ゲルググをソロモン内部のベイに寄せ、援軍だといって要塞内部に入ると同時に衝撃が走った。
ソーラ・システムの攻撃。一瞬にして要塞内部の喧騒が激しくなり、絶望的な報告が相次ぐ。
「第6ゲート炎上!高熱源体直撃!粒子反応なし!」
「敵の新兵器か!?」
司令室に入ると同時にドズルの声が響いた。
「グワラン以下の艦隊はどうした!?」
「通信途絶!ゲートと共に消失した模様!」
「熱源、移動して第6から第5ゲートへ!第6、第5、第7ブロックの一部、更新途絶!熱源が移動して要塞を焼いています!」
「閣下!」
「トールか!……まずいところに、いや、いいところに来てくれた。ついてこい。ラコック!来い!」
ドズルはすぐに司令室を出る。後ろからおってきていたらしいハマーンとぶつかった。ハマーンがドズルをにらむ。しかし、すぐに表情を和らげた。
「こんなところに子供か!?トール、貴様のところか!?」
「はい」
ドズルは鼻息を鳴らす。その間にハマーンが私の後ろに回った。ノーマルスーツを密着させて寄り添うその姿に、普通なら怒鳴るはずのドズルは薄笑いを洩らした。
「お前にも同じようなものがいるか、ついてこい!急げ!」
ドズルはそのままゲルググを入れたベイへ向かう。赤十字の印章が施された、病院艇らしき船がある。
「……やはり、いけないのですか」
病院艇の前で待っていた婦人がドズルに話しかけた。
「なるようになった、というだけだ。とりあえず、トールについてゼブラ・ゾーンへ行け。トールが守ってくれるはずだ。艦隊は来ているのだろう、トール?」
私は頷いた。
「ソロモンを見捨てなかったのはお前だけだ。家族が信用できず、部下が信用できるなど考えもしなかったがな。しかし、お前は信用できる。どういう思惑があるにせよ、ここに来たお前がゼナやミネバを如何こうし様とは思っていまい」
ドズルは居住まいを正すと言った。
「ミネバを頼む。強い子に、育ててくれ」
その言葉にゼナが予感を確信に変えて反応した。
「あなた!?どうか、生きて……!」
「俺は、軍人だ。ザビ家の伝統などもう、如何でも良い。無駄には死なぬ。……いけ、ゼナ。ミネバと共に!」
「申し訳ありませんが中将」
私は話に割って入った。怪訝そうな面持ちで全員がこちらを見る。ああ、心に突き刺さるな、この空気読めって雰囲気。
「その意には従えません」
第28話
ソロモンに対する攻撃は、ティアンム艦隊のソーラ・システム照射によって決定付けられた。97%の進捗状況下で放たれたそれは、ソロモンのルナツー側表面のほぼすべてを焼き尽くし、要塞中心部にまで甚大な損害を与えた。
「ドズル中将から指揮を引き継いだ」ラコック中佐は、最新型MAの出撃と共に残存全部隊の撤退を命令。ソロモン放棄を決定し、要塞内に残った部隊による撤退支援を開始。MSに曳航される形で兵員が撤退を開始し、岩礁に展開した親衛隊第2艦隊に回収され、MSはア・バオア・クーへの移動を開始する。
出撃したビグザムは要塞表面に座すると大型メガ粒子砲で接近する艦艇への攻撃を開始し、小型メガ粒子砲で寄り付く連邦MSの迎撃を開始。ここを死地と見定めた部隊も周囲で援護を開始し、ソロモン表面にようやくのことで取り付いた連邦軍に被害を強要した。撤退開始から2時間後、ティアンム大将の督促によって戦場に展開した第13独立艦隊からMS部隊が出撃。アムロ・レイ准尉のガンダムNT-1とヤザン・ゲーブル少尉、スレッガー・ロウ大尉のジム・カスタムによって、ビグ・ザムが撃破されると、ソロモン司令部は降伏を選択した。
「貴様は何を考えている!?俺に死に場所をなくせというつもりか!?」
先ほどから艦長室でドズル閣下が吼えている。ゼナとミネバは休息のため貴賓室に連れた出たため、艦長室には私とドズルの二人だけとなったので、怒鳴り声を遠慮する相手がいなくなったためのようだ。流石に、有無を言わせずスタンガンで気絶させて病院艇に放り込み、命令権を無視してラコック中佐に後を御願いしたことが許せないらしい。
「この戦争は負けです。中将」
私は言った。ドズルは不服そうだがため息を吐いて席に座った。
「キシリア閣下とギレン総帥。この二人のどちらかが消えない限り、そもそも目が無かったのです」
「……確かにそうだが、だからといって軍人が戦場を捨てていいという結論にはならん。ギレンとキシリアが死んだからといって、戦争自体が負けてしまえば、ジオンには何の意味も無くなる!」
「捲土重来を期するべきかと思います。……そもそも、あの二人に戦争を任せておけば、無駄に人が死ぬだけで、戦争の目的が果たせません。閣下、戦争は思想でやるものではなく、確固とした目的を持って行うべきものなのです。人の革新や権力闘争が、その確固たるものですか?」
「貴様は何を考えているのだ」
「この戦争のそもそもの原因は、ジオンにあります」
其処から私は語り始めた。この戦争のそもそもの発端が、ジオン・ズム・ダイクンの行った、債務放棄要求に始まる、地球圏経済の混乱であること。優れた思想を持ちながら、思想を実現化するだけの経済力をもてなかったことが、ジオン・ダイクンをしてギレンとなったこと。その中で、自分の信じるジオニズムを模索して暗躍を始めたキシリアとそのキシリアの犠牲になった人間たちのこと。その中の権力闘争で犠牲となったダイクン一家と、そこから生まれたキャスバルという人格を。
すべての話が終わると、暗澹たる面持ちでドズルは沈んだ。
「それでは何か。この戦争は、バカなあの二人の政治かぶれが原因ではなく、俺たちが信じてきた思想そのものだというのか?」
「思想に罪はありません。自分で立てた思想を信じきれなくなった人間が悪いのです」
私は言った。
「人はパンだけでは生きてはいけません。可能性を提示したジオン・ダイクンは褒められるべきでしょうが、可能性を実現する方策を持たなかったことは罪です。デギン公王はその方策を模索し続けてきましたが、思想が独り歩きを始め、かぶれた人間が私物化したためにそれが適わなくなりました。ギレン閣下は現状と未来に得るだろう経済力で思想の実現が無理なら、実現できるだけの規模に人口を低減させる道を選択しました。要は虐殺です。戦局が順調に推移していれば、地球に対して更なるコロニー落としを行い、コロニーについては重税を課すでしょう。経済力獲得のためにはそれが必要です」
ドズルは頷いた。再度のコロニー落としをジャブローにかけなかった理由がそれでわかる。大西洋に落ちたコロニーがどれほどの被害を地球に生じさせるかを確認していた、というわけだ。いや、各サイドが中立方針を打ち出し、ジオンに有利な条約を結ぼうと動いていなければ、他のサイドも攻撃目標になっていただろう。経済力拡大の目処が見えたから攻撃をしなかっただけなのだ。
「キシリア閣下はそれとは別の道、具体的なニュータイプを示すことで思想を実現しようとしました。そのために人体実験も行っています。ミネバ様と同じような年頃から薬物と特殊な教育―――洗脳―――を施して、人為的に新しい種を誕生させようと試みました。その点で、ギレン閣下を指してデギン陛下が言われた、「ヒトラーの尻尾」とは、実はキシリア閣下を指します。そして、シャア・アズナブル―――キャスバル・レム・ダイクンはもっと危険です。地球を破壊することで、人間に生きる場所を宇宙のみとすることで父の思想を実現しようと考えます。それが、母を奪われた恨みとも気付かずに」
「それはわかった。おまえはどうしたいのだ?」
ドズルは言った。
「其処までわかっているのなら、最も手っ取り早いのは三人を殺すことだろう。何もジオンに入り込んで色々手妻を使う必要はあるまい」
「思想が独り歩きを始めていなければ、それも可能でした。それに、思想が産まれるのを止めたとしても、結局、どこかで別の似たような思想が生まれるだけです。それでは、思想の結実、象徴たる人間が何処に出るかがわかりません。国が滅び、象徴たる人間が死んで初めて思想は死にます。そうであることが明確な人間がわかっているなら、思想を殺せる段階で殺したほうが良いと考えました」
私は言った。
「旧世紀、蔓延した社会主義は結局、宇宙世紀に入っての居住権戦争が無ければ消えませんでした。一人の男が、みんなが幸せになる理想社会を目指して発案したはずの社会主義は、独り歩きを始めた思想そのものによって、100年以上、人間を縛り続けています。今も尚。ジオンの社会体制は、結局のところ社会主義の亜種に過ぎません。思想が一人歩きをした以上、どこかで血を見ることが避けられなくなります」
ドズルは笑った。
「なるほど、お前の言いたいことはわかった。……責任を取れ、といいたいのだな。思想にかぶれたのはあの政治家気取り二人ではあるまい。その下に、小さいギレンや小さいキシリアを多く生み出していると。俺たちが結局、小さいジオンでしかなかったように。ふふ、そうか、シャアがジオンの忘れ形見か。あれを産んだのもむべなるかな、だな」
私は頷いた。まさかドズルがここまで頭が働くとは思っていなかった。勿論ドズルにしろ、話のすべてを理解したわけではない。ギレンの部下がだんだんギレンに似てくることや、キシリアの部下がキシリアにだんだん似てくることに気づいていたからそう思っただけの話だ。デラーズ、マ・クベ。人材には事欠かない。そして、それは自分も同じだ。
「俺に、何をどうさせるつもりだ」
「木星、アクシズに。ガルマ閣下が待っています。これからの地球圏は、ジオン残党との長い戦いに入るでしょう。それがどういう結果になるにせよ、もう一度、ジオンはジオンの思想を否定されるために戦わねばなりません。閣下にはそこで死んでいただきます。ジオンの思想を道連れに」
「死ぬために戦えというのか、ここで助けておいて!……今なんと言った!?ガルマが生きている!?」
「木星で恋人殿と一緒です。ドズル閣下、申し訳ありませんが、これが私の示せる対価です。ガルマ閣下も話には納得していただきました。ガルマ様たち4名の安全については私が保証します」
ふん、と穏やかな顔つきになったドズルは言った。
「ガルマ、その恋人。ゼナそしてミネバ。この4人の命と引き換えに、ここではないどこかで、いつか貴様は俺に死ねというのか。ジオンの思想を道連れに」
「その通りです閣下。死んでください。それが、ザビ家の責務と思います。宇宙に出れば人は革新するのでしょう、恐らく。しかし、人間の意志を否定してまでそれをなそうとするのは独善です。革新するかしないかを決めるのはジオンでもギレンでもキシリアでもありません。個人です。ジオンは、そこが理解できなかった。それはギレン総帥とキシリア閣下も同様です。シャアにいたっては、思想の実現と復仇を取り違えています」
「俺相手に其処まで言うのは貴様が始めてだ、トール。……そう、か。ガルマが生きているか。父上は?」
私は首を横に振った。
「この戦争の責任は誰かが取らねばなりません。そして、ギレン閣下やキシリア閣下にそれは無理でしょう。連邦への降伏交渉で責任を取っていただくことになるかもしれませんし、その前にギレン閣下やキシリア閣下に暗殺される恐れがあります。避けるつもりではおりますが。ただ、戦後絶対に開かれるであろう軍事裁判での処刑は避けられません」
「そう、か」
ドズルは穏やかな顔つきになった。しかし、すぐに気付いた面持ちになる。
「シャアはどうする?」
「閣下が死んだ後、残存するジオン残党を糾合して決起するでしょう。実際、ジオンが国家であり続けられたのは、いい悪いはともかくも、ザビ家の功績です。ザビ家の人間。ザビ家の中で、自立した意志を持つに足ると誰もが認める人間が生きている限り、ジオンを暗殺した疑念があっても人はザビ家になびきます。この戦争が終われば閣下が死なれるまで、シャアがジオンとして立つことはありません。上手くいけば時期が遅くはなると思いますが、結末は変わらないでしょう。ただ、ガルマ閣下が生きているとなれば、ガルマ閣下が死ぬあたりまでは控えるでしょうし、暗殺を試みる可能性もあります」
「其処まで考え、其処まで見通せるお前は何者だ?何が目的だ?」
「私の目的は人死にの軽減。ただそれだけです。思想と思想がぶつかり合うにしても、それが血を見るのは許せません。そこに血の流れる意味を見出すのは、結局人の欲望ですから。私はただ、世界のどこかで思想がぶつかり合っていても、安楽に多くの人が暮らせるなら問題は無いと考える男です。先ほど、一緒にいた妹のような女の子。あの子が笑っていられるようであれば問題は何も無いのです。思想を弄ぶなら頭の中か口先で行うべきであって、兵器を持ち出しての殺し合いは勘弁、これが正直な気持ちです」
「女の子……マハラジャの娘か。……思えばバカなことをしたものだ。ゼナに強く言われたわ」
私は軽く噴出してしまった。ドズルもつられたのか軽く笑う。どちらも、自嘲する様な笑いだった。
「やはり、ですか。同じ男ですから、そうした気持ちになるのは理解できますが。流石に恋人候補のいる女性に懸想するのはまずいと思いまして。遅きに失しますが、申し訳ありませんでした」
「かまわん。俺も後で知った。生木を引き裂くなどと自分を自分が許せん。しかし、止めていてくれてよかった。話が出た後ではどうしようもなかったろうからな。引き裂いたことを後で知っては何もできんし、引き裂いた後ではどうしようもない。あの件は本当に感謝している」
ふふ、とドズルは笑った。
「どうやら、俺は貴様にかなり世話になっているらしい。……ゼナとミネバはどうする。ガルマたちもだ。なまじな場所では隠しおおせまい」
「閣下が木星に移られた段階で、火星に。テラフォーミング計画が順調に進行すれば、5年ほどで恒久都市の建設が始まります。となれば、移民として入り込むことも容易でしょう。それに、隠し様は意外にあるものです」
「レンジ・イスルギとよくつるんでいたそうだな。太洋重工を動かしていたのは実は貴様か。よく考える」
「まだ何もしていません。ア・バオア・クーの推移によっては、今話したことも変更の余地があります。閣下、お答えを聞かせていただけますか」
ドズルは頷いた。
「いいだろう。それが俺の責任だ。これからも苦労を掛けてしまうとは思うが、よろしく頼む」
ドズル中将の乗る連絡艇が小惑星ペズンに向かうのを見送ると、ガーティ・ルーに備えられた秘密回線でヤン少将と連絡を取る。これから色々と動く予定だが、連邦側の状況を確認しておく必要があるためだ。
「マット中尉が行方不明?」
モニタの向こうでヤンが頷いた。
「樺太からの報告だ。セルゲイ中佐が探させているが、見つかっていない。まだ精神が不安定な状態だから、心配ではあるけれど、樺太でも人員はそんなに回せないから困っているようだ」
「このままだと無許可離隊になります。銃殺刑ものですので確認は早く。精神的に不安定だということを理由付けすれば、減刑は可能と思いますので」
ヤンは頷く。
「ゴップ大将からは戦後のMS行政に関して、アナハイムからジオンのMS関係会社の合併を求められたと連絡があった。太洋重工がツィマッド、ハービックがMIP、アナハイムはジオニックを吸収したい、ということだ」
「それは出来レースでしょう。戦闘機市場がMSで崩壊したハービックにMIPを吸収した上でMSを市場に送り出すほど、資金に余裕があるとは思えません」
「シトレ大将もそれを指摘していたよ。ただ、議会にかなり派手にロビー活動をかけているから、君のところの奥さんから対応をどうするか意見を聞くように言われている」
ふむ、ミツコさんにも意見があると思うが。試されているのか?
「アナハイムにはツイマッドとMIPの合併で我慢してもらいましょう。ジオニックは連邦の監視下において、問題ないと判断したあたりで生産を認める。但し、現在までに開発した機体の情報については連邦の調査委員会に提出ということで」
ヤンが微笑んだ。どうやら、ミツコさんの試案も同じようなものだったらしい。
「三社体制、二極じゃなくていいのかい?」
「水中用MSの市場開拓って必要と思いますので。おそらく、ジオン残党の行動は基本潜水艦でしょうから」
「……だろうね。戦後のMS生産に関しては基本、ジム・コマンドの再設計型を採用するそうだ。設計を太洋重工とアナハイムに回すよう、連絡があったからまわしておいたけど、これからのアナハイムの生産はどうなると思う?」
「現在、ガンダムの生産技術は太洋重工が握っていますから、恐らくバランスをとるために何かやるでしょう。しかし、それはもう戦後の話ですね」
ヤンも同意した。そして思い出したように話を続ける。
「ただ、アナハイムがジオニック系かな?ジオンからの亡命科学者の受け入れを始めている。連邦も、国力を弱めたいし技術もほしいから認めているようだけど、結構な数がグラナダからフォン・ブラウンへ流れているらしい。8月あたりから始まっていたらしいけど、つかむのが遅くなってしまったそうだ」
「……リストをもらえます?」
悪い予感がしてならない。
「手元にないし、私の権限じゃ無理だよ。宇宙軍の少将で、艦隊参謀長だから」
アナハイムがジオニックの合併を狙う、か。これは絶対に阻止する必要があるな。ため息を吐くと私は通信を切った。