サイド6宙域
ホワイトベースがジオン側に捕捉される数週間前。民間の航路に定められていないポイントで、2機のサイコミュ高機動試験用ザクが模擬戦を行っていた。腕部を分離させ相手の死角から攻撃し、それを回避しあうその様子は舞踏会を連想させる。長い間そんな戦いを行っていた2機だが、1機が機体制御を誤ったのかバランスを崩し、その隙にもう1機が腕部ビームを発射、その直撃を受けた。
「よし、模擬戦を終了する。1号機は2号機を回収してくれ。彼女はかなり疲弊しているようだから迅速にな」
「博士、いいデータが取れました。ですがパイロットの疲労もかなりのものです」
「うむ、やはり高機動戦闘とサイコミュの併用はかなりの疲労をパイロットに与えるようだな」
「とはいえ、ビット運用時に比べれば遥に負荷は低いですがね」
「それはそうだ。やはりニュータイプにはビットを、オールドタイプには有線誘導がベストか・・・」
そう言ってムサイから戦闘を観戦していた研究者達は模擬戦を行った2機のパイロット、ララァ・スンとマリオン・ウェルチの戦闘データを解析していた。
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ムサイのパイロット待機室、そこに二人の少女は休んでいた。
「やっぱりララァさんにはかないませんね」
「そんなことはないわ。貴方も強くなっているし、油断すれば私もすぐに負けてしまう」
そうララァが言うと、マリオンは顔を曇らせた。
「・・・なぜなんでしょう。戦いたくなんてないのに、こんなにも私は戦える」
「・・・」
「戦いは何も生み出さない・・・あなたには、それが判っているはずです。なのになぜ戦うのですか?」
「私には・・・守らなくてはならない人がいるわ・・・強い、けれど深い悲しみを持った人・・・」
「判ります・・・その人を愛しているのですね。私もできる限りお手伝いします」
「ありがとう・・・でも、そういう貴方の方こそどうなの?」
「え、あの・・・・・・」
一瞬戸惑ったマリオンだったが、次の言葉を聞いた瞬間に顔が一気に赤くなった。
「よく貴方に会いに来るエルトランさんの事、好きなんじゃないの?」
「・・・・・・正直なところ、よく分かりません。でも、あの人と一緒にいると心が落ち着くんです」
「クルスト博士の所にいたときはどうだったの?」
「クルスト博士は・・・昔は父親みたいな存在でした。でも、今は違う。博士は私を怖がっている。いえ、私の存在、ニュータイプという存在を恐れている。だから・・・」
「エルトランさんに父親を重ねて見ている?」
「・・・そうなのかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。私自身、良くわからないんです」
「人は迷う生き物、だからこそ成長していく・・・がんばって。答えが見つかる事を祈っているわ」
それからしばらく沈黙が続いたが、最初にララァが、次にマリオンが何かに気がついた。
「これは・・・殺意?」
「敵襲・・・でしょうか?」
その言葉を裏付けるかのように、直後にアラートと敵襲を知らせる放送が艦内に響き渡った。
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「敵艦を確認、急速接近中!」
「敵艦隊はサラミス級2隻とコロンブス級1隻、ただしサラミス級の上甲板にボールを搭載しているのを確認しました」
「威力偵察か? だがこの規模・・・実戦データの収集に丁度いい。モビルスーツを発進させるんだ」
「了解しました。サイコミュ高機動試験用ザク1号機、2号機出撃準備に入ってください。繰り返します、サイコミュ高機動試験用ザクは直ちに発進準備に入ってください。パイロットは格納庫へ急いでください」
「本艦は徐々に後退だ。ミノフスキー粒子戦闘濃度に散布、ビーム攪乱幕を艦前方にばら撒け!」
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連邦軍通商破壊部隊 コロンブス級
「敵艦視認、やはりジオンのムサイです。周辺に敵影は他にありません!」
「やれやれ、通商破壊任務の対象ではないですが、相手はたった1隻・・・艦長、どうします?」
「ふっ、決まっている。宇宙人共を蹴散らすぞ、サラミス級は前進しボール部隊を発進させろ。本艦のザニーにも発進命令だ、奴らを殲滅せよ!」
「了解! 各艦へ打電、脱出艇1隻たりとも見逃すな、皆殺しにしろ! 本艦は部隊を発進させた後は後退する」
「了解しました、ザニー第1、第2小隊発進せよ!」
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2機のサイコミュ高機動試験用ザクがムサイから発進した時、連邦艦隊からボールとキャノン砲を持ったザニーが発艦を完了させ、こちらに向けて隊列を組み前進を開始していた。
「本艦は後退しつつミサイルでサラミスを攻撃する。1号機ならびに2号機は敵部隊を撃滅せよ!」
「了解・・・・・・マリオンは実戦は初めてだったわね。悪意に囚われないで」
「はい。ララァさんも気をつけてください・・・・・・嫌な空気、これが戦場・・・」
一気に加速する2機のサイコミュ高機動試験用ザク。この機体は試験機の為に稼働時間は極端に短い。が、それでもボール6機とザニー6機を破壊するには十分な時間でもあった。
2機のサイコミュ高機動試験用ザクが一気に加速して近づく事に動揺したのか、慌ててボールとザニーは弾幕を張る。が、ヅダを上回る高速性を持つサイコミュ高機動試験用ザクにとってその回避は容易だった。攻撃を回避した2機は腕部を分離せずにビームを放つ。連邦側にとって不幸だったのは密集体系を取っていた事だろう。放たれたビームは命中した機体を貫通し、合計で2機のボールと4機のザニーを破壊した。
慌てたのは連邦軍である。数の上では2対12という兵力差なのにあっという間に半数に減らされたのだから。そしてビーム砲を装備しているという事実が更に連邦側を動揺させていた。
「ビーム兵器、だと? 馬鹿な、手に内臓しているのか!?」
「全艦対空砲火開け! 本艦に残っている戦闘部隊を全て出撃させろ!」
「しかし、今対空砲火を開けば味方に当たる恐れが・・・」
「たった6人のパイロットの犠牲で数百人の乗組員を救えるなら安いものだ、かまわんから撃ち方はじめ!!」
その命令が伝わった直後、2隻のサラミスから対空砲火が開始された。機関砲はもちろん、ミサイルや主砲まで使った砲撃だった。
が、もとより対艦攻撃を主眼にされているミサイルや主砲でサイコミュ高機動試験用ザクに命中させるのは至難の業、対空機関砲もミノフスキー粒子散布下では下手な鉄砲数撃てば当たるという感じだったから仕方が無い。が、仕方ないですまない部隊もここにはいた。
「待て、まだ俺達が戦っ・・・うわぁあ!?」
まさか自分達がいるのに対空射撃を行うとは思っていなかった連邦部隊は突然のことに回避が遅れ、ザニーとボールそれぞれ1機が味方の対空射撃で撃墜された。母艦からの攻撃を回避するのにボールとザニーは集中せざるを得なくなり、結果的に2機のサイコミュ高機動試験用ザクを阻む物はサラミス2隻のみとなった。
だが、その肝心のサラミス級の対空砲火は少ない上に、艦底部方向に発射できる対空機関砲は2基と少なかった。それを二人が見逃すはずも無い。
「「そこ!」」
二人の同時射撃でサラミスの1隻が20のビームの光によって貫かれ、一瞬の間をおいて大爆発を起こす。そしてサラミス級を撃沈した事によって、乗っていた乗組員の死の意識が二人に負のプレッシャーとして押しかかる。
認識力の拡大による精神的な共感を得る事ができるニュータイプにとって、戦場の悪意、哀しみ、人の死をより強く感じ取ることはかなりの苦痛であり、一歩間違えれば人格崩壊や、史実のカミーユのように精神疾患に陥る事も十分ありえた。
だが・・・二人には誓ったものがあった。
「私は・・・私を救ってくれた人のために戦っているの。負けるわけにはいかないのよ」
「この戦争を終わらせる為なら、どんな実験台にもなる。そう誓ったんです・・・ここで立ち止まるわけには!」
彼女達二人にとって、その悪意は少し頭痛を起こす程度の障害でしかなかった。言い方は悪いが、初めて人の死に触れたマリオンですら、サラミス級1隻分の悪意は『その程度』といえるものだったのだ。
その頃になると慌ててコロンブスから出撃してきたザニー3機と偵察用に搭載していたFF-4 トリアーエズ戦闘機6機が戦場に到着していたが、目の前であっさりサラミスが沈没したことで怖気づいてしまった。曰く、『話が違う!』と。それもそうだ、敵はムサイ1隻とモビルスーツ2機なのにこちらはその数倍の戦力を持っていたのだから。このモビルスーツがザクだったら彼らの思惑通り連邦の勝利で終わっていただろう。が、実際は違っていたのだからそう思ってしまうのも無理は無い。
そして数分もしないうちにもう1隻のサラミスも沈み、生き残ったコロンブス級とトリアーエズ4機、ザニー2機は撤退を開始した。ここで追撃すれば全滅させれることも十分可能だろうが、先に言ったようにサイコミュ高機動試験用ザクの稼働時間は極端に短い。既に推進剤は残り僅かになっており、戦闘続行は不可能だった。無事だったムサイ級が追撃を仕掛ける手もあったが、ムサイの主導権はフラナガン機関の研究者が握っており、敵の追撃よりも収集した各種データを分析する方が彼らにとって重大だった。
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戦闘が終わりサイド6に帰還した二人は研究施設の一角にある休憩室で休憩を取った。ララァは数週間前にシャア少佐に同行してもらい、MS-06Z サイコミュ試験用ザクで実戦を経験していたおかげか特に変わった様子は無かったが、初めての実戦を、初めて人殺しという経験をしたマリオンは少し体を震わせていた。
「マリオン、どう? 初めての実戦は」
「・・・人の死の感覚は・・・慣れる事はできません」
「それは人として当然ね。むしろ、慣れてしまう事は恐ろしい事よ」
そう、人を殺す事に慣れれば、それはもうニュータイプなんかじゃない、ただの殺人鬼に成り下がる。
「でも、私達は戦う為に訓練を受けている。これからも、人を殺していく・・・」
「ニュータイプは人殺しの道具ではない・・・けど、仕方のないことなのかもしれないわね」
現時点でニュータイプの力は戦争を有利に行う為の力という認識を持つ者が多くいた。それは研究者の多くと軍上層部の大半の認識でもあった。その観点から見れば、本来戦いの為の道具ではないニュータイプの軍事利用は当然の流れだったのかもしれない。
「ええ・・・でもこの力が、ニュータイプの力がこの戦争を終わらせる切欠になれば・・・そう思って今は前に進んでいます」
「それはエルトランさんの考え?」
「・・・ええ、ニュータイプによる人類の共存があの人の最終的な考えらしくて、私はそのお手伝いがしたい」
「・・・私は来月になったらここを出て、シャア少佐の下に配属されるわ。そしてあの人はエルトランさんと協力関係にある。貴方が私を手伝ってくれるように、私も貴方を手伝うわ」
「ありがとうございます」
そう言って二人は硬く手を握り合う。ここまでで終わっていたら美談だったかもしれないが、一人の乱入者によって場の空気は一変する。
「あ、見つけた! ララァさん、来月には私のシャア少佐とペアを組んでラブラブするって本当なの!?」
「ハマーンさん!?」
「(ムカッ)あの人は貴方のモノではないでしょう?」
「・・・でも、今は貴方のモノでもないわよね。なら私にもチャンスは十分あるはず」
「それはどういうことかしら?」
「さぁ? 聞いたとおりだと思いますけど?」
「「ふ、ふふふふふふ・・・」」
「あ、あの・・・二人とも落ち着いてください(すごい黒い波動を感じて・・・二人とも怖い、社長助けて・・・)」
「「これ以上ないくらい落ち着いているわ」」
微笑みあうハマーンとララァ、そしてガクブル涙目なマリオン。恐ろしく場がカオスになり、休もうと部屋に入ってきた社員が思わずUターンするほどの黒いオーラが部屋の中に満ち満ちていく。この事態が解決するのは事態を知ったフラナガン博士がニュータイプ能力の測定名目でハマーンを呼び出した事で解決した。
というのも、ララァとハマーンの衝突は珍しい物ではなくなっており、有名なものでは『フラナガン機関の悪夢』と呼ばれるほど洒落にならない波動が出て、他のニュータイプ候補に影響を及ぼすといった事件もあったほどだ。
この事の発端は我らが社長エルトランにあると言っても過言ではなかった。というのも、シャアがララァと出会うようにエルトランが仕組んだのと同様、シャアがハマーンと出会うように仕組んだのも同じくエルトランだったのだ。なぜそんな事をしたのかというと、仕事中に呟いた社長のある一言が全てを物語っている。
「そういやハマーンってフラナガン機関で育成され、その過程で他人を拒絶するようになったんだっけ? で、シャアと接する事でハマーンは元に戻ったんだっけ? ならシャア少佐にハマーンに会うように伝えておいたほうがいっか」
そう、1年戦争時フラナガン機関にいたハマーンは心を閉ざしていた為、自分の重要な協力者であるマハラジャ・カーンの為にもなんとかしてあげたいと思ったからだ。まさかその結果、ララァとハマーンのシャア争奪戦が勃発するとは夢にも思っておらず、この時の事を書いたマリオンからの手紙を読んで、社長室で盛大に紅茶を吹いたのはどうでも良かったりする。
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ホワイトベース鹵獲後のある晴れた昼下がり、市場に馬車が・・・ではなく、キャリフォルニアベース内に1台の大型バスが停車した。
「はい、ここがキャリフォルニアベースにおける我がツィマッド社の開発拠点です。ここには複数の研究開発施設が立ち並んでおり、その研究開発物は軍事用だけでなく、民生品・・・一例を言えばエレカーや品種改良を施された工場野菜などがあります。我々ツィマッド社は戦争で被害を受けた人々に支援を行っており、幾つもの孤児院などを経営しています。それらの経営資金の内少なくない額がここで開発され市場に出た商品で賄っており・・・」
キャリフォルニアベースの一角で大型バスから案内役のツィマッド社社員と、ホワイトベースでジオンと戦っていた元サイド7出身の若者達が降り、ビルの中へ入っていく。
彼らは戦争中は監禁生活を送るかツィマッド社やジオンに協力するかの二択しか選択肢がなかった。そんな中、エルトラン社長は彼らの技量を高く買っており、ツィマッド社に就職させようと行動を開始していた。この会社見学もその活動の一環で、その若者の中にはアムロやフラウ、カイやハヤト達も含まれていた。そしてその中にはセイラ・マスの姿もあった。特にセイラは積極的に社員に質問をしており、施設の研究概要を学んでいた。
「で、この施設では何を研究しているのです?」
「え~と、セイラさんでしたか。ここでは特殊塗料の研究と機動兵器の支援機材を開発しています。ただ、特殊塗料とは違い支援機材開発の方は幾つかの部署が協力して行っていますので、実際には複数の部署がこのビルにあります」
「特殊塗料と支援機材の内容はどんなものですか?」
「まず塗料ですが、16研・・・第16研究チームが主に開発を行っています。対ビームコーティング塗料やステルス塗料等を開発し、他にも幾つか実用化されています。たとえば民間用に開発された、色が長期にわたって落ちにくく価格が今より安い塗料とかですね。次に支援機材ですが、サポートAI等の開発ですね」
・・・
「セイラさんも変わったな。俺らの中で真っ先にツィマッド社に協力するって宣言してからあの調子だぜ?」
「アムロは何か知らないの?」
「いや、特には・・・」
「ハロ、ハロ。アムロ、リユウシッテル」
「・・・アムロ?」
「ハロ・・・・・・生き別れの兄がツィマッド社に協力していたからって聞いたけど、それ以上は・・・」
「へぇ、だから協力するってか? 分かりやすくていいや」
そう、アムロはセイラがツィマッド社に協力する理由をセイラ自身から聞いていた。セイラの長年探していた兄がシャア・アズナブルその人であり、セイラという名前も偽名であること、そして自分自身の本当の名前と立場なども、そしてこれから自分達がやろうとすることを手伝って欲しいとも。
そこまで打ち明けたのはセイラがアムロをそれだけ買っていた事でもあり、機体性能に助けられていたとはいえ、兄と戦って生き残れた戦士であるということもその理由の一つに入っていた。
この話を打ち明けられた時、アムロは悩んだ。エドワード少尉や、部下の行った事とはいえサイド7で父親やフラウの家族を奪ったのはシャアなのだから。
だが、本当に悪いのは誰なのだろうか? そう考えてアムロは悩んだ。戦争の早期終結の為に手を貸して欲しいと言われたとき、アムロはその提案に惹かれた自分がいることに気がついた。なし崩し的にガンダムのパイロットになったわけだ
が、その時は新しい玩具を手に入れた子供のような気分だった。が、連戦していくうちにガンダムのパイロットとして、いや戦う事に対して不満が募っていき精神的に疲弊していた。
そして迎えたホワイトベースの陥落と、自分と同じガンダムのパイロットをしていた正規兵であり、自分を庇って死んだ兄的な存在であったエドワード少尉。この結果アムロはモビルスーツに乗る意義を見出せなくなってしまった。
自分は一体何がしたいんだろう?
アムロは降伏してから今までそれを考えていた。仮にツィマッド社に協力してもモビルスーツパイロットとして働かせられるだろう。だがジオンに協力すればそれより悪い待遇で戦わせられるのは間違いないだろう。戦争が終わるまで軟禁されるのも考えたが、それは何時戦争が終わるか分からないので保留にしていた。
そして、アムロが悩んでいた理由の一つに、自分と同じモビルスーツパイロットだった友人のとある行動があった。
「そういうカイさんこそ、ツィマッド社に入るなんて言うとは思わなかったけど」
「・・・まぁ、アイツがツィマッド社で働いているからな」
「僕が入院している間に、カイさんに彼女ができるなんて驚きですよ・・・」
そう、カイもツィマッド社への入社を決めていた。それどころか彼女をもGETしていたのだ。
話は十数日前に遡る。その日も見学会が行われたのだが、その時訪れていたのはキャリフォルニアベース内に作られていた、ツィマッド社が運営する孤児院だった。そこでは特に地球出身の志願兵達の子供と、戦争で親を失った子供達が共に暮らす、保育所と孤児院が合わさったような場所だった。特に兵士不足に悩み続けるVFにとって地球出身の志願兵は引く手数多。そんな志願兵の家族の保護の為にこのような施設は多く作られていた。その一つに見学しにきたのだが、そこはひねくれもののカイ。集団から離れて単独行動を行ったのだ。そしてそこで、彼は孤児達の世話をする一人の少女と出会った。
本来はベルファストに住んでいたはずの、ミハル・ラトキエに。
史実ではベルファストでスパイ107号として活動していた彼女だが、この世界では我らがエルトラン社長が介入し、ベルファストからキャリフォルニアベースに移住したのだ。
そして移住後、ツィマッド社に正社員として就職し、イメージアップと福祉の一環で行われていた孤児院の一つに住み込み、そこで事務員として働く事になったのだ。ちなみにこの孤児院、正社員の寮としての役割も一応持っており、弟のジルと妹のミリーの3人で一緒に住んでいた。
そしてカイと出会った時、彼女は施設の設備点検を行っており、脚立に上って非常灯のチェックをしていた。が、ここでお約束と言わんばかりにミハルがバランスを崩し脚立から転倒、それを見たカイが体を張って受け止めるというアクシデントが発生し、その後二人は自己紹介。これが切欠で二人は交際するようになった。そしてその中で、ミハルがツィマッド社のおかげで余裕を持って生活できるようになったとカイに話し、ジオンとVFにマイナスイメージしか持っていなかったカイの考えを変えさせる一因になった。
後日、カイがツィマッド社に入社するという事を知り、入社するまでの経緯を知ったエルトラン社長はただ一言だけ呟いた。
「それなんてご都合主義だよ・・・まぁうちにとってはありがたいのはありがたいが・・・」
そうため息と同時に頭を抱えたそうだ。
話を戻そう。こうして見学は進み、最後の見学部署に一同はやってきた。
「そしてここが第9研究チーム、支援機材開発プロジェクトの参加部署の1つです。研究開発内容ですが人工知能の開発ですね・・・・・・今はかなりくたびれているようですが(汗」
そう言って案内された部署は・・・カオスだった。くどい顔をした猫のロボットが気の抜ける変な鳴き声を発しながら部屋を歩き回り、研究員達は頭をかきむしったり机に突っ伏したり奇声を上げていたりした。正直部屋に入りたくない。そんな見学者達に気がついた一人の女性社員が声をかけた。
「・・・ん? 何のようです?」
「いえ、会社見学ですよ。ほら、例のサイド7の・・・」
「・・・・・・ああ、今日だったのですか。すっかり忘れてました・・・まぁいいです、色々とアレですが気にせずに入ってください。私はここの副主任のウーノです。ここの主任は向こうでデータの打ち込みをしてるあの人、名前は・・・長いんでドクター、又はスカ博士って呼んでください」
そう言ってウーノと名乗った女性社員は自己紹介し、見学者達に説明を行い始めた。
「基本的にここでは人工知能の開発・・・その中でも主に自立型AIの開発を行っています。ここまでで質問とかはありますか? 流石に機密はいえませんけど、何でも聞いてください」
「自立型AIといわれましたが、それは戦闘用のAIですか?」
「う~ん・・・戦闘支援用AIの開発とかもおこなっているけど、基本的には軍民問わずのAIですよ。これが完成すれば人員の削減が可能になり、人件費のコストを削減する事ができるんですが、そのAIが・・・自分で物事を瞬時に判断して行動するということが以外に難しくて難航してるんですよ」
そう言ってウーノはパソコンの画面に表示されるプログラムに眼を向けた。
「一つの例ですが戦闘のサポート用AIを例にとってみましょう。戦場では一瞬の誤判断がパイロットを死なせます。開発中のサポートAIは瞬時にいる情報と要らない情報を分別することが必須ですし、モノアイ等の各種センサーから得られる情報、更に機体のコンディションやパイロットの状態・・・肉体的にも精神的にも、どのような状況にあり作戦遂行が可能なのかとか、メンタルケアとかもできれば行いたいですね。ですが、それゆえに開発は難航してるわけです。もっと人材が欲しいところですがどこも技術者は引っ張りだこですし、送られてきても今いる人材と似たような思考で、作業効率はともかく発想という点ではあんまり使えない者だったりしますしね・・・」
そう言ってウーノは傍らにおいてあったコーヒーを一口飲む。そこにチームの主任であるスカ博士が補足を入れた。
「まぁウーノの言った事が我々の今の課題かな。今の例えは戦闘用のものだが、このプロジェクトの最終的な目的は自我を持った人間サイズのロボットだ。一人暮らしの老人の介護とか、将来的にはやがて来るだろう太陽系外の探索に、人の変わりに自分で判断するロボットを当てるという計画もできる。人を減らし自分で判断できるロボットを乗せる事は保存食の消費が少なく、より遠くまで探索しにいけるということだからな。むしろこの研究は民生用の割合が高くなるだろう。本物そっくりの反応や仕草をして人々の心を癒やすペットロボットや、介護用のAIを搭載する人型介護ロボット、危険な作業や退屈な単純作業を人の変わりに実行する自立型ロボットとかね・・・ん?」
そこでスカ博士は一つの物体に目を留めた。それは・・・
「アムロ、脳波レベル活発、コウフンシテル」
「アムロ・・・機械いじりすきだから・・・いい加減にしたら?」
「別にいいじゃないか」
「ん、もう・・・」
「ン、モウ、ン、モウ、ン、モウ」
「(ムカ)うるさい」
・・・ゴツン! ボフ・・・
「・・・あ゛(汗」
そう言ってハロを蹴飛ばすフラウ。が、加減をミスったのか蹴られたハロは勢い良く転がり、そのまま研究室の壁にぶつかり置いてあった資材に埋もれてしまう。だが皆がやっちまったなと思う中、何事もなかったかのように手足を使い資材から脱出、アムロの元に戻っていくのは流石としか言いようがない。
「・・・君、それは一体? 昔市販されていた物みたいだが、性能が・・・」
そう、スカ博士が注目したのはアムロ作成のハロである。このスカ博士はハロが昔SUN社製が販売していたペット用の市販ロボットであるということを一目で見抜いていたが、その性能に驚愕した。
「ハロのことですか? 市販品を僕が改造したんです」
「君が改造・・・あのペットロボットの改造品にしては性能がいいな。さっきも脳波を測定したみたいだし手足を使って障害物を突破、オートバランサーも優秀だ。ところで、結構勢い良く蹴り飛ばされて壁にぶつかっていたが、本当に大丈夫なのかね?」
その言葉はアムロに向けられたものだったが、返事は目の前のハロから返ってきた。
「ハロ、ゲンキ、イジョウ、トクニナイゾ。オジサン、ヒロウ、タマッテル。ゲンキ、ダセ」
その一言にスカ博士は・・・いや、一連のやり取りを見ていた第9研究チームの人員は皆驚愕した。自分で理解し即座に反応する。まさにこの第9研究チームの開発しているコンセプトそのものだったのだから。
「自分で反応し応えた・・・き、君! これを本当に君が作ったのかい!?」
「え、ええ・・・でも作ったと言うより改造しただけですけど」
「謙遜は止したまえ、私はあのペットロボットの初期ロットを見た事があるが、あんな優秀じゃなかった。それをあんなに性能向上させるなんて・・・すごい!」
思ってなかった反応に戸惑うアムロだったが、褒められた事に不思議な感動を覚えていた。これまで自分の機械いじりを褒めてくれたのは昔の父親くらいなもので、他人からこのように褒められた事はなかったからだ。そしてそのせいか少し浮かれてしまい、目の前の主任の目が獲物を見つけた肉食獣のような目になっていた事にアムロは気がつかなかった。
「君、名前は?」
「アムロです。アムロ・レイ・・・」
「是非ここで働いてくれ!! ウーノ、急いで人事部に連絡したまえ! 見学者のアムロ・レイをうちの部署に配属するように要請するんだ!」
「はい、直ちに!!」
「あ、あの・・・?」
「彼は正に我々が求めていた人材だ! ここで出会えたのも何かの縁、共に人類の未来の為に人工知能開発を行おうじゃないか!!」
マッド達の巣窟にハロを持ち込んだのが運の尽き。その後、アムロはツィマッド社の人工知能開発プロジェクト関連の部署から猛烈な勧誘合戦があり、後にツィマッド社に技術者として就職する事になるのは、ハロをつれて見学に来たときからの運命だったのかもしれない。