サイド3 技術本部長室
「地球降下!?」
そう言葉を発したのは第603技術試験隊に所属するオリヴァー・マイ技術中尉だった。彼は新たな任務を受ける為にここに訪れていた。
「MT-05モビルタンク、ヒルドルブ。第603はこれを受領後、地上試験を実施せよ」
「お言葉ですが、この機体は2年前に全ての評価を終えています」
「たしかに2年前、不採用の烙印を押された狼ではあるな」
「では今更何を?」
「ヒルドルブは地上試験終了後そのまま現地配備とし、回収の必要は無い。試験終了後、君達は速やかに帰還せよ」
「なっ・・・それではまるで・・・・・・いえ、応急現地改修にも限度が!」
「配備先に関しては問題ない。ヒルドルブを引き取るのはあのVFだ」
「VF? あのツィマッド社の?」
「そうだ。今回の君たちの任務はVFからの依頼だ。試験終了後ヒルドルブはVFの実験部隊に配属されることとなる。それに機密事項になっていたがヒルドルブは2年前に不採用の烙印が押されたしばらく後にツィマッド社のものとなっている」
「ですがなぜ我々なのです? 今回の任務はただの輸送任務としか・・・」
「そう、君達603の任務はツィマッド社によって改修されたヒルドルブの実力を測り、可能ならヒルドルブに使われているだろう新技術の奪取にある」
「な!? それはつまり・・・」
「そう、産業スパイだ。ツィマッド社の技術はかなりのもので、ヒルドルブにもその新技術が使われているようなのだ。ツィマッド社から提供された資料ではその部分はブラックボックスとなっていた為今回の輸送任務となったわけだ」
「ですがそれならその技術をツィマッド社に提供してもらうよう要請すれば・・・」
「それができないからこうなったのだ。君も聞いたことがあるだろう。上層部がツィマッド社に、VFに過激な嫌がらせをしていることは」
「ええ、ですがあれは噂にすぎないのでは・・・」
そう、彼もその噂は何度か耳にしたことがあった。曰く、ジオンの時期主力MSを選定するのにツィマッド社製MSに不当な評価をくだしている。曰く、ツィマッド社と取引をしている企業に圧力をかけている。曰く、ツィマッド社の実験部隊であるVFに理不尽な命令をくだし損害がでるようにしている。曰く、ツィマッド社の輸送船の航行スケジュールを連邦に流し襲撃させようとした。などなど、他にも多くの噂が飛び交っていたのだ。
「残念なことにその噂は半分ほどは本当なのだよ。その結果、ツィマッド社は兵器は提供するがそれに使用されている技術に関しては一部をブラックボックスにしているのだ」
「な・・・」
マイ技術中尉は絶句していた。この軍民関係なく国民が一丸にならなければならないときに国家と企業がいがみ合っているという事実と、それによって自分達が産業スパイをしなくてはいけないことに・・・
「これは上層部の決定なのだよ・・・その命令の片棒を担がなくてはならんのは私も同じか・・・」
そう溜息をつき、マイ技術中尉を哀れみの視線で見ながら本部長は話を終えた。
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ヨーツンヘイムの格納庫でマイ技術中尉はVFの整備員がヒルドルブに群がっている光景を眺めていた。VFの整備員はヒルドルブを積載した時に乗艦し、ヒルドルブの調整をしていた。また、VFはマイ技術中尉が上から産業スパイもどきをさせられていることを知っていたらしく、挨拶に行った時は同情の眼差しや元気付ける言葉をもらったほどだ。
『まさか元気付けられるとは思っていなかったな。だがそれでも整備の手伝いは了承してくれた・・・本来はこんな争いをせず一致団結して協力するべきなのに・・・上層部にとって、僕たちはただの便利屋だというのか?』
そこまで考えていたら、人の気配を感じ、我に返る。そこには一人の軍人がいた。身長はマイよりも少し高いくらいか。くずれたように軍服を着ているその男はラフな敬礼をし、マイに挨拶をした。
「俺がこのヒルドルブの運用を任されているデメジエール・ソンネン少佐だ」
「オリヴァー・マイ技術中尉です」
「ああ、世話になる。 ・・・っと、食うか?」
そう言ってソンネンは小さなケースを取り出しマイのほうに差し出した。
「眠気覚まし用のミント味のドロップだ。他にもハッカとかもあるぞ」
「あ・・・それじゃ頂きます」
そう言うとソンネンはマイに2~3粒のドロップを手渡した。
「でだ、あんたが上のほうから産業スパイをするように言われた技術中尉だな?」
いきなりそう言われてマイは手に持ったドロップを落としかけた。
「な・・・」
「ああ、別にどうしようってことじゃない。あんたも被害者だからなぁ。ところで、こいつはどうだ!」
そういうとソンネンは軽く飛び、ヒルドルブの頭部に取り付く。
「最高速度120キロ、主砲口径30サンチ!」
ソンネンは頼もしそうに戦車の装甲を手のひらで叩く。まるでこの巨大な金属の塊の一番の理解者は自分だというかのように。
「モビルタンクヒルドルブ、こいつはモビルスーツすら凌駕する地上の王だ。こいつの前ではモビルスーツですら獲物にすぎん!」
「ですが2年前は・・・」
「あんたも技術屋ならわかるだろ? 技術は常に進歩しているってことを。こいつの最大の問題だった放熱問題はとっくに解決している。まぁその放熱処理技術をあんたの上司は知りたいようだが」
そう、ジオン兵器局は新型機、特にモビルアーマー等のジェネレーター出力を向上させる為に放熱問題に四苦八苦しているのだ。優れた冷却装置があればオーバーヒートをせずにより出力の高い兵器や機関を搭載できるからだ。だがこれの解決に手間取り、実際はあまり進んでいないというのが現実だった。
そこに放熱問題で不採用にされたヒルドルブがその問題を解決したというのである。しかもツィマッド社はその技術を活かし新たな巨大モビルアーマーを開発したというのだ。
ヒルドルブの放熱問題を解決した技術を手に入れれば新型機の開発に加速がつく!
そう考え技術局はツィマッド社に技術提供を呼びかけた。本来ならこれで協力体制が整うはずだったがそこに横槍がはいったのだ。すなわち、一部の人間達(ザビ家の某二人系統)による妨害だ。時には品物の納入にすら支障がでた事もあり、その報復の為に極一部の技術は提供されなかったのだ。そしてこの放熱問題はそれに含まれていた。これに(上層部に)激怒したのは兵器局の人間だろう、なんせ上層部が勝手なことをした為に開発が遅れるのだから・・・
「たしかに2年もの歳月があれば改良は可能でしょう。ですがツィマッド社は、VFはこのヒルドルブ1機で何をしようというのです?」
そんな疑問を口に出すと、ソンネンは怪訝な顔をした。
「なんだ、知らないのか? VFはこのヒルドルブのりょう・・・」
だがソンネンが答え終える前に、キャディラックにワシヤが補充品であるザクをねだる会話によって中断させられた。キャディラックはソンネンの姿を認め驚愕し、ソンネンもまたキャディラックの姿に驚きの表情を浮かべた。
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地球降下を前に、ブリッジで関係者のブリーフィングが行われようとしていた。そしてその作戦を説明するのはキャディラック特務大尉だった。
「作戦を確認します、ヒルドルブはコムサイに搭載し再突入させます。目標はアリゾナの第67物資集積所付近。中高度より投下されたヒルドルブはそのまま地上を走行し、射撃を行う。我々は各フェーズの移行の流れを検証します。なお試験にあたっては第67物資集積所の作業員がサポートにはいります。そして本艦に乗艦しているVFの整備員は降下せず、後日VFのランツ級高速シャトルと合流した時に退艦するとのことです。最後に、地上試験の情報収集はマイ中尉が、そして総指揮は私が取ります」
「貴官が?」
「なにかご不満でも?」
「いや、ただの確認だ」
その言葉のやり取りで周りの空気が変わりかけたことをプロホノウ艦長は察し、話題を変えるために口を開いた。
「あ~・・・第67集積所の東100キロ地点の第128物資集積所が10日前に敵の襲撃を受けて壊滅している。敵の残存戦力のことを念頭にな」
「その地域で100キロといえば目と鼻の先ですね」
「残存兵力か・・・用心に越したことは無いな」
「61式かそこらに少佐は不安になられるんですか?」
そう毒をはいたのはキャディラックだった。だがソンネンはその挑発に乗らずに違うことを言った。
「違う、連邦は鹵獲したザクを運用しているらしい。すでに宇宙では交戦記録がある、それがでてくる可能性もあるということだ」
そう発言したソンネンにキャディラックは違和感を、疑問を感じていた。
『一体どうなっているの? ソンネン少佐は自暴自棄になって過去を引きずったままの負け犬だったはず・・・最後に会ったのは1年以上も前のことだけどその間で少佐に何が起きたというの?』
その考えを見透かされたようにソンネンは呟いた。
「技術も人も、絶えず変わっていくもんなんだよ特務大尉」
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「チェックド! オールエンジンズ、アーゴー!」
「こちらコムサイ280、デパーチャーチェックリスト、コンプリート!」
コムサイのコックピット内で最終チェックを終えたマイはキャデラックに話しかける。
「大尉・・・」
「ん? 何か?」
「いえ、ソンネン少佐とはお知り合いですか? なんというかいつもより・・・」
「毒舌が多い?」
「えぇ・・・っと、それ以外にも戸惑っているような感じが・・・」
「・・・・・・尊敬していたの」
「え?」
「ソンネン少佐のことよ。昔は彼は戦車教導隊の優秀な教官で尊敬してたの。でも2年前、モビルスーツへの転科適性テストにハネられてしまってね、若手の戦車兵が次々とモビルスーツパイロットに転向していくことにショックを受けて、あとは自暴自棄」
「・・・ですが会った感じでは少佐にそんな過去を引きずっていると感じさせられるところは無かったように見えますが?」
「えぇ、それが戸惑いの理由よ。最後に彼を見たのは一年半以上前、その時は確かに自暴自棄になっていたの。でも今日会ってみたらそんな自暴自棄のところが消えていた、いえ、それ以上に何か自信を持っていた。この一年半の間に彼に何があったのか・・・」
「・・・少佐に聞いてみれば?」
「聞けるわけないでしょ! ・・・仮にも初恋の相手だったんだから(ボソ)」
「え? すみません、最後のほうが少し聞き取れなくて・・・」
「なんでもないわ、それより最終チェックは?」
「あ、はい。全て完了しています」
「そろそろヨーツンヘイムから発進するわ、無駄口はここまでよ」
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第67物資集積所
1機の旧ザクが歩哨に立っていた。つい先月までは物資集積所の歩哨にモビルスーツが用いられるということはあまり無かった。にもかかわらず旧ザクが歩哨についているのは、最近アリゾナの砂漠地帯で集積所を襲撃している連邦軍部隊がいるためだ。襲撃後からみると然るべき規模の部隊であるらしいが今もってその連邦軍部隊は発見されていなかった。しかも10日前にはここから東へ100キロ地点にある第128集積所が襲撃されたばかりなのである。その為歩哨に立っている旧ザクの他にこの集積所には新たに3台のマゼラアタックが配備されていた。その3台は集積所内で待機していたが・・・
それに今日はコムサイが降下してくる日なのだ。降下中のコムサイは敵に襲われたら無力な存在なので守ってやる必要がある。
旧ザクのパイロットは音響センサーを調整しながら周囲を警戒していた。その音響センサーが何かの機械音を捕らえたのはそれからしばらく後だった。その姿を確認すべく機体をその方向に向けてモノアイをズームする。が、そこで彼が見たものは2機のザクの姿だった。
「よう、コムサイは見えたかい?」
接近してきたザクはマシンガンを掲げながらそう尋ねてきた。だがその言葉を聞いた旧ザクのパイロットは違和感を感じた。どこの部隊か知らないがコムサイの降下を知っていたことにだ。
「いや、まだだ。そろそろこの辺を通るはずだが・・・」
「北西から進入するらしいぞ。ところで、こいつの120ミリ、あるか?」
「詳しいな、あっちか。弾薬は主計課に聞いてくれ・・・っと、その前に所属部隊を教えてくれ」
「ん? 見ればわかるだろ?」
「いや、一応規則なんでな。そこらの経緯は知ってるだろ?」
「・・・ああっと、どうだっけか?」
そこまで会話をしていて旧ザクのパイロットは強い違和感を感じていた。つい最近全軍に連絡された事柄、すなわち連邦軍が鹵獲した機体を運用し、友軍に騙し討ちをしているということを目の前のパイロットは知らない、もしくは忘れているということに。
「っと、すまんが主計課に弾を聞いてみる。ちょっと待っててくれ」
そういうと旧ザクのパイロットは基地に通信を繋げた。
「こちら歩哨のザク、目の前にいるザク2機に不審なところがある。警戒態勢に移ってくれ」
「わかった、待機中の戦車隊を出動させる。後コムサイが進入してきた、そちらも警戒しといてくれ」
そう言って通信は終わり、旧ザクのパイロットは2機のザクへと通信を繋げた。
「すまんが弾薬は今主計課が在庫を調べている、もうちょっと待っててくれ。後そちらの所属を述べて・・・」
「お、コムサイがもう見えるぞ」
所属を問おうとした矢先に相手のザクからコムサイが見えたという通信が入った。思わず旧ザクのパイロットが北西の空を飛行中のコムサイの姿を確認しようとしたのはある意味当然の反応だったのかもしれない。
「お、本当だな。ってそうじゃなくてあんたらの所属部隊はどこかと聞いて・・・」
その言葉を彼が最後まで発することはできなかった。なぜなら次の瞬間には彼の旧ザクに夥しいマシンガンの弾丸が直撃したからだ。銃声を聞いて集積所で待機していたマゼラアタック3台が反撃しようとするも、それよりもはやく旧ザクを破壊したザクが合図を送り数体のザクと旧ザク、それに61式戦車が第67集積所に攻撃を開始しマゼラアタック、そして集積所に容赦無く弾丸を撃ち込んでいった。
一方のコムサイはというと、地上からミサイル攻撃を受け1発が水平尾翼に命中し・損傷を負い、機体の安定をなんとか維持しようとしていた。
「右舷スタビライザーサーボ、作動不能!」
「救難信号は!?」
「ヨーツンヘイムは地平の向こうなので通じません。67集積所は交信不能です!」
「67はあてにするな!」
そう言ってソンネンはモニターを切り替えた。それは炎上している第67物資集積所の姿だった。
「最近我が軍にちょっかいをだしている連中に襲撃されているようだ。だがVFの部隊が近くにいるはずだ、そいつに連絡を頼む!」
「VFの部隊がこの近くに?」
「この試験終了後にコイツが配属される予定のとこの部隊が近くに来ているはずだ、そいつらと連絡が取れれば一網打尽にできる! 後、俺とヒルドルブを降ろせ!」
「無謀だ、危険すぎる!」
「コムサイを軽くしなけりゃならん。それにコイツなら連邦のこそ泥をアウトレンジから攻撃でき、十分な回避能力も持っている!」
「大尉、少佐の言うことは論理的です」
「・・・了解した」
「ソンネン少佐、急ぎチェックを! 高度700フィートで投下します、後40秒!」
「もう済んでいる、いつでもいいぞ!」
「投下高度!」
「投下します!」
その言葉の直後、カーゴベイからヒルドルブを載せた投下用パレットが射出され、パラシュートを展開しつつ高度を急激に下げていった。そしてそれは地面に着地し、パラシュートがほぼ同時に切り離された。そして機体をパレットに固定していた金具が解除され、ヒルドルブは機動を開始した。
「コムサイ、そっちは救難信号を出してくれ。連邦に傍受されるだろうがそれより早くVFとコンタクトがとれるはずだ。VFの部隊と連絡が取れたらすぐに支援に来るように伝えてくれ。現在ファーストトレンチに到着した」
「少佐、敵の規模はわかりますか?」
「ああ、鹵獲されたと思われるザクが6機いる。後は旧ザクが2機に61が1、2両程度だ。他にもいるかもしれんが集積所に見えるのはそれくらいだ。どうやら128をやったのもこいつらだろうな」
「なんて卑劣な・・・生存者を残さないつもりか・・・」
「少佐、今VFの部隊と連絡がとれ、こちらに急行しているとのことです。後部隊名はケーニッヒス・パンツァーだそうですが・・・」
「ああ、それに間違いない。こっちは先に始めているから到着次第加わるように言ってくれ」
「了解しました」
「さてと・・・止まっている奴からやる。背中向きの奴を第一、05の残骸を調べている奴を第二目標。APFSDS(装弾筒型翼安定徹甲弾)を装填、次弾も同じ!」
そして数秒後にヒルドルブの主砲が吼えた。
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「ん!? 光った!」
この連邦軍ゲリラ部隊を指揮しているツァリアーノ中佐はモニターの隅で何かが光ったことに気がついた。だが砲弾の光点の接近を認めるや彼は攻撃を知るが、味方に警告を出すには遅すぎた。砲弾の衝撃波と共に1機のザクは分解、四散した。
状況を把握した機体は傾斜地を下るが、全ての機体が状況を把握できたわけではない。
「敵の攻撃だ、伏せろ!」
「敵襲!? どこだ?」
撃破した旧ザクを調べていたザクが振り向くが、次の瞬間には真正面から砲弾を食らい爆散した。
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「初弾命中、撃破! 次弾も命中した! 火器管制及び冷却システム異常無し、全てのシステムは正常に作動中だ」
「少佐、知っていると思いますが弾薬は今撃ったAPFSDS2発を含めて試験用に搭載されている30発しかありません!」
「わかっている、後28発もあればあいつらを叩きのめすには十分過ぎる」
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丘の影に隠れているザクの音響センサーに雷鳴のような音が入った。
「くそったれ! 今のが発射音かよ!?」
「着弾から35秒、10キロ以上の距離かよ!」
「ザクをあれだけ吹っ飛ばすなんてどんなAP(徹甲弾)だ!」
「落ち着け! 今のは止まっている奴から狙われた。10キロも離れていたら動く目標には当たらん。どうやらコムサイに載せていた新兵器ってのはこの砲撃の主のようだな」
「ですが隊長、ザク6機と61式3両でコイツに太刀打ちできるでしょうか?」
「確かに戦力不足ではあるな・・・ニルス、聞こえているか?」
「聞こえています、増援の要請ですか?」
「そうだ、たしか攻撃ヘリを含む部隊がこの近くに展開していなかったか?」
「ちょっと待ってください・・・・・・あ、ありました。現在ここから南に50キロ地点に展開しています。戦力は戦闘ヘリが5機に61式が2両の部隊です」
「よし、そいつらにヘリだけでもいいから南から挟撃するように連絡を入れてくれ。おそらく奴は移動したはずだ。この地形だとアンブッシュに適しているのはこの3点だ。これらに準備射撃を加えつつザクの有効射程距離内まで接近するからその間に急いで来るように伝えろ!」
「了解しました、通信をするには遠いので移動します」
そういって集積所から離れたところに止まっていたホバートラックは南へと全速で移動を開始した。
「よし、マリオンとミッチェル、それにカーターの61式は迂回して先行! 稜線から出ないように回り込め! モビルスーツはフットポッドの一斉射撃後、二手に分かれて突進する! 旧式ザクはバズーカで支援射撃をしろ!」
4機のザクはフットポッドのミサイルを順次発射した。ザクの潜む地形の陰から次々と白煙を曳いてミサイルが撃ち出される。目標は敵が潜んでいそうな3箇所のアンブッシュだ。それとは別に2機の旧ザクもザクバズーカを構えて砲撃を開始した。
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ミサイルの発射はヒルドルブからも確認できた。そして敵が何を意図しているのかも。
「来たな・・・戦争を教えてやる、曲射榴弾込め!」
ヒルドルブは後進しつつ主砲を上に向け榴弾を次々と発射する。連邦の指揮官は優秀な奴だろう、地形のなんたるかを知っておりヒルドルブがどこに潜んでいるかあたりをつけているだろう。だがそれは敵がどのコースで接近してくるかはある程度予測可能なことを意味している。ソンネン少佐も榴弾が敵に直撃するとは思っていない。この射撃で少しでも足を遅らせればいい、足を止めたときが奴らの死ぬときだからだ。
「現在セカンドトレンチに移動中だ、敵の攻撃はかなり正確な照準のようだ。友軍はどうしている?」
「現在ここから30キロ地点にいるそうです。後敵の通信と思わしきものを傍受しました、発信源は集積所から南の少し小高い砂丘と思われます。増援がくるかもしれませんので気をつけてください!」
「わかった、恐らく敵の指揮車かなにかだろう。発見したら最優先で攻げ・・・」
その直後に弾着と思われる音が聞こえ、それ以降ヒルドルブとの通信は途絶してしまった。
「ヒルドルブ! ヒルドルブ応答せよ! ヒルドルブ!」
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「よーし、GO!」
ミサイルの弾着と共に、6機のモビルスーツは3機ごとに分かれて一斉に前進する。その周囲にヒルドルブの放った榴弾が炸裂する。
「見つけた! 11時に発砲炎!」
「絶対に止まるな! 動いていれば大丈夫だ!」
ツァリアーノ中佐の言葉を裏付けるかのようにヒルドルブの砲弾は彼らの近くの着弾するが命中弾はなく、6機のザクは前進を止めない。
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6機のザクが接近してくる様子をソンネン少佐は照準器の中で確認していた。現在ヒルドルブは集積所の南に移動しつつあった。移動している目的はどこかにいるだろう敵の支援車両を潰すことだった。支援車両を潰せば敵の戦力は確実に低下する。だが先ほどのミサイルの至近弾で通信装置が損傷したらしく情報支援をしてくれるコムサイとの通信は一切できなかった。
「コムサイ、応答しろ! ・・・くそ、通信装置がやられたか。とにかく記録は続ける。次は焼夷榴弾でびびらせる!」
砂漠なので敵のザクは60キロほどしか出ていないだろう。その速度は命中弾を出すには難しいが至近弾にはなる速度でもあった。そしてヒルドルブの主砲が吼え、焼夷榴弾が放たれた。
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砲弾はザクの手前で爆発した。徹甲弾なら外れだがソレは焼夷榴弾、つまりナパーム弾だった。着弾した次の瞬間には火炎幕がそこに形成され、突っ込んできたザクを包み込んだ。
「うわぁあ!? 機外1200度です! 隊長!!」
いきなりモニター一杯に炎が映し出されたその機体のパイロットはパニックに襲われ、動きを止めてしまった。
「落ち着け! ただのナパームだ、止まるんじゃない!」
だがツァリアーノ中佐には次に何が起こるかわかった。戦場で動きを止めるものには死が待っているということを・・・そして事態はその通りに推移していった。炎によって動きを止めていたザクに徹甲弾が撃ち込まれ、そのザクは爆発した。
「ジャクソーン!!」
ツァリアーノ中佐は叫ぶ。この戦闘で貴重なモビルスーツパイロットが既に3人も失われた。こいつらは将来、全員がモビルスーツ隊の隊長として戦えるだけの力量を持っていた奴らだった。
何者かはわからなん。しかしこいつは今未来の連邦軍モビルスーツ隊を3つ叩き潰し、そして更にスコアを重ねようとしていた。
「隊長、回り込みました! 敵影を確認、巨大な自走砲のようです!」
61式で迂回していたマリオンから報告があった。マリオンの61式の位置はわかる、ここで勝負をかけるしかない。
「一気に接近するぞ! 全機飛べぇ!!」
ツァリアーノのザクを含む5機のモビルスーツはバーニアを噴かし、ジャンプする。ツァリアーノの視界は急激に広がった。半径10キロ以内に何かいれば確実に見つかるはずだ。むろん敵もこちらを認めるだろう。はたしてツァリアーノの視界の中に動く物体があった。
「見えた、でかいぞ!!」
それはモビルスーツほどもある巨大な自走砲で主砲は戦艦並か。こんな化け物に狙われたらモビルスーツだって木っ端微塵だろう。
だが彼はまだ心のどこかで油断していたのだろう。自走砲なら対空戦闘能力は決して高くないはずだ、と。だがそれが間違いであることはすぐに証明された。
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「ふっ、バーニアを噴かして上空から攻撃か。いい手だが相手が悪かったな。3式弾発射!」
そう、ソンネン少佐は相手がモビルスーツであると知ったときから、ある程度接近したら敵はブースターを使い上空から奇襲してくることを予測していた。そしてその対抗手段もすでに用意していたのだ。
3式弾
それはかつて旧世紀、第2次世界大戦といわれた戦いで襲い掛かってくる航空機相手に水上戦闘艦が使用した対空攻撃手段のひとつだった。それはいわゆる巨大な散弾であった。ヒルドルブにはこれが対空・対地用砲弾として搭載されていた。そしてそれを装填した主砲が空中に飛び上がり、降下してくる1機のザクに狙いを定めて発砲した。
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その巨大な自走砲の砲が鎌首を持ち上げた時、ツァリアーノは敵が何をしたいのかわからなかった。そして発砲した後も数秒は相手のことを内心せせら笑っていた。 ・・・1機の旧ザクが散弾で穴だらけにされるまでは。
「な!? スティーブ!」
迂闊といえば迂闊だったかもしれない。まさか対空砲弾を搭載しているとは夢にも思っていなかった。普通の連邦軍将兵に自走砲が搭載している砲弾は何がある? と聞けばたいてい榴弾と徹甲弾の2つが返ってくるだろう。それも当然だ。どこの世界に対空用の砲弾を用意する自走砲があるというのだ。連邦軍の陸上戦艦であるビッグ・トレーですらその2つくらいしか搭載していないというのに・・・これは連邦軍のミスであったがもともと防空をミサイルに頼っていた連邦軍は旧世紀の3式弾等というものはすでに記憶のかなたのものだった。
それでも気持ちを落ち着かせ、仇討ちとばかりにツァリアーノはマシンガンの照準を自走砲に向け撃った。だが移動中のザクから移動中のヒルドルブへの命中弾はごく僅かなものだった。しかも当たってもマシンガンの弾はその上面装甲にことごとく跳ね返されていた。
「ガタイに似合わずすばしっこい! しかもかたい! 奴の足を止めろ!」
ツァリアーノは着地の寸前バーニアを噴かし着地し、同時に銃弾をヒルドルブに浴びせるが本当にあれには人が乗っているのかと疑いたくなる機動力で弾をかわしていった。だがばら撒けばそれなりの弾は当たるわけだが、当たった弾もその悪魔的な装甲によってむなしく弾かれるだけだった。そしてお返しとばかりに後退中のヒルドルブはいきなり反転し、砲弾を撃つ。さすがに無茶な機動をとったせいか照準が甘く、ザクは辛うじてその攻撃をかわした。
「止まったらカモだ! 全機動き続けろ!」
後方にもザクが降下しヒルドルブは包囲される形になり、ヒルドルブの周囲にマシンガンとバズーカの雨が降り注ぐ。だがヒルドルブの機動力は尋常ではなかった。この砂漠の中で6基の履帯は核融合炉のパワーにものを言わせ、この巨大自走砲にワルツを躍らせていた。しかもこのヒルドルブは2年前から改修を続けられており、心臓部でもある核融合炉は最新型のものに換装してあった。その結果、出力が増大したことによる速度や機動性の上昇、新素材を使用した装甲の改修、最新機器による性能の向上につながっていた。つまり2年前と今とでは形こそ同じだが全くの別物といってもいいくらいにヒルドルブは進化していたのだ。四方からくる銃弾をかわしつつ丘を飛び越え、なおも機動を続けるヒルドルブ。しかしそれは逃走ではなく挑発だった。そして追撃するモビルスーツにもそれはわかっていた。どちらも止まった奴が死ぬ。
そのワルツを止めたきっかけは1台の車両だった。正確にはホバートラック、この連邦軍部隊の指揮通信車両だった。増援を呼ぶ為に南に移動していたニルスだったが、通信を傍受したヒルドルブが戦場を南に移動させていたのだった。そしてホバートラックに気がついたジャクソンは叫んだ。
「ニルス、逃げろ!」
だが彼の忠告は遅かった。ヒルドルブはあろうことか向きを変え、ホバートラックのほうに向かったのだ。ホバートラックは慌てて逃げ出そうとするが遅すぎた。次の瞬間ホバートラックはヒルドルブに吹き飛ばされた。正確には踏み潰されたと言ったほうがいだろう。砂丘をジャンプしたヒルドルブが逃げようとしたホバートラックを半分潰し、半分を衝撃で吹き飛ばしたのだから。
「ニルス! 畜生!」
そういって旧ザクのバズーカが火を噴いた。その弾頭はまるでニルスの仇といわんばかりに急旋回中のヒルドルブの履帯に直撃し、吹き飛ばされる。
「や、やった! 当たった! 足を止めました!」
「よくやった!」
「近づいて仕留めます!」
そう言って1機のザクがシュツルムファウスト(使い捨てのモビルスーツ用巨大無反動砲)を構え、巨大自走砲に接近する。そしてもう1機、バズーカを構えた旧ザクも接近していく。どちらも直撃すれば自走砲なら始末できるはずだ。
だが自走砲はまだ死んだわけではなかった突然スモークディスチャージャーが発射され、辺りは煙幕によって包まれた。4機のザクはこの煙幕で相互支援できなくなり、下手をすれば各個に撃破される状況だ。
そしてヒルドルブは破壊された履帯を解体し、誘導輪を自由にした。ヒルドルブは履帯が1つ破壊されたぐらいで機動力を失うことはない。ただ動けないふりをし、相手の油断を誘ったのだ。
その時までツァリアーノとその部下達はヒルドルブを巨大な自走砲だと思っていた。戦艦の主砲を搭載した、全長35メートル程の自走砲。だがヒルドルブの正体を彼らは知らなかった。車体の両脇のアームが動き、30センチ砲を支える自走砲の砲架が車体との固定を外され、そのまま迫りあがる。自走砲の砲架はそのまま主砲を支えたまま持ち上がり、その高さがモビルスーツ並みになったところではじめて止まる。
ツァリアーノはそこではじめてこの自走砲の砲架の正体を知った。主砲を支える砲架はそれ自体が旋回可能な砲塔であり、主砲直下の砲塔にはモビルスーツと同じ赤いモノアイが光っていた。なぜ砲塔を露出させたのか、その理由は明らかだった。砲塔には近接防御用のマシンガンを抱えたモビルスーツの腕のようなアームが左右両側に装備されていたからだ。
そう、ヒルドルブは単なる自走砲、単なる戦車ではなかった。その砲塔はモビルスーツの上半身そのものだった。左右の手にはマシンガンが握られており、ツァリアーノのザクにその銃口を向けていた。
「こいつはやばいぞ!! 下がれスチュアート、ケディ!!」
ツァリアーノ中佐はそう叫び、マシンガンを乱射しながら突っ込む。部下を後退させる時間を稼ぐ為に・・・だが戦車の正面装甲は例外無く厚く、銃弾はむなしく弾かれる。そしてヒルドルブの両手に抱えたマシンガンから放たれた銃弾は彼のモビルスーツを撃ち抜き、彼のザクを機能停止に追い込んだ。
「隊長ぉぉっ!」
「スチュアート、後退するぞ! 隊長の意思を無駄にするのか!?」
敵戦車の動きは早かった。ツァリアーノ機を破壊するとその場で急旋回し、シュツルムファーストを抱えたザクに主砲を、バズーカを構えた旧ザクにマシンガンを向ける。主砲を受けたザクは一撃で吹き飛び、多数のマシンガンを全身に浴びた旧ザクは煙を出して崩れ落ちた。僅か30秒足らずの間にモビルスーツ3機の戦力が失われた。
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ここまでは計算通りだ。敵の指揮官は優秀な奴だった。だが教科書通りにはいかないのが世の真理だ。敵がこちらを仕留めるために密集したところを各個撃破する。ハイリスク・ハイリターンだったが賭けは成功したようだ。もっともヒルドルブは2年の間に増加装甲を取り付けられたり新素材の装甲に変更したりと色々と改良されていた為、危険は少ないと判断したのも賭けに出た一つの理由だった。
流石に景気良くばら撒き過ぎたかマシンガンの残弾が心もとなくなっていた。元々ヒルドルブのマシンガンは予備兵装で、近距離に接近された時の為の護身用のものだった。故に予備マガジン等は携帯せず、弾が切れたらそれまでというものだった。
「マシンガンが弾切れ寸前だ。自力で調達する!」
そう言ってソンネンは目の前のザクにありったけのマシンガンの弾丸を叩き込んだ。そのザクは比較的我に返るのが早かったのか回避行動をとろうとしたが、近距離からの銃弾の雨からは逃げ切れず破壊された。だが当たり所が悪く銃弾の1発がマシンガンに直撃、ソンネンが手に入れようと目論んだマシンガンは木っ端微塵となった。
「ちっ、ヘマしちまったな・・・まぁいい、主砲でカタをつける!」
そう言って弾頭にAPDS(装弾筒型徹甲弾)を装填した時、ヒルドルブの周囲に弾着、ヒルドルブの巨体に衝撃を走らせた。どうやら何発かは当たったようだ。敵の残存戦力はおそらくザク1機。だが照準器に映し出されたのは61式戦車3両だった。
「61か、俺の相手には役不足だ、出直して来い!」
そう言って彼はAPDSを61式戦車にお見舞いした。元々30センチものAPDSだ、要塞ですら破壊する砲弾は、その直撃した戦車を跡形なく吹き飛ばした。だが残り2両の61式は巧みな機動で稜線に逃げ込もうと移動していた。そうなるとなかなか厄介だ。ソンネン少佐は1発しか搭載されていないAPHE(徹甲榴弾)を選択し、2両が稜線の影に隠れた瞬間に発射した。
確かに戦車は辛うじて稜線の陰に隠れることができたが、ヒルドルブの主砲の前にそんな小細工は通用しなかった。山を吹き飛ばしたAPHEはその短遅延信管が作動し炸裂、2両の戦車をスクラップへと瞬時に変えた。
そしてソンネンが残りの敵を探そうとした次の瞬間、ヒルドルブに衝撃が走った。そして響く警告音。ソンネン少佐が何事かと見てみると、主砲に損傷を負い射撃ができなくなったことを示しており、モニターには発射し終えたシュツルムファウストを構えたザクの姿が映し出されていた。
「ちっ、主砲に命中したのか・・・だが主砲を潰したくらいで勝った気になるな!」
そういって彼はヒルドルブをザクに向かって走らせた。これに慌てたのはザクのパイロットだ。何せあんな巨大な物体が体当たりでもしようものなら機体に重大な損傷を負う事は確実だからだ。だがヒルドルブはザクの直前で急旋回した。そして急旋回をした意図をザクのパイロットが理解する前にザクのパイロットは強烈な衝撃を受け戦死した。
ソンネン少佐が行ったのはザクの手前で急停車&急旋回し、その強烈な遠心力を利用して作業用アームでザクにラリアットをしたのだ。当然ながらかなりの勢いがついた作業用アームは十分凶器となりうる。人間で言えば車で速度を出し、ドリフトをしたときにスコップを窓から出して立ち止まっている標的にぶつけるようなものだ。当然凄まじい衝撃で、食らったザクはきりもみしながら空を舞い、地上へと落下していった。
「・・・終わったか?」
そうヒルドルブの中でソンネン少佐は呟いた。主砲が損傷したがヒルドルブはたった1機でザク8機、車両4両を撃破したのだ。思えば2年前、ヒルドルブに不採用の烙印を押され、モビルスーツパイロットへの転科適性試験にはねられ自暴自棄になっていた自分に救いの手を差し伸べてくれたのは他でもないツィマッド社だった。ヒルドルブはツィマッド社に引き取られ、自分の意見を取り入れられて持っていた問題点を一つ一つ克服し、進化していった。それに伴い最初に自分が持っていた負の感情は徐々に消えていった。まるで、ヒルドルブに改修が加わるたびに自分の心の中の闇が消えていくようだった。そして今彼は肩で息をしていた。ひどく疲れていたがそれは何かを為し遂げた後のここちよい疲労感だ。
だがその心地良い気分は長くは続かなかった。コックピット内に警報が鳴り響き、ソンネン少佐は我に返った。いつの間にか接近してきた敵の増援のヘリがこちらにミサイルを撃ってきたのだ。幸い分厚い装甲で損傷はたいしたことはなかったが今のヒルドルブにとって戦闘ヘリは対処できない敵だった。なんせ今のヒルドルブは主砲が損傷している為に砲撃できないのだ。このままでは無数の銃弾を浴びてしまう。いや、それよりもなんの抵抗もできないコムサイを攻撃しにいくかもしれない。そう思ったところで彼の思考は中断を余儀なくされた。空中のヘリが爆散したからだ。
自分は撃っていない。では誰が?
考えるまでもない。通信が途切れる前にコムサイが連絡してきた味方の増援だろう。そう思ってモニターを見るとそこには1つの巨大な物体が映し出されていた。
砲塔の上にのっかる巨大な主砲、砲塔から伸びている腕、ヒルドルブに似ている巨大な車両。そう、これはヒルドルブのデータを下に開発された量産型ヒルドルブ『MT-05 Mk-2 ヒルドルブⅡ』だった。現れたのはたった1両だけだったが戦闘ヘリ相手には充分過ぎだった。1分もしないうちに連邦の戦闘ヘリは叩き落され、戦場には静寂が戻った。
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「VFのケーニッヒス・パンツァー隊所属のシュトライバー大尉です。それではMT-05 ヒルドルブの受領、確認しました」
「確かにヒルドルブを届けました。 ・・・ですが驚きました。まさかヒルドルブを量産していただなんて・・・」
「まぁこの計画は最近までVFの、ツィマッド社の極秘事項でしたから知らないのも当然ですよ」
「しかし・・・2年前には不採用の烙印を押されたこの機体をどう運用するのです?」
「運用は意外と多いですよ。30センチという大口径を活かした長距離射撃や対艦・対要塞攻撃に機動力を活かした強行突破や陽動、数え上げればきりが無いくらいですよ」
そこで初めてキャディラック特務大尉が口を開いた。
「・・・ソンネン少佐は今後どうなされるんですか?」
「ソンネン少佐はこのヒルドルブ部隊、通称ケーニッヒス・パンツァーの隊長として赴任する予定です。元々この部隊はソンネン少佐を中核とし、VF地上軍の遊撃戦力として作られたのですから。激戦地を回ることになるでしょうね」
「そうですか・・・少佐、御武運を」
「ああ、貴官も元気でな」
そういってキャディラックはコムサイの中に戻っていった。彼女は挫折しても人は立ち直れるということをソンネン少佐の姿から学んだ。
『モビルタンク ヒルドルブ技術試験報告書
我が第603技術試験隊は、去る5月9日、ヒルドルブの地上試験を実施せり。然れども敵コマンドとの遭遇により対モビルスーツ戦闘へと発展せり。この戦闘において試験パイロット、デメジエール・ソンネン少佐は複数のモビルスーツと交戦、その悉くを撃破し、試験任務を全うす。
ヒルドルブの戦闘力は驚異的であり、整備性を考えなければ1両でマザラアタック1個大隊を上回ると思われる。
なお途中からヒルドルブの通信装置が損傷を負ったせいでコムサイのほうでのデータ収集が不可能になり、一部データしか手元にあらず。VF側にデータの提供を求めるも上層部と協議した結果連絡するとのこと。以上を鑑みてヒルドルブに使用されている新技術の奪取には失敗したものと考える。このような味方同士での不毛な争いをするより、一刻も早く手と手を取り合って良好な協力関係を結ぶことが一番重要と考えるものである。
宇宙世紀0079 5月11日 オリヴァーマイ技術中尉』
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砂漠に放置された1機のザクから一人の男が這い出てきた。ヒルドルブによって部隊を壊滅させられたツァリアーノ中佐だった。
「糞・・・ジオンの野郎共、俺を殺さなかったことを後悔させてやる・・・糞!」
そう言っていると南から61式戦車2両とホバートラックが1両やってきた。戦闘が始まってから増援を要請した部隊だ。そう思いツァリアーノは悪態をついた。もしもっと戦闘ヘリが早く着いていれば戦闘はまた様変わりしていたことだろう。そうすれば部下達の何人かは生きていたかもしれない。そう思うと行き場の無い怒りが渦巻いてくる。そんな彼の思考を途切れさせたのはホバートラックから降り、マシンガンを構えた男からの詰問だった。
「貴様、名前と階級、所属を言え!」
「・・・見たら分かるだろう、この残骸を指揮していた男だ。名前はツァリアーノ、階級は中佐だ・・・」
「ツァリアーノ・・・うちに増援を要請した部隊の隊長か・・・で、こいつはいったいどういうことなんだ? 戦闘ヘリを先行させてれば通信が途絶し、少し速度を落として慎重にきてみたらこの有様だ。あんたんとこは鹵獲していたザクを使っていたんだろ? それなのにこの惨状とは・・・いったい?」
「・・・ジオンの化け物にやられた。自走砲とモビルスーツを足したような化け物で戦艦の主砲に匹敵する大砲を抱えてやがった。しかもそいつが後からもう1両来てあんたらのとこのヘリを叩き落したんだ」
「・・・なんてこった。ジオンめ、なんて新兵器を・・・」
「とりあえずそっちにお邪魔してもいいか? 立ち話もかなりきついんだが」
「ああ、すまない。しかしうちの主力のヘリがやられたんじゃ再編成だなこりゃ・・・いったん後方で再編成かなこりゃ」
「立ち去る前に生存者がいるかどうか探すのを手伝ってくれ。後データの回収と」
「分かった。ジオンの新兵器のデータが無事に残ってるかどうかは分からんがさっさと回収してさっさと立ち去ろう。いつ襲撃してくるか分からんからな」
部下を全員失ったツァリアーノ中佐、彼はその後復讐に燃えるモビルスーツ隊の指揮官となるがそれはしばらく後の話であった。