シンガポールが空襲されている。
そんなニュースを耳にしたのは、私が街中の洒落たティーラウンジで紅茶を飲んで休憩していた時だった。ここクアラルンプールからシンガポールまでおよそ200kmだが、そのニュースを聞いたとき、私は他人事のように別にたいした事の無いニュースだと聞き流した。
なぜなら、シンガポールに駐留する連邦軍は膨大だという事を知っていたからだ。確かにここクアラルンプールは戦略上重要な拠点というのは知っていた。だがそれに比例して周辺の連邦軍の駐留部隊は大規模だ。私がその事を知っていた理由は単純で、インドで取れる紅茶をここシンガポールで販売するのが私の仕事だからだ。その仕事の関係上、連邦軍の基地にも紅茶を販売する。いや、連邦軍に紅茶を売るのが仕事と言っても過言ではなかろう。紅茶の売買契約で基地で働く人と交渉するうちに親しくなり、そんな情報も手に入る。
だからこそ私はシンガポール空襲を聞き流した。ここが戦場になることは無いだろうと判断して。
だが、気がついたときには周囲は戦場だった。
遥か高みから爆撃するジオンのガウとオルコスとかいう爆撃機仕様の群れ、そして空からパラシュートという華を使い降ってくる巨人達。
それから必至に逃げ、シェルターに逃げ込んで一安心した時に真っ先に私が思ったことは、今もまだ港に停泊しているだろう、商品である紅茶を大量に積載した私の会社の輸送船のことだった。
とある貿易商の証言 デイリーマラッカ記者インタビューにて
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モビルスーツを降下させた後、行きがけの駄賃とばかりにガウとオルコス爆撃機仕様がクアラルンプール空港に対して爆撃を行い、速やかに元来た道を引き返す。残ったのは炎上し航空機の離発着が不可能になった空港施設と駐機していた航空機、そして降下したモビルスーツだった。
勿論降下に失敗した機体も少なくなく、ザク4機に旧ザク2機、グフ1機が降下に失敗し全損。他にもザク2機と旧ザク1機が脚部大破で行動不能に陥っていた。つまり、モビルスーツをはやくも10機、42機いる全体のおよそ四分の一を失った事になる。
そしてこれらの機体に乗っていて、かつ生存していた囚人兵は3パターンの行動をとった。
ひとつは機体を捨ててそのまま逃走するケース。だがこれは仲間の機体に回収してもらった一部の幸運な者を除き、全てが住民に捕らえられ、中にはリンチにあって死亡した者もいる。
ふたつはそのまま投降した者。もっともこれは、重傷を負ったりコックピットハッチが歪んで開かず、機体から脱出できずそのまま連邦軍に救助され捕虜となったケースだ。
最後に、自棄になった者。あたりかまわず弾丸を叩きこんだりして暴れまくった結果、市街地で大規模な火災が発生したりした。この行動を行った囚人兵の末路は言わなくてもわかるだろう。
そして無事に降下した機体、旧ザク9機、ザク18機、グフ5機の合計32機は事前に振り分けられていた目標目掛けて行動を開始した。旧ザク9機とザク10機が港湾施設に、ザク8機とグフ5機が郊外の核融合発電所を目指し移動を開始した。
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「グフ2から各機へ、目標の核融合発電所の破壊を確認しました。とりあえず私達のノルマは達成したわけですが、これからどうします?」
「一応このまま港湾施設破壊に行った連中と合流すべきではないっすか。マリエの姉さん」
降下完了から一時間。核融合施設を防衛する装甲車等を蹴散らした後、模範囚である彼女が指揮するモビルスーツは核融合発電所の破壊に成功していた。これほどあっさり発電所の破壊ができたのには理由がある。万一の事態に備えて地下に建設されていたとはいえ、元は民間が建設し運用していた物なのだ。おかげで軍の施設とはお世辞にもいえない防備で、軍が駐留するようになってからも最大の戦力は61式戦車1個小隊といった状態だったのだ。元々施設単体の防衛能力ではザク1個小隊でも十分お釣りが来ると言われる施設に、モビルスーツが12機も襲来したら結果は明白だろう。
ちなみに、本当はグフ1のコールサインを与えられていた模範囚がこの襲撃の指揮をとる予定だったが、降下に失敗してこの場にはいない。ちなみにマリエと呼ばれた彼女は夫を殺害した罪で投獄されていた。ただ、その夫が働かずに酒を飲んで暴力を振舞い続けるということで状況酌量の余地があると判断され、かつ彼女自身が罪を認め自首し牢獄では模範囚として振舞ったことがこの降下部隊の副長を任された所以である。
「私は反対です。あっちのザクに乗ってる奴らには悪いですが、見捨てて合流ポイントで移動すべきです」
「おいおい、そんなに奴らが嫌いかオルデン?」
「言っちゃ悪いけど旧ザクの奴ら・・・死刑囚と一緒に行動するのは嫌なんだよ」
そう、この作戦では死刑囚は旧ザクに、他の囚人はザクに、そして囚人の中でも模範囚にはグフが与えられていた。死刑囚に与えられているのが酷使した旧ザクなのにはそれなりの理由がある。
乗り逃げ防止という理由が。
もしグフに乗せてそれを手土産に連邦に降伏でもされたら痛いからだ。当然今までグフの鹵獲機は出てはいるが、使い込まれたとはいえ即稼動するグフをこれ以上連邦の手に渡る危険を冒すべきではない。その点旧ザクならば開戦初期から鹵獲されまくっている性で、今更鹵獲されてもたいした痛手ではないと判断されたからだ。なにせ他サイドに輸出していた旧ザクが丸ごと連邦のダミー企業経由で実戦配備されたのだから。
そして乗り逃げの危険が少ない模範囚にグフを預けることで部隊を纏める効果を期待していたのだ。
そしてそんな模範囚を中心とする普通の囚人達と死刑囚との間で溝ができていた。死刑囚は自分達の旧ザクよりもいい機体を乗っているほかの囚人に嫉妬し、他の囚人は死刑囚と同じ視線で見られることに嫌悪して。
「ピッヂ、お前さんの意見は?」
「・・・正直な話、死刑囚達と行動を共にするのは嫌です。ですが、戦力に不安がある以上合流ポイントまでは一緒に行動すべきかと思います」
たしかに、ザク8機とグフ5機の合わせて13機ではクアンタンまでたどり着けるか不安ではある。それなら港湾施設を攻撃している部隊と合流し、一丸となって移動するほうが連邦の追撃も迎撃しやすくなるだろう。ピッヂと呼ばれた彼の言い分に間違いはない。
「・・・じゃあこのまま港湾施設を攻撃中の部隊と合流し、そのままクアンタンに移動。これでいいかしら?」
「他の合流ポイントは信頼できませんからね。クアンタンならば最悪でも撤退する水中部隊に拾ってもらえます」
「直線距離でここからクアンタンまでおよそ200km、ザクなら3時間もあれば十分到達できます」
「よし、そうと決まればさっさと連絡を行いますか」
だが、合流の為に通信を行ったところ、返ってきたのは・・・
「こちら発電所攻撃部隊、港湾施設攻撃部隊へ。そちらの状況を・・・」
「発電所部隊か!? 援護を、た、助けてくれ!」
「糞連邦の野郎、タンクもどきのくせして!」
「足をやられた、移動できない! う、うわぁああ!!」
・・・返ってきたのは、悲痛な叫びだった。港湾施設を攻撃していた友軍は、連邦軍の逆襲に遭遇していた。
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「ガッデム! さっさと輸送船団を沈めなかった結果がこれか!!」
そう言いつつ彼のザクは廃棄予定の240mmザクバズーカを停泊している輸送艦に叩き込む。ジャイアントバズーカと比べると威力は低いが、かつてはマゼラン級宇宙戦艦等を沈めるのに有効だったバズーカだ。放たれた弾は輸送艦に命中し、直撃を受けた輸送艦は積んでいた弾薬に引火し、船体をくの字にして瞬く間に沈没していった。
「おいヘンリー、さっさと逃げ出したほうが良くないか!?」
そう言いつつ彼と一緒に行動しているザクは、港に停泊している船舶に120mmザクマシンガンを叩き込む。連射中に弾切れになるが、素早く予備弾装に交換し空になったドラムマガジンを近くのビルに叩きつける。
「だがジャック、どの輸送船に連邦軍の兵器が積み込まれてるのかわかったもんじゃない。浮かんでいる輸送船を沈めてからでないと、背後からいきなり撃たれる羽目になりかねんぞ!」
「・・・たしかに、いきなり輸送船からあんなもんが出てくるとは思っても無かったからな。だが、もうそろそろ移動しないとやばいぞ?」
「・・・・・・わかった、撤退しよう。しかし僅か十数分でこの様か」
そう、事は十数分前まで遡る。彼らの受難が始まったのは1機の旧ザクが破壊されたことから始まった。
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「ひゃっはっはっはっは!! 燃えろ、沈め、逃げ惑え!! ゴミのように掃除してやんよ! もっと俺を楽しませろ!!」
そう叫んでいるのは元死刑囚の乗る旧ザクだった。快楽殺人犯の彼は、自身が犯した殺人の数を優に上回る数の人間をこの旧ザクで殺害していた。
この死刑囚の旧ザクやヘンリー達のザクを含め、港湾施設攻撃に向かった機体は1~2機ごとに行動していた。これは港湾施設に停泊する輸送艦が多いということで、効率よく破壊活動を行うにはバラバラになって広範囲で行動する方がいいと判断されたからだ。それ以上に、こんな人間と一緒に行動したくないという事も大きな理由の一つだが。
そして、結果的に多数の輸送船を沈めることには成功した。が、連邦軍も黙っていたわけではなかった。座礁し炎上する輸送艦の噴煙で視界が利きにくくなった隙を突いて、数隻の輸送船がその内部に積んでいた兵器を起動したのだ。それらは61式戦車や装甲車といった代物が多かったが、その中にはモビルスーツを撃破するのに十分な兵器も含まれていた。
「あーひゃっひゃっひゃっひゃ!! ひゃ?」
次の目標と定めた輸送船に向けて105mmマシンガンを叩き込もうとした彼だったが、その行動は輸送船から出てきたあるモノに目を奪われできなかった。そして、それが彼の最後に見た光景だった。
次の瞬間には彼の旧ザクは吹き飛ばされたのだから・・・
そしてそれを偶然目撃した囚人兵のザクが慌てて後退し、他の機体に知らせ攻撃を行おうとした結果返り討ちにあい、その部隊が発したのが発電所を攻撃した部隊が傍受した通信だった。
RTX-440A 陸戦強襲型ガンタンク
RTX-44をベースに改良され、進化の系譜としてはRTX-44とRX-75 ガンタンクとの間に位置する機体。
史実ではデータが漏れた為に進化の道を閉ざされ、捨て駒扱いの囚人兵に与えられたような機体だが、この世界では扱いが全く違っていた。というのも、その大きな理由は史実以上に大きな勢力となっているV作戦反対派だった。
V作戦反対派によってRTX-44が実戦デビューし、モビルスーツと戦える事、モビルスーツを撃破できる事を証明した。そこまではいいが、そのデータがガンタンク開発に反映された結果、V作戦反対派の人間の考えとは違いレビル将軍を中心とするV作戦派にその権益を一部奪われたのだ。理由は簡単で、生産ラインが足りないのでRTX-44の製造ラインの一部をガンタンク製造ラインにまわされたからだ。
これだけならまだ反対派も自重しただろう。だがそうはならなかった。RTX-440のデータが漏洩し、それを知ったV作戦派の高官が漏らした一言が反対派を刺激したからだ。曰く『機密の漏れた代物は生産する意味が無い。RTX-44も含め、全てRX-75のラインに変更してしまえ』と。
これを知ったV作戦反対派は激怒した。自分達の権益を掠め取られる結果となっていた上に、この上更に権益を奪おうとされたのだから。
そして彼らのとった行動がこの機体に光を浴びせた。前線で戦う将兵に一刻も早く、ジオンのモビルスーツと戦える機体を回すべきだという『建前』を声高く言うことで、自分達の権益を回復しようと目論んだのだ。そしてその結果、この陸戦強襲型ガンタンクの量産を実行した。勿論、可変機構を組み込んだせいで量産性と整備性がガンタンクよりも低下したが、それすらも次世代機への技術試験項目だと言い張り、尚且つ可変機構を取っ払って突撃砲形態のみの機体も量産していた。なお、機体設計に関わったアリーヌ・ネイズン技術中尉は史実通り投獄されたが、すぐにV作戦反対派の命令によって陸戦突撃砲型ガンタンクの設計に関わり、終了後に特別任務を与えられたのだが、今はどうでもいい話である。
それが輸送艦から現れ、旧ザクを吹き飛ばした兵器の正体だった。
もちろん作戦に参加している囚人兵には簡単な連邦軍兵器の一覧を貰っていたが、陸戦強襲型ガンタンクが車高を稼ぐ為に突撃砲形態で登場した為に、それが一体なんの兵器かわからず迷ってしまった。パッと見ではXT-79駆逐戦車に腕が生えたような形なのだから、彼が悩んだのも仕方ない。
そしてその隙に陸戦強襲型ガンタンクは腕を動かし、腕部のホップミサイルを発射して旧ザクを破壊した。
そして現れた陸戦強襲型ガンタンクはそれだけではなかった。他の無事な輸送艦からも多数陸揚げされ、6機近くが起動したのだ。そして突撃砲形態のみのRTX-440B 陸戦突撃砲型ガンタンクが6機、そしてそれに対抗するかのように派遣されていた量産型ガンタンク3機の合計15機が戦場に降り立った。
・・・正直洒落にならない状況である。だが同時に、ある疑問も思い浮かぶ。なぜこれらの兵器がここクアラルンプールに存在するのか?
答えは簡単、インドから戦力増強の為に派遣されてきたのだ。こうして対モビルスーツ用の戦力を増強し、余分な人員を後方に回す。そしてその人員が新しく製造された兵器の搭乗員になるといった、ある種のサイクルができていたのだ。おかげでこの東南アジア戦線やアジア戦線では大口径バルカン重装甲車やミサイルバギー、対ザク用タンク型自走砲といった旧式兵器は姿を消しつつあった。しかもアジア戦線を東南アジア方面から突き崩す事を目的とした、北上侵攻作戦が計画されておりその為にこの部隊は派遣されてきたのだ。
つまり簡単に一言で言えば、この囚人兵部隊には『運が無かった』と言える。
話を戻そう。こうして撃破されたのは旧ザク6機とザク3機の9機だ。残っているのは旧ザク3機とザク7機。発電所破壊に行った部隊を含めると数の上では渡り合える戦力だ。しかも連邦側は自分達の勢力圏の市街地で戦う為に、民間人を巻き込む危険性を持つ地雷やMLRS、火炎放射器が使えない。それを見るとジオン側が有利なようにも見えるが、相手は訓練をつんだ正規兵で、こちらは囚人兵という事を忘れてはいけない。瞬く間に味方が撃破された事は士気の崩壊を意味し、各人がバラバラに行動するハメとなった。そしてそれとは逆に連邦軍は統制を取り戻し、ジオン側を各個撃破していくということでもあった。
結果・・・港湾施設を攻撃していた部隊は敗走を余儀なくされた。
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話は戻るが、ヘンリーとジャックは違うエリアで船舶を攻撃中に仲間の断末魔の通信を傍受してしまった。そして、偶然輸送船から現れた陸戦強襲型ガンタンクを発見、これをバズーカで吹き飛ばした。そしてそれは二人の周囲にある輸送船にも兵器が積載されている可能性が極めて高いということだった。
「・・・周囲の船はあらかた炎上している。さっさと逃げようぜ」
「・・・ああ、このまま発電所を破壊しに行った連中と合流できれば・・・ん?」
センサーに友軍の反応があり、そちらに目を向けるとそこには1機の旧ザクが接近中だった。そう、死刑囚に与えられた旧ザクが。
「・・・そこの旧ザク、何の用だ?」
強めに詰問され、旧ザクから返ってきた返事は少し戸惑いの声が含まれていた。
「ああ、いや別にたいしたことじゃない。ただ、君達が撤退の算段をしてたみたいだから、加えてもらえないかと思って・・・」
だが、それに対する二人の答えは冷徹だった。考えてみてほしい。死刑囚と一緒にいたいか? と聞かれたらほとんどの人はNOと答えるだろう。よほどのことが無い限り離れていたいというのが本当のところだろう。
「死刑囚と一緒に行動はしたくない」
「同感だ、幾ら同じ囚人兵といえどな・・・悪いけど一人で行動してくれないか?」
それに慌てたのが旧ザクに乗る囚人兵だ。旧ザクの持つ武器は旧式の105mmマシンガンとヒートホークのみ。予備のドラムマガジンも1つしかない。群れから離れたものが辿る末路は動物も人も変わらない。その為に旧ザクの囚人兵は必至になった。
「ま、待ってくれ。たしかに俺は死刑囚だ。だが俺は冤罪だ、嵌められたんだよ! それを晴らさないで、死ねないんだ! 頼む、一緒に連れて行ってくれ!!」
「・・・と、言われてもな」
「正直な話、気が進まないというのが本音だ。何か借りでもない限り、一緒にはいたくないな」
「・・・なら、これでどうだ!」
そう言って目の前の旧ザクはマシンガンをこっちに向けて・・・て!?
「うぉい!? ちょっと待て!」
「正気か? やめろ!」
だが制止の声を無視し目の前の旧ザクはマシンガンを発砲。放たれた105mm弾丸は飛翔し・・・ザクの脇を通って背後の陸戦突撃砲型ガンタンクに命中し、蜂の巣にした。
「あ・・・」
「何時の間に背後を取られたんだ!?」
「これで君達は俺に命を救われたっていう借りができたわけだが、一緒についていってもいいかい?」
呆然とする二人だったが、その言葉に我に返り、苦笑いを浮かべる。
「・・・本当は気が乗らないんだが、借りは返さないといけないな」
「OKわかった、こっちの負けだ。あんたも一緒に来いよ。そうと決まればさっさと撤退しよう」
そう言って3機のモビルスーツは港湾施設から撤退した。だが、その合流地点であるクアンタンに上陸し進撃していた水陸両用モビルスーツ部隊も受難を受けていた。
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「デルタゼロよりデルタリーダーへ、敵更に接近! ゴッグ2、ズゴック1です」
「わかった。デルタリーダーより各機、アローフォーメーション!」
「了解。ジオンの奴ら、連邦のモビルスーツパイロット全部が素人ばかりと思うなよ」
「へへへ。ラリー少尉、こういうときこそ焦りは禁物ですよ」
クアンタンとクアラルンプールの間にあるパハン(Maran)、両都市を結ぶハイウェイが通るその地域のクアラルンプール側の山中で、ジオンの水陸両用モビルスーツとコーウェン准将貴下のMS特殊部隊第3小隊、デルタチームの3機のRGM-79(G) 陸戦型ジムは激突していた。
なぜ彼らがここに展開しているのかというと、シンガポール司令部から出撃要請があり、実戦経験豊富なジョン・コーウェン准将貴下のMS特殊部隊1個中隊に白羽の矢が立ったからだ。
ジョン・コーウェン准将貴下のMS特殊部隊には5つの部隊が存在し、それぞれα(アルファ)、β(ベータ)、γ(ガンマ)、Δ(デルタ)、ε(イプシロン)と呼称されている。このうちαはコーウェン准将直属のMS特殊部隊の補給部隊であり、主に物資や部隊の移動を手がけている。が、MS特殊部隊に所属しているのは書類上のことで、実際はMS特殊部隊の動向に左右されず行動する一種の独立部隊だった。故に、MS特殊部隊は実戦部隊である4つの小隊から構成されている。更に、β-第1小隊、γ-第2小隊、Δ-第3小隊、ε-第4小隊となり、この4つの小隊もそれぞれ独自の命令を受け行動している。つまり、中隊として一まとまりに行動することは無く、行動するのは常に小隊毎なのだ。その為、マット達第3小隊を含む4つの小隊が東南アジア戦線、しかもマレー半島シンガポール軍事拠点周辺という一つの地区で協力して作戦行動を行うことは部隊設立以来無かったことであった。
そして第1小隊はクアラトレンガヌ防衛、第2小隊はシンガポール防衛、第3小隊はジョホールバール防衛、第4小隊はクアラルンプール防衛の為にそれぞれ3機のミデアで輸送された。が、その途中にクアラルンプールが攻撃され、第4小隊は戦場となったクアラルンプールに近いメラカ(マラッカ)に降りてから急行する事に、第3小隊は敵部隊の合流を阻止する為にパハンに展開することになったのだ。
「デルタツー、敵と接触した」
「こちらデルタスリー、隊長、危なくなったら助けてくださいよ」
「隊長、ゴッグに100mmマシンガンは接近しなければ効きません。ロケットランチャーやミサイルを使ってください!」
「わかっている。ロケットランチャーを使う」
そう言ってデルタチームの隊長、マット・ヒーリィ中尉の乗る陸戦型ジムはゴッグに向けて左手に持っていたロケットランチャーを2発連続して放つ。
放たれた大型ロケット弾にゴッグは気がつき回避しようと試みたが、その努力は実らず1発が腕部に、もう1発が腹部に直撃し、直後にゴッグは爆散した。それと同時に2番機のラリー・ラドリーが180mmキャノンでもう1機のゴッグを、3番機のアニッシュ・ロフマンが100mmマシンガンでアッガイを破壊していた。
「隊長、ソナーに反応無し。この周囲の敵は一掃したようです」
「わかった、ただ警戒は怠らないでくれ。デルタツー、スリー、残弾はどうなっている?」
「こちらデルタツー、180mmキャノンは今装填されている1発以外ありません」
「スリー、マシンガンはともかくミサイルの残弾がないです。こりゃ一度補給に戻った方が良くないっすか?」
「・・・そうだな、ロケットランチャーも弾切れだから一度補給に戻るか。各機後退! ノエル、補給部隊に準備を頼むと伝えてくれ」
「了解しました!」
今回マット機は100mmマシンガンとロケットランチャー、ラリー機には180mmキャノン、アニッシュ機には100mmマシンガンとミサイルランチャーを装備させていた。そして今回、長距離からアウトレンジできる180mmキャノンやミサイルランチャーにロケットランチャーは使用頻度が高く弾切れとなり、逆に接近戦で使う100mmマシンガンは装甲が厚いゴッグが相手ということもあり弾は携帯している分でまだ十分という状況だった。
「ノエル、付近に展開している部隊はどれくらいだ?」
「少し待って下さい・・・我々の後方10km、クアラルンプール方面の幹線道路に61式戦車1個小隊が展開したようです」
「じゃあ後方からいきなり奇襲されるってことは無さそうだな。前方に友軍が展開したセンサーの反応は?」
「今のところ問題無く作動しています。敵影は今のところ確認されていませんが、状況から考えるとまた敵がやってくる可能性は高いと思われます」
「わかった。っと、ミデアが見えた。デルタツー、スリーの順で補給作業を開始しろ」
直線状の道路を臨時の滑走路に見立て着陸した3機のミデアには、1個小隊を構成する3機のモビルスーツとホバートラック1両の他に、護衛用の対空車両2両と、多くの弾薬を積んだ補給用のホバーカーゴトラックが1両積載されていた。ホバーカーゴトラック自体は非武装だが、そのカーゴには消耗品である各種弾薬が満載されている。
なぜこんなに用意周到なのか、それはこの部隊が派遣されてきた理由にこそ答えがある。元々MS特殊部隊は『東南アジア戦線にてジオンに不審な動きあり』という情報が入ってきた為に急遽派遣されたわけであり、スクランブルの時に弾薬が足りなくなるのを防ぐ為に、あらかじめ武器弾薬を搭載したホバーカーゴトラックを用意してたのだ。その為今回シンガポールが空襲されたと報告された時には既にいつでも離陸できるように準備が完了し、シンガポール司令部から出撃要請が来た時には既に離陸していた程だ。
「しかし隊長、奴らなんでこんな無謀な作戦をしたんでしょうかね?」
「こっちに来る水陸両用機ですけど、クアラルンプールの発電所を破壊した敵部隊と合流してシンガポールを目指すって言うのが上の判断らしいですが、本当にそうなんでしょうか?」
「それは俺もわからない。が、俺はその可能性は低いと思っている。恐らくクアンタンの部隊はクアラルンプールを攻撃した部隊の回収部隊じゃないかと睨んでいるんだが・・・まぁなんにせよ来る敵を撃破すればいいだけだろう」
「隊長の考えが当たりの可能性は大いにあります。現に戦闘ヘリ部隊が我々から左へ30kmのポイントで、クアラルンプールに空挺降下したザク部隊がクアンタン方面に移動するのを確認しています」
「そのヘリ部隊はどうなったんだ?」
「・・・反応が無いので、恐らく撃墜されたものと思われます。それと前後して付近の戦闘ヘリ部隊と対モビルスーツ特技兵が出撃したとの情報もあります」
そう言いつつ作業は進み、補給が完了した頃に、前方に展開していたセンサーが敵の接近を捕らえた。
「! 隊長、前方に敵モビルスーツの反応を探知しました」
「わかった、各機散開して対応しろ。3方向から一斉攻撃を仕掛けるぞ」
「よっし、さっさと片付けてしまおうか」
「俺はやりますよ、やりますとも」
そう言って散開しつつ前進する3機の陸戦型ジム。先程まで戦闘を行っていた場所まで前進したところで敵モビルスーツ、MSM-04 アッガイの姿を視認した。そしてアッガイはデルタチームを視認するや否や、頭部に装備する4門の105mmバルカン砲を乱射する。牽制代わりの一撃なのだろうが、その弾丸は十分な破壊力を持っている。しかも3機が一斉に弾幕を張るのだから、全てを避け切る事は不可能だった。
「無事かアニッシュ!」
「くそ、被弾しました。ですが戦闘は続行可能です」
「よし、各機一斉射撃・・・今!」
アニッシュ曹長の機体に多少の被弾が発生するものの、戦闘に支障無し。お返しとばかりにアニッシュ機から100mmマシンガンとミサイルを3発、時間差をつけて発射する。それと同時にラリー少尉の180mmキャノンを放ち、マット中尉もマシンガンを放ちながらロケットランチャーを放つ。別々の角度から放たれた弾幕にアッガイ達は被弾し、1機がマシンガンの十字砲火で蜂の巣に、もう1機もミサイルと180mmキャノンで木っ端微塵にされ、残り1機も頭部を吹き飛ばされ仰向けに倒れた。
息の合った連携でアッガイ3機を撃破したところで、更にデルタゼロから報告が入る。
「敵増援を確認、気をつけて!」
「おいおい、ジオンに兵無しってのは嘘だらぁ」
「まぁまぁラリー少尉、レビル将軍の悪口はやばいですって」
「デルタゼロ、敵の詳細はわかるか?」
「前方からモビルスーツ2機、恐らくザクタイプと思われます」
その言葉にマットは軽く疑問を抱く。空挺降下したザクは後方にいて、前方からくるのは水陸両用モビルスーツのはずだったからだ。が、深く気にせずクアンタンの飛行場に輸送機で運んだのだろうと判断した。
そして数分後、やってきたザクは普通の機体ではなかった。
MSM-01 ザク・マリンタイプ
水中で活動できるようにザクF型をベースに開発され、その大半が新造パーツで構成されたザクだった。が、武装は60mm機関砲2門と、水中専用のM6-G型4連装240mmサブロックガンと貧弱だった。ぶっちゃけ陸上での戦闘力は旧ザク以下である。ただし、目の前のザクにはブラウニーM8型4連装180mmロケットポッドが左腕に、シュツルムファウストが腰の左右に4基とりつけられており、火力の底上げがされていた。
先程撃破したアッガイから報告を受けていたのか、2機の水中用ザクはデルタチームを確認した次の瞬間にはそれぞれシュツルムファウストを2基放ち、その直後にロケット弾を放ってきた。が、遠距離から放たれるロケット弾はモビルスーツにとって回避しやすい。
事実、デルタチームの陸戦型ジムは全機回避に成功してロケット弾は全て空しく地面に穴を開けるだけに留まった。
そして戦闘力の低い水中用ザクを破壊しようと3機が動き出した時、新たに報告が舞い込んだ。
「敵、更に増援を確認! モビルスーツ4機ですが、ゴッグタイプとザクタイプと思われます」
「まだくるのか・・・」
「やれやれ、ちっとは休ませて欲しいもんだ」
しかし次の瞬間には彼らは慌てることになる。なぜなら・・・
「あ!? 敵増援が高熱源体を発射、ミサイルです! 大型ミサイル8発を含む32発がそちらに向かっています!」
「な!?」
「各機後退! おそらく目の前のザクがこちらの位置を連絡したに違いない、急いでここから離れるんだ!」
増援に現れたのはMSM-02 水中実験機とMSM-03-1 プロトタイプゴッグがそれぞれ2機だった。特にMSM-02 水中実験機はMSM-01のデータを元に製造された実験機で、水中での運動性は向上しているが軍の要求には満たず、また陸上での機動性も悪く、水陸両用を目指すあまり両面の良さを消してしまった機体だった。
が、その反面火力は強力で6連装ミサイルランチャー×2、6連装腕部バルカン砲×2、背部バルカンポッド×2、対空・対艦ミサイル発射管×4といった重武装ぶりで、機動性が悪くなったのは武装を搭載しすぎたからだという話もまことしやかに囁かれている。
なお、キャリフォルニアベースにいる某企業の一部のマッd・・・頭のいい技術者達が試験用に運び込まれた1機のMSM-02の外見のかっこよさに惚れ込んで、浮いた経費や資材(廃棄機体等含む)を流用し性能を格段に向上させた魔改造機体を複数開発し一悶着起こした事件があったのだが、これもどうでもいい話である。
そしてその水中実験機から放たれた対艦ミサイル8発と24発の小型ミサイルがデルタチームに襲い掛かる。
更に間の悪いことに、デルタチームがミサイルの回避を行っている最中に水中用ザクが残りのシュツルムファウストを発射した。しかもこの2発はただのシュツルムファウストではなく、対地掃討用のエルデンファウストだった。放たれたそれはデルタチームの頭上で千個近い子弾頭に分裂し、鉄の雨を見舞った。
結果、マット機は頭部センサーが一部損傷、ラリー機は持っていた180mmキャノンを破壊され、アニッシュ機はミサイルランチャーが爆発し左腕ごと損失していた。
「くっ・・・各機報告」
「こちらデルタツー、武装を失いましたが他は特に異常ありません」
「デルタスリー、左腕を丸ごと失いました。機体中破!」
「わかった。とりあえずラリー、このロケットランチャーを使え」
「わかりました。しかし敵さんやってくれましたね」
プロトタイプゴッグを前衛に、水中実験機を後衛に展開していた。そして水中用ザクはその側面から回り込もうと移動している。が、その動きはかなり鈍かった。それも当然である。水陸両用機でありながら通常の陸上機並の運動性を誇るハイゴッグならばともかく、それより前のゴッグの試作機であるプロトゴッグや水中実験機、水中用ザクは陸上での機動性は旧ザク程度だった。しかもプロトゴッグの冷却システムは水冷式。故にオーバーヒートしないように動かざるを得ない。つまりますます動きは鈍くなるのだ。この水陸両用部隊は囚人兵部隊ではなく一応正規軍なので整備はちゃんと行われてはいたが、流石に陸上ではその性能はフルに発揮できない。
が、それを補って有り余る火力があった。正面のプロトゴッグから拡散メガ粒子砲が放たれ、デルタチームに迫る。幸い距離があった事と、陸戦型ジムの装甲がビームにある程度の耐性を持つルナチタニウム製(※GCBガンダムカードビルダーのカスタムカード『ルナチタニウム合金』を参照)だったこともあり破壊された機体はなかったが、デルタツーの右脚が破損、片膝を付いてしまう。
「くっ・・・右脚をやられました、反応がありません」
「ラリー! スラスターを使え!」
「! 了解!」
動きを止めたと判断したプロトゴッグは止めを刺すべく、一気に接近しその鋭い爪を振りかざす。が、その直前にスラスターを吹かしたラリーの陸戦型ジムは後方に飛び去り、攻撃をかわすどころか手に持っていたロケットランチャーを至近距離から放つ。水陸両用機であるプロトゴッグの装甲は当然厚いが、それでもロケットランチャーの直撃を受ければただではすまない。放たれたそれはプロトゴッグの右腕に命中し腕を吹き飛ばす。そしてバランスを崩し転倒したプロトゴッグに向かってマットがビームサーベルで斬りつけ破壊する。
それに向かってもう1機のプロトゴッグがクローで襲い掛かるが、その攻撃を何とか盾で受け流す。だがプロトゴッグの馬鹿力のせいで、腕部につけていた盾はへしゃげて吹き飛ばされ、左腕も損傷を受けた。それでもその行為は無駄ではなく、カウンターとばかりにサーベルでプロトゴッグの腕を切り落とした。それはアニッシュ機がマシンガンで水中実験機1機を破壊したのとほぼ同時だった。
「よし、後は4機・・・?」
「連中、撤退しはじめた?」
そう、攻撃の要であるプロトゴッグと水中実験機の半分がやられたせいで、残りの機体は撤退を開始したのだ。ちなみに水中用ザクは撤退途中、先程まで戦闘をしていて破壊されたアッガイ等から脱出したパイロット達を回収しつつ撤退していた。
「隊長、追撃のチャンスでは?」
「・・・いや、俺達の任務はここの防衛だ。デルタツーの機体の損傷もあるから、無駄な戦闘はするべきじゃない」
「はぁ・・・了解しました。ジオンの奴ら運がいいな」
「そういうことでデルタゼロ、敵の増援はいるか?」
「いいえ、周辺に敵の増援はいません・・・え!? 司令部から後退命令?」
「どうしたデルタゼロ?」
「あ、はい。たった今シンガポール司令部から後退するように命令がきました。敵をクアンタンに押し込めて一気に殲滅する為に一時後退しろと・・・」
「機体の消耗が激しいのでありがたいですが、どうも腑に落ちませんね」
「このタイミングで後退命令・・・お偉いさんの考えていることはよく分かりませんね」
「・・・だが命令は命令だ、デルタチームは後退する。アニッシュ、ラリー機の右肩を頼む。俺は左肩を持つ」
「了解しました」
「すいません隊長」
「デルタゼロ、アニーに連絡して修理の準備を整えておいてくれ」
「了解です隊長」
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・
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シンガポール軍港
「隣の給油艦が爆発した! 消火艇はどこだ? 本艦に燃え移る! 助けてくれ!」
「消火艇が爆発に巻き込まれた。2隻・・・いや3隻・・・燃えてるぞ」
「なんだ、この損害は? 俺様の想像力を上回るとは、どうなってんだ」
「湾全体が炎の中に」
そう、太平洋艦隊の根拠地であるシンガポール軍港は火に包まれていた。石油備蓄施設で爆撃機型オルコスが投下した爆弾が炸裂したからだ。10波以上にも及ぶ波状攻撃によって連邦の防空体制は食い破られ、連邦は少なくない戦力を失っていた。編隊を組んだ爆撃型オルコスの一斉投弾によって停泊していたタンカー等が炎上し、港内から脱出を試みる船舶がドダイに乗ったザクの攻撃で沈没していく。
そしてその報復とばかりにフライアローが突貫し、編隊を崩すべく空を切り裂く。オルコスとドダイはコンバットボックスを組み対空防火を放って接近を拒むが、被弾しても構わずに攻撃してくる戦闘機部隊によって1機、また1機と煙を吐いて落ちていく。
『密集しろ! 敵を近づけさせるな!』
「怯むな、奴らをなんとしても撃墜しろ! これ以上好き勝手させるな!」
「うぉ、被弾した! オメガ11、FOX4アーンドイジェークト!! イイイイィィィィィヤッホオオオオオオゥ!!」
『な、カミカゼか!? うわああああ!!』
「オメガ11がモビルスーツ付きのドダイを撃墜したぞ!」
「・・・滅茶苦茶すぎる。というか、あいつさっき落ちてなかったか?」
「ああ、海軍さんは知らんだろうが、空軍では何時ものことだ。気にするな」
「・・・・・・了解した、攻撃を続行する」
『護衛機、急いで来てくれ! このままでは全滅する!』
「敵の数が減っている・・・あと少しか?」
『う、うわ! 後方に敵機、撃たれた! メインエンジン停止、総員脱出急げ!』
「ヴァイパー10、敵爆撃機を撃墜した!」
「こちらレイピア7、敵機撃墜! 次はどこだ!?」
「ソード3から各部隊へ! 艦隊に敵機接近、大型ミサイルを持っているぞ」
「撃て、撃て、撃て、撃て! 防空艦の意地を見せろ!」
「上空の味方機、艦隊の射線上に出るな! 誤射してもしらんぞ!」
『なんて対空砲火だ。・・・対艦ミサイル発射、発射!』
「敵機対艦ミサイル発射、ファランクス撃ち方始め!」
「馬鹿っ、やめろ! 岸のドックを直撃してるぞ!」
「上空よりミサイル着弾。11時方向、距離200m」
『くそ、被害が大きい・・・ミサイルを撃ちつくした機体は撤退しろ!』
『連邦め、これほどの航空戦力を持っているだなんて・・・うわぁ!』
「敵は徐々に後退している。このまま守りきれ!」
『対艦攻撃部隊のオーソイド隊が撃墜されたぞ! 護衛は何をしていたんだ!』
「上空の援護がいい。いけるぞ!」
「対空砲火の手を緩めるな、砲身交換するくらい撃ちまくれ!」
濃密な対空砲火を撃ちあげ青空を爆炎で覆わんとする地上部隊。海上では炎上する海面と、対空砲を放ちながら高速航行し複雑な白い航跡を残す戦闘艦群。そして空では細長い白煙と大きな黒煙を青いキャンバスに塗りたくり、己の命を賭けて戦闘を行う双方の戦闘機部隊。
そして数の上で勝っている連邦戦闘機の猛攻の末、シンガポール航空戦はその幕を閉じようとしていた。
『・・・ジオン航空隊の各機聞け、こちら空中管制機フィリピン・アイ。特殊部隊がクアラルンプール発電施設の破壊に成功した。よって現時刻を持ってシンガポール空襲を終了する、全機帰還せよ。繰り返す、作戦終了全機帰還せよ! 空中給油機とのランデブーポイントに急げ、余裕のある機体は殿を頼む!』
『まだ爆弾や対艦ミサイル持ってる機体は全部使い切ってから撤退しろ。速度を稼ぐ為に少しでも機体を軽くするんだ!』
「お? ジオンの奴ら逃げていくぞ」
「俺達の勝利だ、守りきったぞ!!」
「追撃の手を緩めるな! 奴らをここで叩きのめすぞ、戦闘続行可能な機体は我に続け!」
『くそ、敵の追撃部隊だ!』
『慌てるな・・・キャリア隊へ、君達が主役になる時だ。雛鳥達を羽ばたかせろ! 繰り返す、雛鳥達を羽ばたかせろ!』
『・・・こちらキャリア隊、了解した。雛鳥達を羽ばたかせる!』
古来より撤退戦が最も難しい戦闘なのは証明されている。逃げながら敵と戦うというのが如何に困難なのか、それは航空戦においては更にハードルが上がる。
当然ながら飛行機は飛ぶのに燃料が必要で、それは激しい機動を取れば消費も激しくなる。燃料を気にしながら戦うのは必要以上に神経を使う作業で、戦闘に集中できず撃墜されることも多い。
そして作戦計画時に問題として取り上げられ、確実に発生するであろう撤退戦の為に、ジオンは秘策を用意していた。
連邦の追撃部隊と交戦しているのは殿を務めるジャベリン戦闘爆撃機とドップだった。なぜ航続距離の短いドップがこの戦場に舞っているかというと、近くを飛行するオルコスが答えを見せていた。
「キャリア7よりデスクロー1、2。用意はいいな?」
「こちらデスクロー1及び2、いつでもいいぞ」
「よし、打ち出すぞ! 発射、発射!」
その言葉と共にオルコスの格納庫から後方にドップが2機、平行にならんでいたカタパルトから続けて射出された。そう、ドップの航続距離の短さの解決の一つが、オルコス輸送機の空中空母化だった。と言っても発進のみで、着艦はガウ攻撃空母又は給油機で補給すると言った方法をとらざるを得なかったが。幸いジオンはガウ攻撃空母で、小さいスペースからドップを発進させたりする運用ノウハウ等を持っており、着艦を考えなければドップはオルコスの輸送コンテナから十分発進可能だったのだ。が、たった2機しか搭載できない為戦力としては疑問符が付いていた。だが、相手が燃料を消費している追撃戦時に格闘戦に強いドップが加われば、連邦の追撃を食い止めることが可能なのではないか?
この考えに基づき、2機のドップを搭載した空中空母改造型オルコス18機は戦場から少し離れたところを数機の空中給油型オルコスと共に飛翔し、撤退戦に移ったところで合計36機のドップを発進、殿に当てたのだ。
その結果、新手のドップが加わったせいで連邦軍は不完全な追撃戦となり、ジオン側の航空隊を取り逃がしてしまうこととなった。
攻撃を仕掛けたジオン西太平洋方面軍はフィリピンに展開していた航空戦力、特に航続距離に優れる制空戦闘機の半数以上をすり減らされるという大打撃を受けた。対して連邦軍は、展開していた航空戦力の多くを損失。空母の艦載機も半数近くが撃墜されてしまったが、その多くは補充された新米達ばかりで、少なくない数が撃墜時に脱出に成功し回収されている。人員が無事だった為に機体はまた作ればいい連邦軍に対し、ジオン軍は機体から脱出してもその多くは捕虜となるしか道が無かった。もちろん潜水艦や現地に潜入させていたエージェントを中心とするパイロット回収部隊を展開させてはいたが、シンガポール基地付近では活動は困難だった。
そしてジオンの定めた重要攻撃目標の一つだった太平洋艦隊も、改造ヘリ空母が1隻大破炎上したものの、空母ハーディングの至近弾による小破等、残りの空母達は1週間もあれば修復完了するレベルに留まった。更にエスコート艦も巡洋艦3隻、駆逐艦7隻、潜水艦1隻が撃沈又は大破炎上したものの、他の艦は損害が軽微だった。
結果から見れば、ジオンはクアラルンプールの発電所を破壊し、シンガポール軍港等の施設に多大なダメージを与え、連邦は攻撃してきたジオンのモビルスーツ部隊と航空隊の多くを撃破した。
こう書けばジオンの辛勝ともとれるが、今後の制空権を維持する為に航空隊の補充が必須なジオン側を見ると、連邦側の勝利と判断することもできた。そして、シンガポールで戦闘に参加した将兵は皆、連邦の勝利と判断していた。
「敵航空隊、完全撤退を確認しました!」
「ふむ、なんとか凌いだな。やはり我が軍はまだまだ戦える」
「損傷を受けた艦も、軽微な損傷の艦と大破した艦に分かれましたから、あの作戦にもなんとか参加可能でしょう」
「それにあれだけ航空戦力を失えば、しばらくはジオンも大人しくしているだろう・・・・・・ところで、あの参謀殿の姿が見えんが、どこにいるんだ?」
「あ~・・・それが・・・なんというか・・・」
「どうした? 報告は正確に言いたまえ」
「・・・本艦隊が対空戦闘を開始して少し経った頃に、司令部に戻って戦闘指揮を執る、と言われヘリで脱出されたものの、攻撃を受け搭乗されていたヘリが撃墜され、現在行方不明です」
「・・・・・・敵前逃亡と言わないかそれは?」
「まぁそれは置いときましょう。肝心なのはフィリピン攻撃を行わなくてもよくなったということです」
「それもそうだな。よし、今は艦載機部隊にもうひと働きしてもらう事に集中しよう。艦載機の準備ができ次第クアンタンを攻撃する」
「了解しました」
そして艦載機部隊の発進準備中に、陸上でも南下していたジオンの水陸両用部隊を撃退し、クアラルンプールに空挺降下した部隊もクアンタンに押し込めつつあり、奪還も時間の問題という報告が入り、この地を守る連邦軍全体が安堵しかけた頃、その凶報は飛び込んできた。
「き、緊急事態です! オーストラリア大陸全域でジオンの総攻撃が始まり、チャールビル基地及び・・・トリントン基地が制圧されました!」
「なん・・・だと・・・?」
※MS特殊部隊の設定も自分の思いつきですので注意してください。