帝国と同盟の衝突を当事者以上の関心を持って見守る勢力・・・
中継交易国家フェザーンの終身制統治者は、輝かしい恒星に紛れた銀河の屑石をどう評するのだろうか・・・
■黒狐■
忠実ならざる補佐官ボルテックが、アスタ-テ会戦についての報告を終え退室した後、
フェザーンの黒狐ルビンスキーは、一人の凡人に全く関心を寄せていなかった・・・
三方から押し寄せる二倍の敵に対し、各個撃破の好機として同盟を大いに破った金髪の小僧・・
優勢から劣勢に転がり落ちた軍を纏めあげ、尚且つ芸術的な用兵によって挽回したエルファシルの英雄・・
両者ともに注視するべき存在である事に疑いはない
今後はより情報収集を活発化させ、彼らを良く知っておく必要があるだろう。
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ボルテック補佐官が作成したアスタ-テ会戦報告書は、
帝国はラインハルト、同盟はヤンについての報告が主となっていた。
凡人参謀長についての記述は、貴族階級には珍しく兵卒の支持が高いという程度の簡単な物でしかなかった。
そのため、メルカッツ艦隊の奮戦ぶりや、同盟首脳部の失策分析等々の報告に埋もれてしまい
自治領主の脳細胞に、ブジン伯の名はそれほど刻み込まれる事はなかった・・・
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壮大なる新無憂宮の黒真珠の間で、金髪の宇宙艦隊副司令官ローエングラム元帥が誕生する瞬間を、
上級大将に階位を進め、伯から候に叙せられたヘインは、その光景をニヤニヤしながら見ていた・・・
正直、ここまで出世の出血大サ-ビスをやられるとは思わなかった。嬉しい誤算だな
上級大将へ昇進かなと思っていたら、まさかの侯爵叙任ですよ?
つまり、帝国宰相リヒテンラーデ候やリッテンハイム候と爵位だけなら同格ってことになる
なんか、小躍りしたい気分ってのこういう気分を言うんだろう。
とりあえず家にかえったら、ベットの上で布団かぶってジタバタしたり
無意味に部屋のドアを開け閉めしたりして、喜びを盛大に表現しよう
このぺースで行けば元帥、公爵への道もあっという間だな!こういうときだけは金髪様様だぜ
名づけて小判鮫立身出世!!ヘイン様の未来はあかるいぜ!!
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華やかの式典の中無邪気に喜ぶアホの横では、羨望や嫉妬、陰謀の種が渦巻いていた
その対象の一つが、ヘインに対するいささか過剰な恩賞であった。
階級はラインハルトが上、爵位はヘインが上というねじれを作り両者の離間を狙った
リヒテンラーデ候の腹心、政務補佐官ワイツの姦策であった。
だが、この策はヘインの単純な大喜びの前に、全くその効を現す事は無く、水泡と帰した。
また、オフレッサー上級大将はニタニタするヘインを一瞥し、『怖気がするわぁっ!!』と吐き捨て、
傍らにいた宇宙艦隊司令長官は、金髪の孺子の話をしていたとき以上に半白の眉を顰めていた
知らぬが仏・・・ヘインは己に向かう敵意や策謀に、露ほども気づくことも無く
まるで係長や課長に昇進したリーマンの様に、ただ無邪気に喜んでいた。
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なんか音楽が流れ始めたと思ったら、式典が終わるみたいだ
途中からぼーとしてたから、全然気が付かなかったけど・・・ふと周りを見ると
筋肉原始人が今にも殺しそうな目で睨んできてるが、真面目に聞いてないとやっぱ不味かったか?
いまさら後の祭りなので、遺憾ではあるが金髪の影に隠れて退散しておこう。
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筋肉原始人から離れ、金髪と一緒に赤髪の待っている部屋にいくと見たくないものを見た、いや居た・・・
若白髪で義眼の愛犬家だ・・・こいつもさっさと死んでくれると有難いが
今は如何こうする事は出来ないので、最高の笑顔で挨拶を交わしてすぐに分かれた。きっと好印象のはずだ
あいつへの対策はとりあえず、また今度だな、別に先送りするわけじゃない。今度は今度だ
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今はどうやってアンちゃんに会わせてもらうかを考えることの方が先決だ
以前、はじめて会ってケーキを食わせてもらった時に冗談で
『ケーキよりアンちゃんが食いたい』
と言ったのは流石に不味かったな、記憶が飛ぶほど金髪と赤髪に殴られ面会禁止にされてしまった。
まぁ、あれも今は昔だ!あいつらも奇麗に水に流して。今回は会わせてくれるさ
だめでした・・・一緒に会いに行く話しをしている二人に、『俺も連れてってよ』とお願いしたら
金髪は美の女神も隠れてしまうよな笑顔で『お前はだめだ、消えろ』と一言
赤髪の方は無機質で冷たい笑顔と、ブラスターを片手に『無理です』『無理です』『無理です』の連呼
うん、こいつらは友達じゃないな、最初から友達とは思っていなかったが、今確信したね
こいつらになんか仕返しをしてやる、フレ-ゲル男爵がやった様に見せかけてやってやる!
・・・厚い友情によって、二人と数日別行動をとる事になったヘイン・・・
その別行動が、銀河の歴史を大きく動かすことは多分無い。
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ラインハルトとヘインの栄達は、貴族達の関心を大いに集めることとなる。
ラインハルトに対しては、主に妬みや敵対心を貴族達は持つこととなった。
しかし、ヘインに対しては門閥貴族でありながら、ラインハルトと懇意と言う点で敵視が当然あったものの、
門閥貴族の一角を担うブジン家に寄り添って、権勢を得たいと考える者や
自らの派閥に引き入れ、帝国内でより強固な地位を得ようと動く者達の方が多かった。
つまり、ヘインはセレブなパーティに引っ張りだこととなった訳である。
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いや~これですよ♪これ!やっぱ貴族は華やかな社交界で平和に贅沢を楽しまないと・・
もう、ほんと痛風になるんじゃねーかってぐらいに豪華な料理、タッパーで持ち帰りしたいぐらいだぜ
やっぱ、リッテンハイム候家の浪費振りは門閥貴族の中でもトップクラスだね!
さらに横に金髪が居ないだけで、貴族の皆さんが友好的に接してくれる・・・
その上、侯爵と上級大将への立身出世を祝われ、輝かしい武勲を褒め称えられる
もう快感だね~、貴族の脳みそが腐っても仕方ないって気がしてきちゃう
だが、俺は貴族達とは相容れない存在だ、なぜなら彼らは割引券も特売品も知らない
「そう、ブジン候ヘインは腑抜けた貴族と一味も二味も違うのだから!」
『見え透いた世辞でのぼせて、腑抜けた輩と一緒に散々飲み食いした後では、余り説得力が無いと思うが?』
こいつは・・ただ飯に誘ってやったのに何ていい草だ、喰う為に軍人になった貧乏貴族って話だから誘ったのは間違いだったか
■食詰めファーレンハイト■
門閥貴族の社交界に貧乏貴族を誘って何になるのだと思っていたが、どうして中々、面白いものを見せてくれるじゃないか、
見え透いた世辞には必要以上にはしゃいで見せて、二の句を告げさせない、
なおも言い募る輩には、飲食にかまけて煙に巻く手法、アスタ-テ以上の物を見せてくれる
これでは貴族達が、ブジン候の立ち位置を判別することは無理だろう。
ブジン候はいったい誰の派閥なのか、どの派閥に入るのか、新たに派閥を立ち上げるのか?・・・
寄るすべての者に好意を見せれば、誰の味方かさっぱり見えずという手法、
単純だが並の神経じゃ出来ない手だ、下手をすれば周りの貴族は全て敵になりかねないのだから
だが、貴族どもの底の浅さを笑ってばかりは居られないようだ。
体よく嵌められたのは俺も同じ・・宴の中で常にブジン候の傍らにいる将官、
周りの貴族の目には、彼の腹心と映ったに違いないだろう。
してやられたのだが、不思議と悪い気はしない・・・いつか彼の指揮下で戦ってみるのも悪くはなさそうだ・・・
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なんか、一応飯とかに満足したのか、貧乏貴族は満足げな顔で先に帰っていった。
こんどは庶民的な店で一席設けて飲むのも悪くなさそうだな、やっぱ金銭的価値観が近い奴とは話が合うね
相方も帰っちまったし、ヤン・ウェンリーよろしく裏庭から逃げるとしますかね
しかし、さすが門閥貴族のお屋敷だ。無駄に庭園の迷路が長いというか迷った・・・
そのうえ、性格が捻くれてそうな金髪のお嬢ちゃんがニヤニヤしながら付いてくる
あぁ、おれは迷路が大の苦手なんだよ。分かったらとっと消えてくれ。
変態スト-カー少女はお断りだ・・・何で俺によって来るのは、こうイカレタ奴ばかりなんだろう
『だっ誰が、変態ですってぇ!!この侯爵令嬢さまに向かって、そのような口を聞くなんて!!』
やばい、聞こえないように変態って罵ったつもりが・・・
いたい、痛いっ!!口を引っ張るなって糞女!!おい、グーで普通くるか?
やめろ、マウントはやりすぎ勘弁して、汚いパンツが丸みえだぞ!『もう、殺すッ!!』
くそ、もう頭にきたって手を上げると、ビクっと身を震わせおびえた小動物のような目で見つめてくる
なんて卑怯クセーんだこのアマ、俺以上に最低最悪ヤローだ『野郎じゃないわよ!!』
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執拗な暴行が続き意識が薄れ、ヘインの命が塵となって今まさに消えようとするとき、救世主が光臨した
『ああ・・・我が友ヘイン、この事態は一体?ランズベルク伯アルフレッド驚嘆の極み!!』
「おぉ、友アルフレッドよ!このお嬢さんが、俺に馬乗りになって組み敷き、口と体を執拗に攻立てているのだ!!」
俺の詩的な表現を用いた状況説明を聞いた友の反応は・・・
『なんたる破廉恥!!あぅう・・、ランズベルク伯アルフレッド興奮の極み!!』
・・・グ チ ャ リ・・・
一瞬の出来事だった、金髪の魔獣の足が動いたと思ったら、我が友が崩れ落ちていた・・・
それを見つめる加害者は、不可侵条約などまるで知らないといった顔で、その光景を退屈そうに見ていた
さよなら・・・アルフレッド・・・
ぼくはそのあとのことをよくおぼえていない・・おもいではいつだってあやふやのほうがいいいんだ・・・
■■
俺は腐った魚のような目で、ポマード臭いちょび髭親父の話を聞いていた、親父いわく猛禽類のようなご令嬢は
先天的な遺伝異常のためちょっぴり感情の起伏が激しいそうだ。
当然俺は、「ちょっとじゃねーだろう!!」って突っ込もうとしたよ
でも、うしろで『オホッホホ』とワザとらしい笑いをあげている魔獣は、その整った唇の形を巧みに変え
ヘ タ ナ コ ト ハ イ ワ ナ イ デ ネ? ア ナ タ ノ ハ ツ ブ シ タ ク ナ イ ワ♪
と声を用いず俺に伝えてきていた。
もう、おれにできることは話を聞き、頷きつづけることだけだった・・
その後、ときたま娘の住む別邸を訪れてほしいなどと、色々と無茶なお願いをされた。
俺はこれから、ジャイアンリサイタルに召集されるような気分で、この屋敷に通うことになるのだろうか?
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この日を境に、ヘインはアルフレッドのポエム会ではなく、
金髪の魔獣が棲む館を度々訪問する事となる。
ヘイン・フォン・ブジン候・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
~END~