「……クソ、行っちまったか……」
閃光が収まってから周囲を見渡すと、ジオングと同じ頭部にあるコクピットは見えない。どうやら、今の閃光が見えた瞬間、コクピットだけで飛び出してどこかに行ったらしい。恐らく、要塞に戻って亡命フラグを構築しようとしているんだろうなぁ。
「……うわ、何を口走ってんだ、俺。勢いに任せて完全にシャアと敵対フラグを作ってない?あ、そういえば、アムロ君は……」
呆然となるこちらにやっと気づいてもらえたらしく、こちらにガンダムが手を振っている。この歴史ではコア・ファイターで帰ることも、ホワイトベース隊の待つランチに帰る必要も無いわけか。ホワイトベース浮いてるからな。片腕と頭を失っている所は同じだが、要塞の内部ではないし。返事をすると、ホワイトベースの方に戻っていった。ようやく、か。さて、シャアをどうにかしないと。
要塞に戻ったシャアを拘束してガーティ・ルーに放り込んでおくように命じていると、ハマーンがこちらに向かってくる。結果論だがこちらの言うとおりに、ただずっと見ていてくれただけなのが本当にありがたかった。あの戦闘の中に入ってこられるとか冗談じゃない。絶対にこっちの精神が持たない。
ただ、これまでの戦いを見ていると結構シャアにでも楽に勝てそうな気がしないでもないことに気がついて蒼くなった。これで肉体戦闘的に強い人まで出てきたら、詰みだな。そんなことを考えているとハマーンから通信が入った。
「何考えてるの?」
「ん、帰ったら大変そうだな、って……とりあえず、眠りたい……っ!」
何かを感じてハマーンのプルサモールを引っ張り近くのアステロイドの陰に隠れる。近づいてくる機体が三機、ガンダムタイプで、しかも赤い。……カメラアイがゴーグルタイプになっているが、機体の方は……あれはレッドウォーリアか!?
「戦闘を行っていたジオン兵に告ぐ!機体を捨てて投降するか撃墜されるかを選べ!」
いきなりの通信。どうやら、第一軌道艦隊からの監視隊がコッセルたちに塞がれたのを見て、回りこんできたようだ。コッセルたちとの通信をオンにすると、事情を察したらしい中隊がこちらに向かい始めた。それを追って、ガンダムNT-1を回収したトロッターとホワイトベースも向かってくるようだ。
そうした動きを量子通信システムで確認した私は、近づく連邦の船に通信を開いた。
「接近する連邦軍のMS三機に告げる!既に暫定休戦協定が発効し、本空域はジオン軍の戦線整理区域である!貴官らの行動は協定違反である!」
しかし、そうした要請は一言の下に斬り捨てられた。
「敗北したスペースノイド風情が何を!命が惜しいのなら機体を捨てて投降しろ!」
「……バスク・オムか」
今の戦闘をどこかで覗いていたか?ちぃ、調子に乗ってオルゴン・クラウドなど使うんじゃなかった!この機体にはラースエイレムもあるから、二つの秘密がばれれば恐ろしいことになる。量子レーダーで確認するが、周囲に他の友軍はいない。最も近い部隊でア・バオア・クーに戻る部隊の整理をしているガーティ・ルーだ。この距離ではすぐにはここまでこれない。
「ハマーン、すまないが、手伝ってくれ」
そういって機体に動く準備を整えさせると同時に機体のチェックも行っていく。制御AIの出した結論は機体動作の入力から発動までのロスが生じ、しかもそれが先ほどの戦闘中にかなり広がっている。出撃前の調整不足がたたっているらしい。しかも、ハードウェア・ソフトウェア双方でだ。
ごてごてと武装や能力をつけた挙句がこれか。流石にガーティ・ルーに乗せているメイ・カーウォンや三人娘でも手が出なかった、と。仕方が無い。この機体に搭載されている技術は宇宙世紀と異質なものが多すぎる。どちらかを完璧に動かそうとすれば、片方に支障が出るのも道理、か。
システムの方を確認してみると、やはり新しい項目に「ミスマッチング問題」と書いてある。好きにMSを強化出来はするが、それが戦闘中に問題なく使えるかは、メカニックによる整備次第、ということか。しかも、呼び出したキャラクターによってマッチングできる技術に差がある、と。ゲシュペンストが性能通りではないような気がしたのもこれか。量産型の方はミツコさん効果でOKだったが、ワンオフタイプの方は誰かを持ってくる必要がある、と。
クソ、実戦経験がないと言うことがこれほどまで祟るとは。それに、これは実戦での戦闘経験が無ければ絶対に解らない。こんな、不利な状況でもない限り、クソっ、確認したデータでは、現在発揮できる性能がかなり落ちている。シャア相手に無理をしすぎた!もっと戦闘を行っておくべきだったと悔やむが、そんなことはいまさらどうしようもない。
三機のガンダムタイプはこちらを取り囲むように迫ってくる。上手い具合にアステロイドを陰に使っているから、射線が取りにくい。脚部が先ほどの戦闘で破損しているため、射線を向けるのも一苦労だ。あ、クソ、脚が破損しているなら破損状態でのスラスター調整をかける。基本なのに。
ハマーンのプルサモールが支えてくれるが、流石にここで二機とも敵の手に落ちるのは避けたい。バスクがいるということはティターンズ系となれば、ハマーンは利用される!
フォトン・ライフルを取り出すと連邦軍へ再度通信を開く。
「警告する。この空域はジオン軍の戦線整理空域であり、貴官らの行動は明確な停戦協約違反である!」
「先に攻撃を仕掛けてきたのは貴様らだ!始末をつけたからといっていい気になるなよ、宇宙猿!」
……相手がバスクじゃこうなるわな。
第36話
ア・バオア・クー空域で恐らく最後の戦闘となる戦いは、連邦軍側の攻撃から始まった。Nフィールドにおいてランゲルマン中将とビュコック大将の会談が始まったとほぼ同時刻のことだった。
三機のガンダムタイプはビームライフルを放つが、ゲルググの近くに陣取ったプルサモールのIフィールドに弾かれたのを見るや、ライフルを腰にしまうと、1機が背中のバズーカを腋に構え、2機がビームサーベルを左腕に構える。
「トール!逃げて!」
ハマーンのプルサモールが三機に向かう。
「やめろハマーン!敵は普通じゃない!」
すぐさま私もゲルググを再起動するとハマーンの後を追う。左腕にビームサーベルを構えているなら、あの機体は絶対にあの装備を使う。ハマーンはそれを知らない!
「このプルサモール、見くびってもらっては困る!」
戦闘中に口調がZになるのか。などというバカな考えが頭に浮かんだがすぐに消してスラスターを吹かせるが、左足と右肩を失っているので推力が低下している。思ったように速度が出ない……!?まずい、接触した!
バズーカを明らかにプルサモールではなく、周囲のアステロイドに向けた射撃がハマーンに降り注ぐ。先ほどの戦闘を見て、Iフィールド拡散の為にアステロイドを使うようだ。こりゃ完全に見られてたな。
「きゃっ!?そう、何度も!」
そう叫ぶハマーンのすぐ後ろに一機が迫る。右腕の内臓ビームサーベルを振り上げるとプルサモールの片腕を切り落とした。ビームサーベルの余波で一基のIフィールド・ジェネレーターが破損する。ラミネート装甲も、熱量を吸収しきれなかったようだ。それに、目が左腕にいきすぎていた。レッドウォーリアは右腕にビームサーベルを内蔵しているのだ。
「きゃあああっ!?」
「ハマーン!」
私はゲルググのスラスターを一杯に踏み込むと、残った左肩をレッドウォーリアにぶつけた。同時に機体から何か流れ込んでくる。赤い、コロニーが焼ける情景。ノーマルスーツのバイザー越しに、赤く焼けるコロニー、そして蒸発する人間の姿。金髪の女!?そうか、レイラ・レイモンドか!?レイラの強化の元となった記憶は、ルウム戦役か一週間戦争での、コロニーが核で焼かれる情景か!
「だから赤いEXAMかよ!」
接触した際の精神感応で、こちらに向かってくる二機がコンピューター制御の無人機である事を確認した私は、すぐにビームサーベルを引き抜いて切りかかる。しかしすぐに避けられた。機動性が尋常じゃない。乗っている人間にかかるGを考えなくて良いから、動きが変則的で中の人間を気にしない、Gを考慮しない動きが出来るとは!
「単純なスラスター出力の勝負か!」
こちらを向いたレッドウォーリアのサーベルを避けた瞬間にもう一機に切りかかられ、右腕を失う。ハマーンを無事に抜け出させることが出来たが、今度は二機がこっちに向かってきた。
「若!あぶねぇ!」
「コッセル!来るな!」
コッセルのゲルググがビームライフルを打ちながらこちらに来るが、控えていた一機のバズーカで脚を吹き飛ばされた。回転しながらアステロイドに激突し、後ろから来た海兵隊員が助けて離脱。良い仕事をしてくれる!
「トール!」
コッセルに注意を向けた瞬間を狙ってビームサーベルで切りかかる一機をオルゴン・クラウドで避けた私はその機体の後ろに出現してサーベルで切りかかる。しかし避けられ、機体の腹に蹴りをもらうことになった。衝撃でフォトン・ライフルが腰から離れる。
「ハマーン……離脱しろ、こいつら……」
バズーカを構えた一機が陣形を維持すべく前進してくるのを見て、私は言った。撃墜されても一日で復活できるこちらとは違い、ハマーンは死ねばおしまいだ。
「だめだ!死んだらどうなるか解らない!」
そういうとハマーンは残った片腕側のIフィールドにエネルギーを回すと、ゲルググを守るように立ちふさがる。畜生、後ろに回られた!離脱が難しくなる!
「閣下!シーマ中佐、左から願います!」
「あいよ!トール、少し我慢しな!」
そこにいきなりの通信。シーマ姉さんのガーベラ改とガトー大尉のゲルググ!?あの二人、いつの間に!?
「トール、キットがもうすぐ来る!ハマーン、トールをつれて後ろに引きな!ガトー、ハマーンを頼んだよ!」
「姉さん!気をつけて!奴ら、ニュータイプぐらい強いわ!」
「だめだ、姉さん逃げろ!」
ガーベラ・テトラ改のビームマシンガンの援護を受けて前進するガトーのゲルググ。一機がガトーのほうに向かってサーベルで切り合いを行い始め、ガーベラを排除すべく二機が前進する。まずい!EXAM機相手にガーベラじゃ!
「ハマーン!姉さんを……」
「トール!」
「中佐!上です!」
三人の注意がガーベラに向いた瞬間、上から放たれたビームバズーカがガーベラ改の右腕右足を吹き飛ばす。さすが二ポイント生成の機体だけあって防御力が高い。普通だったら一発で終わってる。しかし、あの機体のビームバズーカはなんて威力……4号機のデータを使っている!?
「ガトー!姉さん連れて逃げろ!」
「閣下!」
「うるさい、早くしろ!俺のこと考えてる暇があったら早く!」
残った左腕に内蔵されている速射砲で反撃を開始するガーベラだが、今の一撃で戦闘力のほとんどを失ったのは丸わかりだ。ガトーとハマーンが向かうが、間に合いそうにない。ヤバい、もう一撃来る!バズーカを構えた機体に光。このままじゃ一発もらう!
「姉さん!」
「……あまり趣味の良い機体とはいえませんね」
そんな、機会音声染みた声が響いた瞬間、マントに包まれた機体がガーベラとバズーカの間に入り、マントらしき布状の物質でビームバズーカを止めた。アレは仕舞っておいたはず!
「配色が悪いです。カラーデザイナーの色彩感覚を疑います」
「キットか!?お前、ヴァイサーガを持ち出したのか!?」
ヴァイサーガ。OGシリーズでラミア・ラヴレスの隠し機体。機体追従性に難を抱えるが、戦闘速度が速い。その期待追従性を解決するためにサイトロンを積むなど改造を加え、早すぎる機体の動きについていけない事を考えて着脱式の機体制御AIを搭載可能にしたVR系機動兵器だ。本来なら40m超の機体に130tと大きいが、ダウンサイジングでガンダム並の大きさに押さえてある。
キット――K.I.T.Tはその着脱式機体制御AIだ。と言っても、80年代アメリカ・ドラマなんて誰が覚えているんだろう。ナイトライダーなんて古過ぎる。しかも、たまに俺の名前をマイケル・ナイトと間違えるのが御愛嬌だ。あ、声はそのままですよ勿論。
「マイケ……トール。さっさと機体を乗り換えてください。そのゲルググでは限界です」
「了解。ガトー、姉さんを頼む!」
そういうと私はゲルググからヴァイサーガへのポーテーションを試みる。事情を察したガトーがシーマのガーベラをつれて退き、ハマーンのプルサモールが援護に入る。その間にゲルググからヴァイサーガへのポーテーションが終了した。ここで、トール・ガラハウ少将は死ななければならない。公的には。
すまん、一年戦争中、世話になった!
ここで機体をティターンズに渡すわけには行かない。五大剣を抜くと、ヒートモードに設定してゲルググのジェネレーターを貫く。ジェネレーターであるオルゴン・エクストラクターが暴走を開始したと同時にハマーンをつれて離れる。
「……すまん。下手な使い方しか出来なかった……っ!」
謝ると同時にゲルググは爆散した。緑色の光がすべてを包み込むように光、そして別の場所へとすべてを運ぶ。トール・ガラハウ専用ゲルググは、そしてトール・ガラハウという人間はここにその役目を終えたのだ。
「あの新型を捕らえろ!」
バズーカのエネルギーがきれたのか、それともこちらの捕獲を最優先にしたのか、三機のレッドウォーリアが迫る。ビームバズーカをマントで遮ったのを確認しているから、少々の命中弾は気にしなくて良い。ハマーンや姉さんたちが充分に後退をしたのを確認すると五大剣を抜いて構える。
「トール、五大剣のほとんどの機能はミスマッチングで使えません。私のサポートで使えるのは水流爪牙だけです。正直、五大剣は出来の良いヒートソード程度ですよ」
私は頷くとアステロイドを蹴りながら三機のレッドウォーリアに迫る。バズーカを構えたリーダーらしき一機が次々にバズーカを放つが、それを避けて一機に迫る。赤く発光し始めた五大剣を振るい、小型シールドごと左腕を切り落とす。直後に胴体に蹴り。しかし、効いた様子はない。
「トール、前衛二機の本体は頭部のOSです。狙いを間違えないように」
「お前、本当に説教好きだな」
そういうと背後からのビームサーベルを五大剣で受ける。同じように蹴りを放つが、胴体で受け止めてられてしまった。やはり、反応速度が思ったよりも鈍い。抱え込むか、懐に入り込んで外さないようにしないといけない。
それに、と思いなおして操縦桿を操作し、蹴り飛ばした二機を放ってリーダー機に向かう。あれがリーダーなら、落してしまえば二機の運用能力が落ちるはずだ。
リーダーらしきレッドウォーリアはビームサーベル一本で太刀打ちできないと判断したのか、右腕内蔵のビームサーベルと交差させる形で如何にかしようと考えたのだろう。そしてそれはあたりだった。熱量同士の喧嘩がほぼ互角。五大剣の状態にアラームがなったため、先ほどと同じく蹴りを胴体に入れて機体を離す。
あ?なんだ!?ラリー・ラドリーにアニッシュ・ロフマンか、あの二人は!?
一瞬、機体と接触した際に何かが流れ込んだような感覚。中でも、視点であるパイロットに向けて笑みを浮かべるのは樺太基地攻防戦で死んだ二人のパイロット。それに、見えた光景の奥にはノエル・アンダーソンもいた、ということは。
「アレに乗っているのはマット・ヒーリィか!?」
「……照合完了。トール、連邦軍のデータベースが12月24日付けでアップデート。幕僚総監部を通さずに、第7艦隊司令部の行方不明者救助欄にヒーリィ中尉の名前を発見しました」
ジャミトフが誘拐していたのか……PTSDか!強化人間への強化に必須のPTSDの発症か!
「舐めた真似を。戦後を覚えてろよ」
「トール。今は目の前を如何にかしてください」
両手にビームサーベルを持って突っ込んでくる二機をいなす。反応がやはりこちらの思っていたよりも遅い。大分、オーバーモーション気味に機体を動かさないといけないらしい。ん?バスクたちの反応がない。通信チャンネルを開いて確認。
「このバカもん!貴様らせっかくの協定成立を不意にするつもりか!」
ビュコックの声だ。
「しかし、閣下。現在前線で戦っている将兵はコロニー落としの被害を受けたもので、こちらのいう事を聞きません!」
こちらは……コリニーか?ジャミトフのあの声じゃないな。なるほど、どうやらビュコックの爺さんにランゲルマン中将が話を持ちかけたらしい。それに引かれる形で、第7艦隊の部隊が離れ始めている、と。となれば、そろそろ潮時か。しかし、責任がある。
「キット、EXAMは頭部だな?」
「……OSの反応は其処から出ていますよ、トール。ただ、リーダー機からは他の2機に対して指示をサイコミュを通じて送っていますから、下手に潰すと逆流が起きる可能性が。どちらにしても、あのパイロットの精神状態はかなり不安定です。使い潰すつもりなのでしょうね」
コンソールを操作して機体の状態を確認する。ミスマッチングはこの機体でも発生しており、ラースエイレムやオルゴン・クラウドの使用にはコンマ2秒の誤差が生じるらしい。それだけあれば避けられてしまう。ん?
「キット、リミッターってなんだ」
「……あまりオススメしませんが。私の補助下で反応速度、追従性を上げるために設定してあります。言ってしまえばトラ…」
「言わなくて良い。なるほど、K.I.T.Tでナイトライダーだからトランザムと。そうなれば良いかなーとか考えて名前設定したのに早速……」
「トール、この世は非情です。それに、フィードバックで精神汚染される可能性があります」
それ無情の間違いじゃないかと思いつつも納得した。サイトロンとサイコミュの併用で無理やり操作性を上げるのだろう。となれば、当然精神状態は無防備になる。ハマーンみたいにプレッシャーに対する壁がないから、もろに影響をこうむるわけか。
仕方ない。
「トール。注意しておきますが、システム本体によると使用に際しては『エロスは程ほどにな』と言われました。あなたならわかるといっていましたが、どうでしょう?」
システムを開いて確認する。生きるために使うべきか、死んじゃっても良いから使わないべきか本気で迷う。
あれ?なんだこの追加機能……へ?
急に使いたくなくなった。
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一年戦争が終わるまでは自重しない方向で。