宇宙世紀0073年。
トール・ガラハウ15歳の春である。現在、私がいるのはザビ家主催の夜会。美々しく着飾った男女が詰め、談笑している姿がそこら中で見られるが、あまり良い感じはしない。ある一角を避けている事が丸わかりだからだ。
鈍い傷跡の大男、赤毛のドレス女、タキシード姿の銀髪デコ。ザビ家三兄弟である。
私は微苦笑とため息を漏らすと、その三人に近寄った。
「これはガラハウ家のご子息。良くパーティーにいらっしゃいました」
うわっ、本当にうちの姉さんと同じ声だよ。顔を紫色のマスクで隠してこそいないものの、どうみても20台には見えない女性、キシリア・ザビが口を開いた。色々と邪魔をさせてもらっているから、あまり受けは良くないようだ。アストライアの脱出も、ギレンに話を通していたからこそ認めてもらったが、最後まで邪魔をする事を忘れなかった女傑だ。怖い怖い。何が怖いって?思い通りにならないとわかった瞬間、すべてを吹っ飛ばそうとするんだもん。
「いやぁ、キシリア様。その節は御面倒をおかけいたしました。考えもせずに花火をぶっ放そうと考える狐のお相手はそろそろ御免こうむりたいのですけど。うちの兄さんと姉さんたちが大喜び過ぎます。傍目から見ていると相手がかわいそうでかわいそうで」
キシリアの唇が引きつる。既にキシリア機関―――秘密警察とテロリストを足して割らない存在―――は三合会と遊撃隊相手に実行部隊が殲滅されているため、史実では起こったグラナダ市長暗殺事件やキャスバル暗殺未遂(本物のシャア・アズナブルが巻き添えを食った事件)が起こっていない。もっとも、歴史の強制力か何かは知らないが、アストライアと涙の再会を果たしたのに、キャスバルはジオン入国を決意。入学許可証に身分証明書を残らずキャスバルに奪われた本物のシャア・アズナブルは、月の連絡ターミナルでホームレスに落ち込んでいたところを保護。現在は別名のエドワウ・マスとして太洋重工デプリ回収グループで働いている。
あれか、母親の言葉で充分だし、やっぱり子供にはショックだろうと、死去直前に撮影しておいた、いっちゃったトロツキーなジオンの姿を見せなかったのがヤバかったのだろうか。だけどなぁ、あれはトラウマものでセイラさん夢に見そうだしなぁ。地球に飛ばされてララァとあったあたりで仕掛けるのも手かもしれない。
サイド3内部も例外ではない。アストライアをローゼルシアの死後確保していたのもキシリアだが、こちらは最終的にローゼルシア邸すべてが爆弾で吹っ飛んだ。張さん曰く、「すまん、火が強すぎた」らしいが、コロニー外壁にまで影響がありそうだったのはさすがに肝が冷えた事を記しておこう。
現在、張兄さんとソフィー姉さんはポイント獲得を争うかのようにニュータイプ研究所に襲撃の力点を移し始めている。そのため、このごろニュースでサイド6の医療施設が襲われる報道が絶えない。頭が痛い事に、とある研究所を襲撃したところ、合計13体の受精卵を確認。既に培養が進んでおり、全員女の子で、胎児から0歳児程度まで、中には10歳児程度まで成長していた個体もあり、このまま誕生させる他は無かったなんてことがこの前あった。
書類を確認するとエルピー・プル型の『量産型』がプロトタイプと合わせ合計12体。女性体なのは人間として安定しているのが女性で、後々薬物で調整するのが好都合だからだそうだ。そしてそのプロトタイプとしてセレイン・イクスペリ型が1体。システム・セイレーネとか冗談じゃない。
襲撃を受け続けて人工ニュータイプの確保(この時代はまだ、デザイン・ベイビーぐらいの認識だが)に目処が立たなくなったのは良いが、その代りに既存のニュータイプの確保と彼・彼女らの機密保持が固くなってしまった。おかげでクスコ・アルやマリオン・ウェルチなどの所在が不明。さっさと確保してあげたいところだ。それに今回はっきりしたが、モノアイガンダムズまで含まれるとなると痛い子アイン・レヴィ君もどこかにいるはずだ。
「人の財布に手を突っ込むのが大好きな様ね、坊や」
「怖がりなおかげで、なんでもかんでも手を突っ込まざるを得ない人とはあんまりお付き合いしたくないのですが」
「キシリア、よせ」
ギレンが話に割って入った。
「ガラハウ君、キシリアのお遊びの相手と言うには、少々花火が大きすぎるような気がするのだが」
「それも楽しい暇つぶしなんですが」
ギレンは鼻で笑う。どうやら、私の行為を、結局他の有象無象と同じくザビ家の権力目当てのものらしいとでも思ったらしい。キシリアのお遊びに茶々を入れていれば、対立するギレンとの友好関係を築きやすくなるとでも思っていた、とでも考えたのだろう。
「我々はもう、友人ではないかね?」
「友人と言うなら愛称で呼びたいものです。でも、閣下。あんまり本音を表に出さず、他人に推測をさせるのは、処世術としては上手くありますが、役に立つかどうかは微妙ですよ。経験から言わせていただきますと」
ギレンの表情が凍る。どうやら、他の違いには気づいてもらえたようだ。
ギレン・ザビは優秀な政治家だ。彼はジオニズムに染まったジオン国民を束ねるために、ジオンを演じ続けた。コロニーに毒ガスを注入し、それを地球に落とし、自分についてくるもののみを優良種と称し、逆らうものを悪と断じ斬り捨てた。実際のところ、死の直前のジオンを見ていれば、ギレンの唱えた優生人種生存説は、ジオンの説の当然の帰結になるだろう事は簡単に推測がつく。
どこかで似た話を聞いた事があると思っていたら、ジオンが自分をイエスになぞらえ、息子キャスバルの誕生を聖誕に擬したと言う記載を見てから、彼らは結局のところ、モーセになりそこなったのだろうと今では思うようになった。考えてみれば、ハマーンもシャアも、ギレンのなりそこないなのだ。
そして、彼らは結局のところ偽者だ、十戒を与える神を持たないのだから。
さらに喜劇的なのは、ダイクン派とザビ派との争いはイデオロギー上の対立のはずだろうに、『ザビ家』、『ダイクン家』などで争う王朝対立の側面が出まくっているところだ。本来なら、思想の善悪をもって対決すべきところだし、そもそもニュータイプとして革新した人類が古い血族意識に囚われるなど噴飯もいいところ。だからこそ、ギレンがジオン以上のジオニズム主義者である事が疑いをもてなくなって来ると、その批判はジオン暗殺と独裁に絞られるようになった。
「君は、其処までふかく切り込んで来るのか」
「正直なところ、あなたの理想は如何でも良いです。協力する事で、ジオン内で私が動ける事によって生ずる利益の方に興味があります」
ギレンの表情は変わらない。
「君の利益とは何かね?」
「興味・関心を満たすこと、ですかね。知り合いも多いので、彼らの生業も確保したいところですし」
ふと見ると、ドズルが照れくさそうな顔で壮年の紳士に話しかけているのが見えた。
「ギレン閣下、弟さんにぞんざいな口調をかましてもよろしいでしょうか?」
ギレンの表情が訝しげになるが、うなずいた。
「ドズル閣下!ゼナ様に言いつけますよ!」
びくりと背を伸ばすと相手をしていた紳士と共にこちらへやってきた。怒り心頭と言ったところの顔が、となりの兄の顔を見ておどけた不気味な顔に変化する。妙になよなよしい声で隣の紳士を紹介してくれた。マハラジャ・カーン少将。今度アクシズ建設の責任者として赴任するらしく、本国に残す家族の世話を申し出ていたらしい。世話。娘愛人としてよこせが世話。
「はは、冗談がきつすぎるぞ、トール」
「いえ、冗談で済めば御の字です、閣下」
いきなりきつい言葉を飛ばしたが、実はドズル閣下との仲は悪くない。「戦争は(ry」など、色々と基本的な考えで合うところがあることがわかると、親衛隊所属にもかかわらず色々と連れ歩いてくれるので、結構軍の内部にも顔が利くようになった。勿論、秘密裏に始められているMSの開発計画で、月の大富豪出身と言う経歴を生かして性能の良い新型動力鉱石エンジンを供給してあげていることもプラスに働いている。
「紹介いただけますか、閣下」
「おう、マハラジャどの。こちらはトール・ガラハウ大尉相当官。兄貴の副官を勤めてくれている。月面『N1』出身でな。色々と月との交渉では便宜を図ってもらっているのだ」
心労で疲れ果てているのだろうか、沈痛そうな面持ちをこちらに向けてくる。だが、相手が14,5の少年とわかると表情を緩めた。この人も人が良すぎる。背景を洗っていてわかったのだが、この人、著名な宇宙貿易商として、ジオンの『研究』に出資していたのがそもそものかかわりらしい。宇宙を航行する貿易商、しかも会社社長と言う事で、ここにいる誰よりも連邦政府の実力を承知している。
だからこそ、友人の作ったジオンと言う国家と、巨大な連邦との間でなんとかジオンを保とうと四苦八苦する事になるし、自分の存在がダイクン派とザビ家の対立になりかねないと判断すると、娘を犠牲にすることもやむをえないと判断した。戦争のない時代の首相とかには最適の人だろうなぁと思う。ギレンも、そこを考えてアクシズに赴任させたのじゃあなかろうか。
「本日は娘たちも連れてきておりましてな。エレーネ、ハマーン。御挨拶しなさい」
後ろに控えていた二人の女性―――一人は18歳ぐらいの、もう一人は10歳ぐらいか。小さい方の女の子がハマーン閣下だろう。これがあの有名な『萌えハマーン』かとしげしげと見つめると、こちらを見つめて笑い返してきた。いい子だなぁ。こんな子がああなるんだからやっぱりシャアは死ぬべきかな、などと考えてしまう。
「何を見ているの?宇宙?なにか爆発っぽいのがたくさん見えるよ?」
恐ろしい子!この子、やっぱりニュータイプの素質アリまくりだ……なんて事を考えていると、即座に反応したのが紫ババア。マハラジャに近づこうと動くが、機先を制して話しかけてみた。
「二人ともおきれいですね?僕はトール・ガラハウと言います。ギレン閣下の副官なんてしていますが、やっているのは話し相手とお茶の用意がせいぜいです」
その会話に望みを見つけたのだろうか、ドズルが話に割り込んできた。
「いや、こいつは頑張ってくれていてな!我が軍の……」
「ドズル!」
ギレンが怒鳴る。そりゃそうだ。こんなところで最高機密のMSの事なんぞバラされた日には取り返しがつかなくなる。どこに連邦の耳があるかわからないのに。
けれど、これはいい機会だ。ギレンに近づくと裾を引き、二人で話が出来る距離まで引き寄せた。ここぞとばかりにドズル、キシリアが近づくが、仕方がない。
「マハラジャ閣下はアクシズに赴任の予定でしたよね?」
「……君がそれを何処で聞いたのかは聞かないことにしておこう」
ありがとうございます、と一礼してから続けた。
「ダイクン派を抑えるためにもマハラジャ閣下をアクシズに飛ばすのは問題ありませんが、家族を人質とするように受け止められては却って逆効果と思います。私の方で閣下の御家族を引き受けたいのですが宜しいですか?」
「それで君に何の得がある?君の事だ、何らかの目的があるのだろう?」
喰えない人だ、本当に。提案に裏があると見抜いてくれているし、しかも外していないんだから。まぁ、いきなり現れた軍人の配属先を知った上でこんな提案していれば当然そう思うだろうが。さて、なんてごまかそう。
「キシリア閣下に一撃くわえたいのが本音です。あの人、このごろニュータイプだと目をつけた人間を片っ端から研究所送りにしてヤバい研究をかましてくれているので、一部問題になっているんですよ。内務省から上がっていませんか?最近、マハルやタイガーバウムといった貧民が多いコロニーで、行方不明者が多発している件です」
「あれがキシリアのせいだと?」
私はうなずいた。
「ええ、もっとも、デコイやダミーも含んでいますから結構な件数になります。内務省からの報告の数が、閣下が問題になるほどあがっていないようでしたら……内務省にキシリア閣下のシンパがいる事になります」
ギレンはため息を吐いた。
「まだ不足だな。内務省の件など、とうに承知しているはずだろう?今になって君がキシリアに手を出す理由にはならん。マハラジャの家族になにか思い入れでもあるのか?」
「否定はしません。かわいいですし。ただ、うちの孤児院が数回襲撃未遂を受けているので、これを機会に、とも考えています。実はアンネ姉さんとシーマ姉さんからの突き上げがありまして」
うそではない。ただ、この時キシリア機関の相手をしたのがホテル・モスクワ遊撃隊ではなく三合会の方々であるため穏当だっただけだ。遊撃隊を投入していたら恐ろしい事態になっていたに違いない。その上、最近は孤児院のあぶれものやシーマ姉さんの運送会社が元となって結成されたPMCガラハウ社(史実のシーマ艦隊)までそれに加わった。これまで活動範囲ではなかった宇宙空間や港湾部でのドンパチまで対応できる。そして孤児院出身のシーマ姉さんがこれを聞いたらどういうことになることやら。
ギレンは腹を揺らした。この人にしては珍しい。
「君にも苦手なものがあるか。いいだろう。だが、いくらかの面で見返りは期待したい」
「具体的には?」
「02がエンジンの小型化に手間取っている。君のところでも考えてもらいたい。それに、あまりやりすぎるな。ニュータイプはキシリアのおもちゃにしておけ。あ奴に面倒な事を起こされては適わん。それに、防諜をしているのはあ奴だ」
うなずいた。だが、これでは今度はこちらが支払いすぎだ。しかし怖いなこの人。ニュータイプ関連での争いって見抜いているよ。
「じゃあ、後一つ」
「言ってみたまえ」
「マハラジャ閣下の下にはユーリ・ケラーネ中佐を」
ギレンはうなずいた。よし、これでアクシズでの反乱フラグが消えそうだ。エンツォの奴には地上で苦労してもらおう。さて、ここでの用事は済んだ。次の仕事に向かおう。
移動するエレカの中でここ数年の自分を改めて振り返ってみた。
第二次コロニー建設計画の縮小は行われたが、計画そのものは継続し、0070年、サイド7に4基のコロニーを置くことに成功している。続く第3次コロニー建設計画は、サイド7の拡張と共に、火星、木星に居住用コロニーを建設する事で合意している。
史実は、コロニーの建設ラッシュで生じていたバブルがサイド3の債務放棄要求ではじけたために計画は縮小・停止されたのだが、この歴史では月面極冠都市(0071年に恒久都市『N2』~『N4』が完成したため、名称は『Nシスターズ』に変更)が出資を行っているため、規模こそ縮小されたが継続している。この規模縮小は、60年代後半から開始された、連邦宇宙軍整備計画に予算を取られたためだ。このため、だんだんと景気は冷え込んできている。
MSの開発は史実どおりに進み、現在、MS-02が開発中だが、やはりエンジンの大きさと出力の問題で開発が難航している。核融合炉を搭載した場合、エンジンサイズが巨大になりすぎ、動力鉱石エンジンを搭載した場合は出力が所定の値を満たさないのだ。ギレンの今回の申し出は、ザクの出力を出せるエンジンを供給するいい機会になるだろう。
火星のテラフォーミング技術は、やはり学会からの批判にさらされたが、なんとか実用の目処がつけられそうだ。惑星の核に対するダイナモの発動こそムリだが、火星の住環境を整え、月面と同じく恒久都市を建設するには充分らしい。こうした、テラフォーミングに対する熱の高まり具合は、準備段階としてのコントリズムに対する支持にもなってきており、各サイドの自治共和国化は意外に早く済みそうだ。
これらの事態に伴い、マーズィムの主張する通りにサイド3の経済も回復しつつある。工業用コロニーの設置予定がサイド7にされたものの、現状で完結した無重力環境で工業生産を行えるのはサイド3の値がやはり大きい。サイド3は月面との交渉で得た資源を、これら工業製品の生産に振り分けて貿易収支を黒字化した事で、民生が一時的に安定化し、特に他サイドとの緊張関係に終止符が打たれたことはいい変化だった。
しかし、最近、貿易収支が黒字化したにもかかわらず、民生が次第に傾いてきている。特に問題となっているのは民生用品の価格が少しずつ上がっているところだ。これはつまり、本来民生用品に用いられるはずの資源が別の用途に用いられている事を示唆している。
まだムサイやチベの設計が終わっていないはずなのに、ダーク・コロニーでもつかっているのか?MSの生産用設備の拡大は確認しているし、今は低出力ジェネレーターを装備したモビルワーカーMW-01、02の生産が開始されたと言うが、月面が購入しているから収支は出しているはずなのに……
ゲルトたちに頼んでダーク・コロニーに潜入してもらう必要があるかもしれないな。こういったときに金属と融合する事で情報を得たり、強化や支配を行えるブラスレイターは有用だよね。ノーマルスーツ無しで宇宙に出れるところもいい。
そんなことを考えているうちに車が目的地についたようだ。
「失礼します、トール・ガラハウ大尉相当官。参りました」
「良く来られた。好きなところに掛けたまえ」
老年の男性、デギン・ソド・ザビ公王は言った。
「あの3人の様子は如何だね」
「いつもどおりかと。ドズル閣下とキシリア閣下はマハラジャ閣下に御執心のようです」
デギンは荒々しく鼻を鳴らした。
「あのバカどもめ。下手にマハラジャに手を出せばどうなる事かぐらい想像がつこうに」
「一番落ち着いておられたのはギレン閣下ですよ」
「あいつの場合、手を出さん方が却って不気味だ。手を出さんことそのものが手を出している事になる。まったく、独裁者が不気味に薄ら笑いを浮かべながら立っていればあらぬ事を考える奴が出てくるぐらい想像できんのか」
「そこのところも承知の上でやっていると思われますが」
「なおさら性質が悪い。デラーズなど狂信に近いのだぞ?」
なるほど。やはりこの人、良く見ていらっしゃる。息子二人に娘一人がどれもタイプの違う暴走機関車ともなれば嫌でもそうならざるを得ない。それに、キャスバルに焚き付けられたとはいえ、ガルマにもその気があるし。
デギンはそんな私の胸中を別の意味に受け取ったようだ。
「やはり、起こるか」
「ええ、間違いなく」
私は立つと窓際によった。窓と言ってもスクリーンで、画面上には大きく月の裏側が映し出されている。月の裏側にあるL2ポイントからは、月にさえぎられて地球は一年に2ヶ月しか見えない。
「開発中の03が実用段階に達し、改良型が出来、数量が確保できれば。必ず」