夏の暑さが厳しさを増しつつある中、
夏に相応しい向日葵のような少女と万年夏バテ気味な男が
聡明で美しい女性に案内されながら
ある病人を主人とする屋敷を訪れていた。
■ 出迎え ■
ヒルダとヘイン夫妻が僅かな随行員を連れて、キュンメル邸に足を踏み入れると
車椅子に乗ったその屋敷の主人ハインリッヒの出迎えを受けた
それに驚いたヒルダは無理をしなくてもいいと声をかけ病弱な従兄弟を案じた
ヘインも同様に『あんま無理すんな』と主人を気遣った
それに対し、ハインリッヒは少し陰のある笑みを見せながら
今日は体調が良いから大丈夫だと首を静かに振って答えると
来客を持て成す用意がしてある中庭に案内をするために
車椅子を慣れた手つきでゆっくり、ゆっくりと丁寧に操作した
■■
なんか、いやな予感がしてきたぞ・・・中庭ってワッフルワッフルじゃなくて
ゼッフル一杯!どっか~んの場所だったよな?
『ねぇ、今日の麦わら帽子似合ってる?かわいい♪』
いや、大丈夫だ。あくまで狙いは金髪だったはず、今度の行幸にテロる気に違いない
そうだ、落ち着けブジン大公!横のヒルダちゃんの尻を見て落ち着く、いや興奮するんだ!
『えへへ、実はこの白いワンピース、今日の為に仕立てました~!』
そうそう、今日はせっかくヒルダちゃんと一緒なんだから愉しまないとダメだな
既に手は打ってあるし、野獣に病人といった余分なものは
この際気にしなな方向で行こう!!
『わたしのオ・ハ・ナ・シ、聞いてるよねダンナ様?』
すんません、調子に乗ってました自重するので
耳を千切れるほど引っ張ると言うか、両耳を持って持ち上げないで下さい
いや、ほんと勘弁イタイッイタイ!耳無しへインは勘弁!!!
『なんというか・・・。ブジン大公夫妻はなかなかに個性的ですねヒルダ姉さん・・・』
『えっ!?あぁ、そうねハインリッヒ、とりあえず早く中庭の広場まで行きましょうか?』
■
耳を真っ赤に腫らしたヘインとちょっとプンとした野獣を引き連れ
ようやく、目的地である中庭の広場に来たハインリッヒは予想以上に疲労していた。
しかし、これは彼の病による物ではないことは明白である
なぜなら、横に居る本来なら疲れを知らないような快活で
颯爽と言う言葉が似合うヒルダも疲れた表情をしているのだから
このまま出来の悪い喜劇が、一日中続くかと思われたが
陰惨とした負の情念を持つ邸宅の主人によって唐突に幕が降ろされる
■キュンメルの咆哮■
「さて、ずいぶんと予定の時間が過ぎてしまいましたが、
ゲストの皆さん方にはひとつ残念なお知らせがあります・・・」
館の主人は中庭に着くと上着から何かのスイッチを取りだした
ハインリッヒの唐突な発言に有る人物を除いてみな面食らっていたが
続いて紡がれた彼の言葉によって恐慌にに近い緊張が走る
「このスイッチは中庭の地下に充満するゼッフル粒子の起爆スイッチなのです
お静かに、いまや、帝国において文武百官の頂点を極めたブジン大公の命運は・・・
この私が握っているのです!!起爆スイッチを押されたくなければお静かに!」
暗い衝動と僅かな生命力によって鈍く輝く青年の言葉によって
ヒルダから随行員の間に危機感に満ちた緊張が走り、
一瞬にも永遠にも思える沈黙が中庭を支配していた
しかし、その沈黙はヒルダによって破られた
彼女は弟とも思っている従兄弟の暴挙を止めようと説得をこころみたが
ハインリッヒは彼女を巻き込む事を詫びるのみで
暴挙の決行を思いとどめる気はさらさら無かった
病身のまま何も為さず朽ちていく若き青年の絶望は
陰惨な策謀に長けた地球教徒によって巧妙に捻じ曲げられ
天賦の才に恵まれた若き皇帝ラインハルトや、
トントン拍子に出世した帝国宰相ヘインに対する
嫉妬に塗れた憎悪へと転化させられていたのだ
■
ハインリッヒは自身の呪文で、地に足を縛り付けられて動けなくなった観客に、
己の僅かな生命を全て注ぎ込みながら怨嗟の独演を始めた・・・
なぜ、自分は健康体で産まれることは出来なったのか?
敬愛するヒルダから聞かされる二人の英雄譚の数々
そのどれもが大海に輝く星のようで羨ましくあり・・・・
それ以上に、憎かった!!!許せなかった!!
望んでも得られぬ者の苦しみ、持って産まれた能力の不公平!理不尽さ!
何も為すことが出来ず、ただ死を待つだけの絶望以上の不幸を味あわせてやる・・・
時折、咳き込みながら呪詛のような独白を繰り返す彼の目は
どこも映しておらず、すでに説得は絶望的と誰もが感じ始めていた
だが、幸か不幸かそんな空気などお構い無しの人物が、その場にはいた
■ KY ■
「うるさいっ!ちょっと黙んなさいよ!いつまでもグチグチウダウダと
あんたみたいな奴見てるとイライラして腹がたってしょうがないわ!」
ハインリッヒの演説をぶった切ったのはミスKYのサビーネだった
その余りの暴挙にヘイン以外の者は顔面蒼白になり、
演説を断ち切られた主演男優は、当然檄して咳き込みながら
無礼な少女に対して敵意と悪意の篭った視線と暴言を叩きつけた
『元気がよいのは結構、だが、今は貴方を含めてこの場の運命は私が握っている
それに、貴方のように不自由一つなく育った者には、私の悲しみと憎悪は理解できない!
そう、私は何一つ自由にはならない・・・体も!未来もだ!!!だから、だからこそ!!!』
「駄々をこねてみんなにかまって貰おうってことかな?あんた救いようがない馬鹿だよ」
『だまれ!今すぐその減らず口を閉じろ!膝まづけ!命乞いをしろ!!!』
相手の状況をお構い無しに話すサビーネ、ますます爆発するハインリッヒ
もはやゼッフルどっか~んは秒読みだろうと確信し、
一部を除いた人々は過去を走馬灯のように回想していた。
「ハインリッヒ!!みんなを殺して満足?馬鹿な事をやって満足だって言うの?
ちがう、あんたは寂しいだけよ!欠陥品扱いでなかった事にされるのが怖いのよ!」
『貴様ぁ!貴様ぁああ!!!馬鹿に、馬鹿にしやがってぇえー!!』
「わたしもあんたと同じ欠陥品・・・あなたも聞いたこと位あるんじゃない?
リッテンハイムの出来損ない。先天性異常持ちの侯爵令嬢は野獣か魔獣かって」
図星を突かれて、言語かどうか分からぬ奇声と怒声を吐く館の主人に対し
美しい野獣が放った自分も『望まれぬ欠陥品』という言葉は
まるで沈黙の魔法のような効果を中庭全体に及ぼす・・・・
誰に聞かせる風でもなく、彼女はまるで自分のことではないかのように語り始めた・・・
皇位継承権を持ち、望まれたはずの子供は、感情の起伏が激しい『欠陥品』だった
両親はその事実を認めたくは無く、自分を出来る限り隠そうとした
無かった事にしたかったのだ。
その事実が分かった日、悲しかった。だけど自分を否定しようとは思わなかった
『欠陥品』が不幸なら、足りない部分を補って幸福になれば良いわ!!
いま、わたしの周りにはカーセやエリ姉、それにヘインがいてくれる
あなたの横には、心配して悲しそうな顔してくれる人がいる・・・
ぜんぜ~ん不幸じゃないよ?だから馬鹿なことなんかしないでよ!
死に方なんかかんがえないで・・・傍にいてくれる家族のために、明日のこと考えてよ!!
暴走とも思えるサビーネの説得はハインリッヒの心を貫いた・・・
同じく忌むべき存在による訴えの効力は大きく、
直ぐ横にいるヒルダの悲しみに包まれた表情もそれに拍車をかけていた
徐々に、起爆スイッチを持つ手が下がり、ハインリッヒから憎悪の表情が消えた
誰もが、哀れな青年の愚挙は未然に防がれたと確信していた・・・
■ キラーバロン ■
『もう、すこし早く君に会えていたら・・・陳腐な言葉だけど心底そう思うよ
だけど、もう何もかもが遅すぎた。ここで後戻りはできない。許してほしい』
下がりかけたハインリッヒの手が再び上がり、スイッチを押さんとする姿を
中庭にいる人々は見せつけられ、絶望と恐怖によって体を硬直させた
だが、それでも生に、明日に執着し、ひとり駆け出すサビーネがいた!!
『起爆スイッチを押させるなぁっー!!』『いいや、限界だ!押すね!』
間に合わない・・・・サビーネですら絶望した瞬間!
ハインリッヒの顔に高速で飛来するボタンがあたった
カーセが指弾で飛ばしたもので、せいぜい相手を一瞬怯ませるのが限界・・・
だが、その一瞬でサビーネには十分だった
彼女は跳躍し、ハインリッヒの手を素早くはたきスイッチを空中に舞わせる
このまま落下すれば衝撃で暴発すると皆が目を背けたが
その落下点にはエリザが走りこんでいた。
彼女は放物線描きながら落下する起爆スイッチを
衝撃で暴発しないように、やさしく両手で受け止める
言葉の要らぬ三人の黄金の絆が、錯綜とした事件の幕を引く・・・
■凡人は揺るがない■
唯一の凶器を失い・・・既に生ける屍と化したハインリッヒ
あえて、言葉をかけようとする者もなく、
ヒルダも、いまや犯罪者として極刑がほぼ確定した
病弱な甥にかける言葉を見つけることが出来ずに居た
『これは、みごとな余興!小道具一つで我が主君を除いて尽く手玉に取るとは
男爵の名演技は外れに控えていた小官にも伝わるほど、鬼気迫るものがありました』
その沈黙を破ったのは事の終わった中庭に、慌しく入ってきたアンスバッハであった
「あぁ、そうだな・・・男爵は大した奴だ・・・これだけの芝居を一人でうったんだからな
結構疲れただろう。あとは静かに・・・ヒルダちゃんと過ごしてくれ、俺らは帰るわ」
突拍子もない展開に犯人を含めて、皆目を丸くしていたが、
ヘインとアンスバッハにあれよあれよと引き摺られて
ヒルダを除く来訪者達は中庭を後にする
■
『閣下、邸宅周辺の地球教教徒と思われる武装集団の排除は全て完了致しました。
また、ケスラー憲兵総監の命令によってオーディンの地球教支部も憲兵によって
先刻、制圧されたとの報せがありました。その際、閣下の暗殺計画書も押収した模様』
「了解、ご苦労様。あとはオーベルシュタインとケスラーが事後処理をするでしょ
そうそう、フェルナーにも調査を手伝ってくれて助かったと礼を入れといてくれ」
後ろでキョトンとする三人娘及び後ろから追いかけてきたヒルダに聞かせるように
アンスバッハは事の推移を大まかに報告し、ヘインは事後処理の丸投げを指示した。
『なるほど、小物の旦那様があの部屋で平然としていられたのは
あらかじめ対策をして、起爆スイッチかゼッフル粒子の格納庫を
無効化していたという訳ですか?すでに周りの制圧も終えてるなど・・』
『うんうん、手際がよすぎるもんね!最初からまるっとお見通しだったんだぁ』
『え~と、要約するとわたし達ががんばったのはぜ~んぶ無駄で
最初から最後までヘインの掌で踊っていたってことになるの?』
『俄かに信じがたいことですが、目の前に事実を見ると信じざるを得ませんわ』
カーセとエリザにサビーネ、ヒルダが舞台裏の動きを理解するのを認めると
たまたま皇帝暗殺防止計画が、自分の暗殺計画を防ぐ結果になった事を完全に棚の上に上げ
得意満面の顔で凡人は自画自賛を始める・・・自ら死刑宣告をするかのように
「どうよ、どうよ?俺スゴクねぇ?なんか俺TUEEEE!!!俺SUGEEEEEって思わね?」
・・・・「げぇっ!!!ぶべっ!!!たじゅけれヴィって!!!」
「あびしっ!!へがぶぅっ!!」「すんませでれぶぃぶっばぁ!!」・・・
修羅と化した三人娘に折檻されるヘインを見つめながら
ヒルダは背筋に冷たい物が落ちるのを感じていた。
いったい彼はどこまで読んでいたのか?彼には何がみえているのか・・・
オーベルシュタインが彼を怖れるのも無理からぬことと思いつつ
ヘインがラインハルトと敵対する日が来ない事を祈らずにはいられなかった
■
数日後、取調べを病状の安定を持って行う予定だったキュンメル男爵が
マリーンドルフ伯親子に見守られながら静かに逝った
その翌日、その喪に服す彼らを欠いた御前会議によって
地球教を武装テロ集団と認定し、本拠地地球の制圧が決定される!
ヘイン考案の『テロとの戦い』をスローガンにワーレン艦隊の派遣が決定される
また、後詰には『テロとの戦い』の象徴としてヘインの参戦も決定される
調子に乗って余計な事を言ったのとキュンメル事件で偶然見せた辣腕によって
対地球教テロ対策本部長のような扱いを受ける破目になってしまう。
これによって、ヘインは地球教をはじめとする陰謀家達に
憎むべき体制派の強敵という認定を受ける羽目になるのだった・・・
ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
~END~