新帝国暦4年、宇宙暦802年、激動の時代は終わりを迎え
新帝アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムを輔弼する
摂政皇太后としてヒルダは精力的に政務に取り組み
その才覚に相応しい実績を挙げつつあった
そんな新しい時代が切り開かれていく中
肥大化した軍部も時代の変遷に適したよりコンパクトな形へと
変化していく必要が生まれ、そのための軍部の再編成は
優秀な三長官達の手によって恙無く実行されていく
帝国宰相と帝国軍最高司令官の空位による影響は欠片もなかった
■軍制改革■
故人となったオーベルシュタインから軍務尚書の座を受継いで間もない
ファーレンハイト元帥は軍制改革をドラスティックに断行していくことになる
手始めに先帝と前任者が推進していた3、4星系を併せて
一つの単位とする軍管区制を完成させると
旧帝国時代から続いた中央軍的趣向の強さを廃する方針を打ち出し
重武装の宇宙艦隊を大幅な縮小という形で再編することを決定する
この軍制改革により、数年来続いた大規模な親征や大胆な社会制度の改革によって
徐々に圧迫されつつあった新帝国の財政は再び健全な形を取り戻す切欠を掴むことになる
いつの時代でも軍隊は金食い虫であり、金の掛かる事を好まない『食詰め元帥』は
虚栄心だけを満足させるような無駄な軍事力を保持する気はさらさら無かった
また、この改革によって五個艦隊編成というピーク時から半数以下の帝国宇宙艦隊を
指揮統括する事になったミッターマイヤー元帥は以前と比べ
余暇を多く取る事が出来るようになる
その結果、彼は家で愛妻と過ごすことができる時間が格段に増えたのだが
やはり、種無しは種無しなのか、一向にお目出度い話が出てくることは無かった
逆に、忙しくなったのは軍管区制の最高責任者として全管区を統括する
統帥本部総長ロイエンタール元帥であった
彼は解体された宇宙艦隊の何万隻という膨大な艦艇を廃棄する艦艇と
各軍管区に割振る艦艇を選別するという大編成の舵取りを取らねばならず
その多忙振りは悲惨の一言に尽きたのだが
眉毛の太い危険な内儀から公然と離れられる理由にもなっており
それほど疲弊した表情を見せることはなかった
こうして、様々な効果と影響を齎したこの改革は
新体制における三長官の権威や声望を更に高めることになるだけでなく
その三人を御し、結果を出した摂政皇太后ヒルダの地歩を固める大きな助けとなる
少しずつ、人々の天才と凡人に対する記憶は過去のモノへとなっていく・・・
■家計改革■
ブジン家は先王朝成立以来の名家であるだけでなく、
皇統と何度か交わることもあった自他共に認める権門中の権門である。
また、ローエングラム朝成立の最大の功労者として大公に封じられており、
当代のヘインは帝国軍最高司令官に帝国軍三長官兼務に歴任したのに加えて、
帝国宰相として位人臣を極めるだけでなく、一時では有るものの神聖銀河帝国皇帝として登極したこともあってか、
帝国どころか旧同盟領でも知らぬ者が皆無の名士であることは動かし難い事実であった。
その上、先王朝の皇帝フリードリヒ四世の娘と名門リッテンハイム家当主の間に
生れ落ちたサビーネを細君として迎えるなど、
血筋という点だけで見れば先帝夫妻を遥かに凌駕しているのである。
もっとも、当のヘインは元が平凡な大学生という事もあってか、
名門意識というモノを見に就けることが全く出来てはいない。
だが、事実は事実として存在するのも真理。
ブジン領に加え、旧リッテンハイム・ランズベルク領を所有する
新帝国最大にして最高の血統を誇る巨大貴族。
それが、今のヘイン・フォン・ブジンに対する周囲の評価である。
そして、その評価がブジン夫妻に小さからぬ問題を提起する事になるのだが、
周囲の評価と違い聡明ならざる者は、残念ながら、それを易々と察することは出来ない・・・
■■
ヤンが泣いて羨む年金生活どころか超絶セレブ生活を送れるはずなのに
いまだにお小遣い制が継続ってどうよ?
もう、公職を全て退いているわけだし、多少の贅沢三昧は許されて然るべきだろう?
「今度、小遣い制の廃止をブラッケ達に訴えてみようと思うんだ
お前にも説得するための協力をして貰うことになるけどいいよな?」
『う~ん、ヘインがそういうなら協力してもいいけど
別にお金には困ってないし、このままでもいいと思うな』
たしかに、今でも庶民と比べれば多過ぎる位の金額が小遣いとして振り込まれるけど
俺の手元に来る金額が少な過ぎるんだよ!!!
そんな状態で食詰めとか食詰めとか特に食詰めとかに奢らされ続けると
俺の財布は螻蛄状態でまいっちゃうって感じなんだよ!!
「なに言ってんだよ?収入が増えれば侍女やお手伝いさんに、使用人やら
それなりの人数を雇えてお前にも楽させてやれるようになるじゃないか
食事や洗濯に掃除とか花の水遣りなんか面倒な事やらなくていいんだぞ?」
『ううん、やっぱり、私は今のままがいい。楽になんかなりたくない』
「ハァ?ナニイッテンダヨ!オレハチョウキゾクアル!コヅカイセイトカナイネ」
『ヘインの食事は私が作りたい、掃除も洗濯も私がやりたいし、
ヘインから貰った薔薇の世話は私だけの仕事、他人に任せたくないよ
私たち三人で暮らして行けるなら、そのままが一番いい。ダメかな?』
はぁ~、目ウルウルさせながら上目遣いでお願いしてくる
かわいい女の子のお願いを退けることができる夫はいるだろうか?
例え、見え見えの演技だと分かってはいたとしても、
俺とヘーネとの時間を一番にしたいって想いが本物だってわかっちまうからなぁ・・
■
余計なものなどいらないとさらに抱き着いて落としに来るサビーネに
尚も小遣い制の撤廃を主張できるほどヘインは亭主関白ではなかった。
また、この日、サビーネがずっと大事に育てていた薔薇が、
結婚する前にかつて自分が贈った物だと初めて知ることになったヘインはグッと来ちゃったぜ状態に陥り、
大根役者な奥様の意見には無条件降伏する選択肢しか与えられなかった。
こうして、お小遣い制に基く親子三人水入らずの生活が続くことが決定すると、
あとはその場の雰囲気とゆうのか、流れというもので、
赤ちゃんパコパコ、パコパコ赤ちゃんで目出度し目出度しとなる筈だったのだが・・・
■後継者問題■
ヘインが公職を全て辞し、完全なニート状態になって以後は、
サビーネは名家に生まれ、名門に嫁いだ女の務めを果たすために世継ぎを生まんと、朝晩昼夜を問わず励んでいた。
だが、彼女のがんばりも空しく懐妊の兆しは一向に見えず、世継ぎどころかへーネに続く
第二子誕生の見込みも目処も付いていない状況にあった。
最も、彼女は新帝国暦4年の9月にようやく20歳になったばかりで、
周りからも『まだ慌てるような時間じゃない』と諭されていたのだが、
彼女はそれに暢気に同意して過ごす事など到底出来なかった。
彼女には慌てるどころか、必死にならなければならない理由があるのだ。
へーネ出産以後、努力の甲斐もなく懐妊の兆しが全く見えないことから、
自分が欠陥品となった原因、『ゴールデンバウムの負の血』が
体内に色濃く流れていることを再認識してしまったのだ。
フリードリヒ四世の代を前後にゴールデンバウムの血脈は『かつてない危機』
生殖能力の低下、特に男児の出生率が著しく停滞するという危機に見舞われていた。
事実、ゴールデンバウムの血脈で生存している者は幼帝ヨーゼフ2世を除けば全て女性である。
男児誕生の為、コウノトリを待っている余裕はサビーネには無い。
このまま手を拱いて今の状況が続けば、ブジン家とヘインの持つ名声や権勢に眼が眩んだ者達が大挙して、
第二妃、第二夫人といった一応は正式の妻として認められる側室に留まらず、
愛妾狙いで侍女やメイドとして自分の娘や妹などを送り込んできてもおかしくない状況である。
名門貴族に没落貴族に始まって、政商や新興商人といった財界関連
中央や地方を問わない政治家や官僚等々、ブジン家にうら若い乙女を送り込もうとする者は
探す必要も無く吐いて捨てるほどいるのである。
その上、サビーネが逆賊リッテンハイム家の娘であることは公然の事実。
ヘインの寵を実家の後ろ盾が無い彼女が失ってしまい
別に寵を受けた娘との間に世継ぎが誕生するような事があれば、
幸せな家庭を失うどころか、娘共々いつ放逐されるかもしれない弱い立場に真っ逆様である。
そのような悲惨な未来絵図は、先王朝の慣わしを見れば、枚挙に暇は無く、そう有り得ない話ではない。
そのため、少々思い込みの激しいサビーネは今の自分を取巻く状況が、
不届きな事を企む野心家達がいつアップし始めてもおかしくない状況にあり、
自分の幸せな生活はいつ崩れても不思議ではない砂上の楼閣だと思いつめさせてしまう。
少女から母となって守らなければいけないものが増えた彼女は、
夫の部下だった男のように心配性な妻になっていた。
■
妻であるサビーネが自分の出自や『呪われた血』による自分の遺伝的欠陥など、様々な不安で心を痛めながらも必死の思いで夫の寵を繋ぎとめようと、過剰なほどの頑張りを見せ始める中、
その対象たるヘインはお気楽そのもので自分の状況だけでなく、
サビーネの置かれている状況も理解することが出来ていなかった。
これは、核家族化が進む日本で、一般的なリーマン家庭の中で育ったヘインにとって、
跡継ぎの男児がいないことなどは大した問題では無いと思っていたからである。
一応、彼も名門の血筋がどうこうとか、権門の内に側室を送り込んでどうこうすると言った話が実際にある事は知ってはいたが、
自分がその対象になるなどとは全く思っていなかったのだ。
そのため、サビーネの一連の頑張りすぎちゃってる行動も、
『最近妙に積極的になったなぁ・・』といった程度の認識しか持たず、
ただ喜ぶだけのダメダメ振りを如何なく発揮している。
まぁ、その結果として『ヘインの心は私が鷲掴みよ!』と健気な妻に思わせ、
一時の安心感を彼女に与える事が出来たので、
それほど悪くはない結果であったのかもしれない。
だが、それが根本的な解決に繋がることは無く、
盛大に考えがズレている騒がしいこの夫婦には、
依然と、無事に世継ぎを誕生させる事が出来るのか?
家庭の平和を守り続ける事が出来るのか?・・・といった問題が残り続ける。
この深刻な問題に対する答えは、ほんの少し先の方に用意されているが、
まだ、見える程の近さには無く、残念な事に当事者は気付くことさえ出来ないようである。
そんな状況の中、鈍感な夫は望んだわけでもないのに、人生の大きな転機を迎えることになる。
素晴らしき無位無官生活の季節が、唐突に終わりを迎える・・・
■GTB■
二代皇帝アレクが即位してようやく一年が経った頃、
幼い皇帝を教育し、帝王学を学ばせる皇師という役職が新たに設けられる。
但し、皇帝の養育については適切な年齢に到達以後、
政治・経済・軍学・語学等々、各々専門家が担当する事になっており、
その役職は名誉職以外の何物でもない物で、
ある人物の為だけに用意された地位なのは明白であった。
■■
『軍務尚書、ブジン大公が皇帝の師として皇師に任命されると聞いたが、これは事実か?』
左右の異なる瞳に鋭い光を走らせながら問いかけてきた統帥本部総長に対し、
軍務尚書ファーレンハイトは怯む事もなく、逆に威圧しようともせずに淡々とそれが事実であることを認める。
『ほぅ、卿が事実と言うなら間違いなかろう。それにしても一時は皇帝の地位まで
登りつめた男が、いくら皇帝とはいえ一歳足らず子供の子守をする事になるとは・・・』
「本部総長、言葉は慎めよ。卿の発言は不敬であると同時に
ヘインを侮辱したようにも聞こえる。余り俺を怒らせるな」
僅かに瞳に雷光を走らせた烈将に対し、ロイエンタールは慌てて自身の失言を詫びたが、ただ詫びて引き下がるだけではなく、
『どちらに対する非礼を重く見たのか』と豪胆にも重ねて質問を上司たるファーレンハイトに投げ掛ける。
だが、その鋭い刃のような言葉を真正面から受けるほど食い詰め元帥は単純な男ではなかった。
「本部総長、下らぬ質問をしている余裕は卿には無い。細君と子息が家でお待ちだ
車を正面の玄関に用意してある。偶には早く家に帰って親愛を深めるが良かろう 話は終わりだ。アンスバッハ、フェルナー!摂政皇太后の下へ拝謁しに向かう
必要な資料を持って俺に就いて来い。今日中にこの件は終わらせると思え!!」
ファーレンハイトは無慈悲にロイエンタールに認めたくない現実を
情け容赦なく突きつけて強引に話を終わらせると、
軍務省官房長官アンスバッハ上級大将と、同じく軍務省次官兼調査局長フェルナー上級大将を伴って、颯爽と自分の執務室を後にする。
背中に虚ろな目をした哀れな既婚男性を残して・・・
■
サビーネの不安も治まらず、ヘインの与り知らぬ所で彼の新たな役職が決まる中、
その二人の珠玉とも言える娘、未来の皇后ヘーネは微笑を浮かべながら眠りの住人としての幸せを享受している。
そんな彼女も、両親たちと同じように歴史の1ぺージを彩る事になるかもしれないのだが、
それには彼女の成長を待つ必要がり、まだまだ先のことになりそうである。
・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・
~END~