無能が無能なままでいられる平穏は過ぎ去り
激動の乱脈が波を打ちイゼルローン要塞を震わせていた
■立ち退き■
『民間人は攻撃しないからとっとと避難させろ、ヘイン』
フェザーン失陥に伴い全ての軍事行動の裁量をヤンに任せるという
宇宙艦隊司令部からの命令文が伝わると同時に
ヘインからのなんとも言えない民間人退避勧告文が届いていた・・・
これを受け、ヤンは艦隊首脳部を召集。今後の方策について会議を開くこととした
■
首脳部が集まったにも関わらず、ベレー帽を手で回すだけで発言しない司令官に代わって
最初に口火を切って発言したのはムライ参謀長だった
『閣下!既に帝国軍はフェザーンを征しており、ハイネセンも最早安全とはいえません』
あえて言う必要のないことではあったが、司令官が発言しない時は
参謀長が常識論を述べて会議を進める・・・これがヤン艦隊のセオリーである
『ヤン・・それでお前さんはどうする気だ?幸いにも奴さんは
民間人は攻撃しないと言っている。退避の手筈は一応前々から
進めている。実行面での問題はないと考えてもらって良いぞ』
民間人退避の実務担当としてキャゼルヌが再度、司令官に真意を問うと
ヤンは髪を一二度撫でた後にベレー帽を被りなおし発言した
「どうせなら民間人だけでなく、我々も退避しようと思っています」
『どういうことでしょうか、閣下?』
ムライがようやく発せられたヤンの発言を問いただす間に
シェーンコップやキャゼルヌにアッテンボローと言った面々は
司令官の奇謀に対する心構えを終えていた
「我々も退避し、イゼルローン要塞を放棄する」
ほぼ同じ内容を繰り返したヤンに対し、ムライが具体的な説明を求めると
ヤンは頷き、参謀長を含めた艦隊首脳陣に説明を始めた
■
既に一方の回廊が帝国に奪われた今となっては
イゼルローン要塞に固執したところで戦略的に無意味であると
たとえ要塞によって戦果をあげ、帝国と講和を結べたとしても
その講和条件には必ず要塞の明け渡しが盛り込まれる。
どのみち渡さないといけないなら、さっさと渡しても変わらないだろうと
『それで問題になるのが、ヘインの動きって訳ですよね?』
「そいうことになるね」とヤンは戦意過多の後輩に答えるとさらに説明を続けた
なぜ?この時期にブジン公が民間人の退避を勧めてきたか
一つは民衆に対するブジン公の特有の人気取りであると言う考え方
だが、この時期にわざわざ敵国の同盟市民の機嫌をとる必要はさほどない
つまり、ブジン公の真の狙いは民間人の退避に伴う時間を得ること
また、その時を利してヤン艦隊を葬り去る事にあるかもしれないと言うことだ
『なるほど、建前であっても我々は民主主義の軍隊、民間人より先に逃げるという
訳には行きませんからな。また、閣下の性格から攻撃されない民間船を盾にしつつ
首都まで逃げおおせようとはしないだろうと読んだ上での提案と言う訳ですかな?』
少々皮肉屋な防御指揮官に「その通り」とだけヤンは素っ気無く答え
ヘインの辛辣な策についてより詳細な解説を行った
民間船を盾にすることが出来ない以上、艦隊はその後方について行かざるを得ない
そうすると相手に追撃される可能性が非常に高くなる
それならば、民間船が十分に退避するのを待ってから要塞を出る方法もあるが
それでは時を失いすぎて、帝国に対する勝機を完全に失することになってしまう
一番良いのは攻撃しないと言っている民間船を盾に全力で逃げることだが、
さすがにそこまで非人道的な方策は取れないし、第一に自分自身が採りたくない
つまり、選択肢は極めて少なく、最善の方策はある意味タブーである
その上、どうするか考えて時を使えば使うほど相手の思う壺になってしまう
結局、ブジン公率いる大艦隊が追撃してきた場合、矛を交えざるを得ないのだ
まったくブジン公という奴は本当に悪辣でいやらしい奴だ!
なんだってわたしがこんなに悩まなくちゃいけないんだ!
そもそも、あきらかにこれは給料分以上の・・・・・
■
『おちつけヤン!お前らしくもない・・・相手の思惑は分かった
それを分かった上で、要塞を放棄して撤退する方針なんだな?』
珍しく声を荒げて愚痴る後輩を窘め、方針を再確認すると
キャゼルヌは民間人および艦隊の退避準備に慌しく取り掛かった
なにはともあれ、フェザーンが失陥した状況ではイゼルローンを放棄せざるを得ない。
精々、要塞に細工をして少しでもヘインたちの足を止める方法に智恵を回す必要があった。
そして後々のためにも罠を仕掛けなければならない
急に忙しくなってきた状況にヤンの機嫌は加速度的に悪化していった
■要塞占拠日記■
○月×日
なんか、民間船が次々と要塞から飛び立っているみたいだ
とりあえず、静観する。民間人は攻撃してはいけないのだ
べつに、怠けているわけじゃないぞ!
○月△日
どうやらヤン艦隊も要塞から離脱をし始めた様だ
もちろん手は出さない!食詰めとかが追撃を主張してきたが
まずは、要塞奪取が重要と宥めた。相変わらず五月蝿い奴らだ
ヤン艦隊が全部逃げたあとにアンスバッハ率いる工作隊を突入させた
合言葉は不覚にも忘れてしまったが、爆弾を仕掛けていたことはちゃんと覚えている
案の定、要塞内には爆弾が仕掛けられていたようだが
アンスバッハ達の活躍もあり、全部解除する事に成功したようだ
『そのまま追撃して爆発に巻き込まれた所にヤン艦隊の逆激を受けたら大変な事になりましたね』
と鉄壁が尊敬の眼差しで見つめてきた。相変わらず間抜けな奴だ
ヤンの真の狙いに全く気づいてないようだ
○月◇日
爆弾解除の指示をした所までは良かったんだけど、
もしかしたら一つぐらい見逃した爆弾が時差で爆発するのが怖かったから、
要塞に入港するの先延ばしにしていたが、食詰めにビビッてるのがばれて白い目で見られた
「だって怖かったんだもん」と可愛らしく言ってみたが無視された
ちょっとムカついたが、言った自分が言うのもなんだが
ちょっとキモかった気がするから見逃してやった。別に負け惜しみじゃないぞ!
○月◎日
とりあえず、要塞の占拠が落ち着いたので形だけヤン艦隊を追撃する事に
食詰めや鉄壁が張り切っているけど無視だ無視!
わざわざ好き好んで一番危ない奴に近づく必要はない
とりあえず、沈黙艦隊を要塞防衛に残して出発する
短い滞在だったが久しぶりに来たイゼルローン要塞は寂しい感じがした
きっとユリアン君やポプランもコーネフもいないからだと思う
戦争が終わったら彼らを訪ねてみるのも悪くないかもしれない
■杞憂■
ヤンは後に近しい者にイゼルローンからランテマリオ会戦参戦までの逃避行を
『無駄であったが人生で一番労力を使った逃亡』と語ることになる
ヤン艦隊はハイネセン方面へ民間人を離脱させつつ、
追撃してきたブジン艦隊に逆劇を喰らわせる陣形を保ったまま
撤退速度を極力最大船速に近づけると言う離れ業をやってのけていた
艦隊運用を任されたフィッシャー提督は指揮中に二度意識を失い、
その後、30分もしない内に二度復帰すると言った獅子奮迅働きを示していた
実の所、一番無駄な労力を使ったのはヤンではなく、フィッシャー提督であった
また、同盟軍兵士達はこの激務振りと、撤退を完遂した彼の手腕を讃えて
『二度寝のフィッシャー』と本人がなんとも反応に困る異名で呼ぶようになった
■
ヘインのやる気のない追撃を、神経を摺り切らせながら振り切ったヤン艦隊は
ランテマリオでフルボッコにされかかっていたビュコック率いる宇宙艦隊を
崩壊寸前の所で救う事に成功する。
一兵も損なう事無く、敵の大軍を寄せ付けずに民間人全てをハイネセンに送り届け、
ランテマリオで窮地の味方艦隊を救ったヤン
同じく、一兵も損なう事無く、難攻不落のイゼルローン要塞を占拠
また、ヤンの奸策を見抜き要塞爆破の危機を防いだヘイン
どちらの功が大きいかの判断は、後世の歴史家を大いに悩ます事になった
しかし、どちらが楽をしていたかは明白であった・・・・・
■目指せハイネセン■
ここで歴史の針をいま少し戻したい
ヤン・ウェンリー達がイゼルローンを放棄しようと準備する中
フェザーンでマシュンゴ達と共に潜伏を続けていたユリアンは
脱出の目処が立たたず、焦燥感を隠せなくなっていた
「マリーネ、いつになったら出発できる?」
『なによ!あたしだって一日でも早くって一生懸命やってるわ!って
べっべつにあんたのために必死になってるわけじゃないんだからね!』
ついつい不満を漏らすユリアンであったが、マリーネが頑張っていることも
よく分かっていたため、それ以上の不満を漏らすことは控えた
『マリーネたん~はやく!はやくぅ~はやくぅ~いかせてぇ~』
そんな空気を読めずに何を催促しているか分からないヘンスロー弁務官は
またマシュンゴの地獄の抱擁によって別の世界に旅立とうとしていた・・・
『ところでマリーネさん、さっきから少しそわそわしている様子だと
何か良いことがあったとお見受けしましたが、ちがいますかな?』
『ふーん・・・准尉って意外と鋭いのね、正解♪じゃーん!これな~んだ♪』
マシュンゴに指摘されたマリーネは、上機嫌でポッケから三枚の公認通行証を出した
■
ユリアンたちはフェザーンを脱出し、ハイネセンを目指した
その道中では、地球教の秘密の一端を知ることになったり、
帝国軍の駆逐艦を乗っ取っとるなどの大立ち回りを演じることになった。
その際、マリーネ達のベリョースカ号は宇宙の藻屑となってしまうなど
若干?のハプニングはあったものの、ユリアン一行は無事にハイネセンに到着し
ヤン艦隊の面々とユリアンは『駆逐艦を奪った若き英雄』として再会することになる
それと同じ頃にランテマリオ会戦の勝利に酔う帝国軍本隊に
ヘイン率いる別働隊が合流し、ちゃっかり戦勝パ-ティーに参加していた
天才と凡人が久々に邂逅することとなった・・・・
■将官だらけのパ-ティー!ポロリはないよ!■
建設途上のウルヴァシー基地の中、
イゼルローン回廊とフェザ-ン回廊を制圧した偉業と
ランテマリオで緒戦を飾った事を祝う盛大なパーティーが開かれていた
■■
やっぱ偉くなるもんだね~!出される料理とかの質が違うね
うまい、超旨いぜ!この何かよくわからないソースがかかった肉!
それに酒!もう飲み放題だし、多分このワインとか最高品質の奴だと思う
よく分からんけど飲みまくって損はないはずだ
『ヘイン・・・・相変わらずというかお前らしいと言うか・・・』
「今日はガンガン喰って飲んで、飲んで喰って飲んじゃうぜ~!
よし、ラインハルト!お前も飲め!飲んで呑まれて飲んじまえ??」
って、おい!逃げるな!飲酒の女神が下着をちらつかせてるんだぞ?
金髪の野郎逃げやがったな。ヒッゥック・・全然酔ってないっちゅ~の!
『ヘイン、お前飲みすぎだぞ。そろそろ自室に戻ったらどうだ?』
「あ~んだと~!!俺を誰だと思ってるんだ!って誰だっけ?アヒャヒャ?ヒヒ
そ~んなことよりカーセさんとこの前どこ行ってたんだよ!俺はゆるさんぞ!」
いいか、カーセさんは美人でしっかりしてるけど、エリザより一個年下なんだぞ!
まったくロリコンはケスラーだけで充分だって言うんだ!!
なぁ、おまえもそう思うだろう?『ウルリッヒお兄様~』じゃねぇっつうの!
「・・・・・・・・・・・」「・・・・」「・・・・・・・・・・」
そうだよな!やっぱナッハ最高だよ!おまえだけだ俺の話を黙って聞いてくれるのは
ホント、いつの間にかワインボトルみたいになっちまったのには驚いたが
俺とおまえが『心の友』だって事には変わりはないぜ!!
『たしか、アイゼンナッハはイゼルローン要塞だったよな?』
『あっちを向くなミッターマイヤ、俺はワインボトルと談笑する趣味はない』
なんだ?あいつらぁ~?いつもつるんで『二人はホモ達』ってか?
って種無しの野郎、さっきからチラチラ見てるけどアイゼンのケツを狙ってるのか?
ヤバイぞナッハ!コルク栓じゃなくて奴のナニで栓をされちまうぞ!
よ~し!ヘイン様がおまえを遥か彼方に逃がしてやるぜ!!
飛 ん で け ~ ♪
■
愚か者は自らの手で狂態の幕を降ろすこととなった・・・
ヘインは心の友と信じて疑わないワインボトルを勢いよく放り投げた
その投げた先には、運が悪い事に上機嫌に酒を飲む黒猪が立っていた
突如、後頭部に衝撃を受け倒れる黒猪・・・
痛みに耐え、立ち上がり振り替えると犯人と思わしき人物を見ると
『痛みに耐えてクララが立った!感動した!!』などと喚いていた
こいつを見て切れない奴は黒色槍騎兵じゃないね!
短慮が全軍を崩壊の危機に晒したと説教もされたが
関係ないね!こいつはブチのめす!黒色槍騎兵のボスとして
あのクソったれの酔っ払い野郎をメタメタにしてやるぜ!!!
といった形でヘインは黒猪に張り倒され、既にあっちにいっている意識を
より遠くに飛ばされるほど殴られることとなった
半日後、意識を取り戻したヘインは原因が全く分からない激痛で
自室のベットでもがき苦しむこととなる・・・・
■向かい酒と友■
なんか体中もイタイし、まわりの視線もかなりイタイ、なんかやっちゃったようだ
だが、一番痛いのはアタマ!つまり、二日酔いって奴だ
ホント頭がガンガンするなぁ、こういうときは酒で痛みを散らすに限るなヒッゥック
まったく、呑み易い高級酒だらけで箍を外しちまったぜ
そういや昨日みたいな公式酒宴じゃ、あいつが何だかんだで俺の手綱握ってくれてたんだな
やれやれ、すこし呑みすぎたみたいだ。赤髪のことを想いだすなんてなぁ?
『ああ、おまえらしくないな』
うるせー、おまえもそんなところに突っ立ってないで呑め
いつもの如く、ただ酒呑ましてやるんだから感謝しろよ!
まったく、昨日だっておまえが少しだけ気を使って、もっとしっかり俺を止めてくれれば
こんな苦痛に際悩まされる破目にはならなかったんだぞ。友達甲斐がない奴だ!
『生憎と止めるのは苦手だからな。まぁ、横には立っていってやる』
けっ、男が横に立ってても嬉しくないんだよ。それに立ってるだけじゃなくて助けろよ!
ささっと会計済まして帰るぞ!もうなけなしの小遣いがショート寸前だ!
■
数日後、ラインハルトは諸将をあつめ、今後の侵攻作戦の戦略の立案と決定を行った
帝国軍はウルヴァシーに建設する基地を根拠地として、同盟首都を攻略し、
自由惑星同盟を完全に征服する事を作戦の最終目標として決定した。
帝国と同盟の雌雄を決する戦いが始まろうとしていた
ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
~END~