動乱の時代が終わり、力強く安定した成長の時代の到来を人々が感じる中、
虚構の英雄は新たな時代の息吹を敏感に察し、その生き方を変えることも出来ず、
ただ、幸せに包まれた家庭で安穏とした生活を送り、人々が忙しなく働くのを余所に惰眠を貪っていた。
■皇師のお仕事■
一応、ヘインは皇師という名誉職に就いているため、二代皇帝アレクに対して講義を一月の間に何度か行わなければならない。
だが、まだまだ赤子と言って良い皇帝に講義など行っても何の意味もないため、
アレクのほっぺをぷにぷにしたり、ヒルダと世間話に興じる程度で全く仕事らしいことはしていなかった。
新帝国暦4年が終わりを向変えつつある中、
ヘインは死線を潜り抜けたかつてとは比べ物にならぬほど平穏な日々を過ごしていた。
■■
迎えの車に乗って、宮殿に着いたらアレクを可愛がって、かわいい未亡人とお喋りするだけ。
一月にそれを二回するだけで結構な給金が貰えるし、それ以外は全部休日なんて最高すぎる。
まぁ、参内する度に文官やら何やらに捕まって良く分からん政策立案書を読まされるのは敵わんけど、
今までと違って毎日じゃないからな。全然楽勝だぜ!
この世の春って言うのは、今見たいな状況の事を言うんだろうな。
『ブジン皇師、何か良い事でも御座いましたか?』
「何かって言うよりも、全てが自分の思うままになっている今の状況が嬉しくてね
我が世の春が遂に到来したかって感じだ。まぁ、今の心境を何かに喩えるとしたら
欠けたるとこ無き満月ってやつかな?このまま、変わらずに行ってくれると最高だなぁ」
『ふふ、今は思うが侭の日々ですか、ブジン皇師ほどの声望と実力があればこそ
そのような日々を過ごすことが叶うのでしょうね。本当に恐ろ.羨ましい限りです』
あれ・・・?何か、今日のヒルダちゃんの笑顔はいつもより綺麗なのに、
講義をすっぽかして怒ったとき以上の迫力があるんですけど・・・
何か、拙いこと言っちまったか?やっぱ、色々と政務で大変なヒルダちゃんの前で暇人最高ー!!なんて言ったら怒るわな。
こりゃ、話題を変えた方が良さそうだな。ここはアレクをダシに使って切り抜けよう!
「いや~、それにしてもアレクの寝顔はかわいいな。ほんと、子供は赤ちゃんの時から
5、6歳の頃までが一番素直で可愛いって言うのには、俺も全面的に賛同するな
下手に智恵が付くと素直に言うことを聞かなくなって、憎たらしくなるらしいからな」
「そうでしょうか?手のかかる子ほど可愛いとも申します
あぁ、皇師にとって都合が良いのは従順な子でしたわね」
子供の話で何とか流れを変えようとしたのに、何故か悪化しとります!
いや、多少のわがまま言う子もかわいいとは思うけど、素直に慕ってくれる子の方が絶対かわいいって!
お父さんの洗濯物は別にしてとか、風呂の湯を張り替えたりする娘は絶対嫌だ。
これが、息子を持つ母親と娘を持つ父親の考え方の違いなのか?
でも、幾ら子育ての考え方が違うからって、ここまでピリピリしなくてもいいのに。
先生って言っても、お飾りみたいな俺が教育方針に口を出したりとかしないってば、
ほんと、黒いオーラ出しながら、そんなに怒らなくても・・・
■
相変わらず自分の立場を軽んじすぎるきらいのある男の迂闊な発言は、
生まれたばかりの息子が成人するまで、建国間もない国家をその小さな肩で支えていかなければ成らないヒルダを、
不安と猜疑の念を抱かせるのには十分過ぎる力を持っていた。
無論、一個艦隊に勝る力を持つ智謀の持主である彼女は、ヘイン自身に二心が無い事も理解はしている。
だが、それでも不安や猜疑の念を常に抱き続けなければならないほど、目の前でおたおたしている男の存在は巨大なのだ。
彼自身に二心無くとも、彼を崇拝する建国の功臣達は彼を担いで、
自分の夫、先帝ラインハルトと戦ったことは無視することが出来ない事実である。
国を統べる為政者として、ヘイン・フォン・ブジンという巨人は無視する訳にはいかない存在であった。
■推挙された者と、されなかった者■
終始笑顔の摂政皇太后と青い顔をする皇師、この二人に声をかける覚悟を持つ者は、広い銀河を探しても、そうは居まい。
いつも能天気な発言で場を和ましてくれる侍女のマリーカも、
今にもゲロを吐きそうな顔をしながら震えるだけで、とても声をかけられるような様子には見えない。
居並ぶ侍従や侍女達にとっても最悪な空気が室内を支配し、
その緊迫した状況に豪胆にも一石を投じる者は存在しないと誰もが諦める中、
一陣の風を吹き込み、その澱みかけた空気の流れを断ち切る存在が現れる。
「摂政皇太后陛下、そろそろ皇帝陛下が目を覚まされます」
『そう・・、もうそんな時間なのね。まだ話し足りませんが、仕方がありませんね
ブジン皇師、今日の陛下への忠勤ご苦労さまでした。下がって貰って構いません」
冷たい微笑を浮かべながら、自分に下がるように言うヒルダに
首をカクカクと縦に振るヘインはまるで脱兎の如く、慌てて逃げるようにその場を後にする。
この結果を生み出した部屋で最も年少の部類に入る発言者は、特に何の感情も見せる事無く
淡々とした様子で最も巨大な力を持つといわれる大貴族を見送る。
そんな国家に対して誰よりも忠実な臣下に、打って変わって温かみに溢れる苦笑いを溢しながら、ヒルダは礼を述べる。
『あなたのお陰で冷静さを取り戻すことが出来ました。感謝します』
「いえ、陛下の危惧は杞憂ではありません。ブジン大公の持つ力は帝国の器に比して
強大に過ぎます。警戒を怠ってはなりません。その力を削ぐ事も必要になるでしょう」
『それは早計でしょう。ブジン大公に二心など無い事を、私も本当は分っているのです
それでも、アレク・・、陛下の行く末を思うと不安を感じずには居られないだけなのです』
公然とヘインの脅威を排除すべきと主張する相手をヒルダは優しく諭していく。
自分の愚かさと弱さで平時に乱を起こすべきではないのだと、
そして、今のようにブジン大公を前にして不穏当な発言や態度をついつい見せてしまうのは為政者としての自分の弱さである。
偉大なブジン大公はそれを全て見透かした上で笑って許してくれているのだと、
ヒルダのその説明を受けた年少の臣下は、それに理があることを一応は認めたが、
それで、ブジン大公排斥論を取り下げるような事はしなかった。
今現在、新帝国の頂点に立つべきは摂政皇太后ヒルダであり、彼女が恐れを感じ、自分の弱さを認めさせるような大きすぎる存在は、
未だ地盤が定まらぬ新帝国にとって、大きな禍根になると考えたのだ。
『あらあら、ブジン大公に推挙されてアレクに仕えるようになった貴女が一番熱心に
大公の排斥を訴えるなんて、大公がそれを知ったらガッカリしてしまうかもしれないわ』
「私が仕えているのは皇帝陛下とその代理人である摂政皇太后であられます
例え推挙された恩があったとしても、それを重く見て忠節を曲げることを
私はよしとはしません。私はローエングラム朝の臣下として推挙されたのです」
まっすぐに自分に言葉を返す少女は、故人を偲ばせるには充分な才気を待ち合わせていると感じたヒルダは、
今度は声を立てて笑いながら、ヘインの力を過剰に恐れる必要は無いのだと安心する。
新しい時代の芽がこんなに近くで芽吹き始めている位なのだから・・・
『貴女の真っ直ぐな陛下への忠節に感謝します。そして、
その言には多くの理があることも認めました。ですから、
一つの任を貴女に与えたいと思います。受けて貰えますね?』
「御意」
『では、パウラ・フォン・オーベルシュタインに皇帝陛下の代理人として私が命じます
来週まで皇師ブジンを傍近くで監視し、陛下に二心有るかどうかを探りなさい
必要な書類はヘインさんが帰るまでに用意させます。偶には後見人に甘えて来なさい』
「皇太后陛下!」
■
ようやく感情らしい感情を見せ、顔を真っ赤にしながら抗議の声をあげる少女をニコニコと軽くいなしながら、
皇師付き女官としての任命書をスラスラとしたためたヒルダは有無を言わさぬ勢いでそれを少女に押し付ける。
久々に彼女らしい快活さを取り戻した摂政皇太后を止めることが出来る者はこの場に誰も居ないことも少女にとって悪く働き、
パウラはしぶしぶ自分の新たな後見人となったヘインを追いかけて部屋を後にせざるを得なくなる。
ちなみに、少女は義眼からみると分家筋にあたる家の子で、
彼女の両親が若くして他界して以後、義眼が後見人として援助を行っていたが、
彼が他界した後は、後事を託されたヘインが新たな後見役を引き継ぎ、
オーベルシュタイン家を継いだパウラを犬のついでに世話するようになっていた。
まぁ、世話といっても生活に必要な金を義眼の遺産から崩して老執事に渡す程度のことであったが・・
なお、現在は義眼の住んでいた家に犬と義眼に仕えていた老執事と共に暮らし、
ヘインの推挙を受けて、ヒルダとアレク付の侍女として出仕する様にもなっている。
そのため、彼女は新帝国の建国の立役者でもあるブジン大公の推挙を受けるに相応しい人物であることを証明するため、
周りの侍従や侍女達が心配してしまうほど日夜職務に精励している。
また、先代に似たのか誰にも媚びず、怜悧で合理的過ぎる性格からか、
最近『女オーベルシュタイン』と渾名されたが、彼女はそれを密かに内心で喜んだりしているらしい。
誰に言う訳でもないが、『NO2不要論』の正当な後継者は自分であると自負している節があるなど、
どうやら、年来の恩人でもある義眼に対する畏敬というか、崇拝の念はかなり強く、彼を半ば神格化しているようである。
また、その義眼が最も危険視し、高く評価したヘインに対しては
新帝国の癌となりうる存在と断じ、ことある毎にヒルダの不安を煽って粛清を促すのが彼女の日課となっている。
ヒルダは以前からヘイン参内するたびに黒いオーラを放ってはいたが、
それが最近酷くなりつつあるのは、彼女の力が大きく働いたからなのかもしれない。
一方、ヘインの方はと言うと、自分が後見しているもう一人の少女ナカノ・マコのようにぶすりと刺しに来ないだけマシだが、
先代の義眼のように自分を粛清するべしと公然と言い放つ彼女になんとも複雑な思いを抱いていた。
普通の子であれば、反抗期のかわいい女の子で済ませられるのだが、
義眼と似た考えを持ち、その思想的な後継者だと思うと愛らしさより、恐ろしさが勝るようである。
もっとも、まだまだ皇室付の侍女の女の子に過ぎないので、それほど深刻には考えてはいなかったが、
未来の彼女の進む道が原作に書かれていたら、もう少し、深刻に考えたかもしれない・・・
■鈍感な夫と心配性な幼妻■
しぶしぶ摂政皇太后の命を受けたパウラは義眼の後を引き継ぎ軍務尚書となったファーレンハイトの執務室から、
ヘインが話を終えて出てくるまで待ち続ける。
時折、部屋から漏れ聞こえるフェルナーやアンスバッハの声に楽しげなヘインと食詰めの話し声は、
義眼など当の昔に過去のどうでも良い存在になったと言っているように聞こえ、
パウラは形のよい眉をへの字に曲げて不快感を表情に浮かびあがらせていた。
普段は無表情な少女の珍しい顔を偶々通りが掛かって見た黒猪は『糞詰りか?』と
デリカシー0な彼女を心配する発言をして、危うく彼女の白い足によってアルフレッドと同じ運命を歩みかける。
また、彼は後から歩いて現れた沈黙に救いの手を求めて蹲りながら手を差し出したのだが、
『・・・、・・』といつものように何も言わないまま、無視されて自力で医務室にヨタヨタと歩いていくことになる。
どうやら、黒猪とオーベルシュタイン家の相性が最悪なのは歴史の必然らしい。
■■
「あれ?パウラどうしたんだ。フェルナーにでも何か用か?」
『いえ、閣下付の女官になる命を拝命したので参りました』
自分を見上げる少女に素朴な疑問をぶつけたヘインはその返答に『げっ』と思わず言いかけ、
新たな腹心となる相手の機嫌を絶対零度まで下げさせてしまう。
まぁ、義眼の脅威の再来を思わせる少女に張り付かれて嬉しいと思えるほど、ヘインも能天気では無いのだから、仕方あるまい。
ヘインはいつも以上に冷たい無表情の少女を伴って新皇居を後にするのだが、
窓から入る陽光を反射して銀色に輝く長い髪を揺らめかせながら長い廊下を黙々と歩く少女と、
彼女の少し前を先導するかのように歩くヘインの姿を見た者が、彼ら二人の事を全く知らなければ、
どこかの貴族の姫君とその従者か何かと勘違いしたであろう。
それほど、二人から自然と放たれる輝きには差があったのだ。
『閣下、どちらに向かわれるのですか?』
「お前の家だよ。そんで、ついでにアイツに頼まれた犬の散歩も済ませようと思ってな」
宮廷の長い廊下を終始無言のまま歩いていた二人だったが、
車の後部座席に乗り込み、仲良く並んで座って扉が閉まった所で、少女がようやく口を開いたが、
その口調は相変わらず淡々としたもので、その言葉も必要最小限のものである。
そんな取り付く島も無いような彼女の様子に困った顔を一瞬見せたヘインだったが、
鈍い灰色の二つ瞳に答えを急かされて、動き出した車の向かう場所と目的を素直に告げると、
『そうですか。では、私もそれに同行致します。閣下、よろしいですね?』
「あぁ・・、別に構わないよ」
少女の高い声色の中に有無を言わさぬ迫力があるのを感じたヘインは否応無しに肯き、
お気楽なオーベルシュタインの犬との散歩に彼女を連れて行くことを許す。
老執事から犬好きと聞いていたため、彼女の要求は想定の範囲内であった。
『お嬢様、今日はお早いお戻りですね。それに、ブジン大公もご一緒とは珍しい』
『ブジン皇師付きの女官として任を拝命した故だ。ラーベナルト
帰った早々で申し訳ないが、直ぐに出掛ける。犬を連れて来て欲しい』
『犬?あぁ、ワンワンのことで・・』 『ラーベナルト!『犬』を連れてきて欲しいのだが?』
いつもの主とは違う呼び方に一瞬首を傾げる老執事だったが、
直ぐに何を主が求めているか察して、いつもの呼び名をついつい口走ってしまい主の語気を強めさせてしまう。
そんな主従のやり取りの微笑ましさに少し噴出すヘインだったが、ドライアイスより冷たい視線の槍に刺され、
ごほんごほんとワザとらしく咳き込んで誤魔化し、情けない大人の姿を晒すことになる。
「そっ、それじゃ、散歩に行くとしますかね!」
『・・・、御意』
『お嬢様、お気をつけていってらっしゃいませ
ブジン大公、お嬢様のことをよろしくお願い致します』
老執事に紐を引っ張られてヨタヨタと頼りない足取りで現れたオーベルシュタインの犬の姿をヘインは確認すると、
殊更に明るく元気な声を出して、散歩に行くぞー!と宣言して、未だに周囲を漂う冷気を振り払おうと試み、それに成功する。
パウラも『ワンワン』と散歩できる時間を擦り減らす愚を避けたいと思って矛を収めたのだ。
犬の首輪に付いた紐を嬉しそうに持つ少女と、横を疲れた顔をしながら歩く青年。
そんな親子か年の離れた兄妹のように見える彼らを、老執事は目細めながら暖かく見送る。
『いつもありがとう御座いますー♪』
ぶんぶんと手を振る肉屋の元気のいいオネーさんと別れた二人と一匹は、お決まりの散歩道をずんずんと歩いていく。
犬の方も鶏肉が今日は山ほど食べられると思ったのか、尻尾フリフリと上機嫌である。
「さて、こいつの夕飯も買ったし、次の所に行きますか」
『閣下、今度はどちらへ?もう、日も陰り始めています』
「あぁ、すぐ其処だよ。商店街で鶏肉と酒を買ったら
いつも寄る場所があってね。散歩の〆に相応しい所さ」
少し日が傾いて冷えてきたため、犬の体調のことも考えて散歩をそろそろ切り上げたいと思った少女に、
ヘインはもう一箇所だけ寄るところがあると告げ、歩みを止めない。
パウラも珍しくしっかりとした意思を見せるヘインを止めることは難しいと考え、素直に付いていく。
そして、直ぐに目の前を歩く男が、この場所に拘った理由を知り納得することになる。
『墓地ですか、先帝陛下とキルヒアイス元帥が眠っている場所ですね』
「あぁ、もともとキルヒアイスの墓はオーディンにあったんだが
ラインハルトが我侭を言った結果、仲良く並んで眠ることになった訳だ」
『閣下は親友を亡くして・・、いえ、何でもありません』
金髪と赤髪の墓の前で仁王立ちする男の胸にどのような想いを抱いているのか、パウラは興味を持ったが、
人として正しい在り方は、横の愛犬のようにただ黙って故人を悼むことと考え直し、口を噤んだ。
そんな少女の態度に笑みを見せたヘインは買ったばかり酒瓶の蓋をあけて、
一口呑み干すと残りは全て冥府の門を先に潜ってしまった二人に呑ませる。
二度と酒を酌み交わすことが出来なくなった二人の親友の墓を、ただ黙って見つめる男の感情を読み取ることは、
まだ酒の味も知らぬ少女にとっては難しすぎる問題であろう。
「悪いな待たせて、もう一人会いたい奴がここにいるんでね
もうちょっとだけ辛抱してくれ。帰りの車を手配してあるからさ」
『いえ、構いません。ご友人のお墓ですか?』
「友人・・・か、まぁ、そうとも言えるかな?」
自分を見上げる少女の質問に明確な回答を自己の中に見出せなかった男は、
『うーん』と腕を組んで考え込みながら、最後の目的地へと足を進ませる。
また、それに付き従う愛犬が鶏肉を買ったときより嬉しそうに尻尾を振るため、
パウラは可愛らしく小首を傾げながら、その後を慌てて付いて歩き、自分の迂闊さに直ぐ気づかせられる。
そこは、愛犬と自分に取って一番の恩人が眠っている場所・・・
パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥の墓がたてられた場であった。
■■
「どうした?意外そうな顔をして、そんなに俺がこいつの墓参りをするのが不思議か?」
『はい。閣下と元帥は常に緊張した関係にあったと聞いていましたから』
「お前もこいつと一緒ではっきり言う奴だな。まぁ、確かに色々とあったけど
今思えば悪くない関係だったんだよ。とは言っても、過去の俺やこいつに
そんな事言っても全力で否定すると思うけどな。過ぎ去って分る事はホント多いな」
『私には、よく分りません』
「それで良いさ。そう言う事は、もう少し大きくなったら
自然と分るようになる。焦って覚えようとする必要は無いさ」
ヘインの言葉に自分を子ども扱いする成分を感じ取り、不機嫌な気持ちが湧き上がるパウラだったが、
そういった感情が湧き起こること事態、自分がまだまだ子供である事の証明な気がして、
目の前で『今』を見ていない過去の英雄に抗弁する気になれなかった。
ただ、目の前に立つ新帝国にとって最も警戒すべき男が、故人であるオーベルシュタインしか見ておらず、
今を生きるオーベルシュタイン、彼の横に実際に立っている自分を一顧だにしていないことが痛いほど分って、
無性に悔しい気持ちをその小さな胸に抱かざるを得なくなっていた。
尻尾をフリフリする老犬とジーと決意を込めた瞳で凝視する子犬のような少女に気づく事無く、
ヘインは誰よりもその才を認め、また怖れた男のことを黙って偲んでいた・・・
■
墓地の外に手配していた車に乗りこんだ二人と一匹は特に会話に華を咲かせることも無く、
屋敷に到着するまで静かに物思いに耽っていた。
老犬は柔らかい鶏肉で頭が一杯で涎を垂らしかけてはいたが・・・
そんな彼らを出迎えた老執事のラーベナルトは、
先代主人とヘインに老犬の一匹が仲良く帰ってきたのではないかと錯覚し、
一瞬呆けてしまい新たな主人を訝らせてしまう。
そんな主従を余所に鶏肉の入った袋に飛びつく老犬に押し倒されるヘインは、
泥と涎まみれになってしまい助けを求めるが、その場に救いの手を差し伸べてくれる者は居らず、
自宅に帰宅した際、洗濯をする愛しい奥様の頬をぷっくらと膨らませてしまうだけでなく、
帰りが遅いことに対する小言も受け取ることになってしまう。
これまで、オーベルシュタインとの関わりはヘインに様々な苦労を与えることが多々あったが、
今の状況を見る限り、それは代替わりしても変わらずに続くようである。
さて、『ブジン大公記』の著者としても知られるようになるパウラとヘインの関係が、
今後どのような形に発展していくことになるのか?興味も尽きないところではあるが、
差し当たって危機感を感じ、動く必要があるのは一人であろう。
パウラと同じように平凡な男に後見を受ける少女は、近い将来自分の存在意義を賭け、
新たなライバルに終わること無き戦いを挑むことになるかもしれない・・・???
・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・
~END~