも東部の富裕階級がほとんどであったため、高級住宅都市となっている。その一角に、小さいクレーター全体を使って作り上げられた、恒久住宅街とでも呼ぶべき区域があった。
UC150年代に地球連邦政府が首都を月に移動させるのも、こうした恒久都市の開発がいまだに月では継続しているからだろう。コロニーのようにすべてを金属で覆う必要は無いので圧迫感が少なく、人口重力発生装置で居住環境が変わらないとなればそれだけで魅力的だ。実際、コロニー建造計画が一年戦争で途絶してからというもの、再建計画として復興は始まっているが、サイド7、4バンチ以降の開発は中断されたままだ。
恒久都市がこれほどまでに重視される最大の理由は、地球の6分の1ではあるが自然重力が存在するため、工業用プラントを設置しても大気を濾過するフィルターの交換頻度が工業用コロニーと比べて少なく済む点だ。これがもし無重力だと、遠心力のみで分離させるために酸素などの再利用する気体と汚染物質が交じり合って分解できなくなる。しかし、わずかでも自然重力があれば比重の違いによる沈殿作用が働くため、分離が容易になるのだ。遠心力とあわせて運用すれば、ほとんどの汚染物質を取り除くことが出来るのである。
あながち、トッシュ・クレイの考えも間違いではなかった、と言うことだ。しかし、このことがかなりの尾を引くだろうことに誰か気付いている人間はいないのだろうか。宇宙での工業化は重力場が近くなければ安定しないと言う事実。いや、見たいものを見る人間の習性から言うと、それは難しいのかもしれない。火星のテラフォーミングが一段落したら、金星もあわせて開発する必要があるかもしれない。しかし、軌道上に日傘をさすとなるとコロニー以上の大規模工事になる。難しいだろうな。
気付くと車はビスト財団のものらしい豪華な邸宅の敷地に入る。UCで見たものと同じデザインだ。幾つかの場所に、同じものを立てているのだろう。しかし、何故フランスなのかが気にかかる。サイアム・ビストは中東の生まれのはずだ。フランス……まさか、旧世紀のアルジェリア移民関係とか言うつもりは無いだろうな。
「中世紀フランスの城館建築を模倣させております。お気に召しましたかな」
気付くと車は止まっていた。視線がずっと、ガラス張りの天井を通して城館に注がれていたから、そのつくりに興味を持ったのかと誤解されたようだ。流石に否定してあなたのおじいさんの事を考えていましたとはいえない。話をあわせるためにビスト財団の表向きの仕事である文化事業の話を持ち出す。
「文化財団としてのビスト家の活動には、こちらも参与させていただいておりますからね。まぁ、もっともそれをしているのは姉のアンネローゼで、私はあまりタッチしていません。姉の活動とは正反対の仕事についておりますし。ただ、興味はありまして」
カーディアスは笑った。席を立ち、邸に入るよう促してくる。頷くと私は立ち上がり、カーディアスと話しながら邸に入った。カーディアスが話を続ける。
「でしょうな。ミューゼル家からの支援は主に奨学金で戴いております。多数の芸術家の卵たちが、奨学金で暮らせている事を思うと、我々も更に励まねばなりません。アンネローゼ殿とは話させていただきましたが、聡明でお美しい方ですな。弟君としては誇りでありましょう?」
世辞が上手いが、流石に応える気にはなれない。こちらに対する押さえとしてアンネローゼを使われたくは無い。そんなのは関係ないのだろうが。まぁ、一番の金のなる木の収入源を減らし続けていればそうもなるだろう。外見からするとかなり大きいと感じていたが、中はこじんまりとしたつくりで別荘のような趣になっている。目的の応接室に入ると、すすめられるままにソファーに腰掛ける。勿論端っこ。隣は私です、とミツコさんが当然のように座った。
「奨学金の話でしたら姉のアンネローゼに御願いいたします。姉はそうした方面に援助を惜しみませんし、またそうすることで多くの才能を開花させることが自分の役目だと考えているようなので。弟としては姉の仕事には出来うる限りの援助をしたいと思っております」
カーディアスは頷いた。話を変えるようだ。秘書のガエル・チャンが入室してくる。周囲の確認から戻った、というところだろう。まぁ、さすがにこちらとしてもここに部隊を送り込むようなまねはしない。もっとも、手を出してきたらきただが。守るのは二人、か。姉さんにミツコさんを任せて、誰かを人質に取れば良いか。この時代あたりなら、誰かいたはずだ。ブラスレイターになれば充分胃場に戦えるからなぁ。
ちなみに、ブラスレイター化した時の姿をただのライダースーツ姿にしたところ、ミツコさんたち4人全員から「捻りが足りない」などと突っ込みを入れられてしまったので、元ネタである名作より、「俺は太陽の子!」さんを選ばせてもらった。キングストーン無いけど。……いやぁ、あの作品はやはり好きなんですよ。黒いし。だから僕はゴテゴテ飾りが付いたのは好きではないんですって!
「時に、少将はニュータイプの存在を信じていらっしゃいますかな」
考え事をしていたらいきなりの質問だ。そういう話はあと13年ばかりあとに来るかと思っていたのだが。しかし、こんな話を私に向けて、マーサ・カーバインのオバハンがブチギレしたりしないのだろうか。箱の話になったりしたらいやだなぁ。とりあえずジンネマンが言った様にごまかそう。
「戦場にいるのであれば、そうしたものとしか思えない場合―――強力な戦力に出くわすこともあります。私が臆病なだけかもしれませんが。まぁ、一年戦争で実感はしたつもりです」
「他者と誤解なく理解が可能な存在。宇宙に出た人類は、広大な空間に適応するためにその種の才能を開花させた。力を持つ人類、と言うわけです。それはあなたもご存知のはずだ、少将。あなたの指揮下には、確認された初のニュータイプ、アムロ・レイがいた」
うわぁ、モロじゃないですか。大きくため息を吐く。カーディアスが言ったような存在がニュータイプ。そう考える考え方はあまり好きではない。そうした考え方は結局のところ、スペースノイドがアースノイドを差別するのに使われるだけだ。高いところに立って自分の凄さをひけらかす。某ジオンの騎士と何処が違うのだろうか。でも、こういう考えは閉塞感のある時代には必ず出てくる。仕方ないのかもしれない。カーディアスが言葉を続けた。
「一年戦争に勝利して以来、連邦はそうした力を危険に思っているようです。棄民であるスペースノイドに連邦に対する断罪を呼びかける力として捉えている。連邦は、これから数十年、そうした力との戦いを続けていくことになるでしょう」
まだ黙っている。あんまり応えたくない。しかし、そうした戦いを続けさせる原因が果たしてニュータイプなのかというところには疑問を持たざるを得ない。ジオン・ダイクンがニュータイプだったか?いいや。ギレン・ザビは?いいや。そんなことはない。しかし、ジオンはニュータイプを戦力として使い、大きな被害を生じさせた。その報復を戦後に受けるというなら、ある意味、自業自得ともいえる。
「連邦は公的な研究機関を作り、人工的にそうした能力を開発させようとしていますが、開発は兵器使用を目的としており、結局のところマッドサイエンティストの欲求を解消するための機関となりつつあります。但し、結局のところ、これからの戦争についていくら戦争が起きようとも、連邦が敗退することはないでしょうな。理由はお分かりになりますか?」
ふぅ、またジンネマンの答えを借りてしまうような形になるが、致し方ない。この人の楽観論はそれはそれで素晴しいとは思うのだが、やはり何処となく、スペースノイド特有のアースノイドに対する偏見が見え隠れしてならない。
「時間でしょう。民衆が飽きますから。可能性を言うだけで結局は何も出来ないから。しかし、それを言ったのはニュータイプではなくジオンという存在です。ジオンの信奉者が全員ニュータイプだとならまた別なのでしょうが、結局のところ、ニュータイプを人工的に発現させることが出来ない以上、それは新しい人類の可能性の示唆に終わり、人類の現状を変える力とはなりえない」
「その通り。民衆は可能性しかいわない、明確な定義を持たないニュータイプに飽きます。結果を示せないからです」
「ニュータイプに期待をしすぎているんでしょうね。自分たちの現状を変えてくれると望むのは勝手だが、結局のところ他人任せで自分の生活を変えてもらおうという短絡的で楽観的な、無責任な望みでしかない。しかし、それは何処の世界も同じでしょう。出来ない事を出来ないといってしまえば支持が離れるから、手っ取り早く支持される景気のよい事を言っておけばよい、ということなんでしょう」
トールは言葉を続けた。
「そうした言葉で大義を飾る人間がニュータイプだったためしはない。ニュータイプとは個人であり、個人である以上、他者とは完全に別個の存在であり、別個の存在である以上、他者との意志の疎通が向上したとしても、他者と完全に理解しあうなどは不可能です。なぜなら、完全に理解しあうということはその人になる、と言うことでしょう?」
私の質問にカーディアスは他者の言葉を借りることで答えた。
「ジオン・ダイクンは誤解なく分かり合える人、という概念で定義しました」
「人間は所詮人間でしかありません。そして人間は誤解が生じて何ぼです。人類全体をニュータイプにする?そんなことは現在不可能ですし、意に沿わないのであれば余計なお世話も良いところです。これはニュータイプ論をいじくる人に最も聞きたいのですが、学べば如何にかなると言うものでもなく、生まれを如何にかすればも関係なく、こちらの努力で如何にかなると言うものでもない。全くの無作為に、偶然に発現する能力にすべての期待をかけろと言うのでしょうか?」
私は言葉を続けた。
「宇宙に住む人間がニュータイプとなるそうですが、一年戦争で戦ったジオンニュータイプの一人は明らかにアースノイドでした。意識の高い低いを考えるならば、なおさら宇宙と地球と言う境目は意味を成しません。それは知性の問題です。結局、アースノイドが自らの現状に甘んじて何もしないという批判と同じくらい、スペースノイドは自らの現状に甘んじて何もしていない。重力の井戸に縛られているとアースノイドを批判しますが、無重力で宙ぶらりんな存在に甘んじているのはスペースノイドも同じです」
カーディアスは笑った。かなり納得したらしく、しきりに頷いている。こちらは良い面の皮だ。シーマ姉さんとミツコさんが揃って「しゃべりすぎだ、このおバカ!」と視線を向けてくる。だってねぇ、こういう話ってガンダムにはつきも……
「しかし、ラプラスの箱―――あなたも御存知のその箱には、そこに入っている言葉にはその変わることなき未来を変える力がある、と私は思っています。そして、能力ある人間、力を持たされた人間にはそれに応じた責任が生じます。自分では選びようがありません。可能性という名の神に命じられるがままに動くしかないのです」
話が一気にヤバい方向に向かったようである。まぁ、一度関わっているから、こちらがそうした勢力であると言うことを見抜く可能性が一番高いのがビスト財団だ。サイアム・ビストは、自分たちのテロ行為を邪魔し、自分に箱を託した勢力の事を忘れてはいないのだろう。まぁ、そうなるように仕向けた、といってしまえばそれまでなのだが。しかし、前半はともかく、後半だけは聞き捨てならない。
「"神は天にいまし、全て世は事もなし"。ブラウニングの"春の朝"ですが、良く誤解される一節です。正確には"時は春、日は朝、朝は七時、片岡に露満ちて、揚雲雀名乗り出で、蝸牛は枝に這い、神、空に知ろ示す。全て世は事も無し"。ブラウニングが意図したことは今となっては不明ですが、『日常的に見られる光景のなかに輝くものがあり、そのメッセージが聞こえてくる。それはそうした全てのもの背後に神がおられるから、神の御手によってそれらがなされているからなのである』、と言うのが普通の解釈のようです」
カーディアスの表情が変わった。
「……何がおっしゃりたいのかな」
「聖書、創世記第一章第31節に曰く、"神は創造されたすべてのものを見た。それは極めて良かった"。力を持って生まれようが持たずに生まれようが、全てのものどもは存在そのものとしては平等です。相手がどんなに自分にとって価値の無い、価値の感じられない人間であっても、自分の目が無いだけであるという疑いを私は忘れられない。だから、私は可能性に神を感じません。可能性は、人間が持てるものの一つであって、人がもてるのであればそれは神のものではないからです」
ここだけははっきりと示しておきたい。ここだけは譲れない。カーディアスに対する説教と言うよりは自分の立場の表明のつもりだった。ニュータイプを安易な力と捉えてそれに全てを任せるようなことはしたくないしさせたくない。それではあまりだ。ニュータイプを作り出そうとして殺されていった、幾多の強化人間たちが。
確かに、ニュータイプが嘘であるなら、人は言葉に頼る今の生活を続けるしかない。そして勿論言葉では人は変えられないこともある。しかし、たとえニュータイプが現実に生まれ出でたとしても人は言葉を捨てて生きてはいけない。なぜなら、"in principio erat uerbum"。この世の始まりと共に言葉があったのだから。念じるだけで理解という難事を為そうなどと、努力の放棄に等しいではないか。
「ラプラスの箱は、結局のところは無駄な希望にすぎません。希望の押し付けだからです。それも、先人たちの努力をすべて無に帰するような。希望は確かにあるかもしれない。しかし、無責任な希望は人々にとって却って重荷になります。親の、子に対する過剰な期待とでも言うのでしょうか。言っておきたいのですが、能力ある人間に生まれようと、力持つ人間に生まれようとそこに責任など生じえません。人が自分に責任を負うのは、可能性のためではなく、自分でそれを選んだ、自分の意志が故にです」
カーディアスは瞑目する。どうやら、ここでの会話はサイアムに何かを言われたからではないらしい。この男なりに、考えた末の決断のようだ。恐らく、それはカーディアス・ビストがビスト財団の主になって以来初めて、サイアム・ビストの考えの外で動いたこととなるのだろう。
「……私には遅すぎましたかな」
「まだ間に合う人もいるでしょう。箱を開ける前に、考え直されるべきです」
それに、こういう事を言えるのであれば叔母と甥の関係などと言うのを見過ごすな、と言いたいがそこは言わない。子供に対して過剰な期待をかけることで子供を押しつぶすまでは良いとしても、その後始末、尻拭いを他の関係の無い人間に任せるのは気に入らない。親として子供に向き合えないのなら、そもそも子供など作るべきではない。そして子を作ってしまったなら、否が応にも向き合わねばならないのだ。
「……やはり、中身を御存知か。しかし、私はそうは考えません。本来あるべき未来を取り戻す力があると考えています。ただ、今はどうにもせきません。だれもがジオンの言葉に含まれる毒に犯されすぎています。開放する時期を選ばねば、あなたの言うとおり、それは毒となるのでしょうな」
其処にも頷けない。毒は何処まで行っても毒で、結局はそれ以外のものになれない。それに、サイアムがとり付かれている箱にしろ、ジオニズムにしろ、問題は宇宙に出れば覚醒できるとかそういうたいそうなお題目で片付く問題ではないのだ。私とカーディアスでは議論している問題のベクトルが違う。カーディアスはニュータイプにかけた人類の希望を思い起こすことで人の変革を促したいと思っているが、私はその変革が"変える"という認識のもとで行われるのでは全く意味が無く、むしろそうしたいのであれば"変わる"という認識で行わなくてはならないと考えているのだ。
なぜなら、"変える"という強制は、必然的に"変われた"人間と"変われなかった"人間とを峻別し、両者に差別・被差別関係を生むから。"変わっていく"人間を許容できる環境の構築、これこそが大事なのに。
私は其処まで人間を、なかんずく自分を肯定的には見れない。
「私はいつ開放しようが毒は毒だと思っております。今日のお話はそれだけですか」
話すべきことは話した。ビスト財団と敵対はしたくないが、根本の思想が違うのであれば致し方ない。しかし、トールの言葉にカーディアスは首を振った。ガエルが頷き、部屋を出る。夫人と子供とをつれて戻ってきた。
「あなたに託しておきたい。この子を。母と一緒に。代償は私が生きている限りビスト財団の敵対は無いことの保証」
年齢から言ってバナージ・リンクスか。しかし何故?私は疑問をそのまま口にだした。
「何故?」
カーディアスは苦笑した。何を考えているかはわからない。しかし、彼自身がこの二人の事をいとおしく思っていることは理解できた。既に大方は決していたが、最後の確認のための会話だったのだろう。上手く乗せられてしまったのか?違うな、考えの違いを確認したのだろう。交わることの無いことの確認。しかも、絶対に。共闘だろうと敵対だろうと。
「私とあなたの考え方は決定的に違っているが、ただひとつだけ、私にも解ることがある。それはあなたが、誰もがニュータイプに要らぬ希望を望む中で、誰もが要らぬ悪意を持って眺める中でただ一人だけ、何も感じていないということだ。希望も悪意も感じず、ただ存在だけを見つめている。ただ存在するニュータイプを、ニュータイプとしてではなく自分と同じ人間としてみている。……だからこそ、君の周りにはニュータイプが集まるのだろうことだけは私にも解る。であればこそ、……よろしく、お頼みする」
そういうとカーディアスは頭を下げた。ジャミトフと同じだな。ジャミトフ・ハイマンが先月離婚し、親権を全て手放した上で連邦情報局の手を借りて、家族に証人保護プログラムを適用させたのは確認してある。全ての親戚縁者を切り離したということは、ついにティターンズが始まると言うこと。そしてカーディアスも同じ種類の決意を持ってことに望もうとしている。
「私についてくることが彼らの幸せと考えるのですか?私とあなたの考え方は違う。敵対する可能性が無いとは言わせませんよ。私が彼らを人質にする危険性を考慮に入れなかったのですか?」
「勿論考えないではない。しかし、其処までするは思えない。逆に言えば、考え方が違うからこそ信頼できる。私があなたの立場なら、遠慮なくそのように使うだろう。そうでなければビスト財団ではないし、財団の総帥などやってはおれない」
これまた偉く見込まれたものだ。こちらが手を出さないことを知って預ける、か。私は夫人の方を向いた。
「御夫人はそれで納得しておりますか。旦那さんの傍から、敵かもしれない男の紹介する引越し先へ移る事を。もしかしたら、引越し先は地獄かもしれませんよ?」
夫人はその言葉に笑うと夫の方を見た。カーディアスは妻―――愛人のアンナ・リンクスに笑いかける。夫人が再びこちらを向いた。
「……はい。元々、この家からは離れようと思っておりましたから」
その言葉に頷くと、こちらを見上げる少年を見た。バナージ・リンクス。13年後の、箱の一件で鍵を手にする少年は、何事かも理解できないと言う目でこちらを見ていた。私はため息を吐いた。
「冠婚葬祭、家庭訪問と授業参観へのあなたの絶対参加及び、そこにある、"ア・モン・セル・デジレ"のレプリカ。ご了承くださいますか?」
私のささやかな反抗に、カーディアスは苦笑して頷いた。ふん、小説どおりに死ぬときまで会わない生活とかさせるか。死ぬ間際に勝手な期待をかけるなんてまねはさせない。
……まぁ、流石にアルベルト君の趣味の悪さにはドン引きですが。
新しい紫ババアとかいやだなー。ははは……洒落にならない。
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別に私はキリスト教徒ではありません。念のため。