結局、歴史どおりにトリントン基地の部隊はガトー少佐のGP02を捕縛することが出来ず、U-801に回収されアフリカに向かう事を止めることは出来なかった。勿論それを黙ってみていたわけではない。ソロモン沖での介入を決めてあるので、基本的に歴史どおりに動くなら問題ないと判断したからだ。それに、今はそれよりも重要なことがある。
「水天の涙」作戦。北欧のジオン残党がどういう動きをするかは注視せねばならない。
調査してみると、北欧に流れたHLVの数が6,7基。一個大隊クラスの兵員とMSを打ち上げられる。しかも、後期型の自律推進型で短距離程度の移動が可能と来た。最悪軌道上で撃墜すればよいと考えていたが、これではそれも難しい。また欧州に残存する多くのジオン残党部隊がスカンジナビア方面への集結を開始していると言う情報が入った。これに対してアフリカ戦線ではキンバライト基地以外に動きがない。
キンバライトの動きが原作どおりなのでこちらの方は放っておくことにする。またぞろコーウェン少将が人のところから不死身の第4小隊を持っていったが、アルビオンの戦力強化のためには仕方ない。とはいえ、流石にタダでさえ戦力が少ない(ジオン側の部隊からも退役者は出ている)のに、更に持っていかれるのはそろそろごめんだ。コーウェンとの付き合い方を如何にかせねばいけない。
「私が出すからといって好きにしてやしませんか、少将」
「しかしな、ミューゼル少将。動かせる部隊で一番戦力が充実しているのは貴官の所なのだ」
テレビ電話回線を用いた会議の場でコーウェン少将はそういった。言いたいことは解る。つまるところ、同じレビル派で、ジャミトフなどのコリニー閥に漬け込まれるようなこともない。かといってシトレやヤン、ビュコックの指揮下から抜こうとすれば派閥内での地位が危うくなる、と。しかし、こちらだって好きに動かされるために戦力を整えているわけではない。
「ジャブローの守備隊は?というか、まず少将の動かせる範囲から出しての話でしょう。第一軌道艦隊の任務群に対する指揮権を持っているんですから、そこから抽出しては?」
「そうもいかん。観艦式なので下手に動かせんと参謀本部から通達が来ている。シトレ本部長は理解を示してくれたが、大将会議でワイアット大将が反対意見を出されてな。今下手に動くと、蟻の一穴となるやもしれん、と」
それは動かない方が蟻の一穴だろう、理由にもならん、と視線で言うと、コーウェンもそう思っていたらしく、疲れたように椅子に深く寄りかかった。言葉を続ける。年齢もあるが、そもそもコーウェンのした事は先任の少将に後任の少将がして良いことではない。
「それでGP02が宇宙に上がった場合はどうするんですか?アルビオンに第4小隊をまわしましたけど、流石にこれ以上、指揮権もなしで部隊は出せませんよ。確かに核装備のガンダムが強奪されたのが重大な事件であることはわかりますが、こちらも北欧のジオン残党攻撃の準備をしている最中なんですから」
其処まで言うが、コーウェンの方に堪えた様子はない。GP02の強奪事件の方が重要だと考えているらしい。重要だと考えているならGP02奪取の際にトリントンに増援でも派遣しておけよ、甘く見るからこういうことになるんだ、と思わざるを得ない。確かにオーストラリアは一年戦争で被害を受けていないが、それはジオンがいないと言う事にはならない。
「情報が何処から漏れたか現在調査中だ」
「アルビオンに第4小隊以外の増援は送ったんですか?」
コーウェンは首を振る。あのだだっ広いアフリカ大陸を何の手がかりも無しに探せと。アフリカ掃討軍のジャミトフと仲が悪いのに。おいおい、原作どおりとはいえ、この人本当に大丈夫か。本来ならアフリカ掃討軍のジャミトフに頭を下げてでも増援をもらうところじゃないのか。
そんな事を思っていると手元のコンソールに緊急メールの着信音が響く。コーウェンは気づいていないようで黙って考えているだけだ。こりゃジャミトフにしてやられるわけだよ。ジャブローにいるのに派閥工作を考えないなんて。同じレビル派に属してはいるが、正直辛い。内輪もめなんてしている場合じゃないのに。というかこの人解っているのかな?
「ルナツーのヤン少将の部隊は動かせませんか?」
「それも観艦式が控えている、と。それに、先のあの発表の件が響いている」
ああ、と納得した。GP社が火星改良に投入したナノマシンの研究報告を、連邦学会でGP社のカッシュ博士とネート博士が発表したのだ。現在は単純な気体分解しか行えないが、将来的にはリサイクルに活用できるように改良を進めている、というのが主旨で、GP社は大気汚染が進む地球に対する対策としても考えている、と発表して物議をかもしたのだ。
元々、地球の環境汚染が引き金になってグリプス以降の話が進むために地球の環境汚染を防止することは考えていたが、下手に扱うのは怖いと思って火星のテラフォーミングがもっと進むまでは秘匿しようとしていたナノマシン技術だ。ところが今回、火星のテラフォーミングがナノマシンを使用する段階まで進んだことで、アクシデントが生じ発表せざるを得なくなってしまった。何もなければそのまま秘密にしておくはずが、何を思ったか戦争が終了して火星旅行なんてバカなこと考えた金持ちのクルーズに記者が乗り込んでいたという顛末。
きっちりカメラのファインダーに、地表まで降下してナノフィルターを設置している作業艦の姿が捉えられてしまった。二酸化炭素を炭素と酸素に分解し、炭素を結晶状にして沈殿させるタイプのナノマシンだが、勿論指を飾るほどの大きさは作れない。設置型のナノフィルター気体濾過装置を使い、炭素を分離した場合は砂状のダイヤモンドを集積させて工業用に使えるようにしてある。
しかし、それでもナノマシンは大きな発明であり、ナノフィルターを地球上に設置して二酸化炭素濃度を減少させようと言う動きも出ている。勿論、環境保護団体からは嵐のような抗議が舞い込んだ。曰く、自然じゃないといけないらしい。次に設置を考えているのが海水からミネラルなどの成分や塩分、それに毒物を分離できるナノフィルター液体濾過装置で、地球各所で起きている水不足、土地の塩化を防止するためのもの、として研究されていることになっている。
まぁ、既にMSの装甲や四肢を再生できるだけのナノマシン技術があるから、こうした濾過装置は技術のデチューン版でしかない。しかし、無計画な、もしくはこちらのコントロールを超えた研究開発を防止するため、ナノマシンの設計に関してはかなり、二博士に無理を御願いしている。これも予想外の事態だ。
「あの発表で、軍の予算を一時低減して環境回復に予算を回すべきだという論調が議会で出てきている。となれば、予算委員会に強い影響力を持つゴップ大将の動きが問題になるが、あの人は現在、軍縮で動いているだろう?」
私は頷いた。戦争が終わったのだからすぐに軍縮できれば問題はないが、ジオン残党が各所に残ったため連邦軍はパトロール艦隊の維持や攻撃用艦隊をそれなりに維持せねばならず、思うように軍縮は進んでいない。地球を守るために二個艦隊を、月軌道上の各所に合計三個艦隊を維持した上、各サイドのパトロール艦隊を維持し、地上部隊は残党の借り出しに忙しいとなればほとんど戦争をしているのと変わらないのだ。健全な予算運営を考えるなら軍縮は必須だが、情勢がそれを許さない。となれば無駄な予算は省こうと考えるのが普通だ。第三軌道艦隊の編成中止も、これが影響している。
観艦式に合わせて新たに編成が予定されている二個艦隊は例外だが、こちらは派閥抗争の結果なのでどうしようもない。一気に軍縮が出来ない以上、速度を緩やかにするしかないが、一年戦争の際に士官の大量促成なんて事をやったがために、来年当たりまでは士官が大量に発生する。その士官の受け入れ先にならなくてはならない。
いや勿論、配備して働いている間に再就職先を探してもらうわけなんですが。入って即リストラ決定とか、笑えなさ過ぎる。現在、サイド1及びNシスターズ出身者から優先的に退職させ、ザーン共和国防衛隊や、Nシスターズ自衛軍の創設も宜雄rんされている。これも再就職先である。
「GP02が宇宙に出た場合、コーウェン少将の方で回せるのはどれぐらいですか?」
「サラミスが二隻、と言うところだな。それ以上はまわせん」
やはり歴史どおりか。トールは嘆息した。
「ならば宇宙に上がった場合の追撃の指揮権はもらいます。その代り、我々の方でアルビオンに援護を出しましょう。流石に、これ以上はまずいですから」
コーウェンは頷いた。はてさて、これで如何にかなれば良いんだけど。
第45話
新着メールはレンジ・イスルギ及びミツコさんの親子からだった。レンジのほうはジャミトフとの第二回会談が上手く行き、宇宙用の量産機としてOZ-06SMS リーオーの譲渡を開始したことが書かれていた。流石に新型機でこの時期にジャミトフに回せる機体はこれぐらいしかない、というミツコさんの推薦あっての話だ。性能はジム改程度。アナハイムとバランスをとるために、GMⅡの生産台数を下方修正したほうが良いな。
また驚いたことに、GP社がナノマシンによる地球環境の回復計画を発表したことでジャミトフ自身がGP社との接触を密にしようと働きかけてきたらしい。関係の深い私との秘密会談を望んでいると打診があったので、如何するかを尋ねてきている。
ジャミトフとの会談か、あんまり考えたくはない。下手に接触するとティターンズ側に立たねばならなくなるので避けたいのだ。地球至上主義者というよりは宇宙世紀版人種差別主義者といった方が良い人間ばかりのコリニー派と関わったことが明るみに出ると、レビル派の私としてはまずい。
だがしかし、コーウェンとの関係がかなりの微妙さを増している現状では、反対にジャミトフとの関係は如何にかしておかなくてはならない。……出撃した先のベルファストで落ち合えるようにでもするか。
ミツコさんからは量産型ゲシュペンストとソフィー姉さんたちに回す予定のヴァルケンの生産ラインが整ったことの連絡だった。基本武装としてビームサーベルとビームライフルを持ち、近接戦用スラッシュリッパーを腰に装備している。プラズマステークはオミットしてジェット・マグナムは排除し、重力下での火器にM950マシンガンとM13ショットガンを用意してある。
とりあえず上の装備が基本装備だが、支援用オプションとしてジム系と共用のバズーカ及びフォールディング・ツーウェイ・キャノンをLレンジモードのみとしたフォールディングカノンを用意してある。これで何とか装備は整ったようだ。尚、ブローウェルはまだラインが整っていないとの事。機体単価が高いため連邦軍やザーン共和国は採用を見送り、実質運用するのは月面第一艦隊とNシスターズのみとなったがそれはそれでよしである。
「……アルビオンが宇宙に上がったあたりに間に合えばいいや」
そんな事を考えながらメールを閉じると、私は東方先生の講座を受けるために立ち上がった。……アクセルの方がやっぱり成績良いんだよな。そろそろ習い続けて2年ぐらいになるけど、あんまり強くなった実感が湧かない。頭を掻きながら部屋を出た。
「最近トールが元気ないと思わない?」
ゲシュペンスト・タイプPTの運用試験を終えたハマーンにそう話しかけたのはセニアだった。ハマーンは少し考えてから頷く。抱きつき癖について、明確に拒否の意志を示すようになったのだ。最初は不満だったが、内心を読んでも応えてくれないのでやめにした。明らかに、こちらに対して壁を作っている。
「うん、でも、下手に話しかけたらいけないと思って」
ハマーンの言葉に、セニアはハマーンと入れ替わりにコクピット内に入り、サイコミュの記録したデータを基地内の基盤コンピュータとして作り上げた"デュカキス"に移し始めながら応えた。
「でしょ?テューディの様子も変だし。あんなに乗っていたテューディが、東方先生が三度目くらいかな?トールを本気でのしてから全くそういうそぶりを見せなくなったじゃない。やっぱり変よ」
「セニア、何か考えているの?変なことはやめた方が良いよ?」
ハマーンはパイロットスーツをはだけながら言った。別に機体を動かしていたわけではなく、コクピットに入ってのシミュレータを動かしていただけだが、サイコミュを使用しているため実際に動かすのとほとんど変わらない負荷が体に生じている。だから汗を掻いていたのだ。後ろからセニアの部下の整備員がドリンクパックを投げてくる。ハマーンはそれを受け取り礼を言うと、早速飲み始めた。
「でもさ、気になるじゃない?デュラクシールが仕上がったら聞いてみようと思って。ハマーンも気になるでしょ?」
整備台の手すりに寄りかかりながらハマーンは応えた。一息に飲んだため、げっぷが出そうだが耐え切る。流石に恥ずかしい。トールの事は気になるが、今は話しかけてよい雰囲気じゃないように感じられるのだ。特に、あのお下げ髪のおじいさんがきてからは。それに、あんなに抱きついていなければいけないと思っていた衝動が、いつの間にか薄くなっている。まぁ、それはおいておこう。
「一応、先生に声をかけておいたほうが良いんじゃない?トールのこと、多分今一番よくわかっているの先生だよ?」
「あの人苦手なのよねー。原理がわからないのにビーム状のタオルを機体から出すじゃない?テューディもびっくりしていたわよ、ノブッシにあんな武装はない!とかいって。それに、いちいち言うことが説教臭いしさ、あたしの一番苦手なタイプ」
セニアははは、と力なく笑いながら言った。ハマーンはため息をついた。なるほど、苦手そうなタイプだからわたしに代わって探ってこいと。わたしだって苦手だよ。こっちの常識が通用しないんだもん。前に模擬戦やったときなんかも、ビームサーベルをMSの脚で止めるとかなんて神業!?なことを続けざまにやるし。モビルトレースシステムとかモーショントレースシステムとかいう操縦装置をいまテューディと開発しているらしいけど、たぶん完成したら怖いことになるんじゃないかな。
「んー、でも、聞いた方が良いかな。トールはあんまり聞かれたくなさそうだし」
そうね、とセニアも同意する。記録をすべて移し終えたようで、早速手元のコンソールで中身を確認しているようだ。
「お!ハマーン、サイコミュの反応良くなったじゃない!これならもう、6基ぐらいのファンネル扱っても大丈夫よ。トールに頼んで専用のAIでも作ってもらえば更に負荷は減るし。ゲシュペンストの機体性能で追いつけなくなってき始めているしね。こりゃあなたにも新しいの用意しておかないと!」
セニアの言葉にハマーンは苦笑した。テューディの事をマッドマッドと呼ぶが、セニアもなかなかマッドじゃないの、と思ったようだ。
東方不敗とアクセル・アルマーは月面にトールと共に戻り、今は地下のMS整備区画の更に地下、システムが収められている階層に程近い、機体保管庫にいた。機体をポイントで生成しても調整を受けないと使えない以上、生成した機体はここに保管して調整を受ける必要がある。
「あまりあのガンダムは使いたくないのだがな」
目の前で整備を受けているマスターガンダムを見上げながら東方不敗は言った。何処となく懐かしげな面持ちで見上げている。不思議に思ったアクセルは尋ねた。自分でも武術は学んできたつもりだが、この老人のそれは自分が学んできたものを遥かに上回る。自然、先生と呼ぶようになっていた。
「どうしてだい先生?強そうな機体じゃないか」
「ふ、儂の過ちの象徴よ、このガンダムは。だからこそあまりうれしくない。もっとも、叩きなおされたが故にここにおるがな。だからこそ、常に外見を見て自分の心に戒めとするのよ。まぁ、使う段階が来れば問題はなかろう。使うのもおそらく近いだろうしな」
整備を終えたらしい女性がこちらに近寄ってきた。マリオン・ラドム博士だ。
「なんですの、あのふざけた機体は?アレだけの出力と装甲を持ちながらあんなに軽くてしかも、布状のビーム兵器やマニピュレーターを発光させての如何見ても無駄としか思えない格闘武装。固定装備はありませんの!?」
「銃弾ばら撒くだけが戦いではあるまい。拳を振るってこその戦いよ。で、どうだ?使い物になるか?」
ラドム博士は頭を振った。
「私はGP社の方に回った方がよさそうですわね。あの機体のコンセプトは私には合いませんわ。カークやオオミヤ博士なら合うでしょう。いまソウルゲインの調整をしていますから、終わった後に御願いしてみれば?」
「ふ、であろうな。女史の趣味とは合わんか」
東方不敗が笑い出すが、当然ラドム博士は不満そうだ。自分の考える機体と趣味が合わないこともそうだが、こんなハチャメチャな機体をよくもまぁ、動かそうとするものだ。それに、トールによって使用技術に制限がかけられていることも気に食わないらしい。あのテレストリアル・エンジンなんて物を使えば、簡単に私のゲシュペンストMK-Ⅲが出来るのに、とでも思っているらしい。
「ええ。それでは失礼致します。私はGP社のほうに参りますので」
「む。礼を言う。整備はありがたく」
ラドム博士は一礼すると去っていった。機体の方を見るとカーク・ハミルとロバート・オオミヤ両博士が興奮した面持ちでマスターガンダムの整備に入っているのが見える。ソウルゲインの方は後回しにするようだ。流石に、彼らの親しんできた技術の延長線上にあるソウルゲインよりも、全く別系統の技術であるMFの方が興味をそそられるようだ。
「使える手札が増えるのは良いことなのだがな」
東方不敗は言った。アクセルは拍子抜けした顔で応えた。
「これだけ戦力あるから大丈夫でしょ?ゲシュペンストも量産が始まったし、リオンで大儲けしているわけだし。それに、リーオーとかいうのを売り出すんですよね?」
東方不敗は鼻で笑う。そうしたことで如何にかなるようであれば苦労はない。理性的な存在というものは脅威となった場合に怖い。だから、人間の最大の敵は人間なのだ。本能だけで動いていたデビルガンダムが人を支配したときでさえ、そのものの内心を暴走させただけ。それにもかかわらずあれだけの脅威となったのだ。ナノマシン技術を惜しげもなく提供するシステムとやらに同じことができないと言う保障はない。いや、絶対に出来るといっても過言ではない。
なにせ、儂ですらシステムが生み出した仮想人格とやらかも知れぬのだからな。そしてあの新しいバカ弟子は、そこのところを気にしてわしらに対して臆病になっておる。それはそれで良い。修行にも身が入るようになり、そこらのガンダムファイターであれば如何にかできるだけの実力は身につけつつある。
「アクセルよ、お前もまだまだよな。腕の振るい様ではトールに勝るが、頭の振るい様では負けるの」
「俺は別に頭使うためにここにいるわけじゃないですからね、先生」
東方不敗はそれもそうだな、と再び笑い始めた。