宇宙世紀0079 1月4日。ジオン公国は外宇宙からソロモン付近に運んできた2つの小惑星(それぞれ『テンペスト』と『カタリナ』と命名された)のうちのひとつ『テンペスト』に核パルスエンジンを装備させ、地球へ向け落下させようとした。目標は南米、連邦軍本部ジャブロー。
これを阻止すべくルナツーから連邦軍第4艦隊が出撃、必死の抵抗により小惑星は大気圏突入後に崩壊、砕け散った。そして砕かれた小惑星は無数の破片となり、そのうちの多くは大気圏で燃え尽きずに地表へと落下していった。もちろん地球連邦軍は地対宙レールガンやミサイル等で迎撃したが、とてもその全てを砕けるほどではなかった。拡散した小惑星は無数の破片と化し、地球全土に落下した。だが本来のコロニー落としにくらべればその被害は圧倒的に少ないだろう。核の冬にならなかっただけ・・・
この戦闘で連邦軍第4艦隊はその戦力の85%以上の損害を受け、またジオン軍も小惑星を護衛していた部隊に損害がでていた。特に小惑星の減速作業に従事していたMS隊に被害が多くでていた。
13日、ジオン軍はブリティッシュ作戦を再開、ソロモン付近に運んできたもうひとつの小惑星に核パルスエンジンを装着させる準備を開始する。だがサイド1が近い為『カタリナ』をコロニー付近から遠ざける作業にかかる。曳航するのに多くの艦船とMSを動員する。作業には細心の注意が払われ、予定は遅れていた。
14日、レビル中将の第3艦隊を中核とした連邦軍第1連合艦隊がルナツーを出撃、この部隊は地球連邦宇宙軍の残存艦艇のほとんどが参加する大艦隊で、『アナンケ』を中心に戦艦51隻、巡洋艦183隻、小型戦闘艦132隻、輸送艦及び補助艦艇86隻といった陣容だった。艦隊は核パルスエンジン装着中の小惑星『カタリナ』だった。その為に艦隊には大量の核弾頭が配備された。
15日、連邦軍艦隊、『カタリナ』及びジオン公国軍を捕捉、後に『カタリナ戦役』と呼ばれる大艦隊戦が始まった。
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「社長、仕事はいいのですか?」
「大丈夫、上からの圧力はあるが一応全て順調だし私は確認だけすればいいだけだから。それよりどうです状況は?」
「そうですね・・・現在両軍は激戦中です。ここからだとまるで2本の電極の間で激しくスパークしているように見えます・・・それだけ損害も多いでしょう。予定ではもうMS隊が出撃しているはずですが・・・伝達に支障があった模様です、MS隊の出撃はみられません。
それと我々ですが、本艦アンドロメダとワルキューレ、それに輸送船のツァインの3隻のみなので警戒を厳にしています。搭載MSはご存知の通り22機ですが艦隊防衛用なら十分でしょう。もっとも、こんな主戦場から離れた場所に来る酔狂な敵は今のところいないと思いますがね」
「まぁそうですね・・・お、あれがヨーツンヘイムかな?」
「そのようです、ヨルムンガンドの組み立てはほぼ完了しているようですね」
「ああ、しかし・・・でかいな」
そう、艦橋からその大蛇は見えた。試作艦隊決戦砲ヨルムンガンド その巨大な姿に艦橋にいる者達は圧倒されていた。そして・・・
「! ヨルムンガンド発砲! 敵サラミス級及びマゼラン級それぞれ1隻に至近弾です。恐らくあの2隻は戦闘力がかなり削がれたことは間違い無いかと思われます」
「すごい・・・っと、ヨーツンヘイムに連絡を、内容は『我ツィマッド社特別試験部隊、通称ヴァルキリーフェザー。これより貴艦とヨルムンガンドの護衛を行う。大蛇の咆哮に驚愕す』以上だ」
「了解! ・・・・・・・・・返信きました、『貴艦隊の支援感謝す。されど未だ正確な照準データが入手できず』以上です」
「なるほどね・・・じゃあ艦長、よろしく。1つ回線を使うよ」
「分かりました。 ・・・全MS隊発進せよ! ヨルムンガンドに近寄る敵を全て叩き落せ!」
その号令が発せられると、3隻から10機のヅダと12機のプロトリックドムが出撃し、付近の警戒を始めた。
ヨーツンヘイム 艦橋
「な、なんだあのMSは!?」
「あれは・・・ヅダと見たことの無い新型機? ツィマッド社の新型MSか!?」
「・・・20機前後のMSにムサイを含む艦隊。それがヨルムンガンドを護衛するということは、我々は未だ期待されているということだ。間接射撃指示は必ず来るはずだ、もう少しの辛抱です!」
その時、ヨーツンヘイムの周囲を数多くの光が舞った。それは無数のザクとヅダからなるMS隊だった。そしてそれは集団で連邦艦隊を目指し、MS隊主力が彼らを抜き去ろうとする頃、前衛部隊は艦隊決戦の真っ只中に踊りこんだ。そして到達と同時に敵艦隊の中で次々と光芒が広がっていく。それは軍艦が沈んでいく印だった。
「何!?」
ヨーツンヘイムの目の前に赤いヅダが立ちふさがる。そして頭部には指揮官機を示すツノがある。その赤いヅダはモノアイを点滅させる。ヨーツンヘイムの艦橋では艦橋要員が眩しそうにその通信内容を読み取る。
「コノ場ヲ譲ラレタシ、もびるすーつノ襲撃ハ作戦計画ニノットッタ行動ナリ、しゃ・あずなぶる中尉」
それだけのメッセージを伝えると恐るべき加速性能で主力部隊と合流していった。艦橋には重苦しい沈黙に覆われていた。
「我々は・・・期待されるどころか・・・・・・相手にもしてもらえなかった」
うなだれるキャディラック大尉。艦橋が重苦しい空気に包まれているとき、それを打ち破るかのようにヘンメ大尉が喋った。
「今更・・・・・・何を言ってやがるんだ!! 俺達は最初から冷や飯を食わされてるんだ! たとえ戦力外でも俺は撃つぞ! 分かったか!!」
その時、傷ついたサラミス級とマゼラン級が1隻ずつ迫ってきた。こちらを敵と判断した2隻からミサイルが発射され、ヨーツンヘイムとヨルムンガンドに襲い掛かった。
「! いかん、緊急回避!」
「ま、間に合いません! 命中します!」
そう艦橋に響き渡り、皆が絶望に包まれかけた時奇跡は起こった。そう、今まで忘れ去られていたがこの場にはヴァルキリーフェザーが護衛に当たっていたのだ。そして・・・
「あ・・・ミサイル迎撃されました。ヴァルキリーフェザーのMS隊がサラミス及びマゼラン級を撃沈・・・これは? アンドロメダから通信が入っています、緊急通信です」
「緊急通信? 一体なんだ? ・・・まぁいい、護衛してくれた礼は言わないとな。回線開け」
「了解・・・繋がりました、どうぞ」
「こちらヴァルキリーフェザー所属、アンドロメダ。ヨーツンヘイム、応答されたし」
「こちらヨーツンヘイム、アンドロメダへ。護衛感謝する。 ・・・ところであなたは誰です?」
その質問に答えたのは技術士官のオリヴァー・マイ技術中尉だった。
「!? あ、あなたは・・・ツィマッド社のエルトラン・ヒューラー社長!?」
その一声に艦橋は騒然となった。それもそうだろう。ジオン有数の企業の社長がこんな戦場にいるのだから・・・
「はじめまして、ヨーツンヘイムの皆さん。どうやら自己紹介するまでもないようですが改めて・・・私はツィマッド社社長のエルトラン・ヒューラーです、今後ともよろしく。さて、本題にはいろうか。これより射撃データを送るのでその座標にヨルムンガンドを発射してくれ。敵艦隊はMS隊の活躍により崩壊しているが、もう一押し必要みたいだ。これは艦隊指揮官のドズル中将の許可を貰っているから安心してくれ」
その言葉に、キャディラック大尉は反応した。
「ドズル中将!? ギレン総帥が指揮を執っておられるのではないのか!?」
そう、彼女が事前に得ていた情報では、この艦隊はギレン総帥自らが指揮を執っているということだったのだ。だが今の言葉が本当なら自分は違う情報を伝えられていたことになる。つまり、総帥府は彼女に期待していないということになりかねない。だが・・・
「本当のことだ、この艦隊はドズル中将の指揮の下行動している。これは第2次ブリティッシュ作戦開始と同時に決まっていたことだよ。ギレン総帥はサイド3で行方を見守っているはずだよ」
「そ・・・そんな・・・では私は・・・」
項垂れるキャディラック大尉。それも無理ないだろう。小説で彼女のことを知っていたエルトランは内心そう思い、彼女に同情した。
「まぁ詳しいことはまた今度で、今はヨルムンガンド発射を頼む。データ送る!」
「! 射撃データ来ました。射撃指揮所、データ送ります!」
その言葉と共に射撃データが射撃指揮所に送られた。必要な情報を得たヘンメ大尉の行動は素早かった。
「よし、データ入力良し! 撃つぞぉ!!」
その言葉と共にヨルムンガンドは咆哮した。その光の大蛇は戦場を突き進み、示された場所に到達した。大蛇の獲物となったのはほぼ無傷のマゼラン級戦艦だった。そのマゼラン級を光が飲み込んだと思った次の瞬間、マゼラン級は爆散した。
「す、すげぇ・・・マゼラン級戦艦を一撃で・・・」
「こちらアンドロメダ、只今の砲撃見事なり。ついさっきガイア小隊が連邦軍旗艦アナンケを撃破、レビル中将を捕虜にしたそうだ。この戦い、ジオンが勝利したといっても過言ではない。現在後退中の連邦艦隊をここで叩き潰せば制宙権はこちらのものになる。全滅させれなくてもここで更に打撃を与えたら後々楽になる。次の射撃データ送る。目標は後退して態勢を立て直そうとしている敵艦隊。データ処理はこちらでやる、情報統制艦の名はダテじゃない。リアルタイムで射撃データを送るから注意してくれ。健闘を祈る」
「うわ! こちら実験観測指揮所、詳細なデータが送られてきた。そのままそちらへ送信する。秒単位で更新されているので注意されたし」
「こちら射撃指揮所、データが来た。こりゃすげぇ! これほどのデータがあるなら絶対外しはしないぜ、いくぜぇ!」
再び大蛇は咆哮した。その狙いは寸分の狂いも無く態勢を立て直しつつあった艦隊を襲い、マゼラン級1隻とサラミス級2隻を葬り去った。そしてしばらくしてから再び艦隊を大蛇は襲った。この2回の砲撃で連邦艦隊は少なくない艦艇に損傷を負い、その余波で態勢が崩れた艦隊に対し、MS隊が殺到しこれをことごとく沈めていった。
「すごい・・・圧倒的な威力だ・・・」
「これを最初に放てていれば・・・」
そんな言葉が交わされる艦橋で、ヨルムンガンドをチェックしていたオリヴァー・マイ中尉が警告を発した。
「大変です! ヨルムンガンドに異常発生! 射撃を中止してください。このままではヨルムンガンドが爆発する可能性もあります!」
「なんだと! 射撃中止だ、糞! 技術屋、修理にどのくらいかかる!?」
「損傷箇所は多数存在します・・・これは・・・スペースデブリによる破損です! アシスト・インジェクターが損傷を負っています。他にも多くは存している為、もうこの戦いで砲撃することは無理です・・・」
「なんだと!? どうにかならねぇのか!? 発射しても問題ないんじゃないか!?」
「無茶言わないでください! もしこの状態で発射したら、最悪ヨルムンガンドは大爆発を起こし我々は全員宇宙の藻屑になります!」
「くっ・・・畜生!!」
そういって射撃指揮所からの通信は切れた。その直後、アンドロメダから通信が入った。
「こちらアンドロメダ、ヨーツンヘイムへ。ヨルムンガンドの状態はこちらも把握した。残念だがこれ以上の砲撃は不可能だ。大切な試作品なんだ、修理に全力を尽くしてくれ。連邦艦隊は撤退に移ったようだ。ついさっきドズル中将に連絡したら、ヨルムンガンドは解体を開始し、解体終了後はソロモンに輸送、ソロモン防衛隊に引き渡すよう指示があった。任務ご苦労だった。貴官等の活躍で多くの兵達が救われたのは紛れも無い事実だ、以上だ」
その言葉にオリヴァー・マイ技術中尉は質問した。
「ちょ、ちょっと待ってください。それではヨルムンガンドは今後どうなるのですか?」
「ヨルムンガンドの正式名称を忘れたのかね? 試作艦隊決戦砲ヨルムンガンド・・・つまり艦隊決戦が終了した現時点では、今のところお払い箱ということになる。私の個人的な考えとしてはヨルムンガンドは要塞砲への転用、又は要塞攻撃砲としての運用を考えている。役目の終わった技術の再利用法を考えることも重要なことだぞ。このことを考えて報告書をあげておいてくれ、オリヴァー・マイ技術中尉。以上だ」
そういって回線は切断された。
「・・・役目の終わった兵器の次の運用方法・・・か」
『試作艦隊決戦砲・ヨルムンガンド技術試験報告書
カタリナ戦役に於ける艦隊決戦に際し、ヨルムンガンドは合計4発を放てり。この砲撃により敵マゼラン級2隻、サラミス級2隻を含む敵艦多数を撃沈せしむ。その威力、抜群なり。
しかれども間接射撃指示が早期に到着せず、これにより艦隊決戦の決定打とはなり得ず。仮に、同時に投入された他の機動兵器と同様の信頼を得ておれば、結果はおのずと異なった可能性は残される。
今後この砲が艦隊決戦に用いられることは当面無いと推測されるが、その攻撃力から要塞砲又は対要塞攻略砲としての運用が可能と考えられる。
宇宙世紀0079年1月17日 オリヴァー・マイ技術中尉』
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「やれやれ・・・何を考えているんだか・・・」
「どうかしたのですか?」
「いや、ドズル中将はヨルムンガンドについて詳しい報告を受けていなかったそうだ。どこかで連絡が途切れていたってことさ・・・ヨルムンガンドを積極的に使うように各方面から連絡を入れていたのに・・・無様だな」
「・・・社長」
「・・・すまないね、どうも愚痴がでてしまう。不備がなければ多くの将兵が助かったかもしれないと考えるとね」
「・・・この戦争、きついものがありそうですな」
「全くだ・・・」