天上へと旅立つ黄金獅子の下に多くの人々が集まっていた。
その多くが英雄と呼ぶに相応しい優れた才を持っていた。
だが、その才も病魔の前では無力であり
運命を変える力を当然持っていなかった。
一人の英雄の死は・・一つの時代の終わりであった・・・
■黄金獅子は天上へ■
『・・へイン・・お前の遅刻癖は相変わらずだな・・』
わるい・・遅くなった。思った以上に着替えに手間取ってな
もう、みんなとの話は・・・話は終わったか・・?
『皆、済まないが下がってくれ・・へインと話がしたい・・』
おいおい奥さんとかアンちゃんそっちの気でそれはまずいだろ
『ヘインさん、どうか陛下の願いどおりに・・・』
『私からもお願い申し上げます。どうか弟の最後のわがままを聞いてやってください』
いや、まぁ美人二人にたのまれちゃしょうがないな
じゃ、とりあえず適当に話としますか・・・
■■
『ヘイン・・・初めて・・そう初めて会ったときの事を覚えているか?』
さぁ・・どうだったかな?幼年学校時代ってのを覚えてるぐらいだな
それから、もう随分経ってるんだよなぁ・・あっという間の気もするけどな?
『そうか、今でも鮮明に思い出すことが出来るお前との出会いと
キルヒアイスとの出会いは・・予にとって特別なものであった・・・』
過去形にすんなよ・・・まだ死ぬには早すぎるだろ?
羨ましすぎるくらい別嬪の嫁さんに可愛い息子までいて
さっさと自分ひとりだけキルヒアイスのとこに行く気かよ
まったく、お前は最初から最後まで勝手な奴だったよ
いつも俺はお前に巻き込まれてどれだけ苦労したと思ってるんだ
ほんと、おつかれさん・・・
■摂政と宰相■
新帝国暦003年8月17日23時37分
ラインハルト・フォン・ローエングラムは25歳でその生涯を終える。
その治世は僅か二年ばかりであった。
死者のもとに再び集った人々の沈黙を破ったのは
第二代皇帝アレクサンデル・ジ-クフリードの泣き声であった。
死者の傍らにいた二人のうちの一人が立ち上がる。
いまや、帝国の摂政皇太后として宇宙の頂点に立った
ヒルデガルト・フォン・ローエングラムである。
マリーンドルフ伯を始めとする文官や
ファーレンハイト元帥を中心とする武官が粛然と佇むなか
彼女の静かだが良く通る声がその場を支配していった。
『皇帝は病死なさったのではなく、命数を使い果たして亡くなったのです
どうかそのことを・・・皆さんには、忘れないで頂きたいとおもいます・・・』
新たな権力者となったヒルダは深く頭を下げ
その白頬に伝う涙が流れる様を見せなかった。
■
ヒルダが歴史の中心となった場に、ヘインの姿は既に無かった。
ラインハルトの最期を看取り部屋を出たあと、彼は一人家路に着いていた。
天才と凡人の時代はもう終わっていた。
これ以後、一人の英雄と凡人が巨大な権力を振るった体制から
摂政となったヒルダとヘインに見出された文官達が政治の中枢を担い
軍事はヘインリストに名を連ねた者達が中核を為していく体制へと移行していく
新銀河帝国は英雄がいなくとも揺るがない大樹へと既に成長していた。
■平穏な日々■
~ド・ヴィリエ逮捕拘禁!?赤いアフロの鬘と白塗りの顔に変装し逃走を図るも
憲兵に不審者として職務質問を受け、あえなく逮捕される。なお、その他の・・・~
~帝国宰相、イゼルローン共和政府との講和について言及する。
来訪した共和政府首脳との交渉如何によって流血の時代は終わりを・・・~
『ふぁ~っと、なんだ朝からお前が新聞読んでるなんて珍しいな?』
「ちょっと早く起きすぎちゃって、朝の準備が終わって暇になちゃったから」
『そっか、ヘーネはまだ寝てるみたいだな。悪いけど朝飯頼める?』
「もちろん、じゃぁ、お寝坊さんはそこで座ってまっててね!」
ヘインがお仕事辞めて引退するつもりだって最初に聞いた時はビックリしたけど
ほんとうれしかった。だってもう還って来ないかもって不安になる必要が無いんだもん
なんか、それがつい嬉しくて早く目が覚めちゃったのは内緒♪
そうそう、あそこで眠たげに瞼をこすっている人が私は愛しくて仕方がありません♪
その上、彼の脇で眠るヘーネもかわいくて仕方がありません♪
カーセだけじゃなく、エリ姉やエル・・まぁ、ついでにマコちゃんも入れてあげようかな
新しい友達、ううん姉妹が出来たのもみんなあなたのお陰です
誰よりも感謝しています。それとそれ以上に愛しています
■■
なんだアイツ?さっきから妙にこっちをチラチラ見てるけど
べつにパジャマのボタンは掛け違ってないし
寝癖もそんなについてない筈だから、おかしい所は無いはずだけどな?
それになんか妙に熱っぽい目というか艶っぽい目で見られているような
まさか、『夜だけでなく朝もOKよ』サインか?
別に俺は全然構わんのだが今日はさすがにまずいぞ
さすがにアレクの戴冠式典に遅れるわけにはいかないしな
その上、途中で食詰めやカーセさん達が迎えに来たら困るからな
『はい、いっぱい食べてね♪・・あれ?なんか顔赤いけど大丈夫?カゼ?』
いやいや、なんでもない元気元気!
じゃ、さっそく頂きますか!あはははっいや、旨い旨い旨いぞぉおおおおおお!!!
■
『カーセ、そろそろ近所の目もあるし、一応言っておくが覗きは犯罪だぞ?』
「しっ!静かに!あ~ぁお嬢様のあの甲斐甲斐しいお姿。正直堪りませんわ」
いつもの覇気が無い食詰めとその内儀でもあり、侍女でもある二人が
ブジン宅のチャイムを押す事になったのはミュラー夫妻が到着した後であった。
ちなみブジン宅のある一角には食詰めやミュラー夫妻だけでなく
エル出産後に、垂らし夫妻が引っ越して住むようになるだけでなく
ナカノ、アンスバッハ等も近所の官舎に移ってきたため
大変騒がしい一角となるのだが、それはもう少し先のことである。
■戴冠式■
先帝と軍務尚書の国葬から一月、
喪が明けると同時に二代皇帝の戴冠式が挙行される。
完成した『獅子の泉』の玉座の間に参列した高官は1000名を超え
そのなかにはロムスキー議長やヤンなどエル・ファシル共和政府首脳の姿もあった
式典終了後、彼らは摂政皇太后ヒルダと帝国宰相へインを相手に
講和条件を詰める交渉テーブルにつく予定であった。
『アレクサンデル・ジークフリード陛下、摂政皇太后陛下の御入来!』
アレクを抱き抱えたヒルダが玉座に座ると
帝国宰相たるヘインを始めとしてすべてのものが
その頭を深く下げて新帝に対する忠誠を示した。
その壮麗な光景は、後に幾多の画家達の手によって描かれることと為る
その絵の中心に描かれたのは戴冠した皇帝ではなく
宰相として最前列に立ったへインであった。
その中でもっとも有名なメックリンガー作の『戴冠式』では
いち早く頭をあげたヘインの後ろに、いまだ頭を下げ続ける文武百官が続き
まるでヘインが皇帝として戴冠した光景を描いたかのような構図であった。
■■
『ヘイン、お前が望むなら俺は・・』
もういいって食詰め、俺のガラじゃないんだよ皇帝なんて
そんなことより、一杯飲みに行こーぜ?
女性陣は女性陣で話が盛り上がっているみたいだし
たまには男二人で飲むのも悪くないだろう相棒?
『あぁ・・お前が望むなら俺は幾らでも付きやってやるさ
もちろん酒代は卿の驕りなんだろう?さて行くとしよう』
おいおい次期軍務尚書様が酒代をたかるなよ
まぁ、俺が誘ったからしょうがないか・・次は驕れよ?
■
食詰めと凡人、時には戦うこともあった二人であったが
その友諠は終生変わる事無く、その繋がりの深さは双璧と匹敵するものであった。
烈将ファーレンハイト、その戦才はラインハルトを凌駕し
その戦機を読む能力はヤンに匹敵すると評される。
また、オーベルシュタインの後任として軍務尚書の任にあたるが
フェルナーや新たに軍務省に移動させたアンスバッハやシュトライトをよく用い
前任者に引けを取らぬ運営手腕を見せ、次期帝国宰相の最右翼として目されるようになる。
グルックやオスマイヤーと言った能吏達もうかうかしていられそうに無かった。
■ヤンとヘイン■
戴冠式の興奮が治まらぬ中、帝国と共和政府は共存のため
講和条約を結ぶための交渉テーブルについた。
参加者には不敗の魔術師と不死身の道化師
そして、彼ら二人に加えて、皇帝の代理人としてのヒルダ、
共和政府の代表としてロムスキー議長が交渉に参加する。
交渉はヒルダとロムスキーによって淡々と薦められ
イゼルローン要塞の返還およびバラート星系での自治を認めるなど
ほぼ原作に近い講和条約が結ばれていく。
また、旧正統政府系勢力についても、新帝国への帰属若しくは
共和政府への残留という二つの選択肢が提示される。
また、幼帝ヨーゼフに処遇については大公位を贈り、
先帝ラインハルトがランズベルク伯に約束した
身の安全の保障を履行することを確約した。
永遠ならざる平和への大きな一歩が踏み出された・・・
■■
ヤン元帥、捕虜交換の時にイゼルローンに行ったとき以来ですね
あの時は短い挨拶交わした程度だったかな?
「そうですね・・・宰相閣下にこのような形で再会する事になるとは」
同感、思えば俺と元帥にはいろいろ因縁があるような気がするな
結構前だけどアスターテ星域の会戦のこととか覚えてる?
「閣下から通信文を頂きました。たしか、死ぬか退役してくれと」
え~っとそんなこと言ったかな?まぁ、昔のことはいいや
そっそうだユリアンは元気にしてるかな?背もまた伸びてんだろうなぁ
「ええ、元気にやっていますよ。少し前になりますがユリアンから
閣下の大層な親書を受取ったこともありましたね。実に興味深い内容でした」
あれ、ヤン元帥?ちょっと目が怖いかな・・・
そうだ、ちょっとあそこに座って落ち着いて話そう
■
『ほう、小官ごときが、いまをときめく宰相閣下どのに
わざわざ席を勧めていただけるとは光栄のきわみですね』
会話が進むにつれヤンの表情はヒクつき始め
話す声には毒がこもり始める
そのヤンらしからぬ威圧感にヘインは無意識に四歩も五歩も後ろに下がった
同盟軍最高の智将と1対1で正対したのはこれが最初であって
ヘインはだれかのコートの裾に隠れることは出来なかった。
「そうだ、アイゼンナッハがヤン元帥とお喋りしたいとか言ってたぞ」
『わたしが話をしたいのはあなたです。宰相閣下』
ヘインにもヤンの声に込められたものが敵意から
害意に変わったのが分かり、その顔を青褪めさせた。
『それとも帝国軍最高司令官閣下とお呼びした方がよかったかな?
まぁ、あなたにとって地位などと言ったものは無用の物でしょうが』
ヘインは固形化した自分の唾をゴクリッと呑み込んだ。
そして、ほんの少しだけ後悔していた
親書の内容を 『久々にワロタ』 にしとけばよかったかな?と
■
にじり寄るヤンの手によって、悲劇的な結末を辿ろうとしていたヘインであったが
ヤンを迎えに来たユリアンによって九死に一生を得ることとなる。
『ヤン提督、あれヘインさんも?お二人揃ってどうされたんですか?』と
ユリアンに声をかけられた瞬間、穏やかな表情に変わったヤンを見て
ヘインは安堵の溜息をつくと同時に『絶対コイツは二重人格だ』と確信することとなる。
なにはともあれ、帝国、共和政府の軍の最高責任者が
和平交渉期間中に取っ組み合いの喧嘩をすることが避けられたのは僥倖であろう。
ある意味、宇宙の平和を守ったのは彼等の息子であり、
弟でもあるユリアンだったのかもしれない・・・
■それぞれの道へ■
新帝国暦003年10月10日、
イゼルロ-ン要塞の返還が終わり、バラート星系の自治が始まって程ない頃
ヘインは全ての職を辞し、政治の表舞台から身を引く
以後、ハーレムを領地に建設してウヒャウヒャしようかな?と考えたりもするが
一度も浮気をすることなく、サビーネと円満すぎる家庭を営んでいくこととなる
もともと一夫多妻の感覚が薄いためか、一生懸命なかわいい奥さんの努力によるものなのか
その答えは、ぽや~とした未来の皇妃だけが知っている。
【帝国軍三長官】
ヘインが去ったあとの軍の重責に当たったのは
軍務尚書ファーレンハイト、統帥本部総長ロイエンタール、
宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤーの三人であった。
彼らは大過なくその任を果たし、新帝国軍の体制を磐石なものとした。
また、三人とも私生活においても良き伴侶を得てはいたが
一人は妻の趣味に少し疲れ、また一人は、虚ろな目を時折見せていた。
そして、もう一人はやっぱり種無しであった・・・
だが、多少の問題をある物の彼らは概ね幸福であった。
【黄金樹の誇り】
かつての幼帝エルウィンは自らの意思で共和政府に残る道を選択する
専制主義の頂点であった彼は、やがて全く異なる政体民主主義の体現者となる
そのより困難な道を彼は、自分の意思と力で切り開いていく。
そこには黄金樹の誇りが確かにあった・・・
幼帝が自らの意思で幼帝でなくなったときアルフレッドの役目は終わった。
共和政府がバラート星系に移って程ない頃
彼とその妻やシューマッハ等は100隻程度の艦艇と共に姿を消す
以後、彼らの消息は途絶え、二度とその姿を表舞台に現すことはなかった。
■■
ようやくヤンが泣いて羨む年金生活か・・・
こんな風に昼ねしながらのんびり出来るってのはいいもんだな
まぁ、ちょっと腕白だけど可愛い嫁さんに可愛い娘もいて
そのうえ大金持ちの大公様だからな。これ以上の贅沢はないよな
よし!生きのこった者の特権をこれから満喫しまくるぜ1
なにせようやく手に入れた平穏なウキウキセレブライフだからな・・・
■
戦乱の時代は終わり、みな平穏な日常を守るために
それぞれの役割を一つ一つ果たしていく・・・
伝説ではない歴史が積み重ねられていく
ヘイン・フォン・ブジン大公・・銀河の小物の一粒は大樹へ・・・
~END~