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No.2215の一覧
[0] 銀凡伝[あ](2006/10/09 21:10)
[1] 銀凡伝(苦痛篇)[あ](2006/10/09 23:26)
[2] 銀凡伝(錯綜篇)[あ](2006/10/11 06:57)
[3] 銀凡伝(呆然篇)[あ](2006/10/20 22:34)
[4] 銀凡伝(逆流篇)[あ](2006/10/25 22:29)
[5] 銀凡伝(悔恨篇)[あ](2006/11/04 00:37)
[6] 銀凡伝(文通篇)[あ](2006/11/05 23:38)
[7] 銀凡伝(決別篇)[あ](2006/11/12 20:26)
[8] 銀凡伝(決断篇)[あ](2006/11/26 21:19)
[9] 銀凡伝(窃盗篇)[あ](2007/01/02 19:14)
[10] 銀凡伝(同衾篇)[あ](2006/12/29 22:27)
[11] 銀凡伝(怠惰篇)[あ](2007/01/02 19:15)
[12] 銀凡伝(帰郷篇)[あ](2007/01/04 20:15)
[13] 銀凡伝(失恋篇)[あ](2007/01/08 18:37)
[14] 銀凡伝(面会篇)[あ](2007/01/28 17:57)
[15] 銀凡伝(日記篇)[あ](2007/01/28 18:04)
[16] 銀凡伝(邂逅篇)[あ](2007/02/24 21:05)
[17] 銀凡伝(密婚篇)[あ](2007/02/25 17:26)
[18] 銀凡伝(会議篇)[あ](2007/03/03 18:47)
[19] 銀凡伝(新婚篇)[あ](2007/03/04 22:45)
[20] 銀凡伝(早弁篇)[あ](2007/03/17 23:28)
[21] 銀凡伝(脱糞篇)[あ](2007/03/21 20:15)
[22] 銀凡伝(決戦篇)[あ](2007/03/25 14:17)
[23] 銀凡伝(惜別篇)[あ](2007/05/06 20:50)
[24] 銀凡伝(誘惑篇)[あ](2007/05/13 23:00)
[25] 銀凡伝(通院篇)[あ](2007/05/27 16:31)
[26] 銀凡伝(激務篇)[あ](2007/06/03 19:49)
[27] 銀凡伝(過労篇)[あ](2007/08/06 21:54)
[28] 銀凡伝(休暇篇)[あ](2007/08/13 23:11)
[29] 銀凡伝(捨石篇)[あ](2007/08/18 23:29)
[30] 銀凡伝(帰還篇)[あ](2007/09/09 21:54)
[31] 銀凡伝(潜入篇)[あ](2007/09/23 22:26)
[32] 銀凡伝(転機篇)[あ](2007/10/14 12:29)
[33] 銀凡伝(借金篇)[あ](2007/10/15 23:43)
[34] 銀凡伝(開幕篇)[あ](2007/10/16 00:07)
[35] 銀凡伝(退屈篇)[あ](2007/10/22 22:24)
[36] 銀凡伝(演説篇)[あ](2007/11/04 11:55)
[37] 銀凡伝(泥酔篇)[あ](2007/11/24 17:30)
[38] 銀凡伝(終幕篇)[あ](2007/12/09 17:32)
[39] 銀凡伝(嫉妬篇)[あ](2007/12/22 20:10)
[40] 銀凡伝(芝居篇)[あ](2007/12/30 13:25)
[41] 銀凡伝(刺客篇)[あ](2008/01/01 22:50)
[42] 銀凡伝(議論篇)[あ](2008/01/05 22:31)
[43] 銀凡伝(親書篇)[あ](2008/02/02 20:51)
[44] 銀凡伝(発狂篇)[あ](2008/02/10 18:46)
[45] 銀凡伝(尋問篇)[あ](2008/02/19 20:52)
[46] 銀凡伝(脱走篇)[あ](2008/02/24 23:06)
[47] 銀凡伝(傍観篇)[あ](2008/03/02 16:49)
[48] 銀凡伝(未還篇)[あ](2008/03/09 15:11)
[49] 銀凡伝(国葬篇)[あ](2008/03/10 20:59)
[50] 銀凡伝(蛇足篇)[あ](2008/03/16 23:57)
[51] 銀凡伝(合婚篇)[あ](2008/03/30 20:17)
[52] 銀凡伝(反動篇)[あ](2008/04/20 17:57)
[53] 銀凡伝(叛乱篇)[あ](2008/04/30 17:25)
[54] 銀凡伝(煽動篇)[あ](2008/05/02 21:51)
[55] 銀凡伝(戴冠篇)[あ](2008/05/25 21:24)
[56] 銀凡伝(梵天篇)[あ](2008/06/08 14:48)
[57] 銀凡伝(詭計篇)[あ](2008/06/22 21:48)
[58] 銀凡伝(師弟篇)[あ](2008/07/05 20:24)
[59] 銀凡伝(退位篇)[あ](2008/07/06 21:31)
[60] 銀凡伝(誕生篇)[あ](2008/07/13 00:25)
[61] 銀凡伝(不安篇)[あ](2008/07/19 21:16)
[62] 銀凡伝(惜日篇)[あ](2008/07/27 21:58)
[63] 銀凡伝(終焉篇)[あ](2008/08/03 11:46)
[64] 銀凡伝(酔狂篇)[あ](2008/08/07 22:24)
[65] 銀凡伝(落夢篇)[あ](2008/08/15 20:16)
[66] 銀凡伝外伝(始動篇)[あ](2010/02/13 18:32)
[67] 銀凡伝外伝(就任篇)[あ](2010/02/10 23:42)
[68] 銀凡伝外伝(欠勤篇)[あ](2010/02/10 21:35)
[69] 銀凡伝外伝(散歩篇)[あ](2010/02/14 18:03)
[70] 銀凡伝外伝(対決篇)[あ](2011/05/22 23:05)
[71] 銀凡伝外伝(完結篇)[あ](2018/11/01 23:29)
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[2215] 銀凡伝外伝(対決篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:6c43e165 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/22 23:05

新帝国暦5年1月1日、新しい王朝の枠組みがようやく馴染み始める頃、
人々は平和な時代が永遠に続くと錯覚しながら、新年の訪れを無邪気に祝い踊っていた。
そして、動乱の銀河を危なっかしい足取りで何とか歩ききった男も、
ようやく訪れた平穏な日々を、苦楽を共に乗り越えた家族や仲間と共に喜び祝っていた。



■ブジン詣■

ブジン邸に新年の挨拶と宴会に参加するために集まった人々は層々たるメンバーが揃い踏みとなる。

武官としては、軍務尚書のファーレンハイト元帥を筆頭に、統帥本部総長ロイエンタール元帥と帝国三長官の過半が訪れ、
その他にも幕僚総監ミュラー元帥に、宇宙艦隊副司令長官アイゼンナッハ元帥、
軍務省官房長官アンスバッハ上級大将と、同じく軍務省次官兼調査局長フェルナー上級大将等々、
彼等の部下の上級大将に大将、中将といった将官達も揃ってヘインのご機嫌伺いに訪れている。

文官の方も同様で、工部尚書グルックから始まって内務尚書オスマイヤーに、
財務尚書リヒターと民政尚書ブラッケ、司法尚書グルックドルフや内閣書記長マインホフ以下、
各省の長官次官クラスが揃ってヘインの下へ年賀の挨拶をと集まって来ていた。


また、彼等の妻子であるフォーシスターズにヘーネやレンティシア、
ナカノやパウラといったヘインの被保護者などを加えると手狭な屋敷には入りきらず、
来訪者が路上に溢れ出てしまっていた。
これは、ブジン大公家の当時の権勢の凄まじさを如実に物語る事例と言えよう。



■■


「軍務尚書や統帥本部総長の姿が見えませんが、何事かあったのでしょうか?」


皇帝陛下を抱いた摂政皇太后の前に跪いて年賀の祝辞を述べていたミッターマイヤーは、
唐突に投げかけられた彼女の質問に答えることが出来ず、面を上げぬまま額の汗を床に落としていた。


『ヒルダ、いや摂政皇太后陛下、余りミッターマイヤー元帥を困らせるものではない』

「お父様、嫌ですわ。私には元帥を困らせる気など全くありませんのよ?
 年始の祝いの席に、先帝陛下以来の文武の高官の姿の多くが見えないので
陛下の宸襟を騒がせ奉る事態でも起きはしていないか?と、不安を覚えたので
 ロイエンタール元帥とも親交の深いミッターマイヤー元帥に問い質しただけです」



笑みを浮かべるヒルダを前に、種無しはこの場にいない親友や上司筋の食詰めに対して、
呪詛の念を盛大に飛ばしたい衝動を押さえ込みながら、彼らの不敬に対する釈明に腐心することになる。
その場に居合わせた者達は彼の哀れな姿に同情の念を禁じえなかったが、
手に持った扇子で釣り上がった口の端を隠して笑い声を上げる美しい未亡人に恐れ、竦みあがり、
救いの手を差し伸べるような真似をすることは無かった。



そんな孤立無援の中、ミッターマイヤーは『ブジン大公以下の廷臣達を皇宮に呼んでみては?』と提案した結果、
ヒルダがそれに満足そうに頷き受け容れたため、謁見の間に広がる重い空気は若干和らぐかと思われたが、
摂政皇太后がゴトリと床に転がり落したモノと、それに冷めた視線を向ける彼女の発言によって、
それが幻想であったことを人々は思い知らされる。




「はぁ・・、誰かが暴走して、勝手にコレで殺ってくれないかしら?
 ふふ、冗談、冗談よ♪シュトライト上級大将、直ぐに通信回線を開いて
 ブジン大公達に、皇帝陛下が獅子の泉でお待ちしていると伝えて下さい」




自邸に文武百官を集め殊更に自らの威を示すような迂闊なマネをしてくれるヘインに、
ヒルダは甚だ立腹し、新年の幕開け早々にも関わらず、その機嫌を急降下させていたが、
新年会で浮かれるヘインがそんな事態なっていることに全く気が付く訳も無く、我が世の春を盛大に謳歌していた。



■大公行列■


命が惜しければ直ぐに来いというシュトライトらしからぬ乱暴な通信に驚いたヘインは、
年賀の挨拶に訪れ、そのまま新年会に参加する列席者達に『みんな着いて来い!』と大声で一声かけると、
慌てて皇帝が住まう皇宮『獅子の泉』の方に向かって駆け出す。

このヘインの指示を聞いた列席者たちは、ヘインが酒瓶を片手に外に駆け出したため、
多すぎる参加者を狭い官舎では持て成しきれないと考えた主人が、野外パーティーか何かに切り替えたのだろうと思ったのか、
さして、事態の深刻さに気づく事無くお祭り気分でヘインの後を料理や酒を手にしたまま追いかけて行く。

当然、酒瓶やら料理を持って走る騒がしいヘイン達の集団は目立ち、
この集団を目にした新年の到来に浮かれる人々は、何かのニューイヤーイベントと勘違いして各々が酒や料理を手に持って行列に次々と加わっていく。
こうして、最初は100人程度だった宴会行進はあっという間に500人、1000人と、その数が膨らむのは止まることを知らず、
誰が始めたのかは定かではないが、『ええじゃないか!ええじゃないか♪』と
意味不明な音頭を連呼しながら、宮殿を目指して大行進を始める。


この予想外に大規模なものとなった帝都の喧騒を知った憲兵総監に加えて帝都防衛司令官を兼務するケスラー上級大将は、
憲兵を率いて出動し、事態の推移を警戒しなければならなくなった。
もっとも、集まった民衆は大騒ぎをする程度で、乱暴狼藉を大して働く訳でもないので大した労にはならなかったが、
正月早々に緊急出動を強いられるだけでも非番だった者にとってはいい迷惑である。
突然の休日出勤で士気の上がらない部下を率いるケスラーは、事態が収束した暁にはブジン大公のツケで酒を浴びるように呑ませてやると部下に約束するなど、
彼等の勤労意欲に火を付けてやるのに四苦八苦したらしい。


■■


『みんなー!!ブジン大公が自分のツケで飲み食いして良いって言ってるぞー!』
『ヒャッッハー酒池肉林だー!!』 『ありがてぇ、ありがてぇ』
『ボク、アルバァイトォオオオッ!!』 『汚物は消毒だぁぁああっー!!』


おいおい、なにを勝手なこと言い出すんだ!!こんな人数の飲み食い代なんて払えねぇーよ!
食詰め!お前も黒猪なんかに勝手に電話してるんじゃねぇーよ!!俺を破産させる気か!


『ハーイ♪みんなのアイドルのマコちゃんでーす!!今日はどんどん飲んじゃうぞー』



って、未成年に酒飲ませてるんじゃねーよ!完全に出来上がってるじゃないかよ。
ちょっと宮殿まで行くだけだってのに、何でこんな事になってるんだよ!

おい、お前らその看板どこから持ってきたんだよ!?
それにカネールおじさんを川に投げ捨てるんじゃない!!呪われて優勝できなくなっても知らんぞ!!

くそ、どいつもこいつも好き勝手やりやがって、絶対あとの責任を全部おれに回すつもりだ・・


『でも、こんな賑やかな新年パーティーも良いよね。ヘーネも凄く楽しそう!』


まぁ、こんな賑やかな日も偶にはあっても良いかな?
何といっても今日は正月だ!この一番目出度い日に起きた多少の騒ぎなら、
きっとヒルダちゃんも大目に見てくれる・・・よね?

『そうですね。届出なしの集会に加えて、方々での雑多な器物損壊に
 空瓶等の路上投棄に、喧嘩の何件かを加えて騒乱罪の二歩手前ですが
 ブジン大公の威勢を持ってすれば、些事として取り扱われるでしょう』

パウラ・・、義眼みたいに可愛くない事言ってるけど、手に持った甘い玉子焼きを頬張った顔で行っても台無しですから!
もう、ここまで来たら素直に諦めてお祭り騒ぎを楽しんだ方が得だぞ?
難しい顔するのはいつだって出来るんだから、笑って笑って!宴会だ~!!

『閣下、別に私はかわいく無くても・・・』
『あぁー!また、ヘインさんがえこ贔屓してるー。酷いです!差別です!
 私がもう16のオバさんだから、若い子に乗り換えちゃうんですかー?』

うぉっ酒くせぇ、マコちゃん呑み過ぎだろ。それに色々と誤解を招くような発言は止めろよな。
俺はベアード大佐に睨まれるような事をする気は更々ないから・・って言ってるそばから抱きつかない!





隣でわたわたする被保護者に酔って抱きついてくる被保護者に囲まれて満更でもない旦那様にご立腹な奥様は、
ヘーネを抱えたまま強引に彼等の間に割り込んで自分の居場所を確保し、ヘインの所有者が誰かをはっきりと周囲に示していた。

そんな奥様の奮闘振りを新年会の準備の時から、手に持ったハンドカメラで一瞬たりとも逃さずに記録する凄い美人さんは、
鼻から溢れ出る血を地面に滴らし、路面を紅く染め上げていく。



こうして、沢山の笑い声と歌声に少しの怒鳴り声と僅かな血が流れる中、
ヘイン達の行列は終点の獅子の泉宮殿前の広場に辿り着き、その騒がしい大行進を終える。ブジン大公以下の文武の高官達は、彼らに付き従った民衆達の歓声に送られながら、皇帝陛下の御前を目指し、千鳥足で宮殿の奥へと進む。




■平穏無事■


玉座の間に近づくにつれて頭の冷えてきたヘインは、
ちょっと浮かれすぎだったかと思い横を並んで進む食詰めにどうしようと相談するのだが、
『堂々たる態度を見せていればいい』という何だか非常に拙そうなアドバイスしか返してくれなかった。

その他の武官文官陣に話を振ってもブジン大公の御心のままにとか、皇師に教えられるようなことは無いと言って逃げ腰になるだけで、
乱痴気騒ぎの叱責を怖れて、『どうぞどうぞ』と玉座の間の扉を誰一人開けようとしない。

ちなみに女性陣やお子様たちは、少し離れた客間で気ままに寛いでおり、夫や大人のフォローをする気はサラサラ無いようで、
最終的には宴の首謀者たるヘイン一人が玉座の間に足を踏み入れる栄誉を手にすることとなる。


■■


「ったく、乱痴気騒ぎのお小言だけ俺に押しつけて、みんなさっさと帰ってやがる」

「まぁまぁ、待ってるの私達二人だけじゃ、ダメだった?」


ヒルダからの長いお小言や嫌味から解放されたヘインが部屋を出てきた時には、
どんちゃん騒ぎをしていた共犯者の殆どは各々二次会へと繰り出した後で、
彼を待っていたのは二人だけだった。


「そんな訳ないだろ。酔い醒ましがてら、ちょっと遠回りして帰るか?」 「うん」


すやすやと眠る幼子を交代で抱きながら、手を繋いで街を歩く二人は、
下らない事を話しながら笑い、美味しそうな臭いがすれば寄り道してお腹を満たし、
三人だけで暮らす、家に戻ったのは空が紅く染まった夕暮れだった。

望んだわけでもないのに、銀河で最も大きな力を持つに至った男は、ようやく手に入れた平穏な生活を何よりも大切にしていた。



■■


「もう、レンちゃん迎えに来たんだ。ふぁ~、それじゃ行ってきま~す」 
「ヘーネ、お弁当忘れてる!ボタンもずれてるから」


新帝国歴17年、美しい少女へと成長したヘーネ・フォン・ブジンは、
幼い頃から変らずぽやーと、ちょっと抜けた所のある少女だったが、
父親譲りの楽天的というか、能天気な性格もあって周囲に愛されていた。


もうすぐ齢40になろうというヘインは、30を越えても元気一杯で若々しい妻と、
ぽややん公女と称される娘の毎朝繰り広げられる騒動を横に、紅茶を飲みながら新聞をまったりと読んでいた。

相変わらず皇師の任を務めるだけで、ここ10年以上、その他の公職から離れている凡庸な男は、基本暇を持て余していた。
無論、その間も彼が推挙した多くの文官は山の様な書類を持って家に押しかけ、
食詰や垂らしなどが、冗談とも本気とも取れる様な言動で『全てを握れ』と焚きつける事は度々あった。
ただ、それも過ぎ去った若き日々、疾風怒濤の季節と比せば平穏そのものであった。


「ふぅ、ヘーネも、もう少ししっかりしてくれると安心できるのに」

「まぁ、まだまだ子供ってだけだろ。その内、ちゃんとするさ」

「もうっ!ヘインはいつもヘーネに甘いんだから」


友人と一緒に学校へ向かった娘を見送ったサビーネは、
自分の意見につれない返事をする親馬鹿な夫に年甲斐も無く頬を膨らませる。
そんな妻のかわいらしい様子に苦笑いしたヘインは、彼女の御機嫌取りにデートのお誘いをする。
いつまでたっても自分にべったりの奥様の扱い方だけは、年月を経ることで上手くなったらしい。
もっとも、そうなるように仕向けられた節も多々見受けられるのだが、鈍感な旦那様が気付いていないなら、それで良いのだろう。
必要無いことを知らないで置くのが、夫婦円満の秘訣なのだから…




■帝立フェザーン学園物語■


「相変わらず遅刻ギリギリか、付き合わされるレンティシア嬢の方も苦労するな」
「はい、アレクさま(笑)」

下級生のレンと別れて教室に遅刻寸前で駆け込んできたヘーネを遠目に見遣りながら呟いた皇帝に
元気よく同意したのはフェリックス・フォン・ロイエンタール、統帥本部総長ロイエンタール元帥と眉毛の子であった。


本来であれば、皇帝であるアレクが学校で多くの学生と机を並べて勉学に励むようなことはあり得ない話だったが、
皇帝の教育カリキュラムを策定する最高責任者の皇師が面倒臭くなったのか、
子供は沢山友達を作るべきと考えたのか分からないが、フェリックスを学友として付けられたアレクは、
去年の四月から帝立フェザーン学園の学生として、日々を過ごすことになっていた。

無論、帝王学としてヘイン推挙の文官達からは帝政を担うための教育を、
ファーレンハイトを始めとする武官からは、戦略戦術を始めとする軍学の手ほどきも継続的に受けていた。


「おはよウグイス!!アー君とフェー君は毎朝早くてエライね」

「ふん、始業前に席に着いて、講義を受ける準備を整えるのは当たり前のことだ」
「御立派ですアレク様(苦笑)」


天真爛漫と形容するに相応しい満面の笑顔で朝の挨拶をするへーネに、そっぽを向きながら答えるアレクは、
自分の左隣に座る少女のことなど眼中に無いかのような無愛想な態度であった。
対照的に彼の右隣りに座る忠臣にして親友?のフェリックスの方は、
消しゴムと三角定規を忘れた少女に、自分の予備の物を親切に貸し与えていた。

学園に入学以来、何だかんだ言いながら馬の合った三人は、学園内で一緒に過ごすことが多かった。
また、彼等の一つ下の学年のエルト・ミュラーやヘーネの親友というか、保護者変わりのレンティシア達との交流も非常に多く、
新帝国を担うことになる新しい世代は、学生生活を通して、その繋がりを深めていた。


「そういえば、アレク様はブジン大公と明後日、戦術シミュレーションで
 模擬艦隊戦を行うと父から聞きしましたが、それは真のことでしょうか?」

「フェリックス、耳が早いな。あの間抜け面はいつも逃げてばかりだったからな
 昨日ちょっとした挑発をしてやって、俺との勝負を受けるようにしてやったのさ」

「アー君!へーネお父さんは間抜け面じゃなくて、アホ面なんだよ。えっへん、えっへん!」

「今まで、のらりくらりとアレク様の挑戦を悉く受けなかったブジン大公が
 了承するとは俄かに信じられません。一体どのような挑発をされたのですか?」

「なに、難しいことじゃない。横の能天気な女を出汁に使ってやっただけさ」

「成程、確かに上手い手です。お見事です。アレク様(プゲラ)」




■反抗期■


月日が経てば子供は成長し、だんだんと知恵を身につけて行くことになる。
天才ラインハルト、一個艦隊に勝る知謀を持つと賞されたヒルダの息子であるアレクなら尚更である。

この少年帝の優秀さは新帝国の行く末にとって、非常に喜ばしい事であったが、
彼の教育係であるヘインに取っては不幸であった。

賢く真っ直ぐに育った少年は、数々の偉業によって大人物と思われている皇師ヘインが、
ある時から、実は全然大したことの無い小物だと疑うようになったのだ。
そして、父親譲りの高いプライドを受け継いだ少年は、直ぐに我慢できなくなる。
自分より劣った人間を師として仰ぐことは、屈辱以外の何物でもないとアレクは考えたのだ。
皇帝である自分より上の存在を許せるほど、少年は大人ではなかったのだ。


こうして、反抗期の始まった二代目皇帝は、周囲の眼に見えるハッキリとした形でヘインに勝利する方法が何かと考え、
公周の面前で、戦術シミュレーションによる艦隊戦でヘインをコテンパンに破り、
用兵の才が彼より自分の方が圧倒的に上だと広く知らしめることが、もっとも手っとり早いと考えたのだ。

思い立ったら即暴走と言うのは、さすがはラインハルトの子供である。
食詰や垂らしに種無しを始めとする元帥陣になんども模擬艦隊戦を挑み、その腕を磨いた少年は、
必勝の自信を持って皇師ヘイン・フォン・ブジンに決戦状を叩きつけたのだが、
『ちょっとお腹が痛い』『明日から本気を出す』『直ちに勝負をする必要は無い』等々、
ヘインは少年の挑戦をまったく取り合おうとせず、『逃げるのか!』という糾弾に対しても、
『不戦敗で俺の負けにしといて下さい』と言うだけで、絶対に勝負を受けようとしなかった。

ヘインも己の分を誰よりも知っていたのだ。最近では模擬戦とは言え、
食詰達に五分以上勝率を誇るようになった生意気な金髪の二代目に自分が絶対勝てない事を!


■■


「皇師よ!なぜ私との勝負を避けるのですか?
 それほど若輩者に負けるのが怖いというのですか?」

「いやいや、怖いっていうか、やっても陛下に負けるのは確定ですから
 俺の不戦敗で良いって言ってるでしょうが!では、娘との約束があるので帰ります」

「皇帝である私を無視して、あの頭の緩い馬鹿娘の相手の方が大事だと?
 あぁ、確か皇師の奥方の父は味方殺しの低能で有名なリッテンハイム侯
 賊軍の無能な血は、偉大なブジン大公の血を持っても薄まらなかったと・・」

「黙れクソガキ…、家族は関係ないだろ。下卑た挑発なんかしてんじゃねぇ
 そんなに俺と勝負したいなら受けてやるよ。本当の戦いってやつを教えてやる」


往時では考えられない凄味を見せる師の姿に射竦められたアレクは、
唾棄すべき下劣な挑発をしてしまった後ろめたさもあってか、
自分に背を向けて歩き始めたヘインに、日時が三日後だと告げるのが精一杯であった。

翌日、フェリックスにまんまとヘインを煽るのに成功した得意げに語っていたが、
それは少年らしい幼稚な見栄で、実際は普段全く怒らない人の恐さを知って、結構びびっていた。



■■


はぁ、カッとなってアレクの挑発に乗った。反省はしていないが、後悔はしている。


畜生、食詰とか相手に勝ってる野郎に、模擬の艦隊戦だろうと俺が勝てる訳無いだろ。
『不死身の道化師』の中二全開の異名を40近くまで、何とか守りぬいて来たのに、ここまでか…
だいたい、父親に対する男の子の反抗期を何で俺が受けなきゃならないんだよ!
本来なら金髪の仕事じゃねーか、ったく、先に死んだ奴らばっか、楽しやがって…


さて、どうすっかねぇ~?
師としての威厳と恥ずかしい異名をあっさりと捨てるのは、勿体ない気もするし、
何とか恥ずかしくない程度の結果をだせるように考えますかね。
もう、頼りの『原作知識』も全く役に立たなくなってるからな。



■国父ヘイン・フォン・ブジン■


皇師ヘイン・フォン・ブジンに皇帝アレクサンデル・ジークフリード・フォンローエングラムが、艦隊戦を挑む!

平時に慣れた高位高官に取って、久しぶりに刺激的なニュースは瞬く間に広がり、
悪乗りする食詰等が主導して作られた獅子の泉宮殿内に作られた特設会場には、
数多くの高位の文官武官とヘイン等と近しい人々がギャラリーとして集まっていた。

『不死身の道化師』に挑む『若き皇帝』という構図は人々の興味を掻きたてるのには十分過ぎる物だったのだ。



■■


「ロイエンタール、卿は陛下とヘインのどちらが勝つと思う」

「そうだな、俺はブジン大公に賭けるとしよう」

「ならば、俺は皇帝陛下に賭けるか、最近の陛下の成長を考えれば
 ヘインが歴戦の勇者であっても、楽に勝てるとは言い切れないからな」

模擬戦の細かいデータや状況を確認出来る端末が設置されている座席に並んだ双璧は、
丁度良い賭けのネタを見つけたとばかりに、楽しそうに会話を弾ませていた。
食詰や鉄壁に沈黙と言った元ブジン師団の面々も固まって座り、
義手やロリコン元帥に黒猪等々の将官達も数多く向学の為と適当なことを言って集まっていた。
また、心配そうに息子を見守る摂政皇太后のヒルダや、
ヘインの妻であるサビーネを始めとしたフォーシスターズやその子供達、
結婚以来、マコの尻に引かれているエミールと言った身内陣に加えて
ブラッケやグルックと言ったヘインに推挙された文官達までもが、仕事をほっぽりだして観戦に訪れていた。


「それでは、長らくお待たせしましたが、ヘインさんと皇帝陛下の艦隊模擬戦
 師弟ガチンコ対決を始めたいと思います!みなさん会場の中央に注目して下さい!」

司会をノリノリで務めるのは、今は二児の母になっているヘインの元被保護者のマコだった。
彼女の開始の合図とともに、ヘインとアレクが指揮する仮想空間の大艦隊が一斉に動き出す。
中央のモニターで繰り広げられるリアルで大迫力の艦隊戦、
座席のモニターで刻々と伝えられる戦況の変化に、観客達は時に歓声をあげ、時に感嘆の溜息を洩らす。


模擬戦とはいえ、若き天才と『不死身の道化師』と呼ばれる虚構の英雄の艦隊戦は、
素人が見ても分かるほどの白熱した激しい名勝負と言えるものであった。



■■


「くっ、ここまで攻勢をかけて崩れないとは、まるで鉄壁ミュラーと戦っているようだ
 それに地味だが、効果的な動きを見せる分艦隊は、沈黙提督の用兵手腕を彷彿とさせる」

「おいおい、アレク。驚いてばっかりじゃ、俺には勝てないぜ?」


ラインハルトにも劣らぬ用兵の才を持ったアレクの操る艦隊は、
模擬戦の開始と同時にヘインの率いる艦隊に激しい攻勢を賭けるのだが、
予想以上に固い守備と分艦隊の効果的な支援運動によって、大きな戦果を得ることが出来ていなかった。

「たしかに、今のままでは勝てないかもしれませんが
 皇師も守っているばかりでは、私には勝てませんよ!」

「そうだな。それじゃ、そろそろ攻めに転じるとしますかねぇ…」


アレクの言葉に頷いたヘインは、素早く分艦隊を収束させて本隊に合流させると、
陣形を守勢から攻勢に最適な形に組み替えて、攻勢の限界に到達しかけていたアレク率いる艦隊に猛然と反撃を始める。
相手の動きを受けながら、無理なく攻守を切り替えて見せる見事な手腕は、これまたロイエンタールを彷彿とさせるもので、
アレクの大きな目を驚きでさらに見開かせる事になる。

そして、その目まぐるしい攻守の入れ替わりに何とか耐えよとするアレクだったが、
それを許すほどヘイン・フォン・ブジンは甘くは無い!
腹心の烈将を思わせる様な激しい攻勢に一気にでたヘイン率いる艦隊は、
慌ただしく守勢にまわったアレクの艦隊を次々と呑み込み食い破り、容赦なく叩き潰していく!


             「 勝負あり!! 」



時間にして僅か2時間であったが、激しい攻防の末に完膚なきまでに相手の艦隊を叩き潰し、
勝利したヘインの圧倒的な強さに観衆達から大きな歓声が湧き起る!『不死身の道化師』の名は伊達じゃないのだ!



■■


       「アレク、俺なら簡単に倒せると思ったかい?」


観衆の湧き上がる歓声の中、項垂れるアレクに手を差し出したヘインは、ニヤリと笑う。
この時、アレクは悟った。自分とブジン大公との間には、一年や二年で越えられない高い壁がある事を…
自分は歴戦の勇者に無謀な戦いを挑んだ愚かな子供だったと理解したのだ。
そして、才走って慢心しかけていた自分を徹底的に叩いて修正してくれたヘインに深く感謝し、
その器の大きさを認め、強い尊敬と憧れの念を持つに至った。


「師父には敵いませんね。自分の未熟さ、愚かさを思い知りました
 これからも非才の身を見限らず、御指導御鞭撻のほどお願い致します
 それと、御家族に非礼な言があったことは心よりお詫びします
 ただ、あの時の言葉は師父と、どうしても一戦を交えたいと言う想いが…」

「いいって、言わなくても分かってるって、アレクが悪い子じゃないってことは
 なにせ、俺はずっとお前の先生をやってたんだからな。ちゃんと分かってるから」


深く頭を下げる少年の髪の毛をクシャクシャにしながら、
少しだけ乱暴に撫でたヘインは、笑って生意気盛りの少年を許してやる。
勝って気分が大きくなっている小物な凡人は、気の良いおっちゃんと化していた。
そして、少年に『何度』も『頭を下げ』させて良い気になっていたのが、彼の詰めの甘さであった。
アレクは、頭を深く何度も下げている内に、ある『違和感』を持ったのだ。


そう、今回の模擬戦はヘインを相手にしていると言うより、
今まで何度かシミュレーターで模擬艦隊戦を行った元帥達を相手にしているようであり、
なぜか、ヘインの操作盤から自分の操作盤には無い四本の露出配線が地面を這っており、
それが、食詰や垂らしに鉄壁と沈黙の座席モニターへと偶然接続されていたのだから、不思議である。


怪しい配線の行き先と根元に、何度も視線を走らせる『若き天才』と滝のような汗を流し続ける『道化師』…


突然、全力で走り逃げだす『大人』と全力でそれを追いかける『少年』、
血の繋がらぬ父と息子の勝負は、どうやら一勝一敗の引き分になりそうであった。


      ・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・

                 ~END~





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