ウォルゲットとウィンゲーディーの中間にあたる荒野を1隻の陸上戦艦が南に移動していた。チャールビル基地を出発したヘヴィ・フォーク級陸上戦艦である。そして護衛の鹵獲ザク2個小隊が周囲を囲み警戒しつつ前進していた。その艦橋で車長(陸上戦艦は連邦陸軍所属なので、軍艦でいうところの艦長)でもありこの独立部隊を率いるギート大佐が不機嫌そうに呟いた。
「・・・気に喰わんな」
「車長、部下に伝染しますのでやめてください」
「・・・だが、色々と気に喰わんのは事実だ。ああ気に喰わん」
なぜ突然ジオンが攻勢に出てきたのか。なぜ後手後手に回ってしまったのか。なぜ戦線を縮小して戦力を集中しないのか。なぜこういう事態を想定し核を移動させなかったのか。なぜこの艦の護衛が鹵獲ザク2個小隊しかいないのか。なぜ自分が動かなければならないのか・・・そのような理由が渦巻き、車長は気に喰わないと辺りに愚痴をもらしていたのだ。
「しかしトリントン基地を制圧するとは・・・どこから情報が漏れたんでしょうか? あれは第1級の機密情報だったはずです」
「どうせ政府内部の日和見主義者か軍内部の敗北主義者、そいつらがわが身可愛さに情報を売ったんだろう。売国奴めが・・・」
「車長、断言されるのはどうかと思いますが・・・」
「まぁどちらでもいい。どうせトリントン基地に貯蔵している核はごく一部だ。他の貯蔵施設の警備を見直す切欠になると前向きに考えればよい」
そう一人で自己完結したギート大佐を尻目に、副官は人知れずため息を付く。願わくば何もトラブル無く任務を終えれますようにと思いながら。
が、そんな思いはすぐに打ち消される事となる。
「敵機高速で接近! これは・・・ドムです! ドムが1個小隊接近中!」
その報告に艦橋は一気にあわただしくなった。というのも、陸上戦艦にとってドムは死神と言える存在になっていたからだ。その運動性から、主砲を撃っても回避され機関砲を撃っても数発命中した程度では致命傷にならないのがその理由だ。
だがそんな喧騒の中でもギート大佐は落ち着いていた。
「落ち着きたまえ諸君、慌てる事は無い。例の戦法を取るぞ、護衛にもそう伝えたまえ」
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ヘヴィ・フォークに攻撃を仕掛けたのはトリントン基地の援護の為に突出したドム1個小隊だった。
「よ~し、目標を発見した。あのデカブツを仕留めるぞ! ・・・だが、その前に連邦に使われている不憫なザクを始末する。2番機は俺に続け、3番機は戦艦の対空機関砲を破壊しろ」
「「了解!」」
急激に接近するドムを止めようと鹵獲ザクがヘヴィ・フォーク級の左右に展開し射撃を開始する。が、ドムを破壊できる240mmザクバズーカはドムの運動性で容易く回避され、120mmマシンガンは何発か命中してもドムの装甲で致命傷にはならなかった。当然連続で当たり続ければ撃破は可能だが、ドムのスピードはそれを不可能にしていた。2~3発命中しても、滅多に致命傷にはならないのがドムの売りだからだ。そして、命中すればドムといえど一撃で破壊される陸上戦艦の主砲は沈黙を保っていた。
本来ドムならばビーム兵器の搭載が可能だったが、小隊には不運な事に・・・逆に言えば連邦側には幸運な事に、この小隊は対空及び対モビルスーツ戦を意識した武装であり、隊長機がショットガンとハンドグレネード、2番機が90mmマシンガン2丁、3番機がジャイアントバズーカといった装備だった。幾らビーム兵器が使えるといえど、地上ではビームよりも実体弾の方が有利な時もあり、更に言えばビーム兵器の配備が間に合っていないというお寒い事情もあった。
そして遠距離からバズーカを撃っても、宇宙ならばともかく地上では風の影響や迎撃によって命中しない可能性が高いと言う事を熟練兵達は知っていた。
故に、直接照準でバズーカを撃つのはある程度接近してからというのが彼らの共通認識だった。
そしてヘヴィ・フォーク級の対空機関砲の射程に入るかどうかという距離までドムが接近した時、ヘヴィ・フォーク級の3連装砲3基がドムの方向に砲身を向け、次の瞬間火を噴いた。だがその光景を見てもドムのパイロット達は事態を楽観視していた。
「馬鹿め! 戦艦の主砲がそうそう当たるものか!」
そう、戦艦の主砲はそうそう当たる物ではない。しかも今の射撃は砲身がこちらを向いてすぐに射撃した。つまり精密射撃ではないということだった。そのような砲撃ならば、発砲を確認してから横滑りをしても十分回避できる。彼らはそう判断した。そしてその認識を持っていたからこそ、接近するまでバズーカを撃つのを待っていたのだ。
・・・が、数秒後に彼らは身をもってその認識が違っている事を知る事になる。彼ら自身の死を持って。
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学ばない事は罪である。人である以上失敗するのはあって当然だが、同じ過ちを何度も繰り返すのは許されない事である。戦争も同様、いやそれ以上に学ぶ事は大事な事である。
開戦以来、ジオンと戦ってきた連邦軍は陸上戦艦の運用に悩んでいた。陸上だけでなく宇宙戦艦も、遠距離攻撃には強いが懐に接近されたら終わりなのが泣き所だった。が、陸上戦艦と宇宙戦艦には大きな違いがあった。その一つが、主砲が実体弾かビーム砲かの差だった。たしかに実体弾よりもビーム砲の方が威力が高いのは事実だ。が、実体弾ではビーム砲にできない曲射や多数の弾種があった。
そして、連邦軍に苦渋を舐めさせられている兵器の一つに、VFの運用しているヒルドルブが上げられる。そのヒルドルブと交戦し、なおかつ生き残ったセモベンテ隊隊長のフェデリコ・ツァリアーノ中佐からの報告で、鹵獲ザクが対空散弾で撃破された事に連邦軍上層部は注目した。
陸上戦艦と対空散弾の組み合わせはモビルスーツ接近時に役に立つのではないか?
この考えの元、対空散弾の開発が連邦でも開始された。もちろん対空散弾といった弾種はそれまで連邦軍には存在していなかったが、生産は不可能ではなかった。少々開発に手間取ったものの、ある程度量産され陸上戦艦に一定の割合で搭載されるようになったのである。そしてこの瞬間、初めて連邦製対空散弾がジオンに牙を向いた瞬間でもあった。
いかに重装甲で知られるドムといえども、陸上戦艦から放たれた大口径砲弾の対空散弾は洒落にならない。運が悪い機体では装甲を貫通され、またある機体ではバランスを崩し転倒、無事だった機体もセンサー類等に重大な損傷を受け戦闘続行は不可能な状態だった。
そしてなんとか機能していたドムも護衛についていた鹵獲ザクから集中砲火を受け、完膚なきまでに破壊された。
「対空散弾、使えますな」
「うむ・・・だがこんなところまで敵が浸透しているようでは、これ以上の前進は危険だな。本艦はこれよりトリントン基地の奪還を諦め、艦砲射撃による殲滅戦に移る。目標はトリントン基地の重要物資保管施設だ。射程に入り次第徹甲弾を3斉射、榴弾を2斉射し、その後に特殊砲弾を放つ!」
「特殊砲弾・・・あの小型化した気化爆弾をですか? ですが車長、あれは9発しか搭載していない虎の子では?」
「トリントン基地の件は上からの命令だ。それを効率よく行うにはあの砲弾がうってつけだ。つべこべ言わず命令を復唱したまえ」
「・・・は、了解しました。これよりトリントン基地に対し、機密保持の為砲撃を行います!」
が、その命令が実行に移される事は無かった。なぜなら・・・
「け、警告! レーダーに敵影を捕捉、ガウ攻撃空母です! 周囲に小型機・・・ドップ戦闘機の機影も確認しました!」
「なんだと、なぜ探知が遅れた!」
「申し訳ありません、低空を飛行しているせいで探知が遅れました。まもなく視界に入ります、本艦正面です!」
「なに!? ガウが低空飛行・・・車長、敵は搭載部隊を降ろすつもりと推測されます!」
「うむ、弾種を対空砲弾に切り替えろ。持て成しの準備だ!」
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「先程のは・・・タイプスリー、対空砲弾か。あれだけ大口径ならば威力も馬鹿にはならん。ドムが敗れたのも理解できるな」
「事はそれだけに収まらないぞシャア。これまでは陸上戦艦の主砲による直接射撃は早々当たる物ではないというのが常識だったが、その前提が覆されたんだ。これからは陸上戦艦の艦砲も、モビルスーツにとってかなり危険な事が実証されたわけだ」
「だがガルマ、対空砲弾の対抗手段は幾つもある。敵の射線軸上に余裕を持って乗らなければ滅多に当たらんさ」
「それもそうだが・・・まぁいい、続きは帰ってきてから議論しよう。シャア、ラル、ララァ、三人とも頼むぞ。ドップ隊は敵地上部隊を無視し、敵機を警戒するんだ。ドダイⅡは上空にて戦闘が終わるまで待機だ」
その言葉と共にガウのハッチが開き、三人の乗った機体は空へ飛び出していった。そしてモビルスーツを降下させたガウは、ヘヴィ・フォーク級に牽制のメガ粒子砲を放つと同時に一気に急上昇に転じ、機体各部からチャフやフレアをばら撒きながら雲の中に隠れていった。そしてガウから降下した機体は連邦軍が初めて目にする機体だった。
「さて、エルトランが言っていた次世代機の力、絶賛するほどの性能か実戦で確かめさせてもらおう!」
そう、ガルマのガウから降下した3機は型番にYがつく試作機だった。
YMS-18 プロトケンプファー
それが降下した3機の機体の正体だった。従来機を上回る機動性と運動性をかね揃えた、ツィマッド社の誇る最新鋭機である。
だが、降下した3機は型番こそ同じYMS-18であるが、実際にはかなり差異があった。事実、この3機にはYMS-18の型番の後ろに違う記号が振り分けられていた。
緑色に塗装されてスカートアーマーが装備されており、史実のYMS-18そのものであるのがララァ少尉の搭乗するA型。
蒼く塗装され、一体型装甲の採用やスカートアーマーを排除することで機体の軽量化を進めた、史実のケンプファーに相当する機体がランバ・ラル大尉の搭乗するB型。
そして赤く塗装され、外見はB型に近いが初めてムーバブルフレームを採用した機体が、シャア大佐の搭乗するC型。
正直、このYMS-18シリーズはガンダムと同じく、多数の新機軸(マグネット・コーティングや全天周囲モニター、リニアシートに教育型コンピューター等)を盛り込んだ実験機だった。事実、この3機以前にA型は4機、B型は3機、C型は6機製造されてそれぞれ各種耐久実験を行っていた。つまりララァ少尉の乗るA型は5号機、ランバ・ラル大尉の乗るB型は4号機、シャア大佐の乗るC型は7号機であった。
なぜA型よりもC型の方が数が多いのか、それは新技術であるムーバブルフレームに理由があった。あくまでB型がA型の改良型で、しかもA型がある程度従来の技術を持って作られているのに対し、C型は基礎設計から違うからだ。しかも未成熟な技術を持って製造されたC型は、最初の1号機から4号機までが事故で損傷したり損失していたのだ。ムーバブルフレーム単体の実験機は既にツィマッド社が極秘で幾つか開発し、それによって少なくない新技術の蓄積を得ていた。だが、これに強襲用というコンセプトが加わった為、それまでの実験で出なかった様々な問題(機体強度や関節軸の摩耗等)が出たからだ。
そしてある程度完成したC型が5号機からであり、それを改良し実用に耐ええるようにしたのが6号機、それを更に改良したのが今回シャア大佐の登場する7号機だった。実際には次世代(第2世代)機ではなく、アレックス(ムーバブルフレームではない)やガンダムMk-Ⅱ(装甲がチタン合金セラミック複合材)のように1.5世代機に相当する機体だったが、そこまで持っていく事に成功した技術者には頭が上がらない程だ。
・・・なおこの時の開発秘話で、C型の試作4号機までもが事故で損傷又は損失した為に開発費が高騰、当然ながら機体損失等で発生した金額は洒落にならず、技術がまだ追いついていないのでC型の開発は中断すべしという意見が出て、一時期C型は開発中止に追い込まれかけていた。それを社長がごり押しし結果的に5号機である程度結果を出せたから良かったものの、もし5号機までもが事故を起こしていたらC型の開発は凍結されていただろうとされている。
ちなみにそれぞれの武装はA型とB型が手にポンプアクション方式のショットガンを持ち、ジャイアントバズーカ2基と予備のショットガンを背中に、腰部にシュツルムファウストを2基持っていた。
それとは逆に、シャア大佐の乗るC型は先の2機よりも武装は少なく、手に持つビームライフルと腰後部に装備した90mmマシンガンだけだった。
本来ならC型もA型やB型に匹敵、又はそれ以上の武装を装備する予定だったのだが、ここである問題が浮上したのだ。それはC型がA型やB型のように重装備することで、その重量で間接等に影響が出た為に急遽重量軽減を図ったからだ。つまり早すぎた技術、未成熟なムーバブルフレームが原因であり、根本的な解決にはまだ時間が掛かるのが現状だった。
ガウから降下したプロトケンプファー3機は地上に着地した直後にスラスターを全快にし、地表スレスレを前傾姿勢で滑空した。
「シミュレーターとテストで何度か操縦したが、やはり従来機とは桁違いの運動性だな」
「ですな、まさか地表スレスレとはいえ滑空できるとは・・・従来のモビルスーツでは考えられない事です」
「ですが大佐、装甲は従来機並です。どう攻めますか?」
「ふっ・・・この場で一番脅威なのは陸上戦艦の主砲、ならばそれを使えなくすればいい。二人は右側のザクを始末してくれ」
そう言ってシャアの乗る赤いプロトケンプファーは一気に垂直上昇し、ビームライフルをヘヴィ・フォーク級に向け撃ち放った。
このビームライフルは既に量産されているエネルギーCAP内蔵型ではなく、エネルギーCAPを外付けにしたEパック方式のビームライフルだった。かつてホワイトベースを航行不能状態に陥らせたVFの誇る対艦部隊、蒼空の狙撃者と呼ばれるスカイキッド隊の運用していた試作型の狙撃用ビームライフル、それの問題点を解消した発展型である。一度に放つエネルギー量を少なくし射程と威力を犠牲にしたが、その結果Eパックの交換は3発撃って交換というレベルに低下し、5秒に1発の速度でビームを放つ事が可能となっていた。威力と射程も低下したとはいえ、それでも狙撃用ではない普通のライフルとしては十分なスペックだった。
機体の上昇が止まった瞬間に1発、引力に引かれ機体が降下し着地寸前にもう1発、あわせて2発のビームが放たれた。そして放たれたそれは初弾がヘヴィ・フォーク級の右側、そして2発目が中央の砲塔を破壊した。正直誘爆が起きなかったのが不思議なくらいだ。命中した砲塔は小規模な爆発を起こしており、使い物にならなくなったのは確実だった。
それと同時にランバ・ラル大尉とララァ少尉の機体は右側に展開していた鹵獲ザクに急激に接近した。当然鹵獲ザク側も迎撃するが、たった1個小隊ではエースパイロットが操るプロトケンプファーの前には無意味だった。攻撃をことごとく回避し、近距離からショットガンに装填されていた弾丸を全て叩き込んだ。流石にルナチタニウムでコーティングされた弾頭の前に、鹵獲ザク1個小隊はなす術も無く撃破された。
反撃とばかりにヘヴィ・フォーク級が左側の主砲を放つが、シャア達の3機は破壊された砲塔の方にスラスターを噴かして移動することで回避した。いかに対空散弾といえど、射線の死角にいる敵を破壊する事は不可能だった。
更にヘヴィ・フォーク級の受難は続いた。敵はシャア大佐の機体1機だけではないのだ。
「大佐、援護します!」
「キャスバル様、余り無茶をなされないでください!」
そう言って二人はシュツルムファウストを2発ずつ放ち、更にジャイアントバズーカを乱射した。乱射といってもかなり正確な速射で、ヘヴィ・フォーク級の対空火器をことごとく破壊していった。対空火器が必死に弾幕を張るが、3機のプロトケンプファーはモビルスーツとは思えないアクロバティックな機動で回避する。
3機から寄ってたかって右側の武装を全て破壊され、反撃手段が無くなったヘヴィ・フォーク級はその場で急旋回をする。武装の残っている左側を向け、攻撃しようと言うのだ。それと同時に残っていた鹵獲ザク1個小隊もヘヴィ・フォーク級を右側に出る形で前進した。
とはいえ、鹵獲ザク1個小隊の錬度はジオンやVFのパイロットから見れば余りにも未熟だった。ヘヴィ・フォーク級の影から出た瞬間に3機のプロトケンプファーから集中砲火を受け、あっという間に2機が撃破されたのだから。そして残る1機はシャア大佐の機体に不用意に接近しすぎ、プロトケンプファーのニースパイクでコックピットを蹴り潰されるというやられ方をしたほどだ。
だが彼らの犠牲は無駄ではなかった。鹵獲ザクが撃破されたその間にヘヴィ・フォーク級は旋回をある程度終え、辛うじて生き残っていた左側の主砲が再度シャアを狙い砲撃をしたのだから。
が、シャアは逆にヘヴィ・フォーク級の方へと全速で突進した。これには砲撃したヘヴィ・フォーク級の方が驚愕した。
「しょ、正気か! 自ら死ぬつもりなのか!?」
たしかに弾丸に向かって自ら接近するというのは自殺行為のように見える。が、ここで対空散弾の欠点が暴露された。
シャアを狙った対空散弾はシャアの機体を通り過ぎてから時限信管が炸裂、何も無い空間に散弾をばら撒く結果となったのだ。原因は信管が作動するするよりもはやくシャアが機体を前に出した為だった。
そしてシャアは腰後部の90mmマシンガンを左手に持ち、ヘヴィ・フォーク級の上甲板に着艦した。
「私に出会った運命を呪うがいい」
そう言ってシャアは機体正面に見えるヘヴィ・フォーク級の艦橋に、装填されていた1マガジン分の90mm弾を叩き込んだ。そして甲板を蹴りつけると同時にスラスターを噴かし離脱、トドメとばかりに残っていた左側の主砲にビームを叩き込んだ。これがトドメとなって、ヘヴィ・フォーク級は沈黙した。・・・というよりも、弾薬が誘爆しヘヴィ・フォーク級は跡形も無く吹き飛んだ。煙が晴れた後にそこに残っていたのは、十数メートルのクレーターだった。
そして攻撃を仕掛けたシャア大佐のプロトケンプファーC型は・・・中破していた。装甲には無数の傷が付き、頭部のツノは途中からへし折れ、膝を突いている姿は陸上戦艦を撃破した機体とはとても思えないほどだ。
なぜ攻撃した側なのにここまで損傷したのか? 原因は新型機特有のトラブル・・・いや、C型特有のトラブルと言った方がいいだろう。元々シャア大佐のC型7号機はムーバブルフレームのせいで不安定な部分が多い機体である。強襲作戦に投入可能なレベルに仕上がっているとはいえ、それも限度はある。そしてアクロバティックな機動を取ったりモビルスーツを蹴り飛ばしたりしたことで、一気にその負荷が脚部に集まり、肝心なところで脚部に損傷が発生したのだ。
「大佐、ご無事で!?」
「キャスバル様!」
「私は無事だが、脚部フレームに歪みが発生したようだ。そのせいで飛びのく距離が足りず、爆発の衝撃波に巻き込まれたようだ。爆発に巻き込まれたせいで、機体各部に多数の損傷が発生している・・・私もまだまだ未熟と言う事か」
「それよりも! キャスバル様の機体は3機の中で最も不安定な機体なのは、事前に分かっておられたはずです! このような事が起きる可能性があったからこそ、余り無茶をなされない様何度も何度も・・・」
「む、むぅ・・・ララァ、周囲に敵影は?」
「あ、キャスバル様! まだ話は終わっていませ・・・」
「いいえ、周囲に敵影は見当たりません・・・あ」
そうラルが説教をはじめたところで、上空で戦闘の様子を見ていたドダイⅡ3機がプロトケンプファーの周囲に着陸した。
「大佐、迎えがきました。今は時間が大切です、すぐにガウにもどりましょう」
「うむ、ララァの言うとおりだ。ラル、帰還するぞ」
「・・・わかりました。続きは戻ってからするとしましょう」
そして3機のプロトケンプファーはそれに乗り上空で旋回を続けるガウへと帰還し、ガウは本来の目的地であったトリントン基地へと進路を変えた。
なお、ガウに戻ったシャアがラルとハモンの二人から説教を受けるハメとなったのは割とどうでもいい話だった。
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オーストラリア北部戦線
ヒューエンデンを基点に侵攻を開始したジオン軍だったが、その侵攻は進まず、逆にヒューエンデンが逆襲されるという事態に陥っていた。というのも、ヒューエンデンの後方に位置するクロンカリーという都市が、前線を迂回し潜入してきた連邦軍の特殊遊撃モビルスーツ小隊『ホワイト・ディンゴ』の奇襲によって制圧されたからだ。
そしてこのクロンカリー制圧という事実は北部戦線に計り知れない影響をもたらした。
なぜならクロンカリーは西部戦線にも影響を与えている交通の要所であり、特に制圧当時ここには前線への補給物資を満載したサムソンがいたからだ。
これらの補給部隊の護衛に当たっていた部隊はPVN.3/2 サウロペルタ軽機動車両6両、機関砲搭載型のPVN.44/1 ヴィーゼル水陸両用装輪偵察警戒車が9両という編成だった。
一見貧弱そうに見えるが、これでも補給部隊という後方部隊の部隊と考えると比較的充実した装備の護衛だった。特にサウロペルタはザクを破壊できる対モビルスーツミサイルや対空ミサイルを装備しており、それに加えクロンカリーの防衛部隊は旧ザクが4機、マゼラアタック6両に戦闘ヘリが3機といった陣容だった。特に旧ザクは何も改修のされていないノーマルな機体が2機いたが、それでも武装は90mmザクマシンガンを持っていた。そして残りの2機だが、腰部側面にハンドグレネードを3発携帯できるように改造されており、手持ち武装もポンプアクション式のショットガンという機体だった。
たしかにこれらの部隊を正面戦力として考えた場合、これらは余りにも貧弱だった。が、そもそも戦線の後方に位置する警備用の部隊と考えれば十分過ぎるレベルだった。だが、それは民兵やゲリラ勢力に対してという意味で、モビルスーツを有する正規軍の特殊部隊を相手にするには戦力が足らなかった。
当然ながら、ジオン側も後方撹乱の可能性を考え警戒は怠ってはいなかったが、部隊の連携という面から言えばホワイト・ディンゴの方が上手だった。
ホワイト・ディンゴは配備されたばかりのRGM-79 ジムをチェーンしセンサー系統を強化した機体が3機、そして装甲ホバートラックが1両の編成だったのだ。
クロンカリーにいたジオン軍にとって不幸な事は、ホワイト・ディンゴの方がセンサーが優秀で、更に連携に優れていた事だろう。
たしかに数ではジオン側の方が上回っていた。だが連携はほとんどとれなかった。なぜなら補給部隊が郊外に出たところをホワイト・ディンゴが奇襲、搭載している弾薬が誘爆してジオン側は混乱に陥り、次々と連携のとれたホワイト・ディンゴの攻撃によって各個撃破されていき、最終的にクロンカリーは連邦軍の手に落ちた。厳密に言えば駐屯戦力が壊滅しただけだが、それでも陥落したと言っても過言ではなかった。
だがここまではまだ良かった。ジオン側もこれらの想定はしており、万が一の際は北部戦線は攻勢を断念し防衛戦に移行する事があらかじめ決められていたからだ。これにしたがってクロンカリーが襲撃された時点で北部戦線はヒューエンデン及びタウンズビルを放棄、最終防衛ラインと定めていたカランバ・クロイドン・フォーサイス・ケアンズを結ぶルートに一斉に後退した。正直、戦略上の要地を2箇所も放棄するのは各方面から異論が出たが、更に大胆な案をオーストラリア方面軍は定めていた。これらの最終防衛ラインが破られ、本当に北部戦線が崩壊した時にはヨーク岬半島の港湾都市ウェイパまで撤退、そこから順次空路及び海路でカーペンタリア湾を横断し、西部戦線に合流するという案だ。この為、港湾都市であるウェイパには鹵獲した駆逐艦が警戒の為に沖合いに展開し、機雷を散布された際に処理を行うゴッグが3機配備されていた。もちろん他にも戦力(地雷散布用のMS-06H ザクマインレイヤーや狙撃用のMS-05L ザクI・スナイパータイプ)は展開していたが、あくまでこれらは保険の意味合いが高かった。
だが、真剣にジオン側は北部戦線の全面放棄を検討しなくてはならなくなった。なぜか?
理由は簡単だ。ヒューエンデンとタウンズビルの中間に位置するミルチェスターに展開していた防衛部隊が、モビルスーツを伴う連邦軍に突破されたからだ。しかも、ビッグトレーやヘヴィ・フォークとも違う、ビッグトレーの二倍という巨大な陸上戦艦を伴う部隊によって、防衛部隊として展開していたザク1個中隊は壊滅した。
そしてそれをなした陸上戦艦は北進を続け、タウンズビルに向かっていた。当然ジオン側も迎撃を出すが、そのことごとくが壊滅していた。そして今もプロトドム3機とグフ3機の部隊が突撃を敢行し、激しい砲火に晒されていた。
「おわ!? なんなんだあの戦艦は、いつから俺達の相手は宇宙戦艦になったんだ! う、うわあああぁぁぁぁ!?」
「ジャーキーがメガ粒子砲の直撃をくらった! ドム部隊は壊滅したぞ・・・ぐわ!?」
「カルパスがやられた!? 3連装砲が4基に連装ビーム砲が2基ってどんだけ火力主義なんだ!」
「対空機関砲も馬鹿みたいに多い! 主砲も対空砲弾を撃ってくる・・・鈍い陸上戦艦潰すだけの楽な任務じゃなかったのかよ!」
数分後、攻撃を仕掛けた6機は壊滅し、悠々と連邦軍は前進を続けた。
そう、この陸上戦艦こそ、連邦軍のV作戦反対派が建造したベヒーモス級陸上戦艦である。
外見は鋼○の咆哮に登場する超兵器、超巨大航空戦艦ムスペルヘイムにある程度(空母部分を後ろに延長)似ていた。そしてそれは、3連装砲塔を前後2基合計4基にマゼラン級戦艦の物を流用した2連装メガ粒子砲を前後1基合計2基装備する、いわば陸上航空戦艦である。当然防衛用の機関砲も多いし、艦載機が搭載可能と言う事は上空のエアカバーがあるということでもあった。事実、迎撃に出てきたジオン側のドップとドダイの編隊は、ベヒーモスから発進した艦載機型セイバーフィッシュによって迎撃され撃退されていた。
ちなみに本来空母とは可燃物の多い危険な代物だが、ベヒーモスは空母部分と戦艦部分を分離して配置する事でこのリスクを下げていた。
そしてこの陸上航空戦艦と共に前進している部隊も問題だった。
「エイガー少尉、前方に敵の防衛ラインを確認しました。モビルスーツも少数ですがいます」
「よし、サカキ軍曹の隊は右翼を砲撃しろ。制圧砲撃を加えながら前進する。偵察機が上空からレーザー通信でデータを逐一送ってくるからそれを確認して叩け!」
そう、ベヒーモスと行動を共にしているのは連邦軍内における屈指の砲術士官と言われ、軍首脳部での評価も高いエイガー少尉率いる実験部隊だ。
そして彼が率いる部隊も戦車や自走砲ではなく、ガンキャノン1機と量産型ガンタンク4機からなる部隊だった。
しかも砲術の専門家であるエイガー少尉の搭乗する機体はただのガンキャノンではなく、エイガー少尉が開発に関わっているRX-78-6 マドロックの開発データ収集の為に、脚部をホバーに変更したカスタム機だった。
多くの人がここで疑問に思ったことだろう。なぜこの時期にエイガー少尉がオーストラリアにいるのか?
答えは彼が主導しているマドロックに原因があった。連邦軍ではホバートラック等、多くのホバー車両が存在する。が、モビルスーツをホバー走行させるというのは経験が無かった。エイガー少尉にとって幸運だったのは、戦場で撃破されそのまま放棄されたドムを何機か連邦軍が確保し修繕、数機が稼動状態にあったことだろう。それによってモビルスーツのホバー走行のデータは得る事ができたが、そこに次の問題が発生した。
・・・ホバー走行しながら両肩に装備したキャノンを撃った時のデータである。こればかりは自前で収集するしかなく、ガンキャノンの脚部を手に入れたドムの脚部に変更した機体を急遽作成したのだ。
そして完成したホバー走行するガンキャノンを試験する事になり、戦線が落ち着いていたオーストラリア大陸に運び、ロングリーチから東へ100km程はなれた場所にキャンプを設け、ホバー走行しながらの砲撃における問題点の洗い出しを行っていたのだ。そしてテストも終了し、数日後には機材を持ってジャブローに戻るという時にジオン及びVFの一大攻勢が発動したのだ。
当初はチャールビル基地に移動し指示を仰ごうとしたのだが、その時に偶然どこかの部隊の通信を傍受した事で事態は一変した。傍受した通信は後方に回り込んで奇襲をする狼の部隊が北部戦線にいると言っており、それを聞いたエイガー少尉はそれが闇夜のフェンリル隊と判断し、因縁のあるフェンリル隊と決着をつけるべく北部戦線へ移動したのだが、その途中でそれが友軍のホワイト・ディンゴの事(偶然敵の通信を拾ってしまい、それを友軍の発した通信だと勘違いした)と判明したのだ。とはいえもう目と鼻の先に友軍の陸上戦艦がいるのにチャールビル基地に戻るわけにもいかず、そのまま北部方面のジオンにエイガー少尉は八つ当たりとばかりに砲撃を叩き込んでいた。正直相対するジオン軍にはいい迷惑だ。
とはいえ、一端落ち着いたエイガー少尉は極めて優秀な士官だった。
放たれる砲撃は的確に防衛部隊の陣地を潰し、接近戦を挑もうとするグフには周囲からの一斉射撃で黙らせた。
今もまた陣地にいた最後のマゼラアタックにキャノン砲が直撃し大爆発を起こす。そして防衛線にいた敵部隊があらかた壊滅したと判断した鹵獲ザク1個小隊が、120mmザクマシンガンを撃ちながら前進を開始する。が、それにエイガー少尉は警告を発した。
「馬鹿野郎! まだ前進するんじゃない!」
「は? モビルスーツに対応できる敵戦力は見当たりませんが」
「そういう場合は歩兵と共に前進するのがセオリーだ、死にたいのか!」
「ですが敗残兵など我々だけで・・・ガッ」
防衛陣地手前の土塁を超えようとしたその鹵獲ザク小隊は、土塁が突如爆発し次の瞬間には機体が穴だらけになって壊滅していた。
あえていうならば、ヒルドルブの30cm砲から放たれた対空散弾を至近距離から喰らったザクのような有様だ。
対モビルスーツ用クレイモア地雷 通称ベアリング・ボム
元々強襲・突撃用の機体向けに開発されたオプション兵装だったが、単騎ならばともかく複数で行動中に使用すると跳弾の危険性があるにも関わらず、射角が広いために近接して使わないと流れ弾の被害が出るという点と、さらには誘爆の危険性があるという大きな問題を抱え、結果的にガトリング砲を使った方が有効とされモビルスーツへの搭載は諦められた代物だった。
だが近距離ならばグフクラスのモビルスーツを十分撃破可能な代物だった為に、陣地防御用の対モビルスーツ用地雷として採用されたのだ。
そしてそれが複数、不用意に前進したザクの足元で炸裂したのだ。結果は見ての通り、3機の鹵獲ザクは穴だらけのスクラップとなった。
そしてそれだけで終わらず、エイガーの乗るガンキャノンは遠方から飛来する砲弾をセンサーで確認した。後方の小規模な野砲陣地から放たれた砲弾だが、飛来した砲弾は数が少なく目標となったであろうエイガー少尉の部隊には効果は余り無かった。
「敵の砲撃だ、対砲兵レーダーを起動させ着弾地点を確認しつつ回避! 着弾後にお返しを叩き込め!」
そう、エイガー少尉の率いる部隊はガンキャノンと量産型ガンタンク、共に砲撃戦に特化した機体なのだ。当然全機が対砲兵レーダーを持っているので、飛来する砲弾の弾道を予測し回避することは容易だった。そしてカウンターを入れる事も容易だった。
数発の榴弾が着弾したものの被害は無く、逆にエイガー少尉の部隊が一斉射しただけでジオンの野砲陣地は壊滅した。
少なくない損害を出しつつも、北部戦線の連邦軍はジオン側に逆侵攻し、ヒューエンデンとタウンズビルの制圧に成功。更に北部戦線の最終防衛ラインに迫りつつあった。
が、それは新しく入ってきた報告によって事態は急変した。そしてそれは、オーストラリア攻防戦が次の段階に移った事を意味していた。
「チャールビル基地が敵新型モビルアーマー及び新型モビルスーツの奇襲によって陥落す。なお、敵新型機はどちらも空に浮かんでおり、敵モビルアーマーの一撃で基地の半分が消し飛んだ!」