激戦の回廊に向けて大軍が宇宙を駆ける
すべては手綱を握る凡人に委ねられている
■
ヘインが率いる軍は『ヘイン師団』と呼称される
この『ヘイン師団』は先の内乱で勇名を響かせた『ヘイン艦隊』と共に
歴史の中で一際大きな輝きを放ち、語り継がれる可能性を大いに秘めいていた
なぜなら、後陣の旗艦艦隊16000隻の指揮官には烈将ファーレンハイトが
前陣には13000隻を従えた疾風の異名を持つミッターマイヤー、
中陣にはロイエンタールが前者と同数の艦艇を従え
帝国軍将帥のなかで最も優れた者達が集まっているのだから
だが、イゼルローン回廊方面の軍権全てを握る総司令官は
勇名を馳せることより、何事も無く首都に帰還することだけを
ただひたすら考え続けていた。
■ 陥落 ■
回廊に迫るヤン率いる同盟増援部隊に対し、ガイエスブルク要塞駐留の
帝国艦隊は合流を阻止せんと、猛然と攻勢を仕掛けたが
ヤンの魔術と、ユリアンの機知によって無残に蹴散らされる事となった
回廊攻略軍の命運は尽きた、ケンプは自らの矜持を保つため
要塞を要塞にぶつけるという自爆攻撃を決意する
しかし、全ては遅すぎた。ヤンに看過された彼の最後の策はあっさりと破られ、
ガイエスブルク要塞と共に周りの艦隊を巻き込みながら激しく爆発した
大迫力で始まった回廊攻略戦の華々しくもあっけない幕切れであった
帝国の残存艦隊は重症を負ったミュラーと
間一髪で脱出したフーセネガーに率いられ絶望的な撤退戦を開始した
『ブジン公の忠言さえ聞き入れていれば・・・だが、このままでは終わらぬ!
必ずや司令官の復習は果たす!ヤンをいつか・・いつか必ず討ち果たして見せる!』
奇しくも原作通りに命を永らえた副司令官は
良将への道の一歩を踏み出し始めた・・・二度と戻らぬ犠牲を糧に・・・
■ A面 ■
『さて、出征にあたってなにを目的とするのか、総司令官閣下にお伺いしたい』
いささか、挑戦的な響きを含んだ垂らしの発言によって
ヘイン師団の戦略方針を決める討議が始まった
「回廊観光なんちゃって?」
『膠着状態であれば援軍、勝利していれば残務処理
既に敗北していれば、敗残兵救出を行うといった所か?』
『だが、最初の場合以外は、ここまでの大軍を擁する必要がないが・・・』
ヘインの発言は華麗にスルーされ、食詰めと種無しによって話が進められる・・・
これに垂らしを加えて、さらに状況分析や行動方針案について討議が進められていく
完全にヘインはいらない子状態であった・・・
『いずれにせよ、我々は援護か、救援するにしても過剰とも言える大兵力を有し
軍事行動についても総司令官閣下に全てが一任されているという状況にある
ヘイン、どうするかはお前が決めろ。我々はお前の命に従い最善を尽くそう』
垂らしに決断を促された凡人は、ゆっくりと自分の考えを述べた
それは、ひどく曖昧で軍人らしからぬ発言であったが
幸いな事に、三人の名将を納得させる充分な効果を持っていた
「無理して死にたくねー、そんだけだ」
その発言は、戦略方針というよりヘインの本音そのものであったが、
たとえ大軍を擁しても驕る事無く、あくまで自然体を保ち
無謀な出征を行う気がないとの意思の表れだと好意的に受け止められていた
日ごろの誤解や勘違いの積み重ねも馬鹿にはできないものである
■ 乖離 ■
ケンプたちを完膚無きまでに打ち負かした同盟軍は
戦勝気分で浮かれ上がっていた・・・敗残兵を追って執拗な追撃をするくらいに
追撃を続けるアラルコン少将とグエン少将が率いる
5000隻の艦隊を連れ戻すため、ヤンは本隊を率いて回廊の外を目指していた
原作通りならば先行した追撃部隊を双璧が撃破して終了であったが
今回は、帝国軍の艦艇数が多すぎたためか、同盟軍に発見されるのが原作より早かった
そのため、その大軍勢に驚いた先行艦隊は追撃を中止することとなり、
ヤンの本隊と合流し、回廊の出口で両軍が睨みあう形となった
■ B面 ■
『先輩、敵艦艇数はおよそ4万2千だそうですよ』
「やれやれ、こっちは増援と併せて1万8千、向こうの半分以下だね」
伊達と酔狂をこよなく愛する後輩に、ヤンは心底うんざりした声で答えた
なにせケンプ率いる大軍を破って直ぐに、その二倍以上の大軍を見せつけられたのだ
ヤンで無くても嫌気がさして溜息の一つや二つ付いてもおかしくは無い
さらに、その大軍の指揮官が双璧や烈将を従えたあのブジン公なのだから・・・
後にユリアン・ミンツはこのときの事をこう語っている
『ブジン公の名を聞いたときのヤン・ウェンリーの心底嫌そうな顔は
彼が軽蔑する国家元首がTVの画面に現れたとき以上の物だったと』
『それでは、戦わずして引きますかな?もちろん、
楽に退かせてくれるような相手ではありませんが』
敵の指揮官達の多くと敵と味方の双方で戦った経験のある宿将の言葉は重く
艦橋は沈黙に包まれた・・・・彼らの司令官が口を開くまで
「戦おう・・・彼らと今より有利な状況で戦えるとは限らないからね」
『宿題は早めに片付けるに限るというところですかな?』
「できたら、他の人に代わりにやって貰いたいところだが」
『わたしはあなたなら飛び級だって楽にこなせると踏んでいますが?』
不敵な要塞防御指揮官に買いかぶりだと返し、
心底やれやれといった表情でヤンは指揮卓についた
舞台の幕が魔術師によって開かれた・・・
■ 撤兵 ■
おいおい、重症のミュラー回収して追っかけてきた
黒猪もどきをちゃちゃっとやっつけて帰るつもりだったのに
なんか、追撃止めてヤンたちと合流してますよ
まったく、あんな大軍引き連れたヤンに高々二倍強の戦力で勝てる気がしないね
ここは逃げよう。敗残兵は回収したから充分だろう。
ヤンは無意味な戦闘はしない奴だ、原作通りに撤退すれば追っかけてこないだろう
「残兵を収容しつつ、敵部隊を十二分に警戒しながら後退!」
■
ゆっくりと正面を向きながら整然と退いていくヘイン師団
その積極性の無さを傘下の提督たちはヘインの深謀と曲解し、
ヤンたちを回廊の遥か外に引き込み、決戦を強いるか、
そうなる前に急襲をかけてきた同盟軍に逆撃を与え雌雄を決する
そのどちらかであろうと思い込んでいた。
一方のヤン率いる同盟軍は、圧倒的に優勢でありながら退くという
ヘイン師団の不可解な行動のせいで、より深刻な決断を迫られることとなった
■ 困惑 ■
『敵、緩やかながら後退して行きます!! 』
オペレーターの報告を聞いたヤンはベレー帽を二度被りなおした後に口を開いた
「まったく、見事だよブジン公は!こっちが不利な決戦を覚悟したら
あっさりと後退しはじめる。これじゃ、無謀な突撃を仕掛けるか
このままずるずると帝国領奥深くまで引き摺られていって
アムリッツァの二の舞を演じるしか選択肢がないじゃないか」
『閣下、それでは我々も撤退しますか?相手の策に乗ることもないでしょう
幸い十分とはいえませんが敵との距離はあります。無理をする必要はないのでは?』
ヤンのしてやられたと言う発言に動じる事無く、
ムライは相手の策に乗る危険を避ける極めて彼らしい常識的進言を行った
この司令官と参謀長のいつもの遣り取りが、
どんな突発的で絶望的状況であっても、日常の一部であるかのように
皆を錯覚させ、艦橋全体に不思議な安心感や落ち着きをもたらす効果があった
もちろん、横でいかにも納得したように『ふむ、ふむ、なるほど』と頷く
大柄な副参謀長の態度も、将兵の安心感を高めるのに一役を買っていた
こうし、ヘインのあまりの逃げ腰ぶりに浮き足立った首脳陣が
いつもの儀式によって紡がれ時間によって平静さを取り戻すと、
彼らの指揮官は特に気負った風も無く、ゆっくりとした口調で、
これからどうするか、再び語り始めた・・・
「ムライの言うように撤退したいところだが、既にブジン公の掌の上だ
ここで後ろを見せれば、あの疾風ウォルフの追撃を要塞に辿り着くまで
受ける事になる。残念な事に我々は退くも進むも地獄という状況だ
どうせ同じなら、最初の予定通りに決戦を挑もうと思う。今すぐにね」
『たしかに、時が経てば経つほどに帝国領深くに入り込む事になる
司令官閣下が仰るように仕掛けるならば、早いに越したことはありませんな』
ヤンの方針にメルカッツが賛同の意を表明すると、
通信スクリーンに映るアッテンボローを始めとする分艦隊司令官や
司令部の幹部達も口々に賛同し、急襲の準備に取りかかった
■ 応戦 ■
おいおい、なんですごい勢いでヤン艦隊が突っ込んでくるんですか?
もう要塞戦は終わってるじゃないですか!!
おかしいですよ!フレデリカさん!!
それにヤンは無理しないはずだろ!!突っ込むのは黒猪の仕事だろ!!
クソ!クソッ舐めやがって!!ちょうイラつくぜ!!!
俺をなめてんのか!?クソックソッォ~
ヘインが盛大にパニクってあっちの世界に飛び立っている中
副官のアンスバッハは予想されたパターンの一つである
同盟の急襲に対する対応を取るため艦隊提督達との通信を開いた
『どうやら急襲の方を選んだようだな・・・相手は紡錘陣で来るようだな』
『ならば俺とロイエンタールが左翼・右翼のU字型陣形を敷くか?』
『そうだな、彼我の戦力差は2倍以上だ。多少は中央を薄くしても良いだろう』
ヘインが口を開かないうちに話が進み、旗艦艦隊指揮官の食詰めが
種無しの案に賛同して作戦会議は終わりかと思われたが
危機感大爆発のヘインの発言で会議は思わぬ方向に転ぶこととなった
「まてまて、相手はヤンだぞ!もっと警戒しないと駄目だ!殺されるぞ!
あの魔術師が不利を承知で攻めてくるってことをちょっとは考えろよ
食詰めもアルテナ会戦位の気合を入れんと負けるぞ!遠慮せず全力でやれ!」
『ほう、総司令官閣下もああ言っておられるのだ。良いだろう』
『そうだな、ファーレンハイト!卿の烈将たる由縁をみせてやれ!』
うん?なんか、いやな予感がしてきた・・・そう、あの感覚だ
いつもの如く地雷を自分で埋めて踏んだような感覚だ!!
『では、遠慮なく魔術師が無理をしてでも欲した・・
ヘインの首を奴の目の前に吊り下げてやろう!!!』
やっぱり~!!!だから来たくなかったんだ!!!
うそだ!嘘だと言ってよ食い詰め~!
ヘインの許可が出たと勘違いした三提督は
最も効率的な作戦を実行する事にした。
魔術師の消失のマジックの対象を、彼の前に転がす事にしたのだ
■
ヘインの心の叫びが虚しく響くなか『チョウチンアンコウ作戦』が発動された
作戦の内容事態は単純そのもので、囮のヘイン艦隊が攻勢に耐えている間に
U字型陣形の本隊が前進し、ヘイン艦隊に群がる同盟艦隊を包み込み殲滅するだけである
囮の生存さえ除けば、非常に単純且つ成功率の高い作戦といえた
当然、ヤンもその作戦は看過するが目的がヘインならば喰い付くしかない
ヤンは左翼と右翼の双璧とU字の底辺の食い詰めが殺到する前に
凡人を撃破し、なおかつ戦場から離脱しなければならないのだ
つまり、ヘインの致死率(同盟の目的成功率)は同盟に有利、
会戦自体の勝率は圧倒的に帝国のほうが有利といったものである
■ 驚愕 ■
「私は彼の事を誤解していたかもしれないな・・・」
『どういうことですか、ヤン提督?』
帝国の陣形をみて独語したヤンに、たまたま彼の独語の可聴域にいたユリアンが聞き返した
「以前、彼からの通信文を受けたことがあってね。その内容から
自分だけ安全圏にいようとする保身主義者だと思っていたが・・・」
『提督!ヘインさんはそんな卑怯な人物じゃありません!!』
「うん、そうだね・・・彼は尊敬すべき敵手のようだ。安全な所に隠れず
敵からも慕われる好人物だ。だからこそここで討つ必要があるんだ」
師弟の会話は砲火の応酬が始まったことで終わりを迎えた・・・
■ 死線 ■
食い詰めが降りた旗艦オストマルクを含む帝国艦艇3千5百に
火力に特化したアラルコン・グエン艦隊約5千が猛然と襲いかかり
回廊外会戦が始まった・・・
本来なら同盟軍は全軍を持てヘインの囮艦隊を半包囲殲滅したいところであったが
半包囲のため陣形を横に広げれば、それだけ帝国の両翼に包囲され易くなるため
一部の攻撃に特化した部隊で攻勢を掛けざるを得なかった
序盤は優勢の同盟軍、劣勢というか壊走の帝国軍といった戦局であった
■
戦闘開始から6時間、左翼の種無し艦隊が同盟艦隊後方に現れたとき
半数近くまで撃ち減らされたヘインの囮艦隊は歓声をあげる
さらに遅れること1時間右翼の垂らしの艦隊も到着し、
完全に同盟軍『本隊』の後方を包み込んでいた
そう『本隊』の後方を扼した双璧は少数の同盟軍に
有利状況で攻勢をかけていた、このままいけば囮艦隊に割いている
攻撃部隊も反転させて対応せざるを得なくなり
ヘインは九死に一生を得ることができたはずであったが・・・
世の中はそんなに甘くは無かった
「『してやられたな』」
双璧の二人が別々の場所で同じ声をあげたとき、
少なすぎる『本隊』を救うため後方から猛然と
アッテンボロー率いる分艦隊5千が帝国軍に襲いかかった
そう、ヤンは双璧が到達するまでに手持ちの兵力では
ヘインを討ち果たすことができないと正確に洞察し
その対応のため、劣勢の兵を分けて遊兵をつくるという
大胆な戦術を執ったのである。まさに戦場の魔術師に相応しい芸当であった
この同盟の乱入者によって双璧は内と外から挟撃される形となったが
巧みに両艦隊をスライドさせ種無しが分艦隊に、
垂らしが本隊にあたるという一級の連携プレイを見せ
戦線の崩壊を防ぐ事に成功した。
もちろん、こんな状況ではヘインへの援護なんかできる状態ではない
囮艦隊は更に艦艇数を撃ち減らされながら後退していた
このとき既にヘインが垂らした冷や汗の量は3リットルを優に超えていた
■
『もう、ここまでだろう。あきらめて有利なうちに逃げるとしようか』
戦闘開始から15時間、食い詰め艦隊の襲来が近いとして
ヤンは撤退を全軍に指示したが、ヘインを今一歩のところまで追い詰めいている
アラルコン・グエン両艦隊が猛然と反論し、命令を無視して追撃を続行した
彼らの根拠は、敵の後方部隊は囮艦隊を迂回して包囲行動を取らなければならず
襲撃まで時間的余裕があるといった物であった
囮の虚像の大きさが、将兵の冷静な判断を奪っていたのだ。
食い詰めの心理的な罠にまんまと嵌ってしまったといえる
『ヘイン、待たせたな。悪運強く生きているようなので安心したぞ』
遂に1000隻を割り込み、風前の灯火となったヘインの前に
無傷の食い詰め艦隊が現れ、猪突したおろかな同盟艦隊に猛然と襲い掛かった
10分足らずでアラルコンは宇宙の藻屑となり、
それから5分も立たぬうちにグエンも僚友と同じ運命を共にした
これをみて、ヤンは先行部隊の救出は断念し、
アッテンボローの分艦隊と連携しつつ撤退を開始した
■ 終結 ■
激しい攻防を繰り広げた回廊外会戦は、両軍併せて約1万5千隻を失うという
大きな損害を残して終わった。失った艦艇数、戦死者共にほぼ同数であった
旗艦でアンスバッハに残務処理を丸投げしていたヘインは
垂らしから追撃するかと聞かれたが、首を振って必要ないと答え
負傷兵等の救出を急ぐように指示を出すと、艦橋に大の字に寝転がった。
ヤンもまた疲労困憊といった体で顔にベレー帽を被り
いつものように指揮卓に足を投げ出し寝転がっていた
「もう二度とあいつとは戦いたくねー」
『もう二度と彼とは戦いたくないな』
両軍の将は奇しくも、同じような姿勢で同じような独り言を同時に呟いていた・・・
ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
~END~