この男は本当にあの映像記録の戦闘をした男なのか。東方不敗マスター・アジアにはどうしても疑問が捨てられなかった。
ここはN1地下のGP社MS運用実験場。運用実験場とは言いつつコロニー内部ほどの巨大なスペースで、一年戦争中に目の前のノブッシの中で苦しんでいる男が月面地下の土類をポイント化する過程で生じた空洞を秘密の試験場として用いているのだ。
修行用として作らせた、制御A.I対応のノブッシをGFクラスからすれば如何見てもぎこちない動きで動かす男が、一年戦争の最終局面であのスウェーデンの小娘程にMSを扱ってあの巨大なMAを撃退したことがどうしても信じられない。その後に起こったEXAMとかいう機械人形相手の戦いもそうだ。
これは何かあるな。
マスター・アジアの脳裏に何かがひらめく。昨日見せてもらったこの男の能力表から解るこの男の実力と、キットが記録していた戦闘映像で見せた能力がどうしてもマッチしない。突き出す拳の動きは早くとも無駄が多く、軌道が小刻みに揺れるために力がそのまま伝わらない。蹴りもそうだ。打点のつけ方が甘い。アレでは脚に無駄な衝撃が行く。
組んで戦おうとするとフェイントに反応が遅れることがしばしば。唯一見れるものと言えば剣系の武装を使用した場合だが、これも直線的な軌道のものならばともかく、多様な軌道を描いてのものとなれば無駄が大きい。
しかし、ここ数ヶ月相手をしている中で、4度と同じ失敗はしてこない。3度目までは繰り返すことが多いが、4度目になると失敗を消して無駄が省かれる。絶対に何かがある事を確信したマスター・アジアは、目の前の男に向けて言った。
「トール、TMシステムとやらを使ってかかれ」
「へ?嫌ですよ東方先生!アレを使うと……」
「うるさい黙れ。強くなりたいのであれば少々のことは気にするな」
流石にもう三度目ともなれば、少々じゃないですよ!などと文句を言うことはない。機体頭部のゴーグルアイの隙間から金色の光が噴出すと、先ほどまでとは打って変わった実戦的な―――それこそ、一年目のドモンくらいの動きを見せる。最初にこれを使わせたときはウォンの小僧程度だった動きが、だ。
システムとやら、絶対に何かを考えておるな。発動に合わせて何かを仕掛けている。
マスター・アジアは口元をゆがめると、この手のかかる弟子に指導を開始した。ドモンならまだしも、この程度の小僧に敗れては病を抱えているとはいえ東方不敗の沽券に関わる。まぁ、ドモンの堅物よりは女の心がわかるだろうところは評価できるが。
TMシステムによって高速化し、鋭くなった動きを最小限の動きで、しかも同型のノブッシでいなしながらマスター・アジアは訓練用の模擬刀を持った手をつかみ、そのまま脚を払って叩き伏せる。追撃に足を踏み降ろすがそれを回避するトール。そのままこちらの機体を引っ張り巴投げに入ろうとするが突き出された足をはじいて股関節に蹴りを入れた。
流石にここでノブッシをバラバラにするわけにも行かないため手を離し、そのまま岩盤に激突させる。中のトールのダメージは心配しない。この程度でへたばるようでは流派東方不敗を学ばせている意味がない。ズタボロになって帰ってくるトールを迎える女たちからは非難の視線が向けられるが、そんなものに痛痒を感じる東方不敗ではない。
装備がされていないはずなのに、一体どういう原理でマスタークロスを出しているのかセニアやテューディでもわからないが、実際にマスタークロスを取り出した東方不敗のノブッシは、追撃をかけるためにトールのノブッシに向かった。どうせ死んでも一日で蘇るなら、本当に死ぬまで叩き込んでやればよい。本気でそう思っていた東方不敗であった。
第42話
体中が痛いが、だんだんと消えて暖かい感触だけが残る。ナノマシンによる修復や乳酸の分解がかけられているからだが、痛みまで一気に消せるわけでも感じなくなるわけでもないから精神的な疲労がどうしても残ってしまう。しかし、それだけの甲斐はあり、順調に技能レベルが伸びている。
東方先生の指導が熱を増すに従って、東方先生の指導の後に修羅場が発生することはだんだん少なくなっている。4人もこちらの体を心配してくれていることがひしひしと感じられてうれしいが、だからといって修羅場を休日に集中豪雨のように発生させるのは勘弁願いたい。
ようやく部屋に戻って腰を落ち着けるとテューディが入ってきた。どうやら専用機の件が解決したらしい。
「お疲れ様。言いたいことがあるけど言わないわ」
「……ありがとう」
心遣いがしみてくる。東方先生との修行を開始したばかりのころ、エースパイロットを集めるだけ集めれば、それにバイオロイド兵の能力向上を突き詰めてしまえば、私が戦場に出る必要性は薄れてくるんじゃないの、とミツコさんやテューディに指摘されたことがある。
特にテューディはガッツォーの設計理念を使えば、キットの強化でレベルの問題が解決できるとして強行に迫ってきた。その意見の妥当性に気が付いたミツコさんも参加し、戦闘に参加しないことを勧められた。
しかし、私はそれを断った。戦闘に出る出ないの問題ではなく、私自身が抱えるシステムに対する不安感が背景にあるからだ。あのシステムが開示する能力を見る限り、私は如何見てもシャアに勝てるほど強くはない。能力の素質こそポイントで獲得してあるのだろうが、絶望的に経験が足りないのだ。あのときの私は、一般の、ザクにしか乗れないような経験しか持っていない。
しかし、私はジオングに勝った。勝ってしまったのだ、あのシャア・アズナブルに。
それは確かにオーバーテクノロジーがあったからかもしれないが、システムが最後の最後に明かしたミスマッチング問題のように、こちらにまだあのシステムが隠していることがあると考えるのが普通だ。ミスマッチングなどの問題で制限をかけてくる、修羅場ポイントと言うふざけたポイントを設定する、そんな事をするシステムが、何かを隠していないと考えない方がおかしい。
考えた挙句、私はそれを直接関わるか関わっていないかによっているのではないかと推測した。一年戦争では直接関与した結果は大きく変化しているが、関与の度合いが少ない分野や出来事、特に他人を介したそれは、人間の数としての被害こそ抑えられているが概ね歴史どおりに運んでいる。いや、詳しく言えば、代理の者を立てた場合でも、「関与」そのものの度合い如何によっている。関与したのに無理だったのは覚えている限りアストライアさんの件とアムロの軟禁の件だけで、しかも大筋には影響のない小さな事例であり、私も強いて何かをしようとは思わなかった。
それだけではすまない。関与の度合いが少なかった出来事は普通そうなるであろうというふうに運ぶどころか、「本来の歴史になるように修正され」てきている可能性が高い。今回のコーウェン少将の件は特にそうだ。ガンダム開発などと言う話なら、まずこちらに来るのが筋だ。しかし、コーウェン少将が主導している。
その上、一部の事例については関与の度合いが強くても修正を受けている可能性がある。EXAM機の出現にしても、アレだけジオンからの亡命者に目を光らせていたのに、私のところにクルスト・モーゼスの情報が来ないのはおかしい。思えば、アレは強化人間を登場させようと言う修正だったのではないか?
一体システムなりシステムの背後にいるものが何を考えているかがわからない。しかし、わからない以上はそれを一つの要因として考えるしかない。そしてシステムは、私が直接関与した事例については変更を許容しているらしいことも推測が付いた。いや、関与事例に関してはむしろ、例外を除いてこちらの後押しをしてくれていると考えて良いだろう。
となると、戦闘に参加することでしか関与できない事例が生じた場合のことも考えておかねばならない。だから、戦闘訓練をするんだよ、と話すと4人とも納得してくれた。まぁ、ハマーンは戦闘に参加する=一緒の時間が増えると感じていたようだし、セニアは兄のデュラクシールの一件以降、整備には関わるが開発にはタッチしていなかった。私と関係が生じてから、忌避していた設計にまで踏み込むようになってくれた。その思いを無駄には出来ない。
「……気に食わないね。何か、自分の感情まで支配されているようで。支配できる能力があるなんてことは救いにもならない。自分に対して使えないかな」
「辛い?」
対人関係掌握能力で精神支配が可能になったが、廃人になる可能性があるともなればあまり使えない。勿論、こちらに悪戯を仕掛けてくるティターンズ系のテロリストとあまり変わらないスパイは別だ。極端な事を言えば廃人になろうがかまわないので遠慮なしに使っている。問題は其処ではないが。
「……デュラクシール、セニアと相談して一機は製造しておいたわ。連邦側の専用機はあなたがビルトシュバインの改造機、ハマーンは白いヒュッケバイン。ジオン側はやっぱり悩むの。少し待って、もう候補は絞ってあるから」
その言葉にため息を吐く。システムの考えていることがわからないことが明らかになってから、セニアとテューディは実戦投入までに洗いざらい問題を解決しておくべきであると主張し、使う可能性がある機体をポイント生成しておくよう申し出てきた。私もヴァイサーガの一件があるためOKを出した。せっかく生成しても実戦で使えなければ意味はない。
「投入の時期は選ぶよ。それまではゲシュペンストを使う。ハマーン用のサイコミュ対応型をタイプTTから作っておいて」
「勿論。デュラクシールだけど、まず色々ガンダムチックに変更をかける必要があるわ。名前も、ガンダム・デュラクシールにしてRXの番号がつけられるようにするつもり。それに、ジオン系のMSも幾つか作らせているけど、見合わなければ、ガンダム顔の機体でも、モノアイゴーグルをつけさせるわ」
一息おいてからテューディは言った。
「デュラクシールも元のタイプより強化するって、セニアが。やっぱりみんな、不安みたいよ」
「……だろうなぁ。俺も、やっぱり不安がある」
急に心細くなってしまった。いままでシステムにある程度信頼があったから、結構気合入れて、後ろの心配なしにきたけど、無制限に信頼できない可能性があると思い立つと、どうしても不安が先にたつ。それと共に急にテューディがいることがありがたく思えてきた。一瞬、CCAの時のナナイとシャアのシーンが頭をよぎるが、無視しようと思った瞬間!
やばい!TMシステムのアレが出た!焼けるように熱くなってきた頭を上げてテューディの方を見ると、にっこり笑ってこちらに顔を近づけてくる。テューディさん!あなたこれを狙ってましたね!
「ふふ、セニアが鳴いて喜ぶほどの凄まじさ、堪能させてもらうわ」
意を決した。システムの奴は本当に気が食わない。意識を操ってまで何度もこういう事をさせられるのは流石に我慢がならなかった。銃を取り出して太ももに数発弾をぶち込む。防音壁だから音が外に漏れることはないが、目の前で自分の足を打ち始めた私にテューディが目を見開いて驚いている。
傷はすぐふさがり、血液もナノマシンのおかげで分解され体に戻るが、もう我慢ならない。システム運用で人の体に影響を及ぼすわ、自由意志と言っているくせにこちらの意志を束縛にかかる。あのシステムの運用方針は一度、問いただしておく必要がある。
「ようやく耐えられる程度には成長したか」
ドアが開き、東方先生が顔を出した。どうやら、同じ事を考えていたらしい。テューディが呆然とした後で頭をはっきりさせるためか、顔を何度か叩いている。もしかして、TMシステムの影響は女性の方にも及ぶのか?そして私へのTMシステムの作用は、いつの間にか消えていた。
精神的にどうしようもない状態に追い込まれているが、システムの奴が気に食わない奴らしいと言うことはわかった。驚いたのは、東方先生も少ない情報から同じ考えに達していたようで、その点をこちらの不利になろうともシステムに正しておくべきだとアドバイスをもらってしまった。
さすが東方不敗。原作を逸脱しても全く不思議じゃないそのキャラクターは相変わらず。ということで、月面本拠の最深部。システムが収まっているらしい、あの巨大な反応炉がある階層まで、東方先生とテューディをつれて来た。東方先生には経験から、テューディには理知的なアドバイスをもらうためだ。
「システム、幾つか聞きたい事がある」
それにシステムは答える事無く、いつもどおり、コンソールに日本語で表記を出すだけで答えた。
「候補者の疑問に対する回答は、システムに許容されている範囲に限定されますが宜しいですか?」
その回答にYのキーを押して同意を伝え、早速質問をぶつけていく。
「自分の能力を見ると、どうしても私がジオングに勝てたとはぜんぜん思えないのに勝利した。それは何故?」
「能力が現実にどのように発揮されるかは出来事の度合いによります。あなたの場合、素質に関してはポイントによるレベルアップでかなり上昇しており、また機体面ではシャア・アズナブルの使用していたMAを越すMSを使用していたためです。シャア・アズナブルのMS特性は高機動型MSにあり、それ以外の機動兵器を使用した場合には非慣熟による運用精度の低下が生じます」
「嘘だな」
東方先生が口を挟んだ。
「そのシャアとか言う男、戦闘は確かにトールに優越していた。トールの機体にも不調が発生しているからそれは更に広がろう?お前のいうとおりにはなるまい。そもそも、馬鹿げた言を叫びながらで、あの程度の反応。シャアを追いきることなど到底無理であろう。あんなものが通用するのは物語の中だけよ」
東方不敗というこれ以上ない戦闘のスペシャリストを前に、システムはやっと真実を答え始めた。
「……否定はしません。システムは候補者の歴史改変をサポートするために存在します。候補者の歴史改変のための行為が、システムの判断基準において正当なものであれば、システムはそれを援護するための機能を保持しているため、補助を行います」
やはり、私と東方先生は頷いた。テューディが口を開く。
「と言うことは、あんたの判断でトールの行う改変をコントロールすることも可能と言うことかい?」
「いいえ。基本的にシステムの介入が可能なのは候補者が関与した事例のみです。候補者が他のキャラクターを用いて介入を代行させた場合、ポイントにより召還したキャラクターや近しい宇宙世紀の人物を用いた場合には候補者のそれに若干準じた介入が行えますが、関与の全くない宇宙世紀のキャラクターがそれを行ったのであれば、準じた改変は行えない可能性のほうが高く、本来の流れどおりに進むか、改変による反動の発生を考慮しなければなりません」
「どういうことだ?」
私は聞いた。何とはなしに解るが、ここは詳しく聞いておきたい。
「候補者の改変は歴史に対して優越性を持ちます。候補者の関与がある人物の行動は、候補者の関与の度合いによって歴史に対する優越性が上下し、それに基づいて行動の結果に変化が生じます。候補者が全く関与しない人物の行動については、本来の歴史に戻るように行動する可能性が高くなります。勿論、多次元統計学上の例外的事象もありえます」
なるほど、やはり、私が関わるか関わらないかで改変結果に変動が出る、と。と言うことは、逆に言えば関与しない人物たちの行動は本来の歴史―――60億の人口が死に、宇宙世紀が混乱の時代に入るように動く、ということか。あれ?
「しかし、60億の人間が死ななかったのだから、歴史の動きはそれだけで変更がかかるんじゃないか?」
「肯定します。その場合は候補者の改変した歴史と本来の歴史の折衷点に帰結するように行動することになります。候補者が認識する修正力と言うものとは少し違います。本来の歴史に戻ろうとするのではなく、本来の歴史との整合性が取れる段階まで戻ろうとするのです」
トールはここで疑問をぶつけた。
「私以外の候補者とやらが同時に存在するのか?」
「いいえ。システムを扱えるのはあなた一人です」
ん、言い方がおかしいな?
「候補者、つまりシステム運用権限を持たなくとも、歴史を本来の動きか、その折衷点とやらに修正しようとする者はいるのか?」
「それは禁則事項に抵触します」
答えられない、と。東方先生が頷いた。この疑問について得られる情報はこれが限りだろう。次の疑問だ。
「システムが行う私への援助とは?」
「具体的に言えば多岐にわたります。煩雑なので概して言えば、援助内容が候補者の自由意志に沿うように、微調整を範囲限定、もしくは非限定でかけます。先ほど質問にあったシャア・アズナブルとの戦闘では、サイトロンの不調による入力・行動のタイムラグを減少させ、オルゴン・クラウドの使用の際に、次元移動の出現位置調整で補助を行っています」
つまり、おバカをしつつ不調なサイトロンであそこまで良い場所に移動できたのはこいつのおかげか。
「その補助には制限があるのか?」
「この補助は候補者の変換したRP量に依拠しています。RPレートは現在物質100tにつき1Pですが、この変換の際、システム側でもポイントを獲得し、候補者の行動を補助する際にシステムの判断でポイント使用を行っています。候補者が投入した物質は、元素変換をかけない限りポイント化され存在が消滅しますが、その存在の分だけ介入を行える、と考えてくださって結構です」
なるほど、単に物資をどかどか放り込むだけでポイント化するのはおかしいと思っていたら、そういう裏があったのか。存在、ね。確かにこれは大きい。1tの物質が世界から完全に抹消されると言うのはかなりの大事だ。それがアレだけ重なれば、そうした行為も自由になる、と。かなり恐ろしい話だぞ、これは。
私は、最大の疑問をぶつけてみた。
「ということは、システム、もしくはシステムの干渉を受けた存在が候補者の排除を試みる可能性があるということか」
「……ここまで深い結論に達した候補者は少数です。もっとも、その少数のほとんどはシステムに疑問をぶつけようとはしませんでしたが」
システムの話し方はどうみても知的生物のそれだ。絶対に裏がある。しかも、少数であってもここまで到達した候補者が他にいたのに呼び出した、と言うことは何かがあるのだ。
「最初に話した通り、本システムの要求は宇宙世紀世界における人口減少の抑制、およびそれに伴う文化面での衰退防止です。重きは後者にあり、本システムは要求を叶えようと候補者が動く限り、候補者に対する支援を惜しみません。候補者がそれに値しない行動を起こした場合には、それが行動基準という深いところに達していなければある程度許容します。行動基準と行かなくとも、結果として前述の二項に抵触した場合は三度の警告の後、排除します」
これがシステムの行動基準か。トール、そしてテューディと東方不敗は頷きあう。
「排除とは?そして、値しない場合とは具体的にはどういうこと?」
テューディがたずねる。
「排除はこの世界からの抹消。および禁則事項内に含まれる存在による、抹消行動の開始です。抹消行動の具体的内容については禁則事項です」
なるほど、やはりここはわからないところが多い、と。ならば、後の質問の答えは?
「値しない場合の第一の基準は、史実以下への人口減少、史実以下の生活圏拡大、史実以下の文化水準の低下です。第二の基準は、候補者にその意志がなくとも、長期的に見た場合に第一基準が生ずる可能性が高くなった場合です。現在の候補者であるあなたの成績は、かなり良いものです。システムは満足しています。御希望でしたら、これまでより更に深く、事態の推移が警告基準に向かう場合、および達した場合に注意勧告を入れましょうか?ポイントが必要ですが」
ふぅ、ということはまだ信用がおける段階な訳だ。そして、警告が行われてから注意して行動する必要が生じる、と。当然、勧告にはポイントを使う。知らぬ間に裏切られていた、なんてことは避けたい。
どちらにせよ、気をつけては行かねばならないだろう。ため息を吐くと最後の質問を出す。
「何故TMシステムの運用にあんなバカな条件をつけた?胃痛で苦しめとかはまだギャグとして解るが、自由意志を奪ってのあのシステムは、自由意志云々を言っていたお前の言葉に反するが?」
「……禁則事項です」
「ふざけるな」
私は言った。お前が言うな、と言われそうだが、言ってはおかねばならない。
「社会的な人間における自由意志は、基本ルールとして相手の自由を阻害しない範囲内で自重すると言うのが基本理念だ。それをシステムが無視しているからには、答えてもらわねば協力などできない」
「……」
システムは黙したままだ。そのまま待つ。
「了解しました。世界観の話になりますが宜しいですか?」
私は頷いた。どんな話だろうが理解しなくてはならない。
「先ほどの話と絡みますが、何もしなければ当然そうなる世界を変えるためには、世界の中の存在に知識を与えるだけではすみません。システムのみを与えるだけでもすまないのです。その場合、改変は細部にとどまります」
「???」
いきなり訳の解らない話になった。
「候補者の理解では『培養槽の中の脳』、という概念が近似しています。世界内の存在に世界の変革は不可能です。なぜなら、世界内の存在は世界を認知できないからです。『ある』世界を変更するためには、『ある』世界を『ある』世界以外の場所から認知している必要があります」
「つまり、他の世界の出身者で、しかも介入する世界を何かの形で知っている人間でないと無理だ、と」
「肯定します。本システムには並行して行うべき幾つかの任務があります。その一つが『世界を認知している存在』に対する干渉の可能性です。TMシステムをあなたがデザインした際にあのフラグを混ぜたのは、それが可能かどうかを検証するためです。……結果は、自由意志を完全に奪うまでには至らず、となりましたが」
『システムが並行して行う任務』。また出てきた隠し事だ。
「システムが並行して行う任務については他に何がある?」
「禁則事項です。……しかし、本件に関してはシステムと候補者の円滑な関係の維持のために問題と考えます」
テューディが口を挟んだ。
「だったら、あなたのしているその並行した任務とやらで、トールに干渉するような任務の放棄を要請するわ。其処が妥協できないなら、トールは本来の世界に戻すべきよ」
「……私としても現在ここで、成績の良い候補者を放棄したくはありません」
システムはいった。
「そこのキャラクターの言うとおりに設定したいと思いますが、候補者は同意していただけますか?」
「……一度だけだ」
私は言った。東方先生も頷く。テューディも肩をすくめた。こいつはさっき、「完全に」といった。任務の進行如何によってはロボット化される恐れもあったわけだ。そんな奴を何度も信用できない。
それと共に自身の安全性についてもう少し深く考えるべきだと痛感した。色事にかまけて調子に乗っていたのだ。今にして思うと自分の行動がバカらしく思えてくる。恥さらしも良いところだ。綺麗どころに言い寄られ、鼻の下を伸ばしていた、と言うわけだ。
……ああ、もう。