ジョン・コーウェンの心には焦りがある。最初の焦りは、順調に進んでいたV計画のひとつ、MSの戦力化計画で、自分よりも遥かに年下の、名前も聞いたことのない少将に率いていた部隊を接収されて生じた。次の焦りは、樺太での戦闘で、その部隊が壊滅した事を聞いたときに生じた。
そして最後の焦りは、その男が月面の基地および駐留艦隊司令に栄転したことで生じた。
連邦軍は官僚組織である。官僚組織は厳格なルールで運営される。組織である以上、運営が最大の仕事であり、それを円滑に進めるために運営に関するルールは厳格に設定される。そして人間関係の円滑さは、様々な社会的慣習と相応していることが多い。よく批判される年功序列はその最たるものだ。
勿論コーウェン自身にとり、一年戦争中にトール・ミューゼル少将が為した功績を否定するつもりはない。自分にあそこまでの業績は無理である、なんてことは彼自身がよく知っているし、なによりも一年戦争を戦ったのは彼が主導し開発したMSたちである。
しかし、長い軍人生活、いや官僚生活で培われた習慣と言うものは抜けない。一年戦争中に実戦部隊の指揮官となったとはいえ、本来コーウェンもジャブローでイスを暖める、官僚系将軍の一人であることに違いはない。実戦閥、所謂レビル将軍のような、宇宙軍の実戦指揮官で大将になるものなど、いままで存在しなかったのだ。連邦軍における大将のイスとは、長らく政治的暗闘の結果によって生ずるべきものであるとされてきており、実戦での功績によってのものではなかったからだ。
けれども、一年戦争は戦争で、軍隊は戦争をしてなんぼである。戦争が起これば戦争で活躍した軍人が昇進するのは当然のことで、 その戦争での功績が微々たるものであった以上、この待遇は甘んじて受けねばならなかった。但し、ジョン・コーウェンと言う人物の中に、トール・ミューゼルという人間がどういう印象で刻印されるか、という点には決定的に影響を与えていた。
ジョン・コーウェンが「GP計画」を担当することになってまず最初にやったことは、計画からGP社を外すことだった。GP社はあの男に近すぎるからだ。次にした事は、あの男のところにあったガンダムを受け取ることだ。同じ素材からそれ以上の物を作れば良いからだ。その次にした事は、母艦を取ることだ。同じ艦で構成された部隊になるからだ。最後にしたことは、指揮官を取ることだ。そうすれば、違いはなくなるからだ。
思い返すとバカらしいと自分でも笑ってしまうが、しかし、GP計画は今のところ順調に進行している。今年再開される年度ごとの観艦式に、連邦軍の象徴としての新型ガンダムがお目見えするのだ。そしてそのガンダムは、すべてにおいてジオンMSを超え、否定するものでなければならなかったし、ロールアウトする機体はその基準を満たしていた。
GP01はその高性能でジオン製よりも高い技術水準に連邦製MSが到達した事を示す。GP02は核兵器運用に関しても、それが達成可能である事を示す。GP03は、戦争後半にジオン軍が投入した大型機動兵器、MAという分野においても、それが可能である事を示すのだ。そしてこのガンダムの成果は、連邦軍の威信復活と地球圏の現状維持の象徴とされるだろう。
そのすべてのガンダムが彼の手を経ること、それが大事であった。
三者三様。この時期のミューゼル、コーウェン、ジャミトフの三将軍はこのように言える。特に、三者の考え方がどこかで重なり合っていることが興味深い。
ミューゼルは人口減少を抑制し生活圏の拡大を為すため、戦争を小規模化させるために戦力としての新型MSを模索していた。ジャミトフは人口減少を促進させ生活圏の維持を為すため、戦争を大規模化させるために戦力獲得を模索していた。そしてコーウェンは、連邦軍の威信確保で現状を維持し、戦争や変革を棚上げさせるための戦力としてガンダムを欲していたのである。
第43話
システムとの一件が片付いてから、少し、いやかなり落ち込んではいたが、この頃、ようやく気を取り直しかけている。あれこれ考えているうちに時間は過ぎ、心の整理をつけたころには0083年も半分を過ぎてしまった。だってなぁ、今思い出したら、一年戦争終盤からあの時の私って正直黒歴史ですよ?とっかえひっかえ女に手を出すとか。なんで世界が変わっても黒歴史を生まなくてはならないんですか御大将!?
まぁ、良い(良くないが)。現在、私の心配事は二つある。あの4人関係のことはおくが、デラーズとジオン残党の動きがどうにも変であること、および、コーウェン少将の動きがこちらの邪魔になってきていることの二つだ。
まず前者だが、最初にそれを感じたのはいつまで経っても第二次「水天の涙」作戦が始まらないことだ。既に、オデッサではなくなんとキャリフォルニア・ベースから(ああ、そういえば痛い子ニムバスがいたな)回収されたイフリート・ナハトがジオン軍特殊部隊に奪取されたと言う報告は受けているし、そのイフリート・ナハトが第一次「水天の涙」作戦で撃退されたこともつかんでいる。
欧州軍管轄内でのウラル山脈レーダー基地襲撃の後に、北米オーガスタ基地が襲撃されることで始まる第一次「水天の涙」作戦はどうにかなった。月面N1のマスドライバー基地を占領しようとしたジオン残党はデラーズがまだ本格的に動いていなかったこともあり、かなり簡単に撃退が出来た。あれ、そういえばファントムスイープ隊っていたよね?どうしたんだろう?まぁいいや。後で考えよう。
しかし、本来ならその後で起こるはずのアデン湾近辺の、HLV発射基地の攻防戦が行われていないのだ。確かに基地はあったが、設備がかなり持ち去られていた。ということは当然、その持ち去られたものが問題になる。この時点で、第二次「水天の涙」作戦の展開が不明になった。
そしてそれから1年近く。アフリカと欧州のジオン残党はその動きを露にはしていない。特に、アフリカ掃討軍がジャミトフの方針で守勢に入ってからは更に情報が入ってこない。流石に管轄外に手を出すわけにも行かないし、アフリカ全域を押さえられるだけの高性能衛星を送り込むわけにも行かない。どうやってもばれる。
少数生産した、ミラージュコロイド装備の監視衛星を送ってはいるものの、ジオン軍の方も連邦が衛星による監視を行っていることは当然承知しており、移動にはかなり注意を払っているらしい。それでも、幾つかの部隊がキンバライド基地に入っているらしいことは察知したが、HLVは確認できていない。空洞は一つしか見えないから、一基しかHLVがないことは確かだ。
早まったか、と思うが、現状致し方ない。今からデラーズに連絡を取れば、却って怪しまれるだけだろう。それに、この前のシステムとの会話からして大体予想が付く。恐らく、第二次「水天の涙」作戦に投入されるはずの戦力は、デラーズと呼応して動くに違いない。
それが「水天の涙」どおりにすすむのか、はたまた「星の屑」に合流して進むのかは定かではないが、月と地球に部隊を分けたことは、結果として悪くなかった選択になる。デラーズとアクシズの連絡状況も、ゼブラ・ゾーンを介して入手しているが、流石にこの頃は少なくなってきている。そろそろ、動き出すようだ。
もう一つの心配事はコーウェン少将の件だ。本来なら中将に昇進し、第三軌道艦隊の司令職につくはずだが、第三軌道艦隊は編成されていないし、彼自身も中将ではなく少将のままだ。しかし、軌道艦隊所属の任務部隊に対する命令権を得てはいる。解らないのは、この歴史上にはないコーウェンの動きだ。
コーウェンはジャミトフの示唆を受けたコリニー提督に第三軌道艦隊の命令権を剥奪されるが、それまでもサラミス2隻を増援としたのみで、大規模な援助をアルビオンに行っていない。確かに無理はあるかもしれないが、単艦でジオン軍の追撃など、いくら高性能のガンダムを持っているとはいえ考えられない行為だ。
となると、史実のコーウェンにも保身の考えがなかったとはいえない。その保身の考えで部隊を動かさなかったことこそが、あの結果を招くこととなる。それは、コリニーの邪魔があったとしても言い逃れは聞かない失態だろう。そして、歴史はその通りに進みつつある。それは、コーウェンがアルビオンの艦長としてシナプスの、テストパイロット隊の隊長としてバニングの派遣を要請してきたことからもわかる。
有能なパイロットであるバニングはともかく、この時期に月艦隊からわざわざシナプスを引き抜く理由はない。しかし、コーウェンの引き抜きの理由が政治的なものに根ざしているとするならばそれは充分にありうる。第13独立艦隊の艦隊運用面は第一軌道艦隊の参謀長を務めるヤンではなく、実質シナプスが採ったからだ。ガンダムの再来を考えているなら、指揮官も倣おうとでも考えているのだろう。
となると、今度はシナプスが戦力減少に引きずられて歴史どおり、GP03の強制接収に入る可能性が高い。そうなればシナプスは反乱罪で死刑だ。それは流石に避けたい。あの人は順調に行けば大将を狙える。そしてそれは、今の連邦軍に新しい良識派の軍人が加わると言うことでもある。
やはり問題は時期、か。コーウェンを見捨てても問題がない時期の見極め。やはり、これが重要になるようだ。
0083年8月13日。アクシズからの連絡で、マハラジャ・カーン中将からドズル・ザビ大将(昇進した)が指揮を引き継いだらしい。詳しい話を聞いてみると、やはり歴史どおりにアクシズ内部での過激派と穏健派の対立が起こったことが理由で、ドズルを前面に押し出さなければどうにも押さえきれなかったらしい。
マハラジャ提督は本来ならここで死ぬはずだったが、穏健派が火星の衛星ダイモスに居を移す形で退くことで何とか事は収まったらしい。しかし、過激派中心の部隊が主流派となったアクシズでは、連邦政府への反撃を望む声が強く、今回のデラーズの一件に関しても、何らかの形での関与を望む向きがあるらしい。シャア用のゼロ・ジ・アールはまだアクシズに放り出してあったはずだから、アレを元に何かをする可能性がある。ノイエ・ジールについてもそうだ。
そして、それらの不安を抱えたまま0083年10月を迎えるのである。
0083年10月13日。オーストラリア州トリントン基地。
トリントン基地が、旧世紀からの核兵器の貯蔵が行われている点は本来の歴史とは変わりない。むしろ、コロニーも落ちず、ジオン軍の降下もなかったため、戦争中とはいえ史実よりもよほど平和だった。
しかし、そうであるからにはこの大地を用いて何事かを為そうとするわけで、一年戦争中には被害を受けた連邦部隊の再編成拠点として運用されていた。ここに核が収められ続けた理由も、ジオン軍の侵攻がないことが第一の理由である。
そのトリントン基地を遠くに望む丘陵の影に、襲撃を行うボブ中尉の部隊が集結していた。
「お前ら準備は良いな?」
その声に一斉に返事を返す部隊員たち。ザメル1機、ドム・トローペン4機の編成だが、アフリカ方面の残党軍が保有している潜水母艦の部隊からも支援がある。そのため、戦力に不足はない。
現在、トリントン基地に配備されているのは訓練用の鹵獲ザクⅡが4機、ジム改が6機、試験用のパワード・ジムが1機そして基地守備隊所属の陸戦型ジムが8機だ。これに加えてアルビオン内部にはGP01、02の二機が格納されている。絶望的な戦力差ではあるが、ボブ中尉の部隊に悲壮感はない。むしろ、新兵中心の連邦軍に勝るのは当然と意気込みも強い。
そして、ユーコン級の長射程ミサイル射撃というお定まりのパターンから、トリントン基地攻撃は始まるのである。
「始まったようだ」
「だな」
「気を抜くなよお前たち」
三者三様の答えを降り注ぐミサイルを見つつ言ったのは、出撃前の最後のミーティングを終えたボブ中尉の部隊から更に40キロほど離れた、オーストラリア、グレートディヴァイディング山脈の裾野に展開していた、三機のMSに乗った者たちである。
「で、如何するトール。邪魔するか?」
まず発言したのは今回からお呼びしたアクセル・アルマー連邦軍大尉(記憶なし版)。専用機としてアースゲインに乗ってもらっている。あまり表に出ない介入が基本となるだろう戦間期。エゥーゴ誕生まで単体での介入が必要になるだろうから、来てもらったのだ。
「ここで介入すると先が見えなくなりそうだから、先行してコムサイの撃破に向かおう」
その言葉に老いた声が同意した。内容が分の悪い賭け好きギャンブラーだが、勿論その人ではない。
「そうであろうな。切り札の切り時は見極めねねばならん。……わしらの誰かを基地守備隊の援護に送るか?」
ポイントで月以外にも出られるようになった東方先生の言葉に私は頭を振った。乗っている機体は当然、クーロンガンダムだ。新たに機体を用意すべきかと思ったが、使い慣れたものが良いと反論されたのだ。それに、第一次ネオジオン抗争あたりからマスターガンダム使えばいいや、と思ったのだが、やはり、Gのデザインは微妙な感じがしないでもない。いや、好きなんですけどね。
「私に助けられたと知るとコーウェンが黙っていないでしょう。下手に対立するとジャミトフを利する可能性があります。……0083年でのコーウェン失脚は避けたかったんですが、シトレ大将の作戦本部とヤン少将のルナツー司令部が維持できるなら、必要性は薄いです」
東方不敗はよし、と頷いた。システムとの一件以来、落ち着きを取り戻すまでにかなり時間がかかったがようやく元に戻ったようだと感じている。目的の為に捨てるべきものと拾うべきものの判断が付くようになったことは成長と考えている。まだこちらに来る前の、何にでも手を出そうとして、結局変化を起こせなかった事例をよく反省もしているようだ。
「良い判断だ。介入するなら何処だ?」
私は頷いて言った。
「まずはソロモンです。デラーズと裏取引をしている形跡のあるワイアット大将はコリニー閥です。恐らく、観艦式の艦隊は今回、シトレ大将の艦隊で行わせるつもりでしょう」
「……反対派閥を敵との裏取引で沈める、か。救いようがないほど悪辣な手だが、有効ではあるの」
東方先生の言葉に私は頷いた。ジャミトフの恐ろしい所は、そのやりようの結果が絶対に何かしらの効果がある点だ。30バンチ事件にしても、見事なメディア操作で完全に覆い隠してしまった。あの事件は、事件そのものよりも事件を隠蔽できたジャミトフの凄まじさを明瞭に物語っている。コロニー落としを落下事故としてしまったことからも、ジャミトフのメディア操作の腕前は疑いようがない。
バスクやジャマイカンは毒ガスの方へ目が向いたらしく、同じように毒ガスとコロニー落としを仕掛けるが当然バレバレで穴だらけの作戦展開となった。シロッコですら暗殺と言う手段でなければジャミトフを排除できなかったのだ。
あの男は恐ろしいとトールは思う。政治面では絶対に敵としてはならない。しかし、彼を使わなければ連邦軍内部の地球至上主義者や腐敗議員を一掃出来ないのだ。ジャミトフという大きな釣り餌があったればこそ、連邦議会議員も地球至上主義者も彼を支持したのである。ダカールでの演説の成功は、結局のところジャミトフのコントロールを外れた部隊によって引き起こされたものだ。その名の通り、Titans。かつて滅びた巨人と同じく、巨大すぎたゆえに滅びることとなったのだ。
だからトールは今のジャミトフを恐れる。組織が巨大になっていないということは、今の段階のジャミトフは組織を完全にコントロール出来る。この段階での対立は絶対に避けねばならなかった。ジャミトフ一人で運営されるティターンズとなるはずの組織は、絶対にいつの日にか、ジャミトフですら押さえきれない化け物へと成長する。その時期を待たねばならない。
恐らく、グリプス戦役で本当に恐れるべき相手は、ジャミトフしかいないだろうから。
張維新の現在の主な仕事はNシスターズの裏社会の取締りである。取締りとは言っても別に治安を維持する方ではなく、どこの町でも同じように存在する、アンダーグラウンドと呼ばれる世界の顔役だ。N1は月面でもかなり治安のよい町ではあるが、そうした組織と無縁ではいられない。
お調子者の弟、となっているトール・ミューゼルからはニタ研への襲撃任務を割り振られているが、基本彼の仕事は情報集めだ。宇宙世紀になっても各所で多くの人口を構える中華系の人間たち。そうした社会に踏み込んでいくためには、どうしても中国人である必要がある。
だから、彼はN1で勢力を拡大できたし、宇宙世紀に入っても同じように各サイドに出来ている、チャイナ・コロニーに関する情報関係の仕事は、彼を通さなければ何も出来ない。
今日の仕事もその一つだった。ジオン残党のは当然その国家傾向からして西洋系の人材を中心としているが、だからといって単純なマンパワーや、特に物流の側面ではどうしても中国系の人間を関わらせる他はない。それは、アフリカでも月でも変わらない出来事だった。
現在の彼の居場所はエジプト・アレクサンドリア。連邦海軍の軍港都市であるこの町は、港の雑役夫として多くの中国人が働いている。そうした中国人によって作られるチャイナ・タウンの一角に、現在彼は歩みを進めていた。
「……あんたが張さんか?」
「そうだ。お前さんがここの顔役のつなぎか」
男は頷くと、中華街に必ずある、中国系銀行に彼を連れて行った。小額の現金でも小額の手数料で故郷の肉親に送れる為、中国人には多用される場所のひとつだ。そして当然、中国人が集まるからには情報が集まりやすい。わざわざ張が出向くほどではないが、顔役が以後のつなぎと付き合いのために張の来訪を請うたのだ。こうしたやり方で、相手が信頼できるかを見抜く。
銀行の裏口から入ると一人の男が頷いて張の手に紙片を握らせた。頷くと男は出て行く。紙片には番号が書かれ、鍵が納まっていた。張は紙片に書かれた貸し金庫を開け、中から書類を取り出す。数枚めくって中を確認すると、ふん、と鼻を鳴らした。
「こりゃ急いで伝えなくちゃならんな」
張はため息を吐くと、部下に顎で合図してカイロの宇宙港へ向かう。樺太への一番早い便を確保させた。
書類にはまとめるとこのように記載されている。アデン湾からの輸送船がアフリカ南部、および地中海を経由してスカンジナビア半島ナルヴィク方面へ向かった、と。
スカンジナビア半島北部は、オデッサ作戦の際にサンクト・ペテルブルクのある地峡部を遮断されたジオン軍が、いまだゲリラ戦を行っている地域だ。連邦が把握していない基地の存在も示唆されているが、上手く隠蔽されているらしく位置が把握できていない。
トールの目はアフリカに向かっているが、裏を掻かれる可能性がある。張はエレカに乗り込むと部下をせかして発車させた。