私の名前はハマーン・カーン。現在12歳の女の子だ。
……いや、女だ。
物心ついたとき、お父様はいつも不安げな顔で私やお姉さま、お母様を見ていた。ジオン・ダイクンとかいう人の友人だった、ということでザビ家とかいう人たちににらまれ、肩身の狭い思いをしていたことが、私たちへと及ぶのではないかと恐れていたらしい。
それが、私がザビ家を知った最初だった。
8歳のころ、怖い女の人が家に来た。私の勘が鋭いことが、彼女の興味を引いたらしい。特別な教育を受けないかと誘ってきたのだ。お父様は乗り気ではなかったようだけど、そのおばさんはザビ家の人らしく、どうにも話を断れなさそうだった。それに、お父様を脅すような話し方が嫌だった。
私は初めて、ザビ家が嫌いになった。
けれど、一本の電話が女性にかかってくると、そのお話しも立ち消えになってしまった。事故が起こって、教育を受けさせるところがなくなってしまったということだった。私はこの偶然に感謝した。あとで本当のことを知ると、それをしてくれた人に更に感謝した。
私が6歳のときに、妹を産んでから体調を崩しがちだったお母様が無くなった。そして誘われた一件があってから、ザビ家の人はお父様を良く呼び出すようになった。お父様は困り顔で、「新しいお母さんを紹介してくれようというんだ」といっていたけれど、そんな気が無いのは私の目にも良くわかった。お父様は本当にお母様を愛しているのだ。死んでしまった後でも。それがうれしかった。
だから私は更にザビ家が嫌いになった。
それから、何度か同じようなことがあった。私をどこかに呼ぼうとするたびに、呼ぼうとしていた場所がどうにかなってしまって話しが消えてしまうなんてことがあった。最初は熱心に呼ぼうとしていたおばさんも、繰り返すうちに面倒になったのか、怖い人を送りつけて呼ぶようになった。黒い服の怖い男の人が、嫌な言葉でお父様に話しかけるたびに嫌な気持ちになった。けれど勿論、話が乗りかけたあたりで壊れるのが常だった。
私は、もっとザビ家が嫌いになった。
でも10歳のとき、それが変わった。行きたくは無かったけれど、お姉さまたちと一緒に来るようにザビ家に言われたらしく、しぶしぶ私たちをパーティ会場へ連れて行った。パーティで早速お父様はザビ家の一人らしい、傷跡で顔が覆われた男に話しかけられ、嫌そうな顔をしていた。後で聞いたところによると、お姉さまを奥さんがいるのに二人目の奥さんにほしがったらしい。なんて男だ。私はザビ家が更に嫌いになった。
でも、そこにはお父様の顔を明るくしてくれた人もいた。
「ドズル閣下!ゼナ様に言いつけますよ!」
その声と共に、鈍い傷跡の男の表情が変わると、お姉さまの話は立ち消えになったらしい。お姉さまはその話を聞くと、本当にその声を掛けてくれた人に感謝したらしい。ハイスクールに、好きな人がいたらしいのだ。勿論、私も感謝した。だって、お姉さまが笑ってくれたから。
そして私は会うことになった。私の世界を変えてくれた、その男の人に。
第24話
私が他の人とは違うらしい、と気づいたのは、お母様の死んだのを悲しむお父様。お父様の考えていることが頭に流れ込んできたことだった。お父様はそれを聞くと、絶対に人に話しては駄目だよ、といってくれた。けど、私は学校で友達にそれを話してしまった。
今にして思うと、私のところにザビ家が来たのは、それが理由だったと思う。その友達がいつの間にか、いなくなっていたから。
人の心を読むことの意味がわかったのは、私がパーティであった男の人、私たちを助けてくれた男の人の心を読んだときだった。男の人―――トール・ガラハウは、それを聞くとちょっと困った顔をして、「人の心を読める力は素晴しいけど、誰にも秘密にしておきたいことはあるし、それを君ができることで、嫌われることもある。そのことは、よく知っておいてね」といわれた。
訳がわからなかったけど、学校で同じことをしていた私が嫌われていたのは、そうした理由だったのだ、ということを初めて知った。心を読まないようになってから、転校先の学校で友達と仲良くなれるようになった。うれしかった。そして、こんなすごいことを知っている人に、興味を持った。
私は、いけないことだとは知りつつも、トールの中をのぞいてみたくなった。何度か覗いているうちに、覗かれていることに気づかれた。悲しくなった。いけないことはしたけれど、そのときには私たちの家族を守ってくれていた―――結果としてそうなったとはいえ、私は感謝した―――ことを知っていたので、嫌われると感じて悲しくなった。初めて、自分がいけないことをしていたことに気がついた。
でも、トールは優しかった。
「覗きたいなら覗くと良いけど、覗いてどうなるかまでは責任がもてない。結果として、私を嫌うかもしれないけど、それでもいいのかな?私は、決して君が思っているような人間じゃないと思うよ」
どうするかを最後まで悩んだけど、結局私はまた覗いてしまった。
そして私は知った。トールがこの世界の人間じゃないこと。人が死ぬのを減らすために、この世界に来て色々していること。人間じゃない、なにか、別な生き物として生きていること。
そして私は知ってしまった。私がこれからどうなるか。トールから見て、私がどんなことを思ってどんな風に感じて、どんな風に死んでいったのかを見ることになった。私だけじゃない。お父様も、お姉さまもセラーナも。
お姉さまは、本来ならあの話が通って、仲の良かったハイスクールの男の人と別れて、辛い生き方の果てで寂しく死んでしまった。
お父様は再発する戦争の予感に疲れ果て、私を心配したまま亡くなった。
私は、金髪の男の人を忘れられないまま、たくさんの人の言葉に踊らされて、一人の少年に救いを見出して、戦争の中で死んでいった。
妹は、私が起こした戦争で、私を思って戦争をとめようとして、私の部下だった人間に、あの金髪の男の部下となった人間のせいで死んでいった。
私は泣いた。
「どうして!?どうしてこうなるの!?お父様が苦しんで死ぬの!?マレーネ姉さまも!?セラーナまで!?」
答えが出ないとわかっているのに私は聞いた。トールが知っているのはこの世界が、大まかにどうなるかであって、私の家族について知っているのも、世界がどうなるかに関わっているからだ。私の家族は、父が戦争の恐怖に苦しんで死に、姉が望まぬ関係に苦しんで死に、私が恋に破れて死に、妹が私のせいで死ぬのだ。そう、決まっていたのだ。
私は恐怖した。私が、私が父と妹を殺すのだ。私が起こす戦争が。でも、トールは優しくこういってくれた。
「ハマーン、まだ、0078年だよ。それにハマーンは知っているはずだよ。未来は変えられるんじゃないかな?知るべきことを知ったなら、次はどうしたらいいかを考えような?」
その言葉が救いだった。そして私は知っていた。トールの心を読んだから。トールが、既に何度か歴史を変えていたことを知っていたから。私をザビ家から救ってくれたのもトールだった。父をザビ家から救ってくれたのも。姉をザビ家から救ってくれたのも。
明るくなると一緒に、元気が出てきたらしい私にトールは微笑んだ。それから、何もかもが楽しくなった。
思い返してみると、私は結局、好きになる男の人を間違えたんだと考えるようになった。トールの知っていることは、私には疑えなかった。トールは私がトールの知っていることを疑わないことを、洗脳じゃないかと考えてもいたけど、望んだことを信じるのは洗脳とは違うんじゃないの?と聞いたら、だったら信仰だね、と言ってきた。自分のこと、自分の考えたことを常に疑っているのだ、この人は。
ため息を吐きたくなった。記憶を読むことは続けていたし、トールと一緒のことを感じることがうれしくなっていたけれど、トールの知っているこの世界の歴史を読むよりも、トールが知っている「お話」を読むほうが楽しくなってきたこともあって、このころの私は深く考えなかった。後から考えると、もっと考えるべきだったのだ。私のバカ。
少しして、私たち一家とトールが親しくなって、ようやくトールの家に御呼ばれした。迎えてくれたのは二人のお姉さん。心を読まなくても、トールのことが好きなんだな、と感じたとき、ちょっと心が痛くなった。トールの心を読んだとき、好きあっている男女がどういう風になるのを読んでいたから、二人が私よりも先にああなると考えるともっと心が痛くなった。
それから、そのことが気になって仕方が無かった。トールが私を如何思っているか。トールの知っている私は、隕石を隕石にぶつけたり、怖い顔で高笑いをしたり、未練たらたらに金髪の女の敵に言い寄ったり、白い色のモビルスーツに乗って、敵のモビルスーツを八つ裂きにしていたりする怖い人だ。でもトールは結構好きなようで、好きになった男が悪いとだけ、思っている。
うん、そうだよね。好きになった男が悪いんだ。男の趣味が最悪だ、別の私。
心を読まれることについては、読まれて嫌われるならそれはそれで、と開き直っているみたい。でも、それで嫌われても、私のことは何とかしようと考えていてくれている。ううん、私だけじゃない。シーマさんは本当なら、あの怖い、嫌なザビ家のおばさんに、毒ガスをまく手伝いをさせられるはずだったらしい。プルたちも、戦争の道具として宇宙で死んでいくはずだった。セレインは、好きな男の人に殺されることを望んだ。全部、全部トールは変えようとしている。
何度も心を読んでいいくうちに、トールが別の女の人のことを考えているのを読むと胸が痛くなった。トールはあのザビ家から生まれてくる女の子ですら、助けようとしている。施設から救い出した、13人の女の子を妹として助けている。彼が誰かを助けるたびに、私の分が減っていくような気がしてきたのだ。別に男の人が助けられても気にならないのに、女の人や女の子だと気になって仕方が無い。
耐え切れなくなって涙が出てきたところをロベルタさんに見られてしまった。吐き出すように話してしまうと、いつの間にか、部屋にいたソフィーさんが抱きしめてくれて、シーマさんが頭をなでてくれていた。恥ずかしくなって顔を上げたら、「ハマーンも、やっと恋を知ったんだね」と強く抱きしめてくれた。二人は力が強いから痛かったけど、別な痛いのが消えていくのを覚えている。
そして理解できたとき、うれしかった。自分が自由に、自分が読んだあの未来から自由になれた気がしたのだ。トールは正しい。未来は変えられる。変えられるんだ。うれしくなった勢いで、トールのことを話し始めると、二人は頭を抱えていた。「女の子の気持ちを洗脳の結果や信仰だなんて、どれだけ自分に自信が無いんだい!?」って怒り始めた後、二人で頷きあって、私の肩をつかんできた。
「ハマーン、お前の気持ちは『恋』って言うし、『愛』って言うんだ。トールの言ってたことは忘れな。そんなもんじゃないよ」
私はうんうん頷くと、二人の首に抱きついた。少し考えて赤くなった。
「でも、好きになったらアレをするんでしょう?私は良いけど、トールが……」
二人はその答えを聞いて笑いあった。
「だったら迫れば良いさ。トールは確かにお堅いから、気持ちを伝えるのは大変そうだけどね?」
そういって、私に「こつ」というものを教えてくれた。とてもうれしかった。けど、恥ずかしいし、トールの心を読んだときに、トールが好きな女の人のタイプもわかった。トールは自分に自信が無い。だから臆病者で、慎重で、絶対そうなるって信じられるまで準備を忘れない。けど結構抜けているから、思わぬ失敗をすることも多い。
自分の年齢を大体28って考えて、20歳以上じゃないとエッチなことを考えない。20歳より下の年齢にそういうことを考えることをいけないことだと考えてる。魔が刺すってことも期待したけど駄目だった。私のことは好きだけど、20じゃないからそんな目では決して見ない。いたずらのようにエッチな格好や恥ずかしい格好をした私は考えるけど、たいていは笑って、別なことを考え始める。考えるだけで、何もしない。「いえす・ろりーた、のー・たっち」とかいうらしい。
けれど、苦しんでる。男の人だから、どうしても女の人のことを考えてしまうとき。女の人をそうした目だけで見ることを嫌がっているから、考えてしまう自分が嫌らしい。そうしたときには……ゴニョゴニョするけど、寂しそうな感じがしてしょうがない。早く大きくなりたい、とあそこまで思ったのは初めてだった。
なんとかしようと、色々考えてプルたちやセレインを連れまわしてあれこれしてみた。どうにかしようとしたけれど、悪くなるばかりで一向に良くはならなかった。もしかしたら勢いでと考えて、ちょっと無理をしてみたこともあったけど、何かを耐えるような表情になって、翌朝まで苦しんでいた。どうしよう、苦しめるつもりなんて全くなかったのに。
それからしばらくして、なにか、すっごく心に痛いことがおきたみたい。読んでみたら、初めて戦いで、死に掛けたらしい。忘れていた。私たちからしてみたら、すごい力と知識を持っているトールも、死ぬかもしれないんだ。そりゃ、心を読んだときに、なぜかはわからないけど一日たてば復活できるらしいけど、死ぬってことを知らないみたい。
死ぬってことがなんなのか、私はまだ知らないし、トールもまだ知らないけど、私が死んだら、もう、会えない。悲しくなって、不安になって、ああ、頭がまとまらない。ガンダム、ニュータイプ。そんな言葉が読めた。今まで読んだトールの記憶と照らし合わせると、宇宙に出た人間の中に、時たま、そんな能力を持った人が出るらしく、私の力もその一つだそうだ。
でも、それを宇宙に出た人の革新とか、出ない地球の人のことを、重力に魂を縛られた、とか言ってバカにすることを、トールは心底嫌っている。宇宙に出ても人は人、地球にいても人は人。教育や運動で持つ人格や能力は変わっても、そうそう、本質なんて変わるもんじゃない、そうだ。だから、ポイントで能力をもらうことを、仕方ないとは思いつつも、どこかずるをしていると思っている。
でも、そうして悩んで、苦しむトールに、私は何も出来ないのだ。
ずっと気に病んで、話そうにも話せないまま、顔をあわせるだけの日が続いていたとき、今日こそは話そうと、ゲートの前で待ち伏せていたら、流れ込んできたのは幸せそうなトールだった。困り顔で、仕方なさそうで、疲れていそうで、でも、どこかうれしそうで。
理由はすぐにわかった。トールの頭の中に見えた。青味がかった銀髪の、頭のよさそうな女の人。続いて流れ込んできた。強く、求め合うような二人の姿。嫌だ、こんなの嫌だ。誰?誰がこんなこと?
……ずるい。
本当なら。
本当なら、その場所は私のなのに。
でも、すぐにソフィー姉さんたちに話してよかった。トールの頭の中を読んだから、抱え込んだままの嫉妬が、どういう結果になるのかを知っていた私は―――別の世界の私は、それで取り返しのつかないことをしてしまった―――幸運だったのだろう。姉さんたちは、この戦争の最中はしょうがない。戦うということは、苦しいことだから、トールがそうなってしまうのもしょうがないといってくれた。それに、それがトールの私たちへの思いを変えるわけじゃないことも、泣きじゃくる私の背中をなでながら言ってくれた。
「本当に、罪な男だよ、あいつは」
どこか懐かしそうな目で、ソフィー姉さんはそう言った。ソフィー姉さんはトールのことが好きじゃないの?と聞くと、好きだよ、と答えてくれた。私と同じ?少し不安になった私が聞くと、微笑みながら言ってくれた。姉の好き、と妹の好き、は違うし、ハマーンの好きと私の好きも違うのさ、といってくれた。
「まだ負けたわけじゃないんだから、きちんと気持ちは伝えないと、ね。諦めるにしろ諦めないにしろ。女なんだから、男ぐらい、奪ってやるぐらいの心積もりだよ、ハマーン」
シーマ姉さんはそう言って、ソフィー姉さんから私を奪って抱きしめてくれた。
うん、と頷いた。もう、トールのバカ、私、もう知らないんだから。トールの趣味が如何だって、私は……
うん
私は、もう、我慢が出来ない。
後ろから、背中を見つめるだけなのはもう嫌だ。
振り返って、こちらを見てもらうのは嫌だ。
隣に立って、顔が見たい。
前に回って、見てほしい。
姉さんたちにそういうと、仕方ないね、と笑ってくれた。
ビクリ、となにかを感じて振り返ったが、当然誰の姿もあるわけは無く、月条約に基づくNシスターズ撤退後、小惑星ペズンに落ち着いた親衛第2艦隊はソロモン戦の前段階である戦力集中を特等席で観戦していた。
連邦側は既に5個艦隊を軌道上に展開しており、そのうち4個艦隊がルナツーを母港として部隊の集結を始めている。内訳はビュコック中将の第一軌道艦隊、ティアンム中将の第二軌道艦隊、レビル大将の第一連合艦隊と、トーゴ中将の第五艦隊だ。これとは別に、ジオンとの戦時条約で認められた、中立コロニー群からのジオン軍の攻撃を警戒して、L4ポイントにダグラス・ベーダー中将の第6艦隊が展開を始めている。
勿論、ジオン側からの中立破りが無い限り、L4ポイントを通過しての第6艦隊の進撃はありえず、ルナツーに集結した4個艦隊が、ジオン攻撃の主力となることは誰の目にも明らかだった。しかし当然、ジオン側もL4ポイントを突破しての連邦艦隊の攻撃を考慮に入れないわけには行かず、グラナダ艦隊の拘束に成功しているといえるだろう。
一方、ジオン側での各艦隊の位置関係は、ギレン率いる宇宙総軍がア・バオア・クーを本拠に展開を始めている。ギレン自身がまだサイド3にいるため、展開する部隊の中心となっているのは親衛第一艦隊のデラーズ少将率いる部隊だ。基地司令のランドルフ・ワイゲルマン中将ともども、防衛ラインの構築に余念が無い。
ソロモンのドズル艦隊は戦力的に充分であり、また、月面から最後の支援として送られたビグザム4機(量産試作型含む)が届く、あってか意気軒昂そのものだ。だが、先々を知っている私からすれば、連邦艦隊の戦力はやはり脅威で、投入しようとしている新兵器を考えると敗北は避け得ない。
まぁ、今はいい。戦力の強化に邁進しよう。