帝国暦487年9月
ヘインが女性問題で頭を悩ませている中
優秀なる元帥府の面々によって、迎撃準備は最終局面を迎えていた。
その中でも、もっとも際立った働きを見せていたのは
副参謀長として参謀長ブジン上級大将の下に配属された、
未来の軍務尚書候補オーベルシュタインその人であろう
彼は、大規模な反抗作戦に必要なヒト・モノを効果的に活用する
方策を次々と立案し、実行していった…
ヘインは彼の能力に掣肘を加える気はさらさら無く、全てを任せていた
その結果、『対面早々に決済印をオ-ベルシュタインに渡した』という噂も
最初の内は、半信半疑の者が多かったが、今では疑う者は皆無となっていた
その話を聞いた元帥府の面々は、ヘインの度量の広さに感嘆する者や
人材活用の妙を褒める者が過半を占めていたが、例外も当然あった
『バカが怠けているだけでは無いのか?』
『利用したつもりが、逆に利用されている道化ではないと言い切れるか?』
『そうだとしても、彼なら喜んで道化を演じて見せそうだな』
『そして、功績だけでなく、観客の歓心と賞賛も全て己がものにするというわけか…』
後に帝国の双璧と呼ばれる垂らしと種無しは、些か穿った評価を下し、
黒猪のみが真実を言い当てていたが、だれにも賛同されることはなかった
■
主がめったに姿を見せぬ元帥府の参謀長室では、
噂のもう一方の当事者である義眼の男が、ヘインというただの凡人を測りかねていた。
後に『ヘインリスト』と呼ばれる人材録に、自身の名が無いことも
彼の疑問を膨らます、大きな助けとなっていた。
『推挙に値しない者に、なぜ全権を与えるのか?』
たまたま、リストから漏れたと考えることも可能ではあった。
しかし、辺境地区や無名の仕官であっても、ある水準以上の能力を持った者は
ほぼ全てと言っていいほど記載されていた。
やはり、評価の対象になった上で、リストから外された…
義眼の男が持った疑問の答えは、
『見捨てようとしていたからリストに入れなかった。』
『俺より間違いなく優秀だから全部やらせれば楽で良いや。』
と余りにも稚拙で単純な理由だったため、
彼のドライアイスの頭脳をもってしても、解を弾き出す事が出来なかった。
時には己の身を犠牲にすることすら厭わない、冷徹なる秀才と
常に自分の身がかわいくてしょうがない、ただの凡人
重なることのない価値観と、才覚のズレが生み出す両者の関係は
どのような結末を迎える事になるのだろうか
■
10月に入り、帝国軍が着々と反攻作戦の準備を整える中、
同盟軍の置かれている状況は、悪化の一途を辿っていた。
ヘインの進言で配布及び残された乳幼児用食料や
栄養失調者用の医薬品のお陰か、占領地の住民に餓死者こそ出ていないものの
占領地の物資の窮乏状況は目を覆いたくなるほど酷く、
同盟軍は住民に対して、膨大な戦略物資を供与せざるを得なかった
遠征による疲弊と、物資の不足によって同盟軍は
もはや戦える状況では無くなっていた。
補給戦略に失敗し、絶望的と言ってよい状況の中、
僅かな護衛しか付けられていない、輸送艦隊がイゼルローン要塞を出航した。
その輸送艦隊が運ぶ補給物資が届くまで、必要な物資を現地調達しろという
無責任な総司令部命令が発令されるのと同時に・・・
■魔術師■
やれやれ、総司令部の無責任ぶりもさる物だが、
元々、選挙の勝利や、自身の栄達のためという無責任な動機で決定された出兵だ。
実施運営が無責任になるのも当然かもしれないな
だが、補給担当のキャゼルヌ先輩の苦労を笑ってばかりはいられないな…
「まったく見事だ、ローエングラム伯、ブジン候」
たとえ民衆に犠牲を強いる事になっても、金髪の天才は最良の戦略を採った
自分にはここまで徹底的にはやれない。やれば勝てるとは分かっていても
それが、私と伯の決定的な差だろう。
そして、弱者に物資を残したブジン候…、一見して人道的な処置だ
彼の処置のお陰で弱者が倒れ、それが原因となる暴動は『まだ』起きてはいない
だが、占領地政策の決定的な破綻である暴動の発生を遅らせ、
同盟軍が撤退を決断する事を遅らせる事が、本来の目的だとしたら?
考えすぎかもしれない、だがアスタ-テでのことを考えると
候を表裏の無い人物と見たら、痛い目を見る事になりそうだ
まったく、とんでもない強敵達を、不利な状況で迎え撃つ羽目になるとは
彼の言うように、退役できていたらどんなに良かった事やら
■
本来は、単数形でよい強敵に、ヘインを加えたヤンは、
撤退準備を急ぎ整え、同僚の提督達にも撤退を促していた
まずはウランフ提督と撤退について協議し、
ビュコック提督に対して、総司令部への撤退案の具申を依頼した・・・
その結果、老提督に叱責された侵攻作戦の立案者であるフォーク准将は
ヒステリーを起して、あちらの世界に飛び立ち、めでたく入院
だが、総司令官ロボスの昼寝は、誰にも邪魔する事は出来ず、
撤退案の採決には、もうしばらくの時間を要す事に…
その煮えきらぬ同盟軍司令部の報いを最初に受けたのは、
護衛を碌ににつけていない、スコット提督が率いる輸送艦隊と
遂に暴発し始めた民衆の矛先となった、前線の将兵であった
キルヒアイスの輸送艦隊襲撃によって始まった、
帝国軍の反攻作戦は、同盟軍にとって厳しい物となりそうだった
■帝国軍総旗艦■
興奮した通信仕官が、赤髪が輸送艦隊を撃破したことを報告してきた。
周りの奴らがイゼルローン陥落以来の勝利に歓声をあげるなか、
義眼の副参謀長を見ると無表情だった。
しばらく凝視していると、目が遭ったので声をかけてみた
「こういうときは、普通は驚いて喜ぶもんじゃないか?」
『閣下、まだ緒戦に勝利したに過ぎません。
それに閣下も余り喜んでいるようには見えませんが』
「そんなこと無いぜ!ヘイン感激!ウレピッピ~♪」
ノーリアクションで前を向かれた、自分でも外したとは思うが
一応、義眼の上官なんだから、社交辞令でも笑うべきだと思う
よし、怒らせたら怖いから、ソフトに注意しとこう
「社交辞令でも、わらえばいいと思うよ」
顔どころか、視線すら動かさず無視されました…
なんかやるせなかったので、みんなでプロ-ジットした後
余ったワインを、兵士と一緒にがぶ飲みしちゃったぜ!
■
兵士と戯れながら酒を飲み交わす、ヘインの姿を、じっと見つめるものがいた
彼は当然、自分が見られている事に気付いてはいない。
もう、ベロべロのぐでんぐでん状態に早々となっていたからだ
『よく分からぬ男だが、門閥貴族でありながらもロ-エングラム伯以上の
支持を兵卒から集めている。やはり、ただの人物ではないということか…』
こうして、ヘインは義眼の副参謀長から、ただの人物ではないという、
彼にしては珍しく、大雑把で曖昧な評価を得ることと為った。
■
ヘインが二日酔いで寝込んだりしている中、
元帥府の提督たちは、迅速な行動で次々と同盟軍を攻撃していた
黒猪はウランフ提督を討ち、
種無しはアル・サレム提督を討って、疾風ウォルフの異名を得た
その他の提督も、同盟艦隊に容赦の無い攻撃を加えていった…
この状況では、参謀長が特にすることは無く
各艦隊からもたらされる勝利の報告に、ヘインはとりあえず頷くだけだった
その他の参謀業務は義眼以下の士官に全て任せてあるので、
作戦行動になんら支障が出ることはなく、金髪は参謀チームの働きに満足していた
そして、したたかに打ちのめされた同盟軍はというと、
自らの墓所をアムリッツァ星域に定め、集結しつつあった
それに対して、帝国軍は緒戦の大勝利の勢いに乗じて
敗残の同盟軍を一挙に殲滅せんと、同じように終結していた。
大会戦の火蓋が遂に切って落とされようとしていた。
■■
今回、同盟軍は後方を大量の機雷によって守っているが
指向性ゼッフル粒子を利用して、機雷を無効化した赤髪の別働隊に
後背を衝かれ、さらに本隊と挟撃される形になって逃げ出す。
たしか、こんな感じで進むはずだったな
さっき聞いた、金髪の説明もほぼ同じだったから、
原作と同じながれで変更はなさそうだった
そうなると、今回の作戦で注意し無いといけないのが黒猪の猪突だ!!
黒猪のせいで、一時とはいえ戦線が崩壊する危機に陥ったと原作にも書かれ、
黒猪は会戦の終わりに大目玉を金髪に貰っていたからな
つまり、参謀長として黒猪の猪突を抑えれば、ヤンをぶっ殺せるかもしれん
今回は、アスタ-テと違って言う事を聞かせるのは、
階級が下の黒猪だ。上官の命令が絶対の軍隊なら言うことを聞くはずだ!!
よっしゃ!!!参謀長らしく、久々に指示をだしてやるかな!
「提督一同に告ぐ!!この決戦において自らの功に逸って、友軍に危機を招く猪突は
参謀長へインの名によって禁ずる!!各員、己の本分を弁えて奮戦せよ!!!」
かぁ~決まったね、俺ってカッコよくない?って義眼はまた無視かよ
まぁ、いいこれで史実は変わり、黒猪のせいでピンチにもならずに大勝利と!
■■
うん、また甘かったね…俺の言うことちゃんと守る奴だったら
みんなに黒猪なんて呼ばれたりしないよな。
でも、俺に出来るのは指示を出すぐらいだから仕方ないよね?
結論から言うと、黒猪のせいでピンチになり、ヤンとかにも逃げられました。
どう見ても、原作通りで、俺の演説の効果はナッシングでした。
むこうで金髪に『卿の艦隊を赤髪に預ける』とか言われて猪が小さくなってます。
言うことを聞かない馬鹿にはいい薬だ。
うん、さすがに可哀想だから、さらに追い討ちをかけてやろうか?
命令を無視されて、俺はちょっぴり腹が立っているのだ!
「よかったな、楽できてビッテン♪艦隊運用しなくていいんだろ?
いや、もう艦隊と言える程の形じゃないから、楽になったとはいえないか?』
これぐらい言えたら、ちょっとはすっきりするんだろうな~
でも、ほんとに言ったら、ぶん殴られて殺されそうだから言えない
まぁ、とりあえずは勝ったからいい、さっさと部屋に帰って寝よう
そもそも、俺に出来ることなんて、多寡が知れている。
今は内乱の事で一杯一杯だから、ヤンの事とか他事まで気が回らん
とりあえず、死なずにゴージャス生活が維持できるように
一旦、領地に戻って考えるだけ考えてみよう。
■
ヘインが去って、しばらくすると黒猪への厳しい処罰は、
味方に敵を作るべきではないと、赤髪に諌められた金髪によって取り下げられた。
その寛大な処置に益々、黒猪は金髪に傾倒していく事になる。
また、指示を無視され、一番怒っているだろうヘインが
自分に文句を一言も言わなかったことに対して
怒らず、慰めずにそっとしてくれた配慮に感服していた。
黒猪は出来るだけ、ヘインの指示を守るようにしようと思った。
あくまで、出来るだけではあるが、
これに対して、その他の提督たちの反応は
義眼は、赤髪と金髪の関係を原作通りに、好ましくない物と断じ、
我関せずと早々と引き上げた凡人に対しては、
本来、諫言をすべき重職にありながら行わず、
組織の不調和の芽を、敢て見過ごしたのでは?と
疑惑とまでは行かぬが、少々の引っ掛かりを感じていた
どうせ赤髪がやるからと、人任せにした報いだろうか?
問題視したり、疑惑を持つものがいる一方で
艦隊指令たちは、ラインハルトとヘインの度量の広さに
概ね好意的な印象をもっていた。
正確には、一度も怒気を見せなかったヘインの方が
前者より度量については、若干高評価を得たようであるが
それに気付いた、赤髪は金髪の最大の障害
やはり、ヘインではないかと危惧をより深めていた
このような、会戦後のちょっとした事件と
それに伴う、諸人の錯綜する思いは、
より大きな事件によって、すぐ吹き飛ばされる事になるのだが
それを知るのに凡人以外は、いま少し時間を要しそうだった。
ヘイン・フォン・ブジン候・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
~END~