かつて叛徒と呼ばれた自由惑星同盟の残党
エル・ファシル自治政府に一人の使者が訪れていた。
その男の名はヘイン・フォン・ブジン、ブジン朝初代皇帝その人である。
■交渉人へイン■
エルゴンとエル・ファシル星系は隣接しており
ラインハルトに先んじて政府首脳と交渉できたことは
ヘインにとって大きなアドバンテージであった
また、無防備のエル・ファシルの直ぐ側には
不死身のヘイン師団5万が出撃準備に追われており
当初、自治政府からヘインの来訪は、
交渉のためというより恫喝にやって来たと思われていた。
しかし、実際の来訪に当たってヘインは僅か100隻程度の小艦隊のみ引き連れ
大気圏内に降下した戦艦はオストマルク一隻のみという徹底ぶりで
極力威圧外交にならないよう努めた。
更に、出迎えに現れたロムスキー議長に対してもヘインは慇懃に接し、
議長が逆に恐縮してしまうほど腰の低さを見せる。
■
後に『エル・ファシル会談』と呼ばれる交渉は
成功が約束されたような状況で開始される。
ヘインには『マコの告白』以後、民衆の味方というイメージが定着しており
来訪時の低姿勢もあってか、エル・ファシルの市民から熱烈な歓迎を受けることとなる
世論は落ち目の独裁者ラインハルトを最愛帝へインと共に打倒しようという
主戦論に急速に傾き、不敗の魔術師と不死身の道化師による共闘へ胸を躍らせていた
なにより、ヘインはロムスキーやヤンといった首脳陣を暗殺から救った恩人であったため、
政府首脳の大半は親へインであった。もちろん、ヤンを除いてではあるが・・・
こうした状況下でヘインがロムスキー等に提起した条項は
大勢の予想を大きく裏切る非常にささやかな物であった
1.エル・ファシル自治政府は銀河帝国継承戦争に対し、不介入・中立の立場をとり
イゼルロ-ン回廊を含めた自治勢力圏における、他勢力の軍事利用・通過を排他する
2.1の条項に抵触する勢力に対し、神聖銀河帝国はエル・ファシル革命軍と共闘し、
これを排除する事を約する。
3.継承戦争終結後、両国元首は恒久的な平和の実現を目指すため、
両国友好条約の締結に向けた外国交渉を継続的に行う事を約する。
これらのアンスバッハ草案の友好条約をヘインから提示された
ロムスキー以下の自治政府首脳は、即座に閣議決定を行い条約に調印する。
この結果、ヘイン一味は戦力の増強は図れぬもののヤンの動きを封じ込め
イゼルローンとフェザーン回廊から新帝国軍の同時侵攻による
二正面作戦を強いられる危険性も完全に取り払う事に成功する
多くは望まず、相手を踊らせたヘインの外交手腕は、後々高く評価されることとなるが
その実現に貢献した立役者の名が大きく喧伝されることは終ぞなかった
■イゼルローンは動かない■
『提督・・・、ロムスキー議長と神聖銀河帝国皇帝との会談が合意に達したそうです』
「ああ、まったくみごとだよ。ブジン帝の鮮やかな手腕といったら
虐殺被害者の遺族を見世物のように利用して、政敵を徹底的に貶め
銀河中の世論を味方につけた上で、不倶戴天の敵であるはずの
民主共和主義者と逸早く手を結び、戦略上の優位を確立している」
ユリアンの報告を受けたヤンは、心底嫌そうな顔をしながら
ヘインのこれまでの行動の抜け目の無さと悪辣さについて論評を始めるが
『あれ、先輩も救国軍事革命会議の奴らをローエングラム候の
走狗って喧伝して徹底的に貶めたりしてませんでしたっけ?』
艦隊の訓練結果を報告に来ていた後輩によって遮られてしまった
この指摘にはさすがのヤンも閉口しつつ『あの時は仕方がなかったんだ!』と
負け惜しみを言うのがやっとであった。
『やっぱ提督とヘインさんって似ているんですよ』
■
自らの被保護者に止めを刺されつつも、ヤンは今後の情勢変化へ思考を馳せていた
ヤンは思う。皇帝ラインハルトは苦戦を強いられるだろうと
彼が帝国の実験を握って以後、初めて戦略レベルで遅れをとった状態で開戦する
今回の継承戦争は過去、二度にわたって成功した同盟領侵攻作戦と違い
ブジン帝率いる大軍団が相手にしなければならない。
その上、離れつつある民心を取り戻すためには
彼らを相手取って可能な限り早い段階で大勝利する必要があった。
軍はもちろん政財界においてもブジン帝シンパは数多くいる
それらの勢力が有機的に結合し、ラインハルトの足を引っ張り始めれば・・・
そこまで考えヤンはある種の違和感を覚えた。
なぜ、あの用意周到で手段を選ばない男が、使える地盤に手を付けずに叛乱を起したのか?と
用意していないのではなく、用意できなかった・・・・!?
「やれやれ、ブジン帝もなかなか苦労しているみたいだね
今回はじゃませずに昼寝でもさせてもらう事にしようかな」
『あら、あなたの場合は『今回も』でしょう?』
クスクスと笑いながらフレデリカは夫の言葉を正確に訂正するが
訂正された方は既に顔にベレー帽を被せて眠りの世界に飛び立とうとしていた。
今日もイゼルローンは平和である
■あれ~ハイネセンへ■
ヤンと違って昼寝など出来る立場ではないヘインであったが
オストマルクの自室でごろごろとしていた。
一先ずは、戦力をバラート星系周辺まで集結させ
敵中深く入り込み敵の兵站に最大限の負荷をかける
その上でプチプチねちねちと持久戦に持ち込み
敵を継戦不可能状態まで追い込み勝利、若しくは有利な条件で講和する
それが、ヘイン達の基本方針であった。
この戦略方針はヘインの発案であり、最後に使えそうな原作知識を頼みとした
非常に適当な思いつきで生まれたものであった。
ラインハルトの命脈がそれほど長くないと知っているヘインは
とりあえず時間切れ狙って引き篭もればなんとかなるんじゃねーと思いついたのだ
このいいかげんな考えを基にした持久戦法をヘインは幹部一同に披露したのだが
ラインハルトの求心力の急速な失墜や、旧帝国領内におけるブジン勢力の蠢動など
長期戦に持ち込むことが大局的に見て理に適っていたため
ファーレンハイトを始めとして、皆がヘインの基本方針に賛同の意を示した。
■■
さて、ハイネセンに着いたら俺の戴冠式を盛大にやるらしい
ヒネタ根暗ヤロウやカッコつけチャンどもなら
『皇帝の地位など虚しい』や『地位と権力など下らぬ』とか抜かすのだろう
ナチュラル系とかユルユル君みたいな勘違いヤロウどもは
『皇帝?俺は俺さ』とか『そんな面倒はごめんだな~』なんて馬鹿発言をかますだろう
だが、おれはそんな奴らとは一線を画す
正直、めちゃくちゃ嬉しいです!
だって、神聖にして不可侵な皇帝ですよ!!もうみんなブジン帝万歳~とか普通に言ってるし
皇帝といったら絶対君主だぜ!やりたい放題の贅沢三昧のハッピーライフ!
それに皇帝といったら後宮・大奥・ハーレム設置でうひゃっうひゃ一直線間違いなし
サビーネにだって『皇帝の責務なのだ、許せ皇后』とか適当にいやOKだろう
だって周りが子作りしろしろ言うんだから仕方ないよね~
もう、毎日旨いもん食って可愛い子達に囲まれてなんてビバ!皇帝!!
早くハイネセンに着かないかな~♪神聖銀河帝国皇帝へイン陛下はご機嫌だ~
■
予想以上に自分に有利な状況にヘインは完全に浮かれていた。
ヤンを封じ込め、帝国の二正面作戦をも挫き
世論は大きな風となって自分を後押ししている。
このような状況では、いかに優れた人物であっても自制することは難しい
凡人中の凡人のヘインが舞い上がっても仕方が無いことであろう。
そう、得るものの大きさに応じた代償の重みを知る前では・・・
■黒い家■
『地球教の残党が旨くロイエンタール提督を嵌めたみたいだけど
これもあなたの脚本の内かしら?ブジン大公、いえブジン帝の叛乱も?』
「ドミニク、いくら私でもそこまで全能と言うわけではない。
今回のブジン帝の叛乱に関しては、残念な事におれは無実だ」
『そう、いまやあんたもただの脇役ってわけね。あんたがどんなに頭を使っても
舞台の裾野で光を浴びる人間の邪魔をするだけ、今はそれすらも出来ないか』
かつての情婦の辛辣な言葉に返答は無かった。
ルビンスキーはより強くなる頭痛に耐え、
新たな策謀へと思考を巡らすことに意識を集中していた
本人は否定するだろうが、これは現実から目を逸らす逃避であった。
かつてはその智謀で銀河を動かし怖れられた男の面影は既に無かった
■
失墜する黒狐と反対に気勢をあげるのは地球教のド・ヴィリエであった
ヤンやヘインを害するのには失敗した彼であったが
ロイエンタールの叛乱を狙った策謀がヘインの叛乱へ発展し
いまや銀河は最終戦争へと一直線である。
この戦いで疲弊した勝者を上手く操れば自分が銀河の真の支配者だと
都合のいい未来図を描き、いそいそと各地の信者へ指令を飛ばしていた
ロイエンタールの大芝居やマコの告白をプロデュースした
ヨブ・トリューニヒトもまた得意絶頂にあった。
自身の才能を如何なく発揮できる場を与えられ
彼の持つ妖怪じみた不気味さは往年の輝きを取り戻し始めていた。
宇宙を踊らす快感に彼もまた酔って踊っていた・・・
ロイエンタールは片方の瞳でそれを冷ややかに見ながら
奴も俺も所詮はヘインの掌で踊る愚者かと自嘲の笑みを漏らしつつ
色の異なるもう片方の瞳でドレス選びに夢中なアホの子と
カタログを黙々と差出す信頼する査閲官の姿を捉え、
ただ、ただ憂鬱な溜息を零していた・・・
■神聖帝国皇帝戴冠■
神聖帝国暦元年、新帝国暦002年、宇宙暦800年10月20日
新たな国家が誤算と誤解の下で成立する。
ハイネセンに降立ったヘインの戴冠が全銀河に向けて宣言されたのだ。
■■
『全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の守護者うぷぷ・・
神聖にして不可侵なる神聖銀河帝国ぶっふぅ~ヘイン陛下の御入来ってあはははっはゃ』
うん、マコちゃん笑いすぎ・・・とういうか食詰めニヤニヤしすぎ
ミュラーも下向いても分かるぐらい震えすぎ・・・
垂らしは良く分からんが何故か目が虚ろだし、エルはなんか機嫌が良さそうだな
うん、やっぱ心の友はナッハお前だけだな!!
畜生!!!こんな羞恥プレイを全銀河に流されるなんて・・・
皇帝なってヤッピ~なんて考えてたちょっと前の浮かれた俺をぶん殴りたい
列席者の大半が入場シーンで噴出すなんてイジメカッコ悪いなんてレベルじゃねーぞ!
『あ、すいません時間も押してるみたいなんでさっさと戴冠の儀を済ませちゃいますね♪』
おいおい、メインイベントじゃ無いのかよ!!なんか扱い酷くないか?
戴冠式だろ?戴冠がメインじゃないの?俺ってもしかしていらない皇帝?
『はい、おめでとう御座います!ヘイン陛下はこれからも頑張ってくださいね!
では、続いて本日のメインイベントに移ります。じゃ、ヘインさんは下がってください』
おいおい、完全に前座扱いですか?というか皇帝なのに下がれって言われましたよ
何この超展開?だれだこの式典スケジュール考えたのは?
大逆罪一号でぶっ殺してもいいぐらいだ。おかしいですよマコさん!!!
『それでは、いま銀河一きれいな花嫁さんのご入場で~す!
みなさん拍手でお迎え下さい!通路を空けてください~』
おいおい、邪魔だからって端っこに行かされましたよ。
こいつら、誰も俺の事を敬ってない・・・皇帝なのにいきなり隅に行けって
もう、この仕打ち・・・涙で前が見えません。
『さぁ、銀河一きれいな花嫁と結ばれる宇宙一の果報者の
ロイエンタール提督は 壇上の方へ上がってください!!』
■
戴冠式から、ロイエンタールとエルフリーデの婚儀へと様相を変えた式典は
祝福と笑いや感動に包まれた非常に華やかな者であった。
式に残念ながら参加できなかった三姉妹からの新婦へのビデオレター
職場の同僚代表による沈黙スピーチの後のどんちゃん騒ぎ
その最中に酒瓶を片手に漢泣きをするベルゲングリューン
もう、私呑みますって感じでおかしくなっているヘイン・・・
終始、花婿が虚ろな顔をしていた点を除けば
大変すばらしい披露宴であった。戴冠式があったことなど忘れてしまうぐらい
もう賑やかで笑いあり涙ありの一大パレードであった。
この瞬間だけ、彼らは同胞同士が相討つという悲劇的な未来を
忘れることに成功していた
ヘイン・フォン・ブジン帝・・銀河の小物がもう一粒・・・・・
~END~