「作戦などもう如何でも良いわ!」
公王官邸の謁見場に怒声が響き渡った。
「増援一つも満足に出さず、ドズルを見殺しにしたものがよくもまぁおめおめとわしに作戦などと進講出来たものよ!」
デギンの怒声にその場が静まり返るが、その怒りを一身に向けられたギレンは
「手をこまねいていたわけではありません。尽くしたのです。誤算はむしろドズルが短気をおこしソロモンで果てようなどと思いつめたこと!そんな必要など無かったのですよ?ソロモンは軍事的要衝の一つに過ぎず、失陥としたとしてもまた取り返せば宜しい!」
「よく戦い、よく守った者に責めを負わせる気か!」
「事実!妻子を脱出させえているでしょう!?ドズル自身にもそうした機会は充分残されていたはず!敢えてそれを採らなかった武侠心!悪戯な武張りで却って大局を狂わせたのですぞ!」
「……そういう性格の男であることを、おまえは重々知っていように!」
デギンは苦しそうに声を吐き出した。しかしギレンは言葉を止めない。
「ドズルの独断は我々に過度の損耗をおこせしめ、作戦は若干、変更を余儀なくされますが勝算は尚!我々の方にあります。ご説明しましょう。まずは予想される敵の進路!容易に二つが考えられます。ソロモン攻撃の時点でもはやグラナダの目はありません。このジオン本国とア・バオア・クー。どちらを進むかを選ぶのはレビルでしょうが、ティアンム率いる艦隊に大打撃を受けた敵が進むのは、ア・バオア・クーではありえない!連邦もふところがきびしいでしょうからな」
ギレンは星図を指した。指した場所はソロモンからサイド3へ向かうルート。
「したがって、レビルは必ずジオン本国への攻撃命令を出します。そしてそれこそが、我々に勝利を、連邦には破滅をもたらすのです!」
「密閉型コロニーを改造してレーザー砲に転用。住民を強制疎開させる『ソーラ・レイ』か」
ギレンは頷いた。
「さよう。父上、御裁可を」
「よくいう。独断でも事を進める腹であろうに」
デギンは鼻で笑うと、イスの横においてある羽ペンを取り、命令書にサインする。ギレンはそれを受け取ると秘書のアイリーンへ渡した。
「さすがお見通し。父上には敵いませぬ」
「ギレン。勝ってどうする?連邦に勝った後はどうするつもりだ」
「既に方針はゆるぎなく。独立が認められ、我々は宇宙に覇権を築きます。宇宙に上がった優れた人種を率い、もっとも優れた我がジオン公国がそれを統治するのです。人類永遠の存続、地球圏の汚染を進ませぬために、です」
「貴公、アドルフ・ヒトラーを知っておるか?」
唐突な質問にギレンは眉を上げた。
「ヒトラー?確か中世期の独裁者だったと記憶しておりますが」
「うむ。独裁者でな。世界を読みきれなかったバカな男よ。……お前はそのヒトラーの、尻尾だな」
ギレンはその言葉に鼻白んだ。父親からもっとも低い評価を受けたことは理解しているし、ここでその言葉を発せられたことが強く彼の自尊心を傷つけていた。
「私とて、ジオン・ダイクンの革命に参加した男です。その思想の何たるかは心得ている!軟弱と我執に取り込まれるのが衆愚政治たる民主主義!それが何を生み出したか!?官僚の増長、情実で動く世!愚かにも自身の欲望しか省みない民衆!言葉に蝕まれ、本当に重要な事を理解できないまま、無為に人が過ごす!その結果が今次の大戦である!」
ギレンは星図を映し出していた移動式のモニタを強く叩いた。
「……そうでしたな、父上?」
そして脅すようにデギンをにらみつける。
「人類は革新されねばならない!地球に寄生するものにはそれが出来ない!革新できるのは宇宙に住むものにのみ可能である!……ダイクンの言葉ですぞ?その死後に理想を体現された方!デギン・ソド・ザビ公王!偉大なる建国の父!そのあなたがその理想を信じられずに動揺なさっておいでだ。見たくない図だ!」
ギレンはそういうと身を翻し、議場から出て行く。扉の前で振り返ると、デギンに向けて言った。
「私はア・バオア・クーで指揮を取ります。キシリアの艦隊もソロモンへの陽動の後に移動してくるでしょう。勝って、勝ってご覧に入れよう。ヒトラーの尻尾をとくとご覧ください」
ギレンは音高くドアを閉める。デギンは消え入るような声でそのドアに向けて言った。
「……ヒトラーは、所詮、敗者ぞ」
第29話
ドズル救助後、シャアのソロモン攻撃の予定を遅らせた私はサイド3本国へ帰還した。入れ違いにギレンがグワジン級「ガンドワ」でア・バオア・クーに向かう事を確認した私は、ズム・シティの隣バンチ、コア3にあるジオニック社所有の施設に入った。
「よく来られた、少将。お待ちしておりました。こんな老人に何の御用かな?」
ポリネシア風のたたずまいの部屋に入ると、目的の老人がいる。脇に銀髪の女性が立っていた。以前に見たフォログラフどおりの容貌。エリース・アン・フィネガンか。
「あなたがつかんでいるギレン暗殺計画について、御相談がありまして。ホト・フィーゼラー相談役。それに、戦後の色々についても」
この時点でホト・フィーゼラーがすべてを知っているわけではないことを知っていた私は、ギレン暗殺計画に関与する情報提供を申し出た。勿論、それがあらぬ憶測を呼ぶであろう事は承知していたが、セシリア・アイリーンの身柄は確保しておきたかった。連邦に引き渡される後についてはよく知らないが、ギレン系の反連邦組織を動かすとしたら、彼女の存在は役立つことになるし、かつまた、彼女の持っている情報を握っておく必要があるからだ。
「あなた方お二人がお孫さん……レオポルド・フィーゼラー氏の安全を願って動いておられることは承知しております。勿論、戦争終結後、彼がこの共和国で好きに生きる状況を整えていらっしゃることも。……そちらのお嬢さんはまた別の考えをお持ちのようですが」
老人の口調が切り替わった。先ほどまでのどこか楽しむ口調から、冷たい、経営者にふさわしい口調へと。
「……この老人は追い先短いのでな。あの子とはまた別に話してくれればそれでよかろう。御用件は?」
「率直に言います。レオポルド氏の安全とその後については私と私の下も協力いたしましょう。その代り、お譲りさせていただきたいものがありまして」
「なにかね?」
「戦後、ジオニック社に援助いたしますので、今進んでいるアナハイムとの業務提携の話を白紙に戻していただきたい」
杖を持つ手が止まった。いや、びくりとゆれたのだ。
「アナハイムが狙っているのが、我が社の合併だからか?ふふ、お前さん、やはり月の太洋重工と何か関係があるらしいの。でも無理じゃろう。連邦はジオンの進んだMS技術を欲しておる。アナハイムとジオニックの合併は避けられまいて」
「でしょうね。あなたが死ねば、避け得なくなります。レオポルド氏にその力はありませんし、フィネガン嬢は彼のサポートで忙しくなるでしょう。フィーゼラー家の半分以上がアナハイムに鼻薬をかがされている現在、戦後の合併が避け得ないのはわかりますが、それでは地球圏の経済に悪影響ですので」
「ほっほっほ。其処までわかっておるのじゃったら、話など無駄じゃろう?」
「いいえ、適切な経営者と業務提携があれば乗り切れます。戦後、ジオニックはMS生産を禁じられるでしょうが、それだけで企業経営を成り立たせてきたわけではないでしょう?この国最大の重工業コングロマリットとして、艦船建造や民需品の生産などに携わっていたことは知っております」
「ほぅ、適切な経営者じゃと?それで、誰を持ってくるおつもりかね。アナハイムやヴィックウェリントン、太洋重工に対するジオニックの経営者に。生半可なものでは勤まるまい?」
「セシリア・アイリーン嬢を」
老人の瞳が薄く光った。脇で話を聞いているエリース・フィネガンは驚きに目を見開いている。
「可能かね?」
「可能でしょうね。戦後、彼女は当然再就職先を探さねばなりませんし。ところでお聞きしたいのですが、何故ここに総帥府秘書官長室勤務のフィネガン嬢がいらっしゃるのです?見たところ、ご縁がおありのようですが」
「バカな事を聞くものでないよ。お前さんがわかっているのは知っている」
私は微笑すると頭を下げた。
「現在の私の立場は親衛隊の少将です。あなたが親衛隊にそこのフィネガン嬢を送り込み、セシリア秘書官長へのルートにしていた事を、先ほどお話した暗殺計画と併せて告発することも可能です。顧客ニーズの開発のためとはいえ、進行中の総帥暗殺計画を知りながら、それを秘匿して自身の安全に利用しようとするのは、今はまだ国家反逆罪ですから。まぁ、もっとも、こんな手段は採りたくありませんが」
「そこまでお前さんがアナハイムとの合併を嫌うわけが知りたいの。セシリアの件もそうじゃが、お前さん、あの娘の何かかい?」
「後半についてはNoです。婚約者がおりますもので。……彼女の安全を確保するのが第一ですが、第二にはMS関連企業の複数化とMS市場の独占回避が目的です。ジオニックでさえ買収にあうわけですから、ツィマッドやMIPは避け得ないでしょう。アナハイムがMS技術を取得したいならその2社で充分。ジオニックまで買収されると、こちらも困ります。二極体制なんて冷戦、避けたいのですよ」
「しかし裏ではどうにかしようと考えておろう?そのためにセシリアの助命を望んだのではないかな?彼女はギレンに近すぎる。連邦に引き渡さざるを得まいて」
「セシリアの件を持ち出したのはアナハイムでしょう?連邦をなだめるためにギレンの愛人を差し出せ、と。内務監査を束ねておいでですから、公国の暗部についてよく知っていることでしょうし。アナハイムはジオンの暗部を差し出し、あなた方の買収を連邦に認めさせ、あなた方は連邦の体制に取り込まれて安楽に生きられる、と。ただ、アナハイムを商売相手にするのは勧めません」
トールはそう言うと立ち上がり、ホログラムに映る南国の風景を眺めながらタバコに火をつけた。
「代価を持っているのであれば連邦に払いなさい。アナハイムに払って伝を頼るのは、箱の件があるからでしょうが、早々力があるものでもないのですよ?中身がわからないからこそそこに不安を感じますが、開けてみれば実は結構、他愛も無いものです。むしろ、箱はあなた方に利益をもたらすよりも、不利益のほうが多いものですから。アナハイムは簡単に裏切るでしょうね」
老人はイスに深く寄りかかるとため息を吐いた。
「其処まで知っておるか。君ら……いや、君はどんな人物だね?今までの話を聞くと、総帥の信頼を得るのに充分な人物のようだが」
「……お人払いを、といいたいところですが、まぁ、いいでしょう。箱と同じですがね。あけたら後戻りが出来ない。ラプラスの箱の意味を変えた人間たちの末裔、とでも言っておきましょうか。あまり、貪欲に独占経済など作られては困ると考えているだけです。市場が意味を持たなくなりますし、何よりも健全じゃありません」
「……交渉の余地は無い様じゃな」
「申し訳ありません。時間がありませんので」
私はフィネガン嬢を見てから微笑した。老人もフィネガン嬢を見てから、何かを思い出すように間をおいた。言葉を続ける。
「人質をとるのは趣味ではありませんが、そうも言ってはおられませんし。それに、あなたの方は人質をとるのに容赦が無いようですから、気兼ねもありません」
「いいよる、いいよるわ」
ほっほっほ、とホト・フィーゼラーは笑った。
部屋を出る際、思い出したように振りかえると私は言った。
「フィネガン嬢。レオポルド氏に、望む世界を与えようなどとは思わないことだ。彼の事を思うなら、まず何よりも彼自身が何を望むかを考えて行動しなさい。往々にして、余計過ぎるお節介と言うのは良い関係に陰りを与える。君が本当に望んでいる関係を彼と結びたいなら、君は自分の気持ちに正直になって思いを伝えるべきだよ」
フィネガン嬢は驚いたように目を見開いた。
「何故、そんなことが言えるんですか」
「この戦争に英雄は存在しない。まぁ、元々戦争に英雄は存在しないがね。ただね、誰しも作られた英雄にはなりたくないし、道化師にはなりたくない。君にとっては意外かもしれないけど、彼は、誇りある敗者になることを望んでいる。そしてね、敗者に必要なのは、支えてくれる……違うな、一緒にいてくれる誰か、だよ」
「……あなたに、何がわかるんですか?」
「ついぞ、実感させられたばかりだからね。これこそ余計なお節介という奴かな?」
ジオニック社との会談がまとまったことで、戦後世界をリードするMS生産可能な軍需産業が、アナハイム、太洋重工、ジオニックの三社となることが決定した。アナハイムがツィマッド、MIP両社を合併するから、歴史どおり、ドム系のリック・ディアスはアナハイム製になるのだろう。ジオン共和国にMS生産能力を残すことに否定的なものに対しては、月面グラナダ市への本社移転をちらつかせればいい。
しかし、これでMS系の企業三社が月面に本社を構えることになったわけで、後々問題が生じる可能性がある。ニューディサイズの反乱に悪い影響が出そうな気がするがとりあえず様子見をする他は無いだろう。戦後をにらんだ布石作りの一環、という訳だが、果たして如何動くか。
私はベイの連絡艇に入ると、操縦席のバイオロイドにズム・シティへの進路を進むように指示。キシリアが乗っているだろう「ザンジバル」を横目で見つつ、隣に席を当然のごとく占めたハマーンと談笑しようとしたとき、通信が入る。今度はミツコさんだ。
「お元気?……あら、お楽しみのようでしたわね」
「……ずるい奴、消えろ」
ヒイッ!?オーラが、オーラが見える!?赤黒いよ!?
「何も出来なかったお子様に言われたくありませんわ」
「わかっていてやった?サイアクだ」
……頼むから私のひざの上でガチバトルをしないでください。魂が口から出そうで大変です。
「……あなたのことは戦争が終わった後でゆっくりと。これからの夫の行く末についてじっくり話す機会を持ちましょう?」
あ、微妙にミツコさんの口が引きつっている。それに気付いたらしいハマーンが身を乗り出してひざの上に座り、背中をもたらせたうえに両手を胸に抱え込んだ。……何も感じないのが悲しいが、感じたらソレはヤバいだろう。
「……いい、いい度胸ですわ」
「ふふ、勝ちだ」
このままでは全く話が進まないので話に割り込む。口をあけたら口の中に髪の毛が入りそうになり、どけるために顔をハマーンの横にやると、ソレが更にミツコさんを刺激したようだ。アレ?もしかして墓穴掘った?
「いい度胸ですわ。業務連絡です。マット中尉の行方不明は現在も変わらず。第13独立艦隊が敵の新型とソロモン沖で接触したそうですけど、被害は双方共になし。ただアムロ少尉とセイラ少尉の様子が変ですわ。恐らく、シャア大佐と接触したのでは?……どうしましたの?」
……よかった。まだ光る宇宙が発生していない。アレが起こると取り返しがつかないからな。しかし、ここで起こらないとなるとORIGINのようにア・バオア・クー直前か。
「連邦軍の予定は?」
「20日に出航、途中で艦隊の編成がありますから22日にはサイド3かア・バオア・クーへ到達できますわ。トール、厄介なことに、今回の艦隊、第7艦隊としてコリニー提督の部隊が参加していますわ。ティアンム提督の第二軌道艦隊がソロモンでの被害でルナツーに退避していますので総勢は変わらず4個艦隊。戦艦72隻、約巡洋艦350隻の大艦隊ですわ」
ついに出てきたか。コリニーの奴が参戦するとなると、ア・バオア・クーでのこちらの動きも決まったな。
「作戦は?ア・バオア・クーへの攻撃案でいい」
「流石にソレは。調べさせておきますけれど……ああ、前回ヤン少将に問い合わせました、亡命科学者のリストありますでしょ?手に入りましたけど、送る手段がありませんわ」
ため息を吐く。そう、か。
「じゃあ次の名前が無いか確認してくれ。クルスト・モーゼス、ローレン・ナカモトかもしくはローレン・ハルツン、あるか?」
「……それらしい名前はありませんわね」
ほっ、と息をつく。フラナガン機関への襲撃を繰り返していたことが役に立ったか。マリオン・ウェルチの意識ははっきりしているし、アンネ姉さんのところで頑張ってくれているから、EXAMのフラグも無い、か。
「その二人がどうかしまして?」
「趣味にあわない研究をする人なので。……ミツコさんミツコさん?」
どんどん顔が恐ろしいことになっていくからどうしたかと見回してみれば、無視された格好になったハマーンが色々し始めていた。写真に撮られたら、如何見ても危ないDVDジャケットの完成である。ちょっと駄目!乗客二人しかいないからってそれは駄目よ!僕の手で遊ばないで!
「……良識は持ち合わせてくれているようで、安心は致しましたわ」
「……むぅ」
「もう、嫌……このSAN値を削られる生活っ!」