銀河の巨星が輝きを弱め、惑星が深淵で蠢く
宇宙暦800年、帝国暦002年の後半は陰謀家にとって忙しい季節となる
■二律背反■
回廊の戦いの勝利者たるヤンは、自身の二面性を象徴するような問題と直面していた。
一つは回廊の戦いの勝利による自治政府が主戦論に傾きつつある点
もう一つは、戦術的な勝利と休戦に満足した厭戦派の離脱による戦力低下である
二つの問題の難しい所は、この二つが切っても切れない腐れ縁の関係にあるということだ
自治政府の主戦派の暴発がぎりぎりの所で収まっているのは
ランズベルク派の離脱に乗じた厭戦派の離脱による戦力の低下によるためである。
武力を統合し、戦力としてまとめるためには明確な軍事目標がどうしても必要なのだ
どこかの独身主義者と違って、だれもが伊達と酔狂で戦える訳ではない
だが、明確な軍事目標というと、どうしても帝国専制主義の打倒へと結びついてしまい
自治政府主導による帝国相手の開戦となってしまう。
あちらを立てれば、こちらが立たないで完全な手詰まり状態にあるヤンは
いつものようにベレー帽を顔にかぶせながら居眠りに興じていた。
結局、アルフレッドやハウサーを欠き、資金や物資の調達が苦しくなる現状では
離脱者を放置して所帯を小さくして消費を抑え、
帝国様のお慈悲によって、ささやかな民主共和制の存続を図るため
イゼルローン要塞に亀のように篭って大人しくしているのが、
最も効率的であるとヤンが考えたのか、怠け易い方を選んだのか
親しい人たちを含めて評価は大きく二つに分かれることとなる
■おはようございます。ヘイン・フォン・ブジンです■
「あ~死ぬかと思った」
ヘインが病室で目を覚ましたのは、ある晴れた日の午後であった
『ヘイン・・・。うん、おはようヘイン・・・』
■
ヘインの覚醒後の病室はまさに疾風怒涛の喧騒につつまれる
泣きながらヘインを絞め殺す勢いで抱きつく妻にはじまって
その他の三姉妹や食い詰めを始めとする元帥府のメンバーからの
手洗いお見舞いの一撃を貰う羽目になるヘイン
更に止めとして、ヘインの回復を待っていたラインハルトとヒルダから
『わたしたち出来ちゃったので、こんど結婚することになりました』
といった内容の驚愕超光速通信が送られてきたりもした
ヘインと一部の者を除いた者にとってめでたいこのサプライズが
病室にもたらされた瞬間、歓喜の渦は最高潮を迎えることとなり
いつのまにか病室が、いや病院全体がパーティー会場へと様変わりしていた。
フェザーンに戻った後も、二人は懇ろな関係を続けていたようであった
みなへインの回復と皇帝結婚を心から喜ぶ終始和やかなムードのまま
騒がしい宴が続くだろうと確信していたのだが、
以前より、少しだけ女性らしくなった少女の入室によって
その確信はあっさり覆され、沈黙と静寂が病室全体をその支配下に置くこととなる
■■
『あの、ヘインさん・・・・・わたし、わたしが、その・・・』
言葉を上手く紡ぐ事が出来ない、一生懸命な女の子に声をかけるのは
やっぱ、大人の男の役目かね?マコちゃん完全に涙目になってるしなぁ
「うん、マコちゃんおはよう!メシ、今度こそ一緒に喰おうな」
まぁ、将来有望なかわいい女の子だし、許してやるかな
というか、人生で三度も美少女に刺されるなんてどうよ?
よっぽど運命の神様とやらは俺のハーレム建設計画を阻止したいようだ
まぁ、泣きじゃくるかわいい子に抱きつかれるなんて経験ができるなら
あと二回くらい刺されてもいいかなって思っちゃう。
ほんと男ってどうしようもないですねサビーネ様・・・
■
ナカノ上等兵に抱きつかれて少々ニヤケ過ぎたヘインは
愛妻サビーネ様にきつ~くお仕置きされることとなる。
お決まりで平穏な光景・・・いつまでも続けばと部屋にいる
すべての人たちは想いを一つにしていた。
再び逢えるときに誰一人欠けることが無いようにと願いながら
本能で彼らは気付いていたのだろう。
新たな戦乱とそれに伴う流血の惨劇が迫っている事を
■合婚■
新帝国暦002年8月12日
ラインハルトとヒルダとの結婚に触発された
ファーレンハイトとカーセにミュラーとエリザの二組を含めた
三組の合同結婚式がフェザーンにて挙行される。
だが、この銀河一盛大な祝宴に喜ぶ人々の中
一人だけ、お通夜のような顔をしたヘインが酒に溺れていた
まぁ、ヒルダだけでなく、カーセやエリザまでが人妻になってしまうのだから
ヘインが落ち込むのも仕方が無いかもしれない
■■
『ヘイン、あんまり飲み過ぎはよくないよ!』
うるせ~、これが呑まずにいられかってんだべらんめぇ~
まったく、ヒルダちゃんだけじゃなくカーセさんにエリザまで・・・
ちくしょう・・ちくしょう・・・ちくしょっぉぉおお!!!!!!
『わたしの話を旦那様は聞いてくれないのかな?どうなのかな?』
すんません、ちょっと興奮しすぎました。手に持っているナイフを
おろしてくれるとヘイン凄くウレピーです。
まったく凶暴ぶりは相変わらずだな。まぁ、もう慣れたけどな
『ヘインの目移りも相変わらずでしょ?そうそう、言うのを忘れてたけど
カーセには暇を出したから、あとエリザもミュラー提督と新居に移るみたい』
へぇ~って!?なんでだよって・・まぁ、そうだよな二人とも新婚だしな
クソッ!食詰めにミュラー、金髪の野郎どもは幸せな新婚生活かぁっ!?
ちくしょう・・ちくしょう・・・ちくしょっ『もう、それはいいから!!!』
なんだよ、最後まで言わせてくれたっていいじゃねぇか、
『もうっ、話が進まないじゃない!わたしが言いたいのは、あの・・えっと・・
みんな出て行っちゃうし、やっぱシャンプールの新居も広くなっちゃうよね?
ちょっと寂しくなっちゃうかなって思うの。ちょっと前にもいったけど・・・』
「よし、帰ったら子作りだな!」
■
少々、ストレート過ぎる発言が災いして頬に痛々しい紅葉をつける羽目になったヘインと
怒ったような照れているような、少し顔を赤くした少女の座るテーブルには
三組の新郎新婦を始め多くの人々が足を運んでいた。
ラインハルトはヘインから手荒い羽交い絞めの祝福を受けるわ
それ見て横でオロオロするヒルダに酔ったエリザが抱きついたりするなど
皇帝と宰相の久方ぶりの再会は、もうグダグダで酷い有様である
一方、サビーネの方も先輩妻として、得意げにカーセに対し夫婦円満の秘訣を講釈していたが
どう贔屓目に見てもやさしい姉が、おませなかわいい妹のお話を聞いてあげている様にしか見えず、
その光景を食詰めと鉄壁はグラスを傾けながら、いつもより穏やかな表情で眺めていた
その他の列席者の中では、黒猪が皇帝への祝福の歌というか怒号をあげて叩き出されるわ
ワーレンの義手が2センチ伸びるなど、宴の熱狂振りは凄まじいものである。
もちろん、帝国の重鎮全てが職務を放棄するわけにも行かず、
ロイエンタールなどは遠くハイネセンから皇帝を祝福するために足を伸ばすことが許されたが
ヤンへの押さえとして前線に残ったアイゼンナッハやケスラー、メックリンガー
また、式典の警備責任者のオーベルシュタインにキスリングや
オーディン防衛司令官の任を新たに受けたルッツなどは
残念な事に会場に姿を見せることが叶わず、
そのうちの幾人かは、その不運を後々まで嘆くことととなる
■過ぎ去った日々■
『ヘインさん、いいえ宰相閣下とお呼びした方がいいかしら?』
「俺は閣下なんて大層なもんじゃないですよ。久しぶり・・・アンちゃん」
『ええ、貴方と会うのは本当に久しぶりです。そう前にこっそり会いにいらしてくれたのは・・』
「まぁ、今日は祝いの席だから湿っぽい話は止しましょうか
キルヒアイスも貴方には笑っていて欲しいと言っていました」
『あら、嘘つきさんにはケーキを焼いてあげませんよ?
ジークはヘインさんとは違って不器用な子でしたから』
■
美しい未亡人と帝国宰相は、少し外れのテラスにでて旧交を温めていた。
もちろん、うまく中座したと思っているヘインは出歯亀に気付いてはいなかった
『くさっ、姉さんクサすぎると思わない?グサっと刺していい☆』
「エル・・・静かに、ヘインが手を触れたら・・・わたしがヤル・・・」
ヘインの単独行動を許すはずが無い妻と、暇つぶしについてきたエルは
草陰からテラスにいる二人の会話を盗み聞きしながら、推移を見守っていたが
その二人に最初から気付いていたアンネローゼに呼ばれてしまい
間抜けな登場を余儀なくされてしまう。頭と頬に葉っぱを張り付かせながら
その後は、四人で中庭の椅子に座りながら会話を弾ませ
ヘインからしばしば発病する金髪の医者嫌いをなんとか説得して欲しいと
アンネローゼに頼み込むついでに、フェザーンへの引越しを認めさせるなど
ヘインはちょっと遠まわしな金髪への結婚祝いを贈ることに成功する。
■■
まぁ、アンちゃんがフェザーンに引っ越して説得してくれれば
金髪も多少はいうこと聞くようになるだろう
例え快癒が無理でも遅らせることぐらいできるかもしれないし、
大切な家族と過ごせる時間を少しでも大いにこしたことは無いからなぁ
といってもあいつが不治の病と決まったわけじゃないし
結構、銀河の歴史も変わって死んでる奴が生きていたりもするから
まったくの杞憂って事になるかもしれない
あのエルと垂らしの二人が楽しそうに踊ってる姿を見ると
ついつい人生っていうのは楽観していいような気もするしな
『よかったら、わたしと一曲踊ってくださいませんか?』
まぁ、先も読めないし適当にいこう!
とりあえずこのお嬢さんが、俺様の足ふみダンスにどこまで耐えられるか
見せてもらおうではないか、妻の忍耐力がどれほどのものか!!
■ド・ヴィリエマジック!■
華やかな式は終わりを向かえ、人々は日常へと戻っていく。
ロイエンタールは新領土総督としての大任を大過なく果たしていた
内務はエルスハイマー、軍務はベルゲングリューンといった
一流といって差し支えの無い人材の補佐を受けて、
同盟末期の統治と比べて、遥かにマシな統治を行う事に成功している
しかし、ナイフを片手に訪問する来客には頭を悩ませているようであった
また、ヤンとの会談が実現するまでという期限付きではあるが
ヘインとファーレンハイトはエルゴン星系に師団と共に駐留し
ヤンの動きを押さえるという任が与えられる。
この任は、和平会談までの流れは既に出来ていることからみて
新婚の二提督と死にかけたヘインに対する休暇代わりのような処置であろう
本来なら、このポッカリと穴が開いたように出来た余暇を利用して、
ヘインは読めなくなった銀河の流れへの対策を講ずるべきであったが
いつもの様にだらけつつ、サビーネとの約束を果たすことにしたのか、
赤ちゃんぱこぱこ!ぱこぱこ赤ちゃん♪・・・と
国家100年の大計よりあかるい家族計画の方に注力していた。
■
地球教幹部達による地下室で行われた
『第78697回ドッキドッキにしてあげる陰謀会議』は
陰気な老人のかすれた声で始まる
『ヤン・ウェンリーは健在、ブジン大公には手傷負わせただけ
最近では、手駒のトリューニヒトすら離れていこうとする始末』
キュンメル事件以後、尽く失敗つづきの地球教の陰謀である
その実行立案に大きく関わっているド・ヴィリエに対する非難も当然出てくる事になる
『しかも、皇帝は婚儀を挙げて皇妃の腹には子までいるそうではないか
もし、皇帝に世継ぎが生まれ、ヤンとの講和も成功することになれば
ローエングラム体制は盤石なものになり、付け入る隙など見出せなくなる!』
だんだん彼を糾弾するような話し振りになってきた年長の主教に
同意するような素振りを見せ始める者達も増え始める
「おまえら、表へ出ろ!」
どんなに言葉で取り繕った所で、地球教はテロ集団である
直接的な暴力や破壊活動、麻薬を利用した洗脳、人質を利用した脅迫など
地球への回帰を免罪符に自己を正当化して非道の限りを尽くす
そんな教団で上り詰めた怪物を無防備に糾弾するなど
怖れを知らぬ者の愚行であったといえよう。
「なに、慌てることはない。皇帝に世継ぎがいようが、ヤンと手を結ぼうが
何ほどのことでもない。自らの牙で血を流してその不徳を懺悔するのは奴等よ」
逆らう者を捻じ伏せ、獰猛な目を光らせながら笑う怪物に
疑問をのべる愚かな信者はもういなくなっていた。そう、永遠に・・・
■
旧同盟領から始まった動乱が治まり、
ようやく平和への道筋が見え始めたかのように見える中
歴史を滞留させる黒い衝動が、再び蠢き始めていた
だが、それに抗う知識を既に凡人は持っていない。
ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がもう一粒・・・・・
~END~