戦いは終わり、安定と発展の時代を迎えようとする中、
戦いの過去を華麗に彩った者達は好むと好まざると、
新しい道を、新しい生き方を選択することを迫られていく・・
ヘイン・フォン・ブジン大公であっても例外は無い。
彼も新たな道を好むと好まざるを得ずとも、選ばなければならない・・・
■ヘイン!いってきま~す!!■
全ての公職を去ったブジン大公の再出仕!!
この報せは帝国中を駆け巡り、様々な憶測が宮廷及び市中を沸きあがらせていく。
そんな浮き足立った世間を余所に、渦中の当人は至って平静そのものである。
周囲の慌てぶりとは好対照に、彼は気負い焦りも全く見せる事はない。
その彼が見せた反応を強いて挙げるとすれば、
せいぜい妻であるサビーネに『出来るだけ早く帰ってきてね』と抱きつきながら言われ、ちょっとドキドキした程度である。
かつての死線を強制的に潜り抜けなければならない役職とは違い
ただの名誉職に過ぎない皇帝の教育責任者の地位は、
お小遣いをUPさせる要因になりこそすれ、生命の危機は皆無!
そのため、任官を要請する使者に対し、ヘインは『有り難てぇ、有り難てぇ』と少々、使者が引く位の感謝の念を見せたという。
■■
いくら形だけとはいえ、俺が銀河で一番偉い先生になるとは思わなかったな。
その上、教育対象のアレクは赤子だし、実際に教育が必要な年齢になっても、
その道のプロの方々が教育担当としてその任に当たるらしいから、
はっきり言って俺なにもしなくて良くなくねぇ?
しかも、滅茶苦茶楽なのに一番給料が高いなんて最高じゃねーか。
『でも、月に3回位は出仕しないといけないんだよね・・』
そんな暗い顔すんなって、宮廷に行ってちょっとヒルダちゃんと適当に喋って、
昼飯食い終わったら、あとは帰るだけって超楽々勤務だから
直ぐ家に帰ってこれるから心配しなくていいぞ。
『うん、ちゃんと早く帰ってきてね。浮気とかしちゃヤダよ・・?』
分かってる分かってるって!あと、俺が居ない間はちゃんと戸締りしとけよ!
それにヘーネが泣いてたらすぐ連絡くれよな。
銀河一の『イナイナイ♪バァ!』で直ぐにでもお父さんが泣きやましてやるからさ!
『うん♪期待してるね!じゃヘーネ、お父さんにいってらっしゃい~って』
おう、そんじゃお仕事に行ってくるぜ!!
■■
『胸に愛娘を抱く愛妻に見送られながらの出仕とは中々羨ましい光景だなヘイン?』
ヘインを迎えに来たファーレンハイトはいい物を見たとばかりに
ヘインの愛妻、親ばか振りをからかう。
「うるせー、お前だってレンちゃんやカーセさんの前だと似たようなもんだろ!」
それに少し不快そうな顔をしつつも、食詰めとカーセの間に生まれた一人娘
レンティシア・フォン・ファーレンハイトの方に話を強引に持っていく。
ちなみに、この水色の瞳を持つ少女とヘーネの二人は、
母親達に勝るとも劣らない強い絆をやがて結んでいく事になるのだが、
二人の親達の関係を考えれば、それは既定路線であったとしか言いようが無かろう。
姉妹同然の主従と死線を共に乗り越えてきた親友が両親と来れば、疎遠になるほうが難しかろう。
『羨ましいですね。小官も早くお二方の会話に加われるようになりたい物です』
「あれ?ミュラーのとこはまだだったか?確かもうそろそろだよな?」
『一応、予定日は来月です』
『そうか、その日を前に卿も何かと不安かも知れぬが、ただ待つしかないな
実際、出産時には夫よりも医者や看護士の方が余程物の役に立つのが道理だ』
変わらない友誼を感じさせる二人の会話に加わった車の助手席に座る良将は
ファーレンハイトの身も蓋も無い言葉に『違いないですね』と肯くと、
私的な話を切り上げ、後部座席に乗る二人に率直な疑問をぶつける。
今回のブジン大公の再出仕にどのような意図があるのか?その目的は一体何なのか?・・・と、単刀直入にである。
かつて、先帝ラインハルトに叛き共に戦った彼らの繋がりは強く、虚飾を用いた言葉遊びをする必要としなかったのだ。
『さて、一個艦隊に勝る智謀を持つ摂政皇太后陛下のお考えなど
凡俗の俺には到底理解など出来んさ。無論、必要があれば手を打つ』
「別に今の段階でお前らが言うような心配する必要は無いだろ?
どうせ、金髪の遺言かなんかを守る為とか、そんな所だと思うぜ」
能天気なヘインの回答に二人は嘆息しつつも、
その策謀は故オーベルシュタインを凌ぐと言われるヘインが、
『今の段階』では心配する必要が無いと言うならば、そうなのだろうと納得する。
二人のヘインに対する信頼は彼が公職を退いた後も一寸たりとも揺らいでいない。
権謀術数に関してはヤンを除けば、生者でヘインに匹敵する者はいないというのが
ファーレンハイトとミュラーの共通した認識であったのだ。
『そろそろ着くな、久方ぶりの式典だ。ヘマだけはするなよ?』
ニヤニヤと嫌なプレッシャーを掛けてくる食詰めに、
『よっ余計な心配するんじゃねー!!』と威勢良く答えるヘインであったが、
その声が、少しばかり裏返っていたのはご愛嬌だろうか?
クスクスと笑うミュラーと何時も以上に機嫌の良さそうなファーレンハイトを伴い
ヘインは皇師就任式典の会場へと辿り着く。
■皇師就任式典■
式典の会場にはローエングラム朝の重臣功臣達が一同に会する。
玉座には皇帝アレクを膝に抱える摂政皇太后が鎮座し、
その右手には文官代表として彼女の父でもある国務尚書マリーンドルフ侯爵が立つ。
ちなみに、彼はつい先日侯爵に階位を進めたばかりである。
また、その横に立つのは最近頭角を現す事著しい工部尚書グルック、
それに続いて、内務尚書オスマイヤーに、お小遣い制を死守する財務尚書リヒター、民政尚書ブラッケ、
野良でつの世話に慣れてきた司法尚書グルックドルフ等が続き、
少し間を空け、ライバルに水をあけられて最近焦り気味の内閣書記長マインホフが立っている。
その対面である彼女の左手側に立つのは、建国の功臣でもある武官の代表者達である。
最前列には軍務尚書ファーレンハイト元帥、続いて統帥本部総長ロイエンタール元帥
宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥と帝国軍三長官が堂々たる面持ちで並ぶ。
そして、彼らに続くのは幕僚総監ミュラー元帥、宇宙艦隊副司令長官アイゼンナッハ元帥、
幕僚総監ワーレン元帥、宇宙艦隊総参謀総長メックリンガー元帥、
憲兵総監ケスラー元帥と唯の元帥ビッテンフェルト元帥の6名といった面々である。
そして、その功の大きさは銀河の大きさに匹敵すると言われる功臣たちを、
遥かに凌駕する大功を挙げたといわれる建国の立役者ブジン大公は、
彼らに見つめられながら、中央の赤い絨毯を飄々とした足取りで進む。
その姿に、ある者はその豪胆さに感嘆し、
ある者は御前にも関わらず不遜な態度であると眉を顰める。
ヘインの皇師就任式典は恙無く行われたが、それは、この先も同じように
平穏な未来が待っている事を約束している訳では当然ない。
ブジン大公の公職復帰、これが開闢間もないローエングラム朝の未来に、
どのような光と影を齎すことになるのか、その答えを知る者は当然いない。
神ならざる者には未来を見通す力など無いのだから・・・
■女の価値、人の価値■
久しぶりに主人が不在となったブジン家でサビーネは慌しく外出の準備に奔走する。
彼女は遊びに来たナカノ・マコにヘーネの子守を頼むと、
半ば駆け足で家を飛び出し、自身の不安を解消させるべく目的地へとひた走る。
男児が生まれぬ『ゴールデンバウムの呪われた血』など迷信に過ぎないと、
産婦人科医に彼女が望む答えを述べさせる為に・・・
そして、彼女が望んだ迷信であるという答えは直ぐに証明される事になる。
程なくしてエリザとミュラーとの間に男児が生まれたのだ。
もっとも、この証明は彼女を絶望の淵から救う事にはならなかったが・・・
■
『あっ、おかえりなさいヘイン♪式典はどうだった?疲れてる?』
帰宅したヘインを迎えたサビーネはいつも通りの彼女であった。
ヘインも彼女の質問に何も問題は無かったと答えるだけで、
彼女の内面に渦巻く想いに気付く事はない。
「そんじゃ、飯の用意が出来るまでヘーネの寝顔でも見てくるかな」
『また、ほっぺ突付いて起こして泣かせたらダメだよ!』
後ろから掛けられる可愛らしい声に『大丈夫、大丈夫!』と
まったく当てにならない返事を返しながら、ヘインは愛娘を弄りに向かい・・・
『ふぇーん!うぇーん!!』『もう、ヘイン!!ダメって言ったのにぃ~♪』
と予想通りに泣かし、笑いを耐えながら怒るサビーネに胸をぽかぽかと叩かれ、
ばつの悪そうな顔で二人に謝ることになる。
どこから見ても平凡な家族の本当に幸せな一幕であったが、
そこには、救いようのない悲しさが内包されていた。
■■
やっぱり、罰があたちゃったのかなぁ・・・
ねぇ、ヘーネ・・・お母さんは欠陥品なんだ。
今日、お医者さん行ったら、もう赤ちゃん産めないんだって、
だから、貴女を守ってあげられないかもしれないゴメンね。
世継ぎを埋めない正室なんてじゃまなだけなの。
ごめんなさい、ヘーネのこと大好きな筈なのに、
もしも、もしも貴女が男の子だったらって最低な事お母さん考えてる。
遂この間まで貴女のために男の子産まなきゃって思ってたのに、
自分もうが産めないって分かった途端にへーネが男の子だったらって・・・
ほんとは私がヘインに捨てられるのが怖かっただけなの!!
貴女を守る為とか自分を誤魔化して、大好きなヘインのことも信じられずに、
自分のことばっかり、自分だけが可愛いかったの!!
今も全部ダメだって分かったら、赤ちゃんのヘーネに縋りつこうとしてるし、
ほんとに卑怯で汚くて・・・
「ごめんなさいヘーネ・・、ごめんなさいヘイン・・・」
『なんだなんだぁ?怖い夢でも見たんか?』
■夫婦のカタチ■
夜中に無性にヘーネのほっぺを弄びたくなったヘインは目を覚まし、
サビーネを起こさないようにモソモソと布団から抜け出したが、
そこで、横で寝ている筈のサビーネが居ないことに気付く。
便所にでもでかいウンコしにいったのかな?とど阿呆なことを考えながら、
眠け眼であたりを見回すと、少し離れた所に置いてある
ベビーベッドの手摺に肩を震わせながら寄り掛っているサビーネを見つけることになる。
■■
まったく、このお嬢さんは・・・、なんか怖い夢でも見たのか?
真夜中に泣きながら赤ん坊見つめてる美女なんて、軽くホラーだろ?
危うくチビリそうになったじゃねーか!
『ふぇいん・・・うぅ・・・』
まったく、グチャグチャの顔して『千年の恋』も醒めるってほどじゃないけど、
もうちょっと、可愛らしい泣き顔でもいいと個人的には思うんだ。
「なんかあったのか?夜中に泣いて、話してみろよ?俺らは夫婦だろ?」
『うぅ・・・、ふえいん!!ゴメンなさいっ!!』『ふぇっ?ふぇーん!!!』
って落ち着け力いっぱいくっ付くな!!鼻水とか涎思いっきり付いてるし、
背骨折れる!!マジで折れる!!なんだDVか!?これDVか?!DVD!DVD!
■
罪悪感やら絶望感や嫌悪感でもう頭がぐちゃぐちゃ状態の所に、
ヘインから珍しく優しい声を掛けられた心配性なお嫁さんは
泣きじゃくりながらヘインの背骨を断ち切らんとばかりに抱きつく。
その泣き声と父親の意味不明な単語も混ざった呻き声に起こされたヘーネも
母親に負けまいとばかりに大声で泣き声をあげる。
こうして、深刻な雰囲気は一瞬で雲散してしまい、子供の泣き声の大合唱という
ここが安アパートであったら近隣住民が大迷惑な喜劇へと様相を一変させる。
そんな混乱状況は背骨が折れそうになりながら、二人のかわいい子を必死の
本当に必死であやしたヘインは、ぐずるサビーネから何とか事業を聞き出し、
事の次第にようやく得心することになる。
■■
そういや、俺はいまや超絶名門ブジン大公家の御当主様だもんな。
確かに貴族社会で言えば超絶有望株でモテナイ今までの方が可笑しかったんだよな。
うん、非常にもったいない気がしてきたぜ!!いまからでもハーレム建設は遅くないか?
『ヘイン、うぅ・・・』
っと違う違う、今考えるべきは家族のことだったな。
取りあえずこの泣き腫らしたお嬢さんは、必死に跡継ぎを作ろうとしていた訳だが、
遺伝的な欠陥かヘーネを産んだ影響かはよく分からんが?
妊娠する事が難しい非常に重い不妊症ということが分かったと、
そんで、跡継ぎを埋めない自分は側室とかの間に男児が生まれたら
ヘーネと一緒に捨てられると思って情緒不安定になっていたという訳ね。
頭では分かるけど、どうにも大貴族様だっていう実感が湧いてこないから、
全然コイツが思いつめてるなんて気付かなかったな。
まぁ、何時もと変わらず暴走したコイツも悪いけど、俺も悪かったって事かな?
「サビーネ、二人とも捨てたりしなから安心しろ」『本当?ホントにホント??』
まったく、いつからこんなに心配性なかわいい子になったんだ?
やっぱ、ヘーネが生まれて守りたいものが増えたからか?
もっとも、こっちも守りたいものが増えたってことに気付いてたら
こんなに思いつめる必要もないって分かる筈なんだが・・・
ほんと最初から手がかかる、困ったお嬢さんだよ・・
「ほんとにホントだって心配するな。俺達は夫婦で家族だろ?」『うん・・』
■
心底疲れたといった顔でサビーネを諭すヘインであったが、
自分の事を思いつめる程に執着するサビーネの想いがちょっと嬉しかったのか、
暗がりでも何とか分かる程度の赤みを顔に浮かばせる。
そして、それはありきたりな言葉以上にサビーネを、
心配性なお嫁さんを安心させることに成功する。
これ以後、サビーネはブジン家嗣子誕生問題について、
表面上だけであったかもしれないが、不安を見せることは無くなる。
ただ、確かなこと後世の記録からも分かるように、
無類の女好きであったと伝えられるにも拘らず、
終生ブジン大公には浮いた噂が流れることも無く、
たった一人の妻に一人娘と幸せな家庭生活を送ったという
英雄にしては平凡な事実だけが伝えられている。
・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・
~END~