上位者の意地と下位者の野心が火花を散らす叛逆
だが下位者の中心と目される人物は大それた野心など持っていなかった
彼はただ運命の悪戯によって舞台の主役となってしまった哀れな子羊であった
■さよならは言わない■
さて、これからどうするかな?戦術とかは食詰め達に任せればいいけど
こればっかりは他の奴らに任せるわけにも行かないか
『二人っきりで話がしたいなんて、なんかちょっとドキドキしちゃうな♪』
まったく余計言いにくくなるような笑顔なんか見せるなよ・・・
ほんと、いつもいつも・・・困らせてくれるぜ
「サビーネ、今日限りで夫婦の縁を切りたい。俺と離婚してくれ」
『ヤダ!』
おいおい、即答かよ?ちょっとは事情を聞こうってのはないのか?
いいか聞いて驚けTVを見て驚け!我らへイン師団は大逆罪を起こした逆賊だ
その罪は親類一同に及ぶからさぁ大変ってやつだ
分かったら我侭言わずにここへサインを押しておくんなせぇお嬢さん
『愛しています。貴方のこと・・誰よりも愛しています。
貴方の帰りを待ちたいです。待ってちゃダメですか?』
うん、えっとあー、まぁ・・そこまで言われたらねぇ
ああっとしょうがないかな?いや、ちょっと風に当たってくるわ
■■
『ほう、随分と愛されてるじゃないか?』
うるせー、立ち聞きなんて趣味が悪いぞ、まったく
カーセさんも奥の部屋からハンドカメラで激写してるし
もういいや、この似た物夫婦には何言っても無駄だな
「食詰め、この戦い負けらんねーな頼んだぜ」
『安心しろ。俺がお前を勝たせてやるさ』
ああ、頼りにしてるぜ相棒!!
■
サビーネ達は夫が大逆を犯したことなど全く気にしなかった。
彼女らは立派な元逆賊である。逆賊呼ばわりなど怖ろしくもなんともない
ヘイン達は再びシャンプールで再会する事をサビーネと約し、
エルゴン星系を離れることと為るが、
その約束は果たされず、ヘインが再びシャンプールの地を踏むことはなかった
■黄金獅子の咆哮■
ラインハルトは飢えた獅子と化していた
ただ、強敵との戦いに飢え、渇きを勝利の美酒によって癒そうとしていた
軍令を司る統帥本部がファーレンハイトの離反によって欠けようとも
ランズベルクによってゴールデンバウムの残滓を保護することを呑まされようとも
『そんなの関係ねぇ!!!!』
今、黄金獅子が求める物は勝利!!ただへインを打倒することを欲していた
■皇妃の品格■
ヘイン造反の報以後、以前の病臥を感じさせぬ覇気を持って
精力的に出征の準備に励む夫に対し、皇妃ヒルダは諫言を行おうとしていた。
彼女は最初ヘインの叛逆を信じることができず、大きく動揺し取り乱しかけたが
たまたまヒルダの元に訪れていたアンネローゼにしっかりしなさいと叱責されると共に
後悔しないように信じた事をしなさいと励まされ、
悲劇的な結末を避けるために、夫の不興を買ってでも親征を止める決意をしていた。
「陛下、此度のブジン大公の叛乱はラング内務省次官等の跳梁跋扈が起因
一先ず、彼を更迭し他の者を任に当てればロイエンタール元帥を含め皆得心し、
乱を好まぬブジン大公もその矛をおさめ、陛下の御前に必ず揃って参じましょう」
ヒルダの本心としてはここでオーベルシュタインの更迭も進言したかったが
ブジン陣営のロイエンタ-ル元帥がラングと軍務尚書を君側の奸と糾弾しているとは言え
ラングと違って私心の無い彼まで自身の好悪によって排斥を主張することは出来なかった。
『つまり、皇妃も予が軍務尚書やラングの木偶であると申したいのか?
それにラング次官に罪は無い。好悪によって罰すると言うわけにはいかぬ』
「いえ、罪ならございます。これをご覧頂けますか」
■
ヒルダの差出した報告書は故ルッツとヘインの依頼によって
ケスラーが作成した不穏分子調査書の一部であった。
そこには地球教やルビンスキーら旧フェザ-ン系不穏分子に
トリューニヒトやラング等の動向についての調査結果が纏められており
未確定で調査中の事項が殆どであったものの、
ボルテックを、工部尚書シルヴァーベルヒを死に追いやった爆弾テロの主犯に仕立てあげ
無実の罪で死に追いやった事実がラングとルビンスキーによって仕組まれたのものであると
その調査書には証拠などの裏付けに基いて克明に記されていた。
また、先のブジン大公及びヤン・ウェンリー暗殺未遂事件の際に
地球教及びルビンスキーが実行犯として用いた二名の精神病患者を調達する際
内国安全保障局長ラングが、特別な便宜を図ってそれを容易にした事実も記されていた。
■■
「ルッツはよく予を見限らずにいてくれたものだ。
そしてヘインは予の愚かさに失望したと言うわけか」
ラインハルトは読み終えた調査書の脇机に置くと
その表紙の上に手を置き、指でタイトルを静かになぞる
その指はどこか慄えており、彼の心情を写すかのようである
「予はいつも、いつも愚かであった・・ルッツに対して、そして何よりヘインに対して
予は清濁を併せ持つ度量をあいつに見せたかった。それが予の狭量だと気付かずに」
ヒルダはただ握り締められた伴侶の拳を見つめつづけた
もはやラインハルトは誰の意見も求めているように見えなかったのだ
「もう、ヘイン等に対しては手遅れかもしれぬが、今からでも
ルッツの忠誠には報いたいと思う。それでいいか、皇妃よ?」
ヒルダはその問い掛けに一礼を持って応え、その場を後にした
■理想の部下■
『皇帝は内務省次官ラングの拘束を裁可したようです』
軍務省の尚書室の長の反応を窺うためフェルナーは声をかけたが
オーベルシュタインは表面上なんら反応を示すことはなかった
腹心と目されるラングが拘禁されたのである。
常人であれば連座を怖れ、なにかしら取乱しても手も良さそうな物だが
残念な事に、問いかけられた男は常人ではなく、
不出来な駒が一つ盤上から転げ落ちたぐらいで心を乱すようなことはない。
義眼はフェルナーに席に着くように言うと、
主に対叛乱軍討伐にかかる後方支援について矢継ぎ早に指示を出していく
既に席についていた副官房長のグスマン少将はその指示を黙々と処理する。
それを見てフェルナーは肩を竦めると、怖い上司に睨まれない様に
横の同僚と同じく黙々とヘイン討伐軍編成の準備を進めていたが
どうにもヘイン造反に対する上司の態度や心情が気になり
ついつい、オーベルシュタインの表情を窺う回数が知らず知らず増えていた
「フェルナー、少々作業を進める手が疎かになっているな
卿らしくもない。なにか私に言いたいことがあるようならば
いつものように直言すれば良い。答える答えぬは私が判断する」
このときフェルナーは何も問うことが出来なかった。
それほどの威圧感を横に座る男は出していた。
最早フェルナーに許されたのは黙々と職務をこなす事だけであった。
ヘイン討伐軍の編成は滞る心配は無さそうであった
■ハロマコプロジェクト■
ロイエンタールによるヘイン立位演説から一週間、
エルゴン星系に新たなヒロインが誕生しようとしていた。
彼女の名はナカノ・マコ、忌まわしき虐殺劇の生き残りであった。
■
可憐な少女が語るヴェスターラントの真実、
見殺しにされた民衆達、それを命がけで救おうとしたヘイン
それを力で捻じ伏せた皇帝ラインハルト
かつてヘインを虐殺見殺しの共犯者と誤解し
自身の手にかけようとした罪の告白
そして、それでも変わらず今まで通りに
自分を庇護してくれるヘインへの感謝の言葉
彼女は銀河に問う・・本当の民衆の味方は誰なのかと
■■
『おつかれ、マコちゃん。でも良かったのか?』
「もう、あんたそれは言わない約束でしょ?ってね!
少しでもヘインさんに恩返しがしたかったから良いの」
ほんと、普通だったらどんな手段を用いても勝とうとするのに
殺されても文句の言えない立場の私なんかに気を使ってくれる
うん、そんなヘインさんのためだからプロパガンダ?だっけ
に私のカコバナが利用されてもいいし
逆に、ヘインさんの役に立つならどんどん使ってほしいぐらい
『そっか、ありがとマコちゃん!でもマコちゃんに
女優顔負けの演技力があるなんて、ホント驚いたよ』
だって、女の子は大好きな人のためだったら
奇跡だってなんだって起こせちゃうんですよ
■
ナカノ伍長の告白は銀河に少なからぬ影響を与えた
リップシュタット戦役が早期終結を迎えた原因の
ヴェスターラントの真実が白日の下に晒されたのだから
この少女の告白によって大きく揺れ動いたのは
帝国領内に広大な規模を持つブジン大公領の民衆であったが
その他の星系の民衆も動揺し始めていた。
表立った批判はまだ出ていなかった水面下レベルでの現帝国政権に対する不安が変化し
不満と反抗の色彩を帯び始めながら広がっていったのだ。
ブジン大公領の各星系は独立の動きを加速させ反帝国的色彩を強め
また、ヘイン派が多数を占める官僚や内政官等の出仕が更に滞り始めるなど
彼等の同様は民衆以上に大きく、国政の運営に支障が出始めていた。
このまま事態が悪化すれば民衆レベルでの生活環境にも影響し
新帝国は内部崩壊する可能性もあった。
それほどヘインの抜けた穴は大きく、
一人の少女の告白はその穴を見事に抉る事に成功していた
だが、皮肉な事にこの動揺を抑えた者はヘインに縁深い者であった
■ブジン大公治国論■
皇帝の覇気に凄みを増す義眼の威圧感、種無しの勇名と
政戦の内、戦については完全に動揺は抑えられ纏まっていたが
閣僚の大半がヘインの推挙による者に占められ
官僚の多くがブジン伯領にて統治を学んだもの達で構成されている
内政面の動揺と混乱振りは軍の比ではなかったのだ。
最初、シルヴァーベルヒの死に言宰相ヘインの叛乱と
次々とライバルが消えた事に内心野心を膨らませ、
栄達の好機と積極的に事態への対応に当たる内閣書記長マインホフであったが
現在の窮状を治めるほどの才覚はやはり無く、数日でその自身は打ち砕かれる
まぁ、それでも職務を投げ出さずに足掻き続ける彼は充分に傑物と言えるのだが
やはり政治の世界では結果が出なければ意味は無い
次代を担う俊英が足踏みする中、事態を好転させた男は己の分を知る
シルヴァーベルヒの後を継いだ工部尚書グルックであった。
彼はブジン宰相の穴は凡俗非才の自分では到底埋めることは出来ない
宰相の穴はブジン宰相によってのみ埋める事が可能と定例閣議で主張
『ブジン大公治国論』なる書を発表し、
出仕を怠る官僚や乱を企む民衆と言った問題を見事解決して見せたる。
その内容は、為政者の富貴は民衆富貴と比例すると言った
かつてヘインが幼き頃に皇帝ラインハルトに語った内容や
自身も参加したブジン星系改革記から、そこで登用された者達が
国政の中枢で勇躍する過程を綴った国政大改革記
そして、一部の優秀な者だけでなく、誰にでも分かる改革案の重要さを
閣僚から高級官僚に至るまで徹底的に理解させた手腕
そして自身が一度辞意を表明した際に見せた上に立つ者としての度量
このように記された内容は本人が聞いたら
有頂天になってしまうぐらいの絶賛振りであった。
そして、最後に国政が停滞すれば、国は乱れ民衆が泣く
軽挙と乱によって事態は決して好転せず、むしろ悪化する
ブジン宰相は誰よりも乱より治を望まれた。官は民に奉仕し、民は治を尊べ!!
とヘインの想いを勝手な解釈で記して締めくくられていた。
■
後に『官奉民治論』と呼ばれるグルックの治国論は
出仕を滞らせた官を激減させ、国政の運用状況を正常な形に建て直す事に成功し
民衆の間に広がっていた動揺を大きく抑える結果をもたらす。
だが、依然としてブジン大公領の民衆は反帝国的姿勢を崩さず
他星系の民衆の動揺も叛乱による混乱が長引けば、
どう転がるかは分からない状況が続いていた。
ラインハルト率いる新帝国に残された猶予は
それほど長いものではないという認識は帝国上層部の共通する所であった
■年貢の納め時■
叛乱後も新領土総督府に入り浸る少女にロイエンタールは少々頭を悩ませていた。
先日つい気を許して互いにグラスを傾け、親密な仲になってしまったため
現在の状況を生み出した責任の一端が自分にあるという自覚もあり
少女に対してなかなか強くでることが出来ないことも彼女の侵入を許す大きな原因であった
それにしてもとロイエンタールは思う。女性との関係で自分が負目を感じて
強く別れを言い出せないなど、随分と自分も丸くなったものだと
それは、今日も飽きずに執務室を訪れずる少女の
余りにも真っ直ぐすぎる姿に知らずと影響されたせいかもしれない。
だが、不思議と好ましく感じているこの状況も
終わらせる時期が来たことをロイエンタールは知っていた
どんな言葉で取り繕おうとも自分は大逆の罪を犯し
負ければ無論のこと、例え買っても無理やりヘインを巻き込んだ事を考えれば
自身の未来が己の矜持の高さ故に、固く閉ざされたことをよく理解していた。
そのため、彼は珍しく好意と呼んでも良い感情を持つに至った少女を
大逆の罰の贄にする前にどこかへ放り出す必要があると考え、それを実行に移す。
■■
「エルフリーデ、俺は大逆の徒で勝敗に関わらず道は閉ざされている
だから、お前は別の道を歩め、俺と離れてどこか好きな所へ行くがよい」
『うん、それ無理!だって私のお腹には本当に貴方の子がいるんだもの☆』
ロイエンタールの問い掛けに、少女は最悪の回答を返す。
そのうえ、結婚式の日取りと会場も決めたなどと早口で喋り始め
悪夢のような展開を見せ始めていた。
なによりも彼にとってショックだったのは
信頼する軍事査閲官ベルゲングリューン大将が
少女に言われるがままに式場の予約等の実務を行っていたことだろうか
■
小さな幸せが新たにハイネセンで生まれていたが
情勢の変化は止まる事は無く、より混迷を深めいていく
そして、その混迷はイゼルローン回廊へ既に到達していた。
歴史を彩る英雄達が再び乱世の舞台へ集う
ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がもう一粒・・・・・
~END~